【3004】 ◎ 樋口 一葉 「たけくらべ」―『にごりえ・たけくらべ』 (1949/06 新潮文庫) ★★★★☆

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「美登利はなぜ寝込んだのか」論争はともかく、抒情性豊かな青春文学の傑作。

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫2.jpgにごりえ・たけくらべ (新潮文庫).jpg  にごりえ たけくらべ 岩波.jpg たけくらべ (集英社文庫).jpg
にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)』(にごりえ・十三夜・たけくらべ・大つごもり・ゆく雲・うつせみ・われから・わかれ道)/『にごりえ・たけくらべ (岩波文庫 緑25-1)』(カバー絵:鏑木清方「たけくらべの美登利」)/『たけくらべ (集英社文庫)』['93年/'10年表紙カバー新装(イラスト:河下水希)]/[下]『たけくらべ (他)にごりえ・十三夜・大つごもり』['67年/旺文社文庫]/『樋口一葉 [ちくま日本文学013]』(たけくらべ・にごりえ・大つごもり・十三夜・ゆく雲・わかれ道・われから・春の日・琴の音・闇桜・あきあわせ・塵の中・他)カバー画:安野光雅
たけくらべ 旺文社文庫 .jpg樋口一葉 [ちくま日本文学013] 文庫.jpg 吉原の遊女を姉に持つ勝気でおきゃんな少女・美登利は、豊富な小遣いで子供たちの女王様のような存在だった。対して龍華寺僧侶の息子・信如は、俗物的な父を恥じる内向的な少年である。二人は同じ学校に通っているが、運動会の日、美登利が信如にハンカチを差し出したことで皆から囃し立てられる。信如は美登利に邪険な態度をとるようになり、美登利も信如を嫌うようになった。吉原の子供たちは、鳶の頭の子・長吉を中心とした横町組と、金貸しの子・正太郎を中心とした表町組に分かれ対立していた。千束神社(千束稲荷神社)の夏祭りの日、美登利ら表町組は幻灯会のため「筆や」に集まる。だが正太郎が帰宅した隙に、横町組は横町に住みながら表町組に入っている三五郎を暴行する。美登利はこれに怒るが、長吉に罵倒され屈辱を受ける。ある雨の日、用事に出た信如は美登利の家の前で突然下駄の鼻緒が切れて困っていた。美登利は鼻緒をすげる端切れを差し出そうと外に出るが、相手が信如とわかるととっさに身を隠す。信如も美登利に気づくが恥ずかしさから無視する。美登利は恥じらいながらも端切れを信如に向かって投げるが、信如は通りかかった長吉の下駄を借りて去ってしまう。大鳥神社の三の酉の市の日、正太郎は髪を島田に結い美しく着飾った美登利に声をかける。しかし美登利は悲しげな様子で正太郎を拒絶、以後、他の子供とも遊ばなくなってしまう。ある朝、誰かが家の門に差し入れた水仙の造花を美登利はなぜか懐かしく思い、一輪ざしに飾る。それは信如が僧侶の学校に入った日のことだった―。

『一葉』鏑木清方画.jpg 樋口一葉(1872-1896/24歳没)が1895(明治28)年1月から翌年1月まで「文学界」(刊行期間1893.1-1898.1)に断続的に連載た作品で、「暗夜」(1894.6-11)、「大つごもり」(1894.12)に続くものであり、文学界を主宰していた星野天知が、文学界1月号の原稿が集まらなくて一葉に作品を依頼し、一葉は書き溜めていた作品「雛鶏」を改題して発表したとのことです。翌1896(明治29)年、「文芸倶楽部」に一括掲載されると、森鷗外や幸田露伴らに着目され、鴎外の主宰する「めさまし草」誌上での鴎外、露伴、斎藤緑雨の3人による匿名合評「三人冗語」において高い評価で迎えられましたが、一葉はこの頃結核が悪化し、同年11月には死去しています。尚、再掲載時の原稿は口述して妹の邦子に書き取らせたものだそうです。

「一葉」鏑木清方:画
  
 物語の最後で、主人公の美登利が急に元気をなくすのはなぜか、という疑問に、それまでの文学研究者の間では「初潮説」が定説であったところへ、1985(昭和60)年に作家の佐多稲子が「初店(はつみせ)説」を提示し、「娼妓として正式なものではないが、店奥で秘密裏に水揚げ(遊女が初めて客と関係すること)が行なわれたのではないか」としました。この佐多説に対し、初潮説を支持してきた学者の前田愛が反論したことから論争が始まり、この論争には瀬戸内晴美、野口冨士男、吉行淳之介などの小説家も加わったそうです。

樋口一葉.jpg また、関礼子氏の『樋口一葉』('04年/岩波ジュニア新書)によれば、"店奥で秘密裏に水揚げ"をするのは「初夜」と呼ばれるものであり、当時遊女として正式に客をとれるのは16歳になってからだったので、14歳の美登利の場合は「初夜」になるとしています(ジュニア新書なのに詳しい(笑))。その上で関氏は、「初潮」と「初夜」を一続きのもの(つまり両方である?)と解釈した長谷川時雨の説をとっています。

 個人的には「初潮説」というのも言われて初めて、あっ、そういうことか、と思ったくらいで、「初店説」となると想像し難いものもありました(「初夜」も実質的には初めて客をとる"水揚げ"であり「初店」と同じことか)。しかしながら、京都の舞妓などは、水揚げが済むと髪型を結い替えることになっており、そうして何段階かの髪型の変遷を経て、「舞妓」から「芸妓」になっていくとのこと、かつては12、13歳にして水揚げを経験していた舞妓もいたとのことで(現在は水揚げはせず、形式的に髪型を変えることが行われている)、終盤で美登利が髪を島田に結っているのは、確かに彼女が水揚げを経た証拠ともとれるかもしれません。

 こうした、全てを明かさないで読者に想像させるところも上手いと思いますが、今で言う中学生くらいの男の子、女の子が、互いに関心を寄せ、それがある種の想いとなって互いに意識過剰になっていく一方で、少女が自身が「女」であることを自覚し始める様が見事に描かれており、青春文学の傑作として結実しているものと思います(一方で、「にごりえ」のようなどろどろしたリアリズム作品を書きながらだからだからなあ)。

 この作品を読むと、改めてこの年頃の子は、男の子よりも女の子の方が成長が早いということが窺え、男の子はそれに戸惑うという構図もこの中にあるかなあと思いました。木村真佐幸氏のように、信如をこの物語の「真の主人公」であるとする説もあったりして、抒情性豊かな作品であるとともに、「にごりえ」などとはまた違った意味でさまざまな解釈や見方ができる作品であるように思います。

 〈新潮文庫〉版乃至〈岩波文庫〉版が定番でしたが、後から出た〈集英社文庫〉版が新表記で読みやすいとも。現代語版は、松浦理英子氏編訳の『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』('04年/河出文庫)よりも、山口照美氏の『現代語で読むたけくたけくらべ  hibari.jpgらべ』('12年/理論社)が、擬古文の雰囲気を保っていてお奨めです。映画化作品では、五所平之助監督、美空ひばり主演の「たけくらべ」('55年/新東宝) がありますが、個人的には未見です。また、山口百恵のアルバム「15才」に「たけくらべ」という曲があります。千家和也(1946-2019)作詞の歌詞の冒頭の「お歯ぐろ溝(おはぐろどぶ)に燈火(ともしび)うつる」(コレ、「たけくらべ」冒頭の表現をそのまま使っている)の"お歯ぐろ溝"とは、遊女の逃亡を防ぐために設けられた吉原遊郭を囲む溝で、今は埋められてすべて路になっていますが、石垣の跡がちょっとだけ残っています。

 お歯ぐろ溝.jpg お歯ぐろ溝の石垣跡

にごりえ・たけくらべ 樋口一葉 新潮文庫 1949.jpgたけくらべ 樋口一葉 新潮文庫 2.jpg【1949年文庫化・1978年・2013年改版[新潮文庫(『にごりえ・たけくらべ』)]/1950年文庫化・1999年改版[岩波文庫(『にごりえ・たけくらべ』)]/1954年再文庫化[角川文庫(『たけくらべ―他二篇』)]/1967年再文庫化[旺文社文庫(『たけくらべ』)]/1968年再文庫化[角川文庫(『たけくらべ・にごりえ』)]/1992年再文庫化・2008年改版[ちくま文庫(『ちくま日本文学013 樋口一葉』)]/1993年文庫化[集英社文庫(『たけくらべ』)]】

          

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和田泰明

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