2022年7月 Archives

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最後は映画と言うよりミュージック・ビデオみたいな感じの「ジャズ大名」。

「ジャズ大名」1986.jpg 「ジャズ大名」02.jpg     「犬死にせしもの」1986.jpg
ジャズ大名 [DVD]」古谷一行(1944-2022.08.23/78歳没))/財津一郎/殿山泰司   「犬死にせしもの [DVD]」真田広之/佐藤浩市/安田成美

「ジャズ大名」1.jpg 南北戦争が終り、解放された黒人奴隷のジョー(ロナルド・ネルソン)は、弟サム、従兄ルイ、叔父ボブの3人に再会した。彼らはニューオリンズから船に乗り故郷アフリカへ帰るはずが、メキシコ商人に騙されて香港行きの船に乗せられる。ある日、病気で死んだボムを残し、大嵐の中ボートで脱出を図った3人は駿河湾の庵原藩に助けられる。海郷亮勝(古谷一行)が藩主の庵原藩は、薩摩藩と幕府の中間に位置しているため、家老の石出九郎左衛門(財津一郎)は薩摩「ジャズ大名」ざい.jpgか幕府のどちらにつくべきか悩んでいる。しかし亮勝はどこかうわの空。そんな時、黒人3人が流れ着いたとの一報が入る。亮勝は興味津々で彼らに会いたいと言うが、それを許そうとしない九郎左衛門は、医者の玄斎(殿山泰司)に作らせた眠り薬を使い、彼らを地下牢に閉じ込める。下手な篳篥を演奏するのが趣味の亮勝は、彼らは楽隊ではないかと玄斎から伝え聞き、何とか彼らと会うよう画策する。そして、念願を果たすや、音楽好きの亮勝は彼らの演奏するジャズの虜となり―。
岡本真実/財津一郎

エロチック街道』['81年]『エロチック街道 (新潮文庫)』['84年]『ジャズ大名 (新潮文庫)』
『エロチック街道』1.jpg『エロチック街道』2.jpg『ジャズ大名」1.jpg『ジャズ大名」2.jpg 岡本喜八監督の1986(昭和61)年公開作で、原作は筒井康隆の短編集『エロチック街道』('81年/新潮社)の1篇(文庫化後、映画化の際に書名が『ジャズ大名』に改められて表題作となった)。製作会社は大映、配給会社は松竹で、同年キネマ旬報ベストテンで10位となり、映画化困難といわれる筒井原作の映画では初のランクインとなっています。

「ジャズ大名」ろうか.jpg 藩主役の古谷一行と家老役の財津一郎のやり取りが楽しい。原作にある庵原藩の屋敷の特異な形状もしっかり再現されており、百畳敷以上の大広間(これが街道上に位置するため、伊勢参りや敗れた幕府軍、追う官軍などが行き来することになる)のセットは東宝スタジオに建てられ、音楽監督とプロデューサーを除くメ「ジャズ大名」00.jpgインスタッフ全員が東宝から起用されたとのことです。

 終盤は、藩主以下一同数十名(数百名?)は地下室で大ジャムセッション。三味線・琵琶・和太鼓・尺八・桶・ソロバンなどで即興演奏を繰り広げ、気がついたら地上では明治維新になっていた―。原作のシュールな展開が活かされており、維新なって行進する官軍の「トンヤレ節」を鼻で笑い飛ばしてジャムセッションを再開するラスト「ジャズ大名」3.jpgに、戦争なんて馬鹿らしいというメッセージが込められていたように思います。

 狂乱の大演奏がラスト2、30分続きますが、一応、原作も果てしなく演奏が続くという設定などでこれも"原作通り"。唐十郎が薩摩藩士役で出演しているほか、ジャムセッションでは山下洋輔はおもちゃのピアノを弾きまくり、タモリはラーメンの屋台を引きチャルメラを吹くという、最後は映画と言うより、ちょっと変わったミュージック・ビデオみたいな感じでした(併映は次に挙げる「犬時にせしもの」)。

真田広之/佐藤浩市 in「犬死にせしもの」
「犬死にせしもの」1.jpg 昭和23年。ビルマ戦線から復員した重左こと宗重左衛門(真田広之)は、戦友の鬼庄こと鬼松庄一(佐藤浩市)と遊郭で再会し、仲間の伝次郎(堀弘一)と共に海賊して瀬戸内海を股にかけていた。ある日、三人が襲撃した船に洋子(安田成美)という名の少女が乗っており、鬼庄は彼女を色街に売って金を得ようとしていた。しかし重左は影のある彼女に惹かれ、鬼庄の計画を思いとどまらせることに成功する。洋子の嫁ぎ先は瀬戸内海を牛耳る新興やくざ・花万に捜索を依頼。そして、花万の番頭・火つけ柴(蟹江敬三)が五貫島に現われ、3日後に洋子を渡すように要求してきた。大分・竹田津の実家まで送り届けると洋子に約束した重左は、高松の元やくざ・阿波政(西村晃)に助けを求めに行くが、その間洋子は火つけ紫に連れ去られてしまう。闇ブローカーの岩テコ(平田満)から火つけ紫の妾の居場所を聞いた重左たちは、その女・千佳(今井美樹)を攫って人質交換を目論み、小型船の梵天丸で西枯木島にある火つけ紫の本拠地に乗り込むが―。

「犬死にせしもの」d.jpg 井筒和幸監督作で、荒れ狂う海の上での真田広之佐藤浩市の活躍が観られます(この二人のW主演はある種"貴重映像"かも。「道頓堀川」('82年/松竹)でも共演はしていたが、W主演ではなかった)。ただ、二人とも復員者には見えないのが難ですが。加えて、洋子役の安田成美がヒロインなのは分かりますが、色街に売られそうになりながらもどこかお嬢さんっぽい安田成美の役どころと、火つけ柴の妾・千佳役の新人・今井美樹との扱われ方の差があまりに大きいのがどうかなという感じでした。

「ホンダ・トゥデイ」.jpg「ホンダトぅディ」.jpg 今井美樹が唯一ヌードになった映画がこの作品とのことです。ホンダ・トゥデイのCM('85年)に出ていた彼女。個人的には、新車発表会で"ナマ今井美樹"見たこともあり思い入れがあったのですが、その彼女をこうした使い方をして大丈夫なのかなあと、当時思ったりもしました(でも、無事、NWEトゥデイのCM('88年)にも出ていたが)。

井筒和幸.jpg 井筒和幸監督自身は当時のことをどう振り返っているのかと思ったら、「日刊ゲンダイDIGITAL」の連載コラム(2020年9月26日配信)に《新人の今井美樹嬢を丸裸にさせたり、船上で尻をまくって海にオシッコさせたり、キスを何十回と連続でテークしたりした。彼女は耐えに耐えて夢中で演じた。熱い時代だった。今はキスも嫌う女優もどきがいる。ご清潔なものだ》と書いていて、この発言が今年['22年]になってツイッター民により引用・拡散されたことで物議を醸しているようです。

井筒和幸監督

 映画撮影現場でのセクハラ、パワハラが問題視されている昨今の状況からすると「熱い時代だった」では済まされないように思いますが、2020年の時点でこうした発言をしていることを考えると、井筒和幸監督はまだ昭和の感覚をまだ引き摺っているのではないでしょうか。本人は今月['22年7月]、湧き起こった映画界の性加害報道を受けて、「役者に配慮するのは今まで通りだろうし。なのに、監督がセクハラするなんて、それこそこの世の終わり」と発言していますが、何かコメンテーター調だけど、自分のことではないかと思ってしまいます。実際に井筒監督は報道番組のコメンテーターのようなことをしており、その映画観だけでなく、政治・歴史的主張も含めさまざまな発言をしていて、個人的にはそれらを全否定するわけではなくむしろ賛同することが多いくらいですが、この件に関しては都合よく逃げている印象を受けました。


ジャズ大名 [DVD]
「ジャズ大名」0.gif「ジャズ大名」ps.jpg「ジャズ大名」●制作年:1986年●監督:岡本喜八●脚本:岡本喜八/石堂淑朗●製作:室岡信明●撮影:加藤雄大●音楽:筒井康隆/山下洋輔●原作:筒井康隆●時間:85分●出演:古谷一行/財津一郎/神崎愛/岡本真実 /殿山泰司/本田博太郎/今福将雄/小川真司/利重剛/ミッキー・カーチス/唐十郎 (友情出演)/ロナルド・ネルソン/ファーレズ・ウィテッド/レニー・マーシュ/ジョージ「ジャズ大名」「犬死にせしもの」.jpg・スミス/六平直政/山下洋輔(特別出演)/タモリ(特別出演)●公開:1986/04●配給:松竹(評価:★★★☆)●最初に観た場所:渋谷松竹(86-05-04)(評価:★★★☆)●併映:「犬死にせしもの」(井筒和幸)

「犬死にせしもの」●制作年:1986年●監督:井筒和幸●脚本:井筒和幸/西岡琢也●撮影:藤井秀「犬死にせしもの」k.jpg男●音楽:武川雅寛(主題歌:桑名晴子)●原作:西村望「犬死にせしものの墓碑名」●時間:92 分●出演:真田広之/佐藤浩市/安田成美/平田満/堀弘一/梅津栄/今井美樹/風祭ゆき/水木薫/吉行和子/蟹江敬三/木之元亮/中村玉緒(特別出演)/西村晃/堤真一(チンピラ 役)●公開:1986/04●配給:松竹●最初に観た場所:渋谷松竹(86-05-04)(評価:★☆)●併映:「ジャズ大名」(岡本喜八)
蟹江敬三/真田広之
「犬死にせしもの」 10.jpg

渋谷松竹1.jpg渋谷松竹sibuyatoei1.jpg渋谷東映・松竹・全線座shibuya.jpg渋谷松竹 1938年、前身の松竹系「東京映画劇場」オープン。1990(平成2)年9月16日、隣接の「渋谷東映」と共に閉館 (1985年道玄坂「ザ・プライム」6Fにオープンしていた渋谷松竹セントラル(2003年~「渋谷ピカデリー」)が後継館となる(2009(平成21)年1月30日「渋谷ピカデリー」閉館))(⑦渋谷東映/⑨渋谷松竹/⑬全線座(1977年閉館))

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シリーズでいちばん凝った「道行」。なぜシリーズ後半の作品に"一押し作品"が多いのか。

「昭和残侠伝 死んで貰います」ap.jpg「昭和残侠伝 死んで貰います」dnd.jpg「昭和残侠伝 死んで貰います」0.jpg 「昭和残侠伝 死んで貰います」00.jpg
昭和残侠伝 死んで貰います」[Prime Video]/「昭和残侠伝 死んで貰います [DVD]」高倉健/池部良/藤純子
    
「昭和残侠伝 死んで貰います」11.jpg 花田秀次郎(高倉健)は東京深川の老舗料亭「喜楽」に生まれたが、父・清吉(加藤嘉)が後妻を迎えたときに家を出て、そのまま裏街道を歩き始めた。賭場で袋だたきにあった秀次郎は、銀杏の木の下でうずくまっているところを、芸者になったばかりの幾江(藤純子)に救われた。3年後、いかさま師を怪我させた秀次郎は逮捕され、刑に服することに。だが服役中に父が死去、関東大震災が起こり義理の妹も死亡、継母のお秀(荒木道子)は盲目となってしまう。窮地に立たされた「喜楽」を救ったのは、板前の風間重吉(池部良)と小父の寺田(中村「昭和残侠伝 死んで貰います」2.jpg竹弥)だった。昭和2年、出所した秀次郎は偽名で板前として働くこととなり、その姿を寺田は涙の出る思いで見守っていた。一方幾江は売れっ妓芸者となって秀次郎の帰りを待っていて、重吉と寺田の計いで二人は7年ぶりに再会する。そんな頃、寺田一家のシマを横取りしようとことあるごとに目を光らせていた新興博徒の駒井(諸角啓二郎)が、「喜楽」を乗っとろうとしていた。秀次郎の義弟・武史(松原光二)は相場に手を染め、むざむざと「喜楽」の権利書を取り上げられてしまう。それを買い戻す交渉に出かけた寺田が、帰り道で襲撃され殺される―。

「昭和残侠伝 死んで貰います」3.jpg 1970(昭和45)年9月公開のマキノ雅弘監督の「昭和残侠伝」シリーズの第7作品主演は高倉健、共演は池部良、藤純子。高倉健が演じるのは唐獅子牡丹の刺青を背中に仁侠道に生きる昭和初期の渡世人・花田秀次郎で、1965(昭和40)年から1972(昭和47)年までのシリーズ9作のうち7作がこの役名であり、東映やくざ映画全盛時代の最大のヒーローといってもいいかと思います。

「昭和残侠伝 死んで貰います」4.jpg 義理と人情のしがらみに苦悩し、堪えに堪えた新興やくざへの怒りをついには爆発させる―というのがほぼすべてに共通のパターン。ここでも最後、それまで駒井の執拗な挑発に耐えてきた秀次郎でしたが、かけがえのない恩人の死に遂に怒りを爆発させ、重吉と共に駒井の元に殴りこみます(幾江は行かないでとは言わず、死なないでと言う)。

「昭和残侠伝 死んで貰います」m2.jpg ホントは、秀次郎は重吉に、堅気のあんたが行ってはいけない、俺一人で行くと言っていたのですが、結局、死地へ向かおうとする秀次郎の前に重吉が現れ、その流れで「道行」の図となります。この「道行き」を二人が共にするのもシリーズのパターンですが、シリーズ作でいちばん出会いのシチュエーションが凝っているのがこの第7作の「昭和残侠伝 死んで貰います」であるとも言われています。

 秀次郎が暗い夜道を長ドスを携えて歩いて行く途中、街角に重吉が待っており、秀次郎の前に立って懐から短刀を取り出して、「見ておくんなせえ! 恩返しの花道なんですよ」と言って、封印をされていた短刀の封を握った右手親指で切ります。短刀を見つめていた秀次郎は、目だけを上に上げて無言で重吉を見つめると、重吉は「ご一緒、願います」と。そして二人が並んで歩いて行くところに主題歌「唐獅子牡丹」が被さってきます。

 池部良もシリーズ全9作に出演していますが、9作で高倉健(花田秀次郎)・池部良(風間重吉)の二人ともが生還するのは1作のみ。ほとんどが池部良の役の方が命を落とし(風間重吉は何回死ぬのか(笑))、この作品も例外ではなく、必ずしもハッピーエンドとは言えないものとなっています。これは池部良が当時俳優協会の理事をしており、ヤクザ賛美には賛同しかねるゆえの最低ラインを守るための条件だったそうですが、ここでも池部良は志半ばで後を高倉健に託して斃れ伏し、それに気づいた高倉健の表情が何とも言えません。息を引き取る"兄弟"を抱きしめるというのが一つのパターンとして出来上がっています。

 9作作られているこのシリーズ、第1作・2作・3作・8作・9作の監督が佐伯清、第4作・5作、7作がマキノ雅弘、第6作が山下耕作で、このマキノ雅弘監督の第7作をベストとして推す人も多いほか、その他のシーリーズ後半の作品をベストとする人も多いようです。これは、同じ高倉健主演の「日本侠客伝」シリーズ('64年~'71年・全11作)や「網走番外地」シリーズ('65年~67年・全10作)には見られない傾向で、11作中9作がマキノ雅弘が監督した「日本侠客伝」シリーズや、全作が石井監督作品で短い期間に多く作られた「網走番外地」シリーズに対し、主に二人の監督により撮られたこのシリーズは、監督が入れ替わり立ち替わり撮ることで競争原理が働いて、シリーズの後半になってもダレることが無かったのではないかと思います。

 また、普通シリーズものが続けていくうちにダレてくるのは、マンネリ化やそれに伴う粗雑化のせいであったり、あるいはその逆の間違った方向転換のせいであったりするものですが、このシリーズも「日本侠客伝」シリーズと似ている点もあったりして、批評家からは早くからマンネリとの批判があったようです。ただ興行面では、観客が映画館に入り切らないといった盛況ぶりが毎回だったようです。そうした成功の要因を考えるに、マンネリ化を逆手に取って定型パターン化を武器にし、義理人情物語としての純粋性、様式美的な完成度を高めることにいずれの監督も注力したためではないかと思います。

 「日本侠客伝」シリーズが高倉健33歳の時の'64年に始まり、翌年には「網走番外地」シリーズと「昭和残侠伝」シリーズが始まり、各シリーズ年2本撮ったりすることもあって、高倉健はそこから5年間ぐらいは毎年10本以上映画出演していたことになります。しかもそのほとんどが主役。本人は、映画館に人が溢三島由紀夫  2.jpgれるのを見て、繰り返し量産されるワンパターンの作品でも観客が求めるならばと自らに言い聞かせて、同じような役どころを演じ続けたのだそうです(体力維持のため、ジムに通って筋力トレーニングに励み始めたのも各シリーズが始まったこの頃から)。因みに、あの三島由紀夫は、高倉や鶴田浩二主演の任侠映画を好み、特にこの「昭和残侠伝 死んで貰います」を高く評価していたとのことです。

1970(昭和45)年(三島由紀夫が亡くなる年)の雑誌「映画芸術」(「戦争映画とヤクザ映画」)での三島由紀夫と石堂淑朗の対談(一部抜粋)
編集部「「昭和残侠伝 死んで貰います」はどこがよかったのですか」
三島 「何よりも池部良が良かった。...他人のためにやっていることを、自分のこととしている...。なんと言うか、自分の中に消えていく小さな火をそっと大切にしているような、あの淋しさと暗さが何ともいえない。わかっているという感じだ。タンスにしまっておいた短刀出して、封印を指でブスリと切るところもすばらしかった」
「昭和残侠伝 死んで貰います」ぁ.jpg編集部「あそこは質屋から間に合わせにもってきたドスと対照的だったけれど、なんか健さんのほうが良かった」
三島 「あなたは武士じゃないんだ」
(中略)
三島 「うーん、ぼくはホモ的要素があるのかな、ホモじゃあないと思うけれど。最後に池部と高倉が目と目を見交わして、何の言葉もなく行くところなどをみると、胸がしめつけられてくる。キューッとなってくるんだ。日本文化の伝統を伝えるのは今ややくざ映画しかない」
石堂 「(略)礼儀作法をよく守る奴が結局人殺しをやる、これが泣かせるんですね」
(中略)
三島 「(略)あのラストの道行きだけあればいいんだよ。あとはいらない」
石堂 「(略)要するに同じパターンのくりかえしで、擬似神話の魅力ですね」

●「昭和残侠伝」シリーズ(全9作)一覧
第1作『昭和残侠伝』(1965年10月1日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:佐伯清、脚本:村尾昭、山本英明、松本功
 出演:高倉健、池部良、三田佳子、江原真二郎、松方弘樹、梅宮辰夫、他
第2作『昭和残侠伝 唐獅子牡丹』(1966年1月13日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:佐伯清、脚本:山本英明、松本功
 出演:高倉健、池部良、三田佳子、津川雅彦、三島ゆり子、芦田伸介、他
第3作『昭和残侠伝 一匹狼』(1966年7月9日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:佐伯清、脚本:松本功、山本英明
 出演:高倉健、池部良、藤純子、島田正吾、扇千景、他
第4作『昭和残侠伝 血染の唐獅子』(1967年7月8日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:マキノ雅弘、脚本:鈴木則文、鳥居元宏
 出演:高倉健、池部良、藤純子、津川雅彦、金子信雄、加藤嘉、他
第5作『昭和残侠伝 唐獅子仁義』(1969年3月6日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:マキノ雅弘、脚本:山本英明、松本功
 出演:高倉健、池部良、藤純子、待田京介、志村喬、他
第6作『昭和残侠伝 人斬り唐獅子』(1969年11月28日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:山下耕作、脚本:神波史男、長田紀生
 出演:高倉健、池部良、片岡千恵蔵、大木実、小山明子、他
第7作『昭和残侠伝 死んで貰います』(1970年9月22日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:マキノ雅弘、脚本:大和久守正
 出演:高倉健、池部良、藤純子、加藤嘉、中村竹弥、長門裕之、他
第8作『昭和残侠伝 吼えろ唐獅子』(1971年10月27日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:佐伯清、脚本:村尾昭
 出演:高倉健、池部良、鶴田浩二、松方弘樹、松原智恵子、他
第9作『昭和残侠伝 破れ傘』(1972年12月30日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:佐伯清、脚本:村尾昭
 出演:高倉健、池部良、鶴田浩二、星由里子、北島三郎、安藤昇、他

長門裕之(坂井(ひょっとこの松))/津川雅彦(書生節を歌う男)
「昭和残侠伝 死んで貰います」長門.jpg 「昭和残侠伝 死んで貰います」 津川雅彦2.jpg
加藤嘉(秀次郎の父・花田清吉)
「昭和残侠伝 死んで貰います」かとう.jpg
下沢広之(真田広之[当時9歳])(秀次郎の甥・花田康男)
「昭和残侠伝 死んで貰います」さなだ.jpg 「昭和残侠伝 死んで貰います」さなだ2.jpg 0真田広之.jpg 真田広之

「昭和残侠伝 死んで貰います」m1.gif「昭和残侠伝 死んで貰います」m2.jpg「昭和残侠伝 死んで貰います」●制作年:1970年●監督:マキノ雅弘●脚本:大和久守正●撮影:林七郎●音楽:菊池俊輔●時間:92 分●出演:高倉健/藤純子/加藤嘉/池部良/永原和子/荒木道子/山本麟一/津川雅彦/三島ゆり子/松原光二/永原和子/八代万智子/石井富子/高野真二/諸角啓二郎/赤木春恵/小倉康子/日尾孝司/下沢広之(真田広之)/永山一夫/南風夕子/「昭和残侠伝 死んで貰います」13.jpg小林稔侍/久地明/久保一/伊達弘/田甲一/土山登士幸/花田達/木川哲也/佐川二郎/山浦栄/畑中猛重/青木卓司/五野上力/高月忠/長門裕之●公開:1970/09●配給:東映●最初に観た場所:新宿昭和館(01-03-22)(評価:★★★★)●併映:「日本女侠伝 血斗乱れ花」(山下耕作)/「博徒対テキ屋」(小沢茂弘)
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今村「重喜劇」の代表作。大島渚の「太陽の墓場」と似た雰囲気を感じた。

「豚と軍艦」横1.jpg
日活100周年邦画クラシックス GREATシリーズ 豚と軍艦 HDリマスター版 [DVD]」長門裕之/吉村実子
「豚と軍艦」14.jpg 水兵相手のキャバレーが立ち並ぶ町の中心地ドブ板通り。周囲の活気をよそに。当局の取締りで根こそぎやられてしまったモグリ売春ハウスの連中、日森(三島雅夫)一家は青息吐息の状態。そこで一家は、豚肉の払底から大量の豚の飼育を考えついた。ハワイからきた崎山(山内明)が基地の残飯を提供するという耳よりな話もある。ゆすり、たかり、押し売りからスト破りまでやってのけて金をつくり、彼らの"日米畜産協会"もメドがつき始めた。そんな時、流れやくざの春駒(加原武門)がタカリに来た。応待に出た若頭で胃病もちの鉄次(丹波哲郎)の目が光る。叩き起されたチンピラの欣太(長門裕之)は春駒の死体を沖合まで捨てに行かされた。「欣太、万一の場合には代人に立つんだ。くせえ飯を食ってくりゃすぐ兄貴分だ」という星野(大坂志郎)の言葉に、単純な欣太はすぐその気になった。彼は恋人の春子(吉村実子)と暮したい気持でいっぱいなのだ。春子の家は、姉の弘美(中原早苗)のオンリー生活で左団扇だったが、彼女はこの町の醜さを憎悪し、欣太に地道に生きようと言っては喧嘩になった。ある夜、吐血して病院に担ぎこまれた鉄次がそのまま入院となり、日森一家の屋台骨はグラグラになる。会計係の星野が有り金を持って消え、崎山も前金を搾り取るとハワイに逃げてしまった。酷い胃癌で余命三日という診断結果を受けた鉄次は、自殺する勇気もなく、殺し屋のワン(城所英夫)に自分を殺してくれとすがりつく。だがこれは間違いで、鉄次は単なる胃潰瘍だった。鉄次は、間違いを喜ぶよりもワンに殺される恐怖に再び血を吐く。欣太と激しく口喧嘩をした春子は町に飛び出し、酔った水兵に嬲りものにされる。日森一家は組長の日森と、軍治(小沢昭一)・大八(加藤武)とに分裂、両者とも勝手に豚を売りとばそうと企み、軍治たちは夜にまぎれての運搬を欣太に命じた。欣太は豚を積み込む寸前に先回りした日森らに捕まってしまう。豚を乗せ走り出す日森のトラック群。それを追う軍治らのトラック。六分四分で手を打とうという日森だったが、欣太はもう騙されないと小型機関銃をぶっ放す。ドブ板通りには何百頭という豚の大群が溢れる―。

「豚と軍艦」poster.jpg「豚と軍艦」ny1.jpg 今村昌平監督の1961年公開作で、今村「重喜劇」の代表作とされる作品であり、1961年度・第14回「ブルーリボン賞(作品賞)」受賞作。マーティン・スコセッシ監督がこの映画を学生時代に観て「衝撃を受けた」と語っているという話は有名です。そう思うと確かに〈ピカレスクもの〉としては「グッドフェローズ」('90年/米)などに通じるところもあるし、一方、長門裕之(競演の南田洋子とはこの年に結婚)と吉村実子(今村昌平にスカウトされての映画初出演。「にっぽん昆虫記」にも出ている)のカップルはまさに「どぶの中の青春」という感じで(つまり〈青春もの〉でもある)、2012年に日活創立100周年記念として過去の日活映画を上映した「日活映画 100年の青春」企画でも、上映作品のラインアップにこの作品がありました。

「豚と軍艦」6.jpg 基本的にコメディですが普通のコメディと少し違い、「重喜劇」は単に重いのではなく、軽快な喜劇の逆であるということ、つまり「鈍重な喜劇」だということだそうです。豚を巡るブラックユーモアは、そのまま戦後日本の状況的な寓意になっていて、「米軍基地から出る残飯でやくざが豚を飼い、大儲けをたくらむ」という簡単なプロットから、戦後世界の中で軍艦(軍事的身分)を保持できなかった日本人が、豚(寄生的な家畜)として生きる姿を描いているともとれます。
  
小沢昭一/加藤武/長門裕之/丹波哲郎/大坂志郎
「豚と軍艦」ierba.jpg 神経を逆撫でするギャグが頻出し、丸焼きにした豚の肉片から人の入れ歯が見つかり、ヤクザの一人(加藤武)が殺害したお尋ね者の死体を土に埋めずに豚の餌の中に混ぜ込んだと言うと、鉄次(丹波哲郎)ら一同が嘔吐するといった場面と「豚と軍艦」丹波哲郎 j.jpgか、また、鉄次が、末期ガンで三日と持たないと伝えられ、発作的に鉄道自殺を企てるも直前で思い止まり、列車をやり過ごした直後にしがみついていたのが生命保険の看板だったとか―(だいたい強面な役が多い丹波哲郎が、ここではドスを効かせながらも喜劇的な部分をかなり担っているのが興味深く、この点も「重喜劇」故か?)。

 個人的には、前年公開の大島渚監督の「太陽の墓場」('60年/松竹)と似た雰囲気を感じました。「太陽の墓場」は大阪(西成地区か)が舞台で、主人公のチンピラ役は川津祐介で、愚連隊の会長役は長門裕之の弟・津川雅彦でした。皆が殺し合って、最後に残ったのは炎加世子演じるヒロインでしたが、この「豚と軍艦」でも、ラストの狂騒の中、警官に撃たれた欣太は路地裏でひっそり命を落とし、数日後、一人になった春子は未来を見据えて堂々と家を出ていきます。どちらの映画の女性も強い―。誰か、「太陽の墓場」と「豚と軍艦」を比較して論じている人はいないのかなあ。

「豚と軍艦」yokosuka.jpg 何年か前に横須賀に行って横須賀本港と、海上自衛隊の司令部がある長浦港をめぐり、日米の艦船を見学するクルージングツアーに参加しました。艦船の中にイージス艦2隻が泊まっていましたが、2隻で計約5000億円するそうな。新国立競技場の 建設「豚と軍艦」m.jpg費用が約1600億円だから、1隻の費用だけで新国立競技場の建設費を上回ることになります。ほかに「豚と軍艦」cb.jpgも猿島や三笠公園、海軍カレーの店などに行ったりし、「どぶ板通り商店街」も行ったはずですが、なぜかあまり印象に残らなかったです(観光スポット化して小ざっぱりしすぎていた?)。

「豚と軍艦」●制作年:1961年●監督:今村昌平●製作:大塚和●脚本:山内久「豚と軍艦」ny2.jpg●撮影:姫田真佐久●音楽:黛敏郎●時間:108 分●出演:長門裕之/吉村実子/三島雅夫/丹波哲郎/大坂志郎/加藤武/小沢昭一/南田洋子/佐藤英夫/東野英治郎/山内明/中原早苗/菅井きん/加原武門/青木富夫/西村晃/ 初井言栄/高原駿雄/神戸瓢介/矢頭健男/殿山泰司/城所英夫/武智豊子/河上信夫/玉村駿太郎/中川一二三/福田文子/奈良岡朋子●公開:1961/01●配給:日活●最初に観た場所(再見):シネマブルースタジオ(22-06-14)(評価:★★★★)

吉村実子/長門裕之

「吉村実子.jpg

「豚と軍艦」奈良岡.jpg 奈良岡朋子(ホテル「チェリィ」の女将)

Yokosuka Dobuita Street(© 2022 TripAdvisor LLC Todos los derechos reservados.)
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作者の自伝的長編青春漫画、かつ「劇画」名付け親による「劇画」誕生秘話。面白い。

劇画漂流.jpg劇画漂流  上.jpg 劇画漂流下.jpg 
劇画漂流 上巻』『劇画漂流 下巻

劇画漂流 [文庫版] コミック 全2巻 完結セット
劇画漂流 [文庫版] コミック 全2巻 完結セット.jpg辰巳ヨシヒロ.jpg 2009(平成21)年・第13回「手塚治虫文化賞大賞」を受賞した辰巳ヨシヒロ(1935-2015/79歳没)の自伝的青春漫画作品で、1995(平成7)年から「まんだらけ」のカタログ誌『まんだらけマンガ目録』の8号から22号まで15話連載され、1998(平成10)年からは新創刊された『まんだらけZENBU』が掲載誌となり、2006(平成18)年に33号で打ち切られ、全48話で連載終了しています(何れも季刊誌で発表され12年にわたる連載だった)。
  
TATSUMI―マンガに革命を起こした男.jpg 「まんだらけ」の編集者で、当時59歳の作者に「劇画」の歴史のようなものを描き残さないかと提案した浅川満寛(1965年生まれ。早稲田大学で美術史を専攻、卒論は「初期つげ義春論」)が、連載中に「まんだらけ」から青林工藝社に移ったこともあり、本書は青林工藝社から刊行されています(後に英語版やスペイン語版も刊行され、2010年度アイズナー賞最優秀アジア作品賞(最優秀実話作品賞)、第39回アングレーム国際漫画祭世界の視点賞受賞。この作品をもとにしたエリック・クー監督による映画「TATUMI―マンガに革命を起こした男」('14年/シンガポール)は、第64回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」正式出品となった)。
TATSUMI マンガに革命を起こした男 [DVD]

 兄の桜井昌一とともに漫画家を目指す幼少期から始まり、自身の作風を従来の「漫画」と区別するために誕生した「劇画」(辰巳ヨシヒロがその名付け親ということになる)、および「劇画工房」の設立、その後の活動を描いた長編青春漫画です。戦後間もない1948(昭和23)年から始って1960(昭和35)年の安保闘争の時代までを描いたところで終了しています。

 作中では辰巳ヨシヒロは勝見ヒロシ、兄の桜井昌一も本名の辰巳義興ではなく勝見興昌として登場していますが、他の漫画家や出版関係者らは基本的に実名で登場しており、「劇画」誕生秘話として記録的要素の濃い内容となっていますが、事実であるだけに興味深く、また面白く読めます。

劇画漂流 1.jpg 売れるまでは出版社に作品を持ち込んでは断られ、やはり漫画家の世界は競争が激しいなあと思わされましたが、少し売れるようになってくると、今度は最初の方で世話になった出版社ではなくよその出版社のために書くと、前の出版社から圧力がかかるなど、これはこれで大変そう。

 後半は、その所謂かつて世話になった出版社で、辰巳ヨシヒロ自身も短編集『影』の編集長を務めた「八興・日の丸文庫」の山田兄弟と、元日の丸文庫の顧問で「劇画工房」の主要メンバーだった辰巳ヨシヒロ、松本正彦、さいとう・たかを囲い込んで、名古屋の出版社「セントラル文庫」の漫画家兼編集者として短編集『街』を編集した久呂田まさみとの『影』vs. 『街』の"仁義なき戦い"が描かれています。

 本書にもあるように、山田社長と敵対していた久呂田は、日の丸文庫から辰巳らを切り離すため、セントラル文庫の社長に3人を上京させることを提案し、渡された資金を全部飲み代として使い込んでしまう(酒に逃避する性癖だったようだ。酒癖も悪く、酔った席で態度が横柄なさいとう・たかををぶん殴ったりしたそうだ)等の紆余曲折を経て、東京都国分寺市のアパートに居を構えます。これにより、国分寺市は後に多数の劇画漫画家が集まり劇画文化の中心地になりますが、藤子不二雄の『まんが道』(まんがみち)や石ノ森章太郎の『章説 トキワ荘の青春』、映画「トキワ荘の青春」('96年)にも描かれた豊島区椎名町の「トキワ荘」と同時期に、都内の別のところに新進漫画家の拠点があったことはあまり知られていないかもしれません。

 やや中途半端で終わった感じがなくもなく、作者はこの後、自ら貸本マンガの出版に乗り出した勝見ヒロの孤軍奮闘と、つげ義春らとの交流、そして貸本出版界が滅んでいくまでを描きたかったようですが、あとがきによると「まんだらけ」の都合で果たせなかったとあります。この作品で「劇画工房」のメンバーだったさいとう・たかをのことはよく描かれていますが、つげ義春は、トキワ荘をふらっと訪ねる1場面があるだけです。

 因みに、「劇画工房」の当初メンバーは辰巳ヨシヒロ、石川フミヤス、K・元美津、桜井昌一、山森ススム、佐藤まさあき。後にさいとう・たかを、松本正彦も参加しています。K・元美津は1996年没。辰巳の兄・桜井昌一は2003年没で、辰巳はこの作品を桜井へのレクイエムであるとしています。佐藤まさあきは2004年没。松本正彦は2005年没で、「劇画」ではなく「駒画」を創立し、「劇画工房」を去った彼でしたが、その保管していた文書や手紙が本書に多く転載されていて、本書の記録的価値を高めています。

 本書刊行後、石川フミヤスが2014年に亡くなり、そして作者・辰巳ヨシヒロが2015年に、さらにはさいとう・たかをが昨年['21年]亡くなっていて、寂しい限りです。でも、そうした当時のことを訊くことができる人がいなくなっている分だけ本書の価値があると言えるかもしれません。

 因みに、個人的には、辰巳ヨシヒロは自分の卒業高校の大先輩にあたります。

【2013年文庫化[講談社漫画文庫(上・下)]】

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記念すべき第1話は2つの事件を扱う拡大版。第2話でいきなり変化球。

名探偵モンク d1.jpg 「狙われた市長候補」1.jpg 「第一発見者は超能力者」11.jpg
名探偵モンク シーズン1 バリューパック [DVD]」第1話「狙われた市長候補」"Mr. Monk and the Candidate"/第2話「第一発見者は超能力者」"Mr. Monk and the Psychic"
第1話「狙われた市長候補」
「狙われた市長候補」21.jpg サンフランシスコ市警の名刑事だったモンクは、ある事件以来、極度の神経症のため3年間の休職を余儀なくされながらも、犯罪コンサルタントとして怪事件の解決に貢献していた。ある日、サンタクララで起きた女性の殺人事件のコンサルタントを頼まれたモンクは、シャローナと一緒に犯罪現場を訪れ、犯人の特徴を言い当てる。その後自宅に戻ってきたモンクだが、サンフランシスコ市長選挙の候補者の一人ワレン(マイケル・ホーガン)が演説中に暗殺未遂に遭い、ボディガードが殺される。事態を重く見た助役から捜査の協力を頼まれ―。

 「狙われた市長候補」は、2002年7月スタートのシーズン1(全13話)(日本ではNHK-BS2で2004年3月からレギュラー放送を開始したが、シーズン1については2003年6月から「モンク」のタイトルでビデオレンタルとしてVol.1〜6(全13話)が出されていた)の記念すべき第1話であり、前後編から成る拡大版で、内容的にも2つの事件を扱うものになっています。

「狙われた市長候補」3.jpg この頃は、モンクが警察官への復職を強く望み、一方で元上司のストットルマイヤー警部や元同僚のディッシャー警部補はモンクの異常な潔癖ぶりに彼をややお荷物のように感じている面もあった感じです。モンクは、そうして元上司・同僚に疎まれながらも難事件・怪事件を解決していくというパターンが主でしたが、やがてストットルマイヤー警部などはだんだんモンクを頼りにするようになっています。

 市長選挙の候補者暗殺未遂事件の謎解きが見事です。関係者を調べていくと暗殺者を雇って流れ弾で護衛の方を殺したのではないかと考え、事件時にビル街にも関わらず発砲音のあった方向から狙撃手のいた場所を言い当てた選挙参謀がどうやら怪しいと―。結局、モンクはこの事件を解決して、以来、市長から直接指名で事件捜査に当たるよう要請があったりするようになったわけです。

第2話「第一発見者は超能力者」
「第一発見者は超能力者」21.png 警察本部長のアシュコム(ジョン・ブルジョワ)の妻、キャサリンが行方不明に。アシュコムは記者会見を開き、妻に呼びかける。モンクはトゥルーディのことを思い出し、捜査の解決に協力を申し出る。ところがその後、事件は急展開を迎える。霊能者のドリー(リンダ・キャッシュ)がある朝目を覚ますとがけの下におり、そこにはキャサリン・アシュコムの死体が。ドリーはキャサリンの霊に招かれたと言うが、モンクは到底信じることができない。やがてモンクはアシュコムが犯人だと確信するが、一体なぜドリーが第一目撃者に選ばれ、そして何のために夫人は殺されたのか?

 「第一発見者は超能力者」は、シーズン1第2話にしてかなりコメディ的要素が強まった印象です。でも、ミステリとしてもまずまずでした。犯人が夫で市警本部長アシュコムであることも、妻を殺害する手口も冒頭から明かされていて、本題となる謎は、どのような理由で死体発見の霊能力者を絡ませたかということでした。

「第一発見者は超能力者」31.jpg モンクならずともドリーの霊能力なるものがインチキだとは誰もが思うわけですが(シャロローナは信じている風。過去に実績もあったというが偶然か)、彼女がどうして死体の第一発見者になり得たのかが(これが事件解決のカギになるわけだが)どうしても分かりませんでした。

 結局、犯人は彼女の霊能者としてもっともらしく振舞う性質を利用したわけで、ただ、死体発見後の彼女のどや顔的な振る舞いはともかく、犯人が彼女を現場に導くまでが計画犯罪としてはかなり不確定要素が大きいようにも思いました。

 最後、ドリーも超能力なんてデタラメだと自ら告白し、捜査に協力するのが可笑しいです。悪い人じゃないということですね。「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」と同じく倒叙ミステリーでしたが、これはシリーズ全体の中では少数派であり、ある意味、第2話にしていきなり変化球できたとも言えるかと思います。

「狙われた市長候補」41.png「名探偵モンク(第1話)/狙われた市長候補」(Season1 | Episode 1・2)●原題:Mr.MONK and the CANDIDATE●制作年:2002年●制作国:アメリカ●本国放映:2002/07/12●監督:ディーン・パリソット●脚本:アンディ・ブレックマン●時間:86分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)マイケル・ホーガン/ベン・バス●日本放映:2004/03/30●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)
   
「第一発見者は超能力者」41.jpg「名探偵モンク(第2話)/第一発見者は超能力者」(Season 1 | Episode 3)●原題:Mr.MONK and the PSYCHIC●制作年:2002年●制作国:アメリカ●本国放映:2002/07/19●監督:ケビン・インチ●脚本:ジョン・ロマノ●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)リンダ・キャッシュ/ジョン・ブルジョワ●日本放映:2004/04/06●放送:NHK-BS2(評価:★★★☆)

●「名探偵モンク」エピソード別IMDbレーティング(評価)
「名探偵モンク」エピソード別IMDb.jpg

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TVシーリーズの中でベストエピソードとする人も多い作品。

「ソア橋のなぞ」d1.jpg「ソア橋のなぞ」d2.jpg 「ソア橋のなぞ」1.jpg
シャーロック・ホームズの冒険 完全版 Vol.16 [DVD]」「シャーロック・ホームズの冒険 レディー・フランシスの失踪/ソア橋のなぞ(英日対訳ブック 特典DVD付き)

「ソア橋のまぞ」8.jpg 金鉱王として有名な大富豪ギブソン(ダニエル・マッセイ)の妻マリア(セリア・グレゴリー)が射殺体となってソア橋の上で発見され、当家の家庭教師でグレース(キャサリン・ラッセル)という女性が逮捕される。夫人は頭を撃たれており、凶器と思われる銃がグレースの部屋から見つかったのだ。だがギブソンは彼女の無実を主張。証拠品やアリバイから、嫉妬を買ったダンバー嬢がマリアと揉み合っているうちの悲劇とも考えられたが、本人はそれをも否認。一方、ギブスンが潔白を主張する理由は、彼が好意を示した際に慈善に動くよう諭されたダンバー嬢の人柄だという。絞首刑の危機が迫るグレースを救うため、ホームズ(ジェレミー・ブレット)は捜査に乗り出す―。 

 英国グラナダTV(ITV)製作、ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett、1933-1995)主演の「シャーロック・ホームズの冒険」(1984~1994、全41話)の第28話で、本国では1991年2月28日に放映、日本では第29話として1991年8月28日に放送されました。アーサー・コナン・ドイルの原作は、1922年に発表され、1927年発行の第5短編集『シャーロック・ホームズの事件簿』(The Case-Book of Sherlock Holmes) に収録されています(原題:he Problem of Thor Bridge)。

 ストーリーはおおよそ原作通りですが、ギブソンがベーカー街のアパートに戻ってしまい事件の事情を話さないことが大きな違いです(ギブスンは馬車ではなく運転手付きのT型フォードを移動手段として用いている)。結局、ギブソンがホームズに事情を話したのは自身の屋敷の敷地内「ソア橋のなぞ」あ.jpgで、なぜかアーチェリーをしながらでした。このアーチェリーの場面(ホームズも弓を引く)は原作にはありません。ただ、ギブスンがホームズに依頼しておきながら、捜査に非協力的なのは原作と同じです(家庭教師を愛してしまったことへの衒いがあるのか)。

 トリックは分かってみれば単純なのですが、マリアが自らの命を絶たってまでもダンバー嬢に報復しようしたのは、彼女もまた夫を愛していたからであり、これを行き過ぎた愛情と呼ぶべきか、それとも、夫の愛を失った女性の悲劇と見るべきか、何れにせよ彼女の激情的な気質が原因です(だからこそ夫の心が離れていったのだと思うが)。

 こうした哀しい人間ドラマがバックボーンにあり、トリックも単純とは言えまさか自殺とは考えつかないため、TVシーリーズの中でベストエピソードとする人も多い作品です(野外ロケが多く、イギリスの田舎の美しさを満喫できるのもいい)。一応、ギブスンは嫌疑の晴れたグレースと結ばれることになる結末ですが、手放しでハッピーエンドと喜んでもおられないのでは。

 因みに、ここからはネタばれになりますが、凶器のピストルに紐で重りを結びつけ、その重りでピストルを引っ張ることで現場から凶器を移動させ隠すことにより、自殺を他殺に見せかけるというこの短編のトリックには、モデルとなった実際の事件があり、それは、「ヨーロッパにおける犯罪学の創始者」といわれるハンス・グロスの著書に記されている事件だそうです。

 この実際の事件は、ある早朝にドイツ人の穀物商が、橋の上で頭をピストルで撃たれ死亡しているのが発見されたことに始まり、凶器のピストルは現場に見当たらず、当初は強盗による殺人事件と考えられ、付近にいた浮浪者が一人、容疑者として拘束されました。しかし、予審判事が死体の側の欄干に新しい不審な傷があるのを発見したことから、橋の下の水中を浚ってみることになり、その結果、水中から紐で結ばれたピストルと石が引き上げられました。鑑定の結果、穀物商の頭部に残されていた弾丸はこのピストルで撃ったものだと確認され、最終的には、困窮していた穀物商が高額の保険金を目当てに自殺したのだと結論づけられたとのことです。

 多分、コナン・ドイルはこの事件を参考したのだと思いますが、自殺では家族へ保険金が支払われないため、強盗に襲われたように偽装したと考えられる実際の事件を、愛憎の縺れに起因する事件に置き換えたところに巧さを感じます。

「ソア橋のなぞ」s.jpg「シャーロック・ホームズの冒険(第28話)/ソア橋のなぞ」●原題:THE ADVENTURE OF SHERLOCK HOLMES: THE PROBLEM OF THOR BRIDGE●制作年:1991年●制作国:イギリス●本国放映:1991/02/28●監督:マイケル・シンプスン●脚色:ジェレミー・ポール●原作:アーサー・コナン・ドイル●時間:48分●出演:ジェレミー・ブレット/エドワード・ハードウィック/ダニエル・マッセイ/キャサリン・ラッセル/セリア・グレゴリー●日本放映:1991/08/28 (NHK)(評価:★★★★)
 

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裏切られた中年女性の怨念と復讐。結構ホラーだった(笑)。

『影の車』1.jpg『影の車』2.jpg 「鉢植を買う女」1.gif 「鉢植を買う女」余泉.gif.jpg
影の車 (1961年)』『影の車: 松本清張プレミアム・ミステリー (光文社文庫プレミアム)
「松本清張特別企画・鉢植を買う女」['11年/テレビ東京]余貴美子・泉ピン子

 上浜楢江は精密機械会社に勤めているが、女性社員としては最年長となっていた。不器量の彼女は、美しい同僚2人が若い社員からもてるのをよそに、恋愛の対象から除外されていた。楢江は美人の同僚に言い寄る男たちの言葉に次第に耳をふさぐようになり、懸命に仕事に精を出した。結婚に諦めを持つようになった彼女には、金さえあれば、いかなる不幸も、ある程度は防げるように思われた。やがて楢江はかなりの金を貯め、金銭的に苦しむ社員に対して、金貸しを始める。会計課の杉浦淳一も楢江から金を借りる常連となった。返済が溜り、利子も払えなくなった杉浦は、それを棒引きさせるため、楢江を陥れることを思い立つ―。

 先に取り上げた「潜在光景」同様、松本清張の「婦人公論」1961(昭和36)年1月号から8月号まで連載され、同年8月、中央公論社より単行本が刊行された連作短編『影の車』の内の1つ(「婦人公論」1961年7月号発表)。

 杉浦は会社から800万円を横領し、彼が計略的に自分の愛人とし上浜楢江のところに転がり込みますが、自分を利用するだけ利用してポイ捨てしようとしている男に、この独身中年女性は復讐する―。結構ホラーだったなあ(笑)。松本清張の作品には、こうした裏切られた女性の怨念を描いたものが多いですが、これはその典型です。蓄財してアパート経営するのが夢が唯一の夢になってしまった女性の姿が哀しいですが、でも、彼女は結果的には"完全犯罪"を成し遂げてしまっている!(彼女にとってはハッピーエンド?)。

 この作品はこれまでに以下3回ドラマ化されています。

 ・1962年「黒の組曲・鉢植を買う女」(NHK) 中北千枝子・近藤洋介
 ・1966年「松本清張シリーズ・鉢植を買う女」(関西テレビ・フジテレビ) 根岸明美・寺島達夫
 ・1993年「松本清張スペシャル・鉢植を買う女」(テレビ朝日)池上季実子・布施博
 ・2011年「松本清張特別企画・鉢植を買う女」(テレビ東京)余貴美子・泉ピン子・田中哲司

「鉢植を買う女」余.gif.jpg「鉢植を買う女」2.jpg この内、2011年にテレビ東京系列の「水曜ミステリー9」枠で放映された余貴美子版を観ました。中堅精密機械メーカーに30年勤める独身OLの上浜楢江を余貴美子が演じていますが、口うるさい性格で社内で疎まれているものの、原作のように社内で完全に孤立しているのではなく、泉ピン子が演じ社員食堂の従業員・岸田茂子とは比較的何でも話す間柄です。

「鉢植を買う女」5.jpg「鉢植を買う女」3.jpg 実は、(原作には無い)この岸田茂子は、以前は社内で個人的に金を貸し、その利子で密かに金を稼いでいたのが、今は楢江がそれをやっている(つまり、茂子から客を奪った)ということで、この二人の微妙な関係の変化が、事件解決の鍵を握ることになり、ドラマ版では(ありがちだが)完全犯罪は成立せず、最後は茂子が楢江に、男性に恋心を抱いたのがその失敗の原因だったというような諭し方をするところで終わっていたのではないかと思います。

「鉢植を買う女」佐藤.jpg 原作では、茂子がどうやって犯行後に死体を隠したのか推察させるつくりになっていて、最後の、彼女がアパートを建てる花壇の土には「動物性の脂が十分に滲みこんでいた」というのが不気味ですが、ドラマでは、土一杯のガス風呂の木桶が出てくるので何だかリアル。佐藤二朗演じる刑事が家宅捜索して、木桶の蓋を開けるところでヒヤッとさせますが、その時にはすでに死体は別所に移し終えていて...(木桶の内側が綺麗すぎるのが不自然だが)。

 彼女が会社に留まっているのは、男性社員と定年年齢が同じだからで、それは今なら当たり前のことのようですが、実は彼女が入社した終戦直前は世間一般に男女で定年年齢の差が無かったのが、その後、例えばこの作品の会社で言えば昭和25,6年から男性と女性で定年格差を設けたとなっており、この後、世間一般にも男性と女性で定年格差のある時代が長く続くわけです。そうなる前に18歳で入社し、昭和25年には23歳になっていた主人公には、改定後のルールが適用されないということだったのです(結果として主人公は、全社で3人しかいない中年女性社員の一人となる)。

 それから、彼女は自宅の風呂が使えなくって(なぜ使えなくなったのがこの作品のヤマなのだが)「会社の風呂」を使うようになったとありますが、かつてはメーカーなどであれば会社や工場の敷地内に風呂があるのが当たり前だったということです。風呂どころか、診療所や娯楽施設、集会場、公園などもあったりするというのがごく普通に見られたのではないでようか。こうした手厚い福利厚生は今では考えれないなあと、ふと思ったりしました。

「鉢植を買う女」松村.jpg「鉢植を買う女」t.jpg「松本清張特別企画・鉢植を買う女」●制作年:2011年●監督:大岡進●脚本:西岡琢也●選曲:御園雅也●原作:松本清張●出演:余貴美子/泉ピン子 /田中哲司/筒井真理子/佐藤二朗/佐々木すみ江/マギー/山口翔悟 /渡辺いっけい/津村鷹志/池田道枝/松村邦洋/加藤虎ノ介●放映:2011/11/09(全1回)●放送局:テレビ東京
松村邦洋(花屋の店主)

【1973年文庫化[中公文庫]/1983年再文庫化[角川文庫]/2018年再文庫化[光文社文庫(松本清張プレミアム・ミステリー)]】

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再会した女性に溺れると同時に、彼女の幼い息子の不信な目に怯える主人公の心理。

『影の車』1.jpg『潜在光景』.png 『潜在光景』2.jpg 『影の車』2.jpg 「影の車」ドラマ.jpg
影の車 (1961年)』『潜在光景―恐怖短編集 (角川ホラー文庫)』『潜在光景 (角川文庫) 』『影の車: 松本清張プレミアム・ミステリー (光文社文庫プレミアム) 』「影の車」['01年/TBS]風間杜夫・原田美枝子

 都心から80分ばかりかかる住宅地に住む浜島幸雄は、会社帰りのバスの中で、小磯泰子から声をかけられ、学生時代以来の再会をする。1週間後、再びバスの中で遭遇した泰子は、家に立ち寄るよう勧めた。思い切ってバスを降りた浜島は、泰子が夫を失い、保険の集金の仕事をしながら、6歳の健一という名前の息子と二人で暮らしているのを知る。泰子の態度に、妻には見られないやさしさを感じる浜島。他方、浜島の妻は、それほど温かい気持ちの女ではなく、家の中は索漠としていた。浜島と泰子の間は急速に進み、二人は結ばれる。少ない収入にもかかわらず、浜島に心から仕える泰子。しかし、息子の健一はひどく人見知りし、一向に浜島に馴れない。泰子と話をしていても、健一の存在が煙たく、気持ちにひっかかってくる浜島。浜島はふと、自分の小さいときの記憶を途切れ途切れに思い出すようになったが、その記憶に潜在する光景が、現在の浜島に思わぬ影をもたらす―。

 松本清張の「婦人公論」1961(昭和36)年1月号から8月号まで連載され、同年8月、中央公論社より単行本が刊行された連作短編『影の車』の内の1つ(「婦人公論」1961年4月号発表)。

 20年ぶりに再会した泰子に溺れていくと同時に、彼女の幼い息子の不信な目に怯える主人公の心理がよく描かれていて、最後の幼い頃に自らの犯した行動への罪の意識ともうまく重なっているように思いました。因果は巡る、って感じでしょうか。少年の殺意というモチーフは「天城越え」などにもありました。

『影の車』.jpg この作品は、野村芳太郎監督、橋本忍脚本、加藤剛(浜島幸雄)・岩下志麻(小磯泰子)・小川真由美(浜島啓子)主演で「影の車」('70 年/松竹)として映画化されているほか、これまでに以下3回ドラマ化されています。

野村 芳太郎 「影の車」(1970/06 松竹)★★★★

 ・1971年「影の車」(フジテレビ)日色ともゑ・園井啓介・岡本久人・橋爪功
 ・1988年「松本清張サスペンス・潜在光景」(関テレ・フジテレビ) 水谷豊・大谷直子
 ・2001年「松本清張特別企画・影の車」(TBS)風間杜夫・原田美枝子・浅田美代子   
      
「影の車」ドラマ2.jpg このうち、2001年の風間杜夫版を観ました(脚本は橋本忍の娘・橋本綾)。原田美枝子が演じる小磯泰子は、保険の集金人から臨時雇いの看護師に変更されていて、風間杜夫が演じる主人公の浜島幸雄の方が、大手保険会社の管理職になっているほか、浅田美代子が演じる浜島の妻・啓子は、毎週土曜日に自宅で近所の主婦を集めてフラワーアレンジメントの教室を開いているという設定になっています(したがって、もともと土曜日は主人公は自宅から締め出される習慣があり、これが泰子との逢瀬には好都合になるいう設定は巧い)。

「影の車」ドラマ3.jpg 風間杜夫(1949年生まれ・当時51歳)はこうした役が似合っている俳優に思えましたが、それ以上に小磯泰子を演じた原田美枝子(1958年生まれ・当時42歳)が母として女としての情感を滲み出させていて流石です(原田美枝子はこの演技で第38回TBS「ギャラクシー賞奨励賞(テレビ部門)」受賞)。次女の石橋静河がちょうど6歳ころの出演作になるなあ。浅田美代子(1956年生まれ・当時44歳)の演技もまずまず。この人は大成しないかと思いましたが、結構息の長い女優になりました。
  
『影の車』d.jpg「松本清張特別企画・影の車」●制作年:2001年●監督:堀川とんこう●脚本:橋本綾●音楽:川崎真弘●原作:松本清張●出演:風間杜夫/原田美枝子/片岡鶴太郎/浅田美代子/村田雄浩/石野真子/友里千賀子/螢雪次朗/川俣しのぶ/大塚良重●放映:2001/02/19(全1回)●放送局:TBS

【1973年文庫化[中公文庫]/1983年再文庫化[角川文庫]/2018年再文庫化[光文社文庫(松本清張プレミアム・ミステリー)]】

《読書MEMO》
●『影の車』連載時ラインアップ
『確証』(婦人公論・1961年1月号)
『万葉翡翠』(婦人公論・1961年2月号)
『薄化粧の男』(婦人公論・1961年3月号)
『潜在光景』(婦人公論・1961年4月号)
『典雅な姉弟』(婦人公論・1961年5月号)
『田舎医師』(婦人公論・1961年6月号)
鉢植を買う女』(婦人公論・1961年7月号)
『突風』(婦人公論・1961年8月号)...... 単行本化時に除外された作品。

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青春の只中にいる人間の、強く生きようとする意志が伝わってくる気がした。

DSCN1540.JPG草の響き dvd.jpg
きみの鳥はうたえる (河出文庫) 』「草の響き[DVD]」東出昌大/奈緒/大東駿介

 印刷所で働く青年「彼」は、ある日自律神経失調症と診断され、精神科医の勧めで毎晩のランニングを始める。仕事を休み、毎日同じ場所を黙々と走り続ける男。そんな中、プールで「太い健康な声」の持ち主の高校教師の研二と知り合い、さらに青年のジョギングに暴走族のリーダー格の青年「ノッポ」が並走するようになる―。

 自死した函館出身の作家・佐藤泰志(1949-1990/享年41)の初期作品で、雑誌「文藝」の1979(昭和54)年7月号に発表されたもの。単行本及び文庫本併録の「きみの鳥はうたえる」よりさらに2年前の作品になります。「きみの鳥はうたえる」は文庫で160ページほどですが、こちらは60ページほどの中編となります。

 年譜によると、作者は、1977年、28歳の時に自律神経失調症の診断を受け、以後、その死までずっと精神安定剤を服用していたとのこと。また、療法としてのエアロビクスやランニングを始め、1日10キロ以上走ったとのことです。また、この2年前に印刷所に勤め、ランニングを始めて数か月後にには物語の主人公と同様に大学生協に調理員として勤め始めているので、自分の経験が作品のベースとしてかなりあると思われます。

 主人公は、「どうしてあんなにも心はひ弱いのか」と嘆く一方で、ストイックなまでに走り続けますが、走ることそのものの理由については作中でそれほど説明されているわけでもなく、その辺りが却っていいように思いました(そう言えば「きみの鳥はうたえる」でも "敢えて"かどうか分からないが、自分の恋人を友人に譲る主人公の心情を説明していなかった)。

 文庫解説の井坂洋子氏も述べているように、主人公は、やりたいようにやるだけと言いながら、「目的」のようなもの、手応えのようなものをどこかで求めているのかもしれません。青春の只中にいる人間の、強く生きようとする意志が伝わってくる気がしました。

 一時期、全作品が絶版となっていた作者ですが、『海炭市叙景』('91年)が函館にあるミニシアター「シネマアイリス」支配人の菅原和博氏が映画化を実現したのを契機に、その後「そこのみにて光輝く」「オーバー・フェンス」「きみの鳥はうたえる」と映画化され、この「草の響き」も、作者の没後30周年に当たる2020年に映画製作が発表され、同年11月にクランクインし、全編函館ロケで撮影が行われ、昨年['21年]10月に公開されています(5度目の映画化って結構スゴイことではないか)。

「草の響き」●制作年:2021年●監督:斎藤久志●製作:菅原和博/鈴木ゆたか●脚本:加瀬仁美●撮影:石井勲●音楽:佐藤洋介●原作:佐藤泰志●時間:116分●出演:東出昌大/奈緒/大東駿介/Kaya/林裕太/三根有葵/利重剛/クノ真季子/室井滋●公開:2021/10●配給:コピアポア・フィルム+函館シネマアイリス(評価:)

【2011年文庫化[河出文庫]】

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いい作品(と言うか、好みの作品)。芥川賞を受賞していたら、と考えてしまう。

きみの鳥はうたえる.jpgきみの鳥はうたえる (河出文庫).jpg  きみの鳥はうたえる ps.jpg
きみの鳥はうたえる』『きみの鳥はうたえる (河出文庫) 』/映画「きみの鳥はうたえる」(2018)柄本佑/石橋静河/染谷将太
『きみの鳥はうたえる』1982.jpg 1981(昭和56)年下期・第85回「芥川賞」候補作。

 冷凍倉庫のアルバイトで知り合った僕と静雄。2人は意気投合し共同生活を始める。静雄の数少ない持ち物の中にはレコードもあり、それは全てビートルズのものだった。部屋にはレコードプレイヤーが無く、2人で飲んだ時に静雄はビートルズの「And Your Bird Can Sing」を歌ってくれた。その後、僕は東京郊外の国立にある書店で働き始め、そこで一緒に働く佐知子とやがて恋仲となり、静雄との生活に佐知子も加わり、3人で夜通し飲み明かす生活が始まる。楽しくも切ない3人の夏のひとときが過ぎようとしていく―。

 佐藤泰志(1949-1990/41歳没)の雑誌「文藝」の1981(昭和56)年9月号に発表された最初の芥川賞候補作で、その後も4作品が芥川賞候補作(第88・89・90・93回)となりますが、結局何れも受賞に至りませんせした。その中でも、この作品は惜しかったような気がします。選考委員の中では丸谷才一の「これは青春の哀れさと馬鹿ばかしさという、もうすっかり陳腐なものになってしまった主題、いや、文学永遠の主題の一つを扱ったもので、かなり読ませる。特にいいのは若者たちに寄り添いながら、しかしいつも距離を取っていることである」というのが、最も推している評になるでしょうか。

 21歳の若者男女3人の三角関係を描いていて、作者と同世代作家である村上春樹の初期作品なども想起しましたが(ビートルズの曲からタイトルをとっているのは『ノルウェイの森」』('87年)よりこちらが先)、いちばん雰囲気的に近いのは、作者自身の後の作品『そこのみにて光輝く』だったでしょうか。これも、第2回「三島由紀夫賞」(1988(昭和63)年度)、第11回「野間文芸新人賞」(1989(平成元)年)の候補作でした。そう言えば、村上春樹も2度「芥川賞」候補になっていますが(第81・83回)、結局受賞していません(「野間文芸新人賞」は2度候補になって(第1・2回)、3回目『羊をめぐる冒険』で受賞している)。

 この「きみの鳥はうたえる」という作品の最も不思議なところは、主人公が静雄に恋人である佐知子を譲っているように見えるところで、作品の中ではその理由を解き明かしていない点です。これは、いろいろな見方があると思いますが、個人的には、主人公は佐和子を通じて静雄と繋がっていたいと思っていて、自分が佐和子を独占するよりはその方が主人公にとっては心地良い状態だったのではないかという気がしました。実際、「そのうち僕は佐知子をとおして新しく静雄を感じるだろう、と思ったことは本当だった」「今度僕は、あいつをとおしてもっと新しく佐知子を感じることができるかもしれない」と小説の終わりの方にあります、

 ただ、結末については、静雄の家庭に関する終盤の展開は余分だったのではないかという批判もあって、丸谷才一でさえも、「ただし、お終いの方は感心しない。人殺しなんか入れなくたっていいのに。佐藤さんは小説的な恰好をつけようとして、かえって話のこしらえを荒つぽくしてしまった」と批判的でした。又吉直樹氏の『火花』('15年)が「芥川賞」候補になった際に、最後に、主人公の憧憬する神谷が豊胸手術をしたという結末に、批判があったのを思い出しました(でも『火花』は芥川賞を受賞したが)。

 個人的には、ラストへの批判は分かる気もしますが、それでもいい作品だと思います(と言うか、好みの作品)。また、正直、この時この作品が芥川賞を受賞していたら、この作家はその後どうなっただろうという思いもあります。でもやはり、当時のバブル経済に向かおうとする日本においては、あまりに"古い""後ろ向き"な感じの作品と見られたのかもしれません。だから、この作家は、バブル経済が崩壊してから注目されたのかも。

 作者の『海炭市叙景』('91年)が函館にあるミニシアター「シネマアイリス」支配人の菅原和博氏が映画化を実現したのを契機に、その後「そこのみにて光輝く」「オーバー・フェンス」と映画化され、この「きみの鳥はうたえる」もシネマアイリスの開館20年を記念して2018年に三宅唱監督により、原作の舞台を東京から函館へ移して、オール函館ロケで映画化されています(その後、併録の「草の響き」も映画化された)。

きみの鳥はうたえる [DVD].jpg「きみの鳥はうたえる」●制作年:2014年●監督・脚本:三宅唱●製作:菅原和博●撮影:四宮秀俊●音楽:Hi' Spec●原作:佐藤泰志●時間:106分●出演:柄本佑/石橋静河/染谷将太/足立智充/山本亜依/柴田貴哉/水間ロン/OMSB/Hi' Spec/渡辺真起子/萩原聖人●公開:2018/09●配給:コピアポア・フィルム+函館シネマアイリス(評価:)

きみの鳥はうたえる [DVD]

【2011年文庫化[河出文庫]】

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シリーズを通して亡くなった人に対するレクイエムだったのだなあと。

『奇縁まんだら 終り』0.jpg奇縁まんだら 終り 2011.jpg奇縁まんだら 終り

 著者自身が縁あって交流したことのある文学者や芸術家との間のエピソードを綴ったエッセイに、彼女と親交の深かった横尾忠則氏が、エッセイに登場する人たちの肖像画を描いて(装幀も担当)コラボした本の、全部で4集の内の第4弾。日本経済新聞の連載で言うと、2010年9月から2011年11月にかけてになります。登場する人物は、第1集の21人、第2集の28人、第3集の41人からさらに増えて45人です。

 連載が始まったのが2007年1月で、著者の年齢で言うと84歳から89歳まで書き続けたことになりますが、3冊目が出た2010年に背骨圧迫骨折で作家になって初めて休筆した半年、「奇縁まんだら」としては6回分休んだだけというのがスゴイです。病も癒えぬうちに再開し、他の連載はすべて休ませてもらって「奇縁まんだら」だけ書き続けたというから相当の入れ込み様です。「最後の章は、個人となった「瀬戸内寂聴」で締めくくれればスマートだなと思っていた」と―。でも、連載を終了してから10年も生きて、2021年11月に99歳で亡くなっています。

 第4集は、吉村昭から始まって、やはり基本的には同業である作家が多いでしょうか。ただ、他分野の芸術家や俳優などもこれまでと同様に入ってきます。作家といっても、表紙にも横尾忠則氏の肖像画がきていますが、ボーボワールやパール・バックなどの"大物"も出てきて、実際に見たり会ったりしており、まさに"生き証人"という感じです。

 裏表紙にもある池部良の、「かの子繚乱」の舞台で岡本一平役を演じた時の話が面白かったです。池部良が以前に舞台で台詞が飛んでしまったのを知っていてダメだろうと言っていた岡本太郎が、本番を見て驚いたという―。岡田嘉子とはモスクワで会ったのかあ。後に日本で会って対談した際に馬鹿にされて、自分のことを書いていいと言われ、書いてやるものかと(笑)。やっぱり人間、合う合わない、好き嫌いはあるみたい。寺山修司とはミュンヘンで会ったのかあ。エノケンこと榎本健一と会ったときは、修行を積み上げた賢僧に向かい合っている気持ちだったと―。作家以外の職業の人の方が好き嫌いが出ている?

 永田洋子、永山則夫といった死刑囚なども出てくるのは、そうした人たちとの往復書簡があったり接見する機会があったりしたためのようです。そう言えば、第1集から第4集まで登場した135人全員が、連載執筆の時点ですでに故人となっており、このシリーズはそうした人たちへのレクイエムだったのだなあと改めて思いました。

 巻が進むと、そのうち連載時点で生きている人の話も出てくるのかなあと思って読んでいましたが、そういうコンセプトではなかったと途中で気がついた次第です。ホントは、第1集から人物のプロフィール紹介のところに墓の写真が多く出てくるので、その時点で気づくべきでした。

 因みに、最後に登場したのは永平寺第78世貫首の宮崎奕保禅師で、やはり著者は僧侶だなあと。禅師は108歳で亡くなっていますが、著者が数えで84歳の時の数え105歳の禅師との間の思い出を書いています。個人的には、NHKの立松和平がインタビュアーを務めたドキュメンタリー「永平寺 104歳の禅師」('04年)で見た記憶があり、著者の話もその頃でしょうか。お坊さんって時々すごく長生きする人がいるなあと思ったりしました。

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直接的に死を語っている部分が面白かった。「生」への執着を素直に吐露する石原慎太郎。

死という最後の未来.jpg石原 慎太郎.gif 石原慎太郎 散骨.jpg
死という最後の未来』 石原 慎太郎(田園調布の自宅で2019年2月)[毎日新聞]/石原慎太郎の海上散骨式(2022年4月)[逗子葉山経済新聞]

 キリストの信仰を生きる曽野綾子。法華経を哲学とする石原慎太郎。対極の死生観をもつふたりが「老い」や「死」について赤裸々に語る。死に向き合うことで見える、人が生きる意味とは―。(版元口上)

 石原慎太郎と彼より1つ年上の曽野綾子が死について語り合ったもので、2020年6月に単行本刊行、今年['22年]2月に文庫化されましたが、その石原慎太郎は2月1日に満89歳で亡くなっており、ものすごく好きな人物だったというわけではないですが、やはり寂しいものです(小説は初期の作品は面白いと思う)。

 「人は死んだらどうなるのか」といった直接的なテーマから、「コロナは単なる惨禍か警告か」といった社会的なテーマ、「悲しみは人生を深くしてくれる」といった亡くなった人の周囲の人の問題までいろいろ語り合っていますが、やはり直接的に死を語っている部分が面白かったです。

 特に石原慎太郎は、法華経を哲学とするも死後は基本的に「無」であり何も無いと考えているようであって、それでいて、それは「つまらない」と必死に抵抗している感じ。こうなると「生」に執着するしかないわけであって、そのジタバタぶりがストレートに伝わってくるのが良かったです。「生」に執着しない人なんてそういないと思いますが、「功なり名なりを成した人間」が、それを素直に吐露している点が興味深いです。

レニ・リーフェンシュタール.jpg 石原慎太郎にとっての生き方の理想となっているのは、レニ・リーフェンシュタールのような人のようです。彼女は1962年、旅行先のスーダンでヌバ族に出会い、10年間の取材を続け1973年に10カ国でその写真集『ヌバ』を出版、70歳過ぎでスクーバダイビングのライセンスを取得して水中写真集をつくり、100歳を迎えた2002年に「ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海」で現役の映画監督として復帰し(世界最年長のダイバー記録も樹立)、その翌年の2003年、101歳で結婚しています。

レニ・リーフェンシュタール(1902-2003)

 また、石原慎太郎は対談の中で「僕は生涯、書き続けたい」と述べていて、結局、これも対談の中で「完治した」と言っていた膵臓がんが2021年10月に再発し、「余命3か月」程度との宣告を受けているわけですが、この時の心情も含め、「死への道程」というのを書いていて、その通り最後まで書き続けたのだったなあと(これが絶筆となり、死去後の今年['22年]3月10日に発売された「文藝春秋」4月号に掲載されている)。

 先月['22年6月]には、65歳になる前から書き綴られた自伝『「私」という男の生涯』(幻冬舎)が、石原自身と妻・典子の没後を条件に刊行されています(典子夫人は石原慎太郎の死去後1カ月余りしか経ない3月8日に亡くなっている)。まあ、生涯、作家であったと言えるし、作家というのは引退のない職業だとも言えるのかも。

ホタル  2001es.jpg 因みに、石原慎太郎が話す、特攻隊の基地があった鹿児島・知覧の町で食堂をやっていた鳥濱トメさんから直接聞いた「自分の好きな蛍になって、きっと帰ってきます」といった隊員の話は、降旗康男監督、高倉健主演の映画「ホタル」('01年/東映)のモチーフにもなっていました。

映画「ホタル」('01年/東映)奈良岡朋子

【2022年文庫化[幻冬舎文庫]】

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面白かった。筋トレに打ち込む女子の内面がよく描けている。

我が友、スミス .jpg我が友、スミス.jpg スミスマシン.jpg
我が友、スミス』 woman doing squats in smith-machine

 2021(令和3)年下半期・第166回「芥川賞」候補作。

 30歳手前の会社員・U野は仕事帰りに日々自己流の筋トレに励んでいる。ある日元ボディビル選手のO島から声をかけられ、彼女が立ち上げる新しいジムに来ないかと誘われる。今通っている施設には一台しかないスミス・マシンがそのジムには3台もあることと、「うちで鍛えたら、別の生き物になるよ」というO島の言葉に惹かれたU野は、彼女のもとでボディビルの大会に出場することを決意する。何かに夢中になるという経験がなかったU野だが、目標に向けて凄まじい努力を始める。厳しい指導を受け、日々マシンと格闘し、慢性的な筋肉痛に耐え、ストイックな食生活を送り...。しかし、彼女の前には意外な壁が立ちはだかっていた。審査基準には、肌の美しさや所作、人格までもが含まれ、女性らしさが重要とされるのだ。なぜ筋肉を鍛えることに女性らしさを求められるのか? 化粧をしたり身なりを飾ることに抵抗を感じてきたU野は、疑問に思いながらも元ミス・ユニバース日本代表だというスペシャル・コーチE藤の指導を受け、髪を伸ばし、ピアスを開け、脱毛サロンに通う。そんなU野を見た職場の人々には「彼氏できた」と噂され、母親からは「ムキムキにならないでよ?」という言葉をかけられる。周囲の声に反発を覚えながらも、目標に向かって突っ走るが―。

 面白かったです。「スミス」は人の名ではなく、バーベルを補助者なく安全に扱うことのできるトレーニング・マシンのこと。主人公U野は、ただ「別の生き物になりたくて」筋トレに励むわけですが、これが却って受け入れやすかったです(何かもっともらしい理由をつけると通俗になっていただろう)。そのキャラクターも好感が持てました。自分の考えを曲げない頑固さを持つ一方で、違和感のあることでも受け入れてみようとする柔軟性もあって、感情を撒き散らさず、黙って行動で表現するところは武士のように潔く、それでいて、結構キツイ挑戦をしているにの関わらず、その心理表現は辛口のユーモアに溢れていました。何かを極めようとする人だけが見ることのできる世界の一部を、覗き見させてもらったような気がします。

 ユーモアに関しては、面白過ぎて芥川賞とれなかったのかと思ったぐらい。実際、芥川賞選考委員の中で最も推した川上弘美氏が「何回笑い崩れたことでしょう」と述べている一方、奥泉光氏が、「軽快な文章で愉しく読ませる」としながらも、「ただ幾分サービス過剰なところがあって、笑いを狙った表現が上滑りになっているのが惜しい」としています。

 また、平野啓一郎氏は、空虚化した実存の依存先という主題自体は『推し、燃ゆ』と同範疇であるとしていて、これは自分も少し感じました。自分の場所を求めてという意味では『コンビニ人間』が想起され、マニアックな世界という意味では『火花』を思い出したでしょうか。個人的には、芥川賞作品としては"異例"の面白さだった『コンビニ人間』といい勝負だったように思います。

 ジェンダー小説でもあったように思います。最初「O島」って男性だと思い込んしまいましたが、女性だったのだなあ(【天才外科医】クイズというのを思い出した)。これ読んで、筋トレをしてみたくなる女子はいるかも。作者自身も相当やり込んでいるのかと思いましたがそれほどでもなく、自分が通っているジムでやり込んでいる人を観察して、こうした作品に仕上げたようです。デビュー作にして、筋トレに打ち込む女子の内面がよく描けているように思いました。

ボディビル フィジーク.jpg 因みに、本書にあるように、男子ボディビルの世界に「ボディビル」から派生した「フィジーク」というのがあり、一方、女子における「フィジーク」は、追加ではなく、従来の「ボディビル」が「フィジーク」に置き換わったとのことで、その理由は「女子のボディビルには、女性らしさも必要だから」とのことです。

 作中では、主人公・U野が目指すのが「BB(ボディビル)大会」で、同じジムに通うS子が出場するのは「PP(パーフェクト・プロポーション)大会」という、女性のセクシーさに重点が置かれる大会のようです。ただし、U野が出場する大会も、ハイヒールを着用し、ピアスを付け(主人公はそのために耳に穴を空ける)、髪が短いとヘアピースを付けるものなので、純粋なボディビル(つまりフィジーク)ではなく、「ボディフィットネス」(フィギュアとも呼ばれる)の類ではないでしょうか(あるいは安井友梨で知られる「フィットネスビキニ」乃至「ビキニ」か)。あまり説明しすぎると読者が混乱するので、単に「BB大会」とした(つまり単純化して「ボディビル」とした)のではないかと思います。まあ、「ボディビル大会」と冠して、その中で各種目が行われることもあるので、「BB大会」でも間違いではないと思いますが。

0フィジーク.jpg フィジーク

0フィットネス.jpg ボディフィットネス(フィギュア)

0フィットネスビキニ.jpg フィットネスビキニ(中央:安井友梨)

pumping iron 2.jpgpumping iro n 2.jpg 昔、ボディビル大会に向けてトレーニングする女性たちを追ったドキュメンタリー映画「パンピン・アイアンⅡ」('85年/米)というビデオがあったのを思い出しました。結局DVD化されなかったみたいですけれど...。因みに、アーノルド・シュワルツェネッガーを中心に追った男性版「パンピング・アイアン」('77年/米)はDVD化されています(5度のミスター・オリンピアに輝いたシュワルツネッガーが6度目の栄冠に挑戦するのを追っている)。

《読書MEMO》
●【天才外科医】クイズ
父親が一人息子を連れてドライブに出かけました。ところがその途中で父親がハンドル操作を誤り、大きな交通事故を起こしてしまいました。父親は即死、助手席の息子は意識不明の重体になり、すぐに救急車で病院に運ばれました。幸運にも天才外科医との呼び声の高い、その病院の院長が直々に手術をすることになりました。助手や看護師を従えて手術室に入り手術台に寝かされた子どもを見るなり、院長は、「私の息子...!」と嘆き悲しみました。さて、これはどういうことなのでしょう(正解:院長は息子の母親だった)。

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