◆競合他社に転職する社員の退職金を減額または不支給にすることは可能か

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Qのロゴ.gifのサムネール画像近く退職する社員が、競合する同業他社へ転職することがわかりました。当社の就業規則(退職金規程)には、こうした場合に退職金を減額または不支給とする旨の定めはないのですが、この社員の退職金を減額または不支給とすることは可能でしょうか。


Aのロゴ.gifのサムネール画像就業規則等に競業避止義務の定めと、それに反した場合の退職金の減額または不支給の定めがされていなければ、当該社員の退職金を減額または不支給にすることはできません。さらに、全額不支給とする場合は、「労働の対償を失わせることが相当であるほどの顕著な背信性がある場合」に限られることになります。

 

■解説
1 就業規則(退職金規程)に減額または不支給の定めがあるか

競合する他社へ転職する社員の退職金を減額または不支給とすることができるかどうかについては、退職金制度がなく、ときによって恩恵的に退職金が支払われることがあるという場合は、あくまでも、退職金の支給自体が事業主のそのときの意思次第ということですので、減額の可不可という議論自体がそもそも生じません。
しかし、ご質問のように、就業規則や退職金規程に定められた基準に基づいて制度的に退職金が支給されている場合は、就業規則等に減額または不支給の定めがされていなければ、通常支払う額を全額支給しなければなりません。就業規則や退職金規程で、支給条件や支給額の算定方法が定められている退職金は、労働者にとって賃金債権となり、恣意的に減額したり支払わなかったりすることはできないからです。
したがって、退職金を減額または不支給とするには、あらかじめ就業規則等に、その事由や要件を定めておくことが必要です。最高裁の判例においても、「この場合の退職金の定めは、制限違反の就職をしたことにより勤務中の功労に評価が減殺されて、退職金の権利そのものが一般の自己都合による退職の場合の半額の限度においてしか発生しないこととする趣旨であるから」、労働基準法の規定や民法第90条の公序良俗の「規定等に何ら違反するものではない」(「三晃社事件」昭52.8.9最高裁第二小法廷判決)として、退職金を半分に減額した措置を有効としたものがあります。
ただし、退職金の全額を不支給とすることについては、「退職後6カ月以内に同業他社に就職した場合(自営を含む)には退職金を支給しない」旨の定めの有効性が争われた裁判で、「退職金全額不支給条項に基づいて退職金不支給が許されるのは、競業関係の存在のみならず、労働の対償を失わせることが相当であるほどの顕著な背信性がある場合に限られる」(「中部日本広告社事件」平 2.8.31名古屋高裁判決)と判示したものがあるように、それまでの勤続による貢献を相殺するほどに重大な背信性がなければ認められないと考えるべきです。


2 競業避止義務の定めがあるか

在職中の社員は、雇用契約に付随する義務としての競業避止義務を負っていますが、退職後は、憲法22条により保障された職業選択の自由を有しているため、前職の競業避止義務を負うことはありません。そこで、退職後にも競業避止義務を負わせるためには、就業規則や個別の契約で明示しておく必要があります。
競合する他社へ転職する社員の退職金を減額または不支給とするには、あらかじめ就業規則等にその事由や要件を定めておくことが最低条件ですが、就業規則に競業避止義務の定めをしておくことも必要条件であり、「規定された競業避止義務に対する違反を事由とする退職金の減額または不支給」というかたちをとるようにすべきです。
ただし、退職後の競業避止義務を定める就業規則等の有効性は限定的に解されており、基本的には、①.保護に値する営業秘密に携わる一定の地位や職務内容を有する者を対象とし、②競業禁止の期間、場所的範囲、対象業種・職種が限定され、③代償措置がとられていることが必要とされています。
以上のことから、競業避止義務および当該義務違反に対する退職金の減額を定める場合でも、包括的に競業他法人への転職を制限するのでなく、対象者や期間の限定をする必要があり、また全額不支給でなく、半分の減額までにとどめるのが無難であると思われます。
裁判上も、競業制限を受ける従業員の範囲を管理職等に限定し、期間も退職後1年間に限るなどしたうえで、競業他社へ転職した者の退職金を半額とした事案が有効とされた例(「東京ゼネラル(支店長)事件」平12.1.21東京地裁判決)があるのに対し、場所的・時間的範囲の制限がいっさいない退職金規程の競業避止義務条項について、「文言からはおよそ無制限に競業避止を義務づけているとしか解することができない」として、公序良俗に反し無効であるとした例(「ソフトウェア開発外事件」平13.2.23東京地裁判決)があります。





 

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