【3147】 ○ 藤沢 周平 『隠し剣 秋風抄 (1981/02 文藝春秋) ★★★★

「●ふ 藤沢 周平」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【479】 藤沢 周平 『風雪の檻―獄医立花登手控え』

いずれも安定した面白さのある9編(映画「武士の一分」の原作を含む)。

『隠し剣 秋風抄』.jpg隠し剣 秋風抄 1981.jpg 隠し剣秋風抄 (文春文庫).jpg  「武士の一分」2006.jpg
隠し剣 秋風抄』『新装版 隠し剣秋風抄 (文春文庫)』(カバー:蓬田やすひろ)「武士の一分

 藤沢周平(1927‐1997)の時代小説「隠し剣」シリーズの『隠し剣 孤影抄』の姉妹編で、昭和53年から昭和55年に発表された作品群になり、収録作品は、「酒乱剣石割り」「汚名剣双燕」「陽狂剣かげろう」「偏屈剣蟇ノ舌」「好色剣流水」「暗黒剣千鳥」「孤立剣残月」「盲目剣谺返し」ですが、いずれも安定した面白さのある9編でした。

 「酒乱剣石割り」...弓削甚六は剣の達人だが、酒に溺れるのが難点。家老はそれを承知で、藩内の争いで政敵の息子を討つように命じる。甚六は自分の妹がその息子たちによって陵辱されたこともあって、憎しみを込めて、彼を倒すことを承知するが、いざ迎え撃つときに力がはいらない。そこで...。ジャッキー・チェンの「酔拳」みたいな剣豪だった(笑)。甚六の妹を思う気持ちが温かい。

 「汚名剣双燕」...由利の夫が同僚を斬って逃げるときに、八田康之助は由利を思い浮かべて、斬らずに避けてしまう。以後、臆病者として侮られることになる。だが、この由利には醜聞がつきまとうようになる。今度の相手は関光弥である。ある日、康之助は由利に誘われ、そこで関光弥を斬ってくれと頼まれる。捨てられたというのだ。康之助はこれを断わった。後日、康之助は関光弥と同情の跡目を巡って立合いをする。この時、康之助は自分で編み出した秘剣を使わず、関光弥に破れた。二年後、康之助に光弥と決着をつける機会が...。「双燕」は危険すぎて、稽古では使えず、本番でしか使わない剣ということか。

 「女難剣雷切り」...佐治惣六は過去に二度妻に逃げられた。そこに、嫁をもらわぬかと勧める人が現れた。話を持ち込んできたのは服部九郎兵衛である。惣六はこの話を受けたが、嫁となった嘉乃は惣六を避ける。ある日、惣六に忠言をしてくれる人がいた。嘉乃は昔から、そして今も服部九郎兵衛の妾であると。惣六は押しつけられたのだ。そうと知って...。4度妻に逃げられたが、最後は、相手に嫌われてはならないと自制する惣六の姿から、結ばれそうな気配?

 「陽狂剣かげろう」...許嫁の乙江が奥へあがることになり、婚約は解消されることになったが、乙江がすんなりと奥にいくために佐橋半之丞は気が触れたフリをした。乙江の家は剣術の道場を開いている。主は半之丞の師匠であり、この婚約解消の代わりといってはなんだが、秘剣を授けられた。半之丞はそこに取引めいたものを感じた...。気が狂ったフリを続けると本当に狂ってしまう?

 「偏屈剣蟇ノ舌」...人が右といえば左を向く偏屈者の馬飼庄蔵。だが、剣はめっぽう出来る。家中の争いのために、重臣たちはこの偏屈者を利用しようと企む。庄蔵を遠藤久米次が呼び出し、それとなく斬る相手のことを喋る。相手が剣もたち、品もよいという話に庄蔵は興味を示したようだが、本当に斬るかどうかは分からない...。座ったまま斬るから"蟇の舌"なのか。美しい姉でなく醜女の妹を心から気に入って妻に選んだ、そこは真っ直ぐな気持ちだっただけに、最後の妻との別れがちょっと哀しかった。

 「好色剣流水」...三谷助十郎には好色の噂があったが、実際はそういう風にいわれるほどのことではない。その助十郎の念頭にあるのは、いつか服部の妻女とわずかでも話が出来ればという思いである。だが、ある日、この念願が叶う出来事が起きた。しかし、その場をある人間に見られてしまった...。好色の裏には、そのために死ぬ覚悟もあるということか。でも、生かされた相手も、片腕を失ったら武士としては生きていけないのでは。

 「暗黒剣千鳥」...三﨑修助は実家の冷や飯食いだが、修助に縁談が持ち込まれた。しかし、修助の周辺では大変なことが起きていた。それは牧治部左衛門の差し金で政敵を葬るために放たれたかつての刺客仲間が、次々と斬られていったのだ。残る者も少なくなった時、三﨑修助は牧へ相談するが、牧は病床に伏していた。だが、この相談の後も仲間は斬られていく、そのうちの一人が死の間際に呟いた一言で、修助は誰が斬ったのかが分かった...。ミステリっぽい。マッチポンプみたいなヤツだったなあ。老人でも使える秘剣なのか。

 「孤立剣残月」...藩命で討った鵜飼の弟が恨みを果たすべく果たし合いを申し込んでくるらしい。筋違いな話に小鹿七兵衛は当惑する。剣の稽古をしてみるものの、体が鈍っている。小鹿七兵衛に焦りが生まれていた。上役の取りなしや助太刀を頼んだりしたが、いずれも不首尾に終わる。一人で立ち向かわなければならなくなったとき、かつて授けられた残月という秘剣を思い出そうとした...。ラストで駆けつけた"助っ人"が健気。

 「盲目剣谺返し」...山田洋次監督、木村拓哉主演の映画「武士の一分」('06年/松竹)。大体は映画のストーリーどおりでした。発表順の並びですが、最後に持ってくるに相応しい話だと思います。

 主人公の剣の流派ですが、「酒乱剣石割り」は丹石流、「汚名剣双燕」のは不伝流、「女難剣雷切り」は今枝流、「陽狂剣かげろう」は制剛流、「偏屈剣蟇ノ舌」は不伝流、「好色剣流水」は井哇(せいあ)流、「暗黒剣千鳥」は三徳流、「孤立剣残月」は無明流、「盲目剣谺返し」は東軍流で、これらは実在した流派だそうです。そう聞くと、こうした「隠し剣」も何となく実際にあったように思えてきて、この辺りも作者の上手さなのでしょう。

【2004年文庫化[文春文庫]】

About this Entry

This page contains a single entry by wada published on 2022年5月10日 04:07.

【3146】 ○ ロベール・ブレッソン 「たぶん悪魔が」 (77年/仏) (2022/03 マーメイドフィルム/コピアポア・フィルム) ★★★☆ was the previous entry in this blog.

【3148】 ○ 山田 洋次 (原作:藤沢周平) 「武士の一分」 (2006/12 松竹) ★★★★ is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1