【637】 ○ 横山 秀夫 『半落ち (2002/09 講談社) ★★★☆

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手続き上の瑕疵と作品の価値。直木賞選考委員会の曖昧な態度。

半落ち.jpg 横山秀夫 半落ち.jpg半落ち』['02年] 半落ち2.jpg半落ち (講談社文庫)』['05年]

 2002 (平成14) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2003 (平成15) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位。

 妻を殺し自首した警察官。彼はなぜ殺したのか、そして彼はなぜ死ななかったのか。殺害から自首までの2日間、彼はどこで何をしていたのか―。

 刑事、検事、記者、弁護士、判事、刑務官と6人の話をリレー方式で繋いでいく方式にズズッと引き込まれましたが、人物造詣が何れも似ているため、後半少しだれました。極端に言えば、バトンを渡した人とバトンを受け取った人が職業が違うだけで、人物像はほぼ同じなのです。しかし、作品の良し悪しに対する個人的な評価と世間の評価とのギャップとは別に、直木賞の選考には煮え切らないものを感じました。

 選考では、11名の委員中、肯定2、中立2、否定7。北方謙三氏が指摘した"手続き上の問題"を直接の否定理由に挙げた人はいません。ただし、林真理子氏や阿刀田高氏のように2次的理由として挙げた人や津本陽氏のように肯定派でありながら強く推すことをしなかった人もいます。全体としては、北方謙三氏の「関係団体に問い合わせたら、主人公の警部の動きには現実性がない(受刑者には骨髄提供が許可されていない)ことがわかった」という報告に引っ張られた気がしないでもないですが、真相はよく分かりません。

 結局、この点に北方謙三氏以上にこだわったのは林真理子氏で、この作品が、「事実誤認」があるにも関わらず、既に他の複数の賞を受賞していることまで批判しています。

 北方謙三氏が問い合わせた関係団体は、過去に最高裁で死刑相当として高裁差し戻し審中の被告が骨髄提供を申し出た際に、「勾留一時停止を認める重大な理由」にはならないとして検察が却下したことがあったというたった1度の事例を以ってそのように回答したらしく、この場合、被告はドナー登録も未だしておらず、小説のケースとは異なります。

 状況に応じて「勾留一時停止を認める重大な理由」に該当するかどうかが判断されるならば、小説のようなケースは過去に無い訳で、そうした状況になってみないとわからないということであり、ハナからダメと言い切れるものでもないようです。鬼の首を取ったように手続き上の瑕疵(「事実誤認」)を強調した林真理子氏ですが、自分自身で、小説の前提状況ではどうかということを関係団体に問い合わせるということはしていないようです。

 表向きはフィクションにおける手続き上の瑕疵は、必ずしも作品の価値を貶めるものではないという立場(と推察される)をとりながら、委員会としてそのことを明言しない(結果、林真理子氏のような「事実誤認」と言い切る発言の一人歩きもあって、その瑕疵のため落選したと世間に思われている)のは、選考委員会が個人の集まりに過ぎないということか。「他の委員から指摘があって...」「そういうことを言う委員もいて...」という発言がそれを物語っています。直木賞との"絶縁"宣言をしたという(この言葉自体は少し変な気もするが、ノミネートされても辞退するということか)、作者の気持ちも理解できないではないです。

映画「半落ち」e.jpg映画「半落ち」.jpg映画「半落ち」(2003年/東映)
監督:佐々部清
出演:寺尾聰/原田美枝子/柴田恭兵

 【2005年文庫化[講談社文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2007年5月19日 23:23.

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