◆業績悪化のため賃下げをする場合、どの程度まで下げることが可能か

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Qのロゴ.gifのサムネール画像 当社はここ数年、たいへん厳しい経営状態に陥っています。とりわけ人件費の肥大化が経営を圧迫しています。そこで、この状況を乗り切るために、就業規則(賃金規程)を改定し、社員の賃金を引下げることで、人件費を削減しようと考えていますが、法的にどの程度までなら賃下げができるのでしょうか。


Aのロゴ.gifのサムネール画像 どの程度の賃金水準(額)までなら賃下げが可能かについては、最低賃金法に定める最低賃金以外には法的な規制はありません。しかし、賃金は労働者にとって最も重要な労働条件の1つであり、また労働契約事項ですから、一方的な賃金引下げは、労働条件の「不利益変更」に該当します。どうしても賃下げを実施する場合には、当事者の了解を得るほか、経過措置を設けて段階的に引下げるなど、慎重に行う必要があるでしょう。

 

■解説
1 労働条件の不利益変更と合理性の判断

労賃金水準(額)については、最低賃金法に定める最低賃金以外には法的な規制はありません。したがって、最低賃金法に抵触しない限り、一応は、賃金を引下げることも不可能ではありません。また、多くの事業所では就業規則で労働条件を定めており、その場合は使用者が就業規則を変更することで、個々の労働者の同意を得ないで労働条件を変更することも可能です。しかし、賃金は、労働者にとって最も重要な労働条件の1つであり、また労働契約事項ですから、一方的な賃金引下げは、労働条件の「不利益変更」となり、トラブルの原因にもなります。どうしても賃下げを実施する場合には、当事者の了解を得るほか、経過措置を設けて段階的に引き下げるなど、慎重に行う必要があるでしょう。
労働条件の「不利益変更」は、それが合理的なものでない限り許されません。また、労働者が労働条件の不利益変更に同意していた場合でも、法令、労働協約、就業規則に違反しているときには、不利益変更の同意は無効ということになります。逆に、「当該規則条項が合理的なものである限り個々の労働者においてこれに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである」(「秋北バス事件」昭43.12.25最高裁判決)という判例もあり、「合理的」であるかどうかが判断のポイントになってきます。
何をもって「合理的」とするかということですが、これまでの裁判例では、①就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、②使用者側の変更の必要性の内容と程度、③変更後の就業規則の内容の相当性、④代償措置その他の労働条件の改善状況、⑤労働組合などとの交渉の経緯、⑥同種事項に関するわが国社会における一般的状況等、などが総合的に考慮して判断されており、以上の要件に照らして合理的であると判断されれば、不利益変更といえどもその有効性が認められています。
また、労働契約法第10条においても、使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、「労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする」としています。


2 賃金引下げをめぐる裁判例

 賃金引下げをめぐる裁判例をみると、「賃金に関する事項のように労働契約の要素をなす基本的労働条件については、いったん合意されて労働契約の内容となった以上、就業規則によって労働者の不利益に変更することはできないものと解すべきであり、その変更には就業規則とは別に、個々の労働者の同意を得なければならないものであって、このことは、改定就業規則の内容及び改定の経緯が合理的であるかどうかにかかわらないことである」(「日本貨物検数協会事件」昭 46.9.13東京地裁判決)と判示したものもあります。
 さらには、業績悪化への対応策として、貴社が検討しているのと同じように、整理解雇をせずに賃金の引下げを行ったことについての裁判例で、「合理化策として整理解雇の方向が想定されたが、より犠牲の少ない賃金調整という方法をとった」とする会社側の主張に対して、「会社は合理化の一環として整理解雇という措置を選択することなく、賃金調整という措置を選択したのであるから、この措置の有効性のみが問題となるのであって、整理解雇という措置を選択しなかったことをもって賃金調整を有効とすることの根拠とすることはできない」として、たとえ整理解雇回避のための措置として行った賃金調整であっても、労働契約のなかでも重要な要素である賃金というものを「各原告(組合員)の同意を得ることなく一方的に変更する」に値する明確な根拠とはならない、と会社の主張を退けたものもあります(「ザ・チェースマンハッタン銀行事件」平成6.9.14東京地裁判決)。
要するに、業績悪化等のため経営危機の状態にある場合にも、賃金引下げを行うためには、それを必要とする直接的かつ合理的な根拠がない限り、個々の労働者の同意を必要とするということです。これらの裁判例を参考にして、慎重に対処してください。


□根拠法令等
・労契法10(労働契約の内容の変更)
 


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