◆社員本人の同意があれば、貸付金の残額を退職金で相殺できるか

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Qのロゴ.gifのサムネール画像 当社では、社員に対する福利厚生施策の一環として、社員融資制度(貸付金制度)を独自に設けることを検討中ですが、制度を利用した社員が退職する際に、貸付金の残額を退職金で相殺することは可能でしょうか。


Aのロゴ.gifのサムネール画像 退職する社員本人の同意があれば、退職金から貸付金の残額を一括して返済させることも可能です。ただし、その同意は、本人の完全な自由意思基づくものであることが客観的に認められる必要があります。


■解説
1 前借金相殺の禁止(労基法17条)との関係

 銀行等との提携ローンとは別に使用者が独自に融資制度(貸付金制度)を設けている場合において、当該制度を利用している労働者が退職する際に、その貸付金の残額を退職金で相殺することができるかどうかをめぐっては、退職金の支給条件が労働契約や就業規則、労働協約等によって明確化されている場合、その退職金は労働基準法11条でいう賃金に該当するため、同法17条の「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない」という「前借金相殺の禁止」規定に抵触しないかが、まず問題になります。
  この点について、行政解釈では、労働者が使用者から人的信用に基づいて受ける金融であって明らかに身分的拘束を伴わないものは、「労働することを条件とする前貸の債権」には当たらないとしています。
  使用者からの住宅建設資金の貸付に対する返済金のように融資額および返済額ともに相当高額に上り、その返済期間も相当長期間にわたるものであっても、①貸付の原因が真に労働者の便宜のためのものであり、労働者からの申出に基づくものであること、②貸付期間は必要を満たしえる範囲であり、賃金や退職金などによって生活を脅威し得ない程度に返済可能であること、③返済前であっても退職の自由が制約されていないこと等、当該貸付金が身分的拘束を伴わないことが明らかである場合は、法17条には抵触しないと解されています。


2 全額払いの原則(労基法24条)との関係

 また、「賃金支払五原則」の1つとして、労基法24条1項に「全額払いの原則」が定められていますが、使用者による賃金債権の相殺も、「全額払いの原則」が禁止する賃金の控除に該当するため、法11条でいう賃金に該当するところの退職金から貸付金の残額を控除することが同原則に抵触しないかということが、次に問題となります。
  この点について、同原則への抵触を回避するためには、「当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる」(法24条1項ただし書後段)との定めに沿って、労使間で控除協定を締結しなければなりません。
  この協定は「二四協定」などと呼ばれ、「三六協定」とは異なり、労働基準監督署への届出を必要としません。「二四協定」では、「退職時に貸付金等の未返済債務がある場合は、退職金から一括控除することができる」などというように、未返済債務を退職金で相殺することについての明確な定めがされていることが必要です。
  この協定が結ばれることにより、労働者の合意を得ないで行う一方的な控除であれ、労働者の合意を得て行う控除であれ、労基法違反は回避されます。ただし、それは、「二四協定」が締結されていれば、退職金から未返済債務を控除しても違法にはならないという刑事免責がなされるということであり、相殺の民事的効力を生じせしめるには、本人の完全な自由意思基づくものであることが必要となります。
  この場合の労働者の同意の意思表示は、厳密には、退職金支給時の意思表示であることが必要となります。したがって、実際に退職金から貸付金等の未返済債務を控除するには、「二四協定」が締結されている場合や、貸付時に退職金と未返済債務の相殺を取り決めた契約書を交わしている場合であっても、その都度、本人の同意が必要となります。
  裁判例では、労働者がその自由な意思に基づき相殺を同意したものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するときは、その同意を得てした相殺は「全額払いの原則」に違反しないとの解釈を打ち出しており、その限りにおいては、協定に基づかない控除も許容されています。


3 相殺する場合の限度額について

 相殺する場合の限度額については、労基法24条は協定に基づく控除についての限度額を設けておらず、行政解釈上も、控除される金額が賃金額の一部である限り控除額についての限度はないとされています。
  ただし、民法510条及び民事執行法152条2項の規定により、退職金の額の4分の3に相当する部分については、使用者側から相殺することはできないとされているのため、使用者が労働者の同意を得ないで一方的に相殺を行う場合には、退職金の4分の1を超える額については控除できないということになります。
  しかしながら、「二四協定」があり、かつ、労働者の同意がある場合はこの規定に服するものではなく、したがって、控除される金額が退職金の一部である限り、控除額についての限度はないという前記の行政解釈に立ち返るため、未返済額の全額を退職金と相殺しても差し支えありません。


□根拠法令等
・労働基準法17(前借金相殺の禁止)、24(賃金の支払)①(全額払いの原則)
・昭22.9.13 発基1、昭33.2.13 基発90(前借金相殺の禁止の趣旨)
・昭29.12.23基収6185号、昭63.03.14基発150(控除額の限度)
・民法510(差押禁止債権を受働債権とする相殺の禁止)
・民事執行法152(差押禁止債権)②(退職手当)

□ 判例等
「使用者が労働者の同意を得て労働者の退職金債権に対してする相殺は、この同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、労働基準法二四条一項本文の全額払いの原則に違反しない」とされたもの。(平2.11.26 最二小判・日新製鋼事件)

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