【608】 ○ 野坂 昭如 『とむらい師たち』 (1967/08 講談社) 《『とむらい師たち―野坂昭如ルネサンス〈5〉』 (2007/11 岩波現代文庫)/『とむらい師たち―野坂昭如ベスト・コレクション』 (2017/06 河出文庫)》 ★★★★

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「死」を隠蔽する社会風潮へのアンチテーゼの表題作。三島、吉行も褒めた「四面凶妻」。

とむらい師たち 野坂昭如y.jpgとむらい師たち 1967.jpg   とむらい師たち.jpg 野坂昭如ルネサンス 5.jpg  とむらい師たち 河出文庫.jpg
単行本 ['67年]/『とむらい師たち』 講談社文庫['73年]/『とむらい師たち (岩波現代文庫 文芸 116 野坂昭如ルネサンス 5)』(カバー:和田 誠)['07年]/『とむらい師たち: 野坂昭如ベスト・コレクション (河出文庫)』['17年](解説:東山彰良)

 デスマスク師の"ガンめん"は、葬儀のレジャー産業化を図る葬儀演出家の"ジャッカン"らと組んで、万国博に対抗すべく日本葬儀博覧会の実現に執念を燃やすが―。

 '66(昭和41)年発表の表題作は、高度成長期において人の「死」というものが社会から隠蔽されようとされている風潮にアンチテーゼを投げかけた作品であり、「エロ事師たち」('63年発表)同様、スペシャリスト集団の男たちの奮闘をユーモアと哀切を込めて描いており、「エロ事師たち」とは、そのテーマにおいて「性」と「死」という対極を成しています。

 創刊号の表紙をベートーベンのデスマスクにすることに決まった葬儀雑誌「葬儀之友」の編集会議の様子など、笑える箇所が多いですが、再読してみると、一見書き殴り風のようでいて、葬儀社に関する取材がけっこう綿密になされていることに感心させられました。

とむらい師たち tirasi.jpgとむらい師たち 1シーン.jpg この作品は勝新太郎主演で映画化されていて(監督:三隅研次/共演:伊藤雄之助、藤村藤本義一 2.jpg有弘)、脚本は藤本義一氏です。テレビで観てあまり覚えていないのですが(その後'14年にDVD化され、個人的には'22年に神保町シアターで観た)、ラストで勝新太郎が現世と来世を彷徨するような場面があって、これは藤本義一が敬愛する映画監督・川島雄三監督(恐山出身)へのオマージュが込められているとのことです(藤本義一が脚本家として最初に師事したのが川島雄三だった)。

「とむらい師たち」(1968/04 大映) ★★★☆
「とむらい師たち」d.jpg「とむらい師たち」伊藤雄之助.jpg「とむらい師たち」('68年/大映)監督:三隅研次/原作:野坂昭如/製作:田辺満/撮影:宮川一夫/音楽:鏑木創/脚本:藤本義一(時間:89分/劇場公開:1968/04/配給:大映)
出演:勝新太郎/藤村有弘/藤岡琢也/財津一郎/西岡慶子/酒井修/田武謙三/多賀勝/若井はんじ/若井けんじ/曽我町子/西川ヒノデ/宮シゲオ/島田洋之介/今喜多代/北村英三/若宮忠三郎/春本泰男/山本一郎 /斎藤信也/伊達三郎/木村玄/遠藤辰雄/伊藤雄之助

 他に、掘立小屋に同居する5人の学生が赤線で貰った毛虱に泣かされる「あゝ水銀大軟膏」、TV番組ライターの男が育児・家事放棄のとんでもない悪妻に悩まされる様を悲喜劇風に描いた「四面凶妻」、ベトナム出征兵士を無償で慰撫する女性を描いた「ベトナム姐ちゃん」、性の奥義を極めたというわけのわからない不思議な婆さんとの出会いを描いた「うろろんころろん」の4篇を収録(講談社文庫版・岩波現代文庫版も同じ)。

野坂 昭如 『とむらい師たち』.jpg いずれも、'66(昭和41)年から翌年にかけて(36歳から37歳にかけて)の1年間に発表された作品で、直木賞受賞作「アメリカひじき」「火垂るの墓」も'67年の発表作であることから、まるで何か舞い降りたかのような旺盛な創作ぶりが窺えます。

 今回の再読で、一般に評価の高かった「ベトナム姐ちゃん」('67年)は、出征兵士となった恋人との主人公の原体験がうまく伏線として物語に絡んでいると再認識しましたが、五木寛之もこのころ「海を見ていたジョニー」('67年)などベトナムものを書いていたなあと。

 講談社文庫版の巻末解説では「四面凶妻」だけが社会的風刺が弱いと見られたのか、解説の対象から外れていますが、個人的にはこれも印象に残った作品。今ならば育児放棄は、充分社会的テーマになるのではないでしょうか。
 ただし、「妻」のことをこんな風に書いて大丈夫かなあと変に気をもんでしまいましたが、近著『文壇』('02年)によれば、自分の奥さんがこんな女でなくて良かったという思いから書いたらしく、やや安心。

吉行 淳之介.jpg三島由紀夫.jpg 『文壇』ではさらに、三島由紀夫が電話してきてこの作品を褒め、ただし「お終いが少し汚い」と言ったとか(酔いつぶれながら更にビールを要求する妻に、男は小便を混ぜたビールを飲ませる)、吉行淳之介も褒め、「短編集の表題にするといい」と言ったという話も明かされていて、見る人は見ているという感じで、なんとなくよかったなあという気持ちになりました。

 【1973年文庫化[講談社文庫]/2007年再文庫化[岩波現代文庫・野坂昭如ルネサンス]/2017年再文庫化[河出文庫・野坂昭如ベスト・コレクション(浣腸とマリア、マッチ売りの少女、むらい師たち、ベトナム姐ちゃん、死児を育てる、色即回帰を所収)]】

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