2021年6月 Archives

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アクションは楽しめるが、ドタバタ喜劇調のきらいも。「アジアの嵐」の俳優が出ていた。
「カトマンズの男」DVD.jpg カトマンズの男00.jpg リオの男dvd - コピー.jpg アジアの嵐 1928.jpg
カトマンズの男(1965) [DVD]」ジャン=ポール・ベルモンド「リオの男(1964)」「アジアの嵐(1928) [DVD]
「カトマンズの男」-.jpg 莫大な父の遺産があり、あらゆる快楽に飽き果てて、生きている意義も見出せないという30歳の男アルチュール・ランプルール(ジャン=ポール・ベルモンド)は退屈の余り自殺したがるが、その試みは全て失敗する。そこで、フィアンセのアリス(ヴァレリー・ラグランジュ)とその小姓のレオン(ジャン・ロシュフォール)、アリスの母親スージー(マリア・パコム)とその恋人コルネリウス(ジェス・ハーン)、元後見人でもあった古くからの中国人の友人ミスター・ゴーことゴー氏(ヴァレリー・インキジノフ)と船旅に出る。ランプルールの法定代理人ビスコトン(ダリー・コール)が香港までアルチュールを探しにやってきて、アルチュールの破産を知らせる。これで自殺の名目ができたと喜んだアルチュールは自殺の試みを続けカトマンズの男08.jpg、フィアンセの母親スージーは婚約解消を要求する。ゴー氏のアイデアで、スージーにアルチュールの生死を委ねることになる。アルチュールは婚約者アリスとゴー氏を受取人に有効期間1か月の生命保険に署名する。ゴー氏は殺し屋を手配し、そうなると自殺志願のアルテュールも生命の危険を感じて懸カトマンズの男07.jpg命に逃げまわるという奇妙な状況になる。港のバーに逃げこんだ時、ストリッパーのアレキサンドリーヌ(ウルスラ・アンドレス)に匿ってもらった。彼女は考古学者の卵で、アルバイトにストリッパーをしていたのだ。彼は一目で好意を抱くが、恋を語っている余裕はない。ゴー氏ともう一度話し合おうと、彼を追ってネパールへ行く。例によって二人の尾行者がついてくるが、実は彼らは保険会社がつけたボディ・ガードだった。ところが今度は、保険金の一部をもらう約束になっている香港ギャングのボス、フォリンスター(ジョー・セイド)の命を狙われることに―。

「カトマンズの男」01.jpg 「リオの男」('64年)のフィリップ・ド・ブロカ監督の1965年作(日本では'65年に初公開。今年['21年]、ベルモンド主演作をHDリマスター版で上映する「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2」(5月14日~、東京・新宿武蔵野館ほか)で公開)。「リオの男」のヒットを受けて作られたアクション映画ですが、ジャン=ポール・ベルモンド演じる主人公の名前はアドリアンからアルチュールになっています。ブラジルでロケした「リオの男」同様に異国趣味の路線であり、ネパールの首都カトマンズだけでなく、香港、マレーシアなどでも撮影されています。

「カトマンズの男」-poster.jpg ジュール・ヴェルヌの1879年刊行の小説『中国での中国人カトマンズの男03.jpgの苦難』(Les Tribulations d'un chinois en Chine)が原作とのことですが、大幅に翻案されているようです。自殺志願の男(原作では中国系)が自分に生命保険を懸けられたのを機に考え方が変わるというのは同$_1カトマンズの男.jpgじようですが、原作では主人公は最後、婚約者と結婚するようです(映画でもアリスは最後、結婚するのだが...)。ウルスラ・アンドレス演じるストリッパーは、映画のオリジナルかと思われます。

 殆どのスタントをベルモントが自分でこなしているのは「リオの男」「カトマンズの男」ges.jpgと同じで、むしろヒートアップした感じさえあります。なので、ベルモントのアクションは楽しめますが、ストーリーが「リオの男」以上にぶっ飛んでいて、アクションとの両方が相俟って、ややドタバタ喜劇調になったきらいもあります(同じ大金持ちの役でも、ベルモントのアクションが無いフィリップ・ラブロ監督の「相続人」('73年)よりは楽しめたが)。

カトマンズの男01.jpg 舞台出身のジャン・ロシュフォール(フィリップ・ド・ブロカ監督の「大盗賊」('62年)や「相続人」でもベルモントと共演しカトマンズの男09.jpgていた)が「小姓」(御屋敷付きの「執事」というよりは、どこでも主人に付いて行って面倒を見る「フットマン」という感じか)の役で脇を固めていて、いい味出していました(最後まで主人に付いて行くので出演場面が多い)。ただ、それよりも、ゴー氏を演じたヴァレリー・インキジノが、フセボロド・プドフキン監督の「カトマンズの男」ヴァレリー・インキジノフ.jpg「アジアの嵐」('28年/ソ連)で、主人公のモンゴル人を演じたあの俳優だったと後で知って少し驚きました。ヴァレリー・インキジノフはロシア・ブリヤート出身のフランス人俳優ですが、血統的にはモンゴル人のようです。「モンパルナスの夜」('33年/仏)に、金持ちに怨念を抱くチェコ人の挫折した元医学生という、まるで「天国と地獄」の山崎努を連想させるような役で出演していますが、60年代のこの「カトマンズの男」では好々爺の役でした。

ヴァレリー・インキジノフ(右)(ミスター・ゴーことゴー氏)

ヴァレリー・インキジノフ in 「アジアの嵐」(1928)/「モンパルナスの夜」('33年)
アジアの嵐 02.jpg『モンパルナスの夜』(1933).jpg 「アジアの嵐」は、1920年代、イギリス統治のモンゴルを舞台に、〈チンギス・ハーンの後裔〉に祭り上げられたモンゴルの青年(ワレリー・インキジノフ)が,やがて民族の自覚に燃えてイギリス帝国主義に闘いを挑むという、モンゴル解放闘争の黎明期を描いたものですが、その主人公を"覚醒"させ、英国の軛(くびき)からの解放を手助けしたのがソ連であるという、ロシア革命と「共産主義」運動を美化するプロパンガンダ映画でもあります。

Storm Over Asia.jpg それゆえに評価をするのは難しいのですが、エイゼンシテインと並ぶとされるフセヴォロド・プドフキン監督でさえ、ソ連の映画監督である限り、当時はそうした映画を撮らざるを得なかったのでしょう(「戦艦ポチョムキン」('25年/ソ連)にしても共産主義的プロパガンダ映画であり、日本でも終戦から22年が経った1967年にようやく一般公開された)。演出的には、主人公が自らが"傀儡"であることに気づいて驚愕する場面などは強く印象に残るものであり、技術的には、ラストの騎馬シーンはまさに「アジアの嵐」と呼ぶに相応しい、迫力ある出来栄えでした(この映画は1930年に日本で公開されている)。

Storm Over Asia (Potomok Chingis-Khana) (1928)


007 ドクター・ノオes.jpgウルスラ・アンドレス.jpg 出演者でもう一人の注目は、やはり007シリーズ第1作「007 ドクター・ノオ (007は殺しの番号)」('62年/英)で初代ボンドガールを務めたウルスラ・アンドレス(以カトマンズの男05.jpg前はアーシュラ・アンドレスと表記されていた)でしょうか。スイス出身で両親はドイツ人。「ドクター・ノオ」出演時は英語がおぼつかなく、彼女のセリフはすべて吹き替えでしたが、それでも「ゴールデングローブ賞」のカトマンズの男06.jpg新人賞を受賞しています。その後は、ドイツ語、イタリア語、フランス語、さらにはマスターした英語の4カ国を操る語学力を活かして、ハリウッド映画にもヨーロッパ映画にも多数出演しています(出演はB級娯楽映画が多いが)。因みに、この映画出演時にはジョン・デレクと結婚していましたが、ジャン=ポール・ベルモンドと恋仲になり、1966年にはジョン・デレクと離婚しています。その後もライアン・オニールらと浮名を流したりしましたが、1980年の「タイタンの戦い」で共演したハリー・ハムリンとの間に男児を生んだものの、再婚はしていません(この手の"肉食系"女優に結婚は似合わない?)。

2up to his ears.jpg ソ連映画「アジアの嵐」のモンゴル系俳優と、アメリカ映画「007 ドクター・ノオ」のドイツ系女優が同じフランス映画に出ているというのが何となく面白いです。それにしても、映画の原題が原作の原題と同じなのですが、一体この映画のどこが「中国での中国人(CHINOIS)の苦難(TRIBULATIONS)」なのでしょうか? (ジュール・ヴェルヌの原作に敬意を表したということか。英語タイトルは"Up to His Ears"で、「足元から耳のところまで」→「トラブルにどっぷり浸かって」という感じか)。
ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2.jpg
   
   
   
   
ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2.jpgジャン=ポール・ベルモンド傑作選2 Blu-ray BOXI ド・ブロカ大活劇編(初回限定版)」(2022)

「リオの男」 原題:L' HOMME DE RIO
「カトマンズの男」 原題:LES TRIBULATIONS D' UN CHINOIS EN CHINE
「アマゾンの男」 原題:AMAZONE


 2021年05月25日 新宿武蔵野館.jpg

ベルモント特集2-2.jpg「カトマンズの男」ur.jpg「カトマンズの男」●原題:LES TRIBULATIONS D'UN CHINOIS EN CHINE(英:UP TO HIS EARS)●制「カトマンズの男」ps.jpg作年:1965年●制作国:フランス・イタリア●監督:フィリップ・ド・ブロカ●製作:アレクサンドル・ムヌーシュキン/ジョルジュ・ダンシジェール●脚本:ダニエル・ブーランジェ●撮影:エドモン・セシャン●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:ジュール・ヴェルヌ「中国での中国相続人 ベルモント.jpg人の苦難」●時間:110分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/ウルスラ・アンドレス/ヴァレリー・ラグランジュ/マリア・パコム/ジェス・ハーン/ヴァレリー・インキジノフ/マリオ・ダヴィッド/ポール・プレボワ/ダリー・コール/ジョー・セイド●日本公開:1966/05●配給:エデン●最初に観た場所:新宿武蔵野館(21-05-25)(評価:★★★)●併映(同日上映):「相続人」(フィリップ・ラブロ)
「相続人」('73年)

アジアの嵐 01.jpg「アジアの嵐」●原題:Потомок Чингис-хана(STORM OVER ASIA POTOMOK CHINGIS-KHANA)●制作年:1928年●制作国:ソ連●監督:フセ2019「アジアの嵐」.jpgヴォロド・プドフキン●脚本:オシップ・ブリーク/レフ・スラヴィン/ウラジーミル・ゴンチュコフ●撮影アナトーリー・ゴロヴニャ●音楽:セルゲイ・コズロフスキー/ M・アロンソン/(サウンド版音楽)ニコライ・クリューコフ●原作:イワン・ノヴォクショーノフ「ジンギス汗の末喬」●時間:87分●出演:ワレーリー(ヴァレリー)・インキジーノフ/アナトーリー・デジンツェフ/リュドミラ・ベリンスカヤ/アネリ・スダケーヴィチ/ボリス・バルネット●日本公開:1930/10●配給:三映社(評価:★★★☆)

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「レイダース」のヒントになったノンストップ冒険サスペンス。背景としてブラジリアも良かった。
リオの男dvd - コピー.jpg リオの男000.jpg リオの男001.jpg
リオの男 [DVD]」ジャン=ポール・ベルモンド/フランソワーズ・ドルレアック
リオの男01.jpg 見習航空兵のアドリアン(ジャン・ポール・ベルモンド)は、1週間の休暇で婚約者アニェス(フランソワーズ・ドルレアック)の住むパリに滞在することに。その頃パリでは博物館の守衛が殺害されてアマゾンの小像が盗まれ、考古学者カタラン教授(ジャン・セルヴェ)が呼びだされる。その小像は、カタラン教授、アニェスの父親であるヴィレルモリオの男02.jpgーザ教授、実業家アンドレ・ディ・カストロ(アドルフォ・チェリ)の3人がブラジルの奥地探検から持ち帰った3体セットのうちの1体だった。3人は3体の小像リオの男03.jpgをそれぞれ一体ずつ所持し、カタラン教授は自分の像を博物館に寄贈したのだった。またヴィレルモーザ教授は探検後に死亡し、現地リオのある場所に自分の像を隠していた。そして、その娘アニェスは、その隠し場所の秘密を知っていた。しかし、そんな折、カタラン教授が何者かに連れ去られ、さらにアニェスまでが誘拐されてしまう。ちょうど、そこに居合わせたアドリアンは、連れ去られるアニェスの姿を見つけ、必死に後を追う。アニェスを連れた男たちは旅客機に乗り、アドリアンも咄嗟の機転リオの男04.jpgでに乗り込むと、旅客機はブラジルのリオデジャネイロまで来てしまう。リオに着いたアドリアンは、土地の少年の助けを得て、アニェスを取り戻す。小像のありかを知るアニェスの手引でアドリアンは小像を見つけ出すが、それも束の間、例リオの男05.jpgの男たちが現れ小像を奪われる。残る一つは、カストロが持っているのだ。アニェスとアドリアンは、彼の居るブラジリアに向かう。そして途中2人は、"敵"に囲まれたカタラン教授を見つけ、救出に成功するが、しかし―。

リオの男06.jpg 1964年公開のフィリップ・ド・ブロカ監督作で、ジャン・ポール・ベルモンドのコンビによるアクション・コメディ映画作(日本では'64年に初公開。今年['21年]、ベルモンド主演作をHDリマスター版で上映する「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2」(5月14日~、東京・新宿武蔵野館ほか)で公リオの男07.jpg開)。追いつ追われつのサスペンスをノンストップで描いたもので、公開当時、歴代フランス映画の興行記録を更新する空前のヒットを記録したそうです。そうした娯楽映画であるとともに、1964年の「ニューヨーク映画批評家協会賞 外国語映画賞」を受賞しています(同賞をアクション娯楽映画が受賞することは珍しい。例えば、'61年、'63年、'65年とフェデリコ・フェリーニ監督作が受賞しており、前年受賞作は難解で知られる「フェリーニの8½」だった)。

スティーブン・スピルバーグ5Q.jpgルパン三世 TV第1シリーズ.jpg スティーブン・スピルバーグはこの映画を公開当時劇場で9回観たほどお気に入りで、「レイダース 失われたアーク」('81年/米)等の「お手本にした」と公言しています。また、モンキー・パンチの「ルパン三世」の元ネタとも言われています。この映画の日本公開は1964年、「ルパン三世」の連載スタートは1967年なので、あり得ない話ではないですが...(ベルモンドの日本語版吹き替えキャストは、'71年スタートのTVアニメ「ルパン三世」の山田康雄)。

リオの男 ブラジリア1.jpg テンポが良くて楽しめます。背景としてのリオの街の異国情緒もいいですが、新首都ブラジリアでの、無機質な建造物をバックにした追走劇もシュールで良かったです。まるで、イタリアの画家ジリオの男 ブラジリア2.jpgョルジョ・デ・キリコが描く絵のような背景に感じられました(建物だけ屹立していて人影がほとんど無い)。モダニズムの理念に基づいて建設された計画都市ブラジリアの当時の映像は、結構貴重ではないでしょうか。

レイダース/失われたアーク《聖櫃》.jpg 「レイダース」のヒントになったとのことですが、終盤、小像の奪い合いになり、洞窟を舞台に三体の小像が悪の手に落ちた、まさにその時、森林をゆさぶる大爆発が起きたので、「レイダース」のように巨岩が転がってくるのかと思いきや、最後はちょっとショボかったですが、それでも★4つはあげていい出来映えでした。

リオの男002.jpg ヒロイン役のフランソワーズ・ドルレアックは、1964年2月5日に封切られたこの「リオの男」と、同年4月20日に封切られた「柔らかい肌」でスターとなり、妹のカトリーヌ・ドヌーヴも1964年2月19日に封切られた「シェルブールの雨傘」でスターになったわけで、同じ年に一気に〈姉妹スター〉が誕生したことになります。

リオの男t.jpg この映画とフランソワ・トリュフォー監督の「柔らかい肌」で見せたフランソワーズ・ドルレアックの演技を比べれば、妹のカトリーヌ・ドヌーヴの当時より姉の方が演技力に幅があったことが窺えますが(「柔らかい肌」では男を不倫に引き込むCAを演じた)、1967年に妹と「ロシュフォールの恋人たち」で共演を果たした、まさにその年に、運転中に事故に遭い、25歳で亡くなっているのが惜しまれます。

L'HOMME DE RIO 1964 01.jpg L'HOMME DE RIO 1964 02.jpg

「リオの男」br.jpg

ベルモント特集2-2.jpgIベルモント特集2.jpg「リオの男」●原題:L'HOMME DE RIO(英:THAT MAN FROM RIO)●制作年:1964年●制作国:フランス・イタリア●監督:フィリップ・ド・ブロカ●製作:アレクサンドル・ムヌーシュキン/ジョルジュ・ダンシジェール●脚本:ジャン=ポール・ラプノー/アリアンヌ・ムヌーシュキン/フィリップ・ド・ブロカ/ダニエル・ブーランジャン=ポール・ベルモンド傑作選2.jpgジェ●撮影:エドモン・セシャン●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:110分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/フランソワーズ・ドルレアッ「リオの男92.jpgク/ジャン・セルヴェ/ロジェ・デュマ/ダニエル・チェカルディ/ミルトン・リベイロ/ウビラシ・デ・オリヴェイラ/アドルリオの男 ps.jpgフォ・チェリ/シモーヌ・ルナン●日本公開:1964/10●配給:東和●最初に観た場所:新宿武蔵野館(21-05-18)(評価:★★★★)
 
 
 
    
ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2.jpgジャン=ポール・ベルモンド傑作選2 Blu-ray BOXI ド・ブロカ大活劇編(初回限定版)」(2022)

「リオの男」 原題:L' HOMME DE RIO
「カトマンズの男」 原題:LES TRIBULATIONS D' UN CHINOIS EN CHINE
「アマゾンの男」 原題:AMAZONE

 

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青春ミステリ。"白眉"と言える箇所はどこか。『容疑者Xの献身』『屍人荘の殺人』よりは好み。

たかが殺人じゃないか.jpg たかが殺人じゃないか2.jpg たかが殺人じゃないか3.jpg 辻真先.jpg
たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』['20年] 辻 真先 氏

 昭和24年、ミステリ作家を目指しているカツ丼こと風早勝利は、名古屋市内の新制高校3年生になった。旧制中学卒業後の、たった一年だけの男女共学の高校生活。そんな中、顧問の勧めで勝利たち推理小説研究会は、映画研究会と合同で一泊旅行を計画する。顧問と男女生徒5名で湯谷温泉へ、修学旅行代わりの小旅行だった。しかし、そこで彼らは密室殺人事件に巻き込まれる。そしてさらに―。

 2020(令和2)度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2021(令和3) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位、2021年「ミステリが読みたい!」第1位。所謂"ミステリ3冠達成"で、過去には米澤穂信氏が『満願』(2014年刊)と『王とサーカス』(2015年刊)で同じく「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」での3冠を達成していますが、この作者の場合、これを88歳で成し遂げたということはスゴイと言えるかもしれません。

 作者は60年代からアニメ脚本家として活躍し、「鉄腕アトム」「サザエさん」「デビルマン」「名探偵コナン」など、さまざまな作品を手掛けており、小説家としては'82年に日本推理作家協会賞を受けていますが、自作がこれらのランキングで1位に選ばれるのは初めてです。

 読んでみると、推理小説によくある〈学園もの〉の青春ミステリでしたが、昭和24年の名古屋市内の旧制中学卒業後の1年だけの新制高校という、時間的にも空間的にも限定された状況下での高校生活を描いていることもあり、興味深く読めました。

 作者自身の経験がもとになっていて、登場人物にも皆モデルがいるそうですが、そうした作者の思い入れもあってか、高3で経験する初めての男女共学の甘酢っぱさがさよく伝わってきます。

 タイトルも一見軽い感じであるし、そうしたライト感覚で最後までいくのかなと思ったら、意外と事件の真相とその背後にあったものは重かったです。このギャップを、書き出しとラストで上手く表していて、この点がこの作品の白眉であったように思います。

 一方で、ミステリとしてはどうかなというのもありました。両方の殺人において、トリックの理屈よりも実行面で、かなり実現可能性に疑いがあるように思いました(いずれ映画等の映像化作品を観てみたいところ)。

 因みに、現在、主要ミステリランキングには、
 ・文藝春秋「週刊文春 ミステリーベスト10」(「文春ミス」)
 ・宝島社「このミステリーがすごい!」(「このミス」)
 ・原書房「本格ミステリ・ベスト10」(「本ミス」)
 ・早川書房「ミステリが読みたい」(「早ミス」)
がありますが、今まで['21年まで]国内部門での"4冠達成"の作品はなく、"3冠達成"は本作を含め5作となり、それらは以下の通りです(因みに海外部門ではアンソニー・ホロヴィッツが『カササギ殺人事件』、『メインテーマは殺人』、『その裁きは死』で3年連続"4冠達成"をするなどしている)。

東野 圭吾『容疑者Xの献身(2005年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」賞自体が未創設

米澤 穂信『満願(2014年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」2位、「ミステリが読みたい」1位

米澤 穂信『王とサーカス(2015年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」3位、「ミステリが読みたい」1位

今村 昌弘『屍人荘の殺人(2017年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」2位

辻 真先『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』(2020年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」4位、「ミステリが読みたい」1位

 「ミステリが読みたい」(「早ミス」)が当時まだ創設されていなかった『容疑者Xの献身』を除けば、傾向としては、「早ミス」で支持されると「本格ミス」を落とすというのがあるようです((満願』『王とサーカス』『たかが殺人じゃないか』がそれに該当。『屍人荘の殺人』が「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」2位で、4冠に最も迫ったということになるか)。(その後、2022年に米澤穂信の『黒牢城』(2021年刊)が4冠を達成)

 やはり先にも述べたように、「本格ミステリ」かと言われると、ちょっと弱いでしょうか。本格ミステリのファンには多分に物足りないと思いますが、個人的には、『容疑者Xの献身』や『屍人荘の殺人』よりは好みでした(まあ、自分の場合、『屍人荘の殺人』などは映画化作品を観て初めてトリックが理解できたくらいのミステリ音痴なのだが)。

【2023年文庫化[創元推理文庫]】

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権力者の末路の惨め。ヒトラーの次にレーニンを同じように描いているのがスゴイ。

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牡牛座  レーニンの肖像 dvd.jpg 牡牛座 レーニンの肖像 pos.jpg 牡牛座 レーニンの肖像 02.jpg
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「モレク神」ド.jpg「モレク神」h.jpg 1942年春、舞台はベルヒテスガーデンのヒトラーの山荘・通称イーグルネスト。ドイツとオーストリアの国境付近にある雄大な景色を望めるこの山荘で、重臣や愛人エヴァ・ブラウンと休暇を過ごすフューラー(総統)ことアドルフ・ヒトラーの1日を、その権力者とは思えないようなダラダラした姿を、或いは重臣に突然当たり散らす様を、或いはまた、愛人のエヴァと二人きりになり、自分はガンで体が痛いとエヴァに向かって甘える様などを描く―。

「モレク神」01.jpg 「モレク神」は'98年公開のロシア映画で、アレクサンドル・ソクーロフ監督の「権力四部作」と呼ばれる連作の1作目であり、1999年・第52回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞しています。ソクーロフ監督は連作の2作目「牡牛座 レーニンの肖像」('01年)ででレーニンを、3作目「太陽」('05年)で昭和天皇を描いています。「モレク神」とは子供を人身御供にさせた古代セム族の信仰に由来する神の名、旧約聖書では、悲惨な災いや戦火の象徴で、ユダヤ人にとっては避けるべき異教の神とみなされ、キリスト教世界では偽の神を意味するそうで、この映画の主人公はアドルフ・ヒトラーであり、まさに偽神と呼ぶにふさわしい人物ということになります(「モレク神」はヘブライ語で王をも意味する)。

「モレク神」-3.jpg 晩年のヒトラーを描いていますが、戦争映画風でも政治映画風でもなく、冒頭に述べたように、別荘(本作では現存するヒトラーのティーハウスでロケをしている)で愛人のエヴァ・ブラウンや側近らと過ごす彼の1日が描かれていて、従って、オリヴァー・ヒルシュビーゲル 監督の「ヒトラー~最期の12日間~」('04年/独・墺・伊)などとは全く異なる切り口のヒトラ―映画ということになりますが、これはこれでなかなか興味深かったです。「ヒトラー~最期の12日間~」では、ヒトラーは常に激昂している人物のように描かれ、映画のトーンもそれに沿ったものでしたが、この映画では、幽玄な山を背景に、常に靄のかかったような暗い別荘内で、ヒトラーとその取り巻きの奇妙な会話や滑稽なやり取りが、ただただ延々と続きます。

「モレク神」23a.png 1942年春の時点でドイツ軍の敗走はまだ始まっていませんが、この映画で描かれるヒトラーは我儘な子供のようで、もう既に常軌を逸しているという印象であり、エヴァ・ブラウンとの関係も、赤ん坊とそれをあやす母親のような感じです。ただし、この別荘滞在時にはすでに梅毒の症状が出ていたという話もあるので、全部が全部、大袈裟に描かれた創作とは言えないかもしれません。

 駄々をこね、笑えないジョークを飛ばし、愛人に甘え、無邪気に踊り、果ては被害妄想に取り憑かれて自分を蔑む―こうしたヒトラーを描くことで、彼も一人の弱い人間に過ぎなかったことを浮き彫りにしています。そうした人間が戦争を起こし、ユダヤ人の大量虐殺などをやってのけたことに、歴史の不思議と言うか、不合理を覚えざるを得ません(ただし、この映画ではヒトラーが重臣に「アウシュビッツ「モレク神」g.jpgとはなんだ?」と尋ねる場面があり、ヒトラーはユダヤ人の大量虐殺を知らなかった説が採用されている)。

 このヒトラーに心酔し、最も忠実な部下として常にヒトラーの傍にいるゲッベルスの異常さも、「ヒトラー~最期の12日間~」とはまた違った意味で不気味でした(小柄であることも含め本物と似ている)。妻と6人の子供を巻き添えに殉死するのは当然ながら「ヒトラー~最期の12日間~」と同じ。確かに暗い映画ですが、「ヒトラー~最期の12日間~」と同様、どこか滑稽な場面もあって、ヒトラーを描いた映画ってつい観てしまうなあ、何となく―と思った次第です。

 
「牡牛座 レーニンの肖像」ド.jpg牡牛座 レーニンの肖像06.jpg これに続く'01年公開の「権力四部作」の第2作にあたる「牡牛座 レーニンの肖像」では、暗殺未遂事件から4年後の1922年、52歳となり、最初の脳梗塞の発作のためモスクワ郊外のゴールキ村で療養していたウラジーミル・レーニンのある1日を描いてます(2001年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品、2001年ニカ賞最優秀監督賞・作品賞・主演男優賞・女優賞・撮影賞・脚本賞・美術賞受賞、ロシア映画評論家協会最優秀最優秀監督賞・最優秀作品賞・主演男優賞・主演女優賞・撮影賞・脚本賞・美術賞受賞)。

「牡牛座 レーニンの肖像」4.jpg この映画におけるレーニンも、自分ではほぼ何も出来ないような要介護老人のように描かれています。ヒトラーの次にレーニンを同じように描いているというのがスゴイです(これ、レーニン廟があるロシアの映画だものなあ)。

「牡牛座 レーニンの肖像」3.jpg ただ、終盤、お手伝いに用意して貰いながらも満ち足りた食事をする場面で、「人民は飢えているのに私たちは贅沢に耽る。恥ずかしい」とレーニンが言っているところに、まだ、自らの基本理念を保持し続ける彼の姿があり、その点が、壊れてしまっているヒトラーとの違いでしょうか。
    
1922年、スターリンと.jpgレーニン(1923年夏).jpg その前に、見舞いに来たスターリンとの面会シーンがあり(実際にはソビエト連邦をどう形成するかで意見を求めに来たのだが、レーニンとスターリンとの間には考えの隔たりがあった)、そこでスターリンと政治権力上の力関係が逆転してしまったことをまざまざと実感させられるレーニンの姿もあって(スターリンには自信に満ち、見舞いに来ているのに内心では喜色満面の様子)、権力者の末路の惨めさを描いている点では「モレク神」と同じです。

レーニンとスターリン(1922年)/レーニン(1923年夏)


 「権力四部作」の第3作で、イッセー尾形を起用して大日本帝国時代の昭和天皇を描いた「太陽」('05年)も観てみたいです。因みに第4作は、ドイツの文豪ゲーテの代表作を映画化した「ファウスト」('11年)です。シネマブルースタジオへ観に行くつもりだったのが、新型コロナ感染予防のための緊急事態宣言の3回目の発出で上映打ち切りになってしまいました。

アレクサンドル・ソクーロフ監督/「太陽」('05年)イッセー尾形(昭和天皇)/「ファウスト」('11年)
アレクサンドル・ソクーロフ.jpg 「太陽」ソクーロフ.jpg  アレクサンドル・ソクーロフ「ファウスト.jpg
   
   
「モレク神」ges.jpg「モレク神」●原題:Молох●制作年:1999年●制作国:ロシア・ドイツ●監督・脚本:アレクサンドル・ソクーロフ●製作:トマス・クフス/ヴィクトール・セルゲーエフ●脚本:ユーリー・アラボフ●撮影:アレクセイ・フョードロフ/アナトリー・ロジオーノフ●時間:108分●出演:レオニード・マズガヴォイ/エレーナ・ルファーノヴァ/レオニード・ソーコル/エレーナ・スピリドーノ/ヴァウラジミール・バグダーノフ●日本公開:2001/03●配給:ラピュタ阿佐ヶ谷●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(21-04-06)(評価:★★★★)

「牡牛座 レーニンの肖像」9.jpg「牡牛座 レーニンの肖像」2.jpg「牡牛座 レーニンの肖像」●原題:Телец●制作年:2001年●制作国:ロシア●監督:アレクサンドル・ソクーロフ●製作:ヴィクトール・セルゲーエフ●脚本:ユーリー・アラボフ●撮影:アレクサンドル・ソクーロフ●音楽:アンドレイ・シグレ●時間:94分●出演:レオニード・モズゴヴォイ/マリヤ・クズネツォーワ/ナターリヤ・ニクレンコ/レフ・エリセーエフ/セルゲイ・ラジューク●日本公開:2008/02●配給:パンドラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(21-04-15)(評価:★★★★)

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画家にして名エッセイストでもあったことを思い起こさせるスケッチ紀行エッセイ。

Iフランスの道 安野光雅01.jpgフランスの道 安野光雅.png 安野 光雅es.jpg
フランスの道』['80年]安野光雅(1926-2020)

 昨年['20年]12月に亡くなった安野光雅(1926-2020/94歳没)の1980年刊行のスケッチイラスト付きの紀行エッセイで、絵と文は、1978年以来「アサヒグラフ」に連載していた「西洋のぞき眼鏡」という連載をまとめたものです。

フランスの道 安野光雅1.jpg 著者は、その代表作である『旅の絵本』のシリーズ第1弾を1977年に、第2弾を1978年に福音館書店より刊行しており、同じ頃には、『旅のイラストレーション』 ('77年/岩崎美術社)、『ヨーロッパ・野の花の旅』('78年/講談社)といった本の刊行もあって、当時"旅"をテーマに絵本やイラスト絵画において精力的に活動していたことが窺えます。

 本書では、実際、画材を持ってフランス全土をあちこち歩き回りながらスケッチをしたことが窺えます。パリの街中の絵もいいですが(パリに行けば街中に観光客相手の画家は溢れているし)、ちょっと都市から離れた郊外や田舎の村々の風景や建物の絵がなかなかいいように思いました(因みに『旅の絵本』シリーズ全9冊にはイタリア編やイギリス編、スペイン編やデンマーク編、スイス編はあるが、フランス編は単独ではない)。

 でも、絵もいいですが、本書について言えば、文章も、訪れた土地への想いが伝わってくるようで、また、楽しく読めて、時に哀愁も帯びていていいです。この頃からすでに、画家・絵本作家にして名エッセイストであったことが窺える1冊です。

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作者のロングセラー絵本に挙げられる1冊。二通りの画風が楽しめるところがいい。

かげぼうし 安野 光雅1.jpgかげぼうし 安野 光雅2.jpg 安野 光雅.jpg
かげぼうし』['76年/'02年新版]安野光雅(1926-2020)
かげぼうし 安野 光雅3.jpg
 まちに冬がきた。 野山にも冬がきた。 山のむこうのずーっと、ずーっとむこうにある秘密の国、「かげぼうしの国」にも冬がきた。 マッチ売りの少女と「かげぼうしの国」のみはり番がくりひろげる、ふしぎな、ふしぎなお話―。

 昨年['20年]12月に亡くなった安野光雅(1926-2020/94歳没)の絵本作品です。この人、何となくいつまでも生きているイメージがありましたが、もう94歳になっていたのかという感じ。

 本書は1976年7月の刊行ですが、既に60年代から数多くの絵本を世に出しており、この辺りにくると作風も完成されている印象を受けます。因みに、1975年に芸術選奨新人賞を受賞し、1976年に第7回「講談社出版文化賞」を『かぞえてみよう』('75年/講談社)で受賞しており、以降は、国際的な絵本賞の受賞が続きます。

IMG_20210627_かげぼうし 安野 光雅.jpg この絵本では、見開きの左面でマッチ売りの少女が出てくるヨーロッパのとある古い街の話が展開し、右面で見張り番がどこか行ってしまって混乱する「かげぼうしの国」の話(こちらは切り絵風でほぼモノクロ)が展開して、別々の話かと思ったら最後で1つの話になるという、面白い作りでした。

IMG_20210627_2かげぼうし 安野 光雅.jpg ただ、それ以上に、1冊で作者の二通りの画風が楽しめるところが、個人的には良かったでしょうか。表紙もいいです(どうして裏表紙は切り絵になってないのか?)

 『かぞえてみよう』に負けずとも劣らない傑作であり、2002年に同じ版元から新版が出されていることからも、作者の作品群の中でもロングセラー絵本に挙げられる1冊であると言えるかと思います。

 【2002年新版】

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"競馬シリーズ"の邦訳第1弾。面白い!「興奮」は原題に懸けたタイトルか。

興奮 hpm.jpgディック・フランシス 『興奮』hmb1.jpgディック・フランシス 『興奮』hmb2.jpgディック・フランシス 『興奮』hmb.jpg興奮 (1967年) (世界ミステリーシリーズ)』/『興奮 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-1))
"For Kicks"(1972)
For Kicks.jpg イギリスの障害レースでは思いがけない大穴が十回以上も続出した。番狂わせを演じた馬は、その時の状況から興奮剤投与の形跡が明白であったが、いくら探しても証拠が発見されなかった。一体どんな手段が使われたのか? 事件の解明を障害レースの理事であるオクトーバー卿らに依頼されたオーストラリアの牧場経営者ダニエル・ロークは、厩務員に身をやつして、疑わしいと思われる厩舎へ潜入する―。

ディック・フランシス1.jpg イギリスの小説家で障害競走の元騎手だったディック・フランシス(1920-2010/89歳没)の1965年発表作(原題:For Kicks)で、『本命』('62年)、『度胸』('64年)に続く"競馬シリーズ"の第3作になりますが、ハヤカワ・ミステリとしては邦訳第1弾がこの作品になります(1965年CWA(シルバータガー賞)受賞作)。

 久しぶりの読み返しですが、面白かった! 最後までハラハラドキドキさせられれるのは、(かなりストーリーの細部を忘れていたというのもあるが)、やはりストーリーが上手いのでしょう。これって完全にスパイ小説の醍醐味と同じではないでしょうか。

 主人公のダニエル・ロークはオーストラリア人で、作者の競馬シリーズでこの作品にしか登場しないようですが、18歳の時に両親を亡くしてから弟妹を育ててきた責任感のある立派な青年で、現在は27歳になっており、牧場主として成功して周囲からも尊敬されています。

 そんなロークがある日、障害レースの理事であるオクトーバー卿から事件の真相を突き止めるための依頼を受け、危険を伴うことから(弟妹の生活は彼一人の肩にかかっている)一度は断る彼でしたが、義務と責任に縛られて自由のない生活にうんざりしていたこともあり、とうとう引き受けることを選びます。 

 彼は調査のために厩務員(つまり馬丁)として厩舎に潜入しますが、厩務員は下層階級という意識のある馬主や調教師たちにひどい扱いを受けます。今まで丁重な態度でしか接せられたことのないロークは、そんな彼らの態度にかなり屈辱を感じてしまいます。本来なら教養もある紳士なのに、調査のために無教養で粗野な振る舞いをしなければならず、そのことに対して抵抗を感じながらも調査のために耐えていく―。

 ところが、相手の身分が低いとなると自分の思うようにできると思っているオクトーバー卿の娘に誘惑されて、それを撥ね付けると濡れ衣を着せられて放り出され、馬主や調教師には体罰を加えられと、精神的にも肉体的にも屈辱を味合わされます。完全に孤立し、一人で危険と向き合うことになってしまった彼だが―。

ディック・フランシス 『興奮』 hpm.jpg 弱気になりながらも決して屈せず、さらに強靭な精神力を培っていくというのは、強い意志力と誇りを内に秘めているからであり、作者の競馬シリーズの主人公の特徴でもありますが、このダニエル・ロークというキャラクターはそれをよく体現しているように思いました。

 ラストで事件解決後にロークは、オクトーバー卿からと、同じく事件調査の依頼主の一人であるベケット大佐からそれぞれ別の申し出を受けますが、オクトーバー卿から申し出は断る一方で、ベケット大佐から申し出は、迷った末に引き受けますが、それぞれどのような申し出であたったかは、読んでからのお楽しみです。

 少しネタバレになりますが、「興奮」って言っても興奮剤ではなかったわけだなあ。一方、原題の"for kicks"の意味は、「(危険行為などの動機が)スリル(快楽)を得るために」という意味で、ロークがオクトーバー卿らの依頼に応じてまさにスパイとして敵地に潜入したのは、不正を正したいという義憤もあろうかと思いますが、彼の性格から、本質的には、スリルと興奮からくる充実感を求めてのことだったのだなあと思いました。

 その意味で、翻訳者・菊池光(きくち・みつ、1925-2006/81歳没)による「興奮」という邦題は、原題に懸けた上手いタイトル付けだと思います。ディック・フランシスの競馬シリーズを一人で全部翻訳したことで知られていますが、個人的には、ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』('67年/ハヤカワ・ミステリ)、ジョン・ル・カレの『ティンカー テイラー ソルジャー スパイ』('75年/早川書房)などもこの人の訳で読みました。

【1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】
1976年4月創刊 30点 フランシス.png

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ディテールの描写はいいが、主人公にはカタルシス不全を覚え、結末もやや大雑把だったか。

ジョッキーズ・ハイ.jpgジョッキーズ・ハイ2.jpg 大井競馬.jpg
ジョッキーズ・ハイ (集英社文庫)』 大井競馬場

 地方競馬の騎手・一色純也は、中堅だが成績は三流だ。彼が所属する北関東競馬で、競走馬から禁止薬物が検出された。愉快犯の犯行? それとも競馬開催を妨害しようとする陰謀? 純也は恋人の競馬ジャーナリスト・沙耶香と調査を始める。薬物事件はその後も続き関係者が揺れる中、純也にかつてない好調の波が訪れ―。

 競馬に関するノンフィクション・ライターでもある作者の小説で、替え玉を扱った『ダービーパラドックス』('18年/集英社文庫)、馬牧場を舞台にした『キリングファーム』('19年/集英社文庫)に続く文庫書下ろし第3弾。

大井競馬最高配当.jpg 綿密な取材に基づいたディテールの正確な描写が効いていて、それでいて、書下ろしということもあってか、スイスイ読めました。地方競馬業界の実態や、そこでどういったことが行われているかが分かり、興味深かったです(そう言えば、大井競馬場で、指定された3つのレースの1、2着馬を順番通りに当てる3重勝2連勝単式馬券、『トリプル馬単』で今日['21年6月10日]地方競馬史上最高となる(購入金額50円が)2億2813万165円(1口当たり4562万6033円)となる配当が出たというニュースがあった。因みに、今年['21年]の3月14日の中央競馬では、(購入金額100円が)5億5444万6060円になる史上最高配当が出ている)。

 ただ、ノンフィクション調でありながら、作者がどれくらい実際にあった事件を参照にしているのかよく分からず、なんとなく隔靴掻痒感がありました。

 それと、口上に「競馬に関する描写のリアルさと、ミステリーとしての切れ味に思わず息をのむ衝撃の作品」とありますが、「競馬に関する描写のリアルさ」は分かりますが、「ミステリーとしての切れ味」はどうかなあと思いました。

 結局、純也と沙耶香の推理は正確な結論に行き着かないまま、最後は警察による事件解決になってしまうし、その間に純也は沙耶香を守り切れていないので、「探偵」としても「ヒーロー」としても欠格しているような気がして、若干カタルシス不全を覚えました。

 その結末も、容疑者が数多くいて、実際に多くの人物が関与している事件であった割には、最後ばたばたばたっというかなり大雑把な畳み方で、結局何がどうなっていたのか今一つ分かりにくかったです。

 Amazon.com のコメントに「島田明宏さんのファンとしては4作目を期待せずにはいられません」というのがありますが、第4弾の『ノン・サラブレッド』('20年/集英社文庫)がもう刊行されているのだなあ。

 でも取り敢えず自分としては、競馬における同じように薬物疑惑問題を扱ったディック・フランシスの『興奮』('76年/ハヤカワ・ミステリ文庫)を読み返してみようかな。

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面白かったが、原作を読んだ人からは原作の方がいいと言われ、読後にもう一度皆で鑑賞会を...。

パフューム ある人殺しの物語 2007.jpg パヒューム ある人殺しの物語01.jpg パヒューム ある人殺しの物語02.jpg
パフューム ある人殺しの物語 [DVD]」ベン・ウィショー/ダスティン・ホフマン
ある人殺しの物語 香水 (文春文庫)
ある人殺しの物語 香水 (文春文庫).jpgパフューム 01.jpg 18世紀のフランス・パリ。悪臭漂う魚市場で、一人の赤子が産み落とされた。やがて孤児院で育てられたその男児の名はジャン=バティスト・グルヌイユといい、生まれながらにして数キロ先の匂いをも感じ取れるほどの超人的な嗅覚を持っていた。成長したグルヌイユ(ベン・ウィショー)はある日、街で素晴らしい香りに出合う。その香りを辿っていくとそこには一人の赤毛の少女がいた。少女の体臭パフューム ある人殺しの物語es.jpgにこの上ない心地よさを覚えるグルヌイユであったが、誤ってその少女を殺害してしまう。少女の香りは永遠に失われてしまった。しかしその香りを忘れられないグルヌイユは、少女の香りを再現しようと考え、橋の上に店を構えるイタリア人のかつて売れっ子だった調香師ジュゼッペ・パフューム 02.jpgバルディーニ(ダスティン・ホフマン)に弟子入りし、香水の製法を学ぶ。同時にその天才的な嗅覚を生かして新たな香水を考え、バルディーニの店に客を呼び戻す。さらなる調香技術を学ぶパフューム ある人殺しの物語 09.jpgため、香水の街・グラースへ旅に出るグルヌイユはその道中、なぜか自分だけ体臭が一切ないことに気づく。グラースで彼は、裕福な商人リシ(アラン・リックマン)の娘ローラ(レイチェル・ハード=ウッド)を見つける。以前街角で殺してしパフューム ある人殺しの物語08.jpgまった赤毛の少女にそっくりなローラから漂う体臭は、まさにあの運命的な香りそのものだった。これを香水にしたい、という究極の欲望に駆られたグルヌイユは、脂に匂いを移す高度な調香法である「冷浸法」を習得する。 そして時同じくして、若い美少女が次々と殺される事件が起こり、グラースの街を恐怖に陥れる。髪を短く刈り上げられ、全裸で見つかる美少女たち。グルヌイユは既に禁断の香水作りに着手していたのだった―。

香水 文庫.jpg 2006年公開のトム・ティクヴァ監督によるドイツ・フランス・スペイン合作映画で、原作は世界中で1500万部を売り上げているパトリック・ジュースキントの1985年発表の小説『パフューム ある人殺しの物語』(ジュースキントはスタンリー・キューブリックとミロス・フォアマンのみが正しく映画化できると考えており、他の者による映画化をを拒否していたという)。

 面白かったですが、原作を読んだ人からは原作の方がいいと言われて、原作を読んでみたら確かにそうでした。その後、4人くらいで新ためてPrime Videoで鑑賞会をしたのですが、原作を先に読んだ人が、映画の方はちょっともの足りないというのも分かったように思いました。

 この作品の翻訳者の池内紀氏が、文庫版の解説で(2003年に映画化の噂を聞いた段階で)「主役にあたる"匂い"をどうやって表現するのだろう。匂いをたどっていくのがおおかたの演技というのは、前代未聞のことではあるまいか。とどのつまりは、あとかたもなく消え失せる男。やはり映像よりも、活字を通してこそふさわしい」と述べていますが、この"予言"は的中したとも言えるかも。

パフューム 06.jpg そもそもスタンリー・キューブリックが映画化に意欲を示しながらも断念しているし、私財を投げ打って映画化権を得た映画プロデューサーのベルント・アイヒンガー(脚本も担当)も、最大の問題は「主人公は自分自身を表現していない。小説家はこれを補うために物語を使用することができる。それは映画ではできない」として苦心し、3人の脚本家による脚本は最終的な撮影台本となるまでに20以上の段階を経たとのことです。

 ただし、それだけの苦労もあり、また、元々ドラマ性を持つ話であるため、結果的には良く出来た(面白い)映画になっていたと思います。このストーリーは、ラスト近くで一気に寓話性を帯びてますが、そこに至るまでをリアリズムにこだわって作っている分、終盤の展開が効いているように思いました(個人的評価としては一応★★★★)。

パフューム ある人殺しの物語07.jpg 映画を観直してみて、ストーリー的にも概ね原作に忠実であったと思いました。それでは、原作との違い(違和感とも言っていい)をどこで感じたかというと、グルヌイユが少女に近づくとき、映画ではどうしても"香り"的なものと性的なものが混然としているように見えてしまう点です。原作ではその点がはっきり峻別されていました。

 結局、グルヌイユは、女性を性的な意味合いも含め人として愛することができない特殊な人物であるということなのでしょう。でも、映像化すると、若干"変態"性欲者っぽく(つまり普通のストーカーっぽく)見えてしまうのは、まさに「主人公は自分自身を表現していない」ことによるかと思います。

 全体を通して、ナレーションによる"ト書き"的表現が多いのも、また、そのナレーションにジョン・ハートという名優を起用しているのも、そうしたことと無関係ではないように思います。

パフューム ある人殺しの物語 ho.jpg ダスティン・ホフマンが調香師バルディーニ役で出演しています。そう言えば、昔から、ヨーロッパの監督の撮る文芸映画に、ハリウッドで活躍するスター俳優が出演するということがあったと思います。ルキノ・ヴィスコンティ(伊)監督の「家族の肖像」('74年/伊・仏)のバート・ランカスター、フェデリコ・フェリーニ(伊)監督の「カサノバ」('76年/伊・米)のドナルド・サザーランドなどがそう。もっと後では、マイケル・ラドフォード(英)監督の「ヴェニスの商人」('04年/米・伊・英)にアル・パチーノがシャイロック役で出ていました。当時、ダスティン・ホフマンのシャイロックを見たいと思ったのですが、ユダヤ系であるダスティン・ホフマンがシャイロックを演じるのは、何か差し障りがあったのでしょうか(調香師バルディーニの方が名前からイタリア系で、アル・パチーノ向きという気がしなくもないが)。

ベン・ウィショー/アラン・リックマン/レイチェル・ハード=ウッド
パフューム 05.gifパフューム 04.jpgパフューム 03.jpg「パフューム ある人殺しの物語」●原題:PERFUME: THE STORY OF A MURDERER●制作年:2006年●制作国:ドイツ・フランス・スペイン●監督:トム・ティクヴァ●製作:ベルント・アイヒンガー●脚本:トム・ティクヴァ/アンドリュー・バーキン/ベルント・アイヒンガー●撮影:フランク・グリーベ●音楽:アトム・ティクヴァ●原作:パトリック・ジュースキント『香水 ある人殺しの物語』●時間:147分●出演:ベン・ウィショー/ダスティン・ホフマン/アラン・リックマン/レイチェル・ハード=ウッド/(ナレーション)ジョン・ハート●日本公開:2007/03●配給:ギャガ・コミュニケーションズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-04-09)(評価:★★★★)

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フォトエッセイと言うより、極私的フォトドキュメンタリー。写真の力はやはり凄いなあと。

Iたまものbunko.jpg たまもの 神蔵.jpg
たまもの (ちくま文庫)』['18年]『たまもの』['02年]
たまもの 神蔵 文庫.jpg 夫と別れスエイさんと暮らし始めた神藏は、元夫とも「特別な関係」として三人承知のうえの奇妙な二重生活を送っていた。が、有名評論家になってゆく元夫の自我の受け手としての自分に執着し、彼の新しい恋人の存在に憂鬱の淵に落ちる。ずっと続くと思った生活も関係も変わっていく―。

たまもの 神蔵890.jpg 写真家である著者が、評論家・坪内祐三(1958-2020)と編集者・末井昭(1948- )という二人の男の自我と自分の自我をみつめながら揺れ動いた5年間を、当時の日記と写真で綴ったフォトエッセイ...と言うより、極私的フォトドキュメンタリー(写真そのものは1993年から2001年にかけて撮られたものが収められていて、1999年に撮られたものが圧倒的に多い)。2002年4月に筑摩書房より大判本として刊行されたものを、増補・改訂して、ちくま文庫に収めたものです(16年ぶりということで、ほぼ"復刻"に近い文庫化だが、ちくま文庫にはよくあるパターン)。2002年の刊行時は、「『本の雑誌』ノンジャンル・ベスト10」の第2位にランクインしています。
『本の雑誌』ノンジャンル・ベスト102002.jpg

たまもの_o2.jpgIたまものb_o1.jpg いやー、生々しいなあ。文章だけならそうでもないのだけれども、写真の力はやはり凄いなあと思いました(図書館から大判本を借りたが、やはり写真自体は大判本で観るのがいい。オリジナルにはカラー写真が何点かあるが、文庫版はすべてモノクロになっている)。著者は、写真家の荒木経惟氏と交流があるようですが(写真に何度も登場する)、彼女の撮る写真もやや荒木氏の撮るものに通じるところがあるように思いました。

 それにしても、坪内祐三に一週間後に控えていた結婚をやめさせてまでして(婚約破棄自体は坪井の意思だが)彼と夫婦になって、それでいて末井昭氏と会うようになって、はじめはこっそりだったけれどやがて打ち明けて、でもどこかで三人で暮らせればいいなあと思いつつ、結局、坪内祐三と離婚して末井昭と結婚するという、この人は、ある種"悪女"と言えばそうなのかも。

春桃 中文版.jpg春桃(1988) vhs  劉暁慶 姜文1.jpg 中国の凌子風(リン・ツーフォン)監督の 「春桃(チュンタオ)」 ('88年/中国・香港)という、ある女性が匪族に追われ、新婚の夫と離れ離れになって逃げた後、別の男と暮らし始め、それが何年か後に夫と再会し、"二人の夫"と暮らし始めることになるという映画を思い出しました。
春桃【字幕版】 [VHS]

 でも、映画でもそうでしたが、三人で暮らすというのは現実難しいのだろうなあ。ましてや、この著者の場合、二人の男性の〈自我〉を受け止めるけれど、〈気持ち〉はどこまで受け止めているのか。今現在はどうか知りませんが(近影を見るとごく普通の夫婦みたいに見える)、この当時は世間並みの"家族の幸福"みたいなものは必ずしも求めていなかったようだし(写真には彼女の両親も登場するのだが)、ただし、この点は、坪内祐三も末井昭も同じことだったようですが。

たまもの 神蔵8ード.jpg 著者が坪内祐三に「好きな人ができたから家を出ようと思う」と泣きながら言ったら、「美子ちゃんはアーティストなんだから好きにすればいい」と言ったとのことで、坪内祐三の優しさもちょっと尋常ではないという感じがします。

 一方の末井昭の方も、不倫の末に著者と結婚したことになり(所謂"W不倫")、その著者『結婚』('17年/平凡社)によると、著者に一つだけ約束させられたことがあって、それは、「嘘をつかない」ということ。前の結婚では複数の女性と関係をもち、前妻に対して嘘に嘘を重ね、自身も心の負荷に耐え切れずにいたからだそうです。

坪内祐三通夜写真(神藏美子@yoshikokamikura 2020年1月22日)
坪内祐三通夜で.jpg坪内 祐三.jpg それにしても、2000年に新宿で暴漢に襲われ、半殺し状態にされた坪内祐三の写真は悲惨。よく、こんな無頼な生活を送りながら、あれだけの仕事を遺したものだなあと。結局、昨年['20年]惜しくも61歳で、急性心不全のため亡くなりましたが、早逝の原因に酒があるかとは思われるものの(『酒中日記』というエッセイがあって2015年に内藤誠監督により本人主演でドキュメンタリー映画化もされている)、その背後にあった心理状態というのはどのようなものであったのでしょうか(先月['21年5月]妻・佐久間文子氏の回想記『ツボちゃんの話―夫・坪内祐三』(新潮社)が刊行された)。

神蔵 末井昭.jpg自殺 末井.jpg 一方の末井昭の方も、7歳の時に母親が若い男とダイナマイト心中したとか、女装趣味があって(本書には坪内祐三で巻き込んでの女装写真がある)女装してCMに出たことがあるとか、話題に事欠きません。2001年に坪内祐三が『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』('01年/マガジンハウス)で第17回「講談社エッセイ賞」を受賞した時の写真が本書にありますが、末井昭も2014年に『自殺』('13年/朝日出版社)で第30回「講談社エッセイ賞」を受賞しています。
自殺

末井昭・神蔵美子両氏

 どうしてこんな才能に恵まれた人とばかり一緒になるのか分かりませんが、何か持っているのだろうなあ、この人は―と思わせる本でした。この『たまもの』のオリジナルから12年後を綴った続編とも言うべき『たまきはる』('15年/リトル・モア)も読んでみようかな。

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