〔38〕 退職金制度改革の方向性と「ポイント制退職金制度」の位置づけ-短期決済化

● 退職金制度改革の方向性
従来、多くの企業では、退職金の算定に「退職時基本給×勤続年数×退職事由係数」という算定式を用いていてきました。しかしこの公式は、勤続年数で支給額が累増するものであり、知らぬ間に高額化してきた退職金が、いま企業の経営・財務に大きな影響を及ぼすようになっています。そこで今、企業で、退職金制度の見直しが行われつつありますが、その方向性は、図に示すように ①勤続中立化 ⇒ ②短期決済化 ⇒ ③現金給付化 となっています。


① 勤続中立化
上記のような基本給連動型の算定式の退職金の給付は、年齢に沿って「S字カーブ」になり、40代ぐらいから急に立ち上がります。この年代の1年当たりの積み上げ額が、入社時に比べて5倍ぐらいになっているためです。まさに「年功カーブ」とでも言うべきこのSカーブを直線化する、つまり1年当たりの積み上げ額の格差を縮小するというのが、「勤続中立化」の動きです。

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② 短期決済化
基本給連動型の算定式では、退職時にならなければ退職金の受給額はわかりません。そこで、勤続1年ごとに、その年分の金額を確定させよう(さらにそこに貢献度や評価を反映させよう)という動きが、「短期決済化」です。つまり、「その都度確定」という考え方で、これから述べる「ポイント制退職金制度」もここに位置づけられます。

③ 現金給付化
「その都度確定」を更に発展させて、「その都度確定、その都度払い」にしよう、というのが「現金給付化」の流れであり、後で述べる「退職金前払い制度」や確定拠出年金制度(日本版401k)がこれに該当します。



〔39〕 退職金の基本給絶縁方式とポイント制退職金制度の種類-併存型・併合型

● 基本給絶縁の2方式
「退職時基本給×勤続年数×退職事由係数」という従来の退職金算定式の見直しの方向性として、もう1つは、基本給から絶縁する(基本給を計算の基礎として使わない)という考え方があります。「ポイント制退職金制度」はこの考え方に沿うものですが、その他に、算定基礎額を別に設ける「定額方式」も基本給絶縁の1タイプです。

① 定額方式
算定基礎額を基本給とは別建てにするもので、通常は次のような算定式になります。
 算定基礎額×勤続年数(または勤続指数)×退職事由別係数
 この方式には、基本給を第1基本給と第2基本給に分けて、第1基本給のみを算定基礎とすることで"ベア(昇給)の跳ね返り"を抑える、といった、従来制度の一部修正型のやり方もあり、高度経済成長期、昭和50年代前半に多くの企業で採用されました。
しかし、本来的な"基本給絶縁" "定額"の考えに沿うならば、基礎額を、(退職時の資格や等級など)何らかの基準に沿って別テーブルで設定するやり方が「定額方式」ということになります。ただし、こちらの方はあまり普及していません。

② ポイント制退職金制度(併存型・併合型)
同じく"基本給絶縁"の考え方に沿う、ポイント制退職金制度は、退職金の算定を1年毎のポイント算定に移行したもので、ポイント単価を変えることで給付水準を調整することができるのと、役割ポイントなどの設定により貢献度反映機能を持たせることができるのが、大きな特長です。
役割等級制度におけるポイント制退職金制度には、「勤続ポイント」(勤続1年毎のポイント)と「役割ポイント」(勤続1年毎にどの役割等級に該当していたかで得られるポイント)の「併存型」と、「役割ポイント」に「勤続ポイント」を併合し、「役割ポイント」一本にした「併合型」の2タイプがあります。それぞれ、通常は次のような算定式になります。

A.「併存型」...(勤続ポイント累計+役割ポイント累計)×ポイント単価×退職事由別係数
この方式での「勤続ポイント」は勤続年数に正比例させる必要はなく、したがって勤続が一定年数を超えると1年毎に積み上げるポイント数を減じることにより(あるいはポイントの積み上げを停止することにより)、長期勤続による給付の増大を抑制することが可能になります。

B.「併合型」...役割ポイント累計×ポイント単価×退職事由別係数
この方式は、「役割ポイント」が、その年にどの役割等級に属していたかによって積み上げるポイント数こそ異なるものの、"1年ごとに何ポイントか積みあがる"というのは事実であり、そうであれば「勤続ポイント」は要らないのではないか、という考えによるものです。
当然、一般的には「併合型」の方が貢献度反映の度合いを強めることができますか、それだけに新制度の退職金カーブと従来の退職金カーブで大きな差が出る可能性があります。

〔40〕 ポイント制退職金制度の概要①-併存型の勤続ポイント・役割ポイント設定例、計算例

● 併存型ポイント制(勤続ポイント+役割ポイント)のポイント設定例と退職金計算例

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この例では、1年あたりの「勤続ポイント」は、勤続5年超で大きく引き上げ、20年超で最大になりますが、25年を超えると小さくなり、35年を超えると新たには付与していません。
「役割ポイント」は、"平社員"からチーフ(S2)または主任(S1)クラスに昇進したときに1年当たりに付与するポイントを引き上げ、さらに管理職(M)になったときに大きくしています。
どこに付与ポイントのアクセントを置くかはそれぞれの企業の考え方によります。(自己都合係数は、最近の制度改定の傾向では、90%~100%到達に要する年数が早まっています。)

勤続25年の上級管理職(M1)社員が自己都合で退職した場合、ポイント単価1万円として退職金がいくらになるか計算例を示します。

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〔41〕 ポイント制退職金制度の概要②-ポイント制の特長と併合型の制度設計の流れ

●ポイント制退職金制度の特長
① 基本給からの絶縁
"ベアハネ"が無いため、賃金昇給額に関係なく独自の水準管理が可能になります。給付抑制効果だけでなく、退職時基本給を算定基礎とした場合、定年時に最終賃金が下がった人は支給額が減ってしまう、といった制度的問題もクリアされます。
② 年功的比重の縮小し、貢献度を反映
「長期勤続に対する功労報奨」的性格を弱めるとともに、会社への貢献度を支給額に反映させることが可能になります。このことにより、中途入社者や早期退職者が極端に不利になることを回避できます。
③ 「その都度確定」
給付額(給付ポイント)が1年毎に確定するため、今時点での個々の支給水準の把握が容易であるとともに、「退職金前払い制度」や確定拠出年金制度(日本版401k)など、次段階の制度に移行し易くなります。

●ポイント制退職金制度(併合型)の設計の流れ
① 新制度における退職給付水準を決める
全体として給付水準を上げたいのか、抑制したいのか、方向性を決めます。
② 既存モデルカーブを作る
実在者モデルから、勤続年数ごとの支給水準モデルを作成します。通常はS字カーブを描くことになります(下図左)。さらに、単年度ごとの増加額(積上げ額)を算出します(下図右)。
 
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③ 各等級別の新モデルラインを作る
ア.どの等級までいった社員の最終支給額をどの程度にするか、仮設定します。
イ.各役割等級別の昇進モデル(滞留年数モデル)を作ります。
ウ.到達等級別に給付額の新モデルラインを作ります。
④ ポイント単価および各等級別の付与ポイントを設定する
③のカーブに沿う積上げ額になるように、ポイント単価と等級別付与ポイントを仮設定します。
⑤ 算定シミュレーションし、現行制度との調整を検討する


〔42〕 評価反映型のポイント制退職金制度①-「評価ポイント」を導入した事例

●ポイント制退職金制度の特長
 「ポイント制」の手法をベースに、毎年度ごとの評価をポイントに反映させることで、より貢献度の反映度合いを強める退職金制度とする企業も出てきました。ここに2つ事例紹介します。

① 東芝(2000年導入)
東芝では、退職金の算定式を次の通りにしました。
退職金=(勤続ポイント累計+仕事給ポイント累計)×単価×自己都合係数
 仕事給ポイントは、同じ資格段階であっても人事考課の結果により格差が生じるようになっています。勤続ポイントは、勤続30年を超えると、1年単位の積上げが3分の1になります。

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② 川崎重工業(2002年導入)
川崎重工業では、退職金のポイント制への移行に際して、職能資格別の加算点に、さらに賞与の業績評価による加算点を加えることにしました。若干ポイントが小さい気もしますが、加算点方式で制度にポジティブな意味合いを持たせるよう工夫するとともに、幹部社員の業績加算相当額は賞与時に支給するなどして、退職時支給額の高騰抑制、給付の分散化が図られています。

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この他に、役割等級別の基本ポイントに賞与評価に応じた加算ポイント(年2回)を付与することとし、勤続ポイントを設けない(併合型)事例もあります。



〔43〕 評価反映型のポイント制退職金制度②-「評価反映型ポイント制」の設計方法

●「評価反映型ポイント制」退職金制度の設計手順
① 新制度における退職給付水準を決める
② 既存モデルカーブを作る(既存モデルでの単年度ごとの積上げ額を調べます。)
③ 各等級別の新モデルラインを作る(ア.等級別の最終支給額の水準を仮設定し、イ.各役割等級別の昇進モデルを作ったうえで、ウ.到達等級別に新モデルラインを作ります)。
④ ポイント単価および各等級別の付与ポイントを設定する

43-01.gif ここまでは、通常のポイント制(併合型)と同じです。昇進モデルに沿った単年度ごとの積上げ額の推移イメージはグラフのようになります(55歳以降、役職離脱し、専任職となる事例)。
「評価反映型」では、ここで設定した付与ポイントを標準評価(B)でのものとし、評価ごとのポイント格差を一定の基準により設定し、役割等級・評価別のポイント数を決めます。(下図)








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〔44〕 算定シミュレーションと全体調整①-シミュレーションにより趣旨の反映度をチェックする

●通常のポイント制の退職金制度と「評価反映型」のポイント制退職金制度のシミュレーション
制度設計の最終段階でシミュレーションをして、制度改定の趣旨(給付の抑制やS字カーブの直線化など)がどの程度に反映されているかを確認し、必要に応じて全体調整します。

下左図は、通常のポイント制(併合型)の例です。ここでは、当初の設計方針が例えば、ア.従来モデルの最終支給額は、新制度における"順調にM1(部長クラス)まで昇進したモデル"の水準とする。(給付抑制)、イ.M2(課長クラス)またはM3(係長クラス)までしか昇進しなかった場合のモデルは段階的にそれより低い水準にする、ウ.ただし、E1・2(専任職)までしか経験しなくても一定水準はキープする、というものだったとした場合、その通りになっているかを確認するわけです。

下右図は、「評価反映型ポイント制」のシミュレーションです。役割等級別・評価別にシミュレーションします。評価別の考え方は、例えば、ほぼ恒常的に上位評価(平均A)だった場合と、標準評価(平均B)、下位評価(平均C)だった場合、というふうにします。
同じ等級経験者でも、ずっと上位評価だった場合と、標準評価、下位評価だった場合では開きがでることになり、経験職位が上でも支給水準は必ずしも上位に来ないことを示しています。
また、最大最小格差が、評価を入れないポイント制よりも当然のことながら大きくなっています(550万円→1000万円)。こうした格差が自社にとって適正範囲(許容範囲)であるかどうかも、現状の受給額の格差状況などを見ながら判断していきます。

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〔45〕 算定シミュレーションと全体調整②-全体調整の考え方と制度設計のバリエーション

● 全体調整の考え方
給付抑制の方向で制度設計した場合、社員の間に不満感や不安を引き起こす可能性もあります。しかし、現状の給付カーブと同じモデルカーブになるように設計することが目的ではないので、本末転倒にならないようにしたいものです。
45-01.gif一般に定年間近の社員ほど退職金に対する意識が高いので、中高齢層から不満の声が上がることが多いのですが、過去から現在までの勤務分の支給額は保障し、これから将来にかけての勤務分についてのみ新制度を適用するならば、残存勤務年数が少ないほど新制度の影響は小さくなります。(右図)
「評価反映型」にする場合は、評価に対する信頼度、現在の評価が何年も後に支払われる退職金に反映されることが受け入れられるかどうか、という企業風土の観点からの検討も必要です。







● 制度設計上のバリーション
支給水準や格差の全体調整は、原則として付与ポイントの修正というかたちで行います。修正後再度シミュレーションし、適正ならば設計完了です。ただし、制度設計自体のバリエーションもいくつか考えられます。2つばかり挙げ、それらのメリット、デメリットを示します。
① 同一等級に長期滞留している場合、単年度当たりの付与するポイント数を減らす
〔メリット〕 累積ポイントの高騰を抑制することになり、全体としては成果主義的傾向を強めることができます。(例えば、中途採用者と長期勤続者の差が縮まる、など)
〔デメリット〕 個々のヒストリーデータ(履歴)の管理が必要になるなど、運用が複雑になります。例えば、昇級・降級(昇進・離任)を繰り返した場合の扱いをどうするか予め決めておく必要がありますし、等級制度を改定(等級区分の新設や統合)した場合にも、運用が複雑化します。
② 退職時の役職を加味する(最終役職ポイント)
〔メリット〕 このパターンは、職能資格制度でポイント制の退職金制度を入れている企業に見られます。職能資格基準のポイント付与においては、貢献度反映の要素は強まります。
〔デメリット〕 役割等級制度で等級基準でのポイントの付与の場合、最終役職ポイントの付与は、意味合いが重複するので合理性が希薄です。役職任免が硬直化する危険性もあります。

以上から、全体調整は、基本的には付与ポイント修正で行うのが標準的手法と思われます

〔46〕 ポイント制への移行に際して-現行制度との調整方法、企業年金における注意点

46-01.gif● 現行退職金制度との調整方法
ポイント制退職金制度の導入に際し、旧制度を残し(凍結し)新制度を入れる場合は、移行時に旧制度で計算した全従業員の退職金を算定しておく必要があります。退職事由別にそれをしますから、制度自体も退職給付会計も複雑化します。
そこで、新制度に一本化し、過去分については改定時点での累計ポイントを算定するのが普通です。ただし、新制度の基準を過去に遡及して適用しようとすると、全員の入社来の履歴(ヒストリーデータ)が必要になりますし、そもそも同時に等級制度を変更する場合は不可能です(できたとしても、新旧で給付水準に過大な格差が出ることが予想されます)。ですから一般には、旧制度での退職金を移行時点で捉え、この退職金水準に見合う累計ポイントを新制度へ"持っていく"という方法をとります。この場合、一般には、会社都合計算したものを持っていき、新制度移行後に自己都合退職した場合、新旧の総ポイントに対して新制度の退職事由係数を掛けるという扱いをします。

● 企業年金にポイント制を入れる場合の留意点
税制適格年金であれ確定給付企業年金であれ、制度改定により総給付現価を低下させることは、当局の認可基準において「不利益変更」とみなされ、"原則"認められていません。実施する場合は加入者の同意書取り寄せなどの特別な手続きが必要です。他の会社退職金制度から企業年金への移行割合を高めるなどして、制度上この問題をクリアする方法はあります。しかしそこまでしなくとも、本当に会社の経営状況が悪化している場合や、拠出金の大幅な上昇が経営を逼迫しているなどいったやむを得ない事情がある場合には、給付減額が認められる可能性があります。個々人の給付減額についても同じ考え方が成り立ち、現時点での給付額が下がる場合は、労働組合または本人の同意が必要となります。
ただし、制度移行時点での過去分の給付額を保障したうえでの新制度への移行は、将来分についての一般に言われる"期待権"というもののが、法律で明確に規定されているものではないので、問題は少ないと思います。それでも、現時点での支給額(ポイント)などは社員個々に通知し、制度移行についての了解をとりつけておくなどの配慮はした方が良いと考えます。

〔47〕 退職金前払い(選択)制度の概要-「後払い」から「その都度払い」へ

47-01.gif● 「前払い制」への移行動向
最近の退職金制度の改定動向として、「ポイント制」から「前払い(選択)制」や確定拠出年金(日本版401k)への移行が見られます。これは、「その都度確定・後払い」から「その都度確定・その都度払い」への動き、「債務」を"費用化"しようとする動きとも言えます。
「前払い(選択)制」は、大手企業では、'98年に松下電器産業が新入社員を対象に導入(後に全社員対象)、'99年にはコマツが導入(表参照)し、大卒新入社員の92%が希望しました(最終的には8割程度に)。以降、コナミ、富士通、ソニー・コンピュータエンタテイメント、三和総研、ユニチャームなど導入企業が相次いでいます。


● コマツの「前払い制度」の特徴
社員の選択率が高かったコマツの例を見ますと、2つの特徴があるように思います。
第1は、"従来制度での60歳定年時の受給額"と"前払い制度での受給額の60歳までの累計額"が理論値で同じになるようになっていますが、勤続年数ごとの積上げ額グラフ(下図)を見ると、「前払い制度」は従来制度よりも若年層に厚くしている点です。グラフを累計値に直すと、50歳前までは「前払い」の方が累計で上回ることになります。
第2は、退職所得としての税制優遇措置が受けられない「前払い」に対し、相当の税補填を、会社がしていることです。
 つまり、若年層に選ばれ易い仕組みなのです。

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