【590】 ○ 芹沢 光治良 『神の微笑(ほほえみ) (1986/07 新潮社) ★★★★

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前後半通じて面白い。「文学は物言わぬ神の意思に言葉を与えること」の真摯な説明の試み。

神の微笑(ほほえみ).jpg神の微笑(ほほえみ)』 新潮文庫 〔'04年〕芹沢.jpg 芹沢光治良(1896-1993/享年96)

 前半は作者の半生記のような感じで、主人公の父親が天理教の信仰にのめりこんで財産を教団に捧げたために親族ともども味わった幼少期の貧苦から始まり、やがて学を成しフランスに留学するものの、肺炎で入院、結核とわかり、現地で送ることになった療養生活のことなどが書かれていています。

 高原の療養所で知り合った患者仲間との宗教観をめぐる触れ合いと思索がメインだと思いますが、患者仲間の1人が、天才物理学者であるにも関わらず、イエスに降り立った神というものを信じていて、幼少の頃に天理教と決別した主人公には、それが最初は意外でならない、その辺りが、主人公自身は経済を学ぶために留学しており、"文学者"が描く宗教観というより、自然科学者と社会科学者、つまり外国と日本の"科学者"同士の宗教対話のように読めて、論理感覚が身近で、面白くて読みやすく、それでいて奥深いです。

 後半は、その科学者に感化されて文学を志した主人公が、その後、天理教の教祖やその媒介者を通じて体験する特異体験が書かれていて、「世にも不思議な物語」的・通俗スピリチュアリズム的な面白さになってしまっているような気配もありましたが、主人公(=作者ですね)は、それらに驚嘆しながらも実証主義的立場を崩さず、最後まで信仰を待たないし、一時はイエスとのアナロジーで教祖に神が降りたかのような見解に傾きますが、最後にはそれを否定している、一方で、人生における様々な邂逅に運命的なものを感じ、神の世界は不思議ですばらしいと...。

 一応フィクションの体裁をとっていますが(『人間の運命』の主人公が時々顔を出す)、作者が以前に「文学は物言わぬ神の意思に言葉を与えることである」と書いたことに自ら回答をしようとした真摯な試みであり、それでいて深刻ぶらず、沼津中(沼津東高)後輩の大岡信氏が文庫版解説で述べているように、苦労人なのに本質的に明るいです(でも、よく文庫化されたなあ。通俗スピリチュアリズムの参考書となる怖れもある本ですよ)。

 要するに、神というのは、教団や教義の枠組みに収まるようなものではないし、信仰をもたなくとも、神を信じることは可能であるということでしょうか。
 とするならば、現代人にとって非常に身近なテーマであり、1つの導きであるというふうに思えました(作中の天才物理学者の考え方は老子の思想に近いと思った)。

 作者が89歳のときから書き始めた所謂「神シリーズ」の第1作で、以降96歳で亡くなるまで毎年1作、通算8作を上梓していて、この驚嘆すべき生命力・思考力は、"森林浴"のお陰(作者は樹木と対話できるようになったと書いている)ならぬ"創作意欲"の賜物ではなかったかと、個人的には思うのですが...。
 
 【2004年文庫化[新潮文庫]】

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