2021年3月 Archives

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「松本清張スペシャル・留守宅の事件」)

「留守宅の事件」ほか"社会派"の面目躍如といった作品群。どれも面白かった。

証明 ポケット文春1970.jpg「証明」文春文庫.jpg 「証明」文春文庫新装版.jpg 「留守宅の事件」ドラマ.jpg
『証明』(ポケット文春)/『証明 (文春文庫)』/『新装版 証明 (文春文庫)』/火曜サスペンス劇場「松本清張スペシャル・留守宅の事件」('96年/日本テレビ)古谷一行/内藤剛志

『証明』 (1970 ポケット文春)1.jpg 「証明」(オール読物、1969年)、「新開地の事件」(オール読物、1969年)、「蜜宗律仙教」(オール読物、1970年)、「留守宅の事件」(小説現代、1971年)の4編を所収。この中で、「密宗律仙教」は、印刷屋の渡り職人をしていた男が高野山で修行して新興宗教を起こす話で、宗教団体がどう生まれ、どう成長するか、そのプロセスが丁寧に描いていて面白かったです。最後の方に注射による犯罪行為が出てきますが、それは付け足しのようなもので、むしろノンフィクションタッチで描かれる教団および教祖誕生のプロセスが読み処であったように思います。他の3編は―。

「証明」
 高山久美子の夫・信夫は5年前に会社勤めを辞め、文芸雑誌への小説の持ち込みを続けていた。信夫の作品は同人雑誌に時々掲載されたが、一流の文芸雑誌からは原稿を突き返される日々が続いた。美久子は婦人雑誌の下調べの仕事をしていたが、無収入の状態が続く信夫は、久美子が帰宅すると当て付けるように荒れ狂ったり、妨害したりするのだった。妻に養われているという卑屈感が原因とはわかっていたが、いまさら文学を止めて下さいと久美子は言えなかった。不規則な久美子の仕事時間に疑念を持つようになった信夫は、久美子にその日の行動の明確な報告を要求し、辻褄の合わないと怒るようになった。ある日、久美子は取材のため、洋画家の守山嘉一と赤坂のレストランで会った。帰宅途中、守山が名うてのプレイボーイの評判があることに気づく。信夫には隠さなければならない...。久美子は守山に再び会い、口止めを懇願する―。

 主人公が夫の疑いを避けるために自分の行動記録の改竄したことよって、逆に自分自身を追い込んでしまう話かと思いましたが、途中までそうした様相を呈していたものの、終盤に話は思わぬ急展開をしました。肉食系っぽい守山とは何も無かったのに、一見乾いた感じの仏文学者の平井と...。結局、夫の嫉妬には耐えることができたけれど、自分の方のそれは抑えられなかったということになるでしょうか。今まで夫の下で我慢していた分、抑圧された情動が一気に発散されて、「本気」になってしまったということなのかもしれません。平井への嫉妬が恨みに転じて...。それにしても、その瞬間によく犯行を思いついたものだなあ。犯罪は犯罪に違いないけれど、ある種の無理心中と言えるかも。

月曜ドラマスペシャル 証明.jpg この「証明」はこれまでに2度、1977年にTBS「東芝日曜劇場」で大原麗子・山本學主演で、1994年の同じくTBSの「月曜ドラマスペシャル」で風間杜夫・原田美枝子主演でドラマ化されていますが、いずれも個人的には未見です。


「新開地の事件」
新開地の事件.jpg 東京西部の北多摩郡、農地が開発されベッドタウン化しつつある地域で、長野直治は妻のヒサ・娘の富子と3人で暮らしていたが、ある時、九州から下田忠夫というゴツゴツした風貌の男が来て、間借人として直治の家に入ることになった。忠夫は菓子職人の見習いとして中央線沿線の有名菓子屋に通った。やがて職人となった忠夫は、富子と結婚することになり、長野家の養子に入る。やがて忠夫は直治の援助もあり、新宿の近くに洋菓子店を開業、店は繁盛した。1年後、直治は卒中で倒れ体が不自由になり、その2年目、直治は庭先で転倒し頭を打ったことが原因で死んだ。ヒサの身の振り方が問題となったが、土地を売って忠夫の店に同居するよう提案されるも、ヒサは頑なに拒否する。そうした中、ヒサの絞殺死体が発見される。忠夫の不審な行動に着目した警察は、行方不明となった忠夫を全国に指名手配、2週間後に逮捕された忠夫は、警察の推定した通りに犯行を自供する。しかし、その供述に検事は疑問を抱く―。

松本清張ほか著、日本推理作家協会編『新開地の事件―最新ミステリー選集3〈策謀編〉』(カッパノベルス 1971.09)

 土地を売る売らないの件でなぜ揉めるのかなあと思いましたが、最後に思わぬ真相が明かされてビックリ。ちょっとこの「動機」は思いつかないなあ。推理しようがなかったです。母と娘と娘婿の性の確執かあ。「どろどろ度」は4編の中で一番でした。

知られざる動機.jpg この「新開地の事件」は、1983年に日本テレビの「火曜サスペンス劇場」枠で藤真利子主演で「松本清張スペシャル・松本清張の知られざる動機」というタイトルで(まさにタイトル通りだが)ドラマ化されています。地主の一人娘・長野富子を藤真利子が、富子の結婚相手・下田忠夫を高岡建治が演じ、富子の母・長野ヒサは吉行和子、父・直治は内田朝雄が演じていますが、こちらも未見です。


「留守宅の事件」
 足立区・西新井の栗山敏夫宅の物置で、栗山の妻・宗子の死体が発見された。萩野光治は栗山の友人であったが、宗子に好意を持っていた。栗山の留守中に宗子のもとを訪れていたことが露見し、萩野は殺人の容疑者として逮捕される。他方、捜査主任の石子警部補は、萩野が宗子を犯さなかった点、栗山の素行に問題があった点から、真犯人は栗山だと考える。しかし、自動車セールスマンの栗山は仕事で東北各地を廻っており、その合間を縫って東京の宗子を殺すことは、まったく不可能であるように思われた―。

 "ミニ「点と線」"みたいな感じで面白かったです(この作品は1972年・第3回「小説現代読者賞」に選ばれている)。文庫解説の阿刀田高氏も、表題作よりも先にこちらの方を取り上げているくらい。犯人の見当はすぐつきますが、どうやってアリバイを崩すかが焦点になっています。個人的には、終盤ばたばたっと急展開する「証明」よりもこちらの方がオーソドックスと言うか、やや上に思えました。

松本清張スペシャル 「留守宅の事件」.jpg留守宅の事件」ドラマt3.jpg この「留守宅の事件」は、1996年に日本テレビの「火曜サスペンス劇場」枠で古谷一行・内藤剛志主演で、2013年にテレビ東京の「水曜ミステリー9」枠で寺尾聰主演(刑事役)でそれぞれドラマ化されていますが、「火曜サスペンス劇場」版の古谷一行・内藤剛志主演の「松本清張スペシャル・留守宅の事件」を観ました。

古谷一行(萩野光治:会社員)/内藤剛志(栗山敏夫:萩野の後輩、セールスマン)/洞口依子(栗山宗子:栗山の妻、萩野の従妹、絞殺被害者)/余貴美子(萩野芳子:萩野の妻)/平泉成(石子静雄:警視庁警部補、捜査主任)/芳本美代子(高瀬昌子:栗山宗子の妹)
「留守宅の事件」0.jpg 容疑者にされてしまう萩野光治(古谷一行)は、原作と異なり、被害者の栗山宗子(洞口依子)と従兄妹関係にあり、かつて一度だけ肉体関係を持ったことがあるという設定となっていました。さらに、萩野は警察に逮捕されそうになる直前に逃れ、潜伏しながら妻(余貴美子)の助けを借りて、栗山(内藤剛志)が真犯人であるとの確証を得るに至り、自らその鉄壁のアリバイ崩しに挑むというもの(犯人の濡れ衣を着せられた男が逃亡しながら真犯人を突きとめるという「逃亡者」のリチャード・キンブルのスタイル)。最後は事件を解き明かすも、妻は自分の下を去って行くというほろ苦い結末でした(脚本は大野靖子(1928-2011/82歳没))。

「留守宅の事件」ドラマ2.jpg 金田一耕助役のイメージが強い古谷一行が、被疑者とされながらも自ら事件の真相を探る"探偵"の役割を演じているのはともかく、最近は刑事役が多い内藤剛志が犯人役を演じているのが興味深いですが、思い起こせばこの当時は結構犯人役や被害者役もやっていた記憶があります(1994年のTBS「月曜ドラマスペシャル」版の松本清張原作「証明」では、主人公に殺害される仏文学者の平井の役で出ている)。

内藤剛志/古谷一行

「松本清張スペシャル・留守宅の事件」3.jpg「松本清張スペシャル・留守宅の事件」●監督:嶋村正敏●プロデューサー:佐光千尋(日本テレビ)/田中浩三(松竹)/林悦子(『霧』企画)●脚本:大野靖子●音楽:大谷和夫●原作:松本清張「留守宅の事件」●出演:古谷一行/内藤剛志/余貴美子/洞口依子/芳本美代子/平泉成/加地凌馬/内田大介/岡崎公彦/小畑二郎/米沢牛/佐竹努/西塔亜利夫/白鳥英一/阿倍正明/大橋ミツ/但木秋寿/木村理沙●放映:1996/01/09(全1回)●放送局:日本テレビ

 こうしてみると、「密宗律仙教」以外の他の3編にしても、文庫解説の阿刀田高氏も指摘しているように、「推理」そのものよりも、「社会」や「人間」にウェイトを置いた作品であったように思われ、"社会派"と呼ばれた作者の面目躍如と言える作品群でした。

【1976年文庫化・2013年新装版[文春文庫]】

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「悲惨小説」になっているのが逆に面白いのかも。リアリズムで読者を惹きつける。

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫).jpgにごりえ たけくらべ 岩波.jpgちくま日本文学013 樋口一葉.jpg にごりえes.jpg
にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)』(にごりえ・十三夜・たけくらべ・大つごもり・ゆく雲・うつせみ・われから・わかれ道)/『にごりえ・たけくらべ (岩波文庫 緑25-1)』(カバー絵:鏑木清方「たけくらべの美登利」)/『樋口一葉 [ちくま日本文学013]』(たけくらべ・にごりえ・大つごもり・十三夜・ゆく雲・わかれ道・われから・春の日・琴の音・闇桜・あきあわせ・塵の中・他)/映画「にごりえ」淡島千景
にごりえ 31.jpg 丸山福山町の銘酒屋街にある菊の井のお力は、上客の結城朝之助に気に入られるが、それ以前に馴染みになった客・源七がいた。源七は蒲団屋を営んでいたが、お力に入れ込んだことで没落し、今は妻子共々長屋での苦しい生活を送っている。しかし、それでもお力への未練を断ち切れずにいた。ある日、朝之助が店にやって来た。お力は酒に酔って身の上話を始めるが、朝之助はお力に出世を望むなと言う。一方の源七は仕事もままならなくなり、家計は妻の内職に頼るばかりになっていた。そんな中、子どもがお力から高価な菓子を貰ったことをきっかけに、それを嘆く妻と諍いになり、ついに源七は妻子とも別れてしまう。ある日、菊乃井でお力が行方不明になり、騒ぎになっていた―。

ちくま日本文学013 樋口一葉.jpg 樋口一葉が、1895(明治28)年9月、雑誌「文芸倶楽部」に発表した作品です。舞台となった丸山福山町は現・文京区白山一丁目、西片一丁目あたりで旧花街に近く、樋口一葉は「たけくらべ」の舞台となった竜泉寺町(現・台東区竜泉)を引き上げた後、1894(明治27)年から没する1896(明治29)年まで丸山福山町に居住し、「にごりえ」のほか、「大つごもり」「たけくらべ」「十三夜」等の名作を遺しています(竜泉に「一葉記念館」があるが、本郷の東大赤門の向かいにも「一葉会館」があり、ゆかりの品々が展示されている)。

樋口一葉 [ちくま日本文学013]』(カバー絵:安良光雅

にごりえ 小池 神山.jpg この「にごりえ」は、今井正監督によりオムニバス映画「にごりえ」('53年/松竹)の第3話として淡島千景主演で映像化されていて、結城朝之助を山村聡、源七を宮口精二、源七の妻・お初を杉村春子が演じています(二人の息子を当時6歳の松山省二が演じている)。「文学座総出演」の映画とのことで、この第3話にはそのほかにヤクザや酔客などの役で、加藤武や小池朝雄、神山繁などがノンクレジットでちょっとだけですが出ています。

 推理小説ではないので結末を明かしてしまうと、最後にお力は源七の刃によって、無理とも合意とも分からない心中の片割れとなって死ぬことにまります。結局、お力も源七のことが忘れられず、二人はどこかで会ったのではないかと思われます。ただし、その時、妻子に去られ絆(ほだ)しの無くなった源七の方はともかく、お力の方に心中する気持ちまで固まっていたかは疑問です。実際、検証ではお力は後ろ袈裟に切られており、逃げようとしたのではないかと推察されています。ただし、その前に二人が裏山で話し合っているところが人に見られていることから、事前の合意があったともとれ、結局、作者は意図的にどちらでもとれるような書き方をしたように思います。

にごりえ 2.jpg この物語におけるお力は上客の結城朝之助の態度は微妙です。お力は菊の井のいわばナンバーワン芸妓でありながら、今の生活を虚しく感じており、自暴自棄になっているところがあります。そんなお力の前に客として朝之助という独身男性が現れ、彼に対して彼女は自分の生い立ちなどを語るまでになり(その中身は子ども時代の凄まじいまでの貧乏物語で、これは映画でも映像化されていた)、一時は朝之助に気持ちが傾いたかに思えました。でも、朝之助の方は、突き放しはしないものの、「俺の嫁になれ」などといったことを言うわけでもありません。

にごりえ 宮口.jpg お力も、結局は朝之助とは一緒にはなれないと思ったのでしょうか。あるいは、彼女自身が男性に完全に所有されることを拒否しているようにもとれます。そして、さらに深い虚無感に陥ったようにも思われ、源七の方へ奔ったともとれます(源七を狂わせた罰を自ら引き受けて死んでいったとの解釈もあるようだ)。一方、源七の側にすれば、「いっそ死のう」との想いは自然なことであり、ネガティブな意味での「渡りに船」だったかもしれません。彼は一緒に死んでくれる相手としてお力のことを考えていたのではないかと思われます(山中貞雄監督の「人情紙風船」('37年/東宝映画)を思い出した)。
 
 樋口一葉の作品はやはり悲劇が多いように思いますが、この作品は、抒情性を湛えた「たけくらべ」などと比べると、徹底した悲劇であるように思います(「たけくらべ」が一葉の作品の中でも特殊な方なのかも)。お力の死は恋人を亡くした朝之助にとっても不幸であり、源七の死は戻ってくる所を無くしたその妻にとっても不幸です(二人の子どもにとっても不幸ということになる)。

にごりえges.jpg ただし、変な言い方ですが、こういう絶望的な物語(「悲惨小説」)になっているところが逆に面白いのかもしれず、一葉という人は読者心理がよく分かっていたのではないかと思います。また、お力自身の絶望感には、何か運命論的な思い込みがあるようにも思います。そうしたお力の絶望感が読む側に伝わってくる根底には、描写のリアリズムがあるのでしょう。それも読者を惹きつける要因になっていると思います。

「にごりえ」●制作年:1953年●監督:今井正●製作:伊藤武郎●脚本:水木洋子/井手俊郎●撮影:中尾駿一郎●音楽:團伊玖磨●原作:樋口一葉『十三夜』『大つごもり』『にごりえ』●時間:130分●出演:《十三夜》田村秋子/丹阿弥谷津子/三津田健/芥川比呂志/久門祐夫(ノンクレジット)《大つにごりえages.jpgごもり》久我美子/中村伸郎/竜岡晋/長岡輝子/荒木道子/仲谷昇(山村石之助(ノンクレジット))/岸田今日子(山村家次女(ノンクレジット))/北村和夫(車夫(ノンクレジット))/河原崎次郎(従弟・三之助(ノンクレジット))《にごりえ》淡島千景/杉村春子/賀原夏子/南美江/北城真記子/文野朋子/山村聰/宮口精二/十朱久雄/加藤武(ヤクザ(ノンクレジット))/加藤治子/松山省二/小池朝雄(女郎に絡む男(ノンクレジット))/神山繁 (ガラの悪い酔客(ノンクレジット))●公開:1953/11●配給:松竹(評価:★★★★)

【1949年文庫化・1978年・2013年改版[新潮文庫(『にごりえ・たけくらべ』)]/1950年文庫化・1999年改版[岩波文庫(『にごりえ・たけくらべ』)]/1968年再文庫化[角川文庫(『たけくらべ・にごりえ』)]/1992年再文庫化・2008年改版[ちくま文庫(『ちくま日本文学013 樋口一葉』)]】

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谷崎文学の世界を分かりやすく且つ重厚に再現。原作と異なる結末。愉しめた。

<01鬼の棲む館1.jpg
鬼の棲む館 [DVD]」 高峰秀子/勝新太郎/新珠三千代
「鬼の棲む館」c taka1.jpg 南北朝時代、戦火を免れた山寺に、無明の太郎と異名をとる盗賊(勝新太郎)が、白拍子あがりの情人・愛染(新珠三千代)と爛れた生活を送っていた。自堕落な愛染、太郎が従者のように献身しているのは、彼女が素晴らしい肉体を、持っていたからだった。晩秋のある夕暮、京から太郎の妻・楓(高峰秀子)が尋ねて来た。太郎は、自分を探し求めて訪れた楓を邪慳に扱ったが、彼女はいつしか庫裡に住みつき、ただひたすら獣が獲物を待つ忍従さで太郎に仕えた。それから半年ほども過ぎたある晩、道に迷った高野の上人(佐鬼の棲む館 0091.jpg藤慶)が、一夜の宿を乞うて訪れた。楓は早速自分の苦衷を訴えたが、上人は、愛染を憎む己の心の中にこそ鬼が住んでいると説教し、上人が所持している黄金仏を盗ろうとした太郎には「鬼の棲む館」c ara.jpg呪文を唱えて立往生させた。だが、上人はそこに現われた愛染を見て動揺した。その昔、上人を恋仇きと争わせ、仏門に入る結縁をつくった女、それが愛染だった。上人に敵意を感じた愛染は、彼を本堂に誘う。そうした愛染に上人は仏の道を諭そうとしたが―。

無明と愛染 プラトン社.jpg無明と愛染3.jpg 三隅研次(1921-1975/54歳没)監督による1969年公開作で、原作は谷崎潤一郎の戯曲「無明と愛染」。1924(大正13)1月1日発行の「改造」新年号に第一幕が、3月1日発行の3月号に第二幕が発表され、その年の5月に『無明と愛染 谷崎潤一郎戯曲集』として「腕角力」「月の囁き」「蘇東坡」と併せてプラトン社から刊行されています。
無明と愛染』['24年/プラトン社]

 脚本は、新藤兼人。映画の最初の方にある楓が夫である無明の太郎を訪ね来る場面は原作にはなく、原作は、道に迷った高野の上人が宿を求めて山寺を訪ねたら、すでにそこで太郎が妻妾同居状態で暮らしていた―というところから始まります(映画の冒頭から半年が経「鬼の棲む館」7.jpgっていることになる)。従って、落ち武者たちが寺を襲い、それを太郎が妻妾見守る前で一人で片付けるというシーンも映画のオリジナルです。勝新太郎の座頭市シリーズを第1作の「座頭市物語」('62年/大映)をはじめ何本も撮っている監督なので、やはり剣戟を入れないと収まらなかったのでしょう(笑)。どこまでこんな調子で原作からの改変があるのかなあと思って観ていたら、佐藤慶の演じる上人が訪ねて来るところから原作戯曲の通りで、宮川一夫のカメラ、伊福部昭の音楽も相俟って、重厚感のある映像化作品に仕上がっていました。

鬼の棲む館es.jpg「鬼の棲む館」11.jpg 愛染と楓の激突はそのまま新珠三千代高峰秀子の演技合戦の様相を呈しているように思われ(新珠三千代は現代的なメイク、高峰秀子は能面のようなメイクで、これは肉体と精神の対決を意味しているのではないか)、序盤で派手な剣戟を見せた勝新太郎も、愛染と楓の凌ぎ合いの狭間でたじたじとなる太郎さながらに、やや後退していく感じ。それでも、ああ、この役者が黒澤明の「影武者」をやっていたらなあ、と思わせる骨太さを遺憾なく発揮していました。

「鬼の棲む館」katu.jpg 考えてみれば、原作は戯曲で、それをかなり忠実に再現しているので、役者は原作と同じセリフを話すことになり、新藤兼人の脚本は実質的には前の方に付け加えた部分だけかと思って、「結末は知っているよ」みたいな感じて観ていました。そしたら、最後の最後で意表を突かれました。

「鬼の棲む館」2.jpg 谷崎文学の世界を分かりやすく且つ重厚に再現していましたが、加えて、原作と異なる結末で、"意外性"も愉しめました。これ、映画を観てから原作を読んだ人も、原作の結末に「あれっ」と思うはずであって、全集で20ページくらいなので是非読んでみて欲しいと思います(原作の方が映画より"谷崎的"であるため、映画を観た人は原作がどうなっているか確認した方がいいように思うのだ)。

「鬼の棲む館」図2.jpg「鬼の棲む館」●制作年:1969年●監督・脚本:三隅研次●製作:永田雅一●脚本:新藤兼人●撮影:宮川一夫●音楽:伊福部昭●原作:谷崎潤一郎「無明と愛神保町シアター(「鬼の棲む館」).jpg染」(戯曲)●時間:76分●出演:勝新太郎/高峰秀子/新珠三千代/佐藤慶/五味龍太郎/木村元/伊達岳志/伴勇太郎/松田剛武/黒木現●公開:1969/05●配給:大映●最初に観た場所:神田・神保町シアター(21-03-10)(評価:★★★★)

神保町シアター

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成瀬巳喜・高峰秀子初タッグ作品。やっとDVD化。原作に忠実。ユーモアの裏にペーソスも。

秀子の車掌さん vhs1.jpg 秀子の車掌さん vhs2.jpg 秀子の車掌さん dvd1.jpg 秀子の車掌さん dvd2.jpg おこまさん 井伏.jpg
日本映画傑作全集「秀子の車掌さん」 主演 高峰秀子 成瀬巳喜男監督作品 VHSビデオソフト (キネマ倶楽部) 」/「秀子の車掌さん 【東宝DVD名作セレクション】」高峰秀子/藤原鶏太(釜足)/『おこまさん』['41年]
秀子の車掌さん vhs3.jpg秀子の車掌さん dvd23.jpg バスの車掌・おこまさん(高峰秀子)が勤める甲府のバス会社は、古びたバスを1台所有するだけのボロ会社であり、バス10台を有する新興のバス会社に押され気味。社長(勝見庸太郎)も赤字続きの会社を売り払ってしまおうと考えている。おこまさんも、評判の悪いこんな会社などいつでも辞めてやると思いながら、一方ではせめて仕事に誇りを持ちたいと切に思い、バスの運転を生き甲斐とする園田運転手(藤原鶏太)と共に思案、ラジオで聞いた名所案内のバスガイドのアイデアを取り入れることを思いつく。そして、地元の旅館「東洋館」に東京から来て逗留中の作家・井川權二(夏川大二郎)に、沿線の案内記を書いてほしいと依頼する―。

1941年に公開の成瀬巳喜男(1905-1969/63歳没)監督作で、主演は高峰秀子で、これが後に「名コンビ」と謳われた両者の初タッグ作品です。原作は井伏鱒二が1940(昭和15)年1月1日発行号から6月1日発行号の「少女の友」に連鎖した「おこまさん」で(初出の表題脇には「長編少女小説」とあったが、実質"中編"である)、『おこまさん』('41年/輝文館)に収録されました。

秀子の車掌さん vhs4.jpg秀子の車掌さん dvd3.jpg 原作の主人公"おこまさん"は19歳で、映画出演時の高峰秀子は17歳ですが、原作は数え年なのでほぼ同じということになります。ただし、職業モノであるせいか、同じく「高峰秀子のアイドル映画」と言える前年の「秀子の応援団長」('40年/東宝動画)などよりもずっと大人びて見えます。いずれにせよ、今の日本で17歳でここまで演技できる子役はいないのではないかと思われます。

「秀子の車掌さん」に出てくるバス
IM秀子の車掌さん vhs2.jpg 高峰秀子と運転手(園田)の藤原鶏太(釜足)のユーモラスなやりとりが微笑ましいですが、セリフはほとんど原作通りであり、脚本家が要らないのではないかと思われるくらい(実際、成瀬巳喜男自身が脚色している)。監督がやったのは、舞台設定と演出だけか。でも、楽しい映画に仕上がっています。

1 有りがたうさん1936.jpg 1941年9月の公開ですが、この牧歌的雰囲気はとても戦局が差し迫っているような時期とは思えません(バスの運行に沿って話が進んでいく清水宏監督(原作:川端康成)の 「有りがたうさん」('36年/松竹大船)ものんびりした雰囲気ではあったが)。ただし、運転手役の藤原釜足の芸名が藤原鶏太になっているのは、当時(1940年)内務省から「藤原鎌足の同名異字とは歴史上の偉人を冒涜している」とクレームを受け、改名を余儀なくされていたことによるものであり、この辺りに時代が窺えるでしょうか(「鶏太(けいた)」は「変えた(けえた)」を転訛したもの)。

 長らくDVD化されず、ウキペディアにも「なお、本作はこれまでキネマ倶楽部においてビデオ化されたのみで、DVD化を含めて一般に市販されるソフト化は行われたことがない」とあり、個人的にも最初はVHSで観たのですが、昨年['20年]12月に遂にDVD化されました。

秀子の車掌さん 作家2.jpg秀子の車掌さん 作家.jpg 作家・井川權二のモデルは井伏鱒二自身であり、もともと高峰秀子主演と知りながら先に原作を読んだので、高峰秀子と井伏鱒二が話しているようなイメージが映画を観る前から先行してあったですが、改めて観ると、「井川權二」という作家を結構面白おかしくに描いていたなあ。原作者の遊び心を感じますが、一方でこの「井川權二」という作家には、おこまさんに沿線の案内記を書いてあげただけでなく、社長に無理難題を押し付けられた園田運転手の窮状を、知恵を働かせて救うというヒロイックな面もあり、それが映画ではちょっと分かりづらいので、原作も併せて読むといいと思います。

秀子の車掌さん 社長.jpg それにしても、作家・井川權秀子の車掌さん 足.jpg二を演じた夏川大二郎よりも、ラムネを氷にかけて飲んでばかりいる社長を演じた勝見庸太郎の方が井伏鱒二に似ていたかも(笑)。結局、この会社が「バス会社」であるというのは、裏でもろもろ危ういことをやるための「看板」に過ぎず、社長は今その看板のすげ替えを考えていて、おこまさんも園田も、会社の評判が良くないことはわかっていても、理想と希望に燃えているものだから、そこまで政略的なことには思い至らないという―ちょうど今で言えば、「ブラック企業」のもとで「やりがい詐欺」に遭っているのに、本人にはその自覚がない人と同じということになるかもしれません。革靴が会社から供給されず、下駄ばきのバスガイドというのもスゴイけれど、おこまさんの楽観的な健気さが映画での救いになっています(なにせアイドル映画だからなあ)。

 井伏鱒二のユーモアはペーソスとセットです。ラストでも、おこまさんがガイドし、園田運転手が悦に入って運転していますが、原作では、「しかしおこまさんも園田さんも、彼等の知らない間に彼等自身は雇主を失った雇人になっていた」とあります。「ただ彼らはそんなことなど知らないで、バスが進んで行くにつれ楽しい気持で息がつまりそうになっていたのである」と。要するに、この時点で、社長は会社を他に売り渡してしまっているわけで、映画ではそのト書き(解説)が無い分、注意して観る必要があるかもしれません。

 個人的評価は、「秀子の応援団長」は★★★☆でしたが、「車掌さん」の方は、原作のセリフを変えないで持ち味を活かしている技量を買って(さらにDVDD化記念?も考慮して)原作と同じく★★★★にしました。

『おこまさん』['41年]
おこまさん 井伏.jpg昭和1年7月 伊豆熱川にて(右より井伏鱒二、太宰治、小山祐士、伊馬春部)
井伏 太宰 s15.jpg

「秀子の車掌さん」●制作年:1941年●監督・脚本:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●撮影:東健●音楽:飯田信夫●原作:井伏鱒二「おこまさん」●時間:54分●出演:高峰秀子/藤原鶏太(釜足)/夏川大二郎/清川玉枝/勝見庸太郎/馬野都留子/榊田敬治/林喜美子/山川ひろし/松林久晴●公開:1941/09●配給:東宝(評価:★★★★)

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結末は面白かった。石之助はどういう位置づけになるのか。

大つごもり・十三夜 (岩波文庫.jpgにごりえ・たけくらべ (新潮文庫).jpg 大つごもり 久我.jpg 大つごもり Kindle版.jpg
大つごもり・十三夜 (岩波文庫 緑 25-2)』/『にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)』(にごりえ・十三夜・たけくらべ・大つごもり・ゆく雲・うつせみ・われから・わかれ道)/映画「にごりえ」('53年/松竹)第2話「大つごもり」久我美子/[Kindle版] 現代語訳『大つごもり
にごりえ 21.jpg 18歳のお峰が山村家の奉公人となってしばらくした後、暇が貰えたため、初音町にある伯父の家へ帰宅する。そこで病気の伯父から、高利貸しから借りた10円の期限が迫っているのでおどり(期間延長のための金銭)を払うことを頼まれ、山村家から借りる約束をする。総領である石之助が帰ってくるが、石之助と御新造は仲が悪いため、機嫌が悪くなり、お峰は金を借りる事が出来なかった。そのため、大晦日に仕方なく引き出しから1円札2枚を盗んでしまう。その後、大勘定(大晦日の有り金を全て封印すること)のために、お峰が2円を盗んだことが露見しそうになる。お峰はその時は自殺をする決心をするが、御新造が引き出しを開けると―。

 樋口一葉が、1894(明治27)年12月、「文學界」(菊池寛が創刊した今ある雑誌とは別の雑誌)に発表した作品で、一葉が下谷龍泉寺町(台東区竜泉)から本郷区丸山福山町(文京区西片)へ転居し、荒物雑貨・駄菓子店を営みつつ執筆に専念していた時期の作品です。今井正監督によりオムニバス映画「にごりえ」('53年/松竹)の第2話として映像化されています。

大つごもり 中谷.png仲谷昇2.jpg オチが面白かったです。原作を読んだ上で今井正監督の映画化作品を観ましたが、映画でも楽しめました。今井正監督はリアリズムにこだわる作風ですが、こうした話は、細部の描写がリアリであればあるほど、ラストが効いてくるように思いました。若き日の仲谷昇が、放蕩息子を好演しています(あれだけ出ているのに何とノンクレジット。'63年に、劇団の体質への不満から芥川比呂志、小池朝雄、神山繁らと文学座を脱退することになる。因みに、芥川比呂志はこの作品の第1部「十三夜」に、小池朝雄、神山繁は第3部「にごりえ」に出ているが、小池朝雄、神山繁は端役のためノンクレジット)。

大つごもり174.jpg 中編に見合った軽妙なオチであるし、作者はミステリ作家並みのストーリーテラーであるなあと思うのですが、一方で、このオチであるがゆえにこの掌編を人情小説の域を出ないものとして、文学作品としてとしてはあまり評価しない人もいるようです。確かにストーリー的に見ても、お峰が伯父(養父にあたる)のために金を工面することが出来たのには安堵させられますが、一時的解決にはなっていても根本的解決にはなっておらず、さらに言えば、お峰が金を結んだことで、罪人が一人誕生したとも言えます。

 この、お峰が金を結んだことは、そこからお峰の転落が始まるという暗い予兆とも取れ、なぜならば、おそらく一葉はそうした些細なことで、もとは真面目だった人が堅気を踏み外して転落していくケースを見てきていたと思われるからです。

にごりえ 大つごもり.jpg また、この作品を単純にコミカルなものとして捉えれば、石之助はお峰にとって救世主的な存在ということになるのかもしれませんが(実際、「山村家―富める世界への反逆者」とか「山村家の贖罪」の代行者とみる説がある)、それは偶然そういう結果になっただけで、別に石之助がお峰の側にいるわけではなく、彼はあくまでも「持てる側」にいて、その意味では「持たざる側」にいるお峰とは対峙的な存在ではないかと思います。
仲谷昇(山村家総領・山村石之助(ノンクレジット))
岸田今日子(山村家次女(ノンクレジット))
大つごもり 岸田.jpg この辺りは研究者の間でも議論が活発なようですが、一葉が書いているうちにお峰を救わずにはおれなくなったのではないかという説もあって、これ、何だか当たっていそうですが、こうなると結局本人に聞いてみないとわからないということになるのではないでしょうか(研究者もそれは分かった上で議論しているのだと思うが)。

「にごりえ」●制作年:1953年●監督:今井正●製作:伊藤武郎●脚本:水木洋子/井手俊郎●撮影:中尾駿一郎●音楽:團伊玖磨●原作:樋口一葉『十三夜』『大つごもり』『にごりえ』●時間:130分●出演:《十三夜》田村秋子/丹阿弥谷津子/三津田健/芥川比呂志/久門祐夫(ノンクレジにごりえ 映画 大つごもり.jpgット)《大つごもり》久我美子/中村伸郎/竜岡晋/長岡輝子/荒木道子/仲谷昇(山村石之助(ノンクレジット))/岸田今日子(山村家次女(ノンクレジット))/北村和夫(車夫(ノンクレジット))/河原崎次郎(従弟・三之助(ノンクレジット))《にごりえ》淡島千景/杉村春子/賀原夏子/南美江/北城真記子/文野朋子/山村聰/宮口精二/十朱久雄/加藤武(ヤクザ(ノンクレジット))/加藤治子/松山省二/小池朝雄(女郎に絡む男(ノンクレジット))/神山繁 (ガラの悪い酔客(ノンクレジット))●公開:1953/11●配給:松竹(評価:★★★★)

【1939年文庫化[岩波文庫(『大つごもり・ゆく雲 他二篇』)]/1949年文庫化・2003年改版[新潮文庫(『にごりえ・たけくらべ』)]/1979年再文庫化[岩波文庫(『大つごもり・十三夜』)]/1992年再文庫化・2008年改版[ちくま文庫(『ちくま日本文学013 樋口一葉』)]】

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〈予定調和〉と言うより〈予定不調和〉的とも言える作品。

大つごもり・十三夜 (岩波文庫.jpgにごりえ・たけくらべ (新潮文庫).jpg樋口一葉 十三夜 eiga.jpg 十三夜 Kindle版.jpg
大つごもり・十三夜 (岩波文庫 緑 25-2)』/『にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)』(にごりえ・十三夜・たけくらべ・大つごもり・ゆく雲・うつせみ・われから・わかれ道)/映画「にごりえ」('53年/松竹)第1話「十三夜」/[Kindle版] 現代語訳『十三夜
にごりえ 11.jpg 貧しい士族・斉藤主計の娘・お関は、官吏・原田勇に望まれて七年前に結婚したが、勇は冷酷無情なのに耐えかねてある夜、無心に眠る幼い太郎に切ない別れを告げて、これを最後と無断で実家に帰る。折しも十三夜、いそいそと迎える両親を見て言い出しかねていたが、怪しむ父に促されて経緯を話し、離縁をと哀願する。母は娘への仕打ちにいきり立ち、父はそれをたしなめ、お関に因果を含め、ねんごろに説き諭す。お関もついにはすべて運命と諦め、力なく夫の家に帰る。その途中乗った車屋はなんと幼馴染みの高坂録之助だった―。

 樋口一葉が、1895(明治28) 年12月、雑誌「文芸倶楽部」閨秀小説号に発表した作品で、劇作家・久保田万太郎が1947(昭和22)年に劇化脚色を行い、舞台で上演されているほか、今井正監督によりオムニバス映画「にごりえ」('53年/松竹)の第1話として映像化されています。

511にごりえ.jpg お関が夫との離縁を両親に哀願するも(DV夫か?)、父親に「子どもと別れて実家で泣き暮らすなら、夫のもとで泣き暮らすのも同じと諦めろ」と言われて(酷いこと言う父親だなあ)本当に諦めるという悲惨な話ですが、背景には嫁ぎ先と実家の経済格差があり、嫁ぎ先は裕福で、別れれば子どもの親権は経済力のある向こう側に行くし、父親からすれば息子の就職まで世話してもらっているので、こちらから離縁を申し出るなんて到底不可能だという状況のようです。左翼系映画人である今井正監督が映像化したことからも窺えるように、経済格差がモチーフの1つにあるかと思います。

 お関は、車夫が幼馴染みの高坂録之助だとわかって、歩きながら話を聞けば、自分のために自暴自棄になり(かつて二人は相思相愛だったということか)、妻子を捨てて落ちぶれた暮らしをしているとのことで(映画では芥川比呂志が演じて、相当やつれた感じを出している)、その彼の零落を今まさに目の前にして切々たる思いが胸に迫り、大いなる悲しみを抱いたまま彼とも別れ帰って行きます。

 このラストの落ちぶれた幼馴染みとの邂逅とそれがお関に与えた心理的影響をどうとるか、個人的には微妙な気がします。と言うのは、お関が「辛い思いをしているのは自分だけではない」と思ったとして、それはそれでいいのですが、そのことによって自分の置かれている状況を合理化すれば、彼女は気持ち的には少し楽になのるもしれませんが、結果的には父親の〈経済優先原理〉的な考えに服従することになるかと思われます。

 その意味では、〈予定調和〉と言うより〈予定不調和〉的とも言える作品ですが、おそらく作者はそのことも含んでこうした、言わば解決策を示さない終わらせ方をしているのではないかと思います。

 この作品は、『10分間で読める 泣ける名作集』('18年/GOMA BOOKS新書)という本に収められてはいますが、確かに樋口一葉は日本初の女性流行作家と言われてはいるものの(生前の世間での評価は「文学作家」より「流行作家」というイメージが強かったようだ)、単にお涙頂戴的な話をテクニックのみで書くに過ぎない作家ではなかったことははっきりしていると思います。

13爺.jpg「にごりえ」●制作年:1953年●監督:今井正●製作:伊藤武郎●脚本:水木洋子/井手俊郎●撮影:中尾駿一郎●音楽:團伊玖磨●原作:樋口一葉『十三夜』『大つごもり』『にごりえ』●時間:130分●出演:《十三夜》田村秋子/丹阿弥谷津子/三津田健/芥川比呂志/久門祐夫(ノンクレジット)《大つごもり》久我美子/中村伸郎/竜岡晋/長岡輝子/荒木道子/仲谷昇(山村石之助(ノンクレジット))/岸田今日子(山村家次女(ノンクレジット))/北村和夫(車夫(ノンクレジット))/河原崎次郎(従弟・三之助(ノンクレジット))《にごりえ》淡島千景/杉村春子/賀原夏子/南美江/北城真記子/文野朋子/山村聰/宮口精二/十朱久雄/加藤武(ヤクザ(ノンクレジット))/加藤治子/松山省二/小池朝雄(女郎に絡む男(ノンクレジット))/神山繁 (ガラの悪い酔客(ノンクレジット))●公開:1953/11●配給:松竹(評価:★★★★)

【1949年文庫化・2003年改版[新潮文庫(『にごりえ・たけくらべ』)]/1979年再文庫化[岩波文庫(『大つごもり・十三夜』)]/1992年再文庫化・2008年改版[ちくま文庫(『ちくま日本文学013 樋口一葉』)]】

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「東京物語」「雨月物語」を抑えてキネマ旬報ベスト・テン第1位に輝いた作品。

にごりえ 1953.jpgにごりえt1.jpg にごりえt2.jpg にごりえ・たけくらべ (新潮文庫).jpg
独立プロ名画特選 にごりえ [DVD]」『にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)』(にごりえ・十三夜・たけくらべ・大つごもり・ゆく雲・うつせみ・われから・わかれ道)

 1953年公開の文学座・新世紀映画社製作、今井正(1912-1991)監督作で、樋口一葉の短編小説「十三夜」「大つごもり」「にごりえ」の3編を原作とするオムニバス映画です。

十三夜
大つごもり・十三夜 (岩波文庫.jpgにごりえ1 - コピー.jpg 夫の仕打ちに耐えかね、せき(丹阿弥谷津子)が実家に戻ってくる。話を聞いた母(田村秋子)は憤慨し出戻りを許すが、父(三津田健)は、子供と別れて実家で泣き暮らすなら夫のもとで泣き暮らすのも同じと諭し、車屋を呼んで、夜道を帰す。しばらく行くと車屋が突然「これ以上引くのが嫌になったから降りてくれ」と言いだす。月夜の明かりで顔がのぞくと、それは幼なじみの録之助(芥川比呂志)だった―。
大つごもり・十三夜 (岩波文庫 緑 25-2)

大つごもり
にごりえ 2 - コピー.jpg 女中・みね(久我美子)は、育ててくれた養父母(中村伸郎・荒木道子)に頼まれ、奉公先の女主人・あや(長岡輝子)に借金2円を申し込む。約束の大みそかの日、あやはそんな話は聞いていないと突っぱね、急用で出かけてしまう。ちょうどその時、当家に20円の入金があり、みねはこの金を茶の間の小箱に入れておくように頼まれる。茶の間では放蕩息子の若旦那・石之助(仲谷昇)が昼寝をしていたが、思いあぐねたみねは、小箱から黙って2円を持ち出し、訪ねてきた養母に渡してしまう。主人の嘉兵衛(竜岡晋)が戻ると、石之助は金を無心し始める。あやは、50円を石之助に渡して追い払う。その夜、主人夫婦は金勘定を始め、茶の間の小箱をみねに持ってこさせる。みねが自分が2円持ちだしたことを言いだせないまま、あやが引き出しを開けると―。

にごりえ
にごりえ  3- コピー.jpg 銘酒屋「菊乃井」の人気酌婦・お力(淡島千景)に付きまとう源七(宮口精二)は、かつてお力に入れ上げた挙句、仕事が疎かになって落ちぶれ、妻(杉村春子)と子(松山省二)と長屋住まいしている。お力とにごりえ たけくらべ 岩波.jpg別れてもなお忘れられず、仕事は身が入らず、妻には毎日愚痴をこぼされ、責められる日々だった。お力も一度は惚れた男の惨状を知るゆえに、鬱鬱とした日を送り、店にやって来て客となった朝之助(山村聰)に、自身の生い立ちなどを打ち明ける。ある日、源七の子が菓子を持って家に帰る。お力にもらった菓子と知り、妻は怒り、子を連れて家を出る。妻が戻ってみると源七の姿がない。菊乃井でもお力が行方不明で騒ぎになっていた―。
にごりえ・たけくらべ (岩波文庫 緑25-1)

 1953年度・第27回キネマ旬報ベスト・テンの第1位に輝いた作品で、この年の同ベスト・テン第2位が小津安二郎監督の「東京物語」で第3位が溝口健二「雨月物語」ですから、考えてみたらスゴイことです(因みにこの年は、4位以下も「煙突の見える場所」「あにいもうと」「日本の悲劇」「ひめゆりの塔」「」などの傑作揃い)。

映画「小林多喜二」.png 製作が文学座で、監督が「小林多喜二」('74年/多喜二プロ)などを撮っている今井正となると左翼系的な色合いを感じるかもしれませんが、今井正監督が樋口一葉の原作に何か手を加えたわけではなく、忠実に原作を映像として再現しています。それでいて、プロレタリア文学的な雰囲気を醸すのは、3作とも「貧困」がモチーフになっているからでしょう。また、そこには、樋口一葉の市井の人々への共感があり、実際に見聞きしたことを素材にして書いていることによるリアリズムがあるかと思います。
  
511にごりえ.jpg 原作の、ああ、実際こういうことがあったかもしれないなあ、と思わせるような感覚が、原作を忠実に再現することで映画でも生かされて、それが高い評価につながったのではないかと思います。ただし、時間が経つと、これって、そもそも原作の良さに負うところが大きいね、ということで、後に、「東京物語」や「雨月物語」ほどには注目されなくなったのではないでしょうか。でも、イタリア映画におけるネオ・リアリズムの影響を受けたという今井正監督ならではのいい映画だと思います。《十三夜》

にごりえ 映画 大つごもり.jpg 最近の映画では再現不可能な明治の雰囲気を濃厚に映し出している作品であるとともに、文学座の俳優が(ノンクレジットも含め)多数出演しているため、誰がどこにどんな役で出ているかを見るのも楽しい映画です。《大つごもり》

《にごりえ》
にごりえages.jpg「にごりえ」●制作年:1953年●監督:今井正●製作:伊藤武郎●脚本:水木洋子/井手俊郎●撮影:中尾駿一郎●音楽:團伊玖磨●原作:樋口一葉『十三夜』『大つごもり』『にごりえ』●時間:130分●出演:《十三夜》田村秋子/丹阿弥谷津子/三津田健/芥川比呂志/久門祐夫(ノンクレジット)《大つごもり》久我美子/中村伸郎/竜岡晋/長岡輝子/荒木道子/仲谷昇(山村石之助(ノンクレジット))/岸田今日子(山村家次女(ノンクレジット))/北村和夫(車夫(ノンクレジット))/河原崎次郎(従弟・三之助(ノンクレジット))《にごりえ》淡島千景/杉村春子/賀原夏子/南美江/北城真記子/文野朋子/山村聰/宮口精二/十朱久雄/加藤武(ヤクザ(ノンクレジット))/加藤治子/松山省二/小池朝雄(女郎に絡む男(ノンクレジット))/神山繁 (ガラの悪い酔客(ノンクレジット))●公開:1953/11●配給:松竹(評価:★★★★)

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原作を改変して一続きのストーリーにしながらも、原作のエッセンスは損なわず。

ななみだ川 dvd.jpg ななみだ川 1967 2 - コピー.jpg ななみだ川 1967 3 - コピー.jpg
なみだ川 [DVD]」藤村志保
「なみだ川」3.png 嘉永年間、江戸日本橋はせがわ町に、おしず(藤村志保)、おたか(若柳菊)の姉妹がいた。二人はそれぞれ、長唄の師匠、仕立屋として、神経を病んで仕事を休んでいる彫金師の父・新七(藤原釜足)に代って、一家の生計を支えていた。姉のおしずは、生半可な諺を乱発する癖のあるお人好し、妹は利口で勝気な性格だった。姉妹にとって悩みの種は、時折姿を現わしては僅かな貯えを持ち出していく兄の栄二(戸浦六宏)のことで、二人の結婚を妨げている原因の一つあった。ある日、おたかに、彼女が仕立物を納めている信濃屋の一人息子・友吉(塩崎純男)との縁談が持ち上がる。おたかは友吉を憎からず思っていたのだが、彼女は姉よりも先に嫁ぐのが心苦しく、また栄二のこともあるので話を断る。だが、妹の本心を知るおしずは、信濃屋の両親に栄二のことを打ち明け、妹には自分にも好きな人があって近いうちに祝言を上げるからと、縁談を纏めたのである。おたかは喜びながらも、姉の結婚話は嘘に違いないと胸を痛める。そして姉が好きな人だという貞二郎(細川俊之)に会ってみて、姉の嘘を確かめた。だが、おたかは姉が本当に貞二郎に焦がれているのを知っていた。彫金師としては江戸一番の腕を持ちながら少しスネたところのある貞二郎におたかは頼み込み、おしずに会ってもらうことにし。試しにと、おしずに会った貞二郎は、彼女の天衣無縫な性格に心がなごむ。だが、このことが、前からおしずを囲ってみたいと思っていた鶴村(安部徹)に伝わると、鶴村は貞二郎に、おしずは自分の囲われ者だと言って手を引かせようとした。それを真に受けた貞二郎は、おたかに会って確めようとした時、おしずの自分を想ういじらしい気持ちを訴えられて我が身の卑しい気持ちを恥じる。やがておたかの結納も無事に終えた夜、栄二が姿を現わした。おしずは、栄二が妹の婚礼を邪魔する気なら、刺し違えて自分も死のうと短刀を握りしめる―。

三隅研次.jpg 1967年公開の三隅研次(1921-1975)監督作で(脚本は依田義賢)、原作は、山本周五郎が江戸・日本橋を舞台に、お互いの幸せを尊重し合う姉妹の姿を描いた『おたふく物語』。姉・おしずを演じる藤村志保は、大映の演技研究生だった頃に原作を読み、いつかこの役を演じたいと思いを抱いていただけあって、お人好しを可愛く演じてはまり役でした。藤村志保はこの頃は毎年5本から10本の映画に出演しており(三隅研次監督の「大魔神怒る」('66年/大映)にもヒロイン役で出演している)、テレビでも、2年前にNHKの大河ドラマ「太閤記」('65年)で緒形拳演じる秀吉の妻・ねねを、この年の大河「三姉妹」('67年)では次女るいを演じて(長女を岡田茉莉子、三女を栗原小巻が演じた)、お茶の間でもお馴染みの人気女優でしたが、主役を演じたこの作品は代表作と言えるのではないでしょうか。

三隅研次

児次郎吹雪・おたふく物語.jpgおたふく物語 (時代小説文庫).jpg 原作の『おたふく物語』(「妹の縁談」「湯治」「おたふく」から成る)は、「おたふく物語」(「講談雑誌」1949年4月号)、「妹の縁談」(「婦人倶楽部」1950年9月秋の増刊号)、「湯治」(「講談倶楽部」1951年3月号)の順で独立した短編として発表されていて、姉妹の名も「おたふく物語」はおしずとおきく、「妹の縁談」はお静とおかよ、「湯治」お静とおたかになっていたのが、『おたふく物語』(55年/河出新書)としてまとめられた際に、「妹の縁談」「湯治」「おたふく」と一部改題の上で時系列に並べ替えられた連作となり、姉妹の名もおしずとおたかで統一されたとのことです。
児次郎吹雪・おたふく物語 (河出文庫)』['18年]『おたふく物語 (時代小説文庫)』['98年]

 ただし、「妹の縁談」の縁談では姉妹に両親と兄二人がいるのに、「おたふく」では「家族は両親と娘二人」とされるなど、修正忘れ?もあったりします。映画では、彫金師の父親とそれを支える姉妹と、倒幕活動の資金だと言って家族から金を巻き上げる兄が一人という家族構成になっていました。

 原作は、「妹の縁談」で、おしずが姉を差し置いてはと嫁に行きそびれている妹に対し、一計を図って妹の縁談を纏めようとする様が描かれていて、これは映画も同じです。おしずの「目黒の秋刀魚」についての勘違いは映画でも活かされていました。

「なみだ川」 toura.jpg 「湯治」では、金をせびりに来た兄におしずが短刀を突き出して追い返すも、衣類を持って後を追いかけるという結末で、家に来られても困るけれども、兄妹愛はあるといった感じでしょうか。映画のように、もう来ないという約束を破って妹の婚礼を邪魔するようなタイミングで来たわけでもないですが、映画の方でも、最後には栄二(戸浦六宏)は今度こそもう邪魔しないと言っているので、結局、兄も根はそんな悪い人ではなかったっということでしょう。
戸浦六宏
細川俊之/藤村志保
「なみだ川」 hosokawa.jpg細川俊之.jpg 原作の最後の「おたふく」では、おしずもおたかも既に結婚していて、おしずの夫は勿論貞二郎ですが、ある日、貞二郎が自分の作った、値段的には張るはずの彫り物を、かつて裕福ではなかったはずのおしずが幾つも持っていることを知り、そこから鶴村との過去の関係を疑い始めて悩むというもので、この誤解を解くために今度はおたかの方が、おしずにとって貞次郎は長年の想い人であり、彼が丹精こめて作った彫り物を身につけていたかったが、直接は言えなくて、長唄の稽古に来ていた鶴村の家人に頼んで鶴村の名で注文したものだと事情を説明し、貞二郎の疑念を晴らすというもの。映画の方は結婚前なので、おしずとおたかの姉妹愛にうたれた貞二郎が、おしずに惚れ直して父・新七におしずを嫁にと申し入れるというものでした。

なみだ川 玉川.png 最後がおしずの"天然ボケ"で終わるところは原作も映画も同じで、ストーリーの起伏はありますが、「なみだ川」というタイトルに反して映画も原作も結構コミカルな面があり(その上で泣かせる人情話なのだが)、また、それを藤村志保が上手く演じていました(刃物屋の玉川良一に小刀の突き方を教わるところなどは、深刻な状況なのにほのぼのコントみたい)。

「なみだ川」 tour.jpg「なみだ川」安倍.jpg 時制的に異なる三話を映画では一続きにしたために、「妹の縁談」は概ねそのままですが、「湯治」では兄の栄二が一度した約束を破っておたかの結納後(婚礼前)に再び押しかけてくるようにし(でも最後は去って行く)、「おたふく」での貞次郎(細川俊之)の疑念は、過去の関係に対するものではなく、リアルタイムにしたのでしょう。そのため、原作には名前しか出てこない鶴村が映画では登場し(安部徹)、貞二郎におしずは自分の囲い者だと言って手を引かせようとするなど、栄二の戸浦六宏と異なり、終始一貫して"悪役"でした(笑)。

 原作を改変して一続きのストーリーにしながらも、原作のエッセンスは損なっておらず、楽しめるとともに、脚本家の力量を感じた作品でした。 

「なみだ川」 title.jpg「なみだ川」●制作年:1967年●監督:三隅研次●脚本:依田義賢●撮影:牧浦地志●音楽:小杉太一郎●原作:山本周五郎●時間:79 分●出演:藤村志保/若柳菊/細川俊之/藤原釜足/玉川良一/安部徹/戸浦六宏/塩崎純男/春本富士夫/水原浩一/花布辰男/本間久子/町田博子/寺島雄作/木村玄/越川一/美山晋八/黒木現/香山恵子/橘公子●公開:1967/10●配給:大映●最初に観た場所:神田・神保町シアター(21-02-24)(評価:★★★★)
三隅研次特集.jpg

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「美登利はなぜ寝込んだのか」論争はともかく、抒情性豊かな青春文学の傑作。

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫2.jpgにごりえ・たけくらべ (新潮文庫).jpg  にごりえ たけくらべ 岩波.jpg たけくらべ (集英社文庫).jpg
にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)』(にごりえ・十三夜・たけくらべ・大つごもり・ゆく雲・うつせみ・われから・わかれ道)/『にごりえ・たけくらべ (岩波文庫 緑25-1)』(カバー絵:鏑木清方「たけくらべの美登利」)/『たけくらべ (集英社文庫)』['93年/'10年表紙カバー新装(イラスト:河下水希)]/[下]『たけくらべ (他)にごりえ・十三夜・大つごもり』['67年/旺文社文庫]/『樋口一葉 [ちくま日本文学013]』(たけくらべ・にごりえ・大つごもり・十三夜・ゆく雲・わかれ道・われから・春の日・琴の音・闇桜・あきあわせ・塵の中・他)カバー画:安野光雅
たけくらべ 旺文社文庫 .jpg樋口一葉 [ちくま日本文学013] 文庫.jpg 吉原の遊女を姉に持つ勝気でおきゃんな少女・美登利は、豊富な小遣いで子供たちの女王様のような存在だった。対して龍華寺僧侶の息子・信如は、俗物的な父を恥じる内向的な少年である。二人は同じ学校に通っているが、運動会の日、美登利が信如にハンカチを差し出したことで皆から囃し立てられる。信如は美登利に邪険な態度をとるようになり、美登利も信如を嫌うようになった。吉原の子供たちは、鳶の頭の子・長吉を中心とした横町組と、金貸しの子・正太郎を中心とした表町組に分かれ対立していた。千束神社(千束稲荷神社)の夏祭りの日、美登利ら表町組は幻灯会のため「筆や」に集まる。だが正太郎が帰宅した隙に、横町組は横町に住みながら表町組に入っている三五郎を暴行する。美登利はこれに怒るが、長吉に罵倒され屈辱を受ける。ある雨の日、用事に出た信如は美登利の家の前で突然下駄の鼻緒が切れて困っていた。美登利は鼻緒をすげる端切れを差し出そうと外に出るが、相手が信如とわかるととっさに身を隠す。信如も美登利に気づくが恥ずかしさから無視する。美登利は恥じらいながらも端切れを信如に向かって投げるが、信如は通りかかった長吉の下駄を借りて去ってしまう。大鳥神社の三の酉の市の日、正太郎は髪を島田に結い美しく着飾った美登利に声をかける。しかし美登利は悲しげな様子で正太郎を拒絶、以後、他の子供とも遊ばなくなってしまう。ある朝、誰かが家の門に差し入れた水仙の造花を美登利はなぜか懐かしく思い、一輪ざしに飾る。それは信如が僧侶の学校に入った日のことだった―。

『一葉』鏑木清方画.jpg 樋口一葉(1872-1896/24歳没)が1895(明治28)年1月から翌年1月まで「文学界」(刊行期間1893.1-1898.1)に断続的に連載た作品で、「暗夜」(1894.6-11)、「大つごもり」(1894.12)に続くものであり、文学界を主宰していた星野天知が、文学界1月号の原稿が集まらなくて一葉に作品を依頼し、一葉は書き溜めていた作品「雛鶏」を改題して発表したとのことです。翌1896(明治29)年、「文芸倶楽部」に一括掲載されると、森鷗外や幸田露伴らに着目され、鴎外の主宰する「めさまし草」誌上での鴎外、露伴、斎藤緑雨の3人による匿名合評「三人冗語」において高い評価で迎えられましたが、一葉はこの頃結核が悪化し、同年11月には死去しています。尚、再掲載時の原稿は口述して妹の邦子に書き取らせたものだそうです。

「一葉」鏑木清方:画
  
 物語の最後で、主人公の美登利が急に元気をなくすのはなぜか、という疑問に、それまでの文学研究者の間では「初潮説」が定説であったところへ、1985(昭和60)年に作家の佐多稲子が「初店(はつみせ)説」を提示し、「娼妓として正式なものではないが、店奥で秘密裏に水揚げ(遊女が初めて客と関係すること)が行なわれたのではないか」としました。この佐多説に対し、初潮説を支持してきた学者の前田愛が反論したことから論争が始まり、この論争には瀬戸内晴美、野口冨士男、吉行淳之介などの小説家も加わったそうです。

樋口一葉.jpg また、関礼子氏の『樋口一葉』('04年/岩波ジュニア新書)によれば、"店奥で秘密裏に水揚げ"をするのは「初夜」と呼ばれるものであり、当時遊女として正式に客をとれるのは16歳になってからだったので、14歳の美登利の場合は「初夜」になるとしています(ジュニア新書なのに詳しい(笑))。その上で関氏は、「初潮」と「初夜」を一続きのもの(つまり両方である?)と解釈した長谷川時雨の説をとっています。

 個人的には「初潮説」というのも言われて初めて、あっ、そういうことか、と思ったくらいで、「初店説」となると想像し難いものもありました(「初夜」も実質的には初めて客をとる"水揚げ"であり「初店」と同じことか)。しかしながら、京都の舞妓などは、水揚げが済むと髪型を結い替えることになっており、そうして何段階かの髪型の変遷を経て、「舞妓」から「芸妓」になっていくとのこと、かつては12、13歳にして水揚げを経験していた舞妓もいたとのことで(現在は水揚げはせず、形式的に髪型を変えることが行われている)、終盤で美登利が髪を島田に結っているのは、確かに彼女が水揚げを経た証拠ともとれるかもしれません。

 こうした、全てを明かさないで読者に想像させるところも上手いと思いますが、今で言う中学生くらいの男の子、女の子が、互いに関心を寄せ、それがある種の想いとなって互いに意識過剰になっていく一方で、少女が自身が「女」であることを自覚し始める様が見事に描かれており、青春文学の傑作として結実しているものと思います(一方で、「にごりえ」のようなどろどろしたリアリズム作品を書きながらだからだからなあ)。

 この作品を読むと、改めてこの年頃の子は、男の子よりも女の子の方が成長が早いということが窺え、男の子はそれに戸惑うという構図もこの中にあるかなあと思いました。木村真佐幸氏のように、信如をこの物語の「真の主人公」であるとする説もあったりして、抒情性豊かな作品であるとともに、「にごりえ」などとはまた違った意味でさまざまな解釈や見方ができる作品であるように思います。

 〈新潮文庫〉版乃至〈岩波文庫〉版が定番でしたが、後から出た〈集英社文庫〉版が新表記で読みやすいとも。現代語版は、松浦理英子氏編訳の『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』('04年/河出文庫)よりも、山口照美氏の『現代語で読むたけくたけくらべ  hibari.jpgらべ』('12年/理論社)が、擬古文の雰囲気を保っていてお奨めです。映画化作品では、五所平之助監督、美空ひばり主演の「たけくらべ」('55年/新東宝) がありますが、個人的には未見です。また、山口百恵のアルバム「15才」に「たけくらべ」という曲があります。千家和也(1946-2019)作詞の歌詞の冒頭の「お歯ぐろ溝(おはぐろどぶ)に燈火(ともしび)うつる」(コレ、「たけくらべ」冒頭の表現をそのまま使っている)の"お歯ぐろ溝"とは、遊女の逃亡を防ぐために設けられた吉原遊郭を囲む溝で、今は埋められてすべて路になっていますが、石垣の跡がちょっとだけ残っています。

 お歯ぐろ溝.jpg お歯ぐろ溝の石垣跡

にごりえ・たけくらべ 樋口一葉 新潮文庫 1949.jpgたけくらべ 樋口一葉 新潮文庫 2.jpg【1949年文庫化・1978年・2013年改版[新潮文庫(『にごりえ・たけくらべ』)]/1950年文庫化・1999年改版[岩波文庫(『にごりえ・たけくらべ』)]/1954年再文庫化[角川文庫(『たけくらべ―他二篇』)]/1967年再文庫化[旺文社文庫(『たけくらべ』)]/1968年再文庫化[角川文庫(『たけくらべ・にごりえ』)]/1992年再文庫化・2008年改版[ちくま文庫(『ちくま日本文学013 樋口一葉』)]/1993年文庫化[集英社文庫(『たけくらべ』)]】

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「こんなリーダーはいやだ」の典型(笑)。実在のアギーレは映画よりヒドかった?

アギーレ/神の怒り 1972.jpgアギーレ/神の怒り 2.jpg アギーレ/神の怒り 1.jpg
アギーレ/神の怒り [DVD]」クラウス・キンスキー

アギーレ/神の怒り f.jpg 16世紀、スペインは、伝説の黄金郷エルドラドを求めて南米大陸に遠征隊を派遣していた。1560年、ゴンサロ・ピサロの指揮のもと、キトからアンデスの山に向かっていたスペインの探検隊も、エル・ドラドの発見を目指して険しい道を行っていた。12月25日、アンデスの最後の尾根まで進んだ部隊は孤立し、隊長のピサロは食料の調達と情報収集をする40名のアギーレ/神の怒り u.jpg分遺隊を選び出す。もし1週間以内に戻らなければ、残りの遠征隊は引きあげるとピサロは決定する。隊長にはウルスア(ルイ・ゲーハ)、副隊長にアギーレ(クラウス・キンスキー)、キリスト教アギーレ/神の怒り 4.jpg布教のための宣教師にカルバハル(デル・ネグロ)、スペイン王家の代表として貴族のグスマン(ペーター・ベルリング)、さらにウルスアの愛人イリス(ヘレナ・ロホ)とアギーレの娘フローレス(セシリア・リヴェーラ)も分遺隊に同行し、筏で川を下ることになる。しばらく行くと、その分遣隊も撤退を余儀なくされる。しかし、副隊長のアギーレは反乱を起こし、貴族グスマンを皇帝に擁立して独立を宣言。そのまま彼らはエルドラドを目指して出発する。筏で川を下るアギーレ一行は徐々に追い詰められていく―。

アギーレ/神の怒り k.jpg ヴェルナー・ヘルツォーク監督の1972年監督作で、ヴェルナー・ヘルツォークは30歳でこの作品を撮ったことになります。狂気染みたアギーレという男と彼に率いられる集団を描いたこの作品は、1975年のフランス映画批評家協会賞(外国語映画賞)を受賞し、2005年にはタイム誌が選ぶ歴代映画ベスト100に選出されています。黄金に憑かれた人間アギーレの、時に滑稽なまでの狂気を描いて秀逸ですが、最近観直してみて、組織心理学的にみても怖い話だなあと思いました。長年のサラリーマン生活を経て観直すと、こういう視点になるのでしょうか。アギーレって「こんな上司(リーダー)はいやだ」の典型でした(笑)。

 それにしても、このアギーレの無茶苦茶ぶりが凄いです。1561年1月6日(映画は、宣教師の日記として語られるスタイルをとる)、分遺隊の40名は4隻の筏に分乗して出発しますが、途中の急流で1隻が渦に巻き込まれ、岸壁から動けなくなります。1月6日、隊長のウルスアは兵士7人とインディオ2人を救助しようとしますが、副隊長のアギーレはこれに反対し、夜中に筏の上の仲間を部下に銃殺させ(何でもアギーレの言うことを聞く殺し屋みたいな部下が不気味)、さらに遺体を収容させないため、筏に大砲を撃ち込みます。

 結局、アギーレは最初からピサロに反逆し、エルドラドを自ら征服するつもりだったということになります。アギーレは暴力でウルスアとその部下を黙らせ、貴族のグスマンを新たな隊長に据え、公然と国への反逆宣言をして、グスマンをまだ見ぬエルドラドの皇帝に即位させるという、まさに暴挙に出ます。

アギーレ/神の怒り5.jpg その後も、救世主として歓迎してくれた現地人を黄金の在りかを知らないというだけで殺し(これには宣教師も噛んでいる)、ウルスアの処刑を許さなかったグスマンが亡くなるや否やウルスアを絞首刑に処し、アギーレの横暴と先住民の恐怖に恐れをなして逃亡計画を口にした隊員の首を撥ね...と、ますます狂気をエスカレートさせていきます。やがて、先住民の襲撃にも遭って次々に死んでゆく仲間の中で「俺こそ怒れる神だ!」と独り息巻くも、朽ちた筏の上に立つ彼の足元には、夥しい数の野生の猿がいるばかりで、これが彼の「夢の王国」なのかと―。どうみても彼の辿り着く先は、輝く黄金郷などはなく、惨めな死だろうという予感のもと、映画は終わります。

ロペ・デ・アギーレ.jpg ところで、実在したロペ・デ・アギーレという人物もこんな感じだったのでしょうか。調べてみると、本国にいた時は、自分に鞭打ちの刑を宣告した裁判官にストーカー行為を繰り返すなどしたそうで、もともとパラノイア的性格だったようです。このエルドラドを探す遠征の過程で隊長のウルスアを殺害し、貴族グスマンを傀儡としたのは事実のようです。さらに、スペインからのペルー国独立を宣言し、遠征に同行した宣教師、ウルスアの妻、グスマンにも死を命じたとのことです(映画よりヒドイ?)。

ロペ・デ・アギーレ(1510-1561)

 映画では最後、このまま川の上で猿に囲まれて死ぬともとれる絶望的な状況でしたが、実際にはオリノコ川を辿って大西洋岸に抜け、マルガリータ島(現ベネズエラ)のスペイン人の入植地を攻撃し、知事と女性を含む50人もの地元住民に死を命じ、彼の部下は集落を略奪したとのことです。

 さらに、1561年7月、スペイン国王フィリップ2世に自分が独立を宣言する理由を説明する手紙を送りますが、そのようなものが国王に受け入れられるはずもなく、彼はあくまで反逆者扱いのままであり、王立軍は彼の部下に恩赦を与えることによってアギーレを弱体化させ、バルキシメト(現ベネズエラ)の町でかつての彼自身の部隊によって補強された王立軍に包囲された末に捕縛され、処刑されたとのことです(包囲された際に自分の娘を殺害し、自身は銃撃に斃れたとの話もある。娘は映画では、DVDジャケットにもあるように先住民の矢に射られて死ぬ)。

 こうした激烈な人生だったため、幾つもの文学作品のモチーフになっているそうで、ヴェルナー・ヘルツォーク監督が取り上げたのも、それまでにそうした素地があったためだと思われます。ただ、これを映画にしようとは、それまで誰も思わなかったのではないでしょうか。映画冒頭の何百人もの探検隊が険しい山道を行くシーンだけでも、よくこれを撮ったなあと思わされるものでした。

アギーレ/神の怒り bouto.jpg

「アギーレ/神の怒り」●原題:AGUIRRE, DER ZORN GOTTES●制作年:1972年●制作国:西ドイツ●監督・脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク●製作:ヴェルナー・ヘルツォーク/ハンス・プレッシャー●撮影:トーマス・マウホ●音楽:ポポル・ヴー●時間:93分●出演:クラウス・キンスキー/ヘレナ・ロホ/デル・ネグロ/ルイ・ゲーハ/ペーター・ベルリング/セシリア・リヴェーラ●日本公開:1983/02●配給:大映インターナショナル●最初に観た場所:大井武蔵野舘(84-02-18)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(21-03-09)(評価:★★★★)●併映(1回目):「愛の絆」(ハンス・W・ガイセンドルファー)

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内容が飛び飛びでサスペンス部分が分かりにくかったが、アクションは期待以上。

太陽は動かない  2021.jpg 太陽は動かない 2.jpg  太陽は動かない 吉田修一.jpg
「太陽は動かない」(2020)藤原竜也/竹内涼真  吉田修一『太陽は動かない
太陽は動かない 0.jpg 産業スパイ組織・AN通信の諜報員・鷹野(藤原竜也)と、相棒の田岡竹内涼真)。彼らには、24時間ごとにAN通信へ定期連絡しなければ爆死する爆弾を埋め込まれている。彼らは今ある太陽光エネルギーの開発技術に関する国際的な争奪戦の最中にいた。他国のスパイや各国の権力者たちと対峙する中、鷹野の商売敵のデイビッド・キム(ピョン・ヨハン)や謎の女AYAKO(ハン・ヒョジュ)らが暗躍する―。

 羽住英一郎監督の2020年作で、同年5月に公開される予定だったのが、新型コロナ禍により今年['21年]に持ち越されたもの。原作は、吉田修一のサスペンス・アクション小説『太陽は動かない』('12年/幻冬舎)で、コレ、たいへん面白かったです。そこで、映画にも期待して、公開の翌日の土曜日に子どもと観に行きました。

太陽は動かない 40.jpg 原作はスパイ合戦がかなり複雑に入り組んでいて、読んだのは8年くらい前なので、映画を観ながらストーリーの細部を思い出せるかなあと思ったけれども、結果的には、映画を観てもよく分からなかった部分が多かったという感じです。

 一方、アクションの方は、原作を読んだときは、実写は難しく、アニメにでもしないと再現できないのではないかと思っていたところ、これが意外と期待以上に良かったです。ブルガリアなどでの海外撮影をふんだんに取り入れ、かなり大規模かつハードなアクションシーンがありました(やはり、これからはアクションは海外撮影がいい?)。

太陽は動かない 菊池詩織.jpg ただ、映画というものはアクションだけでは成り立たず、ドラマ部分がしっかりしていてこそ印象に残るものとなるはずですが、ドラマ部分がやや弱かったでしょうか。と言うより、見始めてから、何か違うなあと思ったら、鷹野の生い立ちを巡るシリーズ第2作『森は知っている』も取り入れて2作を1本にまとめ、今起きていることと鷹野の過去の、高校時代や子ども時代のこととが交互に出てくる構成でした。

太陽は動かない 菊池詩織2.jpg この構成自体が悪いとは思わないですが、本2冊分を1作に詰め込んだことで犠牲になったのが、プロット部分の描写だったように思います。説明的になり過ぎて全体のテンポが悪くなるのを避けるために敢えてそうしたのかもしれませんが、内容が飛び飛びになってサスペンス的な要素が抜けてしまったように思います。原作を読まずに観た人は、おそらく話の展開についけなかったのではないでしょうか。その分、鷹野の子ども時代や学校時代の描写がしっかりしていればまだいいのですが、どの演技シーンも何となく"作った"感があってイマイチでした(鷹野の学校時代の想い人・菊池詩織を演じた南沙良は、目下「演技修行中」といったところか)。

太陽は動かない ges.jpg でも、大人の俳優陣が頑張った迫真のアクションシーンが思ったより良かったので、評価は「○」にしておきます。原作を読んだとき、鷹野やAYAKOの役を演じきれる役者はあまりいないように思いましたが、藤原竜也は意外と健闘したのではないかと思います("動"だけでなく"静"の演技もできるのが大きい)。この人は、以前にNHKのドラマ「海底の君へ」('16年)で演じた、中学の時に受けたいじめの後遺症に苦しみ、15年後に開かれた同窓会で爆弾を手に元いじめっ子へ復讐しようとする青年役のような、トラウマかな何かを負って、心に暗~い陰を持つ人間の役が似合うように思います。泳ぎが苦手な所謂"金槌"だったらしいけれど、あのドラマの時も今回も〈水〉と格闘していました(泳げるようになった?)。

太陽は動かない ges.jpg太陽は動かない es.jpg 一方、AYAKOの役は、原作が出たころ巷では「ルパン三世」の峰不二子が相応しいとの声を聞きましたが(いきなりアニメに行っちゃうのか)、誰が演じるのかと思ったら、日本人女優ではなく、映画「王になった男」('12年/韓国)でイ・ビョンホンと共演したハン・ヒョジュでした(日本人で見つからなかったのか、デイビッド・キムを演じたピョン・ヨハンとセット売りだったのか。それにしても、映画そものものに対してもそうだが、俳優の発掘・育成においても、今や韓国の方が日本より圧倒的にお金をかけている)。でも、ハン・ヒョジュの役名は原作通りAYAKOのままだったので、韓国語訛りの日本語が気になりました。

 エンディングロールで流れた映像は、最初ボツシーンかと思いましたが、WOWOWでやったドラマの場面集でした(子どもに教えて貰った)。主演は映画と同じ藤原竜也ですが、ネットを観ると「ドラマの方がおそらく原作に忠実なのだろう」とかいう感想がありました。でもウィキペディアによると、ドラマは「原作者である吉田修一監修によるオリジナルストーリーとして放送された」とあるので、やはり映画の方が原作に則っているのでしょう。こうした感想が出る背景にも、映画において内容が飛び飛びになって、サスペンス部分が分かりにくかったことがあるかと思います。


海底の君へ1.jpg海底の君へ2.jpg「海底の君へ」●演出:石塚嘉●作:櫻井剛●制作統括:中村高志●音楽:大友良英●出演:藤原竜也/成海璃子/水崎綾女/市瀬悠也/忍成修吾/淵上泰史/落合モトキ/近藤芳正/神戸浩/モロ師岡/麿赤兒●放映:2016/2/20(全1回)●放送局:NHK

太陽は動かない337.jpg「太陽は動かない」●制作年:2020年●監督:羽住英一郎●製作:武田吉孝/大瀧亮/森井輝/小出真佐樹/古屋厚●脚本:林民夫●撮影:江崎朋生●音楽:菅野祐悟(主題歌:King Gnu「泡」)●原作:吉田修一『太陽は動かない』『森は知っている』●時間:110分●出演:藤原竜也/竹内涼真/ハン・ヒョジュ/ピョン・ヨハン/市原隼人/南沙良/日向亘/加藤清史郎/横田栄司/翁華栄/八木アリサ/勝野洋/宮崎美子/鶴見辰吾/佐藤浩市●公開:20211/03●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場所:TOHOシネマズ上野(スクリーン3)(21-03-06)(評価:★★★☆)
TOHOシネマズ上野.jpgTOHOシネマズ上野2.jpgTOHOシネマズ上野3.jpgTOHOシネマズ上野
総座席数1,424席(車椅子席16席)。
スクリーン 座席数 スクリーンサイズ
1 97席 7.7×3.2m
2 250席 12.0×5.0m
3 333席 14.4×6.0m
4 95席 8.0×3.3m
5 112席 9.7×4.0m
6 103席 10.0×4.2m
7 235席 13.9×5.8m
8 199席 12.0×5.0m

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いい映画だったが、原作をヒントに「東京物語」を撮った? という印象も。

「息子」 山田洋次1991.jpg『息子』1991.jpg 「息子」 山田洋次図1.jpg  ハマボウフウの花や風200_.jpg
あの頃映画 「息子」 [DVD]」『ハマボウフウの花や風

「息子」 山田洋次 11.jpg バブル景気時の1990年7月、東京の居酒屋でアルバイトをしている浅野哲夫(永瀬正敏)は、母の一周忌で帰った故郷の岩手でその不安定な生活を父の昭男(三國連太郎)に戒められる。その後、居酒屋のアルバイトを辞めた哲夫は下町の鉄工所にアルバイトで働くようになる(後に契約社員へ登用)。製品を配達しに行く取引先で川島征子(和久井映見)という美しい女性に好意を持つ。哲夫の想いは募るが、あるとき彼女は聴覚に障害があることを知らされる。当初は動揺する哲夫だったが、それでも征子への愛は変わらなかった。翌年の1月に上京してきた父に、哲夫は征子を紹介する。彼は父に、征子と結婚したいと告げる―。

 1991年公開の山田洋次監督作で、原作は椎名誠の短編小説「倉庫作業員」です(『ハマボウフウの花や風』('91年10月刊/文藝春秋)所収で、単行本が出たのと映画が公開されたのが同時期ということになる)。第15回「日本アカデミー賞」で「最優秀作品賞/最優秀主演男優賞/最優秀助演男優賞/最優秀助演女優賞」を受賞し、第65回「キネマ旬報ベスト・テン」でも「日本映画部門第1位/監督賞/主演男優賞/助演男優賞/助演女優賞」を受賞しているので、"Wで四冠"といったところでしょうか(そのほかに「毎日映画コンクール 日本映画大賞」「報知賞 作品賞」「日刊スポーツ映画大賞 作品賞」なども受賞)。「日本アカデミー賞」の演技賞受賞対象者は、主演男優賞は三國連太郎、助演男優賞は永瀬正敏、助演女優賞は和久井映見ですが、とりわけ永瀬正敏はこれ以外にも多くの賞を受賞し、飛躍の契機となった作品になります。

「息子」 山田洋次 wkakui e1.jpg いい映画だと思いました。原作は短編で、哲夫の家族は登場せず(従って、哲夫が母の一周忌で帰省する場面で、その際に兄弟・家族関係を明らかにするといった描写もない)、哲夫が日雇い労働をしていたのが、より安定した仕事を求めて伸銅品問屋に臨時社員として就職するところから始まります。そして、仕事を通して知り合った川島征子に好意を抱き、不器用ながらもアプローチする中で彼女が聾唖者であること知って、この恋を貫こうと決意するところで終わるので、映画で言えば、哲夫が「それがどうしたっていうんだ!いいではねぇか!」と心中で叫ぶところで終わっていることになり、あとは原作の後日譚ということになります。

「息子」 山田洋次 8.jpg 戦友会の集まりに出るために哲夫の父・昭男が上京し、哲夫の兄の家に泊まるりますが、哲夫の生活が心配な昭男は哲夫の元を訪れます。外食でもしようと哲夫を誘う昭男でしたが、哲夫は断り自宅で料理するため昭男とスーパーへ買い物に。そして、哲夫の部屋で昭男は哲夫から征子を紹介されます。耳の聞こえない征子のためにFAXを購入している哲夫。哲夫から、征子と真面目に付き合っていて、結婚することを告げられる昭男。いくら反対したって無駄だからと昭男に言う哲夫。昭男は征子に向かって「本当にこの子と一緒になってくれるのですか?」と訊き、頷く征子を見て「有難う。有難う」と感謝する。哲夫に対しては「もしお前がこの子の事を傷つけるようなことがあれば、俺はこの子の両親の前で腹を切らなきゃならないからな」と覚悟を問い、哲夫は当たり前だと答える―。いい場面だったなあ。仲睦まじい二人を見て昭男が素直に喜び、心配していた哲夫が立派になっていることに胸を撫でおろす様がいいです。

「息子」 山田洋次 5.jpg こうして息子のことを気に掛ける父と、一人暮らしになった父をどうするかに悩む哲夫の兄夫婦や姉などが描かれますが、どちらかと言うと後者の方が色合いが強く、誰の世話にもならないと言い張る父親に周囲が戸惑っているといった感じです。それでも、一番ふらふらしていたように見えた息子・哲夫の成長を見届けて、昭男自身は安心して息子が買ったファックスを持ってまた岩手に戻っていく―。ああ、核家族社会における親離れ・子離れの話で、山田洋次監督が「家族」('70年)以来追求し続けてきたテーマの映画だったのだなあと思いました。

東京物語 小津 笠・原2.jpg さらに言えば、田中隆三演じる息子長男とはまともに話ができないけれども、原田美枝子演じる血縁関係のないその嫁とはしみじみと本音で語り合えるというのは、これはもう小津安二郎の「東京物語」の笠智衆(周吉)と原節子(周吉の次男の妻)の世界。そう思うと、一人になった父をどうするか悩む兄や妹らも、一方で自分たちの生活の事情があって、父親の存在を「処理すべきやっかいな問題」として捉えているという点で、これまた「東京物語」で山村聰(長男)や杉村春子(長女)、中村伸郎(長女の夫)が演じた役に通じるところがあります。原作をヒントに「東京物語」を撮った?みたいな感じの映画で、原作者も「感動的な映画でした」と苦笑するしかないのでしょう。主人公が、原作には出てこない父・昭男に哲夫から代わり、その昭男を演じた三國連太郎が〈主演男優賞〉で、永瀬正敏の方は〈助演男優賞〉ですから。

「息子」 山田洋次 21.jpg 三國連太郎の自然な演技もさることながら、賞を総嘗めした永瀬正敏は、実際いい演技でした。この映画での高評価を機に、テレビドラマにはあまり出ず、映画出演を専らとする、言わば"映画「息子」 山田洋次 wakui.png俳優"になっていったのではないでしょうか(日本にはあまりいないタイプ。浅野青天を衝け 和久井映見.jpg忠信あたりが後継者か)。和久井映見もとても感じが良かったです。彼女も、この作品からちょうど30年を経た今年['21年]のNHK大河ドラマ「青天を衝け」で吉沢亮演じる渋沢栄一の母・渋沢ゑい役を演じるなど、息の長い女優になってきました。
「青天を衝け」('21年)和久井映見(渋沢栄一の母・渋沢ゑい)

「息子」 山田洋次 41.jpg あと、鉄工所のおっさん役のをいかりや長介や、トラック運転手タキさん役の田中邦衛をはじめ、梅津栄、佐藤B作、レオナルド熊、松村達雄といった脇を固める面々の演技が手堅く、演技の下手な人が出てこない映画とも言えるのではないでしょうか。とりわけ、黒澤明監督が前年「息子」ikariya.jpgに「」('90年)で役者としては実質的に初めて映画に起用したいかりや長介に、「夢」の時は単に絵的な使われ方だったのに対し、この作品できちっり演技させているのは、後のいかりや長介の俳優としての活躍のことを思うと慧眼だったと思います。後に藤山直美が阪本順治監督の「」('00年)で、映画初出演・初主演にして演技賞を総嘗めしたということがありましたが、舞台をやっていた人は、それがドタバタコントや定番喜劇であろうと、映画の方でもすっとと役に入り込んで力を発揮することがままあるように思います(映画に限らず、テレビドラマの方に行っても同じ。あの荒井注でも、ドリフターズ「江戸川乱歩美女シリーズ」荒井注.jpg脱退後に出演した「土曜ワイド劇場・江戸川乱歩の美女シリーズ」(テレビ朝日)に1978年の第2話より明智小五郎の盟友の波越警部役で出演し、新人助演男優賞のような演技賞をもらっていた記憶があります(明智役の天知茂が他界する1985年の最終・第25話まで演じ通した)。
永瀬正敏/いかりや長介/田中邦衛
映画「息子」00.jpg

「息子」パンフ.jpg「息子」●制作年:1991年●監督:山田洋次●製作:中川滋弘/深澤宏●脚本:山田洋次/朝間義隆●撮影:高羽哲夫●音楽:松村禎三●原作:椎名誠「倉庫作業員」●時間:121分●出演:三國連太郎/永瀬正敏/和久井映見/田中隆三/原田美枝子/浅田美代子/山口良一/浅利香津代/ケーシー高峰/いかりや長介/田中邦衛/梅津栄/佐藤B作/レオナルド熊/松村達雄●公開:1991/10●配給:松竹(評価:★★★☆)

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