【3175】 ◎ 辰巳 ヨシヒロ 『劇画漂流 (上・下)』 (2008/11 青林工藝舎) ★★★★☆

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作者の自伝的長編青春漫画、かつ「劇画」名付け親による「劇画」誕生秘話。面白い。

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劇画漂流 上巻』『劇画漂流 下巻

劇画漂流 [文庫版] コミック 全2巻 完結セット
劇画漂流 [文庫版] コミック 全2巻 完結セット.jpg辰巳ヨシヒロ.jpg 2009(平成21)年・第13回「手塚治虫文化賞大賞」を受賞した辰巳ヨシヒロ(1935-2015/79歳没)の自伝的青春漫画作品で、1995(平成7)年から「まんだらけ」のカタログ誌『まんだらけマンガ目録』の8号から22号まで15話連載され、1998(平成10)年からは新創刊された『まんだらけZENBU』が掲載誌となり、2006(平成18)年に33号で打ち切られ、全48話で連載終了しています(何れも季刊誌で発表され12年にわたる連載だった)。
  
TATSUMI―マンガに革命を起こした男.jpg 「まんだらけ」の編集者で、当時59歳の作者に「劇画」の歴史のようなものを描き残さないかと提案した浅川満寛(1965年生まれ。早稲田大学で美術史を専攻、卒論は「初期つげ義春論」)が、連載中に「まんだらけ」から青林工藝社に移ったこともあり、本書は青林工藝社から刊行されています(後に英語版やスペイン語版も刊行され、2010年度アイズナー賞最優秀アジア作品賞(最優秀実話作品賞)、第39回アングレーム国際漫画祭世界の視点賞受賞。この作品をもとにしたエリック・クー監督による映画「TATUMI―マンガに革命を起こした男」('14年/シンガポール)は、第64回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」正式出品となった)。
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 兄の桜井昌一とともに漫画家を目指す幼少期から始まり、自身の作風を従来の「漫画」と区別するために誕生した「劇画」(辰巳ヨシヒロがその名付け親ということになる)、および「劇画工房」の設立、その後の活動を描いた長編青春漫画です。戦後間もない1948(昭和23)年から始って1960(昭和35)年の安保闘争の時代までを描いたところで終了しています。

 作中では辰巳ヨシヒロは勝見ヒロシ、兄の桜井昌一も本名の辰巳義興ではなく勝見興昌として登場していますが、他の漫画家や出版関係者らは基本的に実名で登場しており、「劇画」誕生秘話として記録的要素の濃い内容となっていますが、事実であるだけに興味深く、また面白く読めます。

劇画漂流 1.jpg 売れるまでは出版社に作品を持ち込んでは断られ、やはり漫画家の世界は競争が激しいなあと思わされましたが、少し売れるようになってくると、今度は最初の方で世話になった出版社ではなくよその出版社のために書くと、前の出版社から圧力がかかるなど、これはこれで大変そう。

 後半は、その所謂かつて世話になった出版社で、辰巳ヨシヒロ自身も短編集『影』の編集長を務めた「八興・日の丸文庫」の山田兄弟と、元日の丸文庫の顧問で「劇画工房」の主要メンバーだった辰巳ヨシヒロ、松本正彦、さいとう・たかを囲い込んで、名古屋の出版社「セントラル文庫」の漫画家兼編集者として短編集『街』を編集した久呂田まさみとの『影』vs. 『街』の"仁義なき戦い"が描かれています。

 本書にもあるように、山田社長と敵対していた久呂田は、日の丸文庫から辰巳らを切り離すため、セントラル文庫の社長に3人を上京させることを提案し、渡された資金を全部飲み代として使い込んでしまう(酒に逃避する性癖だったようだ。酒癖も悪く、酔った席で態度が横柄なさいとう・たかををぶん殴ったりしたそうだ)等の紆余曲折を経て、東京都国分寺市のアパートに居を構えます。これにより、国分寺市は後に多数の劇画漫画家が集まり劇画文化の中心地になりますが、藤子不二雄の『まんが道』(まんがみち)や石ノ森章太郎の『章説 トキワ荘の青春』、映画「トキワ荘の青春」('96年)にも描かれた豊島区椎名町の「トキワ荘」と同時期に、都内の別のところに新進漫画家の拠点があったことはあまり知られていないかもしれません。

 やや中途半端で終わった感じがなくもなく、作者はこの後、自ら貸本マンガの出版に乗り出した勝見ヒロの孤軍奮闘と、つげ義春らとの交流、そして貸本出版界が滅んでいくまでを描きたかったようですが、あとがきによると「まんだらけ」の都合で果たせなかったとあります。この作品で「劇画工房」のメンバーだったさいとう・たかをのことはよく描かれていますが、つげ義春は、トキワ荘をふらっと訪ねる1場面があるだけです。

 因みに、「劇画工房」の当初メンバーは辰巳ヨシヒロ、石川フミヤス、K・元美津、桜井昌一、山森ススム、佐藤まさあき。後にさいとう・たかを、松本正彦も参加しています。K・元美津は1996年没。辰巳の兄・桜井昌一は2003年没で、辰巳はこの作品を桜井へのレクイエムであるとしています。佐藤まさあきは2004年没。松本正彦は2005年没で、「劇画」ではなく「駒画」を創立し、「劇画工房」を去った彼でしたが、その保管していた文書や手紙が本書に多く転載されていて、本書の記録的価値を高めています。

 本書刊行後、石川フミヤスが2014年に亡くなり、そして作者・辰巳ヨシヒロが2015年に、さらにはさいとう・たかをが昨年['21年]亡くなっていて、寂しい限りです。でも、そうした当時のことを訊くことができる人がいなくなっている分だけ本書の価値があると言えるかもしれません。

 因みに、個人的には、辰巳ヨシヒロは自分の卒業高校の大先輩にあたります。

【2013年文庫化[講談社漫画文庫(上・下)]】

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