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芳醇な味わいのエッセイ。人類進化の加速化の指摘、白洲正子氏の最期などが興味深かった。
『独酌余滴』 朝日文庫 〔'06年〕 『ビルマの鳥の木』('95年/日本経済新聞社)
世界的な免疫学者で、〈能〉の脚本なども手掛けている多田富雄氏のエッセイ集で、2000年日本エッセイストクラブ賞受賞。
前半部分は、学会等で世界各都市を飛び回った際に触れたこと、感じたことが主に書かれており、後半部分は、世情から日常生活の話題、免疫学・生命論から能をはじめとする舞台芸術の話など、話題は広く、それでいて、それぞれに芳醇な味わいがあります。
前著『ビルマの鳥の木』('95年/日本経済新聞社)で、海外に行くと、ホテルを飛び出して土地の人や歴史や自然に接し、特に必ずその都市のダウンタウンに行って、市井の人々の息吹を肌で感じるようにしていると書いていましたが、まさにその通り実践しており、グローバル化の中で取り残され、世界の片隅で生きる人々に対する、著者自身の眼で見た想いと憂いが伝わってきました。
科学者としての考察も随所にあり、人類進化の大きな段階が、2500万年前(類人猿の誕生)、150万年前(直立二足歩行の原人類ホモ・エレクトズの誕生)、20万年前(ネアンデルタール旧人類の誕生)、4万年前(言語の使用)、5千年前(文字の発明)というように一桁ごとに短くなる非連続で起きていて、類人猿→原人類間が2000万年以上もかかったのに、原人類→旧人類間が200万年程度、旧人類→新人類間が15万年、そして新人類→現代間が5万年に過ぎないことを考えると、そろそろ新・新人類が出てくるかも、という発想は、最後は"パソコン人間"の現代の若者に絡めてエッセイ風にまとめていますが、科学的に見ても、この進化の加速化の先は、一体どうなるのだろうかという不思議な思いになりました。
そのほか後半部分では、白洲正子氏('98年没)を偲んで、彼女が亡くなるときの様子について触れられており、彼女は自分で病院に電話して救急車が来るまでに好きな物を食べて待ち、入院後ほどなく昏睡状態になって10日後に亡くなったとあり、改めて、何だかすごいなあ、この白洲正子って人は、という感じに。
著者は、彼女のものの見方や考え方、美意識や行動に「男性」的なもの、彼女の著作テーマにもある「両性具有」的なものを見出しているようですが、これも興味深い考察でした。
【2006年文庫化[朝日文庫]】