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村上・安西コンビの「工場」見学記。楽しく気軽に読める。
『日出る国の工場 (新潮文庫)』
『日出(いず)る国の工場』 単行本 ['87年]
'86(昭和61)年に、村上春樹がイラストレーターの安西水丸を伴って行った工場見学の記録。
訪問先として選んでいる「工場」というのが、人体標本を作る会社だったり結婚式場だったり消しゴム工場だったりするのが面白く、ほのぼのとした中にも意外性や素直な驚きがあり、それは多分読者も共感するところで、そういうのを引き出す点が実にうまいのですが、このころからこの人にはインタビュアーとしての才があったのかもしれないと思わせるものです。
その「素直な驚き」とは、ある種の合理性に対する驚きのようなもので、カツラだって流行のモードだって経済合理性のなかで作られているというのだという村上氏の醒めた目線が窺えた気もします。
一番印象に残ったのは、「経済動物たちの午後」と題された「小岩井農場」見学記で、ホルンスタインというのは、生まれた仔牛が牡(オス)であれば一部種牛になるものを除いて生後20ヶ月ぐらいで加工肉となり、牝(メス)牛も乳の出が悪くなればすぐに加工肉となるので、寿命を全うすることは無く、まさに"経済動物"であるという...なんだか侘しいなあ。
とは言え、安西水丸氏のどこかのんびりした挿画も楽しく、全体として気軽に読め、笑えるところも多いです。
この本の前向きなタイトルからも察せられるとおり、この"明るさ"は、本書がバブル期の"いい時代"に出版されたものであるということもあるのでしょうけれど。
さらに穿った見方をすれば、その中で著者は、"経済動物"に象徴される"消費される者の哀しさ"のようなものを見据えていたということでしょうか。
【1990年文庫化[新潮文庫]】