〔01〕 「能力主義」-"ぬるま湯的"人事制度からの脱却が求められている

● 「能力主義」の人事制度=「職能資格制度」の "制度疲労"
労働人口の高年齢化が昨今言われますが、これは今に始まった問題ではなく、昭和50年代ごろから企業にとっての問題となっていました。加えて定年延長という課題もあり、企業は年功的な賃金体系の是正に取り組むことを余儀なくされたわけです。そこで多くの企業が導入したのが、「能力主義」の人事・賃金制度、つまり職能資格制度、職能給制度であったのです。
しかし今、その職能資格制度、職能給制度に"制度疲労"が生じて、年功的賃金制度と変わらないものになってしまっているというのが、多くの企業で起きていることです。

従来の職能資格制度などに基づく「能力主義」人事制度の問題点は、年功的要素を含む"保有能力"を過大に評価してきた点にあります。その結果、「同じ釜の飯を食う」とういう長期雇用を前提にした「仲間主義」になってしまい、本当の意味での「評価」は避けられてきました。経営環境が大きく変化した今においても、そうした保有能力が本当に"発揮能力"に転ずるのか、その能力の価値は陳腐化してはいないかなどの充分な検証もないまま、毎年ごと年功的に基本給や職能給を引き上げていくということが、多くの企業で行われてきたわけです。

右肩上がりの高度成長期にはそうした考えでもまだ持ちこたえることができたのですが、バブル経済崩壊後の低成長の時代に入ると、こうしたシステムの弱点が顕著になりました。つまり、
①中高年齢層の人員肥大化による高コスト体質
②資格等級と担当する職務のレベルとの間のズレ
③資格等級と生み出す成果とのギャップ
などの問題を生じせしめたことです。
同様の問題が自社においても起きていないか、そのことが厳しい経営環境にも関わらず"ぬるま湯的"、悪い意味での"情緒的"な体質を醸成することにつながっていないか、一方で本当にやる気のある社員の意欲を削ぐことになっていないか、今一度チェックしてみることが必要です。

● 「能力主義」が年功的運用に陥っているならば見直し・脱却を
職能資格制度には、昇格と昇進を分離させることで能力開発への動機づけを促し、同時に柔軟な人材活用を図ることが可能であるというメリットがありました。ですから全面的に否定されるものではありません。育成期・成長期にある社員に対しては、能力の伸長を促すうえで一定の成果があると思われます。
しかし、20歳から60歳までの社員をすべて職能資格制度のみで格付けすることの意義は薄いと思われます。20代の社員の能力が1年間でどれだけ伸びたかを見ることは意味があるかもしれませんが、50代の社員については同様の見方は成り立ちにくいのではないでしょうか。
「能力主義」が年功的な運用に陥っている企業においては、むしろ発想を転換し、曖昧な「能力主義」による人事制度からの脱却を図ることが求められていると言えます。また、これから等級制度を導入しようという企業においても、誤った「能力主義」に陥らない注意が必要です。

〔02〕 「成果主義」-「成果主義」導入の際に気をつけるべき落とし穴 

● "制度の目的化"が「結果主義」や自主性の伸長阻害につながっている
「成果主義」は避けて通れない時代の趨勢だと言われています。しかし一方で、「成果主義」のさまざまな問題点の指摘がなされています。問題の源は、制度の策定・運用に際して本来の「成果主義」と異なる扱いをしたことにあると考えます。それは、
① 自己責任の原則なのに、会社が職務を一方的に決定している、
② 成果の特定が困難で評価者の認識も不十分なままスタートした、
③ 目標設定において中長期的テーマ・課題がないがしろにされている、
④ 人件費削減を主目的に成果主義を導入した、
などなどです。これでは、企業が目指すべき(本来の成果主義の目的である)「活力ある革新的な人材・組織の実現」には結びつきません。その結果、
★ 目標達成度を意識しすぎてプロセスを軽視しがちになる(単なる「結果主義」に陥る)、
★ 成果を生み出すために必要な社員の自主性・自立性の伸長を阻害する、
などの問題が生じているのです。企業としての本来の目的を見失い、制度を入れることが目的化してしまうことこそ、「成果主義」導入の際の落とし穴と言えるのではないかと思います。

● 自社にとっての「成果主義」の定義・目的を明確にしておく
成果主義一辺倒からの揺り戻し、というのが、先行して成果主義を導入した企業に昨今見られます。しかしこうしたニュースや情報に過度に左右されるのはどうかと思います。
「成果主義」というのは、"イデオロギー"の如く言われていますが、処遇制度の1つの方向性を指すにすぎないと考えます。で、実際に各企業で最近導入したという「成果主義」賃金制度の具体的内容を見てみると、導入企業ごとにかなり多様で程度差が大きいのです。どれも自社の従来の制度に比べ相対的に「成果主義」へシフトしたということであって、「成果主義」は定義こそあれ、「成果主義」の共通基準があってそこに到達した、と言い切れるものではないからです。

成果主義賃金制度は、簡潔に言えば「成果応分」ということであり、何も新しいことを言っているのではありません。賃金制度は社員に対するメッセージを込める手段であり、"容れ物"です。そこにどのようなメッセージを込めるのかという中身が必要です。制度の改定(成果主義の導入)が新たな弊害を生むのは、自社にとっての成果主義のあり方の事前検討が不充分だったためと考えられます。また、制度の作り方がまずいと、伝えたいメッセージもうまく伝わりません。「まずい」というのは、「精緻でない」ということではなく「自社適合でない」ということです。行き過ぎであったり、期待外れであったりすることになります。自社にとっての成果主義(賃金制度)のあり方は、その目指すところを明確にし、「自社適合」念頭において構築すべであると考えます。

● 人材の可能性・自立性を引き出す概念-「役割」
そうした中で、単なる「結果主義」に陥らず人材の可能性・自立性を引き出す概念として、これから成果主義へ移行しようという企業に注目されているのが、「役割」という概念です。

〔03〕 「役割・成果主義」-「役割」をベースに成果主義の処遇制度を実現する

● 「役割」とは何か
「役割」というのは、職位・職務上の責任・権限である職責に、業務の拡大・革新等のチャレンジ度を付加したもの、つまり「職責+チャレンジ度」と考えてよいかと思います。
「役割」は企業・組織が職位等に応じて社員に求める基本的重要事項であり、時代の変化に対応し、企業・組織・社員のレベルアップのため、社員自らが高次の目標を設定し、拡大することが期待される重要事項です。今後は、自らの「役割」を主体的にとらえ創造性を発揮する自律型人材が企業競争力の決め手となると考えられます。

● 「職務」と「役割」の違い
よく「職務・役割主義の人事制度」とか「職務給賃金制度」とか言われますが、「職務」と「役割」はどこが違うのでしょうか。
両者とも「能力」のような「人」基準ではなく「仕事」基準であるという点では同じです。ただし次の点で異なります。
★ 「職務」...業務活動項目のまとまりを指し、細分化された定型業務のこと。
★ 「役割」...職務を簡素化し大括り(ブロードバンディング)したもので非定型業務を含む。
「職務」が"業務"の視点に立っているとするならば、「役割」は"機能"の視点に立っているとも言えます。(例えばお医者さんの「職務」が診断する、手術をする、投薬の指示をする、カウンセリングをするなどなどであるとすれば、お医者さんの「役割」は患者さんの病気を治すということになるかと思います。)
「職務」という用語が「職務グレード」、「ジョブバンド」、「日本型職務給」という言葉の中で使われる場合は、ここでいう「役割」と同じ意味で用いられている場合が多いようです。

● 「役割・成果主義」-「役割」をベースとした成果主義の処遇制度を
従来型の「職務等級制度」では、すべての課業を洗い出して個別に分析や点数化をし、組織改組や環境の変化に合わせてその都度メンテナンスをかけ......と大変な労力を注いだのに、制度が短期間のうちに硬直化し運用がままならなくなるといったことがよく起こります。
その点、「役割」(役割基準)をベースとした人事制度である「役割等級制度」は、こうした「手段の目的化」というジレンマに陥る危険性も小さく、社内での「役割」の重要度をベースにした「仕事」基準の処遇の効率的な実現を可能にします。
成果主義賃金制度の導入に際して、その「役割」のレベルに対して支払う報酬の基準を定め、また成果の反映度を調整すれば、"行き過ぎた成果主義"というものに陥る可能性も少ないと考えられますし、反対に処遇に一定の格差があったとしても、それはその「役割」のレベルにある社員が負うべきリスクでありリターンであるという合理的な説明が可能です。会社が社員に対して、「その役割において、社員自らが高次の目標を設定し、拡大すること期待する」というメッセージを、処遇と連動させて伝えることにより、「活力のある革新的な人材・組織の実現」という、成果主義の本来の目的に近づくことが可能になると考えます。

〔04〕 役割等級制度-「大括り(ブロードバンド)」を原則とする

● 「役割等級制度」における「期待役割」の2種類の捉え方
「役割」とは、つまり「職責+チャレンジ度」だと述べましたが、「役割等級制度」として実際に運用する際には、ここで言う「チャレンジ度」、言わば「期待役割」の捉え方に2種類あります。
1つは、「その役割につく者すべてに期待される役割」という意味で、この場合、「人」基準ではなく「仕事」基準・属職主義の考え方であり、「役割等級制度」のスタンダードな考え方です。
もう1つは、「その役割についた特定のある個人に期待される役割」という考え方で、この場合は属人基準なので、その役割についた「人」次第で役割基準が変動することになります。
 一般的には、前者のスタンダードな捉え方で運用すべきと考えます。後者の場合、組織改組などが行われなくても、人事異動さえあれば、その都度、等級基準を見直さなければならなくなる可能性があり、「結局のところすべて人基準ではないか」ということにもなりかねないからです。
何れの捉え方をするにしても、現状で職務価値に顕著な差が見出せない場合は、無理に等級を細分化するのではなく、役割等級数を少なくし大括り(ブロードバンディング)するのが望ましいと考えられます。ただし、ブロードバンディングされた大きな等級の中で、キャリアや業績の違いによって区分を設ける方法も考えられます(後述の「多段階洗い替え役割給」などはそれに近い考え方です)ので、後者の捉え方が全面的に否定されるものではありません。

● 「役割等級制度」に付随する問題とその解決
① 誰にも納得がいく職務の序列付けが困難
② 異動が上位方向に限定され、柔軟な異動が困難
③ 上位に空きポストがないと給与が上げ止まり、モラール維持が困難
以上の3つが、「役割等級制度」に付随する"困難"として考えられますが、①については等級の細分化が要因であることが多く、その場合は、ブロードバンディングすることで解決します。
②についても同様ですが、それでもやはり、配置転換になったことで役割等級が下がる、という事態は起こりえます。賃金面では激変緩和措置を講じるにしても、人事異動は経営事項であり、低い職位への異動も起こり得る、という割り切りを社内に定着させることも必要だと思います。
③については、後述する「範囲給」のレンジ幅、等級ごとのレンジの重なり具合の調整で、下位等級者でも評価次第で上位等級者の賃金水準に達するように設計する、または賞与に業績反映度を大きくする、など方法により、一定のモチベーション維持は可能になると思います。

● 「役割等級」設定の考え方
役割等級の設定は、役割内容の重要度、仕事の範囲や職責の大きさ、職務難易度、期待される成果などから決定し、現実に課せられている組織的な役割・機能のレベルに対応します。従って現行の職位(役職)制度と切り分けがほぼ一致するケースも当然でてきます。
等級区分は、全職群共通で定義する方法と、マネジメント職群・プロフェッショナル職群(スペシャリスト職群)・エキスパート職群・スタッフ職群などの職群別に定義する方法があります。
何れも「大括り(ブロードバンド)」を原則とし、等級の階層数は一般に4~8程度になります。

〔05〕 役割等級の設定①-「自社適合イメージ」を持って等級区分・職群区分をする

● 「役割等級」の設定例
 役割等級の設定例を見てみます。事例は共に社員数100人前後の中小企業です。


05-01.gif
①はコース別採用を実施しているサービス業の会社の等級区分例です。この会社では「接客サービス」が業務の重要な部分を占め、それいついての知識・スキルレベルは、保有資格などで明確に区分できるため、一般職群の中でも該当する職群の等級区分は細分化されています。














05-02.gif②は、ソフトウエアの販売・開発会社の例ですが、「専任職制度」(エキスパート職)を設けていますが、それとは別に、企業力の重要な支えとなるSE(システムエンジニア)を「スペシャリスト職群」と位置づけています。













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更に③の通り、社員数に占める比率も高いこれらSEの、役割レベルごとの概要と役割等級の対応関係を定めています。
 このように、会社の業務・業態によってあるべき役割等級設定は異なってくるので、自社に最も適合した等級区分のイメージをしっかり持つことが、等級設定のポイントになります。








〔06〕 役割等級の設定②-「役割等級基準」を作成する

● 役割等級基準の設定(「役割基準書」の作成)
役割等級区分の拠り所となる「役割基準書」の作成においては、"職務"より"役割"、"業務"より"機能"、"職制"より"職責"を念頭に置くことがコツです。要素を一括して定義する方法や、役割の概要と職責などに区分して定義する方法があります。また、等級ごとに、該当する職位クラスを示す場合もあります。ここでは、全職掌共通の役割等級基準の例を2つ紹介します。

● 役割等級基準例1(6等級)
M1(部長クラス)...経営首脳の意思決す定を補佐しながら、経営方針・事業計画を立案すると共に、部の効率的な運営・管理を行う
M2(課長クラス)...課の責任者として、上司を補佐しながら、課の効率的な運営・管理を行う
M3(係長クラス)...上司を補佐しながら、自己およびチームの任務を遂行し、また部下への指導・監督を行う
S1(主任クラス)...計画的・応用的な業務を遂行し、自らの経験・裁量・創意工夫により効率的に成果を出す
S2...応用を伴う比較的定常的な業務を、上司の一般的な指示を受けて効率的に遂行する
S3...比較的短時間に習得できる定常業務を、上司や先輩からの具体的な指示を受けて効率的に遂行する

● 役割等級基準例2-役割等級の概要と職責に区分して定義した例(7等級)
GM...〔概要〕①本部・事業部門の統括責任者(本部長・事業部長級) ②経営トップの補佐 
〔職責〕①本部・事業部門の予算管理責任・業績責任 ②経営トップの特命遂行責任
M1...〔概要〕①本部・事業部門内の部門管理者(部長級) ②本部長・事業部長の補佐 
〔職責〕①本部・事業部門の業績連座責任 ②部門の予算管理責任・業績責任
M2...〔概要〕①部署管理者(課長級) ②部長の補佐
〔職責〕①部門の業績連座責任 ②部署の予算管理責任・業績責任
M3...〔概要〕①グループの指導・監督者(係長級) ②部署長の補佐
〔職責〕①所管グループの業務遂行責任 ②所管グループの業績責任
S1...〔概要〕①自己完結型業務の推進者・主担当者 ②係長・グループリーダーの補佐
〔職責〕①担当業務の遂行責任 ②担当目標の達成責任
S2...〔概要〕一般業務の副担当者・作業担当者 〔職責〕担当業務の遂行責任
S3...〔概要〕作業担当者の補助              〔職責〕担当業務の実施責任

等級への社員個々の格付けは、担当している仕事の内容、職務範囲、責任の重さや難易度により決めます。会社の職制上は同じ職位であっても、これらを勘案し、または業務の拡大・革新等のチャレンジ度、期待度を付加して吟味した結果、役割等級に違いが出るということはあり得ます。「役割等級制度」であって「職位等級制度」ではないからです。