【3096】 ○ シェリダン・レ・ファニュ (長井那智子:訳) 『女吸血鬼カーミラ (2015/01 亜紀書房)《 (平井呈一:訳) 『吸血鬼カーミラ』 (1970/04 創元推理文庫)》 ★★★★

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元祖ドラキュラ小説のそのまた元祖は女ドラキュラ。ゴシックホラー&レズビアンの香り。

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長井那智子訳『女吸血鬼カーミラ』['15年]/平井呈一訳『吸血鬼カーミラ (創元推理文庫 506-1)』['70年] ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ(1814- 1873)
『女吸血鬼カーミラ』挿画(にしざかひろみ)
『女吸血鬼カーミラ』 2.jpg 早くに母を亡くし、父と城暮らししていたローラは、幼い頃のある晩、一人きりで目を覚ました。泣いていると、美しい女性がやさしくローラを撫でながらそばで横になり、抱き寄せてくれた。ローラが眠り込んだところ、胸にずぶりと刺されたような感じがした。女中たちが調べてくれたが、刺された後は無かった―。ある夏、スピールドルフ男爵から娘が亡くなったとの知らせがローラの父に届く。ローラは男爵の娘と夏を一緒に過ごす予定だったのだ。手紙には、怪物を捜索し退治するという要領を得ない決意が書かれていた。そんな折、ローラの住む城の近くで馬車の事故が起こる。助け出された母親は「急ぎの旅なので娘は置いていかなければ」と言い、ローラの父は、事故に遭った娘の身柄を引き受けることに。母親は「3ヶ月たてば娘を迎えに来る」「身分も住まいも明かせない」と言う。娘はカーミラといい、ローラが会ってみると子供の頃の体験に出てきた少女とそっくりなので驚く。カーミラもまた、自分も子供の頃夢の中でローラを見たと告げる。すぐにうちとけた二人だったが、カーミラが自分の身元を話さないことにローラは焦れる。御料林の監守の娘の葬儀があったとき、カーミラは賛美歌に怯える。そして、監守の娘と同じ症状で衰弱死する娘があちこちに出る。ローラ自身も、夢の中で胸を刺されたような痛みを覚え、飛び起きると傍らに女性が立っていたようだった。以降ローラは日増しに具合が悪くなっていく。一方のカーミラは、夜中に部屋から消え、翌日の午後、いつの間にか部屋に戻っているようだ。ローラが医者の診察を受けると、医者は何か気がついた様子。ローラ、父と家庭教師とともにカルンスタインの古城へ向かうことになる。その折、スピールドルフ男爵に会う。男爵の話では、ミラーカという娘を預かってまもなく、娘は具合が悪くなり死んでしまったのだが、娘が死ぬ前にミラーカが娘を襲っているのを見たと言う。一行はカルンスタインの礼拝堂がある城跡に到着し、そこでスピールドルフ男爵は1世紀以上前に亡くなっているはずのカルンスタイン伯爵夫人マーカラに会ったことを明かす。スピールドルフ男爵は、彼女は死んでおらず、自分は娘の仇に復讐しなければならないと言う。〈カルスタイン伯爵夫人マーカラ〉=〈ミラーカ〉=〈カーミラ〉」だったのだ―。

初出誌「ダーク・ブルー」の挿絵(1872年)
カーミラ 1872.jpg256px-Carmilla.jpg アイルランド人作家ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ(1814- 1873/58歳没)による1872年刊行の小説であり、レ・ファニュは怪奇小説とミステリーを得意としたゴシック小説作家ですが、とりわけ、この「女吸血鬼カーミラ」は、ドラキュラのイメージを決定づけた作品として知られています。と言っても、「女のドラキュラ」ではないか、との声もあるかと思いますが、男性版ドラキュラの元祖とされる、同じくアイルランド人作家のブラム・ストーカー(1847-1912/64歳没)の『吸血鬼ドラキュラ』が刊行されたのが1897年で、この作品の35年後であり、しかも、ブラム・ストーカーはこの作品から多くのヒントを得ていることを考えると、やはり、この「女吸血鬼カーミラ」は、元祖的と言うか、元祖ドラキュラのそのまた元祖という感じがします(因みに、「吸血鬼小説」としては『吸血鬼』(1819年)や『吸血鬼ヴァーニー』(1847年)などが本作以前にあるため、あくまでも「ドラキュラ小説」の元祖ということになる)。

 因みに、ローラと暮らしたカーミラの特徴は、
 ・寝る時は部屋に鍵をかけ、部屋に他人が居たまま寝ることを拒絶する。
 ・度々ローラに愛撫のような過剰なスキンシップをしながら愛を語る。
 ・ただし、その文言は生死に関わるものばかりである。
 ・起きてくるのは毎日正午を過ぎた昼日中で、食事はチョコレートを1杯飲むだけ。
 ・葬列に伴う賛美歌に異常な嫌悪感を表し、気絶しないようにするのが精一杯でいる。
 ・城へ来た旅芸人から錐や針に例えられるほど、異常に鋭く細長い犬歯をしている。
 と言ったもので、もう吸血鬼風がぷんぷん漂います。

新訳 吸血鬼ドラキュラ 女吸血鬼カーミラ.jpg カーミラが「度々ローラに愛撫のような過剰なスキンシップをしながら愛を語る」ことから、レズビアン小説の色合いも濃くて、当時の時代背景からすれば発禁本になるところですが、作者は、「吸血鬼には性別が無いのでレズビアンには当たらない」として発禁を免れたようです。今ならば、ゴシックホラー小説(訳者の長井那智子氏は幻想小説としている)であると同時にレズビアン小説という評価になってもおかしくないかも。

 平井呈一訳『吸血鬼カーミラ』('70年/創元推理文庫)が完訳版として古く、その後、ジュニア版の翻訳は多く出ていますが完訳版が無かったのが、長井那智子氏の訳による本書『女吸血鬼カーミラ』('15年/亜紀書房)が45年ぶりの完訳版として刊行され、それに続いてKindle版の完訳版が複数出ています。

 また、ジュニア版ということでは、長井那智子氏も、本書の前年に『新訳 吸血鬼ドラキュラ 女吸血鬼カーミラ』('15年/集英社みらい文庫)を出しており、1冊でブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」(要約版)と併せて愉しめるようになっています。

新訳 吸血鬼ドラキュラ 女吸血鬼カーミラ (集英社みらい文庫)』(ジュニア版)
長井那智子:訳

カール・テオドア・ドライヤー監督「吸血鬼(ヴァンパイア)」 ('30年/仏・独)
吸血鬼 (1932)04.jpg 因みに、カール・テオドア・ドライヤー監督の古典的映画「吸血鬼(ヴァンパイア)」 ('30年/仏・独)は、このレ・ファニュの『女吸血鬼カーミラ』を原作としていますが、映画に出てくる女吸血鬼は老婆であり、映画にレズビアン的な表現はありません。ただし、その後の時代において、『女吸血鬼カーミラ』を原作とするロジェ・ヴァディム監督の「血とバラ」('60年/仏・伊)、ロイ・ウォード・ベイカー監督の「バンパイア・ラヴァーズ」('70年/英)や、或いは「バンパイア・ラヴァーズ」の後継でこの小説を下敷きとする「恐怖の吸血美女」('71年/英)、「ドラキュラ血のしたたり」('72年/英)などといった作品が作られていて、さらにはそこから派生するかのように女性吸血鬼が出てくる映画が数多く作られていていますが、その多くはエロチックな女性が出てくるレズビアン的な映画となっています(こういうの、好きな人は好きなんだろなあ)。

「血とバラ」('60年/仏・伊)/「バンパイア・ラヴァーズ」('70年/英)/
血とバラ(1961年).jpg 「バンパイア・ラヴァーズ」(1970年).jpg
「恐怖の吸血美女」('71年/英)/「ドラキュラ血のしたたり」('72年/英)
恐怖の吸血美女(1971年).jpg ドラキュラ血のしたたり(1972年).jpg
「催淫吸血鬼」('70年/仏)/「鮮血の花嫁」('72年/スペイン)
催淫吸血鬼(1970年).jpg 鮮血の花嫁(1972年).jpg

【1970年文庫化[創元推理文庫]】
  

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