【3143】 ○ アルフレッド・ヒッチコック (原作:フランシス・アイルズ) 「断崖」 (41年/米) (1947/02 セントラル映画社) ★★★☆ (○ 名香 智子(原作:フランシス・アイルズ) 「レディに捧げる殺人物語(あすかコミックス)」 (1987/10 角川書店) ★★★☆)

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原作をハッピーエンドに改変。当初のヒチコックの構想通りの結末も観たかった。

「断崖」1941.jpg「断崖」dvd1.jpg「断崖」dvd2.jpg 『レディに捧げる殺人物語』1987.jpg
「断崖」ポスター(1941)ケーリー・グラント/ジョーン・フォンテイン/「断崖 [DVD]」「断崖 HDマスター [DVD]」『レディに捧げる殺人物語 (あすかコミックス)
「「断崖」0.jpg 社交界の人気者ジョニー・アイガース(ケーリー・グラント)は実は詐欺常習者だったが、その彼が列車で偶然知り合った金持ちの娘リーナ・マクレイドロウ(ジョーン・フォンテイン)と駆け落ちする。リーナはジョニーが無一文であることを知り、仕事を持つことを勧め、その結果彼「断崖」21.jpgは従弟の財産を管理するが、やがてリーナは彼が従弟の財産を使いこんでいることを知り衝撃を受ける。続いて彼は友人のビーキー(ナイジェル・ブルース)を唆かし土地に投資させるが、彼女はジョニーがビーキーの金を自由にした上で「「断崖」22.jpg彼を殺すのではないかと憶測する。ジョニーはパリへ出発するビーキーを見送ってロンドンに行くが、ビーキーはパリで死亡する。リーナはジョニーを疑っていたが、帰宅した彼の口振りから彼女の疑惑はいよいよ深まる。やがてリーナは彼が保険金目当に自分を殺そうとしていると疑い始める。そして彼が友人の殺人小説の著者イソベル・セドバスクから劇毒薬の秘「断崖」23.jpg密を探り出そうとしているのを知り、ますます疑念を深める。その夜、彼女はジョニーの勧める一杯のミルクを飲む気になれず、翌朝母親を訪ねるのだといってジョニーから逃れようとするが、彼はリーナを自動車で送ろうと言い張る。車が危険な個所に近づいた時、彼の乱暴な運転ぶりに堪りかねた彼女は車から飛び降り逃れようとするが、ジョニーに追いつかれてしまう。しかしそこで彼女がジョニーから聞いたのは意外な告白だった―。

「断崖」がけ.jpg アルフレッド・ヒッチコック監督の1941年公開作で、「レベッカ」('40年)に続いてのヒッチコック作品出演となったジョーン・フォンテインが第14回アカデミー主演女優賞を受賞した作品です(第7回「ニューヨーク映画批評家協会賞」主演女優賞も受賞)。原作は、1932年にフランシス・アイルズ(別名アントニー・バークリー)が発表した小説『レディに捧げる殺人物語』ですが、原作ではリーナはジョニーの勧める一杯のミルクを毒入りと分かっていて飲んで死ぬ―つまり、それくらいジョニーのことを愛していたという終わり方になっています。

 この原作通りの終わり方だと、ジョニーは「稀代のワル」ということになりますが、映画会社は、当時37歳、映画デビュー10年目のケーリー・グラントが「赤ちゃん教育」、「ヒズ・ガール・フライデー」、「フィラデルフィア物語」で人気がブレイクしてまだまだ二枚目で売り出したい時期だったので、悪役を演じさせるのはNGとの横槍が入って、こうした温い結末になってしまったそうです。

 ただ、どうなのでしょう、この結末でも、結局はジョニーの賭博中毒や虚言癖は治らないように思われ、本当にハッピーエンドなのか疑わしいです。さらに、とってつけたような結末のため、それまでの彼が犯罪者であるかもしれないといった伏線はそのまま説明されずに残ってしまっている感じがします。ジョニーがパリへ出発するビーキーを見送って自分はロンドンに行ったと言っても、それは彼がそう言っているだけで、パリでビーキーを死に至らしめたと解釈する方が整合性がとれているように思われます。

 ヒッチコックは最初、リナはミルクで毒殺される前に、犯人はジョニーで「私が最後の犠牲者になる」と書いた母親宛ての手紙を書いていて、それをジョニーに投函するよう頼んでいたという形で終わるつもりだったそうです。妻を毒殺したジョニーは、これで財産はすべて自分のものになるのだと、意気揚々と口笛を吹きながら、その手紙を中身を見ないままポストに投函するというラストシーンだったそうで、そっちの方がミステリとしては洗練されているように思います。

「断崖」m.jpg 疑惑の「光るミルク」は豆電球を仕込んで撮影して、観客の視線を集中させるようにしたとのことです。ここまでやっておいて、結末はやや拍子抜けするものであり、いちばん悔しかったのはヒッチコック自身ではないでしょうか。敢えて張り巡らせた伏線部分はそのまま放置して、ジョニーが殺人犯であるという可能性もあるとのニュアンスを残した終わり方にしたのかも。そうなると、結構深い見方のできる映画ということになるかもしれません。

 ただし、一般的には、この映画はハッピーエンドで、リーナの心配はすべて杞憂であり、ジョニーは本当に彼女を愛していたという解釈になるのでしょう。ケイリー・グラントは、本作の後も「汚名」('46年)、「泥棒成金」('55 年)、「北北西に進路を取れ」('59 年)と出演してヒッチコックお気に入り俳優となりますが、この映画で殺人犯役だったとしたら人気もそれほど出なかった? いや、そうでもないのでは。

「断崖」jf.jpg ジョーン・フォンテインの名演(最初はやや野暮ったいが、恋すると『レディに捧げる殺人物語』.jpgどんどん綺麗になっていくパターンは「白い恐怖」('45年)のイングリッド・バーグマンに受け継がれている)と、ケーリー・グラントの軽妙な演技の対比が楽しめ、評価としてはまずまずです。でも、原作乃至は当初のヒチコックの構想通りの作品も観たかった気がします。フランシス・アイルズの『レディに捧げる殺人物語』は鮎川信夫訳で創元推理文庫に収められていますが、漫画家の名香智子(なか ともこ)氏が原作をほぼ忠実にコミック化したとされているもの(「ASUKA」1985年8~9月号連載、1987年刊・2001年文庫化)もあります(これによるとジョニーってリーナの父親も殺していたのかあ)。

「断崖」●原題:SUSPICION●制作年:1941年●制作国:アメリカ●監督:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:サムソン・ラファエルソン/アルマ・レヴィル/ジョーン・ハリソン●撮影:ハリー・ストラドリング●音楽:フランツ・ワックスマン●原作:フランシス・アイルズ●時間:99分●出演:ケーリー・グラント/ジョーン・フォンテイン/セドリック・ハードウィック/ナイジェル・ブルース/デイム・メイ・ウィッティ/イザベル・ジーンズ/ヘザー・エンジェル/オリオール・リー/レジナルド・シェフィールド/レオ・G・キャロル●日本公開:1947/02●配給:セントラル映画社(評価:★★★☆)

ヒッチコックのカメオ出演シーン(二度ある)
「断崖」ヒッチ.jpg

『レディに捧げる殺人物語』...【2001年文庫化[講談社漫画文庫]】

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