【3063】 ○ 佐藤 愛子 『九十歳。何がめでたい (2016/08 小学館) ★★★☆

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「何か間違っている」という憤りの感覚が、世人の心情を代弁してベストセラーになったのでは。

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九十歳。何がめでたい』['16年]

 1923(大正12)年生まれの作者が92歳の時に刊行されたエッセイ集で、トーハン、日販の調べで2017年の年間ベストセラーの第1位となった本です(因みに、この年の第2位は『ざんねんないきもの事典』、第3位は『蜜蜂と遠雷』)。

九十歳。何がめでたい cm.jpg 218万部という数字も凄いですが(本書のテレビCMシリーズも放映された)、92歳でのベストセラーの第遠藤周作.bmp1位というのも最高齢記録だそうで、これだけけでも十分「めでたい」のではないでしょうか。このエッセイに出てくる「ソバプン」こと遠藤周作('23年生まれ)と同期、吉行淳之介('24年生まれ)、三島由紀夫('25年生まれ)より上だからなあ。

598510024.jpg 2000年に77歳で『血脈』で菊池寛賞を受賞しており、何だかこうした人生の「上がり」みたいな賞を受賞した人が、その17年後に年間ベストセラーの第1位の本の著者になるとは、誰も予測していなかったのではないでしょうか。

 本エッセイは、91歳から92歳にかけて「女性セブン」に連載したものが元になっていて、雑誌連載のきっかけは、88歳で最後の長編小説『晩鐘』を書き上げ(91歳で刊行)、断筆宣言していたところへ、編集者が何度も執筆のお願いに伺いやってきて、「90歳を超えて感じる時代とのズレについてならば...」ということで引き受けたとのことです。

 音が静かになって接近に気付けない自転車が危なくて困るとか、よくわからないスマホに、こんなものが行き渡ると「日本総アホ時代」が来るとか、「レジ袋はいりません」と声に出して言うのがどうして憚られるのかといった身近な事象に対する憤りや疑問があります。

 さらには、'15年に大阪・寝屋川市で起きた中学1年の少年少女殺害事件や、'16年に発覚した広島・府中市の中学3年生の「万引えん罪」自殺事件、'15年に最高裁で遺族側の逆転敗訴が確定した、道路に飛び出したサッカーボールを避けて転倒事故が起きた場合、ボールを蹴った子供の親は責任を負うべきかが争われた裁判等々、さまざまな事件・裁判についても言及しています。

 さらに、さらに、バイオリスト・高嶋ちさ子氏がゲームをしないとの約束を破った息子のゲーム機を壊したとして炎上した"ゲーム機バキバキ事件"から、橋下徹元大阪市長のテレビ復帰に至る件まで、ネットネタやテレビネタまで、コメントの対象は尽きません(ネットネタもおそらくテレビで知ったのだろうが)。

 ベースになっているのは、「おかしいのではないか」「何か間違っている」という憤りの感覚で、それがおそらくは、多くの人が言葉にできなかった心情を代弁するかのように物事の核心を言い当てていたため、高年齢層から若年層まで世代を超えた共感を集め、ベストセラーになったのでしょう。ただ、こうした「公憤」「義憤」ばかりでなく、「思い出ドロボー」(コレ、面白かった)のように過去に自分が他人に騙された経験なども綴られていて、自身は「読者代表」ぶっていないところがいいです。編集者によれば、著者は「満身創痍の体にムチ打って、毎回、万年筆で何度も何度も手を入れて綴ってくださいました」とのことですが(ワープロは使わないそうだ)、書くことが生きる活力にもなっているのではないでしょうか。

九十歳。何がめでたい  増補版文庫.jpg 実際、著者はこの後も書き続け、先月['21年8月]、本書の続編『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』を刊行。ここまで続くと思っていた人も少なかったのでは。ただし、この本の最後が「さようなら、みなさん」になっており、これが今秋98歳になる著者の「最後のエッセイ集」になるとして、今度こそ、との再・断筆宣言をしたようです。
九十八歳。戦いやまず日は暮れず』['18年]『増補版 九十歳。何がめでたい (小学館文庫 さ 38-1)』['18年]

 この『九十歳。何がめでたい』のあとがきも「おしまいの言葉」となっていますが、いったん「ここで休ませていただく」としながらも、その理由は「闘うべき矢玉が盡きたから」で「決してのんびりしたいからではありませんよ」としていて意気軒高、実際、この後に連載を再開するわけです。

 今回の断筆宣言については、近況インタビューが今日['21年9月10日]付けの朝日新聞(朝刊)に出てましたが、「書くのをやめて、残念に思うことあるけど」とも言っており、個人的には今回もまた再開して欲しい気がします。
2012.9.10 朝日新聞(朝刊)
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【2021年文庫化[小学館文庫]】

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