「●や‐わ行の現代日本の作家」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【636】 山本 夏彦 『何用あって月世界へ』
加賀飛脚の男っぽい世界。「三度飛脚」のシステムがよくわかり、興味深かった。
『かんじき飛脚』 (2005/10 新潮社) 新潮文庫 〔'08年〕
寛政の改革で知られる老中・松平定信は策謀家でもあり、加賀百万石・前田家の影響力を弱めるために、藩主・前田治脩(はるなが)の内室が重篤の肝ノ病であるという情報を得ると、正月の賀宴に治脩をわざと内室同伴で招待し、側室が参勤交代制における幕府の人質としての役割を果たさないことを公にして前田家を容喙しようと画策。
ちょうど江戸・前田屋敷では肝臓病の特効薬「密丸」が底を尽きかけていて、これを金沢から江戸まで届ける密命が金沢・浅田屋の「三度飛脚」と呼ばれる加賀飛脚の男たちに託されるが、その行く手には定信の御庭番(隠密)たちが待ち受ける―。
飛脚を扱ったものでは、出久根達郎の『世直し大明神-おんな飛脚人』('04年/講談社)というのがあり、NHKの金曜時代劇にもなりましたが(「人情とどけます〜江戸娘飛脚〜」)、あれは町飛脚で、今で言えばバイク便、こちらは定飛脚で、今で言えば長距離ライナー便といったところで、佐川急便どころか加賀鳶の上をも行く男っぽい世界が、加賀飛脚の金沢と江戸のそれぞれの組頭である弥吉と玄蔵の2人の友情を軸に展開される物語です。
金沢と江戸の間を月に三度走るため「三度飛脚」と言ったそうですが、時代物によく出てくるのは江戸と京都を結ぶものではないでしょうか。
この小説を読んで、当時の情報インフラとしてのそのシステムがよくわかり(売れっ子作家なのにここまで下調べしているのは立派)、越後親不知など命がけの難所もあったのだなあと。
内部に密偵がいたりして、クライマックスの追分の猟師たちが加勢しての隠密との闘いも読んでいてハラハラドキドキさせられます(雪中の対決は、真保裕一の『ホワアイトアウト』('95年/新潮社)を思い出しました。ともにアクション映画っぽい感じが似ている)。
ただし、読み終わると結構早く冷めてしまう類の小説だったかも。
庶民(飛脚や猟師)vs.武家社会という構図ですが、飛脚たちだって、浅田屋のバックには加賀藩があるわけだし、むしろ猟師たちの方が純粋?
因みに「浅田屋」は、小説にある通り、初代伊兵衛が加賀藩から「三度飛脚」の任を拝したことに端を発する今も続く老舗旅館で、高級料亭「加賀石亭」なども系列です(以前金沢に住んでいたとき、よく前を通ったが、中にはいる機会は一度も無かった)。
【2008年文庫化[新潮文庫]】