【3039】 ◎ ディック・フランシス (菊池 光:訳) 『興奮 (1967/10 ハヤカワ・ミステリ) ★★★★☆

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"競馬シリーズ"の邦訳第1弾。面白い!「興奮」は原題に懸けたタイトルか。

興奮 hpm.jpgディック・フランシス 『興奮』hmb1.jpgディック・フランシス 『興奮』hmb2.jpgディック・フランシス 『興奮』hmb.jpg興奮 (1967年) (世界ミステリーシリーズ)』/『興奮 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-1))
"For Kicks"(1972)
For Kicks.jpg イギリスの障害レースでは思いがけない大穴が十回以上も続出した。番狂わせを演じた馬は、その時の状況から興奮剤投与の形跡が明白であったが、いくら探しても証拠が発見されなかった。一体どんな手段が使われたのか? 事件の解明を障害レースの理事であるオクトーバー卿らに依頼されたオーストラリアの牧場経営者ダニエル・ロークは、厩務員に身をやつして、疑わしいと思われる厩舎へ潜入する―。

ディック・フランシス1.jpg イギリスの小説家で障害競走の元騎手だったディック・フランシス(1920-2010/89歳没)の1965年発表作(原題:For Kicks)で、『本命』('62年)、『度胸』('64年)に続く"競馬シリーズ"の第3作になりますが、ハヤカワ・ミステリとしては邦訳第1弾がこの作品になります(1965年CWA(シルバータガー賞)受賞作)。

 久しぶりの読み返しですが、面白かった! 最後までハラハラドキドキさせられれるのは、(かなりストーリーの細部を忘れていたというのもあるが)、やはりストーリーが上手いのでしょう。これって完全にスパイ小説の醍醐味と同じではないでしょうか。

 主人公のダニエル・ロークはオーストラリア人で、作者の競馬シリーズでこの作品にしか登場しないようですが、18歳の時に両親を亡くしてから弟妹を育ててきた責任感のある立派な青年で、現在は27歳になっており、牧場主として成功して周囲からも尊敬されています。

 そんなロークがある日、障害レースの理事であるオクトーバー卿から事件の真相を突き止めるための依頼を受け、危険を伴うことから(弟妹の生活は彼一人の肩にかかっている)一度は断る彼でしたが、義務と責任に縛られて自由のない生活にうんざりしていたこともあり、とうとう引き受けることを選びます。 

 彼は調査のために厩務員(つまり馬丁)として厩舎に潜入しますが、厩務員は下層階級という意識のある馬主や調教師たちにひどい扱いを受けます。今まで丁重な態度でしか接せられたことのないロークは、そんな彼らの態度にかなり屈辱を感じてしまいます。本来なら教養もある紳士なのに、調査のために無教養で粗野な振る舞いをしなければならず、そのことに対して抵抗を感じながらも調査のために耐えていく―。

 ところが、相手の身分が低いとなると自分の思うようにできると思っているオクトーバー卿の娘に誘惑されて、それを撥ね付けると濡れ衣を着せられて放り出され、馬主や調教師には体罰を加えられと、精神的にも肉体的にも屈辱を味合わされます。完全に孤立し、一人で危険と向き合うことになってしまった彼だが―。

ディック・フランシス 『興奮』 hpm.jpg 弱気になりながらも決して屈せず、さらに強靭な精神力を培っていくというのは、強い意志力と誇りを内に秘めているからであり、作者の競馬シリーズの主人公の特徴でもありますが、このダニエル・ロークというキャラクターはそれをよく体現しているように思いました。

 ラストで事件解決後にロークは、オクトーバー卿からと、同じく事件調査の依頼主の一人であるベケット大佐からそれぞれ別の申し出を受けますが、オクトーバー卿から申し出は断る一方で、ベケット大佐から申し出は、迷った末に引き受けますが、それぞれどのような申し出であたったかは、読んでからのお楽しみです。

 少しネタバレになりますが、「興奮」って言っても興奮剤ではなかったわけだなあ。一方、原題の"for kicks"の意味は、「(危険行為などの動機が)スリル(快楽)を得るために」という意味で、ロークがオクトーバー卿らの依頼に応じてまさにスパイとして敵地に潜入したのは、不正を正したいという義憤もあろうかと思いますが、彼の性格から、本質的には、スリルと興奮からくる充実感を求めてのことだったのだなあと思いました。

 その意味で、翻訳者・菊池光(きくち・みつ、1925-2006/81歳没)による「興奮」という邦題は、原題に懸けた上手いタイトル付けだと思います。ディック・フランシスの競馬シリーズを一人で全部翻訳したことで知られていますが、個人的には、ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』('67年/ハヤカワ・ミステリ)、ジョン・ル・カレの『ティンカー テイラー ソルジャー スパイ』('75年/早川書房)などもこの人の訳で読みました。

【1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】
1976年4月創刊 30点 フランシス.png

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This page contains a single entry by wada published on 2021年6月11日 12:46.

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