◆入社前に行う研修にも賃金を支払わなければならないか
当社では、採用内定者全員を対象に、社員として必要とされる業務に関する基礎知識や技能、社内での仕事上のルールを修得させ、入社に際しての円滑な就業を促すために、入社の日の前に、あらかじめ会社施設内で一定期間の研修を行っています。
この場合の採用内定者が研修を受けた時間については、賃金を支払う必要があるのでしょうか。賃金を支払う必要がある場合、賃金に代えて定額の「研修手当」の支給でも構わないでしょうか。
入社日前の研修であっても、参加が実質的に強制されているものであれば、採用内定者は、事業主の指揮命令に従って労務を提供したのと同じ扱いになるため、研修を受けた時間については賃金を支払う義務があることになります。その名目は「研修手当」であっても構いません。
■解説
1 労働基準法に基づく支払い義務
事業主は、労働者が使用者の指揮命令に服し、労務を提供した時間に対しては賃金を支払わなければなりません。研修への参加は、直接的には労務の提供はなされていないかのように見えますが、採用内定者の研修が、ご質問にあるように、社員として必要な知識や技能、仕事上のルールを修得させるために行われるものであり、かつ、参加が実質的に強制されている場合には、その参加者は、指揮命令下で労務を提供していたことになります。したがって、研修を受けた時間については「労働」した時間であるということになり、賃金を支払う義務があります。
労働基準法では、こうした入社前の研修について賃金を○○円以上支払わねばならないといった細かい規定がされているわけではなく、「労働の対償である賃金を最低賃金以上の額で支払わねばならない」という趣旨のことが規定されているだけですので、入社前研修が「労働」に該当する場合、最低賃金以上を支払えば法違反にはならないことになります。
就業規則に入社前研修に関する規定がある事業所では、採用内定者であっても、就業規則を内容とする契約に基づいて賃金等の支払い義務が生じることになりますが、ほとんどの事業所では、採用内定者(入社予定者)は就業規則の適用対象外となっているかと思われます。その場合、入社前研修の実施を入社予定者に呼びかける際に、最低賃金以上の一定額の金銭を支払うことを入社予定者に対し申し込みをし、これを入社予定者が承諾すれば、個別の契約が成立したことになり、その個別契約に基づき、事業主に約束の額の金銭を支払う義務が生じることになります。
2 「手当」での代替について
入社前研修が「労働」に該当して賃金の支払いを要するとしても、その名目は問いません。その労務の提供に対して支払われることが示されていればよく、したがって「研修手当」でも構いません。また、入社前研修が「労働」に該当するか否か不明である場合などは、あえて「研修手当」という名目で支払っておくことも考えられます。
研修への参加が実質的に強制されているものであっても、研修参加者に対し、時間換算で最低賃金以上の水準の「研修手当」が支払われるのであれば、労基法違反にはなりません。また、実際に研修に要した時間が予定の時間を超えても、1週40時間1日8時間の法定労働時間の枠を超えなければ、割増賃金の支払い義務も生じません。
以上から、入社前研修に関して労基法上の支払い義務が生じても、通常その水準は比較的低い金額で足りることになります。しかし、これから入社予定者との間で長期の継続的な雇用関係が予定されることを考えるならば、違法ではないからといって最低賃金ぎりぎりの設定をすることが、入社予定者との信頼関係を築くうえで適切であるかどうかということも考慮しておく必要があります。
入社予定者に対し、貴社としての社員研修や賃金に対する姿勢を示す機会でもあり、相当の手当を支払うことが望ましいと考えられます。
□根拠法令等
・労働基準法28(最低賃金)
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