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逍遥から龍之介までの文学潮流を俯瞰。構成・文章ともに読みやすい。
中村光夫 (1911‐1988/享年77)
『日本の近代小説 (1954年)』 岩波新書
文芸評論家で小説家でもあった中村光夫(1911‐1988)による、明治から大正期にかけての「近代日本文学」入門書。
刊行は'54年('64年改版)と旧いですが、作家を1人ずつとりあげながら文学潮流を鳥瞰していくかたちで、「です・ます調」で書かれているということもあり、構成・文章ともに読みやすい内容です。
坪内逍遥から芥川龍之介までをカバーしていますが、前段では登場する作家(明治中期まで)は人数が少ないせいか1人当たりの記述が比較的詳しく、知識人向けの硬いものより仮名垣魯文のような戯作の方が後世に残ったのはなぜか、言文一致運動に及ぼした二葉亭四迷の影響力の大きさがどれだけのものであったか、などといったことから、樋口一葉がなぜ華々しい賞賛を浴びたのかといったことまでがよくわかります。
中盤は、藤村・花袋などの自然主義運動を中心にその日本的特質が語られており、「夜明け前」や「蒲団」などを読むうえで参考になるし(「蒲団」などは、小説としてあまり面白いとは思わないが、文学史的な流れの中で読めばまた鑑賞方法が違ってくるのかも)、それに反発するかたちで台頭した耽美派・白樺派なども、著者の説によれば同時代思想の二面性として捉えることができて興味深いです。
後段では、森鴎外、夏目漱石という「巨星」の果たした役割やその意味とともに、多くの気鋭作家を輩出した大正期の文学潮流の特質を解き明かしています。
著者は私小説や風俗小説を痛烈に批判したことでも知られていますが、本書は特定の傾向を批判するものではなく、それでいて自然主義運動がわが国独特の「私小説」の伝統を決定づけたことを、冷静に分析しているように思えました。
「わが国の近代小説は、すべてそれぞれの時代の反映に過ぎなかったので、それが完璧な反映であった場合にも、よりよい人生を示唆する力は乏しかったのです」という著者の結語は、現代文学にもあてはまるのではないでしょうか。