【1130】 ◎ 吉村 昭 『羆嵐(くまあらし) (1977/05 新潮社) ★★★★☆

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"銀おやじ"の存在も含め殆ど事実? そう思うと前半部分の描写の怖さが増す。

熊嵐 吉村昭.jpg羆嵐(くまあらし).jpg  ヒグマの剥製と.jpg
羆嵐 (新潮文庫)』['82年] ヒグマの剥製(苫前町郷土資料館)と作者
羆嵐 (1977年)』(カバー絵:辰巳四郎)

苫前郷土資料館における「三毛別・羆事件」の再現
三毛別羆事件再現資料館.jpg '77年(昭和52)年に新潮社から刊行された吉村昭(1927‐2006)の小説。大正時代の初めに北海道の開拓村に1頭の巨大な羆(ヒグマ)が現れ、2日の間に幼子を含む6人の男女が犠牲となる。村落の住民は討伐隊を組んで警察もこれに加わるが、羆を見つけて倒すには至らず、区長は迷った末に人格的には問題があるとされている孤独な羆討ち(マタギ)の老人に助けを求める―。

 1915(大正4)年12月に北海道・苫前の三毛別川沿い〈六線沢〉の開拓村で実際に起きた死者6名(ケガの後遺症で亡くなった者も含めると7名、更に胎児も含めると8名)という日本獣害史上最大の惨劇を描いたもので、羆事件があったことは事実としても、50人を超える討伐隊が羆に翻弄され数日を無為に過ごす中、"銀おやじ"と呼ばれる1人の羆討ちが、多くがその実力を疑問視する中で登場して、翌日にはこの巨大な羆を射止めてしまうというのは、カッコ良すぎてハリウッド映画みたいな気もしました。

 そうしたこともあり、"銀おやじ"の活躍する部分は作者の創作だと長らく思っていましたが、その性格描写はともかくとして、"銀おやじ"に該当する人物が実在したことを最近知り、ちょっとビックリ。要するに、この小説に書かれている事件の始まりとその解決までは、かなり事実に忠実に沿っているようで(羆の体重なども記録の通りで誇張はない)、そう思うと前半部分の怖さが増します。

 1件目の家が襲われ、また同じ家に羆がやって来ますが、これは保存用食糧として成人女性の遺体を山へ持っていくためで、こうなると遺体回収するよりも羆をおびき寄せるため、乃至は山に留めておくための餌として、すぐの回収は諦めるしかないというから絶句。

 それでも羆はやって来て、しかも次に襲ったのは何と村人達が対策本部を置いた民家で、男達が出払った留守に妊婦など4人を襲い、男達が戻ってきても暗闇で踏み込めず、羆が人の骨を砕く音を聞くしかないという...更に絶句。

 最初に女性を襲うとその臭いを覚えて女性を食糧ターゲットにし、民家に押し入っても女物の着物などを漁っているというのが生々しく、結局、そうした羆の様々な特性を知らない人間50人がいくら動き回っても結果は得られないわけで、その点で"銀おやじ"は長年の経験と勘から効率良く動く―これはある種、情報戦なのだなあと。

 仕留めた羆の肉を皆で食するのが犠牲になった者への供養になるという、アイヌの風習に由来するものらしいですが、そうしたことを村人に諭す"銀おやじ"に死者への哀悼の念が感じられ、一方で、仕事が終わると羆の"胆"と報酬だけ手にしてさっさとどこか帰っていくのも、これはこれで味がありました。

 「三毛別・羆事件」に興味がある人には、そのドキュメント版である『慟哭の谷―The devil's valley』('97年/共同文化社)もお薦めです。著者の木村盛武は市井の人で、オリジナルは昭和36年に書かれていて、46年前の大正4年に起きたこの事件の関係者が当時まだ存命していたりして、非常にシズル感のある(言葉の使い方がおかしい?)内容となっています。

 【1982年文庫化〔新潮文庫〕】

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This page contains a single entry by wada published on 2009年3月21日 23:40.

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