【3075】 ○ 松本 清張 『強き蟻 (1971/04 文藝春秋) ★★★☆

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ピカレスクロマン転じて「家政婦は見た」ならぬ...。

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強き蟻 (文春文庫)』/『新装版 強き蟻 (文春文庫)』「松本清張 強き蟻」['14年/テレビ東京]橋爪功/米倉涼子
強き蟻 (1971年)
強き蟻.jpg 東銀座の「みの笠」で水商売をしていた伊佐子は、現在はS光学取締役の肩書きを持つ沢田信弘に嫁ぎ、渋谷の松濤で生活している。夫は30前後も年齢が離れているが、伊佐子の今後の人生計画からすれば、夫にあと3年くらいで死んでもらうのが理想的であった。身体の若さを保ちたい伊佐子は、20代の男たちと遊びの交際をしていたが、ある時、伊佐子の遊び相手の石井寛二が殺人容疑で捕まる。石井の仲間から弁護料を負担するよう求められた伊佐子は、食品会社副社長の塩月芳彦に援助を交渉する。塩月とは「みの笠」の時から続く関係だが、威光の利く保守党の実力者を叔父に持っていた。石井の件の始末をはかろうとする矢先、信弘が心筋梗塞を発症する。財産の確保のためには、最適な時期に最適な条件で夫に死んでもらうことが必要であり、伊佐子は状況を有利にするため奔走を続けるが......。

 松本清張が「文藝春秋」の1970(昭和45)年1月号から 1971(昭和46)年3月号にかけて連載し、1971年4月に文藝春秋から刊行されたものです。「夫の遺産を根こそぎ確保しようと企む女性の、周到な殺害計画を描くピカレスク長編」とのことで。タイトルは西東三鬼の句「墓の前強き蟻ゐて奔走す」に由来するそうです。

 面白かったですが、ピカレスクロマンにしては、最後、悪(ワル)が勝つという風にはなっていなかったなあ。全体のストーリーがそう複雑ではないので、最後だけ少し捻ったのかもしれないし、この頃はもう作者は、ストレートに悪が勝つようなスタイルはあまり用いなくなっていたのでしょうか。この結末からすると、タイトルの「強き蟻」とは必ずしも伊佐子のことだけを指すのではなく、沢田信弘も「強き蟻」なのかもしれません。

 最後は、「家政婦は見た」ならぬ「速記者は見た」といったところでしょうか。これはこれで意外性がありましたが、よくある、謎解きとして供述書を持ってくることで済ませてしまうパターンともとれなくもないです(このパターンを安易と思う読者もいるかも。Amazonのレビューは星5つが最も多いが、中にはこの結末を指して「締め切りに追われたせいかと邪推したくなる」というものもあった)。

 今まで3度ドラマ化されていて、それらは以下の通り。
 •1981年「松本清張の強き蟻」(日本テレビ)浜木綿子・加藤嘉・川津祐介
 •2006年「松本清張特別企画・強き蟻」(テレビ東京)若村麻由美・沢田信弘・津川雅彦
 •2014年「松本清張 強き蟻」(テレビ東京)米倉涼子・橋爪功・高嶋政伸・比嘉愛未

ドラマ強き蟻1.jpg この内、「テレビ東京開局50周年特別企画」として制作された2014年の米倉涼子版を観まドラマ強き蟻2.jpgした(「水曜ミステリー9」の時間帯での放送だが、本作は「水曜ミステリー9」枠外で放送された)。米倉涼子が演じるヒロイン・伊佐子が「4人の男性を翻弄する」とのことで、そっか、4人とは沢田信弘(橋爪功)、弁護士・佐伯義雄(高嶋政伸)、食品会社副社長・塩月芳彦(宅麻伸)、伊佐子の不倫相手(石井寛二)のことかと改めて確認した次第です。

ドラマ 強き蟻.jpg 米倉涼子といえば、松本清張原作のドラマ3部作「黒革の手帖」「松本清張 けものみち」「松本清張 わるいやつら」(いずれもテレビ朝日系)で悪女役を演じ、女優として大きな飛躍を遂げたわけで、原作にある「ぽっちゃりとした小肥りで、色が白い」という伊佐子の描写とは少し異なりますが、悪女役はスンナリは嵌っているように思いました。沢田信弘を橋爪功が演じることで、観る側は何かありそうな気がするのではないでしょうか。

ドラマ強き蟻4.jpg ただ、ドラマの途中で橋爪功演じる沢田信弘が、比嘉愛未演じる速記者・宮原素子に、妻が自分を殺そうとしていると言ってしまっている場面があるため、原作のラストの〈どんでん返し〉効果が薄れてしまいました。沢田信弘が宮原素子に遺書を預けたのは原作通りですが、伊佐子が素子に半分あげるから書き直された遺言書はもとから無かった事にして欲しいと頼むのはドラマのオリジナル。原作では、「伊佐子は一言も発しないでぶるぶる震えていた」とあります。ただ、これが、素子の供述書の中で語られているところが、(これはこれでダメとは言わないが)原作のやや弱いところかもしれません。かたせ梨乃演じる沢田家の家政婦の信弘に対する激情もドラマのオリジナル。元のお話が比較的単純なので、脚本家はいろいろやりたくなるのかなあ。

強き蟻 d.jpgドラマ強き蟻5.jpg「松本清張 強き蟻」●演出:松田秀知●脚本:森下直●チーフプロデューサー:岡部紳二(テレビ東京)●音楽:佐藤準●原作:松本清張●出演:米倉涼子(沢田伊佐子〈36〉美貌の女性で沢田信弘の後妻)/高嶋政伸(佐伯義雄〈37〉佐伯法律事務所の弁護士)/比嘉愛未(宮原素子〈25〉速記者)/笛木優子(沢田妙子〈29〉信弘の前妻との娘)/かたせ梨乃(椿サキ〈58〉沢田家の家政婦)/矢島健一(川瀬卓郎〈51〉大日本工学の新社長)/要潤(石井寛二〈30〉Jリーグ選手)/宅麻伸(塩月芳彦〈57〉帝国食品の副社長)/橋爪功(沢田信弘〈67〉伊佐子の夫で大日本光学の役員)●放映:2014/07/02(全1回)●放送局:テレビ東京

【1974年文庫化・2013年新装版[文春文庫]】

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