【239】 ○ 多田 富雄 『ビルマの鳥の木 (1995/10 日本経済新聞社) ★★★★

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芳醇で奥深いエッセイ集。「旅のトポロジー」が新鮮で良かった。

ビルマの鳥の木.jpg 『ビルマの鳥の木』('95年/日本経済新聞社)ビルマの鳥の木2.jpg 『ビルマの鳥の木』新潮文庫

 免疫学者・多田富雄氏のエッセイ集で、それまで比較的マイナーな雑誌や新聞に発表した小文を集め、「旅のトポロジー」「花のある日々」「生命へのまなざし」「能の遠近法」の4章に再構成してあります。

 いずれも芳醇で奥深い文章で、紀行文だけでなく、生命や医学、さらに能楽に関する話まで、著者の文化的才能のエッセンスが詰まっています。ただし個人的には、著者が〈生命医学〉や〈能〉について書いた本はそれぞれ単独で読むことができるため、紀行文を集めた「旅のトポロジー」が新鮮で良かったです。

 著者の深い思索の1つの背景として、学会で世界中を飛び回り、著名な学者らと交わる一方で、ホテルを飛び出して土地の人や歴史や自然に接し、特に必ずその都市のダウンタウンには行って、市井の人々の息吹を肌で感じている姿勢があることがわかりました。

 アメリカで実験用マウスのルーツを探った「グランビーのねずみおばさん」は、タイトルもいいけれど、内容もしみじみとさせられるもの。チリ訪問記「サンティアゴの雨」も、政情不安の国の若者に向ける温かい眼差しがいい。イタリア貴族の後裔を訪ねた「パラビィチーニ家の晩餐」では、ローマ史やルネサンス文化に関する該博ぶりに根ざした"格調高い"文化芸術論、と思いきや、文末に、敢えて「キッチュな体験をできるだけ悪趣味なバロック調に仕上げて」みたとあり、思わずニッコリしてしまいました。

 「ビルマの鳥の木」では、無数の鳥が群がることで有名なバードツリーの下で、鳥の鳴き声に包まれて感じた"火葬されているような感覚"や、その時に想った"DNAのランダムなつながり" "原初的な死"を語っていますが、自分はこれを読んで、梶井基次郎の「桜の樹の下には」を思い出しました。ただし、著者が感じたものは、より尖鋭的な"東洋的な死"の感覚だったのではないかと思います。

 【1998年文庫化[新潮文庫]】

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