【2999】 ◎ 小林 信彦 『地獄の読書録 (1980/09 集英社) ★★★★☆

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〈地獄〉と言うくらいの思いをしないとこれだけの本は読めないのだろなあ。感服させられる。

地獄の読書録 tannkoubon.jpg地獄の読書録 bunko.jpg  地獄の読書録 ちくま文庫.jpg
地獄の読書綠』['80年]/『地獄の読書録 (集英社文庫)』['84年]/『地獄の読書録 (ちくま文庫)』['89年]

地獄の読書録 syuueisya bunko.jpg 1958年のある日、著者・小林信彦は翻訳ミステリーの全巻読破・紹介を雄々しく決意する。それから10年、本格推理からハードボイルド、サスペンス、スパイ・スリラー、冒険小説、SF、日本の作家の作品...と、"読み"の対象は広がり、膨大な量の"活字の地獄"との血みどろの戦いは続いた。755冊を俎上にあげ、激動と混乱の60年代の語り部となった著者の毒舌が冴える大河ブック・ガイドの名篇。(本書紹介文より)

 具体的には、本書の第1部「本邦初訳ミステリ総まくり」は座視「宝石」の1959年1月後から63年12月号まで連載された「みすてりい・がいど」の完全収録であり、第2部「スパイ小説とSFの洪水」は、隔月刊「平凡パンチ・デラックス」の1965年9月号から69年9月号に連載されたもので、そのことにより'59年から'69年の、つまり概ね60年代のブックガイドとなっています(巻末に著者索引・書名索引が付されている)。

 とにかくすごい量です。これだけ本を読みながら、同時に映画なども多く観ているわけであり、この時分の著者のパワーと執念を感じます。著者によれば、、あくまで一ファンとして、楽しい作品を少しでも多く読みたい、との熱い想いを抱いて本の山に挑戦していったとのことで、ある種〈闘いの記録〉であるとも言えます。

 気に入った作品は、一作に複数ページを費やして内容紹介・論評することもある一方で、凡作はほとんど一文で片付けていたりもしますが(総じて短いものが多いが、このあたりのメリハリが明確)、今日"傑作"とされているものでも当時はまだ新鋭作家の評価が確定していない作品だったりして、それをきっちり評価し切っているところがスゴイです。年代別に見て、前半の方でいくつか印象に残ったのは―(以下、ページ数は集英社文庫)。

1959年
魔術の殺人 (1958年).jpg チャンドラーの『長いお別れ」でスタートしたこの年は、「魔術の殺人」(早川書房170円)をクリスティーの52年の作品だが、「凡作」と一言で切り捨てています(28p)。

血の収穫 創元推理文庫.jpg 創元推理文庫の新刊8冊『グリーン家殺人事件」』(ヴァン・ダイン、130円)、『血の収穫』(D・ハメット、100円)、『ABC殺人事件」(A・クリスティー、100円)、『かわいい女』(R・チャンドラー、110円)など紹介し(55p)、この中で『血の収穫』は名訳(田中西二郎)として定評があるのでと一読を勧めています。やはり1つ選ぶとすればこれでしょうか('56年6月に 田中西二郎訳が創元推理文庫から出て、すぐに名訳との評価が固まったということか)。

1960年
気ちがい〔サイコ〕.pngPSYCHO2.jpg ロバート・ブロックの『気ちがい』(早川書房・160円)を、ヒッチコックが来日の際に大いに宣伝していった映画「サイコ」の原作として紹介していますが(114p)、原作の翻訳刊行はこPSYCHO 31.jpgの年の4月、映画の公開は9月でした。原作のあらすじを紹介しながらも、面白くない、凄味がないとの低評価です。映画の方は後の方で、大当たりしているけれど、話がモーテルに入るまでが冴えないと。ただし、殺しの場のショッキングなことは無類であり、パーキンスのサイコぶりがいいとのことで(137p)、原作がイマイチで、映画は原作を超えているというのは、衆目の一致するところかと思います。

Alfred Hitchcock 女主人01.jpg この年のエドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)受賞作を取り上げる中で、短編賞を受賞したロアルド・ダールの「女主人」(作者の第三短編集『キス・キス』所収)を取り上げ(118p)、そのあらすじを3ページにわたって詳しく紹介しています(ネタバレはしていないけれどほとんど全部(笑))。個人的にも傑作だと思い、読者に伝えたくなる気持ち、理解できます。これ、「ヒッチコック劇場」(「ロンドンから来た男」(1961))や「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事」(「女主人」(1979))で映像化されています。
Alfred Hitchcock Presents - Season 6 Episode 19 #210."The Landlady"(1961)(「ロンドンから来た男」)

1961年
パディントン発4時50分 (1960年).jpg鳩のなかの猫 ポケミス.jpg アガサ・クリスティーの『パディントン発4時50分』(早川書房200円)の評価を☆☆☆☆と(このあたりから星評価を導入し、☆1つ20点、、★が5点とのこと)。本格ファンは、久しぶりに良い気分になれる作品であるとしています(150p)。それから『鳩の中の猫』(早川書房220円)にも☆☆☆☆の評価をしています(158p)。女子パブリック・スクールにおける殺人という「本格」に、中近東の某国における革命と宝石紛失という「スリラー」の掛け合わせを、マープル物とトミー・タペンス物をカクテルにしたみたいで、こんがらがったところへ登場するのがポワロであるというサービスぶりと絶賛しています。

 ロアルド・ダールの第三短編集『キス・キス』早川書房360円)そのものも取り上げ、「女主人」を最高としながらも、「天国への道」が好きだと。第二短編集『あなたに似た人』よりレベルは落ちるが、風変わりな短編集としてお奨めでき、ただし、値段の高いのが玉にキズであるとしています(360円だが)。

 後半は、「スパイ小説とSFの洪水」と題されているように、スパイ小説、冒険小説やSF、さらに文学作品にまで言及が及んでいて、日本人作家の作品も多く出てきます。例えば、1965年では、「筒井康隆という新人」の『48億の妄想』(早川書房・340年)であったり、「露悪的なテレビ・タレントとして有名な野坂昭如」の『エロ事師』(講談社・270年)であったりとか。

 著者が翻訳ミステリーの全巻読破を決意したのは失業していた時で、雑誌の編集長になってからは「翻訳もの全完読破」は地獄であり、狂気の沙汰であったとのことで、映画「地獄の黙示録」('79年/米)のもじりであるとは思いますが、すんなり(笑)このタイトルになったとのことです。地獄かあ。そうだろうなあ。それくらいの思いをしないとこれだけは読めないだろうなあ。ただただ感服させられるばかりです。

 本書は、1980年代のミステリ評も加えた〈定本版〉として、ちくま文庫で再文庫化されました。

【1984年文庫化[集英社文庫]/1989年再年文庫化[ちくま文庫]】

        




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和田泰明

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