2022年1月 Archives

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『大穴』の主人公が再登場。シリーズの中で『興奮』に比肩しうる傑作。

利腕 単行本.jpg『利腕』(ハヤカワ・ミステリ文庫).jpg利腕 文庫カバー.jpgI 利腕.jpg
利腕 (1981年) (Hayakawa novels―競馬シリーズ)』『利腕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-18 競馬シリーズ)
利腕.jpg 片手の競馬専門調査員シッド・ハレーのもとに、昔馴染みの厩舎から依頼が舞い込む。絶対とも言える本命馬が謎の調子の悪さを見せて失速、次々と原因不明のままレース生命を絶たれるというのだ。馬体は万全、薬物の痕跡もなく、不正が行われた形跡は全くないのだが...。厩舎に仕掛けられた陰謀か、それとも単なる不運か? 調査に乗り出したハレーを襲ったのは、彼を恐怖のどん底に突き落とす脅迫だった。「手を引かないと、残った右手を吹き飛ばすぞ」と―。

 ディック・フランシス(1920-2010/89歳没)の1979年発表作(原題:Whip Hand)で、作者の"競馬シリーズ"40作の中で、「英国推理作家協会(CWA)賞(ダガー賞)」(1979年)のゴールド・ダガー賞と、「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」(1981年)という、英米の両方の賞を受賞した唯一の作品です。

 "競馬シリーズ"の第4作『大穴』('65年)で登場したシッド・ハレーが再登場し、その後も『敵手』('95年)、『再起』('06年)に登場するという、基本的に毎回主人公が変わる"競馬シリーズ"の中では数少ないシリーズキャラクターとなっています。

 その主人公シッド・ハレーは、元は競馬騎手で、大障害レースでチャンピオンになったりしましたが、落馬事故をきっかけに左腕を義手にせざるを得なくなり、ラドナー探偵社の調査員に転職、さらに独立して競馬界専門の調査員となってこの作品に登場したというのが、それまでの経緯です。

 前作『大穴』は、絶望の中でだらしなく生きていたシッド・ハレーが、恐喝事件を解決するための任務で銃で撃たれてしまったのを機に再び燃え上がる復活物語になっていましたが、今回の作品のシッド・ハレーは、強い自制心を持って物事に相対する、本来の彼の姿となっているように思いました。身長は167センチと小柄ですが、幼少の頃から苦労を味わい尽くしていて、忍耐強さが彼の本分なのです。

 本命馬が突然不調になる事件を軸として、シンジケートの件、元妻の詐欺師事件、保安部の不正といったさまざまな事件が互いに関連し合ったり、あるいはまったく別個に発生して(全部で4人の依頼主と4つの事件があることになる)、うち2つの事件は、シッド・ハレーや相棒のチコ・バーンズへの先制攻撃・脅し・暴力に満ちており、前作が復活物語ならば、今回は、シッド・ハレーが恐怖を克服する物語となっていると言えます。

 周囲の人間はシッド・ハレーのタフガイぶりを「神経がない」と評しますが、内面はその反対で、彼はしばしば恐怖に苛まれていて、その辺りの人間らしさも魅力です。調査員という職業柄、ハードボイルド風でスパイ小説風でもある展開ですが、気球に乗って追っ手から逃れ、最後は取っ組み合いになるなどのアクション場面も豊富です。

このシリーズの主人公は、結構ラストで身体を張って、実際、身体を傷つけながら、さらには命を危険に晒しながら事件を解決するというのが多いように思いますが、シッド・ハレーはその典型。007シリーズで言えば、ショーン・コネリーが演じていた頃のジェームズ・ボンドではなく、最近のダニエル・クレイグの演じるボンドに近いかも。

 その分、最後までハラハラドキドキさせられました。今まで『興奮』が"競馬シリーズ"の最高傑作だと思っていましたが、この作品もそれに匹敵するくらいの出来ではないでしょうか。『大穴』の続編と見做されるせいか、人気ランキングで『興奮』の後塵を拝しているようですが、シリーズのファンの中には『興奮』よりこちらを上にもってくる人もいるようで、何となく分かる気がしました。

【1985年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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主人公は競馬記者。終盤の逆転に次ぐ逆転はスリルたっぷり。

ディック・フランシス 罰金 ハヤカワ・ポケット.jpg『罰金』(ハヤカワ・ミステリ文庫).jpgI罰金.jpg
罰金 (1974年) (ハヤカワ・ミステリ)』『罰金

 「忠告だ!自分の記事を金にするな。絶対に自分の魂を売るな!」そう言い遺して、《サンディ・ブレイズ紙》の競馬記者のバート・チェコフは7階のオフィスの窓から転落した。同僚のジェイムズ・タイローンには、彼の遺した言葉の意味が解らなかったが、その後、バートが新聞記事で買いを勧めた馬が出走を取り消したのを知った時、彼の背中を冷たいものが走った。派手に人気を煽った馬の出走取り消しは、賭け屋に莫大な利益をもたらすのだ。何かある! 競馬の不正行為にバートが関連していたのだろうか? バートの死に際の言葉はこの不正を示唆していたのか? 記者の魂を売り渡し、追いつめられて死んだのだとすれば、背後には誰が? 調べだしたタイローンに危険が迫る―。

 ディック・フランシス(1920-2010/89歳没)の1968年発表作(原題:Forfeit)で、作者の"競馬シリーズ"の第7作で、1970年の「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」の受賞作です。原則として毎回主人公が変わるこのシリーズ(ただし、『大穴』『利腕』など4作に登場のシッド・ハレーといった例外あり)の今回の主人公ジェイムズ・タイローンの職業は競馬記者です。

 その主人公の'私'(タイ)の妻エリザベスは小児麻痺のために左手をほんの少ししか動かす事が出来ず、呼吸さえも機械の助けを借りないと出来ないという状況にあり、また夫婦生活ができないことで、自分は夫に見放されるのではないかとの扶南を抱いています。タイは正常で健康な男性でもあるので、自己嫌悪と罪の意識を感じながらも、やむを得ず他の女性と関係を持つことも。そこには愛は無いという前提だったのが、今回の事件の調査を続けるうちに知り合った女性とお互いに惹かれあったことから、相手の女性は自分では知らないままタイの敵に脅迫の手段を与えてしまうという皮肉な流れになります。

 事件の方もこのシリーズ特有の多重構造の様相を呈していますが、核となる不正行為のからくりは、重賞レースなら出走日以前にも賭けられる英国の障害競馬の賭けのシステムを悪用したもので、有力馬を探し、競馬専門紙の記者を脅迫・買収してその馬が絶対勝つと思い込ませるような記事を書かせ、国内にネットワークを持つ賭け屋と結託し、賭け金が吊り上がったところで、今度は馬主を脅迫して直前に出走を取り消させるというものでした。

 今回は核となる犯罪のミステリの構造はそれほど複雑なものではなく、主人公と妻や女性との関係にもかなりページを割いていることもその要因としてあったのかなあと思いましたが、終盤に来て、レース本番まで極秘に保護している有力馬をどこに隠すか、敵方との逆転に次ぐ逆転はスリルたっぷりで、結局いつも通り(笑い)ハラハラドキドキさせられました。しかし、このやり方は、ジャンルは少し違いますが、冒険スパイ小説のロバート・ラドラムなどを想起させ、これ、やりすぎると軽くなるような気も(途中、恋愛小説的要素もあった分、ラストでスパートをかけた?)。

 読み終わった直後は"ハラハラドキドキ"の余韻で、『興奮』や『利腕』よりも上かなと思いましたが、時間が経つとそこまでの評価にはならないかなという感じ(それでも星4つはあげられる)。町を行くすべての男性が振り返るような女性が、最後「パン屑を食べても一緒にいたい男を見つけても...自分の物にすることができない」(これ、タイのことなのだが)と嘆くのが印象的。でも、エリザベスとの関係が回復したのは良かったけれど、医者のトニオはエリザベスに、夫をもっと自由にさせるよう助言したということなのかな。

 因みに、ディック・フランシスは、騎手引退後に《サンディ・イクスプレス紙》で競馬記者をしており、愛妻メリイは小児麻痺に罹り、本書のエリザベスほど重症ではないものの人工呼吸器を使っていたとのこと。本書の'私'のモデルは作者自身とも言えるかと思います。

【1977年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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俳優は素人ばかりだが雰囲気は出ていた。制作秘話に事欠かないみたい。

吸血鬼 (1932年画)dvd.jpg吸血鬼 [DVD]」['02年]
バンパイア ドライヤー.jpg 吸血鬼 (1932年画)dvd1.jpg吸血鬼 (1932年画)dvd2.jpg 吸血鬼 (1932年画)dvd5.jpg 女吸血鬼カーミラ.jpg
ヴァンパイア [DVD]」['06年]/「ヴァンパイア 《IVC BEST SELECTION》 [DVD]」['11年]/「カール・Th・ドライヤーコレクション 吸血鬼 ボローニャ復元版 [DVD]」['11年]/シェリダン・レ・ファニュ 『女吸血鬼カーミラ
吸血鬼 (1932年画)1.jpg 主人公アラン・グレー(ジュリアン・ウェスト)は、ある夜遅くクルタンピエール村の寂れた旅館へやって来る。その周囲の凄惨な光景が彼に強い印象を与えた。宿では朝まで眠れなかった。それ以来アランは、説明のつかないような現象を目にするようになる。宿には義足の男と村医者(ジャン・ヒエロニムコ)と老婆(ヘンリエット・ジェラルド)がいた。宿主(モーリス・シュッツ)はアランに何かを託して、自分の死後に開けるよう書き遺す。アランが奇妙な影を追いかけると屋敷があり、主人が宿主で病に伏す長女レオーヌ(ジビレ・シュミッツ)と妹のジゼル(レナ・マンデル)、それに何人かの召使が暮らしていた。やがて主人は何者かに銃で撃たれて死ぬ。続いて、レオーヌが夜中に外に出てさ迷い歩くのを見たアランとジゼルは、レオーネを探して外に出るが、レオーネは闇の帝王に血を吸われてぐったりしているところを見つかって屋敷へ運び込まれる。ジゼルが介抱するが、自分は吸血鬼 姉.jpg呪われていると言い、嘆き悲しんだかと思うと突然不気味に笑う。それを見て慄(おのの)くジゼル。アランが主人の遺したものを開封すると、それは吸血鬼の存在とその魔力について書かれた古い本だった吸血鬼 (1932) jijyo.jpg。アランが本を読み進めると、「吸血鬼は人間に彼らの犯行を手伝わせることがあり、ハンガリーでは悪魔に魂を売った医者が吸血鬼の犯罪の手先になっていた」と書いてあった。村医者はレオーネは助からないが血を欲しがっていると言うので、アランは献血をする。アランが眠っている間、召使が置いてあったアランの本を読むと、「吸血鬼は犠牲者から精気を吸い尽くすと犠牲者を自殺に追い込む。自殺した者は来世も放棄するからで天国の扉が開かないからだ」と書いてある。そこには、「胸に鉄の杭を打ち込むと、本当の意味で死を迎える」とも書いてあった。真実は、老婆こそが吸血鬼であり、村医者とその助手の義足の男とを自分の忠実な下僕にし、義足の男に主人を殺害させ、村医者が主人の長女レオーヌをさらって吸血鬼の餌食にしたのだった。この吸血鬼はかつて世にありし時に犯した罪悪のために墓場に入っても静安を得ることの出来ない女亡者で、人間の生き血を吸わねば生きていられないのだ。その第一の犠牲者が、長女レオーヌだったのだ。乗り越えるべき困難を前に、ジゼルとアランとの間に強い愛情が生まれる。吸血鬼に侵された病めるレオーヌは、村医者の企みにより自殺させられそうになるがアランに気づかれ、毒薬の瓶は彼女の手からもぎとられる。その毒薬は、吸血鬼がレオーヌに飲ませるべく村医者に渡したものだった。アランは眠りに吸血鬼 (1932) 幽体.jpg襲われる。――眠っているアランから意識が抜け出して、建物に入る。中にはジゼルが捕らわれていた。さらにそこには棺があり、蓋を開けるとアラン自身が入っていた。驚くアランだが、村医者とその下僕がやってきて、棺の蓋を閉めると釘を打つ。アランは棺の中から外を、町の風景を見上げている。空が見え、建物が見え、鐘の音が聞こえて棺は運ばれていく――。眠っている本当のアランの横を棺が運ばれていき、アランは目を覚ますと召使が行くのが見える。召使が墓を暴くのをアランは手伝い、出てきた棺の蓋を開ける。中にはレオーネの血を吸っていた老女がいて、召使がその胸に鉄の杭を突き刺すとその姿はたちまち白骨に。その時、臥せっていたレオーネは起き上がり、元気になる。義足の男は崖から落ちて死に、村医者も逃げ込んだ製粉所で粉に埋もれてその命を落とそうとしていた。同じ頃、アランは愛するジゼルと共に、夜の恐怖の去った森で、輝かしい夏の朝を迎えていた―。

吸血鬼 (1932年画)dvd4.jpg デンマークノカール・テオドア・ドライヤー(「裁かるるジャンヌ」('28年)/「奇跡」('55年))が監督した1930年制作、1932年5月公開のフランス・ドイツ合同映画で、日本では「ヴァンパイア」という題名で呼ばれることもある作品です。

吸血鬼 (1932年画)9.jpg ドライヤーは超自然の存在を題材とした作品を書こうと思って30冊以上のミステリ小説を読み、「なぜかドアが開いたり、わけもなくドアノブが動く」といったいくつかの要素がよく出てくることに気づいて、「我々ならこういうのを楽しく作れそうだ」と思ったとのこと。ロンドンとニューヨークで1927年に舞台版「ドラキュラ」が大ヒットした折でもあり、吸血鬼物は時代の最先端を行くと考えていた彼は、脚本において、シェリダン・レ・ファニュの同性愛女吸血鬼カーミラ.jpg的要素のある吸血鬼小説『女吸血鬼カーミラ』(1872)(それで女性吸血鬼なんだ。カミーラのように若い姿に化けないで老女のままだが)と、生き埋めを題材とした短編「ドラゴン・ヴォランの部屋」(創元推理文庫に訳出されている)を基にしたとのことです。

吸血鬼 (1932年画)医師.jpg ドライヤーはキャスティングとスカウトを開始して貴族ニコラ・ド・ガンズビュールと知り合い、彼を主役にするという条件で作品の資金提供の約束を取り付け、俳優になることを許していなかった家族と揉めたガンズビュールは、ジュリアン・ウェストという芸名で出演することに。彼に限らず、この映画の出演者のほとんどは素人で、城主役のモーリス・シュッツとその長女レオーネ役のジビレ・シュミッツだけがプロの俳優で、あとは、村医師役のジャン・ヒエロニムコなどは、ドライヤーが深夜のパリの地下鉄でスカウトした人物だったとのこと。映画に出ないかと持ちかけられた時、ヒエロニムコはぽかんとドライヤーを見つめそのまま答えなかったが、後で出演の意向を伝えたとのことで、他の素人出演者も同様に店先やカフェで声をかけられたそうです。

吸血鬼 (1932年画)陰.jpg そのせいか、この作品を観ると、ドライヤーは俳優の演出よりも背景づくりに力を入れている印象があり、その部分については、前衛的なカメラワークを駆使するなどして雰囲気はよく出ていて、1930年に製作された作品としては上出来ではないでしょうか。ストーリー自体ははっきりしない部分も多く、ただただ全体を通して恐ろしい夢の中のような雰囲気に包まれていますが(全部を夢想家である主人公の夢であるとする見方もあるようだ)、ガーゼをカメラから90cm離れたところに置き、それを通じて撮影したりしたようです(わざとボカしたのか)。

吸血鬼 (1932年画)8根」.jpg吸血鬼 (1932年画)ミール1.jpg吸血鬼 (1932年画)ミール2.jpg 脚本の草稿では、村医師が村から逃げようとして沼地にとらわれるという展開だったそうですが、スタッフが沼地探しに行った途中で製粉場を見つけ、その製粉錠の窓やドアの周りに白い影が現れたのを目の当たりにして、村医者が製粉場で大量の小麦粉に押し潰されて死ぬというものに変更されたそうです。ドライヤーというと重々しい作品のイメージがありますが、何だか制作秘話に事欠かないみたいで楽しいです。

 映画の目的について尋ねられた際、ドライヤーは「特にこれといった意図はありません。他の映画と違ったものを撮りたかったと思っただけ。私は映画界に新たな風をもたらしたかったのです、あなたが望むのならば。それだけです。そしてこの意図はうまくいったかと思いますか? 私はそう思います」と答えたそうです。

吸血鬼 (1932年画)夢.jpg 当時、この作品をある評論家が、同時期のトッド・ブラウニング(「フリークス」('32年))が監督し、ベラ・ルゴシ(「モルグ街の殺人」('32年))が主演した吸血鬼映画「魔人ドラキュラ」('31年)の亜流というよりも、ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリによる、実験映画としての性格の強い「アンダルシアの犬」('28年)などの作品に近いと評したそうですが、ほとんどの人がそう思うのではないでしょうか(主人公が幽体離脱し、棺に入れられている自分を見る場面などはまさにそう)。ただ、「アンダルシアの犬」に比べればまだストーリー性がある方で、分かりやすい作品ではないでしょうか。

「ベロニカ・フォスのあこがれ」.jpg 因みに、吸血鬼に憑かれた長女レオーヌを演じたジビレ・シュミッツは、戦前のドイツ映画で活躍しましたが、戦後はキャリアを失いモルヒネ中毒に苦しんだ末、自殺を遂げています。このジビレ・シュミッツの伝記に着想を得て映画化したのがライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の「ベロニカ・フォスのあこがれ」('82年/西独)で、第32回「ベルリン国際映画祭」で金熊賞を受賞しており、1979年の「マリア・ブラウンの結婚」、1981年の「ローラ」とともにファスビンダーの「西ドイツ三部作(BRD Trilogy)」と称されています。

「ベロニカ・フォスのあこがれ」('82年/西独) ローゼル・ツュヒ
   
吸血鬼 (1932)04.jpg「吸血鬼(ヴァンパイア)」●原題:VAMPYR●制作年:1930年(公開年:1932年)●制作国:フランス・ドイツ●監督:カール・テオドア・ドライヤー●製作:カール・テオドア・ドライヤー/ジュリアン・ウェスト●脚本:カール・テオドア・ドライヤー/クリステン・ジュル●撮影:ルドルフ・マテ●音楽:ウォルフガング・ツェラー●原作:シェルダン・レ・ファニュ●時間:75分(82分)●出演:ジュリアン・ウェスト/レナ・マンデル/ジビレ・シュミッツ/ジャン・ヒエロニムコ/ヘンリエット・ジェラルド/ジェーン・モーラ/モーリス・シュッツ/アルバート・ブラス●日本公開:1932/11●配給:東和商事(評価:★★★★)

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ストーリーの面白さでぐいぐい読み進むことができた。ヒロインのキャラが立っている。

吸血鬼ドラキュラ (角川文庫).jpg 『吸血鬼ドラキュラ』 昔の創元推理文庫の表紙.jpg 吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫).jpg Bram_Stocker_1847-1912.jpg
吸血鬼ドラキュラ (角川文庫)』['14年](カバー:山中ヒコ)/『吸血鬼ドラキュラ (1963年) (創元推理文庫)』['63年](カバー:石垣栄蔵)/『吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)』['71年]/Bram Stocker(1847-1912)
『吸血鬼ドラキュラ』 角川文庫.jpg『吸血鬼ドラキュラ』 創元推理文庫o.jpg 事務弁護士のジョナサン・ハーカーは、ロンドンに屋敷を購入したいというドラキュラ伯爵との交渉のためトンラシルヴァニア山中の古城まで旅する。到着した城では、黒ずくめで長身のドラキュラ伯爵に迎えられる。伯爵の唇は毒々しい赤、その端からは尖った白い犬歯が出ており、息は生臭い。伯爵と英語で話す日が3日すぎた朝、持参の小鏡でヒゲ剃りを始めると、「おはよう」と伯爵が肩に手をやるが、鏡に伯爵の姿が映っていないことに驚く。手が滑り、頬から出血すると、伯爵が彼の喉笛に飛びかかる。身を引いた拍子に手が首の十字架にふれると、伯爵はとたんに「手当を」と言って、窓から鏡を外へ投げ捨てる。囚われの身であることに気づいた彼は、脱出方法を探しながら2ヵ月近くを過ごす。ある日、納骨所の木箱の一つに伯爵が死んだように横たわっているのを発見、2日後にまた行ってみると、若々しく膨らんだ伯爵の口のまわりが血だらけだった。魔女のような3人の怪女も現れて彼を苦しめる。ロンドンでは、ジョナサンからの連絡が途絶え、婚約者のミーナが気を揉む。ミーナの友達のルーシーは、3人の男性から求婚され、アーサー・ホルムウッド(ゴダルミング卿)を選んで幸福の絶頂にいた。しかし、近ごろ奇怪な夢遊病にかかり、夜中に外を歩き回って朝になるとその記憶がなく、体は衰弱していく。ルーシーの求婚者の一人でもあった精神病院の院長のジョン・セワードが診察するものの良くならず、恩師ヴァン・ヘルシング教授に救援を依頼する。駆けつけたヘルシング教授がルーシーの体に血液が足りないと診て輸血の手配をすると、彼女の首に2つの穴を発見する。教授は、ルーシーにニンニクの花輪を渡し、いつも身に着けているように指示する。どんどん血がなくなっていくルーシーに、もう一人の求婚者だったテキサスの大地主クインシー・モリスも駆けつけて輸血を申し出するが快方には向かわず、むき出しになってきた白い歯が尖り出す。やがてルーシーは亡くなって葬られるが、死に顔には元の美貌が戻り、首の穴も消えている。新聞は、人攫いの女に誘拐された子供が首にかみ傷をつけて戻るという怪事件の続発を報道、教授は、事件は実はルーシーの所業であるという。またセワード院長の奇妙な精神病患者レンフィールドは蝿、蜘蛛、鳥などを食べ、妙な説を唱え続けていたが、この男も伯爵の支配下にあるのだと。一方、ジョナサンはなんとか城を脱出して帰国し、ミーナと結婚していたが、伯爵は彼女に目をつけ、つけねらうようになる。レンフィールドを操ってセワードの病院に潜入した伯爵は、何万匹ものネズミの魔物を使ってパニックを引き起こす。ミーナを捉えると首を噛み、自分の爪であけた胸の傷口に彼女の口を押しつけて血を飲ませる。教授の用意した「聖餅」の効力で伯爵は退散するが、ミーナは「汚されてしまった」と嘆き、額に「聖餅」を当てると悲鳴を上げ、赤い痣ができる。ミーナの心に伯爵が入り込んだのだ。伯爵は自分の城へ帰ったらしいが、教授は、大都会で自分と同じ「不死者」を増殖させるのが伯爵の計画で、放置すればミーナも死後は彼と同じ「不死」の怪物になるという。事態を食い止めるには、ドラキュラ城まで追撃して彼を撲滅するしかないと、セワード、ゴダルミング卿、クインシーとジョナサンで計画を練る。ミーナからは催眠術でドラキュラの思考を引き出せるようになっていたので、彼女も加えたグループで東へと出発、城へ着くと、かつてジョナサンに迫った3人の魔女から攻撃を受ける。戦闘中、クインシーは深手を負うものの、彼らを撃退して、ついに納骨所の例の木箱に伯爵を発見。ジョナサンの大刀が伯爵の喉元を貫き、クインシーの匕首が胸に深く突き刺さると、その体は粉々の塵となって影も形なくなる。最期の瞬間の伯爵の顔には「平和の色」が浮かび、ミーナの額からは痣が消え、深手を負っていたクインシーもそれを見てにっこり笑って死ぬ―。

女吸血鬼カーミラ.jpg 1897年5月26日に刊行されたアイルランド人作家ブラム・ストーカー(1847-1912/64歳没)のゴシック・ホラー小説。ドラキュラ以前に書かれた同じアイルランド人作家でトリニティ・カレッジの先輩であるシェリダン・レ・ファニュの『カーミラ』(1872年)の影響が強く見られ(実際、ドラキュラの初稿では舞台はトランシルヴァニアではなくカーミラと同じオーストリアだった)、棺で眠るなどもカーミラと共通で、以降の吸血鬼作品のモデルになっています。

 アイルランドの吸血鬼伝説の影響も受けていて、「吸血鬼小説」としては『吸血鬼』(1819年)や『吸血鬼ヴァーニー』(1847年)などこれら以前にあり、前者については、イギリスの詩人バイロン、パーシー・シェリーと、バイロンの愛人(後に妻)メアリー・ゴドウィンの3人に、バイロンの主治医であるジョン・ポリドーリを加えた4人で、レマン湖畔の別荘に滞在した時、それぞれ怪奇小説を書いてみよう、ということになり、その時に、メアリーが書いたのがあの有名な『フランケンシュタイン』(1818年)ですが、バイロンが吸血鬼ものの物語の出だしとなる『断片』を書いており、これをジョン・ポリドーリが完成させたのが『吸血鬼』でした。

『ドラキュラ』水声社.jpg この小説を読むのは個人的には何十年ぶりかですが、かなりの部分が手紙や日記形式になっていて、角川文庫で660ページとページ数もあり、最初は読み進むのにやや時間を要しますが、読み慣れてくるとストーリーの面白さもあってぐいぐい読み進むことができます。

 久しぶりに読み返してみて、4人の若者が力を合わせ、教授(この人も結構若そうな感じ)の知恵を借りてドラキュラ伯爵を倒したのだなあと改めて思い出しました(複数ヒーロースタイルだったことを忘れてしまっていた)。ヒロインたるミーナが、いったんはドラキュラに侵されながらも、逆にそれを利用して、自分に催眠術をかけ、ドラキュラ探索の羅針盤としてほしいと申し出るなど、ヒロインとしてのキャラがぐっと立っていて、その分、4人に分散されたヒーロー一人一人のキャラクターの印象が弱いのかもしれません。

 角川文庫のための訳し下ろしである田内志文氏の新訳は読み易かったですが、表紙イラストは何とかならなかったものか。自分が昔読んだのは、平井呈一訳『世界大ロマン全集〈第3巻〉魔人ドラキュラ』(1956)を創元推理文庫に移植したものではなかったかと思いますが、こちらも、今読んでも、読みつけてしまえば(活字が小さいことを除いて)そう読みにくくはないです。また、単行本『ドラキュラ』('14年/水声社)という完訳詳注版もあり、こちらは140ページにも及ぶ注釈が充実しています。

 この物語をベースにした映画などの話になると、原作の最初の正規の映画化作品であるトッド・ブラウニング監督の「魔人ドラキュラ」('31年/米)をはじめいくらでもありそうですが、また別の機会にします。

【1963年文庫化・1971年新装版[創元推理文庫(平井呈一:訳)]/2004年再文庫化[講談社文庫(菊地秀行:訳)]/2014年再文庫化[角川文庫(田内志文:訳)]】

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元祖ドラキュラ小説のそのまた元祖は女ドラキュラ。ゴシックホラー&レズビアンの香り。

I女吸血鬼カーミラ.jpg女吸血鬼カーミラ.jpg 『女吸血鬼カーミラ』創元推理.jpg  シェリダン・レ・ファニュ.png
長井那智子訳『女吸血鬼カーミラ』['15年]/平井呈一訳『吸血鬼カーミラ (創元推理文庫 506-1)』['70年] ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ(1814- 1873)
『女吸血鬼カーミラ』挿画(にしざかひろみ)
『女吸血鬼カーミラ』 2.jpg 早くに母を亡くし、父と城暮らししていたローラは、幼い頃のある晩、一人きりで目を覚ました。泣いていると、美しい女性がやさしくローラを撫でながらそばで横になり、抱き寄せてくれた。ローラが眠り込んだところ、胸にずぶりと刺されたような感じがした。女中たちが調べてくれたが、刺された後は無かった―。ある夏、スピールドルフ男爵から娘が亡くなったとの知らせがローラの父に届く。ローラは男爵の娘と夏を一緒に過ごす予定だったのだ。手紙には、怪物を捜索し退治するという要領を得ない決意が書かれていた。そんな折、ローラの住む城の近くで馬車の事故が起こる。助け出された母親は「急ぎの旅なので娘は置いていかなければ」と言い、ローラの父は、事故に遭った娘の身柄を引き受けることに。母親は「3ヶ月たてば娘を迎えに来る」「身分も住まいも明かせない」と言う。娘はカーミラといい、ローラが会ってみると子供の頃の体験に出てきた少女とそっくりなので驚く。カーミラもまた、自分も子供の頃夢の中でローラを見たと告げる。すぐにうちとけた二人だったが、カーミラが自分の身元を話さないことにローラは焦れる。御料林の監守の娘の葬儀があったとき、カーミラは賛美歌に怯える。そして、監守の娘と同じ症状で衰弱死する娘があちこちに出る。ローラ自身も、夢の中で胸を刺されたような痛みを覚え、飛び起きると傍らに女性が立っていたようだった。以降ローラは日増しに具合が悪くなっていく。一方のカーミラは、夜中に部屋から消え、翌日の午後、いつの間にか部屋に戻っているようだ。ローラが医者の診察を受けると、医者は何か気がついた様子。ローラ、父と家庭教師とともにカルンスタインの古城へ向かうことになる。その折、スピールドルフ男爵に会う。男爵の話では、ミラーカという娘を預かってまもなく、娘は具合が悪くなり死んでしまったのだが、娘が死ぬ前にミラーカが娘を襲っているのを見たと言う。一行はカルンスタインの礼拝堂がある城跡に到着し、そこでスピールドルフ男爵は1世紀以上前に亡くなっているはずのカルンスタイン伯爵夫人マーカラに会ったことを明かす。スピールドルフ男爵は、彼女は死んでおらず、自分は娘の仇に復讐しなければならないと言う。〈カルスタイン伯爵夫人マーカラ〉=〈ミラーカ〉=〈カーミラ〉」だったのだ―。

初出誌「ダーク・ブルー」の挿絵(1872年)
カーミラ 1872.jpg256px-Carmilla.jpg アイルランド人作家ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ(1814- 1873/58歳没)による1872年刊行の小説であり、レ・ファニュは怪奇小説とミステリーを得意としたゴシック小説作家ですが、とりわけ、この「女吸血鬼カーミラ」は、ドラキュラのイメージを決定づけた作品として知られています。と言っても、「女のドラキュラ」ではないか、との声もあるかと思いますが、男性版ドラキュラの元祖とされる、同じくアイルランド人作家のブラム・ストーカー(1847-1912/64歳没)の『吸血鬼ドラキュラ』が刊行されたのが1897年で、この作品の35年後であり、しかも、ブラム・ストーカーはこの作品から多くのヒントを得ていることを考えると、やはり、この「女吸血鬼カーミラ」は、元祖的と言うか、元祖ドラキュラのそのまた元祖という感じがします(因みに、「吸血鬼小説」としては『吸血鬼』(1819年)や『吸血鬼ヴァーニー』(1847年)などが本作以前にあるため、あくまでも「ドラキュラ小説」の元祖ということになる)。

 因みに、ローラと暮らしたカーミラの特徴は、
 ・寝る時は部屋に鍵をかけ、部屋に他人が居たまま寝ることを拒絶する。
 ・度々ローラに愛撫のような過剰なスキンシップをしながら愛を語る。
 ・ただし、その文言は生死に関わるものばかりである。
 ・起きてくるのは毎日正午を過ぎた昼日中で、食事はチョコレートを1杯飲むだけ。
 ・葬列に伴う賛美歌に異常な嫌悪感を表し、気絶しないようにするのが精一杯でいる。
 ・城へ来た旅芸人から錐や針に例えられるほど、異常に鋭く細長い犬歯をしている。
 と言ったもので、もう吸血鬼風がぷんぷん漂います。

新訳 吸血鬼ドラキュラ 女吸血鬼カーミラ.jpg カーミラが「度々ローラに愛撫のような過剰なスキンシップをしながら愛を語る」ことから、レズビアン小説の色合いも濃くて、当時の時代背景からすれば発禁本になるところですが、作者は、「吸血鬼には性別が無いのでレズビアンには当たらない」として発禁を免れたようです。今ならば、ゴシックホラー小説(訳者の長井那智子氏は幻想小説としている)であると同時にレズビアン小説という評価になってもおかしくないかも。

 平井呈一訳『吸血鬼カーミラ』('70年/創元推理文庫)が完訳版として古く、その後、ジュニア版の翻訳は多く出ていますが完訳版が無かったのが、長井那智子氏の訳による本書『女吸血鬼カーミラ』('15年/亜紀書房)が45年ぶりの完訳版として刊行され、それに続いてKindle版の完訳版が複数出ています。

 また、ジュニア版ということでは、長井那智子氏も、本書の前年に『新訳 吸血鬼ドラキュラ 女吸血鬼カーミラ』('15年/集英社みらい文庫)を出しており、1冊でブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」(要約版)と併せて愉しめるようになっています。

新訳 吸血鬼ドラキュラ 女吸血鬼カーミラ (集英社みらい文庫)』(ジュニア版)
長井那智子:訳

カール・テオドア・ドライヤー監督「吸血鬼(ヴァンパイア)」 ('30年/仏・独)
吸血鬼 (1932)04.jpg 因みに、カール・テオドア・ドライヤー監督の古典的映画「吸血鬼(ヴァンパイア)」 ('30年/仏・独)は、このレ・ファニュの『女吸血鬼カーミラ』を原作としていますが、映画に出てくる女吸血鬼は老婆であり、映画にレズビアン的な表現はありません。ただし、その後の時代において、『女吸血鬼カーミラ』を原作とするロジェ・ヴァディム監督の「血とバラ」('60年/仏・伊)、ロイ・ウォード・ベイカー監督の「バンパイア・ラヴァーズ」('70年/英)や、或いは「バンパイア・ラヴァーズ」の後継でこの小説を下敷きとする「恐怖の吸血美女」('71年/英)、「ドラキュラ血のしたたり」('72年/英)などといった作品が作られていて、さらにはそこから派生するかのように女性吸血鬼が出てくる映画が数多く作られていていますが、その多くはエロチックな女性が出てくるレズビアン的な映画となっています(こういうの、好きな人は好きなんだろなあ)。

「血とバラ」('60年/仏・伊)/「バンパイア・ラヴァーズ」('70年/英)/
血とバラ(1961年).jpg 「バンパイア・ラヴァーズ」(1970年).jpg
「恐怖の吸血美女」('71年/英)/「ドラキュラ血のしたたり」('72年/英)
恐怖の吸血美女(1971年).jpg ドラキュラ血のしたたり(1972年).jpg
「催淫吸血鬼」('70年/仏)/「鮮血の花嫁」('72年/スペイン)
催淫吸血鬼(1970年).jpg 鮮血の花嫁(1972年).jpg

【1970年文庫化[創元推理文庫]】
  

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変わった作品が多かった。個人的には、1番「考える人」(井上靖)、2番「誤訳」(松本清張)。
『名短篇、ここにあり』.jpg『名短篇、ここにあり』(ちくま文庫).jpg 北村薫 宮部みゆき.jpg
名短篇、ここにあり (ちくま文庫)』北村薫 氏/宮部みゆき 氏

 北村薫・宮部みゆき両氏の編による「名短編」セレクト集の第一弾(この後、第二弾『名短篇、さらにあり』('08年)から第六弾『教えたくなる名短篇』('14年)まで続く)。ここでは、半村良、黒井千次、小松左京、城山三郎、吉村昭、吉行淳之介、山口瞳、多岐川恭、戸坂康二、松本清張、井上靖、円地文子の短篇12編を収録しています。

となりの宇宙人 SF短篇集.jpg 「となりの宇宙人」(半村良)... 宇宙船が難破して、近所に落っこってきたが―。後の展開はほとんど落語の世界。宇宙人も「宙さん」とか呼ばれたりして(笑)。宮部みゆき氏が、SFの大家が「こんなメタメタなSFを小説新潮に書いてらしたとは」と驚いた作品。ただ、本書刊行の前年に河出文庫からこの作品を表題作とする短篇集が出ているので、意外と知っている人は知っている作品なのかも。
となりの宇宙人 SF短篇集 1』['75年/徳間書店]

 「冷たい仕事」(黒井千次)... 冷蔵庫の冷凍器の霜取りに格闘する男たち―。あの霜がごそっととれた瞬間の快感が甦ってきますが、その達成感を男同士で共有するところが、本質的にサラリーマン小説なのだろなあ。

 「むかしばなし」(小松左京)... 学生が村の年寄りを語り部にして聞いた70年前の話が、実は自分が姉を殺してその肉を味噌煮に入れてその夫に喰わせたという展開に―。「かちかち山」の翻案だったのかあ。

 「隠し芸の男」(城山三郎)... 宴会の隠し芸に執念を燃やす新任課長。昔はこういう中間管理職がいたかもなあ。このタイプ、そこから上には出世しない(笑)。黒井千次と同じくサラリーマン小説。

『少女架刑』2.jpg 「少女架刑」(吉村昭)...肺炎で亡くなり、金銭目的で病院に献体された貧しい家の少女の遺体がどう扱われるかを、少女の意識が死後も在り続けるという設定のもと、少女の視点で描かれているというシュールな作品。「隠れた名作」と言うより、かなり有名な作品で、個人的にも既読

 「あしたの夕刊」(吉行淳之介)... 林不忘の小説に明日の夕刊が今日届くというものがあって、それと同じことが作家である村木にも起きる―。吉行淳之介がこんな星新一みたいな作品を書いていたとは。でも、実際に昔は、夕刊の日付は翌日になっていたというモチーフは、この年代の作家にしか書けないか(翌日の朝刊の速報版的位置づけは今も変わっていないが)。

 「穴―考える人たち」(山口瞳)... 偏軒はイーストのために穴を掘り続ける。そこへ、ドストエフスキイやコーガンが通りかかる―。吉永小百合とか岡田茉莉子とかも出てきて、安部公房の作品みたいにシュールだった。『考える人たち』('82年/文春文庫)の1編。

 「網」(多岐川恭)... ある男の殺害を試みる男の話。その方法は、標的が自宅のプールで泳いでいるところを〈投網〉を被せて溺死させようというものだった―。他にいくらでも方法があるのにね。一度その考え方に固執したら、そこから逃れられない人間の性? 極悪非道な強腰で成り上がった実業家・鯉淵丈夫は過去買った恨みも数多く、復讐を企む7人が彼を亡き者にしようと秘策を凝らすが、誰も彼もが悉く失敗するという連作『的の男』('00年/創元推理文庫)の1篇。

 「少年探偵」(戸坂康二)... ちょっとした身の回りの事件を解決する「少年探偵足立君」。正月早々、寺本さんの家の金印が消えた―。軽い推理落ち。名探偵コナンの奔りみたいな感じか。江戸川乱歩とかも少年探偵ものを書いているし、そうした一つの系にある作品と言えるかも。

 「誤訳」(松本清張)... 稀少言語国の作家がノーベル賞級の賞を貰って、本人が賞金を全部寄付すると言ったのは、実は日本人翻訳家兼通訳の誤訳だったことが判るが、本当にそうだったのか―。面白かった。いかにも本当の話のように書いているのが松本清張らしい。短篇集『隠花の飾り』('82年/新潮文庫)に収められている作品。

 「考える人」(井上靖)... 作家である私は、東北地方への木乃伊(ミイラ)探訪の旅に行く(タイトルは、ある木乃伊がロダンに彫刻の姿勢に似ていることから)。木乃伊になった聖人は、本当に木乃伊になりたかったのか―。これも面白かった。即身仏になるのを先延ばしするために、荒地を開墾したり、洞窟を掘ったりしたのかもね。短篇集『満月』('59年/角川文庫)に収められている作品。

 「鬼」(円地文子)... 女は自分の望みを何でもかなえられるが、それが幸せと直結しない。実は、彼女の母親が娘を手放したくない、娘が女として自分以上の幸せを掴むのは面白くないと思っていた―。人間の心に潜む鬼を描いている。そう言えば円地文子には、古典「春雨物語」に材を得た「二世の縁 拾遺」という作品があって、それを鈴木清順が「恐怖劇場アンバランス」の第1話で「木乃伊(ミイラ)の恋」('70年制作)として映像化しているのを、「考える人」と"即身仏"繋がりで思い出した。

 名作・傑作と言うより変わった作品が多かったように思いますが、この作家がこんな作品を書いているのだなあという新たな発見がありました。既読だった「少女架刑」(吉村昭)を除くと、特に良かったのは最後の3作。1番、2番、3番と順位をつけるならば、1番は「考える人」(井上靖)、2番はショートショートクラスの短さですが「誤訳」(松本清張)、3番は「鬼」(円地文子)となります。1番、2番は共に二重丸つけたいところですが、どちらも作者または語り手の推論で終わっている点がやや弱かったでしょうか。

 最後の「鬼」(円地文子)は、作家で同じく優れた読者家である小川洋子氏が、最近「母との関係に悩む娘」の話が度々話題に上るが、「円地さんは時代をかなり先取りしていたのかもしれませんね」と推していました(そういう読み方もあったのか)。

 これが最後にきているということは、選者らもこの「鬼」が一押しなのかと思いましたが(個人的にはやや苦手なタイプの作品でもあるが)、巻末の対談にやや"昭和的"との評がありました。両氏のネット上での対談(シリーズ全体の中からベスト12篇を選ぶ作業をしている)を読んだりしてみると、宮部みゆき氏などは「鬼」も推していますが、「となりの宇宙人」(半村良)も推していて、やはり冒頭にくるだけのことはあるのでしょう。

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「寒流」が原作。原作とも映画とも異なる結末はイマイチだったが、俳優を見ていて愉しめた。

「愛の断層」1975.jpg「松本清張シリーズ・事故」dvd2.jpg 「愛の断層」11.jpg
土曜ドラマ 松本清張シリーズ 上巻 DVD 全5枚」「愛の断層」平幹二朗/香山美子/中谷一郎

「愛の断層」12.jpg 東陽銀行の支店長・沖野一郎(「愛の断層」13.jpg平幹二朗)は融資先の料亭の女将・前川奈美(香山美子)と深い仲になっていた。だが学生時代からの友人で常務の桑山英己(中谷一郎)は、二人の関係を訝って探[愛の断層_s2.jpg偵の伊牟田(殿山泰司)を使って二人の仲を突き止める。そして、自分の権限を使って沖野から出されていた奈美の店の支店出店のための資金融資の稟議を却下してしまう。その上で、自分と沖野と奈美の三人での温泉旅行を設定し、途中で沖野に帰るよう命じて、自分は奈美を奪ってしまう。失意の沖野は銀行を辞めようとするが、そんなある日、探偵の伊牟田から桑山常務と奈美の密会写真を提供される―。

黒い画集 00_.jpg黒い画集2.png黒い画集3.png黒い画集 第二話 寒流.jpg『黒い画集』 .jpg '75(昭和50)年放送された、NHK「土曜ドラマ」松本清張シリーズ版('75年-'78年)の第3作で、原作は、'59(昭和34)年4月から翌年7月にかけて光文社から刊行された『黒い画集』第1巻から第3巻の中の1つであり、鈴木英夫監督の「黒い画集 第二話 寒流」('61年/東宝)として、池部良(沖野一郎)、新珠三千代(前川奈美)、平田昭彦(桑山常務)の出演で映画化されてます。

 一方、ドラマ化作品は以下の通り。
 •1960年「寒流 (日本テレビ)」山根寿子・細川俊夫・安部徹
 •1962年「寒流 (NHK)」原保美・春日俊二・環三千世
 •1975年「松本清張シリーズ・愛の断層 (NHK)」平幹二朗・香山美子・中谷一郎
 •1983年「松本清張の寒流 (テレビ朝日)」:露口茂・山口崇・近石真介
 •2013年「松本清張没後20年スペシャル・寒流 (TBS)」椎名桔平・芦名星・石黒賢
月曜ゴールデン「寒流~黒い画集より」.jpg
2013年・TBS月曜ゴールデン「松本清張没後20年スペシャル・寒流」椎名桔平・芦名星(1983-2020/36歳没)

 このNHK版だけ「愛の断層」というタイトルなので、原作が「寒流」であることを見過ごしている人もいるかもれないと思われます。原作は、銀行員である主人公が踏んだり蹴ったりの目に遭いますが、最後に策を凝らして逆転すると言うか常務を罠に嵌める復讐劇になっています。

「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(1961/11 東宝) ★★★☆ 出演:池部良/新珠三千代
黒い画集 寒流01.jpg黒い画集 寒流03.jpg 一方、鈴木英夫監督の映画の方は、原作同様、主人公(池部良)が仕事上のきっかけで美人女将(新珠三千代)と知り合い、いい関係になったまではともかく、そこに主人公の上司である好色の常務(平田昭彦)が割り込んできて、主人公の仕事人生をも狂わせてしまうというものですが、主人公は原作と異なり、踏んだり蹴ったりの散々な目に遭うだけ遭って、反撃策を講じても相手に裏をかかれ、ただ敗北者で終わってしまう結末になっています(鈴木英夫監督は、欲に駆られて自滅する人間や犯罪者を描いた和製フィルム・ノワール的作品を得意とした)。

「愛の断層」14.jpg そして、このNHKの中島丈博(「無宿 やどなし」('74年)、「祭りの準備」('75年)、「女教師」('77年))脚本版は、どちらでもない結末でした。殿山泰司演じる探偵の伊牟田が、平幹二朗演じる沖野の前に現れる以前に、中谷一郎演じる桑山常務の依頼を受けて、香山美子演じる奈美と沖野の関係を密偵したことがあったというのはドラマのオリジナルです。桑山常務と奈美の密会写真を沖野に渡すのは原作と同じですが(ただし、桑山常務の対抗勢力である"副頭取派"に渡すよりも、写真をどうするか沖野に判断して欲しかったとの注釈がつく)、沖野が奈美といる旅館へ桑山常務を呼び出したり、その際に奈美が問題の写真をこっそり奪ったりと、この辺りはドラマのオリジナルで、どんどん原作と違った方向に行くなあという感じがしました。

「愛の断層」18.jpg.png.jpg 沖野が銀行を辞めるというのもドラマのオリジナルですが、原作とも映画とも決定的に異なるのは、沖野が奈美のところへ出向いて写真もネガも燃やして欲しいと頼むところで、奈美はそれを拒絶し、副頭取に送ると言い放ったために二人は揉み合いに。最後は転落事故でしたが、「無理心中」にされているということは、事故&自殺というこ「愛の断層」16.jpgとなのでしょう。それはともかく、どうして最後に沖野が桑山を守るような行動をとったのが謎で、ラストシーンで、むっつり顔の沖野の遺影が桑山にニヤッと微笑みかけるといったシュールなオチから逆算すると、沖野と桑山は最後まで友情で結ばれていたことになります。

「愛の断層」19.jpg しかしながら、最初に三人で旅館に行った際に、桑山が沖野に自分の背中を流せと言ってマウントしたのに対し、後に沖野が桑山を旅館に呼び出したときは沖野が桑山に自分の肩を揉めと言って(どちらもドラマのオリジナル)、権力の見せつけ行為とその仕返しという関係になっていただけに、その底流に「友情」があったとはちょっと理解しがたい気もします(友情と言うよりホモセクシャルな関係ととる人もいるようだ)。

黒い画集 寒流 ド.jpg 一方、奈美の自殺は沖野が死んだショックからのものと考えられ、結局、奈美は沖野を好きだったのだろなあ。原作でも映画でも、奈美は最後は沖野に「はっきり言って、自分より惨めに見える人、好きになれないわ」と絶縁宣言し、そのファム・ファタールぶりを露わにするのですが(新珠三千代が役に嵌っていた)、ドラマの香山美子演じる奈美は、桑山に抱かれた時こそ騙し討ちに遭った気持ちだったけれども、ホントは最後まで沖野のことを好きだったのではないかと考えます。

「愛の断層」香山.jpg
 同じ「松本清張シリーズ」で、この作品の翌週に放送された「事故」もそうでしたが、この頃のこのシリーズ、脚本家の意図かどうかは分かりませんが、メロドラマ的改変が多いように思います。「愛の断層」の場合、原作「寒流」やその映画化作品と異なり、総会屋(映画では志村喬が演じた)ややくざ(映画では丹波哲郎が演じた)も出てこず、「愛の断層」17.jpg.pngタイトルからしてそうですが、主人公の男女の恋愛心理に重点を置いている印象。原作から改変された結末は個人的にはイマイチでしたが、平幹二朗、中谷一郎、殿山泰司といった俳優たちの手堅い演技と、奈美を演じた香山美子(当時31歳)の美貌が堪能で「愛の断層」清張.jpgきるドラマでした。香山美子はこの2年後に「江戸川乱歩の陰獣」('77年/松竹)で初ヌードを披露することになりますが(本作にでも情事の場面がある)、一方で、時代劇「銭形平次」('70年‐'84年/フジテレビ)で平次の妻・お静役を長く務めました。因みに、この「松本清張シリーズ」の第1次シリーズ12作のすべてに原作者・松本清張がカメオ出演しています。

松本清張(タクシー運転手)

松本清張シリーズ・愛の断層  20.jpg「愛の断層」t.jpg「松本清張シリーズ・愛の断層」●演出:岡田勝●脚本:中島丈博●音楽:眞鍋理一郎●原作:松本清張「寒流」●出演:平幹二朗/香山美子/中谷一郎/殿山泰司/高田敏江/森幹太/鈴木ヒロミツ/山崎亮一/松村彦次郎/鶴賀二郎/望月太郎/テレサ野田/桂木梨江/石黒正男/戸塚孝/小林テル/本田悠美子/風戸拳/西川洋子/松本清張(クレジット無し)●放送日:1975/11/01●放送局:NHK(評価:★★★)


●「土曜ドラマ(第1次・第2次)」松本清張シリーズ(全15話)放映ラインアップ
        放送日   脚本/演出       出 演 (《第1次》は松本清張本人がすべてに出演)
《第1次》
 1975年
  遠い接近  10月18日  大野靖子/和田勉   小林桂樹、笠智衆、吉行和子、荒井注
  中央流沙  10月25日  石松愛弘/和田勉   川崎敬三、佐藤慶、内藤武敏、中村玉緒
  愛の断層   11月1日    中島丈博/岡田勝   平幹二朗、香山美子、中谷一郎、殿山泰司
  事故    11月8日   田中陽造/松本美彦   田村高広、山本陽子、野際陽子、二瓶康一(火野正平)
 1977年
  棲息分布   10月15日  石堂淑朗/和田勉   滝沢修、佐藤慶、津島恵子、中山麻里
  最後の自画像  10月22日 向田邦子/和田勉   いしだあゆみ、加藤治子、内藤武敏、乙羽信子
  依頼人    10月29日  山内久/高野喜世志   太地喜和子、小澤栄太郎、二木てるみ、沖雅也
  たずね人   11月5日   早坂暁/重光亨彦   林隆三、鰐淵晴子、小山明子、戸浦六宏
 1978年 
  天城越え    10月7日   大野靖子/和田勉   大谷直子、佐藤慶、鶴見辰吾、中村翫右衛門
  虚飾の花園   10月14日  高橋玄洋/樋口昌弘    岡田嘉子、奈良岡朋子、内藤武敏、河原崎建三
   一年半待て   10月21日  杉山義法/高野喜世志   香山美子、早川保、南風洋子、藤岡弘
  火の記憶    10月28日  大野靖子/和田勉    高岡健二、秋吉久美子、村野武憲、山内明
《第2次》
  天才画の女   1980年4月5日・12日・17日  高橋康夫/高橋玄洋  竹下景子、佐藤慶、 鹿賀丈史、篠ひろ子
  けものみち   1982年1月9日・16日・23日  和田勉/ジェームス三木 名取裕子、山崎努、 西村晃、伊東四朗
  波の塔  1983年10月15日・22日・29日  和田勉/ジェームス三木 佐久間良子、山崎努、 鹿賀丈史、和由布子
土曜ドラマ 松本清張シリーズ3.jpg

「遠い接近」('75年)/「中央流沙」('75年)/「最後の自画像」('77年)/「天城越え」('78年)/「火の記憶」('78年)/「けものみち」('82年)

●松本清張カメオ出演集《第1次・松本清張シリーズ》(1975-1978)
[松本清張 カメオ出演 .jpg

土曜ドラマ 松本清張シリーズ 上巻 DVD 全5枚
土曜ドラマ 松本清張シリーズ1.jpg「遠い接近」(1975/10/18放送)
 昭和23年(1948)、三重県・御在所山の崖から男が突き落とされて死亡。事件の裏には、戦争の傷跡が深く刻まれていた。昭和17年(1942)、自営の印刷色版画工・山尾に召集令状が届く。入隊後は古参兵にいじめられ、朝鮮の前線部隊へ配属、復員すると家族は広島の原爆で亡くなっていた。山尾はふとしたことから自分の召集のカラクリを知り、人生を奪った相手に復讐の炎を燃やす。

「愛の断層」(1975/11/1放送)(原作「寒流」)
 沖野一郎は銀行支店長に就任早々、前支店長から料亭の女将・前川奈美を紹介される。やがて二人は深い仲に。奈美から八千万円の融資を頼まれた沖野は、学生時代からの友人で上役の桑山常務に了解を求めるが、桑山は奈美の体と引き替えという条件を出す。沖野は理不尽な条件に内心憤りつつも逆らえない。若くして支店長になれたのも桑山あってこそ。ある日、沖野は見知らぬ男から桑山と奈美の密会写真を提供され...。

「事故」(1975/11/8放送)
 興信所の調査員・浜口久子は、会社重役夫人・山西三千代の浮気調査を担当する。三千代の情事の確証を得るため、知り合いのトラック運転手に頼んで、夫の留守に山西邸の玄関に突っ込むという事故を起こさせる。現場に待機していた久子は、慌てて2階から下りてきた三千代と愛人を見て衝撃を受ける。なんと三千代の密会相手は、久子が勤める興信所の所長だった...。

「棲息分布」(1977/10/15放送)
 井戸原俊敏は戦時中に軍の物資を横領し、敗戦のどさくさに闇屋から巨財を築いた男。あくどく冷徹に会社を乗っ取り、利権を求めて政界の有力代議士にも近づこうとする。井戸原の過去を握る根本常務は元憲兵で、それをネタに井戸原に一泡吹かせ、金を引き出そうとたくらむ。さらに井戸原の妻や愛人たち、井戸原夫婦の情事をかぎつけたゴシップ記者などもからんで...。

「最後の自画像」(1977/10/22放送)(原作「駅路」)
 定年を迎え、第二の人生を前に小旅行に出かけた小塚貞一。一か月たっても戻らないため、妻の百合子は安否を気遣い捜索願いを出す。二人の刑事が捜索に当たるが、誰に聞いても小塚は謹厳実直で、社内の信頼も厚く、浮いた噂ひとつない。趣味といえば写真と旅行だけ。ところが、その小塚が旅に出る前、銀行から500万円を引き出していたことが判明。さらに、一人の若い女性の存在が浮上して...。

土曜ドラマ 松本清張シリーズ 下巻 DVD 全5枚
土曜ドラマ 松本清張シリーズ2.jpg「依頼人」(1977/10/29放送)(原作は小説としては存在せず)
 美容院を営む佐伯伊佐子は、ある会社会長の愛人で、店も会長に買ってもらったものだ。その会長が息を引き取ると、顧問弁護士の沼田が伊佐子に接触してくる。遺族の意向で伊佐子の出方を探るのが目的だったが、沼田は土地問題で悩んでいた伊佐子の弱みにつけ込み、自分の愛人にしようと画策し始める。追い詰められた伊佐子を、若手弁護士・河村亮平が助けようとするが、法曹界の壁が立ちはだかる。

「たずね人」(1977/11/5放送)(原作は小説としては存在せず)
 3年ぶりに帰国したカメラマンの綾村省三は、オランダで出会ったルキアという女性を連れていた。彼女は日本軍人の父とインドネシア人の母との間に生まれた子どもで、終戦直後に別れた父親を捜しに来日しただった。綾村とルキアはテレビの人捜し番組に出演するが、手がかりは「サイトウ少尉」という名前と、父が母に教えた「砂山」という歌だけだった。

「虚飾の花園」(1978/10/14放送)(原作「獄衣のない女囚」)
 リバーウエストマンションの10階に住むのは、独身女性ばかり。住人の一人で社長秘書の服部和子は、屋上で女性の死体を発見する。死んだのはマンションの住人ではない山本菊江で、他殺と断定。担当刑事らは、動機や犯行時間から容疑者を3人に絞る。元外交官夫人の栗宮多加子、洋裁学校教師の村瀬妙子、そして、モデルの南恭子。捜査が進むにつれて、中年を過ぎた独身女性たちの隠された一面が浮上してきて...。

「一年半待て」(1978/10/21放送)
 郊外の交番に、「夫を殺しました」という子連れの女が自首してきた。女は保険外交員の須村さと子。二人目の子どもができたころに夫の会社が倒産。働きに出たさと子の稼ぎが増えるにつれて、無職の夫は酒と賭博と女に明け暮れるように...。ある日、さと子は、酒を飲んで子どもに乱暴する夫を殺してしまう。世間は彼女に同情して嘆願書も集まり、執行猶予つきで刑は軽くなりますが、再出発を前に新しい事実が浮かび上がる。

「火の記憶」(1978/10/28放送)
 高村泰雄は父の顔を知らず、母もすでにこの世にはいない。記憶を閉ざしていた泰雄は、母の十七回忌に見つけた一枚のはがきを手がかりに、恋人とともに過去を探す旅に出る。母と暮らした幼い日々を思い出すと、なぜか"火の記憶"がよみがえり、母のそばには父ではない一人の男が寄り添っていた。封印していた過去の扉を開き、事実が明らかになるにつれて、泰雄の心は次第に解き放たれていく。


池部良/新珠三千代/平田昭彦
黒い画集 寒流 title.jpg黒い画集 寒流00.jpg「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(映画)●制作年:1961年●監督:鈴木英夫●製作:三輪礼二●脚本:若尾徳平●撮影:逢沢譲●音楽:斎藤一郎●原作:松本清志「寒流」●時間:96分●出演:池部良(沖野一郎)/荒木道子(沖野淳子)/吉岡恵子(沖野美佐子)/多田道男(沖野明黒い画集 寒流_0.jpg)/新珠三千代(前川奈美)/平田昭彦(桑山英己常務)/小川虎之助(安井銀行頭取)/中村伸郎(小西副頭取)/小栗一也(田島宇都宮支店長)/松本染升(渡辺重役)/宮口精二(伊牟田博助・探偵)/志村喬(福光喜太郎・総会屋)/北川町子(喜太郎の情婦)/丹波哲黒い画集 第二話 寒流12.jpg郎(山本甚造)/田島義文(久保田謙治)/中山豊(榎本正吉)/広瀬正一(鍛冶久一)/梅野公子(女中頭・お時)/池田正二(宇都宮支店次長)/宇野晃司(山崎池袋支店長代理)/西条康彦(探偵社事務員)/堤康久(比良野の板前)/加代キミ子(桑山の情婦A)/飛鳥みさ子(桑山の情婦B)/上村幸之(本店行員A)/浜村純(医師)/西條竜介(組幹部A)/坂本晴哉(桜井忠助)/岡部正(パトカーの警官)/草川直也(本店行員B)/大前亘(宇都宮支店行員A)/由起卓也(比良野の従業員)/山田圭介(銀行重役A)/吉頂寺晃(銀行重役B)/伊藤実(比良野の得意先)/勝本圭一郎/松本光男/加藤茂雄(宇都宮支店行員B)/細川隆一/大川秀子/山本青位●公開:1961/11●配給:東宝(評価:★★★☆)


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ミステリ、サスペンスとして愉しめ、メロドラマ的だが情感があり、ラストの改変も悪くない。

「松本清張シリーズ・事故」dvd1.jpg「松本清張シリーズ・事故」dvd2.jpg 「事故」1975.jpg 「事故」m.png
土曜ドラマ 松本清張シリーズ 上巻 DVD 全5枚」佐野浅夫/山本陽子/野際陽子/田村高廣/二瓶康一(火野正平)/千昌夫/渡辺文雄 松本清張『事故』(文春文庫)
「松本清張シリーズ・事故」00.jpg「松本清張シリーズ・事故」01.jpg ある晩、民家の玄関先にトラックが突っ込む事故が起きる。事故を起こしたのは運送会社のトラック運転手の山宮健次(二瓶康一(火野正平))。突っ込んだ先は会社重役宅で、夫人の山西三千代(山本陽子)が寝間着姿で出てきた。後日、運送会社の事故担当の高田(佐野浅夫)は山西宅に謝罪に行くが、三千代夫人が出てきて、夫は「出社」していると言う。その頃、興信所の調査員・浜口久子(野際陽子)は、所長の加納(田村高廣)に辞職を申し出てい「松本清張シリーズ・事故」02.jpgた。有能な部下の突然の辞意を訝しがる加納。久子は、山西三千代の浮気調査を担当していた。実はトラック事故は、久子が三千代夫人の情事の確証を得るため、自分の年下の愛人である山宮に頼んで、夫の留守に山西邸の玄関に突っ込ませたという人為的なものだった。一方、それ以前に加納は、三千代夫人から夫の山西省三(渡辺文雄)の浮気調査の依頼を受けていた。そして、山西の浮気の確証が「松本清張シリーズ・事故」03.pngを得るも、三千代夫人は現場を押さえることなく加納の胸に飛び込んできたのだった。そして今度は、妻の浮気を疑った山西が加納の興信所へ調査依頼にきて、それを担当していたのが調「松本清張シリーズ・事故」04.png査員の浜口久子だった。山宮に事故を起こさせた際に現場に待機していた久子は、慌てて二階から下りてきた三千代夫人とその愛人を見て、三千代夫人の密会相手が自分が勤める興信所の所長の高田だったとわかり衝撃を受けたのだった。彼女がそのことを吹き込んだテープを聴いた加納は、同じものを彼女が山西に送れば身の破滅であると悟り、久子と山宮の殺害を決心する「松本清張シリーズ・事故」05.jpg―。山梨県内で同じ日に久子と山宮の死体があがる。遺体安置所には山宮の遺体と久子の遺体が並べられ、運送会社の高田が山宮の遺体確認のためそこを訪れた際には、加納も久子の遺体確認に来ていた。高田にすれば、片や自分の会社の社員で、片やその社員がトラックで突っ込んだ家の夫人である。高田はふと山宮が起こした事故に不自然なものを感じ、山宮の死と久子の死は関連があるのではないかとの疑念を抱く。山宮の事故当時の相方の運転手だった佐々(千昌夫)に事情を訊くなどするうちにその疑念は確証に代わり、加納と久子が公園で逢っているところを直撃して牽制する。しかし、山宮の死体と久子の死体は同じ県内とは言え50キロ離れた場所で見つかっており、その謎が高田にはまだ解けなかった―。

「事故」ぽk.jpg '75(昭和50)年放送のNHK「土曜ドラマ」松本清張シリーズ版('75年-'78年)の第4作で、原作は松本清張が「週刊文春」1962(昭和37)年12月31日号・1963(昭和38)年1月7日号合併号から1963年4月15日号まで、「別冊黒い画集」第1話として連載した文庫で200ページほどの小説です。因みに、過去5回のドラマ化は、帯番組も含め以下の通りとなっています。
 ・1972年「真昼の月(CX)」[全50回]市川和子・土屋嘉男・下條正巳
 ・1975年「松本清張シリーズ・事故(NHK)」田村高廣・山本陽子・佐野浅夫 
 ・1982年「松本清張の事故 (ANB)」山口崇・松原智恵子・中尾彬
 ・2002年「松本清張スペシャル・事故 (NTV)」古谷一行 ・斉藤慶子 ・十朱幸代
 ・2012年「松本清張没後20年特別企画 事故〜黒い画集〜(TX)」高橋克実 ・京野ことみ

 新しいものになるほど原作からの改変の度合いが大きいようですが、この田中陽造(鈴木清順監督「恐怖劇場アンバランス(第1話)/木乃伊の恋」('70年)/「ツィゴイネルワイゼン」('80年)の脚本)による脚本のNHK版は、途中までは比較的原作に忠実ではなかったでしょうか。ただ、原作が事件がいったん迷宮入りした後、不審に思った刑事が再捜査するのに対し、このドラマ版では、佐野浅夫演じる運送会社の事故担当の高田が"探偵役"になっています(ただし、この"探偵"、犯人の確証が得られたら、犯人から息子の大学進学費用300万円をゆすりとろうとするのだが)。

 夫(渡辺文雄)の浮気調査の依頼主(山本陽子)と依頼された興信所の所長(田村高廣)とが矩を越えた禁断の関係に陥ってしまい、その秘密を知った女調査員(野際陽子)とその協力者である彼女の愛人(火野正平)を局長が自分の職業的地位を守るため殺害するのは原作と同じです(原作では女調査員は真面目にこつこつ調査することだけが取柄だが、ドラマでは野際陽子が演じることで"有能な"調査員になっている)。さらに、その夫が今度は妻の浮気を疑って調査を依頼してくるのも同様です(実はその依頼した相手こそが妻の浮気相手だったということなのだが)。

 原作は途中から興信所の局長の自身の犯行の回想が入る変則的な倒叙法と言えるものでしたが、ドラマの方はもっと早くから田村高廣演じる所長が登場して、野際陽子演じる女調査員が辞めるという話もほとんど冒頭に出てくるため、つまり原作の回想をリアルタイムにしていることになります。そして、犯人が追いつめられて犯行を決意するまでが描かれていて、実際の犯行はその後で行われるのですが、スタイルとしてはよりオーソドックスな倒叙法になっているとも言えます(ちょうどNHKで「刑事コロンボ」を放映していた頃だなあ)。

「事故」m3.png.jpg ただ、泥臭い犯行場面は割愛して佐野浅夫が演じる運送会社の高田の推理に任せることとし、田村高廣と山本陽子が不倫関係に陥ってしまった男女を情感豊かに演じることに注力した、メロドラマ的色合いが濃い作りになっていますが、これはこれでいいのでは。その流れで、ラストは"道行き"のような感じで、報道上はこれも「事故」の1つに過ぎないという、冒頭のトラックの「事故」が実は人為的なものだったということに絡めたオチでもありました。

「事故」hino.jpg「松本清張シリーズ・事故」06.jpg ミステリとしてもサスペンスとしても楽しめ、「寒流」が原作の前作「愛の断層」同様にメロドラマ色が強いけれど演技力のある俳優が演じているのでしっとりした情感が出ていてよく、ラストの改変も悪くなかったです。火野正平や渡辺文雄といった脇役陣の演技まで愉しめるし、なぜか「事故」清張 m.png.jpg千昌夫が火野正平の同僚のトラック運転手役で出ていた「事故」m4.png.jpgり、公園の遊具の整備係の役で原作の松本清張がカメオ出演していたりもします。ドラマ化作品の中ではよく出来ている方だと思います。

松本清張(公園の遊具の整備係)

「松本清張シリーズ・事故」●演出:松本美彦●脚本:田中陽造●音楽:眞鍋理一郎●原作:松本清張●出演:田村高廣/山本陽子/佐野浅夫/野際陽子/渡辺文雄/二瓶康一(火野正平)/千昌夫/松本清張(クレジット無し)●放送日:1975/11/08●放送局:NHK(評価:★★★★) 

山本陽子2.jpg山本陽子.jpg 山本陽子
俳優・山本陽子(やまもと・ようこ=本名同じ)2024年2月20日、静岡・熱海市内の病院で死去。死因は急性心不全。81歳。

『映画情報』1965年6月号(国際情報社)より

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途中から倒叙法になるという変則的な作りだが、これはこれで面白かった。

事故 ポケット文春.jpg1973/07 事故.jpg事故  文春文庫.jpg 「事故」1975.jpg
事故―別冊黒い画集 (1963年) (ポケット文春)』['63年]/単行本['73年]/『新装版 事故 別冊黒い画集 (1) (文春文庫)』['07年]/NHK土曜ドラマ「松本清張シリーズ・事故」(1975)田村高廣・山本陽子
事故  3.jpg 山梨県内の断崖の下で、血まみれで死んでいる若い男が発見された。翌日、同県の湖畔の竹藪の中から三十すぎの女の絞殺死体が出てきた。男はトラック運転手で、女は興信所員だった。この二つの殺人と東京で起こったトラックの軽い接触事故。何の関係もなさそうな三つの事実の繋がりを追う―。

 松本清張が「週刊文春」1962(昭和37)年12月31日号・1963(昭和38)年1月7日号合併号から1963年4月15日号まで、「別冊黒い画集」第1話として連載した文庫で200ページほどの小説で、1963年9月に短編集『事故―別冊黒い画集1』収録の一作として、文藝春秋新社(ポケット文春)より刊行されています。

 前半は、居眠り運転でトラックが甲州街道脇の民家の玄関先を壊した事故、その事故を起こした運転手が山梨で殺害された事件、さらに興信所の女性所員が同じ山梨のそれとは離れた場所で殺害された事件の3件が描写されています。殺人事件にはともに捜査本部が置かれ、警察は懸命に捜査をするものの、犯人を割り出せず、迷宮入りの公算が高くなり、やがて本部も解散となります。

 そして後半は、田中幸雄という興信所所長の回想が独白形式で続き、発端となったトラック事故の被害民家と所長との関係、女性所員が調査にあたった経緯、秘密保持のための思い切った殺人計画など、事件の全貌が明らかにされます。結局、この男が犯人であるわけで、二人を殺害した経緯などが詳しく語られますが、最後にではなく途中にこの部分を持ってくることで「途中から倒叙法になる」という変則的な作りになっていますが、犯人が追い詰められていく心理の描写など、これはこれで面白かったです。

 結局、事件は迷宮入りし、犯人は追及を免れたかに見えましたが、最後、些細なことから警察の目が所長に向けられることになり、再捜査が進められるところで終っています。そうなる経緯として、トラック事故を起こした男の所属する自動車会社の総務の車両担当(事故の賠償交渉担当)が、その件で門と玄関を壊したのに2万円の賠償額で済んだことを、他の賠償交渉の際に吹聴していたとうのがあります。

 それを聞いておかしいと思った刑事(名前は出てこない)が、実際に事故のあった家を訪ね、夫婦が別居状態になっていることを知り、別れた妻の働き口を紹介したのが田中幸雄であったことを知って―。自動車会社の事故の賠償交渉担当が、交渉を有利に進めるために過去の事案としてその事故を語っていたのが、図らずも迷宮入りした事件の再捜査の契機になったというのがありそうで面白いです。

 妻が夫の浮気調査を興信所に依頼し、その確証は掴めたものに踏み込めず、逆に自分が興信所の局長と不倫関係になったところへ、今度は夫の方がその局長の元に妻の浮気調査を依頼してくるというのも、滑稽と言うか皮肉と言うか、でもこれもまたまったくあり得ない話でもないように思え、このあたりのリアリティの持たせ方というのも上手いと思いました。

 過去にフジテレビで帯番組として作られたものも含め5回ドラマされていて、単発では、NHKの「土曜ドラマ」枠、テレビ朝日系の「土曜ワイド劇場」枠、に日本テレビ系の「火曜サスペンス劇場」枠、テレビ東京系の「水曜ミステリー9」枠で放送されています。後になるほど改変の度合いが大きいようです。
 •1972年「真昼の月(CX)」[全50回]市川和子・土屋嘉男・下條正巳
 •1975年「松本清張シリーズ・事故(NHK)」田村高廣・山本陽子・佐野浅夫 
 •1982年「松本清張の事故 (ANB)」山口崇・松原智恵子・中尾彬
 •2002年「松本清張スペシャル・事故 (NTV)」古谷一行 ・斉藤慶子 ・十朱幸代
 •2012年「松本清張没後20年特別企画 事故〜黒い画集〜(TX)」高橋克実 ・京野ことみ
 以上のうち、1975年のNHK「土曜ドラマ」版「松本清張シリーズ・事故」を最近観たので、それについては次のエントリーで取り上げようと思います。

「松本清張シリーズ・事故」03.png「松本清張シリーズ・事故」05.jpg【3093】 松本 美彦 (原作:松本清張/脚本:田中陽造) 「松本清張シリーズ・事故NHK) ★★★★
【1973年単行本[文藝春秋(『事故―別冊黒い画集1』)]/1975年文庫化・2007年新装版[文春文庫(『事故―別冊黒い画集1』)]】
 
     
 

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後の「家政婦は見た!」シリーズへ発展したドラマ。市原悦子が嵌っている。

事故  dvd2.jpg熱い空気 1.jpg 事故 ポケット文春.jpg 事故  文春文庫.jpg
松本清張サスペンス 熱い空気 [DVD]」['83年/テレ朝・土曜ワイド劇場]市原悦子・吉行和子/『事故―別冊黒い画集 (1963年) (ポケット文春)』['63年]/『新装版 事故 別冊黒い画集 (1) (文春文庫)』['07年](「事故」「熱い空気」所収)
熱い空気10.jpg 渋谷の「協栄家政婦会」に所属する家政婦・河野信子(市原悦子)は、他人の家庭を次々と見て回り、その家の不幸を発見するのを愉しみとしていた。外見から見てこの上ない幸せな家庭だと思っても、必ず不幸は存在している...。信子は青山に住む大学教授・稲村達也(柳生博)の家に派遣されたが、体裁屋で二重性格の妻・春子(吉行和子)、出来損ない揃いの三人の子供を始めとして、その内実、家族がばらばらであることを見抜く―。

 1983(昭和58)年7月にテレビ朝日「土曜ワイド劇場」枠で放送されたもので、主演は市原悦子(1936-2019/82歳没)。原作は松本清張が「週刊文春」1963(昭和38)年4月22日号から7月8日号まで、「別冊黒い画集」第2話として連載した文庫で160ページほどの中編小説で、1963年9月に短編集『事故―別冊黒い画集1』収録の一作として、文藝春秋新社(ポケット文春)より刊行されています。

 面白かったです。原作の面白さに拠るところは大きいと思いますが、市原悦子、吉行和子、柳生博といった俳優陣の安定した演技力がそれを支えているよに思いました。とりわけ市原悦子は良くて、設定とサブタイトルを引き継ぐ形での市原悦子主演のドラマシリーズ「家政婦は見た!」(この作品を含め全25作)が制作されていくことになったのも頷けます(あの「家政婦は見た!」の元の話も松本清張なのかとも思わされる)。

熱い空気6.jpg 原作で起きる多くの出来事をどれくらいドラマに反映させることができるかとなあと思いましたが、出てくる順番は原作と異なるものの、夫の不倫や老母の負傷事故、熱海でのチフス事件、最後の主人公が被る仕打ちなど、結局、全部反映させていたように思います。原作の持ち味も損なわず、脚本が良く出来ていたように思います。

 後はニュアンスの違いでしょうか。ドラマでは、主人公は家政婦として訪ねた家の不幸を発見するのを愉しみとしていて、ただし、最初の内は、稲村家がどこをとっても非の打ち所がない家庭に見えてがっかりしますが、原作では、特に主人公にそうした意図はなかったものの、稲村家に出向いてみたら、この家庭がまともではなく、家族がばらばらであるこにすぐ気づくという流れになっています。

熱い空気 えんf.jpg それと、原作では最後には信子自身が災厄に遭うという、因果応報的ともとれる結末で終わっていて(文庫新装版解説のエッセイストの酒井順子氏は、逆にこのことでホッとさせられると書いていて、ナルホドと思った)、ドラマもその通りではあるのですが、ドラマではその後、耳のケガもが癒ないいちから意気揚々と家政婦紹介所を出発し、新たな派出先の門前に立って大声で「ごめんくださいまし。家政婦紹介所から参りました熱い空気 紹介所.jpgtが」と叫ぶ信子の姿で終わっています(後のシリーズ化に繋げる意味で、この付け加えられたラストシーンの意義は大きい。それとも最初からシリーズ化を考えていた?)

 原作の発表が1963(昭和38)年で、それをドラマ制作時の1983(昭和58)年に置き換えています。原作の家政婦の日当が10時間850円なのに対し、ドラマでは9時5時(8時間)で5,800 円(手数料10%)になっています。ただ、家政婦たちが普段は寄宿舎の四人部屋で生活しているというのは昭和30年代を感じます(ドラマでは、この設定を活かして、信子が同僚たちに稲村家の虚偽も皮を剥いでみせるという自身の"野望"を語る場面がありますが、原作にはこうした場面はない)。

松本清張tbs「熱い空気」.jpg 原作「熱い空気」は1966年にフジテレビで望月優子主演で、1979年にTBS「東芝日曜劇場」で森光子、長門裕之主演(監督:鴨下信一/プロデューサー:石井ふく子)でドラマ化されていて、市原悦子版が3回目のド熱い空気 yonekura.jpgラマ化でしたが、「家政婦は見た!」シリーズ化によってあまりに市原悦子の役柄が嵌ってしまったせいか、その後ずっとドラマ化されなかったところ、テレビ朝日系で2012年12月に「松本清張没後20年・ドラマスペシャル 熱い空気」として米倉涼子主演でドラマ化されました。信子と稲村家の結末は、原作と異なるドラマオリジナルの展開となっているようですが、個人的には未見です。

「松本清張の熱い空気―家政婦は見た!夫婦の秘密「焦げた」」●監督:富本壮吉●プロデューサー:柳田博美/塙淳一●脚本:柴英三郎●音楽:坂田晃一●原作:松本清張●出演:市原悦子/柳生博/吉行和子/山口いづみ/鈴木光枝/ 高岡健二/野村昭子●放送日:1983/07/02●放送局:テレビ朝日(評価:★★★★)

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