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「●岩波新書」の インデックッスへ
「奇人伝」と言うより、生き方(自己実現)の系譜として読めた。
『奇人と異才の中国史』岩波新書〔05年〕 井波律子氏(国際日本文化研究センター教授)
春秋時代から近代までの2500年の中国史のなかに出現した56人の生涯を、時代順にとりあげ、1人3ページ程度にコンパクトに紹介・解説しています。孔子や始皇帝から魯迅まで、政治家、思想家、芸術家などとりあげている範囲は広く、誰でも知っている人物もあればさほど一般的でない人物もありますが、そうした人物の"奇行"を蒐集しているわけではなく、オーソドックスな人物列伝となっています。
孔子は55歳からスタートした14年間の諸国遊説によって自らの思想を充実させたとのことで、もし彼がどこかに任官できていれば、逆に一国の補佐役で終わったかもしれず、弟子もそんなに各地にできなかっただろうと(因みに彼の身長は216cmあったとか)。
孔子
明代中期に陽明学を起こした王陽明は、軍功を挙げる一方で、朱子学を20年研究し、自己の外にある事物それ自体について研究し事物の理に格(いた)ることで認識が定成するという朱子学のその考えを結局は彼自身は受け入れられず、転じて自らの心の中に知を極めることにして〈知行合一〉の考えに至ったとか―。
王陽明
〈思想〉が最初からその人物に備わったものではなく、年月と経験を経て(或いは、置かれた境遇を通して)その人のものとなったことがわかり、興味深かったです。
こうした思想家の列伝も充実していますが、全体としては、歴史の授業などではあまり詳しく習わない、あるいはまったく取り上げられない文人や女性が比較的多いのが本書の特徴でしょうか。加えて、そうした中に、政治と関わりながら途中から隠者のような生活に入った人も多いのは、『中国文章家列伝』('00年/岩波新書)、『中国の隠者』('01年/文春新書)などの著作がある著者らしいと言えます。
本書は新聞連載がベースになっているため、それぞれの評伝は短いけれどよく纏まっており、その人物がどのような「生き方」を志向したかがわかるような書き方で、生き方(自己実現)の系譜として読めました。
井波 律子さん(いなみ・りつこ=中国文学者)2020年5月13日、肺炎のため京都市内の病院で死去、76歳。金沢大や国際日本文化研究センターの教授を歴任した。古代から近現代まで幅広く中国文学を論じ、「中国名言集」など、その魅力を紹介する書籍を多く著した。「三国志演義」「水滸伝」などの翻訳でも知られた。3月に自宅で転倒して頭部を打ち、入院していた。