【1262】 ○ 坂本 敏夫 『元刑務官が明かす死刑はいかに執行されるか―実録 死刑囚の処遇から処刑まで』 (2003/02 日本文芸社) 《元刑務官が明かす死刑のすべて (2006/05 文春文庫)》 ★★★★

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「死刑の現場」からのドキュメント。「制度を残し、執行させない努力を刑務官は全身全霊をもって行う」と。

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元刑務官が明かす死刑はいかに執行されるか―実録 死刑囚の処遇から処刑まで』['03年]/『元刑務官が明かす死刑のすべて』 ['06年](文庫化本)

 '94年退職するまでの27年間、全国8ヵ所の刑務所に勤務し、死刑執行現場にも立ち会ったことのある元刑務官による、刑務所と刑務官の仕事の様子、死刑囚監房とそこに住まう死刑囚の処遇その他置かれている状況の実態、さらに処刑の実際について書かれたドキュメント。

 前半部分を読むと、八方塞がりの状況にある死刑囚の心理状況と併せて、中には気の毒とも思える死刑囚もいることが書かれていて、死刑制度というものが犯罪者の贖罪意識と必ずしも結びついていないことや、裁判そのものに対する著者の疑念のようなものが伝わってきます。

 著者は死刑制度に反対なのかと思わされますが、一方で、中盤に挿入された長めのノンフィクション・ノベル『死刑囚監房物語』では、刑務官を顎でこき使うような倣岸な男性死刑囚や、犯した罪を悔いる様子もなく、ところが審理においてはうって変わって神妙ぶった演技してみせる女性未決囚などが登場し、そうした囚人に対する著者の苦々しい思いも伝わってきます。

 このノンフィクション・ノベルのパートにおいては、そうした様々な刑務所内の腐敗も描かれていますが、刑務所長や刑務官の間での出世を巡る利害の対立や人事抗争なども描かれていて、ちょっと「企業小説」風になり過ぎた感じもし、全てモデルがいて実際にあったことをベースに書いたとのことで、小説形式にせざるを得なかったのは分かりますが、ややテーマずれしたというか、テーマが拡散した感じも。

 とは言え、本書全体からは、「死刑の現場」を知らずに死刑の是非を論じる学者や人権団体に対する憤り、国民はもっとその「現場」に思いを馳せるべきだとの主張が伝わってきて、では、結局、著者自身はどう考えているのかというと、矯正職員としての著者の先輩にあたる大学教授の「死刑制度は人類と獣類とを区別するレフリー、分岐点」として存在すべきで、「人類自身の戒めとして、錘しとして、法として掲げつづけて置くことが、人類の叡智であり、見識であり、人間の尊厳と考える」との「制度必要論」を強く支持しながらも、「死刑制度は存続させ、処刑の反対」を訴えています。

 死刑囚を更正させるのが仕事、しかし、更正した死刑囚の首に縄を架けるのも仕事、その矛盾に悩みつつ、終身刑という制度が出来ると、今度は裁判官は終身刑を乱発し、刑務所はパンク状態になるだろうとして反対しています。

終身刑の死角.jpg 終身刑を設けなくとも、無期懲役という刑の運用の仕方で、終身刑の機能は果たせると(本書によれば、毎年100人以上の高齢受刑者が獄中で病死しているとのこと)。
 『日本の殺人』('09年/ちくま新書)の著者・河合幹雄氏によれば、'07年に無期刑囚で仮釈放が認められたのは30年服役の1人だけで、獄中に1600人の無期囚がいるとのことです(『終身刑の死角』('09年/洋泉社新書y))。

 「制度を残し、執行させない努力を刑務官は全身全霊をもって行うのである。島秋人さんのような死刑囚なら社会も喜んで受け入れてくれるだろう。終身刑がない日本の制度は素晴らしいのだ」と。

 その、「心から被害者と遺族に謝罪し、赦されて天国に行った」と言われている死刑囚の1人、島秋人の歌集から―。
 
 無期なれば今の君なしと弁護士の 言葉憶いつつ冬陽浴びをり

 【2006年文庫化[文春文庫(『元刑務官が明かす死刑のすべて』)]】

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This page contains a single entry by wada published on 2009年10月31日 00:02.

【1261】 ○ 青沼 陽一郎 『私が見た21の死刑判決』 (2009/07 文春新書) ★★★☆ was the previous entry in this blog.

【1263】 ◎ 河合 幹雄 『終身刑の死角』 (2009/09 洋泉社新書y) ★★★★☆ is the next entry in this blog.

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