◆「出勤停止以上の処分を受けた者については、賞与を支給しない」と定めることは可能か

Qのロゴ.gifのサムネール画像当社では、社員に支給する賞与の金額は、対象期間における出勤状況や貢献度、営業成績などに基づき決定していますが、就業規則(賞与規程)において、「出勤停止以上の処分を受けた者については、賞与を支給しない」と定めることは可能でしょうか。


Aのロゴ.gifのサムネール画像貴社において、これまでどのようなかたちで賞与が支給されてきたかによる部分はありますが、本来の賞与額から大幅に減額したり、全額を不支給としたりすることを定めることは、そうした定め自体が違法となる可能性が高いとみていいでしょう。

 

 

■解説
1 賞与の性格と支払い義務

 賞与とは、一般に、給与とは別に年末や夏期に支給される一時金のことをさしますが、労働基準法上の賞与の取扱いは、「定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額が予め確定されていないもの」とされています。つまり賞与は、毎月支給される給与などとは異なり、労働契約上の債務にあたるものではないため、必ず支給しなければならないという性格のものではありません。その支給基準、支給額、計算方法、支給期日、支給対象者などの決定も労使にゆだねられており、原則として、事業主が任意に決定できるものです。
 賞与を支給するか否かや、どのような基準で支給するかなどについて、労働契約、就業規則、労働協約等に定めがなく、これまで支払われてきた賞与が、もっぱら使用者の任意により、労働者の勤務成績などに応じて支給したりしなかったりしたものであれば、それは恩恵的給付であるといえますので、出勤停止以上の処分を受けた者について賞与を支給しないことも、可能であると考えられます。
 しかし、賞与を制度として設け、算定期間、支給基準、支給額、計算方法、支給期日、支給対象者などについての定めている場合は、労働基準法上の賃金としての性格を有し、その定めによって支給しなければなりません。
 (この場合の賞与は「臨時の賃金」であり、賞与に関する事項は、就業規則の相対的必要記載事項になるため、算定期間、支給基準、支給額、計算方法、支給期日、支給対象者などについての定めをした場合は、その定めをした限りにおいて、就業規則に記載しておく必要があります。)


2 賞与と「減給の制裁」の関係

 また、賞与は、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであるため、事業主の一定の裁量の範囲内で、社員個々の成績考課をもとに支給額を増減することは、査定制度の範囲内のこととして当然に認められるべきものです。
 労働基準法第91条にある「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が1賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」という「減給の制裁」の制限は、あくまで懲戒処分に関する制限であり、懲戒処分を受けたことを理由として賞与査定が低くなり、その結果が賞与額に反映されたのであれば、これはまた別の問題です。
 成績考課の要素に何を加えるかは、それが合理的なものである限りは、使用者の自由であるといえ、懲戒処分を受けたことが成績考課に加味されて、その結果として支給額が減じられることは、使用者の裁量の範囲内において認められるものです。


3 賞与を全額不支給とすることの可否について

 それでは、ご質問にあるように、「出勤停止以上の処分を受けた者については、賞与を支給しない」と定めることは可能かということについて考えてみます。
 前述のように、賞与の評価査定において懲戒処分を受けたことを加味することは、使用者の裁量の範囲内において認められるため、評価査定により算定された基準額が、通常の評価における支給額より低い額となることは、十分に考えられます。
 また、賞与の支給額を決定する際には、対象期間中の欠勤日数から出勤係数を求め、評価査定により算定された基準額に出勤係数を乗じることで支給額を決定するというやり方が一般的ですが、こうした方法を用いている場合に、出勤停止期間を欠勤として扱うことは差し支えありません。
 しかし、「懲戒処分を受けた者には賞与を全額支給しない」などの定めをすることは、これらの部分を超えて減額が行われる可能性が高いと考えられ、これは、減給の制裁の限度を超えるものであり、使用者の裁量の範囲を逸脱しているとみなされるおそれがあります。
 また、算定期間中に労務を提供したにもかかわらず賞与を全額不支給とすることは、賞与の賃金性を全面否定することにもなり、通常は認められるものではありません。
 こうした観点からすると、貴事業所において、これまでどのようなかたちで賞与が支給されてきたかという"事案の個性"による部分は大きいのですが、一般的には、賞与を不支給とする定めは、使用者の裁量の範囲を超えるものであり、そうした「定め」そのものが違法となるとみてよいでしょう。
裁判例においても、「減給処分を行うことを実質的な理由として賞与を全く支給しないと定めることは、やはり賞与の賃金であることを否定することになり、法第91条(減給の制裁の制限規定)に反することになる」(昭50.3.14 札幌地判室蘭支部・新日鉄室蘭製鉄所事件)としたものがあります。


□根拠法令等
・労基法89(作成及び届出の義務)・91(制裁規定の制限)
・昭22.9.13発基17(賞与の意義)

□判例等
・「出勤停止処分を受けた者は賞与の受給資格がない」という定めを無効とした裁判例
(昭50.3.14 札幌地判室蘭支部・・新日鉄室蘭製鉄所事件)
「会社主催の成人祝賀会に出席した際に、ビンを壁に投げつける、アジ演説をする等の妨害活動を行なった労働者らが、就業規則に基づき条件付出勤停止処分に付され賞与、定昇分の賃金を支払われなかったので、当該懲戒処分の無効確認および未払賃金の支払を請求した事例」において、労働協約にあった「出勤停止処分を受けた者は賞与の受給資格がない」という定めについて、「企業への貢献度を一切考慮することなく、一律に無資格者と定め、不完全受給資格者と比べ極めてきびしく取り扱われているものであり、右条項は労使間の協定という形式をとってはいるものの実質的には懲戒事由該当を理由としてこれに対する制裁を定めたものと言わざるを得ない」として、「労基法第91条違反を理由に無効」としたもの。

 


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◆賞与の支給が通常より遅れた場合、支給日に在籍していない者にも支払わなければならないか

Qのロゴ.gifのサムネール画像当社では、今回の賞与の額について労使の交渉が長引き、賞与の支給が、本来の支給日から1ヵ月遅れてしまいました。
本来の支給日以降、実際の支給日の前日までの間に退職した社員がいますが、当事業所の就業規則(賞与規程)では、「賞与は支給日の前月末日までに入社し、支給日当日において当社に在籍する者に対して支給する」となっています。
この場合、この退職者は、実際の支給日には在籍していなかったことになりますが、このような場合でも、その者に賞与を支払う必要はあるのでしょうか。



Aのロゴ.gifのサムネール画像本来の賞与の支給日に在籍していたのであれば、ご質問の退職者には賞与支払請求権があり、たとえ実際の支給日には在籍していなかったとしても、賞与を支払う必要があります。


 

■解説
1 賞与の支給日在籍要件規定の適法性

賞与も賃金の一種ですが、労働基準法上は、「定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額が予め確定されていないもの」(昭22.9.13発基17)とされています。したがって、賞与は労働契約上の債務にあたらず、必ず支給しなければならないものではありませんが、労働基準法第89条第4号の「臨時の賃金」に該当し、就業規則の相対的必要記載事項になります。そのため、賞与制度を設ける場合には、その算定期間、支給基準、支給額、計算方法、支給期日、支給対象者などについての定めを就業規則に記載しておく必要があります。
賞与の支給対象者は、労使間での取り決めにゆだねられています。したがって、貴社のように、賞与の算定対象期間中に勤務していても、支給日に在籍しない者には支給しない旨(これを「支給日在籍要件既定」という)が就業規則(賞与規程)等で定められている場合は、賞与の支給日前に退職した者や解雇された者に賞与を支給しなくても差し支えないと解されます。
ただし、労働者側に何ら解雇される事由がないのにもかかわらず、専ら賞与の不支給を目的として支給日の直前に解雇したような場合は、そうした解雇そのものに合理性がなく、したがって賞与の不支給も違法になることはいうまでもありません。


2 賞与の支給が例年より遅れた場合の考え方

それでは、ご質問のように、労使の交渉が長引いたなどの理由で賞与の支給額の決定が遅れ、支給が例年より遅れた場合はどうでしょうか。
こうした場合、本来の支給日までに在籍していた者に対し、実際の支給日に在籍していないことを理由に賞与を支給しないということは、労働者の既得の権利を一方的に奪うことになります。したがって、本来の支給日に在籍していた者に対しては、実際の支給日の前に退職していたとしても、賞与は支払わなければなりません。
就業規則(賞与規程)等で賞与支給日が特定されていない場合は、実際の支給日に在籍していない者に賞与を支払うかどうかは、一応は使用者の任意であると考えられますが、慣行として一定期日(たとえば6月中と12月中など)に支払われている場合は、その月に在籍していた者には賞与を支払う必要があると考えられます。
裁判例では、慣行上それまでに6月末に支払われてきた賞与が、当年度は労使交渉の難航により9月に支給されることになり、7月以降の退職者がその支給対象から除外されたという事案について、労使協定により9月の支給日在籍者を支給する旨の合意がなされていたとしても、労使の支給対象に関する慣行に反するものであると同時に、本来ならば受給できたはずの退職者の賞与受給権を一方的に奪うものであり、当該労使協定の効力は、退職者本人の同意がない限り及ばないとしています(昭59.8.27東京高判・ニプロ医工事件)。
ですから、ご質問のように就業規則(賞与規程)で賞与支給日が特定されている場合は、本来の支給日までに在籍していた社員は、その時点で支給額が決まっていなくとも賞与請求権を有するに至っており、退職者の同意なく、これをさかのぼって失わせることはできないということになります。


□根拠法令等
・労基法11(定義)・89(作成及び届出の義務)
・昭22.9.13発基17(賞与の法的意義)

□判例等
・賞与支給前に懲戒解雇された者の賞与請求権を否定した裁判例
(昭和58.4.20東京高判・ヤマト科学事件)
・賞与支給日が定められた日より大幅に遅れた場合の支給日在籍要件を否定した裁判例
(昭59.8.27東京高判・ニプロ医工事件、昭60.3.12最高裁第三小法廷判決もこれを支持)

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◆社員の同居の家族が感染症にかかったため当該社員を自宅待機させる場合、休業手当を支払う必要はあるか

Qのロゴ.gifのサムネール画像この冬は新型インフルエンザの流行が蔓延するおそれがあると、マスコミ等で報じられていますが、当事業所では、介護福祉事業という業務の性質上、職員と同居の家族が新型インフルエンザ等の感染症にかかった場合、当該職員を「保健所の判断がなくても原則として自宅待機とする」ことを就業規則に定めようと考えています。
この場合、当該職員の休業の期間については、賃金や休業手当を支払う必要はあるでしょうか。



Aのロゴ.gifのサムネール画像保健所等行政による休業の場合は「賃金」「休業手当」とも支払う必要はないと考えられますが、行政の判断を待たずに"事業所独自の判断で命じた休業"については、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」に該当すると解され、少なくとも「休業手当」の支払いが必要とされる可能性があります。

 

■解説
1 職員本人に感染が確認され、本人を自宅待機とした場合

まず、職員本人が新型インフルエンザ等の感染症にかかったことが確認され、その職員を自宅待機にした場合、その間の「賃金」や「労基法第26条の休業手当」(平均賃金の6割以上)を支払う必要があるのかということについて解説します。
新型インフルエンザ等の罹患者に対しては、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、「感染症予防法」)により、都道府県知事が入院あるいは外出自粛等を要請できるとされており、これに基づき保健所が行う要請に従った場合は、事業主が当該者を自宅待機にするまでもなく、その者は休務となります。
このように保健所等行政の要請により休んだ場合、この休業は、民法第536条第2項の「債権者(=使用者)の責めに帰すべき事由」による労務の受領拒否には該当しないため、「賃金」を支払う必要はありません。さらに、「休業手当」についても、"経営上の理由による休業"のような、労基法第26条の「使用者の責めに帰すべき事由による休業」ではないため、支払う必要はないということになります。
ただし、新型インフルエンザについては、国内で初めて感染が確認され、流行が拡大した年(平成21年)には、感染症予防法に基づく知事のこうした要請は出されるまでには至っておらず、法の根拠を持たない緩やかな休業の要請であったことに留意が必要です。そうした場合における罹患者の自宅待機の場合、一般的に、民法の定めに照らして「賃金」の支払いは必要ないと考えられますが、「休業手当」の要否については、当時の行政指導においては、個別具体的な事案の判断の権限は、事業所所在地所轄の労働基準監督署にあるとされ、確認を得ることが望ましいとされました。


2 職員の同居の家族に感染が確認され、当該職員を自宅待機とした場合

次に、ご質問のように、職員と同居する家族に感染が確認された場合は、その間の「賃金」や「休業手当」を支払う必要があるかどうかということについて解説します。
感染症予防法では、家族が新型インフルエンザ等にかかっている者などについて保健所等で調査を行い、「当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者」と判断された場合については、都道府県知事が外出自粛等の要請を行うこととしています。同居家族が罹患し、保健所から外出自粛等の要請が出され、これに従った場合は、事業主が自宅待機を命じるまでもなく、休務せざるを得ません。
このように保健所等行政の要請により休んだ場合は、職員本人が罹患し、行政の要請により休んだ場合と同様、「賃金」や「休業手当」を支払う必要はありません。
ただし、新型インフルエンザについては、前述のとおり、国内で初めて感染が確認され、流行が拡大した年(平成21年)には感染症予防法に基づく知事のこうした要請は出されておらず、罹患者と同居する家族に対する外出自粛などの要請も、明確には行われませんでした。
これに対して、各事業所は、仮にも事業所内に感染の可能性がある者が入ることのないよう、貴事業所が現在検討されているように、保健所の判断によらず各事業所のルールとして、自宅待機とすることが考えられます。
こうした、行政の判断を待たずに"事業所独自の判断で行う休業"については、その間の「賃金」までは支払う必要はないものの、少なくとも「休業手当」については必要とされる可能性があります。
実際の各事業所の対応としては、「賃金を通常通り支払う」「休業手当を支払う」の2通りのパターンが考えられますが、平成21年の新型インフルエンザ流行時には、「賃金を通常通り支払う」とする事業所が比較的多かったようです。これは、欠勤しても賃金を控除しない"完全月給制"を、もともと採用している事業所が少なからずあるということもありますが、同居の家族の感染に伴い、本人が働ける状態であるにもかかわらず休ませることについて、「特別休暇」とするなどして、本人の欠勤の場合とは異なる配慮をしたとも考えられます。ただし、"日給月給制"をとる事業所等において、当該日については「休業手当(のみ)を支払う」としても差し支えありません。
これに対し、行政の判断(保健所から外出自粛等の要請)を待たずに休業を命じる場合において、「賃金も休業手当も支払わない」とするのは、違法とされる可能性がありますので、ご注意ください。


□根拠法令等
・労基法26(休業手当)
・民法536条②(債務者の危険負担等)
・感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律18(就業制限)
・感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律及び検疫法の一部を改正する法律の施行に伴う厚生労働省関係省令の整備に関する省令11(就業制限)



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◆退職者にも賃金改定後の新賃金との差額を遡及払いすべきか

Qのロゴ.gifのサムネール画像当社では、毎年4月に賃金の改定を行っており、4月分の賃金(4月25日支給)からベースアップおよび定期昇給後の賃金を支給しています(定期昇給は「一律の定額昇給」と「査定昇給」からなる)。
しかしながら、今年の場合は新賃金の決定が例年より遅れることが予想され、4月分は暫定的に旧ベースの賃金を支払い、新賃金決定後に差額を支給することを考えています。
こうした状況において、4月末日で退職予定の社員がおり、新賃金確定時には退職していることになりますが、この社員に対して退職後においてでも、賃金改定後の旧賃金と新賃金との差額を支払わなければ違法になるのでしょうか。



Aのロゴ.gifのサムネール画像新賃金決定後、その支払対象を在職者のみとするか退職者を含めるかは、当事者の自由とされていますので、退職者を支払対象から除いても違法にはなりません。
したがって、4月に遡及してベースアップや定期昇給(査定昇給)をした場合、その間の退職者に対して賃金の差額を支払う規定がない限りは、差額分を支払う必要はありません。
ただし、定期昇給分のうち、一律昇給の部分について就業規則(賃金規程)等で昇給額があらかじめ定められていて、当該額の昇給をまだ行っていない場合は、その差額を支払う必要があります。

 

■解説
1 遡及払いとベースアップ分の対象者

ベースアップや定期昇給を過去にさかのぼって実施し、賃金の支払日が経過した後、遡及したことによって生じた賃金を後日まとめて支払うことを「遡及払い」といいます。
賃金の遡及払いの必要が生じたときは、遡及することによって生じた各月の追加額の全額を、直後の賃金支払い日に支払わなければならず、その後の何ヵ月かに分割して支払うことはできません。
4月に遡及してベースアップした場合、ベースアップ決定前に退職した者に対しても差額を追加して支払うべきかどうか、つまり、遡及払いの対象を在職者のみとするか退職者を含めるかは、当事者の自由にゆだねられています。通達においても、「新給与決定後過去に遡及して賃金を支払うことを取決める場合に、その支払対象を在職者のみとするかもしくは退職者をも含めるかは当事者の自由である」(昭 23.12.4.基収 4092)とされています。
したがって、過去にさかのぼってベースアップを行う場合、支給日以前にすでに退職した者については遡及払いの対象から除く旨を、労働協約や就業規則等で定めることは差し支えありません。
仮に、退職者には賃金の差額を支払わないとする規定がなかったとしても、裁判例では、労働者の賃金昇給分の具体的支払請求権は「各年度毎に結ばれる賃金に関する協定において具体化されることによって、はじめて発生するもの」で、新賃金確定時にすでに退職した者は従業員としての地位を有しないので、協定の効果を受ける立場になく、新賃金と支給された賃金との差額分を請求ことはできないとされています(昭50.4.22大阪高判・淀川プレス製作所事件)。これは労働協約に関する裁判例ですが、その趣旨は就業規則(賃金規程)等に関しても同じく当てはまり、遡及分支払日前に退職した者には、賃金の差額を支払う規定がない限り、具体的支払請求権は発生していないということになります。


2 定期昇給分の遡及払いの対象

 一方、定期昇給については、4月に在籍した者が遡及分支払日の前に退職した場合において、昇給の額があらかじめ労働協約や就業規則(賃金規程)等で具体的に規定されているにも関わらず、当該額の昇給をまだ行っていない場合は、退職者にもその差額を支払う必要があります。
定期昇給には一般に「一律昇給」と「査定昇給」があり、例えば「本給は、毎年4月にこれを1,000円昇給する」という規定が就業規則(賃金規程)等にあるとするならば、これは「一律昇給」を定めたものであり、遡及分支払日の前に退職した者も(本給昇給分1,000円の)遡及払いの対象となります。
一方、「職能給は、毎年4月に前年度の評価査定により改定する」といった規定が就業規則(賃金規程)等にあれば、これは「査定昇給」を定めたものであり、前掲の裁判例にもあるように、新「職能給」確定時にすでに退職した者については、この規定のみでは退職時に具体的な「職能給」昇給額が確定していたとは言えないため、新「職能給」と旧「職能給」の差額の請求権は発生しません。
したがって、ご質問に対する回答は、4月に遡及してベースアップや定期昇給(査定昇給)をした場合、その間の退職者に対して賃金の差額を支払うという規定がない限りは、差額分を支払う必要はありませんが、定期昇給分のうち、一律昇給の部分について就業規則(賃金規程)等で昇給額があらかじめ定められて、当該額の昇給をまだ行っていない場合は、その差額を支払う必要があるということになります。
なお、以上の点は、4月以降退職日までの割増賃金の算定に際しても適用されますのでご注意ください。


□根拠法令等
・労基法24①(全額払いの原則)
・昭 23.12.4.基収 4092(遡及賃金の支給対象)

□判例等
「賃金昇給分とこれに伴う退職金増額分の具体的な支払請求権は労働協約第64条の規定によって当然に発生しているとは認め難く、更に、各年度毎に結ばれる賃金に関する協定において具体化されることによって、はじめて発生するものと解するのが相当である」としたもの。(昭50.4.22大阪高判・淀川プレス製作所事件)




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◆退職一時金を分割して支払うことは可能か

Qのロゴ.gifのサムネール画像業績の悪化により、所定の退職一時金を一時期に全額支給するだけの資金的な余裕がありません。そもそも退職一時金は、一括して支払わなければならないものなのでしょうか。それとも、分割して支給することが可能なものなのでしょうか。


Aのロゴ.gifのサムネール画像就業規則や退職金規程などに退職金を分割して支払う旨の定めがあれば、分割して支払うことができます。そうした定めがない場合は、就業規則(退職金規程)の内容を変更する必要があります。

 

■解説
1 退職金の支給要件の就業規則への記載と支払い時期について

労働基準法(以下「法」という)第89条第1項では、「退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項」(同項3号の2)について定めなければならないとし、退職金に関するこれらの事項を就業規則の相対的必要記載事項としています。
つまり、社員への退職金の支払いを制度化すること自体は任意ですが、制度として運用しようとするならば、①適用される社員の範囲、②退職金の額の決定・計算方法とその支払方法、③支払い時期の3つについて就業規則に記載し、所轄の労働基準監督署長に届け出なければなりません。
退職金も賃金の一種であるため、その「支払いの時期」は、原則として特定しておく必要があるということです。
法第23条第1項では、「労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があった場合においては、7日以内に賃金を支払い」、また、「労働者の権利に属する金品を返還しなければならない」と定めていますが、退職金については、通達において、「通常の賃金の場合と異なり」この定めは適用されず、「あらかじめ就業規則等で定められた支払時期に支払えば足りる」とされています。したがって、就業規則等に支払い時期が定められていれば、権利者の請求があったとしても、賃金と同じように7日以内に支払う必要はありません(ただし、就業規則や雇用契約書に支払い時期の定めがない場合には、権利者の請求があれば、7日以内に支払う必要があります)。


2 退職金の支払い時期・方法の変更

ご質問の「分割支給」は、③の支払いの時期に関するものですが、結論的には、就業規則や退職金規程などに、「退職金を分割して支給する」旨の定めをすれば、分割して支給することが可能です。ただし、退職金を分割して支給するためには、分割支給する旨を定めるだけでなく、「退職手当は、原則として退職の日から1カ月以内にその半額を、6カ月後に残りの半額を支給する」などのように、分割する回数、それぞれの支払時期等についても定めておく必要があります。
上記のとおり、退職金は通常の賃金と異なり、雇用契約上設定された期限までに支払えば法23条に反しないため、業績悪化等の理由で、所定の退職一時金を全額一括して支給することが困難な場合、社員個々との話し合いにより、分割支給したり、支給時期を後にずらしたりすることの同意をとりつけ、それを新たな雇用契約の内容とするという対応は考えられるかと思います。
しかし、そうした場合においても、労働契約法第12条で「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による」とされているため、就業規則に支払い時期が定められていれば、それよりも後にずらした支払い時期(分割支給を含む)についての合意は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約」となり、無効となるおそれがあります。
ですから、そうした合意をした場合も、それに合わせて就業規則の規定を改定しておく必要があるといえます。


□根拠法令等
・労基法89(就業規則の作成及び届出の義務)、23(金品の返還)
・昭26.12.27基収5483、昭 63.3.14基発150(退職手当の支払時期)
・労働契約法12(就業規則違反の労働契約)


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◆マイカー通勤者の通勤手当には、高速道路使用料金も含めなければならないか

Qのロゴ.gifのサムネール画像当社ではマイカー通勤をしている社員がいますが、この度、そうした社員の一人が、「高速道路の使用料金も含めた通勤手当を支給してほしい」と言ってきました。この要求を認めなければならないのでしょうか。また、この要求に沿って高速道路使用料金を通勤手当として支給した場合、その部分に所得税は課税されるのでしょうか。


Aのロゴ.gifのサムネール画像高速道路の使用料金を通勤手当として支給するかどうかは任意で取り決めることができます。また、所得税法上は、マイカー通勤者の高速道路の使用が「経済的かつ合理的な経路および方法」であると認められる場合には、その使用料金を支給しても課税されないこととされています。

 

 

■解説
1 高速道路の使用料金を通勤手当として認めなければならないか

わが国では一般的には、労働者の月例給与は、基本的部分を構成する基本給と家族手当、住宅手当などの諸手当で構成されていますが、諸手当のうち労働基準法で使用者に支払いが義務づけられているのは、時間外労働、休日および深夜労働に対する割増手当(割増賃金)のみです。通勤手当は、割増手当を除くその他の手当と同様に、労使の契約次第で支給の有無や支給条件が決められるものであり、通勤手当を支給するかどうかということも含め、事業主が任意に決定することができる事柄であるということになります。
したがって、マイカー通勤者に対し通勤手当を支給するかしないか、支給する場合にどの範囲までとするかは自由に決めることができ、高速道路使用料金を通勤手当として支給するかどうかも、社員の要求に沿わなければならないというものではなく、事業主が任意に決めて差し支えありません。
ただし、いったん高速道路の使用料金を通勤手当として支給することを取り決め、就業規則(給与規程)の内容とした場合は、それは賃金として労働者に支払われるものであり、これを廃止したり、支給条件を引き下げたりすることは労働条件の不利益変更となり、相応の合理性が求められることになりますので、注意が必要です。


2 通勤手当として支払った高速道路の使用料金は課税対象となるか

所得税法では、給与所得者が通勤に必要な交通機関やマイカー等を利用するために支出した費用に充てるものとして給与に加算して受ける通勤手当のうち、「一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分」については、非課税とすることとしています。ただし、非課税限度額は月額10万円とされています。
したがって、マイカー通勤者に対し、通常の交通機関を利用した場合にかかる「交通定期代相当額」を通勤手当として支給することは、一般に行われているところです。
そこで、ご質問のケースのように、マイカー通勤者が使用する高速道路の使用料金までも通勤手当として支給する場合ですが、その部分が「一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分」となるかどうかということが、課税対象となるか非課税となるかの判断基準になります。この点について、同法施行令では、「通勤に係る運賃、時間、距離等の事情に照らし最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤の経路及び方法による運賃等の額」に相当する部分は、非課税とするとされています。
したがって、マイカー通勤において高速道路を利用する場合においても、高速道路の利用によって通勤時間が短縮される場合には、高速道路の利用は合理的と認められ、高速道路の使用料金を通勤手当に含めて支給しても課税されません。ただし、この場合でも、高速道路の使用料金を含めた通勤手当の額について、10万円までが非課税とされています。
ちなみに、通勤手当に支給限度額を設けるかどうかも事業主の任意で決めることができ、10万円を支給限度額とするか、それを超える額、またはそれを下回る額を支給限度額とするかは、事業主の裁量にゆだねられています。また、高速道路の使用料金のみに支給限度額を設けることも可能です。いずれにしても、就業規則にそのことの定めを記載しておくことが求められます。


□根拠法令等
・所得税法第9条第1項第5号(非課税所得)
・所得税法施行令第20条の2(非課税とされる通勤手当)




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◆就業規則に「社員の給与は年1回定期に見直す」旨の定めがある場合、給与を据え置くことは可能か

Qのロゴ.gifのサムネール画像昇給査定の時期を迎えていますが、業績不振のため、経営上の観点から、今回は全社員の給与を据え置くことにしたいと考えています。ただし、当社の就業規則(給与規程)では、「社員の給与は年1回定期に見直す」と定められています。こうした場合でも全社員の給与を据え置くことは可能でしょうか。


Aのロゴ.gifのサムネール画像就業規則に「社員の給与は年1回定期に昇給を実施する」などとある場合は、原則として、昇給させる義務があります。しかし、ご質問のように「社員の給与は年1回定期に見直す」とだけある場合は、給与が据え置かれたりダウンしたりする可能性があらかじめ排除されているわけではないため、全社員の給与を据え置くことにする旨を社員に通知すれば、特に問題はありません。ただし、その場合でも、社員に対してその理由を説明し、充分な理解を得たうえで行うことが望ましいでしょう。

 

■解説
1 労働基準法と昇給の定め

毎年一定時期に、あらかじめ定められた基準により一定額の基本給をアップさせることを定期昇給といいます。年齢給や年齢給の場合には、査定にかかわらず誰もが一律一定の定昇が行われるわけですが(一律昇給)、職能給や職務給では、人事考課の査定結果に応じて昇給額に個人差が出るような運用が行われるのが常です(査定昇給)。これに対し、世間相場や物価水準の変動などの外部環境の変化に対応するために、基本給テーブルの書き換えによって行われるものをベースアップといいます。ベースアップは、そうした要因がなければ原則として行われません。
労働基準法(以下「法」という)には、使用者に対し定期昇給やベースアップを義務づける規定はありませんが、法第89条第2号において「昇給に関する事項」を就業規則における絶対的必要記載事項としています。


2 就業規則の定めと昇給実施義務

給与の改定は、そうした就業規則(給与規程)の定めるところによって行われなければなりませんが、では、どのような規定内容の場合に、昇給させることが義務となるのでしょうか。
例えば、「社員の給与は年1回定期に昇給を実施する」、「給与は前年度の評価に基づき、毎年4月に昇給させる」などと規定されていて、具体的な昇給基準なども定められているような場合は、毎年一定の基準に沿って昇給をする定めをしていることになりますから、今回も既定の基準に沿って昇給を行う必要があり、据え置きやダウンは就業規則違反(契約違反)となる可能性があります。
一方、ご質問にある貴社の就業規則のように、「社員の給与は年1回定期に見直す」とだけ定められていて、具体的な昇給基準などが定められていない場合は、給与を見直す際に、その額が据え置かれたりダウンしたりする可能性があらかじめ排除されているわけではないため、給与を据え置いたりダウンさせても特別な問題はありません。「業績不振のため、今回は、全社員の給与を据え置くことにする」との旨を社員に通知すればそれで足ります。ただし、その場合でも、社員に対してその理由を説明し、充分な理解を得たうえで行うことが望ましいでしょう。


3 就業規則で昇給を約している場合や就業規則がない場合の対処

会社の就業規則の定めが、最初に挙げた例のように、「社員の給与は年1回定期に昇給を実施する」などとなっている場合は、社員に対して昇給を約束していることになります。昇給させる義務が原則的にはあり、社員も昇給することへの期待を抱いていると考えられます。それにも関わらず、経営環境が極めて厳しく、社員の雇用を維持するためにはどうしても給与を据え置かざるを得ないような場合は、社員に対して昇給できない理由をより詳細に説明するとともに、今後の見通しや展望を指し示すことも必要でしょう。そうでなければ、社員の理解が得られないばかりでなく、経営側に対する不信感や仕事面でのモラール・ダウンを引き起こし、業績悪化をさらに促進する要因にもなりかねません。
就業規則を作成していない小規模事業所などで、これまで慣行的に定期の昇給を行ってきたような場合は、使用者には常に定期昇給を実施する義務があるとはといえませんが、やはり社員は昇給することへの期待を抱いていると考えられます。したがって、こうした場合においても、給与を据え置くときには、社員に充分な説明を施し、そうした施策への理解を求めることが必要でしょう。

 
□根拠法令等
・労基法89(就業規則の作成及び届出の義務)

□ 判例等

・長年実施してきた定期昇給を行わなかったことにつき、就業規則上具体的な昇給基準が定められておらず、毎年の団体交渉の結果、昇給内容が決まるという制度においては、団体交渉での合意ができてない以上、使用者に定期昇給を実施する義務はないとした例(平17.3.30東京高判・高見澤電機製作所事件)




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◆退職予定社員に対して賞与を減額支給することは可能か

Qのロゴ.gifのサムネール画像当社の賞与規定では、賞与支給日に当所に在籍している社員に対し、事業所全体の業績や社員の勤務成績を勘案して定めた額を支給することとしていますが、この度、賞与の支給日以降数日で退職を予定している社員がいます。この者に対して、賞与の一定額を減額することを考えていますが、可能でしょうか。
また、今後、「賞与支給日から1カ月以内に退職した社員については賞与を半分とする」という定めをすることは可能でしょうか。



Aのロゴ.gifのサムネール画像賞与には、通常、社員の過去の実績に基づく支給という要素のほか、将来の貢献に対する期待に基づく支給という要素もあるため、賞与支給後の近い期日に退職が予定されている者に対して、賞与を減額して支給することは可能です。しかし、賞与のこうした性格を総合的に考慮するならば、減額の範囲は限られるものになると思われます。
その点からすると、「賞与支給日から1カ月以内に退職した社員については賞与を半分とする」という定めをすることは、対象者の被る不利益の程度が大きく、裁判例を前提とする限りむずかしいと思われます。

 

■解説
1 退職予定者の賞与の減額の合理性

賞与とは、一般に、月例賃金とは別に、使用者の業績、部門の業績、個人の業績や勤務成績などを査定のうえ、支給するものをいいます。その性格は必ずしも一義的に説明できるものではなく、それゆえに、賞与の支給額の決定方法や支給対象者は、当事者間の約定、就業規則、労働協約等での取り決めにゆだねられています。例えば、正社員のみを支給対象者とし、契約社員やパートタイマーには支給しないとしてもよく、一般には、就業規則で定める支給対象者の範囲に沿うことになります。
したがって、賞与の算定対象期間中に勤務していても、支給日に在籍しない者には支給しない旨が就業規則で定められている場合は、賞与の支給日前に退職した者や解雇された者に賞与を支給しなくても差し支えないと解されます。
ご質問にある、賞与支給日直後に退職が予定されていることという将来の事由を理由として、賞与の支給額を減額できるのかという問題ですが、この点については、賞与には、通常、社員の過去の実績に基づく支給という要素のほか、将来の期待に基づく支給という要素もあるため、賞与支給後の近い時期に退職が予定されている者に対しては、将来の貢献が期待できないことから、他の社員よりも賞与を減額して支給することは可能と考えられます。
退職予定者の賞与の減額規定の合理性が争われた裁判例があります。これは、就業規則に、「賞与の支給基準として、中途採用者の冬期賞与は基礎額の4カ月分とされるが、12月31日までに退職を予定している者については、4万円に在職月数を乗じた額とする」との定めがある会社において、基礎額の4カ月分の賞与受領後、年内に退職した者に対し、会社が返還請求をしたものです。この退職者が返還請求に応じた場合、結果として退職予定がない場合の賞与額の17%余の金額しか受給できないこととなるこの事件について、裁判所は、「退職予定がある場合など、将来に対する期待の程度の差に応じて、退職予定者と非退職予定者の賞与額に差を設けること自体は不合理ではない」としながらも、「過去の賃金とは関係のない純粋の将来に対する期待部分が、被告と同一時期に中途入社し同一の基礎額を受給していて年内に退職する予定のない者がいた場合に、その者に対する支給額のうちの82パーセント余の部分を占めるものとするのは、いかに在社期間が短い立場の者についてのこととはいえ、肯認できない」とし、「賞与制度の趣旨を阻害するものであり、無効である」と判示しています。(「ベネッセコーポレーション事件」平8.6.28 東京地裁判決)。
この判決では、退職予定者の賞与の算定にあたって、就業規則上の規定を根拠として、非退職予定者の賞与額との差を設けること自体は合理性があるとしています。これは、賞与の支給基準の決定は、当事者の私的自治にゆだねられるという考え方に基づくものです。しかし、判例にもあるように、賞与の性格を総合的に考慮するならば、減額の範囲は限られるものになると思われます。


2 退職予定者の賞与減額規定の新設の可否

ご質問にあるように、これまでなかった退職予定者の賞与減額規定を新設する場合は、就業規則の不利益変更の問題が生じ、不利益に変更することのついての合理性が求められます。
ご質問のケースで問題となるのは、退職予定者についての支給割合を「半分」にするという点です。前述の裁判例では、「労働者に対する将来の期待部分の範囲・割合については、諸事情を勘案して判断すると、賞与額の2割を減額することが相当である」としています。どのような根拠で「将来の期待に基づく支給」を「2割」としたのかなどの疑問もある裁判例ですが、「賞与支給日から1カ月以内に退職した社員については賞与を半分とする」という定めをすることは、対象者の被る不利益の程度が大きすぎるため変更に合理性が認められず、この裁判例を前提とする限りむずかしいと思われます。


□根拠法令等
・労基法12(定義)




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◆賃金と手当の締切日が異なる場合、平均賃金はどう算定するのか

Qのロゴ.gifのサムネール画像当社の賃金締切日(賃金支払い期間)は、前月の21日から当月の20日で、支払いを当月の25日としています。また、当月の時間外労働の締めは毎月末日とし、この分の手当は翌月払いとしています。この場合、労働基準法第12条で定める平均賃金を算定する期間として、どの3カ月をとればよいのでしょうか。


Aのロゴ.gifのサムネール画像労働基準法第12条でいう「算定すべき事由の発生した日以前3箇月間」とは、算定事由の発生した日は含まず、その前日からさかのぼって3カ月になります。賃金締切日がある場合は、直前の賃金締切日からさかのぼって3カ月となりますが、賃金と手当の締切日が異なる場合は、それぞれの締切日ごとに算定します。

 

 

■解説
1 平均賃金について

平均賃金は、①解雇予告手当、②休業手当、③年次有給休暇の賃金、④業務上の災害に対する補償、⑤減給の制裁の制限額の各算定の際に使用されます。
労働基準法(以下「法」という)第12条第1項は、「平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前3箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう」としており、さらに同条第2項では、「前項の期間は、賃金締切日がある場合においては、直前の賃金締切日から起算する」と定めています。
ここでいう「以前3箇月間」とは、算定事由の発生した日は含まず、その前日からさかのぼって3カ月になります。ですから、賃金締切日がある場合は、直前の賃金締切日からさかのぼって3カ月となりますが、賃金締切日に事由発生した場合は、その前の締切日から遡及することになります。
また、この場合の「総日数」とは、労働日数ではなく暦日数ですが、次の期間がある場合は、平均賃金が不当に低額になることを避けるため、その日数および賃金額は、先の期間および賃金総額から控除します(同条第3項)。
① 業務上負傷し、または疾病にかかり療養のために休業した期間
② 産前産後の女性が労働基準法第65条の規定によって休業した期間
③ 使用者の責めに帰すべき事由によって休業した期間
④ 育児休業・介護休業に関する法律に規定する育児休業または介護休業した期間
⑤ 試みの使用期間(雇入れの日より2週間)


2 賃金締切日が異なる場合の平均賃金の計算

ご質問にある賃金締切日が異なる場合の取り扱いについてですが、通達では、「賃金毎に賃金締切日が異なる場合、例えば団体業績給を除いた他の賃金は毎月15日及び月末の2回が賃金締切日で、団体業績給のみは毎月月末1回のみの場合、平均賃金算定の事由が或る月の20日に発生したとき、何れを直前の賃金締切日とするか」という問いについて、「設問の場合、直前の賃金締切日は、それぞれ各賃金ごとの賃金締切日である」としています。
この解釈に従ってご質問のケースを考えるならば、仮に計算事由発生日を11月30日とした場合、賃金は20日締めなので、計算対象となる期間は11月20日以前3カ月です。時間外労働手当は末日締めなので、対象期間は10月31日以前3カ月になります。各締切日別に計算した結果を合算したものが平均賃金となり、具体的には次のとおりです。

・平均賃金計算発生日:11月30日
・各賃金締切日による計算対象期間と平均賃金
① 時間外労働以外の平均賃金
 (8月21日~11月20日に支払われた時間外労働以外の賃金)÷92日(暦日数)
② 時間外労働分の平均賃金
 (8月1日~10月31日に支払われた時間外労働分の賃金)÷92日(暦日数)          
・平均賃金= ① + ②


□根拠法令等
・労基法12(定義)
・労基法20(解雇の予告)、26(休業手当)、39(年次有給休暇)、76(休業補償、77(障害補償)、79(遺族補償)、80(葬祭料)、81(打切補償)、82(分割補償)、91(制裁規定の制限)
・昭26.12.27 基収5926(賃金締切日がある場合の起算日)




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◆懲戒処分を決定するまでの自宅待機期間は無給でよいか

Qのロゴ.gifのサムネール画像当社ではこの度、社員に対する懲戒処分を実施するにあたって、事実関係の調査をするために、本人に自宅待機を命じることになりました。この自宅待機期間中は無給としてもよいでしょうか。


Aのロゴ.gifのサムネール画像懲戒処分を決定するまでの自宅待機期間は、原則的には無給にできません。平均賃金の60%についての支払い義務があることになります。


 

■解説
1 不就労の場合の賃金支払い義務の基本的な考え方

欠勤、遅刻、早退、ストライキ等、専ら労働者側の一方的な都合で労働すべき日または時間に労働しなかった場合、使用者にはその間の賃金支払い義務はありません。ただし、年次有給休暇の場合は、労働基準法により、賃金の支払いが義務付けられています。
また、使用者の責に帰すべき事由により休業させた場合は、労基法上少なくとも平均賃金の60%についての支払い義務があることになります。
「休職」については、労基法上の定義はありませんが、一般的には、「従業員の身分を保有したまま一定期間就業義務を免除する制度」のことを指し、休職事由には、私傷病のため、組合専従のため、海外留学のため、公職につくため、刑事事件により身柄を拘束され勤務不能となったため、ボランティア活動に従事するため、などがあります。基本的には、労働者側に就労できない事情があるのですから賃金支払い義務はありませんが、一般には、就業規則等で定めた休職制度の内容や運用方法によるところとなります。
「出勤停止」は、就業規則の懲戒規定に基づき、労働者に一定の規則違反行為があったときに命じられ、その間は賃金が支払われないのが通常ですが、形式的には「使用者の責に帰すべき事由」による休業とみることもできます。しかし、企業には社内秩序を維持するために一定の懲戒権が保持されており、「出勤停止」処分が労働者の違反行為に相応した妥当なものである場合は、賃金の支払い義務はないものと考えられます。


2 懲戒処分前の自宅待機期間についての考え方

それでは、ご質問のような懲戒処分前の自宅待機期間についてですが、この自宅待機自体は懲戒処分ではなく、会社側が調査の必要のために(「使用者の責に帰すべき事由」により)「自宅待機」を命ずるものです。仮にこれが懲戒処分であるとすれば、ある労働者の行為に対してすでに懲戒をしたことになりますので、その同じ行為に対して再び懲戒処分をすることは二重処分となり、できないことになります。
業務命令で「自宅待機」を命じた場合、賃金の支払い義務はないとすると、その根拠はどこにあるのでしょうか。
懲戒処分の前提として常に自宅待機が必要であるとは考えられませんが、例えば経理担当の社員が不正経理を行っている疑いがあるような場合、そのことの真偽を確かめるためには本人を自宅に待機させておいた方が、証拠の隠滅を防止し、調査が円滑に行えることも考えられます。
調査の結果、不正経理がなされたことが明らかになり、結果的にその社員を懲戒解雇することになったような場合は、その自宅待機は「使用者の責に帰すべき事由」によるというよりも、むしろ、その原因となったのは本人の不正行為であるという因果関係が成り立ちますので、自宅待機期間分の賃金を支払わないとすることも可能であるかもしれません。さらに、その性質が刑事事件になるようなものであれば、そのことは必要な措置でもあるかもしれません。
しかし、そのような必要性のある場合を除いては、自宅待機期間の賃金を当然に無給にしてよいという根拠はありません。
裁判例においても、「このような場合の自宅謹慎は、それ自体として懲戒的性質を有するものではなく、当面の職場秩序維持の観点から執られる一種の職務命令とみるべきものであるから、使用者は当然にその間の賃金支払い義務を免れるものではない」とし、「使用者が右支払義務を免れるためには、当該労働者を就労させないことにつき、不正行為の再発、証拠湮滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由が存するか」または「これを実質的な出勤停止処分に転化させる懲戒規定上の根拠が存在することを要する」と解すべきであり、「単なる労使慣行あるいは組合との間の口頭了解の存在では足りないと解すべきである」としたものがあります(「日通名古屋製鉄作業事件」平3.7.22 名古屋地裁判決)。
この判決は結論としても賃金の支払いを命じており、ここでの趣旨は、賃金支払い義務を免れるのはかなり具体化した危険がある場合に限られるということです。したがって、自宅待機期間中も原則的には無給とすることはできず、使用者側には、少なくとも平均賃金の60%についての支払い義務があることになります。


□根拠法令等
・労基法26(休業手当)

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