【3124】 ○ 石ノ森 章太郎 『章説 トキワ荘の青春 (2018/10 文春文庫)《石森 章太郎 『章説・トキワ荘・春 (1981/09 講談社)》 ★★★★ (○ 市川 準 (原案:梶井 純) 「トキワ荘の青春」 (1996/03 カルチュア・パブリッシャーズ) ★★★☆)

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トキワ荘に集った才能豊かな面々を描くとともに、自伝になっていて、貴重な記録。

『章説 トキワ荘の青春』.jpg

章説-トキワ荘の青春2018.jpg 章説・トキワ荘・春 1981.jpg トキワ荘の青春―ぼくらの1986.jpg   トキワ荘の青春 [DVD].jpg
章説-トキワ荘の青春 (中公文庫)』['18年]/『章説・トキワ荘・春』['81年]/『トキワ荘の青春―ぼくらの漫画修行時代 (講談社文庫 い 43-1)』['86年]/「トキワ荘の青春 [DVD]
章説・トキワ荘・春』['96年]『章説 トキワ荘の春 (石ノ森章太郎生誕70年叢書シリーズ)』['08年]
章説・トキワ荘・春 1996.jpg章説 トキワ荘の春叢書シリーズ) 2008.jpg 石ノ森章太郎(1938-1998/60歳没)が、豊島区椎名町トキワ荘に集まった漫画家との熱き日々を自らの視点から描いたエッセイ。寺田ヒロオ、藤子不二雄(藤本弘・安孫子素雄)、鈴木伸一、森安直哉、つのだじろう、園山俊二、赤塚不二夫、横田徳男、長谷邦夫、水野英子らにまつわる笑いと涙の交友録です。

 '81(昭和56)年9月に刊行された『章説・トキワ荘・春』(講談社)の改題で、著者が生前に「仕掛け的には、順番をこう変えてもいいかもなぁ...」と語っていた記憶を辿り、森プロとの協議で、章立ての順序等が原本より再構成・編集されているとのことです。この間に文庫『トキワ荘の青春―ぼくらの漫画修行時代』('86年/講談社文庫)、単行本『章説・トキワ荘・春』('96年/風塵社)、単行本『章説 トキワ荘の春』('08年/清流出版・石ノ森章太郎生誕70年叢書シリーズ)が刊行されていますが、底本が同じなので内容も基本的には同じです(風塵社版の『章説・トキワ荘・春』には、プロローグにまんが版「トキワ荘物語」が加えられている)。

 トキワ荘に集った才能豊かな面々を著者の視点から描いていて、同時に著者の自伝になっています(プロローグと終わりの方に、著者と3歳違いで23歳で亡くなった姉の話が出てくるのが切ない)。しかし、著者は高校生時代から漫画雑誌に連載漫画を画いていたというから、その才能はスゴイ。最初は上京して別の所に住んでいたのが、途中からトキワ荘へ。結局、最後一人になるまでトキワ荘に残った漫画家になりました。

がんばれゴンベ1.jpg 冒頭に挙げたトキワ荘の「青春の仲間たち」では、園山俊二が、『がんばれゴンベ』を「毎日小学生新聞」でリアルタイムで読んだ自分としては懐かしいです。「新漫画党」唯一の大学卒(早稲田大学の漫画研究会出身)でしたが、トキワ荘の「半住人」だったと。結局「がんばれゴンベ」は1958年から1992年まで、通算連載回数は9775回となりましたが、肝臓癌で1993年1月20日に57歳で死去したのが惜しまれます(手塚治虫も石ノ森章太郎も60歳で亡くなっている。漫画家ってどうして長生きしないのか)。

『名画座面白館』赤塚.jpg 石ノ森章太郎の赤塚不二夫、長谷邦夫との交流は、赤塚不二夫の『赤塚不二夫の名画座面白館』('89年/講談社)でも見ることができます。

 そのほかに、手塚治虫はもちろんのこと、高井研一郎高橋留美子つげ義春といった人々も登場し、著者が「一度きりのサラリーマン生活」を経験した「東映動画」では、「天才」の異名を取ったアニメーターの月岡貞夫などとも仕事をしたのだなあ、これは知らなかった。全編を通して貴重な記録でもあると思います。

「トキワ荘の青春」p2.jpg「トキワ荘の青春」4.jpg トキワ荘について書かれた書籍は当事者によるものも含め数多くあり、また、アニメやドキュメンタリー、ドラマなどにもなっていますが、映画では、昨年['21年]四半世紀ぶりにデジタルリマスター版で公開された、市川準(1948-2008/59歳没)監督の「トキワ荘の青春」('96年)があります(「ロッテルダム国際映画祭」招待作品。1996年キネマ旬報ベストテン第7位、読者選出第7位)。

「トキワ荘の青春」11.jpg 映画は、トキワ荘におけるリーダー的存在であった寺田ヒロオが主人公であり、その寺田ヒロオを本木雅弘が演じています。コミカルな描写もありますが、自身が理想とする「子供たちに理想を教える漫画」と、雑誌編集者が要求する「商業主義漫画」との間で思い悩む寺田ヒロオの姿などが描かれていて、全体に盛り上がりを抑えた物静かなトーンの作品となっており、それが、ラストで寺田ヒロオが黙ってトキワ荘を去るという結末に繋がっていきます。

 視点としては、藤子不二雄の自伝的漫画作品『まんが道』(藤子不二雄によるシリーズとしては最長連載作品で、シリーズの連載は'13年に完結するまで43年間続いた)に近いかなという気がしますが(寺田ヒロオを頼もしくて理想的な先輩として描いている)、この映画の原案は、梶井純の『トキワ荘の時代―寺田ヒロオのまんが道』('93年/ちくまライブラリー、'20年/ちくま文庫)です。

阿部サダヲ(藤本弘(藤子・F・不二雄))/鈴木卓爾(安孫子素雄(藤子不二雄Ⓐ))
0フジコフジオ.jpg 当時はまだ無名に近かった自主映画・小劇団関係者で、後年人気スターや映画監督となった俳優が多く起用されていて、安孫子素雄に鈴木卓爾(後に「ゲゲゲの女房」('10年)を監督)、藤本弘に阿部サダヲ(映画デビュー3年目、当時25歳)、石森章太郎にさとうこうじ(映画デビュー作)、赤塚不二夫に大森嘉之、森安直哉に古田新太(映画デビュー翌年・当時31歳)、鈴木伸一に生瀬勝久(映画デビュー作・当時35歳)などを配しています。

「トキワ荘の青春」s.jpg 結局、寺田ヒロオは後に漫画の筆を折ることになり、本書でも著者が「寺さんの"絶筆宣言"はショックだった。漫画がひどくなる。もう書きたくない」というのが理由だったとありますが、やがてトキワ荘時代のメンバーとの交流も絶ったのは謎です(本人は後に病気が原因と語ったという)。晩年は一人自宅の庭の離れに籠って、母屋に住む家族ともほとんど会話しなかったそうで、1992年9月24日に61歳で亡くなっています。

「スポーツマン金太郎」.jpg 映画では、若い新進映画化の台頭に(ただし、石森章太郎・藤子不二雄らが早くに売れっ子漫画家となったのに対し、赤塚不二夫・森安直哉らはなかなか芽が出なかった風に描かれている)、本木雅弘が演じる寺田ヒロオが徐々に時流から取り残されていっているように描写されているともとれます(断定的ではないが)。個人的には、『スポーツマン金太郎』をリアルタイムで読んだ世代ですが、その頃からこの人の漫画は、ちょっとレトロな感覚があったように思われ、やはり、作風が時代に合わなくなったことが筆を折る理由になったのではないかと思います。

「トキワ荘の青春」赤塚.jpg石森の姉:安部聡子.jpg 因みに、石森章太郎者と3歳違いで23歳で亡くなった姉は、映画にも上京した弟のことを思い遣る女性としてとして登場します(演:安部聡子)
     
映画「トキワ荘の青春」で舞台挨拶する赤塚不二夫(後ろは藤子不二雄Ⓐ氏)['96年/日刊スポーツ」
  

「トキワ荘の青春」m.jpg「トキワ荘の青春」●英題:TOKIWA:THE MANGA APARTMENT●制作年:1996年●監督:市川準●製作:塚本俊雄/里中哲夫●脚本:市「トキワ荘の青春」2.jpg川準/鈴木秀幸/森川幸治●撮影:小林達比古/田沢美夫●音楽:清水一登/れいち●原案:梶井純『トキワ荘の時代』●時間:110分●出演:本木雅弘/鈴木卓爾/阿部サダヲ/さとうこうじ/大森嘉之/古田新太/生瀬勝久/翁華栄/松梨智子/北村想/安部聡子/土屋良太/柳ユーレイ/桃井かおり/原一男/向井潤一/広「トキワ荘の青春」桃井.jpg岡由里子/内田春菊/きたろうメモリーズ・オブ・市川準.jpg神保町シアター.jpg/時任三郎●公開:1996/03●配給:カルチュア・パブリッシャーズ●最初に観た場所:神保町シアター(10-09-13)(評価:★★★☆)

桃井かおり(藤本弘(藤子・F・不二雄)の母)
トキワ荘の青春(1996年).jpg
     
  
【1981年単行本[講談社(『章説・トキワ荘・春』)]/1986年文庫化[講談社文庫(『トキワ荘の青春―ぼくらの漫画修行時代』)]/2018年再文庫化[中公文庫(『章説 トキワ荘の青春』)]】

     

    

     

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和田泰明
藤子不二雄A(安孫子素雄)
藤子不二雄 トキワ荘の青春.jpg

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藤子不二雄(A)(ふじこ・ふじお・えー=本名・安孫子素雄=あびこ・もとお)
2022年4月7日、川崎市の自宅で死去。88歳。

昭和9年、富山県出身。小学校の同級生だった藤本弘(藤子・F・不二雄)とコンビを組み、「藤子不二雄」の合同ペンネームを使う。26年、高校3年で漫画家デビュー。新聞社勤務を経て29年に上京。豊島区のアパート「トキワ荘」に下宿し、石ノ森章太郎ら漫画家仲間と交友を深めた。

39年、オバケが巻き起こす騒動を面白おかしく描いた「オバケのQ太郎」が大ヒット。その後も忍者を主人公にしたギャグ漫画「忍者ハットリくん」などの少年漫画を発表し、テレビアニメも人気を博した。62年、藤本とのコンビを解消。漫画のほか、自作などを原作とした映画「少年時代」の製作やエッセー執筆など幅広く活躍した。

ほかの代表作に「怪物くん」「プロゴルファー猿」などの少年漫画、ブラックな要素を効かせた「魔太郎がくる‼」「笑ゥせぇるすまん」、自伝的漫画「まんが道」など。[産経新聞]

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This page contains a single entry by wada published on 2022年3月20日 06:29.

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