◆退職者にも賃金改定後の新賃金との差額を遡及払いすべきか

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Qのロゴ.gifのサムネール画像当社では、毎年4月に賃金の改定を行っており、4月分の賃金(4月25日支給)からベースアップおよび定期昇給後の賃金を支給しています(定期昇給は「一律の定額昇給」と「査定昇給」からなる)。
しかしながら、今年の場合は新賃金の決定が例年より遅れることが予想され、4月分は暫定的に旧ベースの賃金を支払い、新賃金決定後に差額を支給することを考えています。
こうした状況において、4月末日で退職予定の社員がおり、新賃金確定時には退職していることになりますが、この社員に対して退職後においてでも、賃金改定後の旧賃金と新賃金との差額を支払わなければ違法になるのでしょうか。



Aのロゴ.gifのサムネール画像新賃金決定後、その支払対象を在職者のみとするか退職者を含めるかは、当事者の自由とされていますので、退職者を支払対象から除いても違法にはなりません。
したがって、4月に遡及してベースアップや定期昇給(査定昇給)をした場合、その間の退職者に対して賃金の差額を支払う規定がない限りは、差額分を支払う必要はありません。
ただし、定期昇給分のうち、一律昇給の部分について就業規則(賃金規程)等で昇給額があらかじめ定められていて、当該額の昇給をまだ行っていない場合は、その差額を支払う必要があります。

 

■解説
1 遡及払いとベースアップ分の対象者

ベースアップや定期昇給を過去にさかのぼって実施し、賃金の支払日が経過した後、遡及したことによって生じた賃金を後日まとめて支払うことを「遡及払い」といいます。
賃金の遡及払いの必要が生じたときは、遡及することによって生じた各月の追加額の全額を、直後の賃金支払い日に支払わなければならず、その後の何ヵ月かに分割して支払うことはできません。
4月に遡及してベースアップした場合、ベースアップ決定前に退職した者に対しても差額を追加して支払うべきかどうか、つまり、遡及払いの対象を在職者のみとするか退職者を含めるかは、当事者の自由にゆだねられています。通達においても、「新給与決定後過去に遡及して賃金を支払うことを取決める場合に、その支払対象を在職者のみとするかもしくは退職者をも含めるかは当事者の自由である」(昭 23.12.4.基収 4092)とされています。
したがって、過去にさかのぼってベースアップを行う場合、支給日以前にすでに退職した者については遡及払いの対象から除く旨を、労働協約や就業規則等で定めることは差し支えありません。
仮に、退職者には賃金の差額を支払わないとする規定がなかったとしても、裁判例では、労働者の賃金昇給分の具体的支払請求権は「各年度毎に結ばれる賃金に関する協定において具体化されることによって、はじめて発生するもの」で、新賃金確定時にすでに退職した者は従業員としての地位を有しないので、協定の効果を受ける立場になく、新賃金と支給された賃金との差額分を請求ことはできないとされています(昭50.4.22大阪高判・淀川プレス製作所事件)。これは労働協約に関する裁判例ですが、その趣旨は就業規則(賃金規程)等に関しても同じく当てはまり、遡及分支払日前に退職した者には、賃金の差額を支払う規定がない限り、具体的支払請求権は発生していないということになります。


2 定期昇給分の遡及払いの対象

 一方、定期昇給については、4月に在籍した者が遡及分支払日の前に退職した場合において、昇給の額があらかじめ労働協約や就業規則(賃金規程)等で具体的に規定されているにも関わらず、当該額の昇給をまだ行っていない場合は、退職者にもその差額を支払う必要があります。
定期昇給には一般に「一律昇給」と「査定昇給」があり、例えば「本給は、毎年4月にこれを1,000円昇給する」という規定が就業規則(賃金規程)等にあるとするならば、これは「一律昇給」を定めたものであり、遡及分支払日の前に退職した者も(本給昇給分1,000円の)遡及払いの対象となります。
一方、「職能給は、毎年4月に前年度の評価査定により改定する」といった規定が就業規則(賃金規程)等にあれば、これは「査定昇給」を定めたものであり、前掲の裁判例にもあるように、新「職能給」確定時にすでに退職した者については、この規定のみでは退職時に具体的な「職能給」昇給額が確定していたとは言えないため、新「職能給」と旧「職能給」の差額の請求権は発生しません。
したがって、ご質問に対する回答は、4月に遡及してベースアップや定期昇給(査定昇給)をした場合、その間の退職者に対して賃金の差額を支払うという規定がない限りは、差額分を支払う必要はありませんが、定期昇給分のうち、一律昇給の部分について就業規則(賃金規程)等で昇給額があらかじめ定められて、当該額の昇給をまだ行っていない場合は、その差額を支払う必要があるということになります。
なお、以上の点は、4月以降退職日までの割増賃金の算定に際しても適用されますのでご注意ください。


□根拠法令等
・労基法24①(全額払いの原則)
・昭 23.12.4.基収 4092(遡及賃金の支給対象)

□判例等
「賃金昇給分とこれに伴う退職金増額分の具体的な支払請求権は労働協約第64条の規定によって当然に発生しているとは認め難く、更に、各年度毎に結ばれる賃金に関する協定において具体化されることによって、はじめて発生するものと解するのが相当である」としたもの。(昭50.4.22大阪高判・淀川プレス製作所事件)




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