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「芥川賞について...」などに、文壇的なものを忌避する傾向がすでにはっきり見られる。
『村上朝日堂の逆襲』(1986/06 朝日新聞社)『村上朝日堂の逆襲 (新潮文庫)』
著者が芥川賞のことをどこかで書いていたことがあったのを思い出して、『村上朝日堂』('84年/若林出版企画)を読み直してみたけれど見当たらず、「村上朝日堂シリーズ」の第2作である本書を見たら、「芥川賞について覚えているいくつかの事柄」というのがありました。
『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』がそれぞれ候補になって、「あれはけっこう面倒なものである。僕は二度候補になって二度ともとらなかったから(とれなかったというんだろうなあ、正確には)とった人のことはよくわからないけれど、候補になっただけでも結構面倒だったぐらいだから、とった人はやはりすごく面倒なのではないだろうかと推察する」と。
"受賞第一作"を書けと言われても困るとか、NHKに出ろと言われてもTV出演は苦手だとか、賞に伴う慣行的なものを拒否していて、受賞連絡待ちの時の周囲の落ち着かない様子に自分まで落ち着かない気持ちに置かれたことが書かれていてます(『風の歌を聴け』の時は、自身の経営するジャズ喫茶兼バーのようなところで「ビールの栓を抜いたり玉葱を切ったりしていたのだが、店内では編集者が緊張した面持ちで電話を待っているし、アルバイトの女の子たちもなんだかそわそわしているみたいだし、客の中にも事情を知っている人がいるしで、すごくやりにくい。とても仕事にならない」と)。
結局この後、長編小説(『羊をめぐる冒険』)への方へ行ってしまい、芥川賞とは縁が無くなってしまったわけですが、そうした国内の文学賞的なものに付随するもの、文壇的なものを忌避する傾向が、もうこの頃からはっきり現れているなあと思った次第です。
本書に出てくる「小説家の有名度について」の中では、ベルビー赤坂の待合所のベンチで奥さんの買い物待ちをしていたら、若い男の人に、「村上さん、がんばって下さい」と言われたので、思わず「はっ、がんばります!」と答えてしまい、「こうなるとプロ野球ニュースのインタビューみたいである」と。
自分自身をカリカチュアライズしている要素が多く見られるのがこのシリーズの特徴ですが、この頃からもう、ずーっと海外で暮らしている方がいいかなあと、本気で考えていたのではないでしょうか。
全体としては、『村上朝日堂』と同じような感じで楽しめる内容。芥川賞のことについてどう書いていたか気になっただけなのに、結局、始めから終わりまで通しで再読してしまいました。
因みに、著者が国分寺のジャズ喫茶「ピーター・キャット」('77年に同じ店名のまま、ヤクルト戦のある神宮球場に近い千駄ヶ谷に移転。本書の芥川賞譚はそこでのもの)で店主をしていた時期に、あるジャズ雑誌に書いた「ジャズ喫茶のマスターになるための18のQ&A」(「JAZZLAND」1975.8.1号)というのがあって、これがなかなか面白いです(以下、引用)。
Q1 ジャズ喫茶を始めたいと思うのですが、さしあたって一番要求される資質は何でしょうか?
A 恐れを知らぬ行動力です。
Q2 それでは一番不必要なものは?
A 知性です。
Q3 現在大学に在学中ですが、卒業はした方が良いでしょうか。
A 経験から言うと、卒業証書の表紙はメニューにぴったりです。
Q4 好きな女の子が居るのですが、ジャズ喫茶のマスターとしては結婚していた方が得でしょうか、それとも独身でいた方が得でしょうか?
A あなたが一体何を指して得とか損とか言ってるのか、よく理解できないけれど、この世の中で結婚して得をすることなど何ひとつないのです。
Q5 よくジャズ喫茶のマスターは女の子にもてるっていう話を開きます。そんな時、客の女の子には手を出していいのでしょうか?
A まったくの取り越し苦労です。
Q6 レコードは最低何故必要でしょうか?
A 度胸さえあれば15枚でOKです。
Q7 でも、「ファンキー」や「DIG」に行って、レコード棚やオーディオを見る度にガックリして、僕なんかにとても......という気分になるのですが?
A そんな所に行くのが間違っているのです。国分寺に来なさい。
Q8 僕は前衛ジャズに弱いので、それ以外のジャズを中心にやりたいのですか?
A お好きなように。
Q9 お客に文句は言われませんか?
A もちろん言う人は居ます。気にしなければいいのです。
あなたのお店なんだし、好きなようにやってみて、儲かるのもあなた一人だし、赤字を出して首を吊るのもあなた一人なのです。
Q10 お酒を出すつもりなのですが、酔って騒ぐような人が居たらどうしたらいいのでしょうか?
A 「戦艦バウンティ」という映画が昔ありました。その中で異端分子は全員船から突き落とされていました。
Q11 「スイング・ジャーナル」に広告を出すべきでしょうか?
A もちろんです。その上に「スクリーン」と「週刊平凡」に広告を出せば効果は抜群です。
Q12 僕はコルトレーンの『至上の愛』が嫌いなので店には置かないつもりなのですが、
友人は"『至上の愛』のないジャズ喫茶なんて...と言います。どうでしょうか?
A バカは相手にしないことです。
Q13 ジャズ評論家にコネがきくのですが、レコ-ド解説やコンサートをやった方が良いでしょうか?
A テスト盤をもらうだけくらいの方が賢明です。ロシア革命の時、一番最初に銃殺されたのはジャズ評論家だったそうです。
Q14 ジャズ喫茶という職業は一生続けていくに値いするものでしようか?
A 田中角栄にとって土建業が一生続けていくに値いする職業なのか?
川上宗薫にとってポルノ小説家が一生続けていくに値いする職業なのか?
猫にとってキヤツト・フードが一生食べていくのに値いする食物なのか?
非常に難しい問題です。
Q15 僕にとってジャズ喫茶はまるでなにか青春の里程標のような気がするのですが、 こういう考え方は間違っているのでしょうか?
A 間違ってはいませんが、明らかに誇張されています。
Q16 それではジャズ喫茶とは一体何なのでしょうか?
A ジャズを供給する場所です。ジャズとは何か?
僕はそれは、人生における一種の価値基準のようなものではないかと思うのです。
茫漠とした時の流れの中で、僕たちの人生がどんな風に輝き、どんな風に燃えつきていくのか?
ジャズの中に沈みこんでいる時、僕たちはそんな何かをみつけだせるような気がするのです。
Q17 そういう考え方は少し誇張されすぎてはいませんか?
A すみません。その通りです。ただ僕の言いたいのは、ジャズ喫茶のマスターがそういった使命感を忘れたらもうおしまいだっていうことなのです。
Q18 ところで話はガラッとかわりますが、今年のヤクルト・アトムズはどうなるのでしょうね?
A 当然優勝します。巨人は最下位になり、王はナボナのCMから下ろされます。
著者26歳の頃の文章ですが、この頃からユーモアのセンスがふるっています。
【1989年文庫化[新潮文庫]】