【3033】 ○ 清水 一行 『小説 兜町(しま) (1966/01 三一新書) ★★★☆

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最後の相場師を描く。面白い。ネット証券隆盛の今や隔世の感もあるが、普遍性も。

I小説兜町709.jpg小説兜町 kadokawa.jpg 兜町―小説 (1979年).jpg 小説 兜町(しま)徳間.jpg
小説兜町 (角川文庫 緑 463-25)』['83年]/『兜町―小説 (1979年) (集英社文庫)』/『小説 兜町(しま) (徳間文庫)』['06年] 旧東京証券取引所

旧東京証券取引所.jpg 戦前、興業証券に入社したが兵隊にとられて退社、戦後、魚のブローカーとして働いていた山鹿梯司に、興業証券兜町 (1966年) (三一新書).jpg創業者の大戸から誘いがかかる。最初は渋っていた山鹿だが、結局興業証券に復帰。一からやり直した山鹿は神武景気・岩戸景気の中、独自の発想と勘で大成功し「兜町最後の相場師」と呼ばれるのだが―。

 城山三郎、高杉良らと並ぶ経済小説の第一人者として知られる清水一行(1931-2010)の1966(昭和41)年のデビュー作。その出版のタイミングは、山一証券が1回目の破綻をした「昭和40年不況」の翌年にあたり、本書はベストセラーとなって、再起をかけていた山一証券は景気付けのために本書を一度に千冊購入し、社員に配ったと言われています。

兜町 (1966年) (三一新書)』['66年]

IMG小説 兜町(しま)1.jpg 主人公の興業証券営業部長・山鹿梯司のモデルは、日興証券営業部長・斎藤博司で、彼が株屋から証券会社への近代化の波の中で相場に生きた波乱万丈の半生がそのままに描かれているのではないでしょうか。

 株式は何のためにあるのか、どのような企業が成長するのか、米国のグロースストック(成長株)という考えを知った主人公が、当時中小企業だった本田技研、理研工学(現リコー)の大相場を先導していく様は、読んでいて痛快です。

 ただし、小説としては面白いのですが、現代では当時のイメージが沸きにくいかもしれません。公募増資のいくつかの弊害や、個人が議決権を持てない投資信託の問題をこの当時から指摘しているのはさすがに鋭く、そう言えば、三大経済小説家の中でもこの作家は。「株」の世界が得意分野だったなあと改めて思わされはしますが。

東京証券取引所1.jpg やや隔世の感があるのは、当時の株取引はまさに人を介したものだったのに、今や〈ネット証券〉隆盛で、インターネットで人を介さないで取引するのが普通になっているというのもあるかと思います。この業界、電子メールではなく電話で株売買するのが常だったので(今でも証券マンに聞けば、会社の指示でメールは使ってはいけないようだ)、電話からメールを飛び超えて一気にネットへいった印象を受けます(茅場町駅あたりで降りて、証券会社の窓口に足を運ぶ人もそれなりにいるとは思うが)。

 あと、大きな変化は、この小説の後半に初登場する〈投資信託〉の隆盛。こちらの方がむしろインターネット取引よりずっと前に、業界から相場師的な証券マンの活躍の場を奪う原因になったのではないかと思います。相場師の流れを組むと言えるものとして、有名ファンドマネージャーなどが挙げられるかもしれませんが、投資にすべてを賭けているような人ならともかく、フツーの庶民はあまり縁がないのではないでしょうか。やはり、投資信託の登場は大きかったように思います

東京証券取引所2.jpg でも、証券取引の本質的な仕組み自体は今も同じであるともとれ、本書が、株を巡っての財界から個人投資家まで様々な人々の思惑や欲望、それに関わる証券マンの仕事ぶりまを描いた経済小説の記念碑的作品であることの事実と、そこに一定の普遍性が認められことは変わらない思います。

【1979年文庫化[集英社文庫]/1983年再文庫化[角川文庫]/2006年再文庫化[徳間文庫]】

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