【3166】 ◎ 石田 夏穂 『我が友、スミス (2022/01 集英社) ★★★★☆

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面白かった。筋トレに打ち込む女子の内面がよく描けている。

我が友、スミス .jpg我が友、スミス.jpg スミスマシン.jpg
我が友、スミス』 woman doing squats in smith-machine

 2021(令和3)年下半期・第166回「芥川賞」候補作。

 30歳手前の会社員・U野は仕事帰りに日々自己流の筋トレに励んでいる。ある日元ボディビル選手のO島から声をかけられ、彼女が立ち上げる新しいジムに来ないかと誘われる。今通っている施設には一台しかないスミス・マシンがそのジムには3台もあることと、「うちで鍛えたら、別の生き物になるよ」というO島の言葉に惹かれたU野は、彼女のもとでボディビルの大会に出場することを決意する。何かに夢中になるという経験がなかったU野だが、目標に向けて凄まじい努力を始める。厳しい指導を受け、日々マシンと格闘し、慢性的な筋肉痛に耐え、ストイックな食生活を送り...。しかし、彼女の前には意外な壁が立ちはだかっていた。審査基準には、肌の美しさや所作、人格までもが含まれ、女性らしさが重要とされるのだ。なぜ筋肉を鍛えることに女性らしさを求められるのか? 化粧をしたり身なりを飾ることに抵抗を感じてきたU野は、疑問に思いながらも元ミス・ユニバース日本代表だというスペシャル・コーチE藤の指導を受け、髪を伸ばし、ピアスを開け、脱毛サロンに通う。そんなU野を見た職場の人々には「彼氏できた」と噂され、母親からは「ムキムキにならないでよ?」という言葉をかけられる。周囲の声に反発を覚えながらも、目標に向かって突っ走るが―。

 面白かったです。「スミス」は人の名ではなく、バーベルを補助者なく安全に扱うことのできるトレーニング・マシンのこと。主人公U野は、ただ「別の生き物になりたくて」筋トレに励むわけですが、これが却って受け入れやすかったです(何かもっともらしい理由をつけると通俗になっていただろう)。そのキャラクターも好感が持てました。自分の考えを曲げない頑固さを持つ一方で、違和感のあることでも受け入れてみようとする柔軟性もあって、感情を撒き散らさず、黙って行動で表現するところは武士のように潔く、それでいて、結構キツイ挑戦をしているにの関わらず、その心理表現は辛口のユーモアに溢れていました。何かを極めようとする人だけが見ることのできる世界の一部を、覗き見させてもらったような気がします。

 ユーモアに関しては、面白過ぎて芥川賞とれなかったのかと思ったぐらい。実際、芥川賞選考委員の中で最も推した川上弘美氏が「何回笑い崩れたことでしょう」と述べている一方、奥泉光氏が、「軽快な文章で愉しく読ませる」としながらも、「ただ幾分サービス過剰なところがあって、笑いを狙った表現が上滑りになっているのが惜しい」としています。

 また、平野啓一郎氏は、空虚化した実存の依存先という主題自体は『推し、燃ゆ』と同範疇であるとしていて、これは自分も少し感じました。自分の場所を求めてという意味では『コンビニ人間』が想起され、マニアックな世界という意味では『火花』を思い出したでしょうか。個人的には、芥川賞作品としては"異例"の面白さだった『コンビニ人間』といい勝負だったように思います。

 ジェンダー小説でもあったように思います。最初「O島」って男性だと思い込んしまいましたが、女性だったのだなあ(【天才外科医】クイズというのを思い出した)。これ読んで、筋トレをしてみたくなる女子はいるかも。作者自身も相当やり込んでいるのかと思いましたがそれほどでもなく、自分が通っているジムでやり込んでいる人を観察して、こうした作品に仕上げたようです。デビュー作にして、筋トレに打ち込む女子の内面がよく描けているように思いました。

ボディビル フィジーク.jpg 因みに、本書にあるように、男子ボディビルの世界に「ボディビル」から派生した「フィジーク」というのがあり、一方、女子における「フィジーク」は、追加ではなく、従来の「ボディビル」が「フィジーク」に置き換わったとのことで、その理由は「女子のボディビルには、女性らしさも必要だから」とのことです。

 作中では、主人公・U野が目指すのが「BB(ボディビル)大会」で、同じジムに通うS子が出場するのは「PP(パーフェクト・プロポーション)大会」という、女性のセクシーさに重点が置かれる大会のようです。ただし、U野が出場する大会も、ハイヒールを着用し、ピアスを付け(主人公はそのために耳に穴を空ける)、髪が短いとヘアピースを付けるものなので、純粋なボディビル(つまりフィジーク)ではなく、「ボディフィットネス」(フィギュアとも呼ばれる)の類ではないでしょうか(あるいは安井友梨で知られる「フィットネスビキニ」乃至「ビキニ」か)。あまり説明しすぎると読者が混乱するので、単に「BB大会」とした(つまり単純化して「ボディビル」とした)のではないかと思います。まあ、「ボディビル大会」と冠して、その中で各種目が行われることもあるので、「BB大会」でも間違いではないと思いますが。

0フィジーク.jpg フィジーク

0フィットネス.jpg ボディフィットネス

0フィットネスビキニ.jpg フィットネスビキニ(中央:安井友梨)

pumping iron 2.jpgpumping iro n 2.jpg 昔、ボディビル大会に向けてトレーニングする女性たちを追ったドキュメンタリー映画「パンピン・アイアンⅡ」('85年/米)というビデオがあったのを思い出しました。結局DVD化されなかったみたいですけれど...。因みに、アーノルド・シュワルツェネッガーを中心に追った男性版「パンピング・アイアン」('77年/米)はDVD化されています(5度のミスター・オリンピアに輝いたシュワルツネッガーが6度目の栄冠に挑戦するのを追っている)。

《読書MEMO》
●【天才外科医】クイズ
父親が一人息子を連れてドライブに出かけました。ところがその途中で父親がハンドル操作を誤り、大きな交通事故を起こしてしまいました。父親は即死、助手席の息子は意識不明の重体になり、すぐに救急車で病院に運ばれました。幸運にも天才外科医との呼び声の高い、その病院の院長が直々に手術をすることになりました。助手や看護師を従えて手術室に入り手術台に寝かされた子どもを見るなり、院長は、「私の息子...!」と嘆き悲しみました。さて、これはどういうことなのでしょう(正解:院長は息子の母親だった)。

     




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和田泰明

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This page contains a single entry by wada published on 2022年7月 1日 03:42.

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