2021年8月 Archives

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「弁護士を許さない」原作の真骨頂を活かし、むしろ原作超えか。倍賞千恵子もいいが、滝沢修はさすが。
霧の旗 1965.jpg
   
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あの頃映画 「霧の旗」 [DVD]
松本清張傑作映画ベスト10 5 霧の旗 (DVD BOOK 松本清張傑作映画ベスト10)
霧の旗 DVDブック.jpg「霧の旗」011.jpg 柳田桐子(倍賞千恵子)は高名な大塚欽三(滝沢修)の法律事務所を今日も訪れたが、返事は冷たい拒絶の言葉だった。熊本の老婆殺しにまきこまれた兄・正夫(露口茂)のために、上京して足を運んだ桐子は、貧乏人の惨めさ「霧の旗」021.jpgを思い知らされる。「兄は死刑になるかも知れない!」と激しく言った桐子の言葉を、何故か忘れられない大塚は、愛人・河野径子(新珠三千代)との逢瀬にもこの事件が頭をかすめた。熊本の担当弁護士から書類をとり寄せた大塚は、被害者の「霧の旗」031.jpg致命傷が後頭部及び前額部左側の裂傷とあるのは、犯人が左利きではなかったかという疑問を抱く。数日後、桐子の名前で「兄が「霧の旗」041.jpg一審で死刑判決を受けたまま二審の審議中に獄中で病死した」と知らされる。「僕が断ったからこんな結果になったとでも言っているみたいだね」と苦笑しながらも、事件のことが気にかかった大塚は、熊本から事件の資料を取り寄せる。兄の死後、上京した桐子はバー「海草」のホステスとなる。そして店の客の記者・阿部(近藤洋介)から「大塚が事件の核心を握ったらしい」と聞かされる。ある日桐子は同僚のホステス信子(市原悦子)から恋人・杉田健一(川津祐介)の監視を頼まれた。ある夜、尾行中の桐子は、健一が本郷のしもた屋で何者かに殺害された現場に来合わせた。そこには大塚の愛人・径子も来ていて、慌てて桐子に証言を「霧の旗」051.png頼み去っていく。桐子は径子が落とした手袋を健一の死体の血だまりに残すと、本来の証拠品である健一の兄「霧の旗」12.jpg貴分・山上(河原崎次郎)のライターをバッグにしまう。径子は殺人容疑者として逮捕され、大塚の社会的地位も危ぶまれた。大塚は証拠品のライター提出と、正しい証言を求めて桐子の勤める店に足を運んだ。そんなある夜、桐子はライターを返すと大塚をアパートに誘い、ウイスキーをすすめて強引に関係を迫った。翌日桐子は担当検事に「大塚から偽証を迫られ、暴行された」と処女膜裂傷の診断書を添えて訴えた―。

霧の旗 (1969).jpg霧の旗 新潮文庫2.jpg 1965(昭和40)年公開の山田洋次監督作。原作は、雑誌「婦人公論」の1959(昭和34)年7月号から 1960(昭和35)年3月号に連載され、1961(昭和36)年3月に中央公論社より刊行された松本清張作品。脚本家の橋本忍がすでに書き上げていた脚本を山田洋次監督が読んで、「僕にやらせてくだい」と松竹に持ち込み、松竹の城戸四郎と交渉の末、映画化が実現したとのことです。
霧の旗 (新潮文庫)

 不正な人間、邪悪な人間に対して弱い人間が立ち上がって正義を貫くというのがフツーの物語ですが、この物語の主人公・桐子は、貧しいといい弁護士が雇えないという〈社会悪〉に対して挑むと言うより、大塚弁護士〈個人〉に徹底的に対して復讐するという、弁護士側にしてみればお門違いとも思える相手の恨みからヒドイ目に遭う話であるのが特徴です(社会学者の作田啓一は、本作において大塚弁護士の側に罪があるとすればそれは「無関心の罪」であり、現代人の多くがひそかに心あたりのある感覚であると分析している)。

「霧の旗」091.jpg このややエキセントリックとも思える女性・桐子に役をどう魅力的に演じるかはなかなか難しい挑戦だったと思いますが、当時23歳の倍賞千恵子はそれを見事に自然体でこなしていて、いいと思います。皇居の前を桐子が歩くシーンは、脚本にはなく山田洋次監督が現場で考えたものですが、山田洋次監督は倍賞千恵子を「ただ歩いているというのが軽やかにできる人」と賞賛しています。

 ただ、それでも、当時の演劇界の最高峰の俳優であり、精密な理論に裏打ちされた演技をすることで知られた滝沢修と、自分の役は「やりにくい」と言いつつも、橋本忍に「映画にはどうしても死に役というものがある。今回はあきらめてほしい」と言われて覚悟して役に臨んだ新珠三千代の、この二人の存在が大きいように思います。

「霧の旗」061.jpg 特に滝沢修の演技は観ていて飽きさせません。桐子が自分の家に大塚弁護士を招き入れて酔わせるシーンがありますが、倍賞千恵子は、だんだん顔を赤くして額に筋を立てて酔っていく滝沢修の演技がすごかったと言い、ただの水を飲んでいるのによくそこまで演じられると、名優の芝居に引き込まれたそうです。

「霧の旗」b.jpg 山田洋次監督は、倍賞千恵子の演技も滝沢修に伍して素晴らしかったとしていますが(山田洋次監督は渥美清と倍賞千恵子を「二人の天才」と呼んでいる)、滝沢修が倍賞千恵子をリードした面もあったのではないでしょうか。倍賞千恵子は当時、三点倒立して集中力を鍛えることに凝っていて、毎朝それをして撮影所に入ったそうですが、それでも滝沢修とシーンはたいへんで、胃痛で具合が悪くなり、夜中に撮影が終わって救急病院に行ったら、腎臓結石だと言われたそうです。

「霧の旗」071.jpg 冒頭、桐子が熊本(原作では桐子はK市在住)から一昼夜かけて東京へ向かうシーンは、野村芳太郎監督の「張込み」('58年/松竹)で刑事らが東京から列車で佐賀に向かうシーンを(上りと下りの違いはあるが)想起させます。

 原作と異なるのはラストで、原作は「大塚弁護士は煉獄に身を置いた。河野径子が閉じ込められている牢獄よりも苛酷であった。東京から桐子の消息が消えた東京から桐子の消息が消えた」で終わりますが、映画では、大塚弁護士が弁護士の仕事を辞める(地位と名誉を失う)ことと引き換えに免責されることが、検事との会話の中で示唆されています。また、映「霧の旗」l1.png「霧の旗」ll1.png画では、桐子は最後に九州の阿蘇の火口口に現れ、次に、船の上から河野径子の潔白を証明する証拠物件であるライターを海に投げ捨てます。これは、結局、最後まで桐子は大塚弁護士を許さなかったということを念押ししているようにも思えました。

「霧の旗」dvd.jpg 原作は何度もテレビドラマ化されていますが、ドラマの方は、桐子が最後、ライターを新聞記者に渡したり('83年/大竹しのぶ版)、検察局に送って、挙句の果てには疑いの晴れた弁護士の愛人・径子は妻と離婚した大塚弁護士と一緒になる('10年/市川海老蔵版)といった終わり方になっているものが多いようです。テレビ的に、あまりハードな結末は一般に受け入れられないという判断なのでしょうか。

 個人的は、桐子が大塚弁護士を最後まで許さないところが、彼女の恨みの深さの現れであり、彼女においてはその深さが大塚弁護士個人への復讐となったが、それは実は〈社会悪〉=〈社会格差〉の根深さであって、その点が原作の真骨頂ではなかったかと思っています。映画はそれを活かしていました。と言うか、原作には無い最後の桐子の旅がライターを捨てる場所を探す旅であり、それを深い海に投げ捨てるという点で、橋本忍の脚本によるラストは原作を超えていたようにも思います。

「霧の旗」●制作年:1965年●監督:山田洋次●製作:脇田茂●脚本:橋本忍●撮影:高羽哲夫●音楽:林光●時間:111分●出演:倍賞千恵子/滝沢修/新珠三千代/川津祐介/近藤洋介/内藤武敏/露口茂/市原悦子/清村耕次/桑山正一/浜田寅彦/田武謙三/阿部寿美子/穂積隆信/三「霧の旗」川津2.jpg「霧の旗」井川.jpg崎千恵子/井川比佐志/大町文夫/菅原通済/河原崎次郎/逢初夢子/金子信雄●公開:1965/05●配給:松竹(評価:★★★★☆)

川津祐介(大塚弁護士の愛人の河野径子の情夫・杉田健一。本郷のしもた屋で何者かに殺害される)/ 井川比佐志(桐子が「このへんの海の深さはどれくらいあるんです?」と訊くと「そうね。よくわかんないけど、1000メートル以上あるだろうね。しかし、あんた、どうして、そんな」と応える船員)

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原作に比較的忠実。元宝塚ベルばらスター・安奈淳はドラマでも上手かった。

松本清張の地方紙を買う女 t.jpg   松本清張の地方紙を買う女2.jpg
土曜ワイド劇場「松本清張の地方紙を買う女 昇仙峡囮心中」['81年/テレビ朝日]主演:安奈 淳
松本清張の地方紙を買う女31.jpg 潮田芳子(安奈淳)は複雑な家庭環境で育った故郷をから都会へ出て、庄田咲次(室田日出男)と出会ったが、実は咲次は妻子持ちで、芳子を働かせては金をむしり取るヒモだった。地獄のような生活が続き、ついに芳子は咲次の留守中に家を出る。その後、信州伊那で働いている時、会社の研修旅行で来ていた潮田早雄(新克利)と出会い、二人は結婚する。やっとまともな生活に落ちつけた芳子だが、技術者として腕の立つ潮田は、部長(永井智雄)からブラジルへの単身赴任を言い渡される。咲次は過去の出来事を国際電話で夫に知らせると脅してくる。芳子は咲次に、夫への気持ちがなくなったといい、梅子と一緒にピクニックに誘う。昇仙峡に着き、芳子は用意していた弁当を広げると二人にすすめ、毒物入りのにぎりを食べさせて殺し、その場から逃げ去る。東京へ戻った芳子は、二人が無理心中として片付けられたか気になっていたが、地方紙ならば事件の報道がされるのではないかと思いつく。ふと定食屋で見た「野盗伝奇」のことを思い出し、甲信新聞に、この連載が面白そうだから定期購読をしたい、19日付から送ってほしいと手紙を出す。一か月経った頃、ようやく二人の死体が発見され、妻子持ちの咲次に結婚を迫っていた梅子が無理心中を図ったのではないかとの記事が載る。その後暫く購読を続けたが、二人の事件に関する記事はなく、無理心中で終わったと考えて、芳子は「野盗伝奇」がつまらなくなったので購読をやめたいとの手紙を新聞社に送る。あとは、怪しまれないよう暫く店を続け、適当な頃に辞めて夫の帰りを待つだけだ。「野盗伝松本清張の地方紙を買う女 昇仙峡囮心中4112.jpg奇」の作者・杉本隆治(田村高広)は売れない作家で、担当の宮口(森本レオ)からも、作風が堅いので、もっと大衆が好む作品を書いてくれと苦言を呈されている。家でも妻(中原早苗)から犬の散歩係と見られいるありさまのパッとしない男だ。そんな杉本は、「野盗伝奇」を読むために購読を申し出た女性読者がいると知り、いい気分になって芳子に礼状を送っていた。しかし、やがて「野盗伝奇」がつまらなくなったので購読を辞めたいと女性が言ってきたことを知り落胆する。だが、「野盗伝奇」は前よりも面白くなっている自信があり、納得がいかない。杉本はふと、芳子が連載に興味を持ったというのは口実ではないだろうか、19日以降掲載される可能性のある何かを見たくて申し込んだのかもと思い、新聞を読んで1か月前の心中事件を見つけ、時間の符号をみる。杉本は興信所へ行き、潮田芳子の調査を依頼し報告を受ける。彼女は夫が海外赴任中に交通事故に遭ったと嘘をつき、新宿の「ニュー愛」でホステスをしていて、その前に勤めていた「ブラックワン」で、芳子のツケで飲んでいた男が死んだ咲次と風貌が似ていることを知る松本清張の地方紙を買う女 案案2.jpg。杉本がニュー愛へ行ってみると、芳子はヨシエと名乗っていて店に出ていた。芳子は、礼状まで送ってきた杉本を売れない小説家だと軽く考えていたが、杉本が店へ甲信新聞を忘れていき、しかも咲次と梅子の心中事件の記事の切り抜きが入っていたことから、彼がただ会いに来たのではないと気づく。杉本は、宮口と集文社のふじ子(奈美悦子)に頼み、咲次と梅子が死んだ時と同じ格好をさせて林の中でその後姿をカメラに撮ると、ニュー愛へ行って、写真を店で広げて見せた。芳子はそれが咲次と梅子の後姿にソックリで驚き思わず気分が悪くなるが、その姿を杉本が見ていた。そんな折、芳子に夫から電話があり、来月ブラジルから帰国するという。その前に、心中事件に探りを入れてきている杉本を始末しなければならない。杉本は芳子を"よしべえ"と呼ぶようになり、それぞれの肚の内を探りながらも打ち解けているというような奇妙な間柄になっていた。芳子は杉本に女性の友人を交えて三人でピクニックへ行こうと誘う。杉本は承諾し、ふじ子を誘ってピクニックへ行くこととなる。当日早起松本清張の地方紙を買う女 昇仙峡囮心中4-211.jpgきして弁当を用意した芳子は、杉本に電話し、先にひとりで行くので後で天城峠で待ち合わせようと言う。あの時と同じように現地で落ち合い、三人で歩き出し目的地へ着くと、杉本は芳子とふじ子の二人の写真を撮る。お腹が空いたからと芳子は持ってきたサンドイッチをフジコにすすめる。ふじ子がそれを口にしようとしたとき、杉本はそれに毒が入っていると言って食べるのをやめさせる。杉本は、咲次と梅子にも毒の入った食べ物を食べさせて心中に見せかけて殺したのだろうと問い詰めるが、そんな杉本の推理を芳子は笑い飛ばし、死ぬかどうか見てと言って自分でサンドイッチを食べる。しかし、芳子は死なない。芳子は先生とはこれっきりサヨナラと吐き捨て去っていく。その後、杉本は苦心してニュー愛のママ(ひろみどり)の家を突き止めて行ってみると、ママは芳子から杉本宛への手紙を預かっていた。そこには、すべては杉本のいう通りで、自分が二人を殺そうとしたことを認めていた。毒はジュースの中に入れていたと言い、潮田と会った場所でそのジュースを飲むのだという。杉本がその場所を探し出し到着した時には、ジュースを飲みほした芳子が死んでいた―。

『顔・白い闇』.JPG 松本清張の中編小説「地方紙を買う女」が原作。「地方紙を買う女」は、「小説新潮」1957年4月号に掲載され、1957年8月に短編集『白い闇』収録の1編として、角川書店(角川小説新書)より刊行されています(1959年『顔・白い闇』として文庫化)。本作品も含め9度テレビドラマ化されていて、それらは以下の通りになります。
顔・白い闇 (角川文庫)』(顔/張込み/声/地方紙を買う女/白い闇)

・1957年「地方紙を買う女」(NHK) 大森義夫・藤野節子・千秋みつる
・1960年「地方紙を買う女~松本清張シリーズ・黒い断層」(KR) 堀雄二・池内淳子・杉裕之
・1962年「地方紙を買う女~松本清張シリーズ・黒の組曲」(NHK)筑紫あけみ・野々村潔
・1966年「地方紙を買う女」(KTV) 岡田茉莉子・高松英郎・戸浦六宏
・1973年「恐怖劇場アンバランス(第6話)地方紙を買う女」(CX) 井川比佐志・夏圭子・山本圭
・1981年「地方紙を買う女 昇仙峡囮心中」(ANB) 安奈淳・田村高廣・室田日出男
・1987年「地方紙を買う女」(CX) 小柳ルミ子・篠田三郎・露口茂
・2007年「た地方紙を買う女」(NTV) 内田有紀・高嶋政伸・秋野暢子
・2016年「地方紙を買う女〜作家・杉本隆治の推理」(ANB) 田村正和・広末涼子・水川あさみ

 この'81年版は、テレビ朝日系列の「土曜ワイド劇場」枠で放送されたもので、映画「黒の奔流」('72年/松竹)の渡辺祐介(1927-1985)監督による演出で、脚本は猪又憲吾、主演は安奈淳(当時34歳)ですが、比較的原作に忠実に作られているように思いました。

(第6話)/地方紙を買う女3.png地方紙を買う女.jpg フジテレビ系列の「恐怖劇場アンバランス」の第6話として放映された夏圭子(当時26歳)主演の'73年版と、日本テレビ系列の「火曜ドラマゴールド」枠で放映された内田有紀(当時31歳)主演の'07年版を観ましたが、'07年の内田有紀版は、主人公の結末を改変して、高嶋政伸演じる作家・杉本隆治は早くから犯人を見抜いていて、この事件を自分の小説のネタにしようとします。そして、最後、主人公は死にませんが、代わりに...(これはこれでまずます面白かった)。
1973年「恐怖劇場アンバランス(第6話)地方紙を買う女」(CX) 井川比佐志・夏圭子・山本圭/2007年「地方紙を買う女」(NTV) 内田有紀・高嶋政伸
2016年「地方紙を買う女〜作家・杉本隆治の推理」(ANB) 田村正和・広末涼子
地方紙を買う女〜作家・杉本隆治の推理.jpg松本清張ドラマスペシャル・地方紙を買う女2.jpg '16年のテレビ朝日の田村正和・広末涼子版もちらっと観ましたが、田村正和(1943-2021/77歳没)は兄・田村高廣と同じ役を35年後に演じたことになりますが、演技が半ば"老後の古畑任三郎"になっていました(笑)。こちらも最後、主人公は死なず、自首することが仄めかされていますが、そうしたテレビ的な結末になっている分だけやや凡庸な印象でしょうか。

(第6話)/地方紙を買う女1.jpg(第6話)/地方紙を買う女 夏.png '73年の夏圭子版は、これは比較的原作に近い形で作られていて、芳子役の夏圭子の演技も良かったし、小説家・杉本を演じた井川比佐志の演技も良かったですが、原作にはない山本圭が演じるトップ屋が出てきたりして、2時間ドラマではなく1時間枠(正味45分)なので、やるならもっと別な部分を肉付けした方が良かったような気もします。

 '73年の夏圭子版とこの'81年の安奈淳版の大きな違いは、夏圭子版の方が、ドラマの冒頭に犯行シーンがある「倒叙法」で、その後は小説家・杉本の視点からの推理が続く(ドラマの主観は杉本で、芳子は杉本にとって"謎の女"的位置づけとなる)のに対し、この安奈淳版は、主人公の潮田芳子が犯行に至るまでの経緯が丁寧に描かれていて(したがってドラマの主観は芳子)、小説家・杉本を演じた田村高廣が登場するのは中盤にさしかかろうかという頃になってです。原作も、主に芳子の視点及び心理描写で話が進んでいくため、この安奈淳版の方が原作に近いと言えるかもしれません。ただし、原作の旨い点は、芳子の視点で話が進んでいきながら「倒叙法」になっていないところであり、ちゃんと推理小説としても読めるようになっている点かと思います。

松本清張の地方紙を買う女 31.jpg安奈淳.jpg 安奈淳は、「ベルサイユのばら」でオスカル役を演じ、第1期ベルばらブームを築いた元宝塚の花組男役のトップスターですが(月組の榛名由梨・星組の鳳蘭・雪組の汀夏子とともに「ベルばら四強」と呼ばれた)、1978年7月31日、花組・東京宝塚劇場公演「風と共に去りぬ」(スカーレット・オハラ役)を最後に退団しており、ドラマ初出演は、その年['78年]のNHKの大河ドラマ「黄金の日日」(原作:堺屋太一)の 第47、48話でのフィリピン人娘ツルの役でした。この松本清張原作のドラマへの出演は宝塚退団の3年後になります。テレビドラマへの出演はそう多いわけではないですが(2000年に膠原病の一種であるSLEで倒れ、そこから奇跡の復帰を遂げている)、演技は上手いと思いました。

 小説家・杉本を演じた田村高廣は、夏圭子版の井川比佐志や広末涼子版の実弟・田村正和のような鋭いタイプと言うよりはやや丸い感じで、風采があがらない小説家を上手く演じていました(ただし、この"風采があがらない"というのはドラマのオリジナル。奥さんの尻に敷かれているといった描写は原作にはない)。芳子に付きまとう咲次役の室田日出男は、悪(ワル)を演じさせればさすが。内田有紀版のこの役が千原ジュニアなので、比べると千原ジュニアのチンピラ的な線の細さに対し、室田日出男のやくざな凄みが目立ちます。

 原作との相違点は、原作では芳子の夫・潮田は満州に抑留されていて帰還することになったのが、さすがにこれは時代が違うということで、夫が海外勤務でブラジルにいることになっています。昇仙峡は、原作では、「臨雲峡」という架空の地名でした。あと、ラストでの主人公の死に場所は、ドラマのオリジナルです。ただ、そのほかの点は原作に近く、杉本が芳子を"よしべえ"という愛称で呼ぶようになり、そうした関係の中でお互いの腹の探り合いが続くのも原作の通りです。したがって、杉本が芳子を問い詰めるクライマックスシーンでは「よしべえ、同じことを前にもやったろ?」というセリフになりますが、これも原作と同じです。この語感のギャップが原作の良さなのですが、内田有紀版や広末涼子版などほかの多くは、杉本は芳子を「キミ」と呼ぶにとどまっています(これでは杉本の複雑な心境は伝わってこない)。

 因みに、作中で杉本隆治が新聞に連載している『野盗伝奇』は、松本清張の実際の作品であり、西日本スポーツなどブロック紙系の新聞に連載され1957年11月に光風社より刊行(後に角川文庫で文庫化)されていて、「地方紙を買う女」を「小説新潮」に連載していた時期と重なり、このあたりに清張に茶目っ気が窺えます。

「松本清張の地方紙を買う女 昇仙峡囮心中」●制作年:1981年●監督:渡辺祐介●プロデューサー:大久保忠幸/池ノ上雄一/宇都宮恭三●脚本:猪又憲吾●撮影:坪井誠●音楽:羽田健太郎●原作:松本清張●出演:安奈淳/田村高廣/室田日出男/森本レオ/新克利/永井智雄/中原早苗/宮井えりな/奈美悦子/ひろみどり/加山麗子/藤方佐和子/武知杜代子/宮本幸子/上原美佐/相馬剛三/轟謙司/須賀良/竹田光裕/池上明治/五ノ上力/滝川龍之介/木村修/山崎由利子/安藤彩華/伊藤みゆき/桑原英一●放送局:テレビ朝日●放送日:1981/11/14(評価:★★★★)

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小川眞由美版ドラマと比べると...。山崎努の演技は愉しめたが、岡田茉莉子の設定年齢がきつい。

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黒の奔流 01 - コピー.jpg 「黒の奔流」0001.jpg
<あの頃映画> 黒の奔流 [DVD]」岡田茉莉子/山崎努
「黒の奔流」0008.jpg黒の奔流 ポスター1.jpg
 ある殺人事件の裁判が始まった。事件とは多摩川渓谷の旅館の女中、貝塚藤江(岡田茉莉子)が馴染みの客(穂積隆信)を崖から突き落した、というのである。しかし藤江はあくまでも無罪を主張した、が、状況的には彼女の有罪を裏付けるものばかりだった。この弁護を担当したのが矢野武(山崎努)である。矢野はこの勝ち目の薄い事件を無罪に出来たら一躍有名になり、前から狙っている弁護士会々長・若宮正道(松村達雄)の娘・朋子(松坂慶子)をものにできるかもしれない、という目算があったのである。弁護は難行したが、矢野は見事、無罪判決を勝ら取る。「黒の奔流」 001.jpgたが、矢野は見事、無罪判決を勝ら取る。「黒の奔流」 01.jpgそして矢野の思惑通り、マスコミに騒がれるとともに、若宮と朋子の祝福を受け、若宮は朋子の結婚相手に矢野を選ぶ。一方、藤江を自分の事務所で勤めさせていた矢野は、ある晩、藤江を抱く。藤江は今「黒の奔流」松坂慶子1 (1).jpgでは矢野への感謝の気持ちが思慕へと変っていた「黒の奔流」 1972  okada.jpgのだ。やがて藤江は矢野が朋子と結婚するということを知る。藤江が朋子のことを失野に問いただすと、矢野は冷たく「僕が君と結婚すると思っていたわけではないだろうね」と言い放ち、去ろうとする。そこで藤江は、あの事件の真犯人は彼女であること、もし矢「黒の奔流」岡田茉莉子.jpg野が別れるなら裁判所へ行って全てを白状すると逆に矢野を脅迫する。矢野は、藤江はやりかねない、それは自分の滅亡を意味すると憔悴し、やがて藤江に対して殺意を抱く。翌日、矢野は藤江に詫びを入れて旅行に誘うと、藤江は涙ながらに喜び、数日後、富士の見える西湖畔に二人は投宿する。藤江は幸せだった。翌朝、矢野は藤江を釣に誘う。人気のない霧の湖上を二人を乗せたボートが沖へ向う―。
 
種族同盟 松本清張.jpg 1972(昭和47)年公開の渡辺祐介(1927- 1985/58歳没)監督作で、原作は松本清張が1967(昭和42)年に発表した中編小説「種族同盟」(中短編集『火と汐』('68年/ポケット文春)収録)。原作は、新宿のバーのホステス・杉山千鶴子(23歳)が東京の西の外れの渓谷で殺害され、被害者のペンダントを所持していたことが決め手となり、死体発見現場から2キロほど離れた旅館「春秋荘」の番頭・阿仁連平が逮捕されるというものであり、これを映画では男女を逆転させ、旅館の女中が馴染みの客を殺害したという設定になっています。

松本清張ほか著/日本推理作家協会編『種族同盟―現代ミステリー傑作選1〈策謀・黒いユーモア編〉』(カッパ・ノベルス 1969.01)

 また、原作は中編であり、弁護士(一人称で語られるため、弁護士の名は出てこない)が自分が裁判で救った元被告に恐喝され、殺意を抱くところで終わりますが、映画はそこから、新たな愛憎劇を展開させてみせます。

 この映画化作品のほか、これまで3回テレビドラマ化されています。
 ・1979年「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」(テレビ朝日)小川眞由美・高橋幸治・金沢碧
 ・2002年「松本清張没後10年記念企画・黒の奔流」(テレビ朝日)渡瀬恒彦・さとう珠緒・純名里沙
 ・2009年「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」(テレビ東京)船越英一郎・星野真里・黒谷友香・賀来千香子
 これら何れもが、殺人被害者を男性とし、女性を被告にしている点や、裁判終了後に弁護士と女性との間で愛憎劇を繰り広げる点において、原作のドラマ化と言うより、映画のリメイクと言った方が相応しいものとなっており、この映画脚本は(タイトルもそうだが)それだけ後に影響を与えたと言えるかと思います。

 個人的には小川眞由美(千鶴子役、つまり原作で殺害される女性と同じ名前になっている)版と船越英一郎版を観ましたが、映画も含め共通して言えるのは、最後、女性の男性に対する無理心中的な終わり方になっている点です。

黒の奔流l2.jpg この岡田茉莉子版の映画では、矢野がボートを止めると矢野の殺意には既に気づいていたと藤江が呟き、矢野は舟底のコックを抜いて脱出しようとした瞬間、藤江の体が矢野の上にのしかかり、「先生を誰にも渡さない!」と言って、それまで果物の皮を剥いていたナイフで矢野を刺すというもの。これに近いのが小川眞由美版で、見た目はほぼ同じです(船越英一郎版にはボートシーンがなく、星野真里演じる女がいきなり公衆の面前で弁護士を刺す)。

松本清張の種族同盟図9.jpg ただし、岡田茉莉子版の映画と小川眞由美版のドラマでは、ラストに至るプロセスが若干異なっており、映画では藤江はこれから弁護士としての輝かしい道を歩もうとする矢野の前に再三現れ、「私、あなたの女でいいと言ったことを撤回します!」と言って妊娠したことを逆手にとり結婚を迫るのに対し、ドラマでは、小川眞由美演じる女は最後まで「先生とのことは誰にも喋らない」「二度と先生の前には現れない」と言い、ボート上で弁護士を刺すのも、裏切られた恨みからと言うより、「先生、人殺しなんかしないで」という思いによるものとなっています。

「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」 (1979/05 テレビ朝日) ★★★★☆(小川真由美/高橋幸治)

【黒の奔流】松坂慶子岡田茉莉子.jpg どちらも女性の方に覚悟は出来ている印象ですが、どちらが切ないかと言えば、小川眞由美版の方が上でしょう。最近、この小川眞由美版のドラマを観て、なかなかよく出来ているなあと思って、それで岡田茉莉子版の映画を観直してみたのですが。映画版は、岡田茉莉子、山崎努の演技は愉しめましたが(特に、普段は渋くてクールだったのが、事態が思わぬ方向に行って、何度も鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる演技は可笑しかった)、トータルではやはりドラマの方が上でした(ただし、映画をベースにドラマ化していることを考えると映画もさるもの。渡辺祐介監督の演出も悪くない)。

 映画版は、当時39歳の岡田茉莉子が25歳の藤江を演じているというのも、ちょっと見た目きつかったように思います。後半はその演技力で盛り返してきますが、やはり、受け身的な演技にならざるを得ない序盤の裁判シーンなどで、はっきり25歳と言われてしまうと、抵抗感がありました。実年齢では山崎努が当時36歳で、岡田茉莉子より3歳下だからなあ。当時20歳の松坂慶子が、山崎努演じる弁護士の婚約者役で出ているだけに、薹(とう)が立っているのが対比的に目立ちました。25歳という設定で、原作の23歳より2歳足しただけなのですが、もっと年嵩のいった年齢設定にしてもよかったのでは(まあ、小川眞由美も同じく39歳でこの役を演じていたのだが)。

撮影合間写真(松坂慶子/岡田茉莉子)

の奔流」山崎努0.jpg 黒の奔流」山崎努0図1.jpg の奔流」山崎努1.jpg

山崎努(弁護士・矢野武)/谷口香(矢野の助手・岡橋由基子)/佐藤慶(検事・倉石)/松坂慶子(若宮朋子)
黒の奔流図1.jpg

「黒の奔流」 1972 ps.jpg黒の奔流 91.jpg「黒の奔流」●制作年:1972年●監督・脚本:渡辺祐介●製作:猪股尭●脚本:国弘威雄/渡辺祐介●撮影:小杉正雄●音楽:渡辺宙明●時間:90分●出演:岡田茉莉子(貝塚藤江)/山崎努(矢野武)/谷口香(岡橋由基子)/松村達雄(若宮正道)/福田妙子(若宮早苗)/松坂慶子(若宮朋子)/中村伸郎(北川大造)/中村俊一(楠田誠次)/穂積隆信(阿部達彦)/玉川伊佐男(弁護士・三木)/佐藤慶(検事・倉石)/河村憲一郎(裁判長・松本)/加島潤(判事・細川)/小森英明(判事・竹内)/岡本茉利(太田美代子)/菅井きん(杉山とく)/金子亜子(とくの娘)/伊藤幸子(今村カツ子)/谷村昌彦(タクシー運転手)/生井健夫(弁護士)/石山雄大(弁護士)/久保晶(弁護士)/水木涼子(小坂清子)/光映子(森本澄子)/藤田純子(和江)/秩父晴子(管理人)/荒砂ユキ(アパートの隣人)/園田健二(記者)/岡本忠行(記者)/江藤孝(記者)/大船太郎(記者)/高畑喜三(廷吏)/松原直(廷吏)/土田桂司(刑事)/高杉和宏(刑事)/村上記代(仲居)●公開:1972/09●配給:松竹(評価:★★★☆)

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「点と線」の海洋版。パターンが分かっていても面白い。ドラマ化2作品は...。

火と汐  文春文庫 新装.jpg火と汐  ポケット文春 1968.jpg  「火と汐」ドラマ1.jpg 「火と汐」ドラマ2.jpg
火と汐 (文春文庫)』['19年/新装版]/『火と汐 (1968年) (ポケット文春)』/「松本清張スペシャル・火と汐」['96年/フジテレビ]神田正輝・南果歩・内藤剛志/「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」['09年/TBS]寺尾聰・山本耕史・渡部篤郎
火と汐 (文春文庫)
『火と汐』9.jpg火と汐  文春文庫 旧.jpg 目黒在住の33歳の劇作家・曽根晋吉は、芝村美弥子と秘密で京都に宿泊していた。金属会社に勤める美弥子の夫は、神奈川県の油壺と三宅島を往復するヨットレースに参戦中であり、8月17日の夫の油壺への到着までに、美弥子は京都から油壺に戻る算段になっていた。8月16日の夜、晋吉は美弥子とホテルの屋上から大文字焼を見物していたが、その最中、晋吉の気づかぬ間に、人混みの中で美弥子が消失する。彼女のスーツケースは部屋に残されたままだった。秘密の旅行ゆえ事情を告げるわけにもいかず、困惑したまま晋吉は東京へ戻る。8月18日の新聞記事に晋吉は驚く。美弥子の夫・芝村の乗るヨットが、油壺に帰着する途中、三浦半島沖合でワイルドジャイブを起こし、同乗者の上田伍郎が死亡したという。美弥子のことを言えぬまま、入院した芝村に見舞いの電話をかける晋吉。ところが、美弥子の死体が晋吉の自宅近くで発見され、芝村と顔見知りだった晋吉は、警察に参考人として呼ばれてしまう―。

 松本清張の中編推理小説。「オール讀物」1967(昭和42)年11月号に掲載され、1968年7月に中短編集『火と汐』収録の表題作として、文藝春秋(ポケット文春)から刊行されています(その後、文春文庫で文庫化)。

 「点と線」の海洋版とでも言えるでしょうか。ミエミエのパターンだと思っていても面白く、引き込まれました。鉄道とかならともかく、ヨットと松本清張とはイメージ的に結びつかない気もしますが、ヨットのことをしっかり調べたのか、ディテールがしっかりしていて読ませます。

「松本清張スペシャル・火と汐」01.jpg これまで2回テレビドラマ化されていて、1つは1996年9月13日、フジテレビ系列の「金曜エンタテイメント」枠にて放映された「松本清張スペシャル・火と汐」。

 キャストは、芝村健介が神田正輝、芝村美弥子が南果歩、曽根晋吉が内藤剛志で、刑事役は竜雷太と勝野洋といういう、いかにも刑事(デカ)という感じの2人。今思えば結構豪華な配役で、しかも比較的原作に忠実に作られていて良かったように思います。

「松本清張スペシャル・火と汐」02.jpg 事件解明のプロセスとして、刑事たちが曽根からヒントをもら「松本清張スペシャル・火と汐」kanda.jpgったりしているのは原作にはないことですが、最も違うのはラストであり、完全犯罪を成し遂げたと思って余裕の犯人に、刑事が密かに迫るという、映画「太陽がいっぱい」のようなラストになっていた点です。神田正輝はふてぶてしさがあってまずまずでしたが、このラストのお陰でアラン・ドロンと比べてしまったりしたら、ちょっと弱いでしょうか。
  
「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」01.png 2度目のドラマ化は、TBS系列にて2009年12月21日(松本清張の生誕日)に放映された「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」。キャストは、芝村健介が渡部篤郎、芝村美弥子が西田尚美、曽根晋吉が遠藤憲一 (職業がでデザイナーになっている)、刑事役は寺尾聰と山本耕史です。

「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」03.jpg 原作と異なり、前半から刑事側の視点を中心としたストーリー構成になっていて、ベテランと若手刑事が、警察の上層部から日限を設定されながらも、犯人のアリバイを根気よく崩し「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」02.jpgていくというもの。最後は、犯人の前でかなり長々と謎解きをやることになり、ケータイが犯行の決め手だったり、事件に関係する重要人物(美弥子の友人)がいたりと、多少原作をアレンジしていますが、これはこれで面白かったです。ただ、犯人役の渡部篤郎には旧作の神田正輝ほどのふてぶてしさはなく、「証拠がない」と繰り返し言っているのが、自分が犯人だと認めているようにも見えてしまいます。

 原作や旧作ドラマのようなヨットレースという舞台ではなく、単なるクルージングになっている点がややしょぼいか。また、原作や先のドラマでは、犯人が陸とヨットの間を泳いでいるのに(意外と泥臭い犯罪かも)、このドラマでは、ヨットが着岸してしまうので、何となく犯人が楽しているように見えてしまいます。

 アリバイ崩しの部分は丁寧に描かれていたでしょうか。結局、寺尾聰演じるベテラン刑事が主役のドラマであり、それにプラスして、山本耕史演じる若手刑事の成長物語や、渡部篤郎演じる芝村と遠藤憲一演じる曽根と確執などがサイドストーリーとしてあるといった感じでした。

 端的に言えば、最初の方のドラマはまずまずの豪華キャスト版、後の方のドラマは寺尾聰の独演会といった印象です。

「火と汐」0 1.jpg「松本清張スペシャル・火と汐」(金曜エンタテイメント)●監督:松尾昭典●プロデューサー:名島徹/小坂一雄/林悦子●脚本:金子成「火と汐」ドラマ21.jpg人●音楽:岩間南平●原作:松本清張●出演:神田正輝/南果歩/内藤剛志/竜雷太/勝野洋/布川敏和/大方斐紗子/浜田光夫/片岡五郎/剛たつひと/でんでん/水島涼太/菊地則江/沖恂一郎/浅沼晋平/山口嘉三/北山雅康●放映:1996/09/13(全1回)●放送局:フジテレビ

0松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐.jpg「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」●演出:竹之下寛次●プロデューサー:浅野敦也●脚本:金「火と汐」図2.jpg子成人●音楽:田中晶子●原作:松本清張●出演:寺尾聰/山本耕史/遠藤憲一/西田尚美/佐藤仁美/東根作寿英/小木茂光/浅見れいな/石川小百合/丸岡奨詞/野間口徹/井上高志/浜田学/萬田久子(特別出演)/清水美沙/渡部篤郎●放映:2009/12/21(全1回)●放送局:TBS

  
【1976年文庫化・2019年新装版[文春文庫]】

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自分が弁護して助けてやった人物に脅迫され、その元被告に殺意をも抱く―。展開に意外性があって面白かった。
火と汐  ポケット文春 1968.jpg 火と汐  文春文庫 旧.jpg  黒の奔流t1.png 黒い奔流 船越2.jpg 
火と汐 (1968年) (ポケット文春)』『火と汐 (文春文庫)』「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」(水曜ミステリー9)['09年]船越英一郎/星野真里/賀来千香子
松本清張ほか著/日本推理作家協会編『種族同盟―現代ミステリー傑作選1〈策謀・黒いユーモア編〉』(カッパ・ノベルス 1969.01)
種族同盟 松本清張3.jpg「種族同盟」図1.jpg 弁護士の私は、同僚の楠田弁護士に頼まれ、ある事件の国選弁護を引き継ぐ。それは、新宿のバーのホステス・杉山千鶴子(23歳)が東京の西の外れの渓谷で殺害され、被害者のペンダントを所持していたことが決め手となり、死体発見現場から2キロほど離れた旅館「春秋荘」の番頭・阿仁連平(32歳)が逮捕・起訴されたという案件だった。事務所の助手・岡橋由基子から阿仁は無罪かもしれないと言われ、俄然やる気の出た私は、由基子とともに、阿仁の無罪証明に挑戦する。そして、努力の甲斐あり、晴れて阿仁被告は無罪となる。無罪となった阿仁は、これといった行き場もないため、私の弁護士事務所で働かせることにした。しかし、やがて私と由基子は、阿仁の人間性が芳しくないのに気づき、私は阿仁に対し素行を窘めた。すると阿仁は開き直って、とんでもない事実を口にする―。

 松本清張の中編推理小説。「オール讀物」1967(昭和42)年3月号に掲載され、1968年7月に中短編集『火と汐』収録作として、文藝春秋(ポケット文春)から刊行されています(その後、文春文庫で文庫化)。また、カッパ・ノベルス『現代ミステリー傑作選1〈策謀・黒いユーモア編〉』('69年)に表題作として収録されています。

 展開に意外性があって面白かったです。国選弁護人の話は、'82(昭和57)年発表の「疑惑」もそうでした。「疑惑」は、無名だが優秀な国選弁護人が、自分が弁護士する被告の無実に迫ったことで、そうなると都合の悪い人物に命を狙われるというものでしたが、この「種族同盟」は、自分が弁護して助けてやった人物に脅迫され、その元被告に殺意をも抱くという、これもまた弁護士が厄難に遭う話です('59(昭和34)年発表の「霧の旗」も弁護士がある女性の弁護を断ったがゆえに厄難に遭う話だった)。

『黒の奔流』.jpg黒の奔流 01 - コピー.jpg 「疑惑」は、野村芳太郎監督、岩下志麻主演でその年に「疑惑」('82年/松竹)として映画化されましたが、この「種族同盟」も渡邊祐介監督、岡田茉莉子・山崎努主演で、「疑惑」の10年前に「黒の奔流」('72年/松竹)として映画化されています。

渡辺 祐介 「黒の奔流」 (1972/09 松竹) ★★★☆

 因みに、「疑惑」は、映画化の際に主人公の弁護士を男性から女性に変えて、それを岩下志麻が演じたわけですが、この「種族同盟」の映画化作品「黒の奔流」では、岡田茉莉子演じる貝塚藤江という旅館の女中が、宿泊していたコンツェルンの御曹司を崖から突き落とした容疑で逮捕されることになっていて、こちらでは被害者と加害者の性別が原作と入れ替わっていることになります。

 野村芳太郎監督の映画化作品「黒の奔流」のほかに、これまで以下3度テレビドラマ化されています。

 •1979年「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」(テレビ朝日)小川眞由美・高橋幸治・金沢碧
 •2002年「松本清張没後10年記念企画・黒の奔流」(テレビ朝日)渡瀬恒彦・さとう珠緒・純名里沙
 •2009年「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」(テレビ東京)船越英一郎・星野真里・黒谷友香・賀来千香子

 最初の2作は、テレビ朝日の「土曜ワイド劇場」枠で、あとの1作はテレビ東京の「水曜ミステリー9」枠。今世紀のものはタイトルが映画と同じ「黒の奔流」になっているほか、被告人役がそれぞれ小川眞由美、さとう珠緒、星野真里と、3作とも女性を設定しています。また、全体のストーリー展開からしても、「原作のドラマ化」と言うより、「映画のリメイクドラマ化」と言えるものとなっています。

黒の奔流t1.png黒の奔流 f.jpg黒の奔流 99.jpg このうちに、最も最近の船越英一郎版を観ましたがイマイチでした。弁護士役の船越英一郎は相変わらず暑苦しい演技で、星野真里の悪女ぶりがまあまあだったでしょうか(リ黒い奔流 船越1.jpgアリティはないが)。犯人の時間トリックは、犯行後に川を渡って近道したということに改変されていますが(「奔流」というタイトルに懸けた?)、その日だけ川の水量が普段の半分だったというのも苦しい設定です。そしてラスト、追いつめられた犯人が弁護士を刺すという、その追いつめられて刺すというのが、映画での「刺す」こと意味合いとは逆の方向ではないかなあ(その結果、犯人が現行犯で捕まるという意味では、テレビ的結末にしたと言える)。

「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」('09年/テレビ東京)船越英一郎・星野真里・黒谷友香・賀来千香子


松本清張の種族同盟0.jpg松本清張の種族同盟1.jpg '79年版の「種族同盟」(小川真由美版)を観たい思っていたところ、今月['21年8月]日本映画専門チャンネルで放映され、やはりよく出来ていました。これについてはまた別の機会に取り上げたいと思います。

「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」(1979/05 テレビ朝日) ★★★★☆
  
黒の奔流 kurotani.jpg「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流90.jpg「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」(水曜ミステリー9)●監督:村田忍●脚本:瀧川治水●原作:松本清張●出演:船越英一郎/星野真里/黒谷友香/賀来千香子/西村雅彦/阿部力/風間トオル/金山一彦/吉満涼太/鹿賀丈史/浅見小四郎/栗田よう子/ホリベン●放映:2009/03/04(全1回)●放送局:テレビ東京/BSジャパン

黒谷友香(由基子)

【1976年文庫化・2019年新装版[文春文庫]】

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どういったアイコンがあるか情報を集めてから探してみるのも一つの楽しみ方。

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旅の絵本 (安野光雅の絵本)』['77年]

旅の絵本1 25.jpg 安野光雅(1926-2020/94歳没)による1977年刊行の「旅の絵本」シリーズ第1作、中部ヨーロッパ編であり、これに続くⅡ('78年)がイタリア編、Ⅲ('81年)がイギリス編、Ⅳ('83年)がアメリカ編、15年ほど間が空いて、Ⅴ('03年)がスペイン編、Ⅵ('04年)がデンマーク編、Ⅶ('09年)が中国編、Ⅷ('13年)が日本編、Ⅸ('18年)がスイス編となります。第1作刊行の時点で作者は50歳を過ぎていたものの、最後のスイス編は90歳を過ぎて描かれたと思えば、まさにライフワークであったと言っていいのではないでしょうか。

 シリーズの特徴として、絵だけで文字はないもののの、見開きの絵がページをめくるたびに何となくつながっていて、見ながら旅をするような感覚であり(だからこそ"画集"ではなく「旅の"絵本"」なのだろうなあ)、行った先々での人々の暮らしぶりや風景・名物などが描かれるほか、歴史・地誌や物語・芸術にまつわるトピックも取り上げられています(したがって時に時間と空間の壁や現実とフィクションの壁が超越される)。そして、それら物語・芸術にまつわるアイコンがどこに隠れているかを探すのが楽しいシリーズです(「ウォーリーをさがせ」の作者マーティン・ハンドフォードは、この安野光雅の「旅の絵本」シリーズのアイデアに触発されたそうだ)。

 このシリーズ第1作は、中部ヨーロッパを舞台に、船で岸にたどり着いた旅人は、馬を買い、丘を越えて村から町へと向かいます。農村や街を抜けて進んでい行く先々で、ぶどうの収穫、引越し、学校、競走、水浴び...etc.そこで暮らす人々の生活や行事と出会うという、まさにこのシリーズのスタイルが確立されたものであり、地域の街並みや自然が克明繊細な筆致で描かれ、中部ヨーロッパの暮らし浮き彫りにされてます。さらに、すみずみまで細かく描きこまれた中には、おとぎ話の主人公や、有名な絵画へのオマージュもあり、こうした数々の仕込みがあるという点でも、シリーズのスタイルが確立されていると言えます。

 登場するモチーフは、中部ヨーロッパ編であれば、「赤ずきん」、「ねむり姫」、「長靴をはいた猫」、「ブレーメンの音楽隊」などで(ペロー童話集やグリム童話が主か)、これがⅡのイタリア編であれば、イエス・キリスト、「ピノキオ」、「シンデレラ」、「家なき子」、絵画・芸術関係ではレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」、ミケランジェロの「ピエタ」とルネッサンス芸術で畳みかけ、Ⅲのイギリス編であれば、「ピーター・パン」、「不思議の国のアリス」、ビートルズ、ネッシー、それにシェイクスピアの生家が出てきて、畳みかけるかのように「ハムレット」「リア王」「ヴェニスの商人」の各1シーンがあります。

 Ⅳのアメリカ編であれば、「大草原の小さな家」のローラ、トム・ソーヤー、「エルマーとりゅう」、「オズの魔法使い」、Ⅴのスペイン編であれば、「ドン・キホーテ」、「カルメン」、コロンブス、ダリ、ガウディ、Ⅵのデンマーク編でれば、「みにくいアヒルの子」、「裸の王様」、「雪の女王」、「人魚姫」(この国はやっぱりアンデルセンで畳みかけるか)と続きます。これらアイコンは簡単には見つからないようになっているので、予め調べるなりして、どういったアイコンがあるか情報を集めてから探してみるのも、一つの楽しみ方だと思います。

旅の絵本1 20.jpg旅の絵本1 10.jpg赤ずきんちゃんのワンシーン.jpgミレーの『落ち穂拾い』.jpg 因みに、このシリーズ第1作の中部ヨーロッパ編では、先に挙げたほかに、トルストイの童話「おおきなかぶ」などの絵もありました(これ、オリジナルもロシアの民話じゃないかな。まあ、ロシアも西側はヨーロッパロシアだが)。

 また、絵画では、クールベの「石工」があり、別のページにはスーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」があり、その近くで水浴びをしている図は、同じくスーラの「アニエールの水浴」か。

 また、最後の方の赤ずきんとおおかみが左上隅にいるページには、右ページの橋の上に肉を食わえた犬がいて、これがまさにイソップ寓話の「犬と肉」。その上にミレーの「落穂ひろい」の図があり、その奥には同じくミレーの「羊飼いの少女」が。そして最後のページには「晩鐘」がきています。ここはミレーで畳みかけるね(笑)。

 おそらく、まだまだいっぱい隠れているのだろなあ。「絵本ナビ」には「読んであげるなら5・6才から、自分で読むなら小学低学年から」とありますが、何だか大人の教養を試されているみたい(笑)。でも、絵だけぼーっと見ていても楽しめます(ぼーっと見ていると何か見つかることもある)。シリーズの中でも、この第1作をはじめ50代に描かれた前期のものの方が、タッチの精緻さという点では至高の極みであるように思われます。

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絵が美しく、随所に見られる仕掛けを探すのが楽しい。大人も愉しめる。

かぞえてみよう 1975.jpg
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かぞえてみよう (講談社の創作絵本)

 1975年11月刊行の本書は、昨年['20年]亡くなった安野光雅(1926-2020/94歳没)の、その名を広く知らしめた作品です。「はじめて数に出会う子供のための絵本」で、言わば、数え唄の絵本版のような感じですが、美しい絵と、そこに込められたアイデアで、大人も愉しめます(第7回「講談社出版文化賞」受賞作)。

かぞえてみよう05.jpg 見開きの「0」ページに川が流れる白のみの何もない、誰もいない雪景色が描かれてて、それが「1」ページにいくと、同じ場所に家が1件建ち、川には橋が1つ架かって、雪だるまが1つあって、スキーをしている人が1人、それが「2」ページにいくと、同じ土地に(雪が少し溶けて枯草が見えている)教会が建っていて、これで建物が2件に。道路では2台のトラックが向き合っていて2人の男性が立ち、山には木が2本、駆けっこしている子供が2人、ウサギが2羽...となっていき、この辺りでこの絵本の仕掛けが何となくわかります。

かぞえてみよう07.jpg ページごとに、家が1軒づつ建ち、人が増え、木が植えられ、季節が変化していきます。建物は洋風ですが、季節変化は日本の四季に近く(ただし「5」ページから「7」ページにかけてからっとした感じの緑が続くので地中海性気候か)、春、夏、秋、そしてまた冬へと廻っていき、最後の「12」ページでは最初の「0」ページと同じ雪景色ですが、何も無かった最初と違い、建物も12件になって、村がしっかり作られています。

 「11」ぺージには、11人の大人と11人の子供が描かれていましたが、この「12」ページの教会の前のクリスマス₌=ツリーの周りにいる大人は11人(あれっ、12人に1人足りない!)。一方、橋を渡って教会に向かう一行は数えてみると13人(あれっ、今度は1人多い!)。でも、この中の1人は大人であとは子供なので、結局トータルでは大人12人、子供12人ということで合っていました。山に生えている木が「11」ぺージの時と同じく11本のままですが、あとがきの「注」に、「教会のクリスマス=ツリーも「かず」の中にはいります」とあります。なるほど。誰かが「間違っているのではないか」と問い合わせたのかな?
かぞえてみよう12.jpg

 「あれ、違っているんじゃないか」と思わせて、よく見ると合っているという、こうした随所に見られる仕掛けを探すのが楽しく、作者の絵本作品は、美しい絵を味わいながら、こうした仕掛けをも愉しむものがいくつもありますが、この作品はその最たるものと言えるでしょう。

 ニューヨーク・タイムズ紙の書評が、「これほどうまく数えるということの根本をうまくとらえ、しかも芸術性の高い本はない。幼児にとって、なにものにもかえがたい味わいのある本であり、親もいっしょに楽しめよう」と絶賛しているほか、多くの海外メディアが称賛し、作者が多くの海外の絵本賞を受賞する契機となった作品でもあります。

 もしかしたら、同じようなアイデアをひらめいた人がほかにもいたかもしれませんが、なかなか実際に作品にしてみるというところまではいかないのでしょうね。数にこだわりを持ち、数学者との対談などもあった作者だからこそ、やり通せたのかもしれないと思いました。数字の0~12以外に文字のない絵本ですが、だからこそ、海外の人でも楽しめるものになっているように思います。

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「セロ弾きのゴーシュ」の絵本化作品。至高の正統派・茂田井武と独特のタッチの木版画・佐藤国男。
1956年05月セロひきのゴーシュ.jpg IMセロひきのゴーシュ.jpg 版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ.jpg
『セロひきのゴーシュ(「こどものとも」2号)』['56年]/『版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ (版画絵本宮沢賢治)』['16年]
茂田井武 ゴーシェ.jpg 町の活動写真館でセロを弾く係のゴーシュは、練習してもセロをうまく弾けません。突然現れた動物たちの助けをかりて、ゴーシュはセロの練習び没頭します。たった10日間の毎日の練習によって、格段に腕をあげたゴーシュの成長はすさまじいものです―。

茂田井武.jpeg 福音館書店の1956(昭和31)年創刊の月刊誌「こどものとも」の同年5月号(第2号)として刊行された『セロひきのゴーシュ』は、宮澤賢治の原作に「賢治を描いては最高」と言われた茂田井武(1908-1956/48歳没)が絵をつけた、今日も版を重ねている絵本です。

セロひきのゴーシュ 茂田井.jpg 茂田井武の絵を見た赤羽末吉(1910-1990/80歳没)は、すでに50歳になっていたものの、絵本画家として生きる決意をし、福音館書店の松居直編集長を訪ねて絵本を描きたいと語り、瀬田貞二再話による『かさじぞう』(「こどものとも」58号)で挿絵を描き絵本画家としてデビューしたそうです。

 一方、その茂田井武の方は、当時、持病の気管支喘息が悪化して肺結核を患い、1952年から闘病生活をしており、その病床で描き上げたのがこの『セロひきのゴーシュ』で、この本が出版された年の11月に48歳で亡くなっています。

 賢治の作品の雰囲気に絵がよくマッチしていて、正統派で(ただし、ゴーシュを原作の中年男よりぐっと若い男として描いていて)、こうした至高の作品が早期に発表されると、後の作品はなかなかこれを超えにくいのではないでしょうか。実際、数多くの絵本化作品がありますが、この作品を超えていないように思います(悪くはなくとも、どれも似てしまうというのもある。ゴーシュが常に青年として描かれるのもその例)。
 
版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ2.jpg佐藤 国男(さとうくにお).jpg そんななか、函館の版画家・佐藤国男(1952年生まれ)の『版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ』('16年/子どもの未来社)は、木版画という独自性があり、独特のタッチでありながらも原作の雰囲気も損なっておらず、個人的にはかなりいいのではないかと思います。

版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ11.jpg 佐藤国男氏のプロフィールをみると、北海道の高校を卒業後、上京し、昼間は工場で製本や家具作りの仕事に携わり、夜間は東洋大学の仏教学科で学んで、その後、2年間東京や関東各地で大工仕事に従事。昭和55年に函館へ戻り大き「セロ弾きのゴーシュ」8.jpg工を生業にしながら、宮沢賢治を題材とした版画を作り続けてたとのことです。

 本人によれば、「絵描きか考古学者になりたかった私は、いろいろな職を転々とした後、大工になりました。建築現場のあまった木材をピューと鉋がけし、宮沢賢治の童話の世界を、墨で下絵を描き、彫刻し、版画にする楽しみを発見してから25年以上たちます。 大工の経験が絵描きの夢を進化させ、いまは本職になったというわけです」とのことです。

 1984年、絵本『銀河鉄道の夜』(北海道新聞社)を出版し、賢治作品の版画絵本を世に送りながら、今はやりの"兼業・副業"ではないですが、表札や木彫り時計の注文も受けているようで、ちょっと面白いなあと思いました。

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ゴーシュが「印度の虎狩」を選ぶところが白眉。彼の飢えは満たされていない?

宮沢賢治全集〈7〉2.jpg宮沢賢治全集〈7〉銀河鉄道の夜・風の又三郎2.jpg銀河鉄道の夜 童話集 他十四編.jpg セロ弾きのゴーシュ 1982.jpg
宮沢賢治全集〈7〉銀河鉄道の夜・風の又三郎・セロ弾きのゴーシュほか (ちくま文庫)(「ちくま文庫」1985/12/1 創刊ラインナップの1冊)カバー画:安野光雅/『童話集 銀河鉄道の夜 他十四篇 (岩波文庫)』高畑 勲「セロ弾きのゴーシュ [DVD]

 町の活動写真館でチェロを弾く係のゴーシュは、楽団で一番下手なチェリストだった。一週間後に演奏会が控えているため、楽長はピリピリしている。ゴーシュは家に帰って猛特訓するが、深夜になるとなぜか、猫、かっこう、狸、野鼠がといった小動物たちが毎日変わって彼の家にやってきた。たとえば野鼠が来た理由は、ゴーシュのチェロを聞くと病気が治るからだという。そのことを知ると、彼は病気を治すために曲を弾いてやる。演奏会当日、彼の楽団は大いに成功し、アンコールになってゴーシュ一人が舞台に引っ張り出される。彼はやけくそになって曲を弾き、素早く楽屋に逃げ込むが、みんながゴーシュの演奏を褒め、楽長までも彼の演奏を認めるのだった―。

 宮沢賢治の童話で、これも「風の又三郎」と同じく、賢治が亡くなった翌年の1934(昭和9)年に発表された作品で、「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」と並んで賢治の最もよく知られた作品であると思います。因みに、実際に賢治は農民楽団の実現と自作の詩に曲を付けて演奏することを目指して、1926年にチェロを購入し、練習したそうで、そのチェロは宮沢賢治記念館館にあるそうです(賢治自身もチェロを弾くのははあまり上手くなかったらしい)。

高畑勲監督「セロ弾きのゴーシュ」('82年)/「セロ弾きのゴーシュ」('53年)
セロ弾きのゴーシュ1982年.jpg「セロ弾きのゴーシュ」1953年.jpg 映像化作品では、高畑勲(1935-2018/82歳没)監督が自主製作し、オープロダクションが5年の歳月をかけて完成させた「セロ弾きのゴーシュ」('82年/63分)があります。また、それ以前には、田中喜次監督の影絵アニメーション「セロひきのゴーシュ」('49年/19分)、森永健次郎、川尻泰司の共同監督の人形劇をカメラで撮影して制作され「日本で最初の長編・総天然色・人形劇・音楽映画」と宣伝された「セロ弾きのゴーシュ」('53年/45分)、神保まつえ監督の学研の人形アニメーション作品「セロひきのゴーシュ」('63年/19分)があり(学研が、昭和30年代に学校や地域で、アートアニメーションとして映像教育を行っていたころの代表作になる)、高畑勲作品以降では学研アニメの「セロひきのゴーシュ」('98年/20分)がありますが、「風のセロひきのゴーシュ 63.jpgセロひきゴーシュ アニメ 学研.jpg又三郎」がこれまでの5度の映像化のうち3度が実写映画化、2度がアニメ映画化なのに対し、こちらは動物が出てくることもあってか、5度の映像化のすべてが通常アニメまたは人形劇アニメとなっています。
神保まつえ監督「セロひきのゴーシュ」('63年)/学研アニメ「セロひきのゴーシュ」('98年)

セロ弾きのゴーシュ図3.jpg 高畑勲監督の「セロ弾きのゴーシュ」は、高畑監督・脚本作品として時期的には「赤毛のアン」('79年)や「じゃりン子チエ」('81年)の次にくるものですが、それら以前の'75年から制作にとりかかっており、背景の描写などは飛躍的に精緻なものとなっています。主人公のゴーシュは、宮沢賢治の原作では、ウダツのあがらない中年男性ともとれますが、映画では18歳ぐらいの若者として描かれています。ただし、このことは、それまでのアニメ作品もそうであるし、賢治作品を描いて最高の画家と言われた茂田井武の『セロひきのゴーシュ』('56年/福音館書店)などの頃から賢治は若者として描かれていて、それを引き継いだともとれます。
高畑勲監督「セロ弾きのゴーシュ」('82年)

高畑 勲.jpg 水車小屋に住んでいるゴーシュのところに夜ごと現れる様々な動物たち―それらのキャラクターに細やかな演技をさせてデティールに凝っているのが高畑勲のアニメ演出の特徴だったと思いますが、ところで、ゴーシュの家を夜ごと日替わりで訪れた動物たちにはどのような意味が込められていたのか、彼らはゴーシュに何をもたらしたのかということについては、いろいろ議論になっているのではないでしょうか。

高畑勲「セロ弾きのゴーシュ」猫.png 最初の晩に訪れた猫から、ゴーシュにトロメライ(トロイメライ)を演奏してくれと頼まれますが、不機嫌な彼はサディズティックな気持ちから「印度の虎狩」という曲を弾きます。これを聴いて猫はのたうち回りますが、ゴーシュが「印度の虎狩」という曲を選んで猫に意地悪したというより、ゴーシュの技量が劣っていて、聞くに堪えないものであることを象徴しているようにとれます。

セロ弾きのゴーシュ かっこう.png 次の晩に家に来たのはかっこうで、最初はこの音楽を教えてほしいと頼み込むかっこうとも生意気だと言い争いをしますが、今度はゴーシュは猫の時ほど敵対的な態度ではなく、かっこうと音程の練習をすることで、自身の音感を鍛え上げていきます。また、かっこうとの交流から、ゴーシュは少しづつ相手の言うことを聞き入れるようになっていきます。それでも、最後ゴーシュは癇癪を起してしまい、かっこうは頭を硝子にぶつけたりしながら、逃げるように去っていきます。

セロ弾きのゴーシュ tanuki.png 三日目の晩に来たのは狸で、狸は「愉快な馬車屋」という曲を一緒に演奏しようとゴーシュに言い、彼はその申し出を受け入れます。これだけでも、猫のときと比べると大きな変化ですが、小太鼓を演奏する狸とともに、二人はセッションをします。ここではゴーシュはリズム感を鍛えます。

セロ弾きのゴーシュ nezumi.png そして、最後の晩に来たのがは野鼠の親子です、ゴーシュは野鼠のお母さんから、子鼠の病気を治して欲しいと頼まれてその訳を聞きくと、ゴーシュのチェロを聞くと病気が治るからだといいいます。ゴーシュは納得すると、子鼠のためにチェロを弾きます。ここでは明らかに、ゴーシュが、自分のためではなく他人のために演奏するようになることを表しています。

 以上、ざっと振り返ると、猫とはお互い喧嘩別れみたいになったものの、かっこうからは音程(&相手の言うことを聞き入れること)を学び、狸からはリズム(&相手の申し出を受け入れること)を学び、野鼠からは演奏の「こころ」(自分のためではなく他人のために演奏すること)を学んだということでしょうか。

 この作品の白眉は、ゴーシュが最後アンコールに応えるために(このアンコールはゴーシュ一人に対してではなく楽団の演奏に対してだったが)、楽長に「何か出て弾いてやってくれ」と言われて、なんで自分がという「ばかにするな」との思いから、その猫を苦しめたのと同じ曲である「印度の虎狩」を選んで弾いたところ、観客を魅了してしまうところかと思います。

 ただ、当のゴーシュにしてみれば、やけになって弾いた曲がまさか観客を魅了したとの意識はがなく、「こんやは、変な晩だなあ」ぐらいの感覚であり、楽長や楽団の仲間から「よかった」と褒められてもそれに対する彼の気持ちはどこにも書かれておらず、動物たちとの交流を通して自分の技量が上達したのだという意識がないらしいところが可笑しいです。

 ゴーシュは家に帰ってから、かっこうには怒って「あのときすまなかったなあ」と思います。でも、もし反省するのであれば、最初の猫とのことをもっと反省しなければならないのでしょうが、そこまではいっていないところが変に中途半端で、これまた可笑しいいのと同時に興味深いです。

 ゴーシュが水を飲む場面が、彼の満たされない気持ちを表しているのではないかと考える見方もあるようです。そうすると、最後に演奏を無事終えて帰ってきた彼は、いつも通り水をかぶがぶ飲んでおり(作中で4回目)、結局、彼の精神的な飢えは満たされていないともとれることになるかと思います(アニメではこの部分は表現せず、ゴーシュは人間的に成長してすっかり生まれ変わったように見える)。

 このあたり、どうなのでしょうか。「銀河鉄道の夜」などは初期第一次稿から初期第三次稿までが残っているし(途中、随分と変わっている)、「風の又三郎」などは、同じく賢治の死後に発表された作品であっても、1931(昭和6)年から1933(昭和8)年の間に成ったものとされており、一方、この「セロ弾きのゴーシュ」は、これが最終稿かどうかもまったくわからないです。ただ、賢治は「銀河鉄道の夜」「ポラーノの広場」など、中編作品を改稿する傾向があり、この「セロ弾きのゴーシュ」は短編なので、この曖昧さを残した結末が最終稿なのかもしれません(ある意味、カタルシス効果を選んだアニメに対して、原作はアンチカタルシスとも言える)。


「平成狸合戦ぽんぽこ」1994.jpg「平成狸合戦ぽんぽこ」6.jpg 先にも述べたように、高畑勲監督の「セロ弾きのゴーシュ」('82年)は、高畑勲監督が自主製作し、オープロダクションが5年の歳月をかけて完成させたもので、スタジオジブリが高畑勲、宮崎駿両監督のアニメーション映画制作を目的として、当時は株式会社徳間書店の子会社として活動を開始したのが1985年6月であり、「セロ弾きのゴーシュ」はその前の作品であってスタジオジブリ作品ではありませんが、ジブリ発足後も高畑勲監督は宮崎駿監督ほどコンスタントではないですが、「平成狸合戦ぽんぽこ」('94年)や「かぐや姫の物語」('13年)といった佳作を制作しています。

「平成狸合戦ぽんぽこ」2.jpg 「平成狸合戦ぽんぽこ」は、第49回「毎日映画コンクール」のアニメーション映画賞をするなどしただけでなく、1994年の邦画・配給収入トップ26億円を記録するなど興行的にも成功しました(興行収入44.7億円、観客動員325万人)。環境問題・自然破壊がテーマの1つになっていて、映画の終盤、多摩ニュータウン開発で狸たちは住むところを奪われ、人間に化けることができる狸は人間社会で生きることを選びますが、人間に化けることの出来ない狸は、まだ緑が残る町田に移り住むことにします。その町田市の実際の山々には、映画公開から20年以上たった2020年4月現在も、タヌキのみならず、アライグマやハクビシンなどが生息しているとのことです。


「セロ弾きのゴーシュ」('82年)01.jpg「セロ弾きのゴーシュ」('82年)02.jpg「セロ弾きのゴーシュ」●制作年:1982年●監督・脚本:高畑勲●企画:小松原一男●製作:村田耕一●原画:才田俊次●美術:椋尾篁●音楽:間宮芳生(「星めぐりの歌」(作詞・作曲:宮沢賢治 歌:児童合唱団トマト))●制作会社:オープロダクション●原作:宮澤賢治●時間:63分●声の出演:佐々木秀樹/雨森雅司/白石冬美/肝付兼太/高橋和枝/横沢啓子/高村章子/横沢啓子/千葉順二/槐柳二/矢田耕司/三橋洋一/峰あつ子/横尾三郎●公開:1982/01●配給:オープロダクション(後ににっかつ)(評価:★★★★)

「平成狸合戦ぽんぽこ」1.jpg「平成狸合戦ぽんぽこ」●制作年:1994年●監督・脚本・原作:高畑勲●製作:鈴木敏夫●音楽:紅龍/上々颱風ほか●制作会社:スタジオジブリ●時間:119分●声の出演:野々村真/石田ゆり子/5代目柳家小さん/三木のり平/林家こぶ平(9代目林家正蔵)/村田雄浩/神谷明/林原めぐみ/3代目桂米朝/5代目桂文枝/芦屋雁之助/山下容莉枝/黒田由美/清川虹子/泉谷しげる/(ナレーター)3代目古今亭志ん朝●公開:1994/07●配給:東宝(評価:★★★★)

【1951年文庫化・1966年文庫改訂[岩波文庫(『童話集 銀河鉄道の夜 他十四篇』)]/1957年文庫化[角川文庫(『セロ弾きのゴーシュ―他十篇』)/1957年再文庫化[岩波少年文庫(『セロ弾きのゴーシュ』)/1969年再文庫化[角川文庫(『セロ弾きのゴーシュ』)/1985年再文庫化[ちくま文庫(『宮沢賢治全集〈7〉』)]/1989年再文庫化[新潮文庫(『新編銀河鉄道の夜』)]/1998年再文庫化[角川mini文庫(『セロ弾きのゴーシュ』)/2009年再文庫化[PHP文庫(『銀河鉄道の夜・風の又三郎・セロ弾きのゴーシュ』)]】

童話集 風の又三郎 他十八篇.jpg童話集 風の又三郎 他十八篇 (岩波文庫)
■収録作品(十九篇)
風の又三郎 どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹きとばせ......
セロひきのゴーシュ ゴーシュは町の活動写真館でセロをひく係りでした.けれども......
雪渡り 雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり,空も冷たいなめらかな......
蛙のゴム靴 松の木や楢の林の下を,深い堰が流れておりました.岸には......
カイロ団長 あるとき,三十匹のあまがえるがいっしょにおもしろく仕事を......
猫の事務所 軽便鉄道の停車場の近くに,猫の第六事務所がありました.......
ありときのこ 苔いちめんに,霧がぽしゃぽしゃ降って,蟻の歩哨は鉄の帽子......
やまなし 小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です.......
十月の末 嘉っこは小さなわらじをはいて,赤いげんこを二つ顔の前に......
鹿踊りのはじまり そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあいだから,夕日は赤く......
狼森と笊森,盗森 小岩井農場の北に,黒い松の森が四つあります.いちばん南が......
ざしき童子のはなし ぼくらのほうの,ざしき童子のはなしです. あかるいひるま......
とっこべとら子 おとら狐のはなしは,どなたもよくご存じでしょう. おとら狐にも......
水仙月の四日 雪婆んごは遠くへ出かけておりました. 猫のような耳をもち......
山男の四月 山男は金色の目を皿のようにし,せなかをかがめて,西根山の......
祭りの晩 山の神の祭りの晩でした. 亮二は新しい水色のしごきをしめて......
なめとこ山の熊 なめとこ山の熊のことならおもしろい.なめとこ山は大きな山だ......
虔十公園林 虔十はいつも縄の帯をしめて,わらって森の中や畑の間をゆっくり......
グスコープドリの伝記 グスコープドリは,イーハトーヴの大きな森の中に生まれました.....

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ヤクザの資金を強奪した男たちの壮絶な運命。前半はスタイリッシュだが...。"ホラー"シーンは秀逸。
10『GONIN』.jpg GONIN 1995 0.jpg GONIN 1995 1.jpg GONIN 1995 8.jpg
あの頃映画 「GONIN」 [DVD]」佐藤浩市・本木雅弘
GONIN 19951.jpg 借金まみれのディスコ・バーズのオーナー・万代(佐藤浩市)、男性相手のコールボーイ・三屋(本木雅弘)、元刑事・氷頭(根津甚八)、リストラされたサラリーマン・荻原(竹中直人)、パンチドランカーの元ボクサー・ジミー(椎名桔平)。社会から弾き出された5人は大胆にも暴力団・大越組の事務所から大金を強奪する計画を企て、辛くも成功する。しかし、ジミーを拷問し万代たち5人の仕業と突き止めた大越組は、二人組のヒットマン・京谷(ビートたけし)と柴田(木村一八)を雇って報復に出る―。

GONIN 1995 61.jpg1GONIN 1995 本木・佐藤2.jpg 1995年に公開された石井隆監督による「スタイリッシュバイオレンス・アクション映画」作品とのこと。ヤクザの資金強奪計画を企てた男たちの壮絶な運命を描いています。当初の公開は8月中旬を予定していたのが、内容的に重いので夏場の番組として相応しくないとのことで9月公開になったそうです。

GONIN 199594.jpg '95年度の「キネマ旬報ベストテン」でベスト10入りはしていませんが、「読者選出ベスト・テン」の方で4位にランクインしていて、この辺りも何となくわかる気がします。人気を受けてか、翌年にGONIN 1995 takesi1.jpgは「GONIN2」('96年/松竹)が緒形拳、大竹しのぶ主演で撮られていますが、これはまったく別のストーリーです。

 確かに前半はスタイリッシュで、金をかけずともここまで撮れるのかと、監督の技量を感じました。万代が暴力団事務所から金を奪うためにメンバーを集めるのは、「七人の侍」と言うより「オーシャンと十一人の仲間」の雰囲気でしょうか。ただし、この映画の場合、あくまでも5人ですが(もっと多くても面白いのではないかとも思うのだが)。

GONIN 1995 nezu1.jpg根津甚八.jpg 佐藤浩市、本木雅弘、竹中直人、そして殺し屋役のビートたけし等々の怪演が見られるのは貴重で、さらにその上に君臨するのが「さらば愛しき大地」('82年/プロダクション群狼)で「キネマ旬報ベストテン主演男優賞」を獲った根津甚八(1947-2016)。この頃はまだギラギラしていました。この人、どうして〈うつ病〉などに罹ったのかなあ。「GONIN サーガ」('15年/KADOKAWA)で11年ぶりに一度限りの銀幕復帰を果たしましたが、翌年、肺炎で69歳で亡くなっています。

GONIN 1995 last.png ストーリーが各々の破滅に向かっていくことは想像に難くなく、椎名桔平演じるジミーは恋人のナミィー(横山めぐみ(「真珠夫人」('02年/フジテレビ))を殺された大越組に乗り込むが射殺され、荻原は自宅に戻ったところをビートたけし演じる京谷に射殺される。根津甚八演じる氷頭は、元妻(永島暎子(「女教師」」('77年/日活))と娘との会食中を襲われ、元妻と娘が射殺されたものの逃げ延びる。佐藤浩市演じる万代と本木雅弘演じる三屋は逃走のため共に新宿バスターミナルに来たところを襲われ、万代は死に、三屋は逃げ延びる。合流した三屋と氷頭は大越組事務所を襲い、組長の大越(永島敏行(「サード」('78年/ATG))のほか、久松(鶴見辰吾)ら組員を殺すが、氷頭は京谷によって射殺される。逃げ延びた三屋は長距離バスで逃走するが―。

GONIN 1995 takenaka1.jpg ただ、後半、竹中直人演じるリストラされたことを家族に言えないサラリーマンの荻原だけでなく、根津甚八演じる氷頭までが、離婚こそしてはいるが「家庭人」になっていて、愛する者が殺されるというシビアな状況に持ち込むための設定なのもしれませんが、切りたくても切れない家族の関係というか、スタイリッシュでなくなってきたような気がしました(ラストで本木雅弘演じる三屋の手に万代の遺骨があるが、誰に届けるつもりかと思ったら、シリーズ第3作で本作の正統派続編である「GONIN サーガ」では、万代にも妻子がいることが判明する)。

GONIN 栗山.jpgGONIN 1995 栗山.jpg栗山千明.jpg ビートたけしの殺し屋は、やっぱりビートたけしにしか見えない(笑)というのはありますが、一応は最後までバイオレンス・アクションではありました。そんな中、竹GONIN 1995ges1.jpg中直人演じるサラリーマン荻原が、大金の強奪を終えて自宅に戻ってきたところだけはホラーだったなあ。「大仕事してきたんだよ~」とご機嫌で妻(夏川加奈子)と風呂に入るが...。この"ホラー"の場面が一番秀逸だったかも。ピアノをたしなむ荻原の娘を演じていたのは、当時10歳の栗山千明。彼女、初期はホラー専門だった?

荻原は息子に話しかけているが、息子の顔色は異様で、目の前をハエが飛ぶ。/風呂のタイルに血しぶきの跡が見える。 
GONIN 1.jpg

goninmain2021.jpg「GONIN」●制作GONIN 1995_1280.jpg年:1995年●監督・脚本:石井隆●製作総指揮:奥山和由●撮影:佐々木原保志●音楽:安川午朗(挿入歌:ちあきなおみ「紅い花」)●時間:103分●出演:佐藤浩市(万代樹彦、ディスコ「Birds」のオーナー)/本木雅弘(三屋純一、金持ちの男相手のコールボーイを装い金を巻き上げている)/根津甚八(氷頭要、元刑事、現在は場末のキャバレー「ピンキー」にて用心棒)/椎名桔平(ジミー、元ボクサーで大越組のチンピラ、新GONIN 1995 ナミィ.jpg宿のバッティングセンターでも働いている)/竹中直人(荻原昌平、リストラされたサラリGONIN 1995s1.jpgーマン)/ビートたけし(京谷一郎、式根に雇われた殺し屋、一馬とはサディスティックな恋仲)/木村一八(柴田一馬、京谷の相棒兼恋人)/鶴見辰吾(久松茂、大越組の若頭)/横山めぐみ(ナミィー、ジミーの恋人。タイ出身で大越組にパスポートを奪われ売春婦をやっている) /永島敏行(大越組の組長)/室田日出男(式根、数々の暴力団を束ねる五誠会の会長)/永島暎子(早GONIN 1995 ges2.jpg「GONIN」図3.jpg紀、氷頭の元妻。右足に障害がある)/川上麻衣子(ぼったくりキャバレー「ピンキー」の摺れたホステス)/滝沢涼子(「ピンキー」のホステス)/五十嵐瑞穂(氷頭の娘)/夏川加奈子(萩原の妻)/栗山千明(荻原の娘。ピアノをたしなむ)/山田哲也(荻原の息子)/不破万作(ピンキーのマスター)/松岡俊介(式根専属ドライバー)/伊藤洋三郎(式根ボディーガード)/飯島大介(野本)/岩松了(トイレの男)/小形雄二(高速バス運転手)/津田寛治(暴力団組員)/渡辺真起子(ディスコの客)●公開:1995/09●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(21-07-28)(評価:★★★☆)

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