2021年12月 Archives

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シリーズ初期作品で、これまで文庫に収められなかった「放火」。登場人物の名前が違う。

『新宿広場』1.jpg『新宿広場』2.jpg  『葛藤する刑事たち』.jpg 藤原審爾1.jpg 藤原審爾
『葛藤する刑事たち』傑作警察小説アンソロジー (朝日文庫)』['19年]
『新宿広場:新宿警察』['69年/報知新聞社](収録作品:新宿ゴキブリ、勇気ということ、新宿でかめろん、ズベ公おかつ、新宿心中、優雅な死、新宿製人魚、青い公園にて、新宿その血の渇き、所轄刑事、純情無頼、放火、鴉のあしあと、新宿西口ビル街殺人事件)

 聞込みは、運が左右する。不意に思いがけないことをきかれて、すらすら思い出せるものではない。それに、なにか大事な目撃をした者が、聞込みの時に居合せなければ、それきりである。それに喋るほうは無責任で、正確を期そうとするわけではない。それらの悪条件を克服するのは、犯人を捕えないではいられない情熱と運と、足が棒のようになるほど、根気よく聞込みをつづけることである―。(「放火」より)

「新宿警察」00.jpg 東京・新宿にある警察署を舞台に、燃えるような情熱をもった刑事たちを描いた藤原審爾の《新宿警察シリーズ》('75年9月から'76年2月にかけてCX系で放映された北大路欣也主演のドラマ「新宿警察」の原作)の1作。文字通り放火事件の犯人捜査を軸とする捜査ものですが、このシリーズの特徴的傾向として、軸となる物語の事件が他の事件との並行捜査になっていて、ここでは、新宿の暴力団の十二社にある賭場への武装警官突入と重なっています。そこで、新興の愚連隊の男の超絶美人の情婦を挙げることになりますが、実は彼女は―。

 藤原審爾の短編集『新宿警察』('09年/双葉社文庫)を読んで、この文庫シリーズは『慈悲の報酬-新宿警察Ⅱ』『所轄刑事-新宿警察Ⅲ』『新宿生餌-新宿警察Ⅳ』と続くのですが、次にどれを読もうかと思っていたら、このアンソロジーの中に作者の「放火」が収められていることを知りました。

「新宿警察」03.jpg 「放火」は藤原審爾が雑誌「新評」の1969年12月号に発表したもので、短篇集『新宿広場:新宿警察』('69年/報知新聞社)に収められた、シリーズの中でも初期の作品になります。この頃は、物語の主要メンバーのうち、根来(ドラマにおける北大路欣也)、仙田(同・小池朝雄)、徳田(同・花沢徳衛)は名前「新宿警察」07.jpg.png.jpgが確定していますが、山辺(同・財津一郎)は"富田"、戸田(同・三島史郎)は"戸川"(「新宿警察」)だったり"村山"(「放火」)だったりしたようです。そして、この「放火」は、『新宿広場:新宿警察』以降なぜか文庫等への収録が無かったためそれらの名前を統一する機会がなく、杉江松恋氏監修のKindle版(『新宿警察(1)捜査篇 新宿警察』('17年/アドレナライズ)に所収)でもそのままだったようです。

 「放火」は火事を最初から放火と決めつけ、興奮のあまり場所の報告を忘れてしまうような若い部下を仙田が、辛抱強く見守り導く"部下育成"物語にもなっていますが、この部下の"村山"が、後の戸田であり、シリーズの主人公の根来の妹・登志子(同・多岐川裕美)の婚約者になるのではないかな。


この『葛藤する刑事たち』に収められているのは、以下の9篇。

【黎明期】
 松本清張 「
 藤原審爾 「放火」
 結城昌治 「夜が崩れた」

【発展期】
 大沢在昌「老獣」
 逢坂剛 「黒い矢」
 今野敏 「薔薇の色」

【覚醒期】
 横山秀夫 「共犯者」
 月村了衛 「焼相』
 誉田哲也 「手紙」

 村上貴史氏の解説では、50年代半ばから警察小説と呼びうる作品が発表され始め、松本清張で言えば'55年の「張込み」、藤原審爾で言えば'59年の《新宿警察シリーズ》の「若い刑事」などであり、島田一男の《部長刑事》シリーズの第1作の刊行も'62年で、いずれも作家も他のジャンルを書きつつ、警察小説も書いていたとのことですが、「黎明期」の三人としては、松本清張、藤原審爾に加え、'59年に長編『ひげのある男たち』を書いている結城昌治の作品を取り上げています(取り上げた作品は貞永方久監督、勝野洋・桃井かおり・原田芳雄主演で「夜が崩れた」('78年/松竹)として映画化されている)。

 松本清張は〈社会派推理〉とか〈旅情ミステリ―〉とかで先駆者としてどこにでも顔を出すとして(「」も'56年発表と早い、これも鈴木清順監督、二谷英明・南田洋子主演で「影なき声」('58年/日活)として映画化されているほか、何度かテレビドラマ化されている)、結城昌治はどちらかと言うと「ハードボイルド小説の先駆者」という印象があります。「三人」を敢えて「二人」に絞ると、松本清張とあとは《新宿警察シリーズ》が「日本の87分署」と評される藤原審爾になるのではないでしょうか。

 単に警察小説を並べるのではなく、黎明・発展・革新の3部構成で分類し、解説もそれに沿ってされており、「警察小説」における各作家のポジショニングが分かったのが良かったです。藤原審爾について「放火」を選んだのも、これまで文庫に収められていなかったことを考えてのことかと思われます。

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復活したショーン・コネリーほか俳優陣だけ見ていてもまずます愉しめる。レトロ感も。

ネバーセイ・ネバーアゲイン.jpgネバーセイ・ネバーアゲイン b1.jpg メフィスト vhs.jpg ナインハーフ.jpg
ネバーセイ・ネバーアゲイン [DVD]」(バーニー・ケイシー/ショーン・コネリー/キム・ベイシンガー)/「メフィスト」VHS(クラウス・マリア・ブランダウアー)/「ナインハーフ [DVD]」(ミッキー・ローク/キム・ベイシンガー)
ネバーセイ・ネバーアゲイン  c.jpg 時は冷戦最中、元英国秘密情報部MI6の諜報員ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)は、スパイ活動を一時引退していが、新たな上司のM(エドワード・フォックス)から新たに命令を受ける。国際的犯罪組織"スペクター"のNo.1メンバー、マキシミリアン・ラルゴ(クラウス・マリア・ブランダウアー)が、2つの核弾頭を強奪したのだ。これは、スペクターの首領で、No.2のブロフェルド(マックス・フォン・シドー)の新ネバーセイ・ネバーアゲイン  12c.jpgたな作戦「アラーの涙」の一環だった。核弾頭を取り戻す命令を受けたボンドは、ラルゴを追ってバハマへ向かうことに。バハマに到着したボンドは、ラルゴの部下で殺し屋ファティマ(バーバラ・カレラ)に殺されそうになる。しかし、2度の暗殺の危機を切り抜けて、なんとか生き残る。さらに、ニースのカジノでドミノ(キム・ベイシンガー)という女性に出会ったボンドは、ドミノの兄ジャック(ギャヴァン・オハーリー)が、核弾頭を手に入れるためにラルゴに殺されたことを明かす。その後、ミサイルの一つがワシントンの大統領のもとにあると知ったボンドは本部に通報、引き続きもう一つのミサイルの行方を追うが―。

ネバーセイ・ネバーアゲイン b0.jpgネバーセイ・ネバーアゲイン b3.png 1983年公開のアーヴィン・カーシュナー監督作で、ジェームズ・ボンドの映画の制作会社イーオン・プロダクションズとは別の会社の制作であるため。007シリーズとしては番外編になります。初代ジェームズ・ボンドを演じたショーン・コネリー(1930 - 2020/90歳没)が「007 ダイヤモンドは永遠に」('71年/英・米)から12年ぶりの復活、7回目にして最後のボンド役を演じました(原題の意味は「ボンド、やめるなんて言わないで」ということらしい)。内容は1965年に公開された4作目「007 サンダーボール作戦」のリメイクですが、使用権の問題のためか、いつものシリーズとオープニングが違ったり(ガンバレル(銃口)のシークエンスが無い)、音楽がミシェル・ルグラン(1932 - 2019/86歳没)だったりして、少しだけ雰囲気が違います。でも、53歳のショーン・コネリーがアクションも含め頑張っていて(後ろから見ると髪が薄いのが分かるが)悪くなかったと思います。階段を軽快に上り下りするところがややわざとらしかったが(笑)、上半身裸になって落ちない肉体美を見せたりしています。

ネバーセイ・ネバーアゲイン f1.jpgクラウス・マリア・ブランダウアー2.jpg 敵のラルゴ役のクラウス・マリア・ブランダウアは、主演作であるイシュトバーン・サボー監督の「メフィスト」('81年/西独・ハンガリー)を新宿のシネマスクウェア東急で'82年に観ました。ナチス政権下で権力に翻弄される実在した「ファウスト」の名優グリュントゲンスをモデルにしたクラウスクラウス・マリア・ブランダウアー メフィスト.jpg・マンの小説の映画化作品(第34回カンヌ国際映画祭「脚本賞」受賞作)でしたが、そうした芸術色の強い映画(個人的評価は★★★☆)に出ていた俳優が、まさかその後すぐジェームズ・ボンド映画に出るとは思ってもみませんでした(言語も違ったし)。ただし、この作品では、彼、クラウス・マリア・ブランダウアーとショーン・コネリーとの心理戦的演技が、当時の典型的なボンド映画よりも感情に訴えかけるものがあると評価されて好評を博し、映画の商業的な成功にも繋がっています。クラウス・マリア・ブランダウアーはその後も活躍を続け、シドニー・ポラック監督の「愛と哀しみの果て」('85年/米)で双子の役を1人で演じてゴールデングローブ賞助演男優賞を受賞するなど、ハリウッドで成功を収めた数少ないオーストリア人俳優とされています。

ネバーセイ・ネバーアゲイン sd.jpgマックス・フォン・シドー 2.jpg スペクターの首領ブロフェルドにマックス・フォン・シドー(1929 - 2020/90歳没)で、ドナルド・プレザンス(「007は二度死ぬ」('67年))、テリー・007ブロフェルド.jpgサバラス(「女王陛下の007」)('69年))、チャールズ・グレイ(「ダイヤモンドは永遠に」('71年))に続いての配役。マックス・フォンシドーも「第七の封印」('57年)などイングマール・ベルイマン監督の映画で常連だった名優ですが、この頃は既に「フラッシュ・ゴードン」('80年/米)の「悪の帝王」ミン皇帝を演じていたりしました。以降もハリウッド映画でのこの手の役が多くなり、ジョン・ミリアス監督、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の「コナン・ザ・グレート」('82年/米)では邪フォンシドー.jpg教の王と対峙する善の王オズリック王の役でしたが、スティーヴン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演の「マイノリティ・リポート」('02年/米)では、主人公の上司にあたる犯罪予防局の局長でありながら、実は陰謀の"黒幕"だったという役でした。ショーン・コネリーが亡くなったのが昨年['20年]10月にでしたが、マックス・フォンシドーも昨年3月に、ショーン・コネリーと同じく90歳で亡くなっています。

ネバーセイ・ネバーアゲイン  かれら.jpgネバーセイ・ネバーアゲイン c1.jpg ボンドガールの一人は、スペクターの女殺し屋(スペクターNo.12)ファティマを演じたバーバラ・カレラ(1951年生まれ)。ファティマは最後までボンドを追い回して危機に落とし入れるネバーセイ・ネバーアゲイン c2.jpgも、Q(アレック・マッコーエン)が開発した万年筆型ロケットで爆殺されます。ボンドを追いつめた際に、自分が最高の女だったとボンドに書き付けを要求すエンブリヨ.jpgドクター・モローの島7.jpgるシーンが見せ場でしたが、結局それが仇となった(笑)。バーバラ・カレラはこの「ネバーセイ・ネバーアゲイン」の出演が一番のキャリアとされていますが、「エンブリヨ」('76年)、「ドクター・モローの島」('77年)といった作品の彼女に思い入れがある人もいるかと思います。
エンブリヨ [DVD]」('76年)、「ドクター・モローの島」('77年)

ネバーセイ・ネバーアゲイン k1.jpgネバーセイ・ネバーアゲイン k22.jpg もう一人は、ラルゴの愛人でどうやらラルゴに殺害されたジャックの妹ドミノを演じたキム・ベイシンガ(1953年生まれ)で、こちらは敵側からボンド側に寝返る(これはシリーズのいつものお約束通り)言わlaコンフィデンシャル.jpgばヒロイン役です。当時はバーバラ・カレラに比べれば小娘みたいな感じですが、その後、「ナインハーフ」('85年)で大胆な演技が話題を呼んでスターの仲間入りを果たし、「バットマン」('89年)でヒロイン役に抜擢され、「L.A.コンフィデンシャル」('97年)で往年の女優ヴェロニカ・レイクを彷彿とさせる役柄でアカデミー助演女優賞受賞と著しい活躍ぶりを見せました。
L.A.コンフィデンシャル [AmazonDVDコレクション]」('97年)

「ナインハーフ.jpgナインハーフes.jpg 個人的には「ナインハーフ」はイマイチだったかも。原題は「9週間半」。監督は「フラッシュダンス」('83年)のエイドリアン・ラインで、相変わらず映像には凝っていて、哲学的な語り口を装っていますが、本質はエンターテイメントではなかったかなあ(キム・ベイシンガーのボディにばかり目が行く。この頃のミッキー・ロークってなぜか好きになれない)。

あの日、欲望の大地で dvd.jpgあの日、欲望の大地で 574_01.jpg キム・ベイシンガーはその25年後、ギジェルモ・アリアガ監督の「あの日、欲望の大地で」('08年/米)でも、ジェニファー・ローレンス演じるマリアーナの母親役で、隣町に住むメキシコ人との不倫に溺れる女性を演じてスレンダーな背中&お尻を見せていますが、当時55歳でスクリーンでヌードを見せることができたというのはたいしたものかも。

アカデミー賞 キム・ベイシンガー.jpg そう言えばキム・ベイシンガーは、アカデミー賞の授賞式でのプレゼンターとして舞台に立った際に(その年の作品賞は「ドライビング・ミス・デイジー」('89年)だった)、「今年のノミネート作品ほど素晴らしい作品が揃った年はない。しかし一つだけ最高の傑作をアカデミーは忘れている」と発言して、スパイク・リー監督の「ドゥ・ザ・ライト・シング」('89年)を取り上げ、「この映画には真実がある」と訴えています(キム・ベイシンガーも「ドライビング・ミス・デイジー」が良くないとは言っていない。しかしながら、この頃からアカデミーのある種"偏向"を見抜いていたとも言える)。

ネバーせい え」.jpgジャッカルの日 73米.jpg この「ネバーセイ・ネバーアゲイン」では、これら準主役級のほかに、Mの役が「ジャッカルの日」('73年)の"ジャッカル"ことエドワード・フォックスであったり、ボンドの同僚スパイ(と言っても事務方か)のナイジェル・スモール=フォーセット役で"ミスタービーン"ことローワン・アトキンソン2012年ロンドン・オリンピック開会式の「炎のランナー」のパロディは最高だった)が登場していたりと(アトキンソンはこの時が映画初出演、ラストでボンドにプールに投げ込まれるというオチがある)、俳優陣だけ見ていてもまずます愉しめる作品でした(評価★★★★は、レトロ感も含めて星半分おまけしての評価)。
ネバーセイ・ネバーアゲイン la1.jpg ネバーセイ・ネバーアゲイン la2.jpg

「ネバーセイ・ネバーアゲイン」 g.jpgネバーセイ・ネバーアゲイン  tj.jpg「ネバーセイ・ネバーアゲイン」●原題:NEVER SAY NEVER AGAIN●制作年:1983年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:アーヴィン・カーシュナー●製作:ジャック・シュワルツマン●脚本:ロレンツォ・センプル・ジュニア●撮影:ダグラス・スローカム●音楽:ミシェル・ルグラン●原作:イアン・フレミング●時間:134分●出演:ショーン・コネリー/クラウス・マリア・ブランダウアー/マックス・フォン・シドー/バーバラ・カレラ/キム・ベイシンガー/バーニー・ケイシー/アレック・マッコーエン/エドワード・フォックス/ギャヴァン・オハーリー/ローワン・アトキンソン/ロナルド・ピックアップ/ヴァレリー・レオン/ミロス・キレク/パット・ローチ/アンソニー・シャープ/プルネラ・ジー●日本公開:1983/12●配給:松竹富士=ヘラルド●最初に観た場新宿ローヤル 地図.jpg新宿ローヤル.jpg新宿ローヤル劇場 88年11月閉館 .jpg所:新宿ローヤル(84-09-04)(評価:★★★★)
新宿ローヤル劇場(丸井新宿店裏手)1955年「サンニュース」オープン、1956年11月~ローヤル劇場、1988年11月28日閉館[モノクロ写真:高野進 『想い出の映画館』('04年/冬青社)/カラー写真:「フォト蔵」より]

メフィスト 2.jpgメフィスト3.jpg「メフィスト」●原題:MEPHISTO●制作年:1981年●制作国:西独・ハンガリー●監督:イシュトバン・サボー●脚本:イシュトバン・サボー/ペーテル・ドバイ●撮影:ラホス・コルタイ●音楽:ゼンコ・タルナシ●原作:クラウス・マン●「メフィスト」09.jpg時間:145 分●出演:クラウス・マリア・ブランダウアー/クリスティナ・ヤンダ/イルディコ・バンシャーギィ/カーリン・ボイド/ロルフ・ホッペ/ペーター・アンドライ/クリスティーネ・ハルボルト●日本公開:1982/04●配給:大映インターナショナル●最初に観た場所:新宿・シネマスクウェア東急(82-05-01)(評価:★★★☆)
シネマスクエアとうきゅうMILANO2L.jpgシネマスクエアとうきゆう.jpgシネマスクウエアとうきゅう 内部.jpgシネマスクエアとうきゅう 1981年12月、歌舞伎町「東急ミラノビル」3Fにオープン。2014年12月31日閉館。
 
ナインハーフ 3.jpgナインハーフ2.jpg「ナインハーフ」●原題:NINE 1/2 WEEKS●制作年:1985年●制作国:アメリカ●監督:エイドリアン・ライン●製作:アンソニー・ルーファス・アイザック/キース・バリッシュ●脚本:パトリシア・ノップ/ザルマン・キング●撮影:ピーター・ビジウ●音楽:ジャック・ニッチェ●原作:エリザベス・マクニール●時間:117分●出演:ミッキー・ロー/キム・ベイシンガー/マーガレット・ホイットンン/ドワイト・ワイスト/クリスティーン・バランスキー/カレン・ヤング/ロン・ウッド●日本公開:1986/04●配給:日本ヘラルド(評価:★★★)

Charlize Theron/Kim Basinger/Jennifer Lawrence
あの日、欲望の大地で 8.jpgキム・ベイシンガー欲望の大地.jpg「あの日、欲望の大地で」●原題:THE BURNING PLAIN●制作年:2008年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ギジェルモ・アリアガ●製作:ウォルター・パークス/ローリー・マクドナルド●撮影:ロバート・エルスウィット●音楽:ハンス・ジマー/オマール・ロドリゲス=ロペス●時間:106分●出演:シャーリーズ・セロン/キム・ベイシンガー/ジェニファー・ローレンス/ホセ・マリア・ヤスピク/ジョン・コーベット/ダニー・ピノ/テッサ・イア/ジョアキム・デ・アルメイダ/J・D・パルド/ブレット・カレン●日本公開:2009/09●配給:東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-09-07)(評価:★★★★)
 

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ドラマ「新宿警察」の原作。粒ぞろいだが、「新宿心中」が一番か。

I新宿警察I (双葉.jpg新宿警察 tv4.jpgseijyugakuen.jpg聖獣学園 [DVD]」(多岐川裕美)
新宿警察I (双葉文庫)』['09年] TVドラマ「新宿警察」北大路欣也/藤竜也/財津一郎/花沢徳衛/小池朝雄 
新宿警察1-4.jpg新宿警察 tv図2.jpg '75年9月から'76年2月にかけてCX系で放映された北大路欣也主演のドラマ「新宿警察」の原作です。既刊の『新宿警察』('75年/双葉社)を分冊したもので、本書に収められているのは「新宿警察」「復讐の論理」「若い刑事」「新宿心中」「ズベ公おかつ」の全5篇です(残りは『慈悲の報酬-新宿警察Ⅱ』に収められ、さらに『続新宿警察』('75年/双葉社)』も分冊化され、『所轄刑事-新宿警察Ⅲ』『新宿生餌-新宿警察Ⅳ』に収められている)。当初からの物語の主要メンバーは、主人公の新宿署の根来、課長の仙田(ドラマでは主任)、署の生き字引と言われる徳田、後に根来の妹・登志子(ドラマでは戸志子)の婚約者となる戸田などです。

新宿警察 仙田.jpg「新宿警察」... 新宿の街に若い女性に硫酸を浴びせる硫酸魔が出没。新宿署の仙田らは、地道な調査を続け、犯人の特定と犯人の次のターゲットの保護を目指す―。ちようど今年['21年]8月に、東京・港区の東京メトロ白金高輪駅で硫酸を使った傷害事件が起きたばかりで、怖いなあと思いながら読みました。新聞報道によれば、今回の事件は、警視庁が容疑者の男の逮捕までに駅や街中の防犯カメラ約250台を解析していたとのこと。時代は変わったのか変わっていないのか。初出は「推理ストーリー」1968年3月号ですが、Kindle版監修の杉江松恋氏によれば、タイトルは同年刊行の『新宿警察』('68年/報知新聞社)を意識したのではないかとのことです(ドラマ「新宿警察」で仙田を演じたのは小池朝雄)。

新宿警察 登志子.jpg新宿警察 根来.jpg「復讐の論理」... 静岡の刑務所を脱獄した犯人。かつて、船上での逮捕時に、情婦が彼を逃がすために時間を稼ごうと身投げして命を絶ったことから、彼を追い詰めた新宿署の刑事・根来を憎んでいた。脱獄犯は東京に潜入し、ついには根来の唯一の肉親である妹・登志子の住むアパートの屋上に現れる。手にライフルを携えて―。これもハラハラドキドキさせられます。昭和のマンションって屋上が住民たちの洗濯物干し場になっていたのだなあ。そう言えば学校や会社の建物にも屋上があり、バレーボールとかやっていた...(ドラマ「新宿警察」で根来を演じたのは北大路欣也、登志子を演じたのは多岐川裕美)。

「駈けだし刑事」.jpg「駆けだし刑事」1.jpg.png「若い刑事」... 今は亡き敏腕刑事を父に持つ正介は、大学を卒業して金融会社の社長秘書になるも、実はその会社はブラック企業だったために退職、警察学校を経て警官になって1年後、新宿署の刑事に抜擢される。その正介が担当した事件が、前の勤務先のブラック企業絡みのものだった―。若い刑事の成長物語。散々な目に遭って、自分には刑事は向かない、もう辞めてやると思った頃に、傍から見ると"デカ"らしくなっているというのが可笑しいです。1959(昭和34)年に雑誌に発表されたシリーズのパイロット版的作品(シリーズ第1作)です(短編集『若い刑事』('60年/彌生書房)として刊行されたが、 表題作「若い刑事」のみがシリーズ作品)。この「若い刑事」は、「駈けだし刑事」('64年/日活)として前田満洲夫監督、長門裕之主演(共演:長谷百合・伊藤雄之助・高品格)で映画化されていますが、個人的には未見です。

新宿警察 山辺.jpg「新宿心中」... 若い女性を香港や台湾に売り飛ばすことを業としている組織を挙げるために新宿署も協力することになる。仙田は、柔道五段剣道三段の猛者・山辺に担当させることにするが、彼の妻は、山辺と彼の仕事のことで喧嘩したはずみに事故に遭い、寝たきりで精神状態も不調で、山辺ともろくに話さない―。辛い話だなあと。事件の方は無理心中事件の謎解きを経て、組織のアジトへの警官隊の突入にへ。事件が解決したところで、山辺と妻との関係も希望が持てるものに改善。最初が辛かっただけに、カタルシス効果が大きかったです。5篇の中では個人的にはこれが一番良かったです(ドラマ「新宿警察」で山辺を演じたのは財津一郎)。

「ズベ公おかつ」...冒頭の「新宿警察」で危うく硫酸魔の餌食になりかけた"おかつ"。ホントは気のいい女なのだが、新宿西口の寿司屋で大乱闘事件を起こしたために、根来は、おそらく彼女が潜伏している故郷・尾道の島まで彼女を逮捕しにいく途上である。彼女が自分に淡い恋情を抱いだいていることは根来も感じており、どうもやりにくい―。刑事ものにしてはロマンスとユーモアが感じられる一篇でした。

 短篇集ながらその事件の多くが多重構造になっていて、なかなか一直線には解決できず、刑事たちの地道な捜査が続きます(ドラマにおいても「『太陽にほえろ!」と同じ新宿を舞台にしながら、刑事たちを決してヒロイックには描いていなかった)。その一方で、多重構造になっていている分、思わぬところから解決への糸口が見えたりもし、実際の捜査や事件解決ってこんな感じなのだろうなというシズル感がありました。また、全体に昭和の雰囲気も感じられました(監視カメラもなければスマホもない時代だったからなあ)。

 藤原審爾は『秋津温泉』を読み、岡田茉莉子主演の映画「秋津温泉」('62年/松竹)を最近観ましたが、それとはまったく異なる作風の作品で、所謂"警察小説"と言われるものです。この「新宿警察」シリーズは数十年にわたり100篇以上書かれたのではないとも言われていますが、確認されているのは58篇ぐらいで正確な全容は分からないそうです(この問題は、1994年刊行の『活字探偵団』(本の雑誌社)でも取り上げられている)。

『活字探偵団』(1994//10 本の雑誌社)
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藤原審爾
藤原審爾2.jpg 文芸評論家の細谷正充氏の文庫解説によれば、作者の自伝的随筆の中に、「今、当時の作品表をみてみると、(昭和)44年のその頃からは、
 新宿警察もの
 ユーモア昭悦
 動物小説、
その三種の作品が圧倒的に多い」とあるそうで、警察小説だけでないところがスゴイです(動物小説については、1972年発表の動物小説集『狼よ、はなやかに翔べ』などがある)。

 実際、先に挙げた映画「秋津温泉」ばかりでなく、自分が観たものに限っても、市川雷蔵主演の映画「ある殺し屋」('67年/大映)、「ある殺し屋の鍵」('67年/大映)の原作も藤原審爾(雰囲気は警察ものにやや近いか)、森繁久弥・倍賞美津子主演の「喜劇女は男のふるさとヨ」('71年/松竹)の原作も藤原審爾です。文芸的な雰囲気の恋愛もの、警察もの、時代劇、ハードボイルド、お色気ユーモア小説と、これだけ異なる得意ジャンルを持った作家も珍しいと思います。

聖獣学園 takigawa.jpg 因みに、ドラマでの根来(北大路欣也)の妹・登志子(ドラマでは戸志子)を演じた多岐川裕美は、ドラマ出演の前年に成人漫画を映画化した鈴木則文(1933- 2014/80歳没)監督の「聖獣学園」('74年/東映)でデビューしており、この映画は修道院を舞台にしたエロティック・バイオレンスで、多岐川裕美がヌードを披露する他、拷問シーンなど体当たりの演技を見せました。封切り当時は全くヒットせず、忘れ去られた映画になっていましたが、多岐川裕美が清純派イメージで人気を高めていた1980年頃、かつて映画でヌードになっているとメディアに取り上げられて再公開されています。個人的には'83年に新宿昭和館でo0聖獣学園.jpg観ましたが、多岐川裕美の学芸会的演技ぶりでその時の個人的評価は×(★★)、ただし、後に多岐川裕美が"嫌々脱がされた"と訴え、そのことで鈴木則文監督から逆提訴されそうになったとの話もあったりして、いろいろな意味でレアものであるとのことでオマケで△(★★☆)に。ウィキペディアに<よれば、日本におけるナンスプロイテーシ聖獣学園 1974すち.jpgョン映画(尼僧や女子修道院を主題とするエクスプロイテーション映画)の傑作とのことですが、ひとえに後に多岐川裕美が有名女優になったことによるのではないかという気がします。三原葉子(修道院の副院長)や渡辺文雄(司祭)、谷隼人やたこ八郎が出演していて、作家の田中小実昌なども出ています。
山内えみ子(絵美子)/多岐川裕美

「新宿警察」多岐川.jpg 多岐川裕美はこのドラマ出演中に人気が急上昇し、元の「新宿警察」の方の出演が多忙中の綱渡りになってしまったため、最初の内は事件に関与していたりしたものの(第2話「地下水道」)、後は第21話「新宿心中」、第22話「新宿・初恋」で事件に絡む程度でした。最終回の序盤で、ネグリジェ姿のままエプロンをつけ、朝ご飯の支度新宿警察 多岐川.jpgをしている場面があり、兄の根来に「いくら兄貴の前だって、服くらい着ろよ」とたしなめられますが、当時の一部の視聴者が多岐川裕美に求めていたイメージ的役割に応えたともとれます(ただし、これはドラマ用に作ったシーンではなく、本書所収の「復讐の論理」の冒頭に実際に同じようなシチュエーションで兄妹がこうしたやりとりをする場面がある)。'76年にNHKの大河ドラマ「風と雲と虹と」で主人公の平将門が求婚する性に奔放な女性・小督(こごう)を演じ、'78年にはテレビドラマ版「飢餓海峡」のヒロイン役でヌードを拒否し、浦山桐郎監督と揉めて降板しています(この頃から清純派志向になったか)。NHK大河ドラマの方は、その後も「草燃える」('79年・実朝の妻・音羽役)、「峠の群像」('82年・竹島素良役)、「山河燃ゆ」('84年・ 畑中(天羽)エミー役)に出多岐川 NHK.jpg演したほか、同じくNHKドラマの「風神の門」('80年・ 隠岐殿役)にも出演、さらに80年代後半ではフジテレビドラマ「鬼平犯科帳」シリーズで長谷川平蔵(二代目中村吉右衛門)の妻・久栄を長らく演じるなどし、すっかり貞淑妻路線を行っていたように思います。
多岐川裕美 in「風と雲と虹と」('76年)/「草燃える」('79年)/「風神の門」('80年)
「鬼平犯科帳」('89年 -'07年、スペシャル含む)
鬼平犯科帳 多岐川2.jpg

新宿警察 コレクターズDVD.jpg新宿警察 9.jpg「新宿警察」●監督:真船禎/原田雄一ほか●脚本:江里明(小川英)/尾中洋一/永原秀一/池田一朗ほか●音楽:クニ河内●原作:藤原審爾●出演:北大路欣也/藤竜也/財津一郎/三島史郎/司千四郎/花沢徳衛/小池朝雄/多岐川裕美●放映:1975/09~1976/02(全26回)●放送局:フジテレビ

新宿警察 コレクターズDVD <デジタルリマスター版>


0新宿警察 4.jpg   

聖獣学園 dvd.jpg「聖獣学園」p.jpg「聖獣学園」●制作年:1974年●監督:鈴木則文●脚本:掛札昌裕/鈴木則文●撮影:清水政夫●音楽:八木正生●原作:鈴木則文/(画)沢田竜治●時間:91分●出演:多岐川裕美/山内えみこ(恵美子→絵美子)/谷隼人/渡辺やよい/大谷アヤ/城恵美/田島晴美/石田なおみ/美和じゅん子/大堀早苗/村松美枝子/謝秀客/竹村清女/早乙女りえ/谷本小代子/森秋子/山本緑/衣麻遼子/マリー・アントワネット/木村弓美/木挽[三原葉子.jpgwatanabehumio2.jpg輝香/鈴木サチ/根岸京子/三原葉子/山田甲一/田中小実昌/小林千枝/章文栄/太古八郎(たこ八郎)/渡辺文雄●公開:1974/02●配給:東映●最初に観た場所:新宿昭和館(83-05-05)(評価:★★☆)●併映:「純」(横山博人)

三原葉子(副院長・松村定子)/渡辺文雄(司祭・柿沼信之)
     
新宿昭和館2.jpg新宿昭和館3.jpg
新宿昭和館 1951(昭和26)年K's cinema.jpg7月13日新宿3丁目にオープン(前身は1932年開館の洋画上映館「新宿昭和館」)。1956年、昭和館地下劇場オープン。2002(平成14)年4月30日 建物老朽化により閉館。跡地にSHOWAKAN-BLD.(昭和館ビル)が新築され、同ビル3階にミニシアター「K's cinema」(ケイズシネマ)がオープン(2004(平成16)年3月6日)。

《読書MEMO》
●映画「駆けだし刑事」('64年/日活)
「駆けだし刑事」2.jpg

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テンポいい恋愛コメディ。原節子を美しく撮っていて、新藤兼人脚本の妙もあり。

お嬢さん乾杯!d2.jpgお嬢さん乾杯!01.jpg お嬢さん乾杯!02.jpg
木下惠介生誕100年 「お嬢さん乾杯」 [DVD]」['12年]原 節子(当時28歳)
お嬢さん乾杯! [DVD]」['09年]
お嬢さん乾杯!d1.jpgお嬢さん乾杯!03.jpg 自動車の修理業をやっている石津圭三(佐野周二)に得意先の佐藤専務(坂本武)が縁談を持ち込む。相手は池田泰子(原節子)という華族の令嬢。提灯に釣り鐘だと圭三は問題にしないが、熱心な佐藤に口説かれてとにかく見合いすることに。実際会ってみると泰子は予想した高慢なお嬢さんでなく、圭三はすっかり好きになる。佐藤から結婚承諾の返事を聞いた圭三は上機嫌。新調の服と靴、派手なネクタイを締め池田家を訪問する。圭三は泰子の家族に紹介されるが、皆いい人ばかり。だが、家族の中で一人だけ欠けているのが泰子の父・浩平(永田靖)で、浩平は詐欺事件の側杖で刑務所にいた。さらには、泰子のかつての婚約者は戦争で他界していお嬢さん乾杯!04.jpgたのだった。そして池田邸も百万円の抵当に入ってその期間はあと三月だと佐藤から聞いた圭三は、金のための結婚だったかと失望するが、泰子への愛情は深まる。泰子の誕生日を祝って圭三はピアノを泰子に贈る。泰子の弾くショパンの曲が良いのか悪いのか判らない圭三は、声を張り上げて故郷の民謡を歌う。圭三と泰子は刑務所に父を尋ねる。父の口から「金のための結婚はするな」と忠告されて泰子の心は重い。そぐわない雰囲気のまま別れた圭三は、自分と泰子は違う世界の人と感じる。圭三はその翌日、泰子に心の中を打ち明けてくれと頼む。その返事は愛情のない結婚に悩む泰子の姿だった。泰子は結婚すれば愛することも出来ようと考え、圭三に自分の我儘を詫びる。披露宴の日、泰子との結婚は無理だと思った圭三は、泰子に手紙を残して帰る。田舎へ行くという圭三。泰子は、圭三の弟・五郎(佐田啓二)の運転で圭三を追う―。
お嬢さん乾杯!
お嬢さんに乾杯 09.jpg 1949(昭和24)年3月公開の木下惠介監督作で、脚本は新藤兼人。没落した上流階級の令嬢と、戦後に台頭した新興成金の恋を描いたロマンティック・コメディ映画です。明るく快テンポの都会喜劇であり、封切り当時大ヒットしたとのこと。都合よすぎるとか、どうで予定調和だろうとか思いつつも、過程においてハラハラさせられて引き込まれてしまいます(第23回キネマ旬報ベスト・テン第6位)。

 金目当てに仕組まれた縁談と言っても、圭三だってまだ一自動車修理業者にすぎません。戦後間もない頃で、成長が期待される新興産業の一つだったのでしょうか。圭三が泰子やその家族に対して身分コンプレックスを感じながらも、自分には金を稼ぐ才覚があると信じて疑っていないところが楽天的。

 圭三の暮らす部屋も割とモダンで何だかアメリカ映画を想起させ、窓から見える外の景色も明るく、何だかフランス映画を連想させられます。当時は戦争が終わって3年余りでしたが、もう既に、欧米に追いつけ追い越せという日本の気運のようなものが勃興していたのではないかと思われます。

お嬢さんに乾杯 10.jpg 圭三は泰子に誘われ帝劇へバレエ見物に出かけ、初めて見る世界に感涙し、その帰途に圭三の誘いで立ち寄ったボクシングの試合で、今度は泰子も興奮するという(このあたりの演出は巧み)、まあ、こうした感性の一致こそが、所謂"相性"というものなのだろうなあと思う一方、戦後、華族と平民の垣根が取っ払らわれたことを象徴しているようにも思われました(バレエ鑑賞の時は余裕の泰子に対して圭三は前のめりになっていて、一方、ボクシング観戦の時は泰子の目が爛々と輝いていて、それを見た圭三は自分で誘っておきながら戸惑っているように見えるのが可笑しい)

 物語は圭三(佐野周二)と泰子(原節子)の恋愛の行方と並行して、圭三の弟・五郎(佐田啓二)とその恋人との恋愛の方もサイドストーリーとして進行し、圭三が泰子に抱く身分コンプレックスが、そのまま五郎とその恋人との結婚に反対する姿勢に反映されていて、観ていて、ああ、これは最後にダブルでハッピーエンドになるのだろうなあと分かってしまうのですが、まあ、そのプロセスを気軽に愉しむ作品ということでしょう。

お嬢さん乾杯!兄弟.jpgお嬢さん乾杯  佐田佐野2.jpg 佐田啓二(1926年生まれ)は佐野周二(1912年生まれ)より「佐」「ニ」の二字を貰って芸名にしたそうですが、この二人を兄弟役で見られるのは今や貴重かも。そのやり取りは非常にしっくりきています。

お嬢さん乾杯!06.jpg ただ、この二人を脇に押しやっているのが泰子を演じる原節子の圧倒的な存在感で、まさに「お嬢さん」という感じ。しかも、ややバタ臭さのあるその表情がこの作品に合っており(ものすごく美しく撮っていお嬢さん乾杯  ハラ.jpgる)、演技もまずまずでした(と言うか、原節子はこの作品で第4回毎日映画コンクール 女優演技賞を受賞している)。圭三の馴染みのバーマダムに「あんな好い人と結婚しないなんて女じゃありませんよ!」と説教を受け、「あんた、佐野さんのことをどう思っているの?」との問いに、ありきたりに「好きです」と答えるのではなく、マダムの"言語指導"に沿ってに「惚れております」ときっぱり言い切るところがユーモラスでかつ可憐(新藤兼人脚本の妙か)。これがこの映画もクライマックスでしょう。

お嬢さん乾杯!vhs.jpg 原節子をが出演している木下惠介作品はこの1本だけであることが不思議。あの、女性を撮るのが下手と言われた黒澤明さえ、「わが青春に悔なし」('46年/東宝)で原節子を使った後、そう好評でもなかったのに「白痴」('51年/松竹)でまた使っているのに。木下惠介はやっぱり高峰秀子なのでしょうか。

「お嬢さん乾杯!」●制作年:1949年●監督:木下惠介●製作:小出孝●脚本:新藤兼人●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●時間:89分●出演:佐野周二/原節子/青山杉作/藤間房子/永田靖/東山千栄子/森川まさみ/増田順二/佐田啓二/佐藤成子/坂本武/村瀬幸子/楠田薫/町田旬子/石田淑子/高松栄子/泉啓子/山本多美/勅使河原幸子/向山和子/宮崎義子/長尾寛/加藤清一●公開:1949/03●配給:松竹大船.(評価:★★★★)

お嬢さんに乾杯 11.jpg

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横尾忠則氏の描く肖像画がいい。文庫化されていないが、内容的には『正』より面白い。

奇縁まんだら 続 瀬戸内寂聴.jpg奇縁まんだら 続 瀬戸内寂聴.jpg 瀬戸内寂聴 横尾忠則.jpg
奇縁まんだら 続』['09年]瀬戸内寂聴・権大僧正/横尾忠則氏

『奇縁まんだら 続』図2.jpg 昨年['21年]11月に99歳で亡くなった瀬戸内寂聴(1922-2021)(僧階は「権大僧正」で、これ最高位の「大僧正」に次ぐものだそうだ)が、'07年から日本経済新聞朝刊に毎週(当初土曜、後に日曜)連載していた、彼女自身が縁あって交流したことのある文学者や芸術家との間のエピソードを綴ったエッセイに、彼女と親交の深かった横尾忠則氏が、エッセイに登場する人たちの肖像画を描いて(装幀も担当)コラボした本で、全部で4集あります。

 '08年刊行の『正』とでも言うべき第1集では、作家20人と芸術家1人との出会いや交際の様子がそれぞれ短くスケッチされていましたが、登場する人物が、島崎藤村、正宗白鳥、川端康成、三島由紀夫、谷崎潤一郎、佐藤春夫、舟橋聖一、丹羽文雄、稲垣足穂、宇野千代、今東光、松本清張、河盛好蔵、里見弴、荒畑寒村、岡本太郎、檀一雄、平林たい子、平野謙。遠藤周作、水上勉と超大物揃いで、著者は連載スタート時で既に85歳くらいだったし、登場する人物の多くはその頃は既に亡くなっていてものの(丹羽文雄は2005年100歳まで生きたが、70代から認知症を患っていた)、どことなくそれぞれの描写に遠慮があるように思われました。

 それがこの第2集『続』では、まさに著者と同時代を生きた作家や芸術家が中心になっていて、芸能人まで含めて28人が取り上げられていますが、こちらの方が第1集よりも面白いのではないかという気がします(ただし、どういうわけか第1集だけが「日経文芸文庫」で文庫化されていて、残りは文庫化されていない)。

 この『続』は、'08年の1月から12月連載分を所収しており、取り上げている人物は、菊田一夫、開高健、城夏子、柴田錬三郎、草野心平、湯浅芳子、円地文子、久保田万太郎、木山捷平、江國滋、黒岩重吾、有吉佐和子、武田泰淳、高見順、藤原義江、福田恆存、中上健次、淡谷のり子、野間宏、フランソワーズ・サガン、森茉莉、萩原葉子、永井龍男、鈴木真砂女、大庭みな子、島尾敏雄、井上光晴、小田仁二郎。

 やはり連載時点で既に亡くなっていた人がほとんどで、エッセイの末尾は墓の写真などが添えられていて、レクイエムのようなトーンになっているものが多いですが(著者が僧侶であることも影響していると思うが)、第1集に比べ、著者と登場人物との間により深いコンタクトがあった分、興味深く読めました。

菊田一夫.jpg 一番面白かったのは、前エントリーで取り上げた映画「放浪記」の戯曲版の原作者でもある、冒頭の「菊田一夫」でしょうか。旅行に行くときいつも空手で出掛けて、帰りは大きなトランクを買い込み、「別れた女」たちへのお土産をいっぱい買って帰るという―。空港の税関でトランクを開けられたら、カラフルな女のパンティでいっぱいだったというのには笑いました。

 昔の人はちょっとスケールが違うというか。高度成長期以降の昭和の匂いも感じられました。そして何よりも横尾忠則氏の描く色鮮やかな独特のタッチの肖像画。画伯が敬愛する著者のために全力で創作に取り組んでいるのが伝わってきました。続きも読んで(見て)みたくなります。

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林芙美子って面食いだったのだなあ。プロローグは「風琴と魚の町」からとったものだった。

放浪記 dvd1.jpg 放浪記 図2.jpg 風琴と魚の町.jpg
放浪記 【東宝DVD名作セレクション】」高峰秀子『風琴と魚の町』['21年](「風琴と魚の家」「田舎がえり」「文学的自叙伝」収録)[下]高峰秀子・田中絹代
放浪記 10.jpg放浪記 04.jpg 昭和初期、第一次大戦後の日本。幼い頃から行商人の母親と全国を周り歩いて育ったふみ子(高峰秀子)は、東京で下宿暮らしを始める。職を転々としながら、貧しい生活の中で詩作に励むようになった彼女は、やがて同人雑誌にも参加する。創作活動を通して何人かの男と出会い、また別れるふみ子。やがて、その波乱の中で編んだ「放浪記」が世間で評価され、彼女は文壇へと踏み出していく―。

『新版 放浪記』.jpg 1962年公開の成瀬巳喜男監督作。林芙美子の自伝的小説『放浪記』を、「浮雲」('55年/東宝)など林文学の翻案では定評のある成瀬巳喜男が映画化した作品で、小説と菊田一夫の戯曲『放浪記』を原作としています。林芙美子の『放浪記』放浪記 02.jpgから幾つかのエピソードを拾って忠実に映像化する一方で、林芙美子の『放浪記』にはない文壇作家・詩人たちとの交流からライバ放浪記 映画.jpgルの女流作家との競い合い、さらにエピローグとして作家として名を成した後、自身の半生を振り返るような描写があります(菊田一夫脚本・森光子主演の舞台のにあるようなでんぐり返しもはない)。

 主演の高峰秀子は、自由奔放な女性という従来の林芙美子像を覆し、貧困と戦いながらのし上がる強い女の側面を強調しています。敢えてあまり美人に見えないメイクをし、いじけ顔いじけ声、ぐにゃっとしただらしない姿勢で貧乏が板についた芙美子を演じているのは一見に値します。

橋爪功(左端)/岸田森(左端)・草野大悟(右から2人目)・高峰秀子(右端)
「放浪記」hasizume i.jpg放浪記 岸田/橋本.jpg しかし、林芙美子って面食いだったのだなあ。貧しい彼女に金を援助してくれ、優しく献身してくれる隣室の印刷工・安岡(加東大介)には素気無い態度で接する一方、若い学生(岸田森)に目が行ったり、詩人で劇作家の伊達(仲谷昇)を好きになったりして、ただし伊達の方は二股かけた末に女優で詩人の日夏京子(草笛光子)の方を選んだために振られてしまうと、今度は同じくイケメンの福池(宝田明)に乗りかえるもこれがひどいダメンズ。甘い二枚目役で売り出した宝田明(1934-2022(87歳没))が演技開眼、ここではDV夫を好演しています。これらの男性にはモデルがいるようですが放浪記 中や2.jpg放浪記 宝田.jpg宝田明.jpgはっきり分かりません(宝田明が演じた福池は詩人の野村吉哉がモデルか)。実際に林芙美子は当時次から次へと同棲相手を変え、20歳過ぎで画家の手塚緑敏(映画では藤山(小林桂樹))と知り合ってやっと少し落ち着いたようです。
高峰秀子・仲谷昇/宝田明

草笛光子・高峰秀子
放浪記 kusabue.jpg 草笛光子が演じた芙美子のライバル・日夏京子も原作にない役どころです(菊田一夫原案か)。白坂(伊藤雄之助)が新たに発刊する雑誌「女性芸術」に、村野やす子(文野朋子)の提案で、芙美子と日夏京子とで掲載する詩を競い合うことになって、芙美子が京子の詩の原稿を預かったものの、自分の原稿だけ届け、京子の原稿は締め切りに間に合わなくなるまで手元に置いていたというのは実話なのでしょうか(これが芙美子の作家デビューであるとするならば、芙美子のこの時の原稿が「放浪記」だったということになる。「放浪記」は長谷川時雨編集の「女人芸術」誌に1928(昭和3)年10月から連載された)。

 後に川端康成が林芙美子の葬儀の際の弔辞で、「故人は自分の文学生命を保つため、他に対しては、時にはひどいこともしたのでありますが、しかし、あと2、3時間もたてば故人は灰となってしまいます。死は一切の罪悪を消滅させますから、どうか、この際、故人を許してもらいたいと思います」と述べたという話を思い出しました。

放浪記 草笛.jpg草笛光子.jpg 映画の中で、草笛光子(1933年生まれ)は本気で高峰秀子をぶったそうです。高峰秀子をぶった女優が現役でまだいて、来年['22年]のNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に出演するは、「週刊文春」に連載を持っているは、というのもすごいものです。イケメン・ダメンズ役の宝田明もDV夫なので高峰秀子をぶちますが、草笛光子のビンタの方が強烈でした。林芙美子は面食いでなければもっと早くに幸せになれたのかもしれず、その点は樋口一葉などと似ているのではないか思ったりしました。

「風琴と魚の町」aozorabunnko.jpg 林芙美子原作の『放浪記』には、第1部の冒頭に「放浪記以前」という文章があり。貧しかった子ども時代や、行商をしてた両親のことが書かれています。映画においてもプロローグで、主人公の幼年時代のエピソードが出てきますが、風琴(アコーディオン)を奏でながら客寄せして物を売る行商している父親が、まがい物を売ったとして警察に連行され、父親が警官にビンタされるのを見て娘(フミコ)が叫ぶというシーンです。

 これってどこかで読んだことはあるけれど「放浪記以前」には無いエピソードだなあと思っていたら、林芙美子が尾道での自身の少女時代をもとに描いた中編「風琴と魚の町」(1931(昭和6)年4月雑誌「改造」に発表)を構成している複数のエピソードの内の最後にあるエピソードがこれだったことを、 今年['21年]刊行されたた尾道本通り一番街(芙美子通り)商店街編集の『風琴と魚の町』所収の表題作を読んで改めて気づきました。「風琴と魚の町」も『放浪記』と併せて読みたい作品です(「青空文庫」でも読める)。
風琴と魚の町 (青空文庫POD(大活字版))

放浪記 ポスター.jpg放浪記 01.jpg 個人的には、原作は『放浪記』(★★★★★)と『浮雲』(★★★★☆)で甲乙つけ難く、しいて言えば原石の輝きを感じるとともにポジティブな感じがある『放浪記』が上になりますが(物語性を評価して完成度が高い『浮雲』の方をより高く評価する人もいておかしくない)、映画は、同じ成瀬巳喜男監督の「浮雲」(★★★★☆)の方が原作を比較的忠実に再現していて好みで、それに比べると「放浪記」(★★★★)は、菊田一夫的要素はそれなりに面白いですが、やや下でしょうか(それでも星4つだが)。高峰秀子は当時38歳。実際の年齢よりは若く見えます放浪記・浮雲.jpgが、本当はもう少し若い時分に林芙美子を演じて欲しかった気もします(「浮雲」の時は30歳だった)。ただ、それでもここまで演じ切れていれば立派なものだと思います。 

「放浪記」●制作年:1962年●監督:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:井手俊郎/田中澄江●撮影:安本淳●音楽:古関裕而●原作:林芙美子/菊田一夫●時間:123分●出演: 高峰秀子/田中絹代/宝田明/小林桂樹/加東大介/草笛光子/仲谷昇/伊藤雄之助/加藤武/文野朋子/多々良純/菅井きん/名古屋章/中北千枝子/岸田森/草野大悟/橋爪功/織田政雄/北川町子/林美智子/霧島八千代/内田朝雄●公開:1962/09●配給:東宝=宝塚映画(評価:★★★★)

《読書MEMO》
2022年2月2日「徹子の部屋」(草笛光子88歳・岸恵子89歳)
草笛光子88歳・岸恵子89歳.jpg

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「○近代日本文学 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

面白かった。原石の輝き。二十歳で文章家としてはすでに出来上がっているのがスゴイ。

『新版 放浪記』.jpg 放浪記 (新潮文庫).jpg  林芙美子.jpg
『新版 放浪記』(1979/10 新潮文庫)『放浪記 (新潮文庫)』林芙美子(1903-1951/47歳没)

 林芙美子(1903-1951/47歳没)が自らの日記をもとに放浪生活の体験を書き綴った自伝的小説。「私は宿命的な放浪者である。私は古里を持たない...したがって旅が古里であった」との出だしで始まる本作は、第一次世界大戦後の暗い東京で、飢えと絶望に苦しみながらもしたたかに生き抜く「私」が主人公であり、尽くした「因島の男」との初恋に破れ、夜店商人、セルロイド女工、カフエの女給などの職を転々とするものの、ひどい貧乏にもめげず、明日への希望を失わない姿を描く―。

 最初は小説である『浮雲』に比べると散文調で、途中で詩などもあったりして読み辛い印象もありましたが、読み続けていくうちに散文であるのに文体に何かリズムのようなものが感じられて、そう苦労することなく読めるうになりました。そして面白かった。刊行当時はベストセラーとなったそうですが、あっけらかんとして貧乏にめげない主人公の姿が多くの読者をひきつけたのでしょう。個人的にも1920年代・30年代作品としてはベストにしてもいいくらいです(『浮雲』とどちらが上か迷うが、最近は雰囲気的に明るいものの方が性に合うような気がする。『浮雲』は男と女が共に堕ちていく感じだからなあ)。

放浪記 改造社版.jpg 全3部構成ですが、もともとは1930(昭和5)年7月と同年11月に『放浪記』『続放浪記』が刊行されて、これがそれぞれ第1部と第2部に該当し、第3部に相当する部分は当初は発売禁止を恐れ、戦後に『放浪記第三部』として発表されています。最終的には『放浪記』『続放浪記』『放浪記第三部』をまとめたものが『新版放浪記』となり実質上の定本となったわけです(新潮文庫版は当初タイトルに「新版」とあった)。」ただし、第1部・第2部・第3部の順に書かれたわけではなく、オリジナルから順不同で抜粋されています(そのオリジナルは逸失している)。

 オリジナルは、作者が1922(大正11)年(19歳)から1926(大正15年)(24歳)まで5年間にわたって書き溜めていた日記風の"6冊ばかりの粗末な雑記帳"であり、その中から、雑誌発表に相応しいと思ったものを長谷川時雨編集の「女人芸術」誌に1928(昭和3)年10月から連載、実質的な作家デビュー作でしたが、それが注目されて1930(昭和5)年7月改造社から単行本『放浪記』が出て、たちまち人気のベストセラーとなったため、『続放浪記』が刊行されたとのこと。従って、第1部と第2部の時期は重なっています(読んでいて、時々主人公が今どこにいるのか分からなくなることがあった)。

 林芙美子の父は行商人、母は桜島の温泉宿の娘でしたが、家出して父に連れ添って行商をしており、父が店を持ってほかの女を引き入れるようになって、母は父と別れ、母に同情を寄せていた20歳年下の番頭と結婚して、九州一帯で行商するようになったとのことです。

 フミコ8歳の時で、以後は各地の小学校を転々としますが、1916(大正5)年に尾道に定住するようになり、彼女は小学校6年に編入されるも、極端に貧しいため弁当を持っていくことがなく、昼休みは音楽室でピアノを弾いていたそうです(以上、新潮文庫の小田切秀雄の解説に拠った)。

おのみち林芙美子記念館(旧林芙美子居宅)
おのみち林芙美子記念館(旧林芙美子居宅).jpgimg1830998azikczj.jpeg でも、2年遅れの編入であったため(多分、算数の遅れのためではないか)2年遅れで小学校を卒業した後、1918(大正7)年、15歳の時、文才を認めた訓導の勧めで尾道市立高等女学校(尾道高女、現在の広島県立尾道東高等学校)へ進学、木賃宿暮らしでありながら女学校4年間(当時は四年制だった)アルバイトなどをして頑張り通して卒業したというのはたいした根性だなあと思います。また、この時に女学校の教諭も彼女の文才を育み、彼女自身も表現することの喜びを深めています。

 1922年(19歳)、女学校卒業直後、遊学中の因島出身の恋人を頼って上京し、下足番、女工、事務員・女給などで自活し、義父・実母も東京に来てからは、その露天商を手伝いますが、翌1923年、卒業した恋人は帰郷して婚約を取り消し、その年の9月には関東大震災があり、3人はしばらく尾道や四国に避難、この頃から筆名に「芙美子」を用い、つけ始めた日記が『放浪記』の原型になったとのことです。

 貧しくて、その上失恋もしてめげそうになるところ(確かに一時的に落ち込んだりはするが)、開き直って前に歩もうとする姿勢はいいなあと思います。もちろん、その根底には、他人に負けてたまるかという強い意地のようなものもあるのでしょうが、自分の心情を日記風に表現することで、自分の置かれている状況を対象化して、自己コントロールしているようにも思えました。

放浪記・浮雲.jpg 『浮雲』よりこちらの方こそ林芙美子のエッセンスかもしれません。今まで、菊田一夫脚本・森光子主演の舞台のイメージアがあって敬遠していたというか、読んだつもりになっていましたが、原作にはでんぐり返しも何も出てきません。作者は自分の10代から20代前半ぐらいまでのことを書いているであって、これも森光子のイメージにはつながりません(森光子は1961年の舞台初演の時40歳だった)。20代前半ぐらいまでのことなので、まだ有名になることもなければ、人から注目されることもありません。でも、希望を失うことはありません。有名になってから振り返って書いているのではなく、リアルタイムで書いているのがいいのだろうなあと思います。この時、まだ長編こそ書いていないものの、原石の輝きとでもいうか、文章家としては二十歳にしてすでに出来上がっていたというのがスゴイところだと思いました。

成瀬 巳喜男 (原作:林 芙美子/菊田一夫) 「放浪記」 (1962/09 東宝=宝塚映画) ★★★★
放浪記 dvd1.jpg 放浪記 図2.jpg 放浪記 映画.jpg

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「実録小説」風伝記小説。面白かった。『浮雲』と比較するとさらに興味深い。

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ナニカアル (新潮文庫)
ナニカアル』(2010/02 新潮社)

ナニカアル 単行本.jpg 2010(平成22)年・第62回「読売文学賞」、2010年度・第17回「島清恋愛文学賞」受賞作。

 昭和17年、林芙美子は偽装病院船で南方へ向かった。陸軍の嘱託として文章で戦意高揚に努めよ、という命を受けて。ようやく辿り着いたボルネオ島で、新聞記者・斎藤謙太郎と再会する。年下の愛人との逢瀬に心を熱くする芙美子。だが、ここは楽園などではなかった―。

 「放浪記」ならぬ、有名になってからの林芙美子(1903-1951/47歳没)を主人公に描いた「ジャワ放浪記」のような「実録小説」風伝記小説。林芙美子は太平洋戦争前期の1942年10月から翌年5月まで、陸軍報道部報道班員(南方視察団団員)としてシンガポール・ジャワ・ボルネオに滞在していて、本作は、林芙美子自身が内密に書いた実録小説という体裁をとることで(画家であった夫・緑敏の死後、絵画の裏に隠されていた文書を、後妻が見つけるという設定)、一般的な伝記小説のスタイルにもう一捻り加えています。

 戦時下での、夫がいながらにしての林芙美子の道ならぬ恋が描かれていますが、むしろそちらの方はサイドストーリー的であり、戦争下にある無数の個人を描いくことで、戦争が人々から尊敬と信頼をどのようにして奪うか、そして人々はどのようにして虐げあい、疑いあい、妬みあうようになるかを、主人公自身も含め描いているように思いました。そのあたりが面白かったです。

 なお、この作品に出てくる林芙美子の恋人の新聞記者・斎藤のモデルは、東京日日新聞(のち毎日新聞)の海外特派員だった高松棟一郎(1911-1959/48歳没)だそうですが、1926年23歳で手塚緑敏と内縁の結婚をし、それからずうと落ち着いていたのかと思ったら、「恋の放浪」を続けていたということなのでしょうか。

 林芙美子は1943年40歳の時に新生児を養子として貰い受けていますが(泰という名のこの男の子は10歳で死亡している)、作者はこの「養子貰い受け」について、実は林芙美子と愛人の間の子ではなかったかという大胆な仮説を展開していて、推理作家としての持ち味も出していました(これが一番書きたかった?)。

浮雲 新潮文庫.jpg 林芙美子の戦後の長編小説『浮雲』と比較するとさらに興味深いと思われます。『浮雲』の主人公ゆき子は農林省のタイピストとして仏印(ベトナム)に渡り、そこで農林省技師の富岡と出会うのですが、その後何度も離れ離れになる富岡には、会おうと思ってもなかなか会えない「新聞記者・斎藤」が反映されていて、一方で、ゆき子のタイピストという職業には、南方視察団の船の三等客室に現地の事務要員として詰め込まれた二十歳前後の若い女性たちが反映されているように思いました。

 しかし、当時非合法であった非合法であった日本共産党に密かに入党していた(芙美子はそのことを本人から示唆される)窪川稲子(佐田稲子)とかも南方視察団に加わっているところをみると、この南方視察団は政府のある種"踏み絵"的施策であり、林芙美子もプロレタリア作家として見られた向きもあるので、一緒くたにされて南方に派遣されたようにも思われます。

漢口一番乗り.jpg ただし、この作品にも言及されていますが、1937(昭和12)年に盧溝橋事件を契機に日本が日中戦争に突入した際に、社会が軍事色が濃くなる中、作家たちにも協力要請が届き、林芙美子もペン部隊として戦地に赴いていて、1938(昭和13)年10月、激戦地の漢口に入った「漢口一番乗り」で世間の大きな注目を集めたりしています(本人は張り切っていたということか)。

昭和13年、ペン部隊の一員として中国に渡り、他の作家を出し抜き漢口一番乗りを果たした(新宿歴史博物館蔵)

 すでに前の年に毎日新聞従軍特派員として南京を訪れ、「女流作家一番乗り」として原稿を送った経験があった林芙美子は、この時も単独行動をとり、注目の地を目指すために集団から離れ、前線に向かう部隊に同行し、途中から朝日新聞の特派員とともに行動して現地に入ったとのこと。「女われ一人・嬉涙で漢口入城」と朝日新聞に華々しく一番乗りが報道された一方で、当時の文壇の実力者・久米正雄が文芸部長としていた毎日新聞から閉め出されたそうで(久米正雄は面目を潰されたと怒ったとか)、注目を浴びるために多少は人間関係を犠牲するのも厭わないハングリーなところは、林芙美子という人にはずっとあったのかもしれないと思います。

【2012年文庫化[新潮文庫]】

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片平なぎさがしたたかなヒロインを演じる。原作のラストを改変しているが、トータルで原作を超えている。
高台の家01.jpg高台の家 1976 0.jpg IMG_20220103_135522.jpg
「松本清張の高台の家」['85年/テレ朝・土曜ワイド劇場]片平なぎさ・岡田茉莉子・三國連太郎/『高台の家』['76年/文藝春秋]/『高台の家: 松本清張プレミアム・ミステリー (光文社文庫プレミアム)』['19年]
 大学の助教授で法制史を教える山根(篠田三郎)は古本屋でいい資料を見つけ、親父(稲葉義男)に出所を聞く。本を売った人は残念ながらすでに交通事故で死亡しているという。遺族に他の本を見せてもらうようなんとか交渉したいと考えた山根は、親父に調べてもらい、本の出所・深良家を訪ねる。そこは高台にある広大な邸だった。病身の当主・英之輔(三國連太郎)とその妻・宗子(岡田茉莉子)、亡くなった息子の嫁・幸子(片平なぎさ)は、皆が快く山根を迎えてくれた。資料を探した山根は借りようと英之輔を探すが、英之輔と幸子の様子に何か異高台の家02.jpg様なものを感じる。資料を借りた山根は宗子に呼び止められ、幸子に案内され客間に連れていかれる。そこは優秀な青年たちが集うサロンで、みな若く美しい未亡人の幸子が目的だったのだ。メンバーに紹介されるも特に興味の無かった山根だが、後日、メンバーの一人・堀口と大学で偶然出会う。そして、その翌日、彼がとあるマンションから飛び降り自殺したことを新聞の記事で知り、深良家には何か隠された秘密があるとの疑いを抱く。山根が堀口が飛び降り自殺したマンションに行ってみると、そこで同じくサロンのメンバーの一人である建築家の森田(隆大介)の姿を見かける。果たしてこのマンションは森田が幸子と密会する場なのか―。

高台の家 5.jpg 1985年4月13日、テレビ朝日系列の「土曜ワイド劇場」枠にて「松本清張の高台の家」放映され、配役陣は、三國連太郎、岡田茉莉子、片平なぎさという強力ラインアップ。篠田三郎はどちらかと言うと狂言回し的な役どころでした。とにかく三國連太郎、岡田茉莉子、片平なぎさの三人が深良家のドロドロ感を盛り上げる、盛り上げる、凄いったらありゃしない(笑)。三國連太郎、岡田茉莉子に伍している片平なぎさは当時まだ25歳。若々しい美しさを湛えつつも、この頃から後に「2時間ドラマの女王」として君臨するようになるだけのオーラがあったともとれます。

 シャワーを浴びる片平なぎさを覗き込む三國連太郎の怪演などもありましたが、肩から上が片平なぎさ本人で、別のカットでの首から下は吹き替えです。映画初主演作だった「瞳の中の訪問者」('77年/東宝)の撮影中、シャワーシーンを控えた片瞳の中の訪問者 片平 志穂美.jpg平なぎさが共演者の志穂美悦子と一緒に大林宣彦監督から別室に呼び出されて「とても綺麗に撮りたい。美しい映像にしたい。(少し沈黙の後)脱いでくれないかな?」と言われ、片平なぎさも大林監督に対し敬意を表し、作品の撮影意図も理解していたものの、当時高校生であった彼女は、芸能界に入る時の条件として「絶対に脱がない」という父親との約束があったので、結局断ることとなり、この時もシャワーシーンはあったものの肩から下は擦りガラスでした(それ以降、現在に至るまで片平なぎさが撮影で脱ぐ事はなかった)。

「瞳の中の訪問者」('77年/東宝)志穂美悦子(手前)/片平なぎさ

高台の家 1976.jpg高台の家 1976 2.jpg 原作は松本清張の中編小説で、「週刊朝日」1972年11月10日号から12月29日号に、「黒の図説」第12話として連載され、1976年5月に『高台の家』収録の表題作として(他に「獄衣のない女囚」を収録)、文藝春秋から刊行されています(文春文庫、光文社文庫などで文庫化)。

松本清張の高台の家 katahira.jpg 原作では、深良英之輔が59歳で、妻は宗子は48歳、嫁の幸子は28歳という設定なので、当時の片平なぎさの実年齢25歳はかなり若いということになります。途中まで原作もドラマもほぼ同じですが、終盤から大きく異なります。

 建築家の森田が宗子と関係があったのはドラマと同じですが、原作では、ドラマとは逆に森田が宗子を旅館で絞殺し、その後、嫁・幸子を呼び出して雑木林で無理心中しようとしますが果たせなかったということになっています(このあたりは新聞記事報道の形式をとっている)。

「高台の家 00.jpg ドラマも原作も当主・英之輔とその妻・宗子の確執が軸になっていて、宗子の死をもって英之輔が"逆転勝利"を収めるのは同じですが、原作がそこで終わっているのに対し、ドラマではそこから片平なぎさ演じる嫁・幸子の"再逆転"があることになります(原作では事件後に幸子は実家に帰されてしまう)。

高台の家クレジット図2.jpg 監督は野村孝(「松本清張の白い闇・十和田湖偽装心中」('80年/テレビ朝日))、脚本は橋本忍の娘・橋本綾(「松本清張スペシャル・地方紙を買う女」('07年/日本テレビ))ですが、英之輔と宗子の両者の確執にとどまっている原作に対し、幸子を加えた三者の確執関係に発展させたドラマはこれはこれで面白く、結局、片平なぎさを主演に据え、したたかなヒロインとして描いたドラマにしたわけですが、三國連太郎、岡田茉莉子の好演と相俟って、トータルで原作を超えているように思えました。

地方紙を買う女.jpg 因みに、橋本綾脚本のドラマでは、「松本清張スペシャル・地方紙を買う女」でも、内田有紀が演じる"女"が原作のように自殺はせず、逆に高嶋政伸演じる小説家を毒殺し、自分は病気の子どものために生き延びるという改変がされていました。ヒロインをしたたかな女性にしている点で、共通しているように思います。


高台の家1.jpg「松本清張の高台の家」●制作年:1985年●監督:野村高台の家2.jpg孝●プロデュース:白崎英介/大久保忠幸●脚本:橋本綾●撮影:西山誠●音楽:坂田晃一●原作:松本清張●出演:片平なぎさ岡田茉莉子/篠田三郎/三國連太郎/隆大介/稲葉義男/片岡弘鳳/上田耕一/下塚誠/久保田民絵/山口嘉三/稲垣昭三●放送局:テレビ朝日●放送日:1985/04/13(評価:★★★★)

隆大介(「高台の家」建築家の森田)/2015年3月21日、マーチン・スコセッシ監督の新作映画「沈黙 -サイレンス-」の撮影のため台湾を訪れたが、台湾桃園国際空港にて入境審査の際、酒に酔っており、審査官に暴力を振るい骨折させた。現行犯逮捕され、公務執行妨害罪及び傷害罪にあたる罪で送検されたため「沈黙 -サイレンス-」の出演契約は解除された。/2021年4月11日、頭蓋内出血のため自宅にて死去、64歳。
高台の家 隆大介.jpg 隆大介図2.jpg 隆大介.jpg

光文社文庫(松本清張プレミアム・ミステリー)『中央流沙』['19年]/『高台の家』['19年]
中央流砂・高台の家.jpg

【1977年新書化[カッパ・ノベルズ]/1979年文庫化[文春文庫]/2011年再文庫化[PHP文芸文庫]/2019年再文庫化[光文社文庫プレミアム]】

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何とも言えないやるせなさの残る結末。ドラマの改変は、これはこれで良かったのでは。

中央流沙 (中公文庫).jpg中央流沙(光文社文庫).jpg 「中央流沙.jpg中央流沙 (中公文庫)』['98年]『中央流沙: 松本清張プレミアム・ミステリー (光文社文庫)』['19年]「松本清張生誕100年スペシャル 中央流沙」['09年/TBS]和央ようか/石黒賢/かたせ梨乃/髙嶋政宏/小林綾子
『中央流沙』(1968)
中央流沙 河出書房.jpg 総務課事務官・山田喜一郎は、農林省食糧管理局長・岡村福夫のお供で視察先の札幌に来ていたが、同省の倉橋課長補佐が汚職の重要参考人になったことを受けて、岡村局長と共に東京に呼び戻された。当の倉橋は、警察からの聴取を終えた後、北海道に出張を命じられるが、札幌で不安に怯える倉橋に、農水省の幹部に顔の利く弁護士・西秀太郎から、仙台市の作並温泉のある宿に身を寄せるよう指示される。その宿へ西は愛人を連れてやって来るが、倉橋と二人きりになると、西は倉橋に自殺するよう示唆する。倉橋が反抗すると西はそれ以上言わなかったが、その夜に倉橋は、旅館近くの崖下に倒れているのを西に発見され、西の指示で旅館に運び込まれた後、医師が死亡を確認する。余計なことを聞いてはならぬのが保身の術という哲学の山田は、事態の成り行きを傍観者として眺めているが、その山田が、岡村局長の指示を受け、遺体引取りを命じられる。山田には、倉橋の死に政治的な匂いが感じられた―。

IMG_20211211_042739.jpg 松本清張が「社会新報」の1965(昭和40)年10月号から翌 1966年11月号に連載した作品。1968年9月河出書房新社から単行本が刊行され、中公文庫で文庫化されましたが、2019年に、光文社文庫の「松本清張プレミアム・ミステリー」の第5弾の第8冊として加わりました(通算29作目)。このシリーズ、新潮文庫などとはまた違ったラインアップが楽しめます。

 「わたしに自殺しろという暗示のようにきこえますが」という倉橋課長補佐の言葉が胸に突き刺さります。ずっと傍観者だった山田事務官が立ち上がるかと思いきや、最後はなんと政治家と警察の間で「価値の交換」が行われ、彼の死は何ら報われないものとなってしてしまいました(奥さんは夫の死と引き換えに経済的庇護を得るが、倉橋にすれば、これは"報われた"とは言えないだろう)。

NHK土曜ドラマ「松本清張シリーズ・中央流沙」(1975年)/松本清張(遺体搬送係)
「中央流沙」11.jpg「中央流沙」1matu.jpg これまで3度ドラマ化されれいて、1度目は1975年にNHKの「土曜ドラマ」枠(70分)で「松本清張シリーズ・中央流沙」として放送。山田事務官が川崎敬三、倉橋課長補佐が内藤武敏、岡村局長が佐藤慶、新聞記者が角野卓造という配役で、原作の松本清張が遺体搬送係の役でカメオ出演していますが、個人的には未見です。

日本テレビ火曜サスペンス劇場「松本清張スペシャル・中央流沙」(1998年)
「中央流沙」2.jpg 2度目は、1998年に日本テレビの「火曜サスペンス劇場」枠で「松本清張スペシャル・中央流沙」として放送。山田事務官が緒形拳、倉橋課長補佐が鶴田忍、その妻が藤真利子、岡村局長が石橋凌、西秀太郎が石橋蓮司という配役で、またもトカゲのシッポ切り―中央官庁の腐敗に下級官僚男が怒りの反乱」という口上があり、倉橋の死に疑念を持った緒形拳の山田が、自ら倉橋の遺体を引き取りに行くようです。山田が岡村に呼出され、特捜部に取調べを受ける際の予行演習をやらされるところまで原作を再現していて、結局 検察は岡村に手を出せず、岡村に島根県に転勤と言われた山田が辞表を出すところで終わるようですが、こちらも未見のため詳しくは分かりません(「怒りの反乱」はどうなった?)。

TBS月曜ゴールデン「松本清張生誕100年スペシャル 中央流沙」(2009年)
「中央流沙」3.jpg 3度目は、2009年にTBSの「月曜ゴールデン」枠で「松本清張生誕100年スペシャル 中央流沙」として放映されたもので、倉橋の妻・節子を主人公として、元宝塚歌劇団宙組トップスター・和央ようかがそれを演じ(ドラマ初出演)、倉橋が石黒賢、岡村局長が西岡徳馬、川辺記者が髙嶋政宏、西秀太郎が六平直政、山田喜一郎が平田満という配役です。これは観ました!

松本清張生誕100年スペシャル・中央流沙p.jpg 原作と異なり、和央ようか演じる倉橋の妻が事件の真相を探る"探偵"役的位置づけで、原作では弁護士である西が建設会社の社長になっていて、原作で単に西の愛人としてしか登場しない堀田よし子(29)が、高級クラブのオーナー・堀田真紀子に改変されていて、岡村の元愛人で、二人の間には政治家秘書を務める賢一という息子がいることになっています。

松本清張生誕100年スペシャル・中央流沙.jpg この堀田真紀子をかたせ梨乃が演じ、原作では西が倉橋に自殺を唆すところ、ドラマではその役回りを堀田真紀子がやります。したがって、かたせ梨乃が石黒賢に自殺を唆すという構図ですが、コレ、もしかしたら六平直政がやるより怖かったかも(笑)。

 3度目のドラマ化なので、これくらいの改変があってもいいのかもしれません。倉橋が妻に、自分に何かあった時のために楽譜に(二人の共通の趣味はピアノ)堀田真紀子の高級クラブの名前を暗号化して忍ばせるなど、やや凝り過ぎ感もありますが、かたせ梨乃tyuouryyusa.jpgが演じる堀田真紀子にも息子の自死という哀しい結末が用意されていました。ただ、事件そのものは解決されるので、原作よりカタルシスはあるかと思われ、ドラマはこれでもいいかなと。ただし、一応、原作の方は、巨悪は追及を免れてしまう、何とも言えないやるせなさの残る結末であることを知っておいた方がいいかとは思います。

 因みに、石黒賢は自殺を唆されそれを拒否すると殺害されてしまうという可哀そうな官吏の役でしたが、同じくTBS「月曜ゴールデン」枠の2013年の「松本清張没後20年スペシャル・寒流」では、椎名桔平演じる銀行員から芦名星演じる愛人を奪い取る上司の役でした。

「松本清張生誕100年スペシャル・中央流沙」(TV)●監督:山本実●制作:TBS・毎日放送●脚本:洞澤美恵子●原作:松本清張●出演:和央ようか/石黒賢/かたせ梨乃/西岡徳馬/髙嶋政宏/平田満/六平直政/小林綾子/でんでん/香山美子/天田俊明/ベンガル●放映:2009/12(全1回)●放送局:TBS

光文社文庫(松本清張プレミアム・ミステリー)『中央流沙』['19年]/『高台の家』['19年]
中央流砂・高台の家.jpg
【1998年文庫化[中公文庫]/2019年再文庫化[光文社文庫(松本清張プレミアム・ミステリー)]】

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