【2988】 ◎ 奥田 英朗 『罪の轍 (2019/08 新潮社) ★★★★☆

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「刑事たちの執念」×「容疑者の孤独」。『オリンピックの身代金』×『沈黙の町で』か。

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罪の轍

 東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年。北海道・礼文島で昆布漁の親方の下で働く青年・宇野寛治は空き巣の常習だった。彼は窃盗事件の捜査から逃れるために、身ひとつで本土に流れ着く。東京に行きさえすれば、明るい未来が待っていると信じていたのだ。一方、警視庁捜査一課強行班係に所属する刑事・落合昌夫は、南千住で起きた強盗殺人事件の捜査中に、子供たちから「莫迦」と呼ばれていた北国訛りの青年の噂を聞きつける。やがて、浅草で男児誘拐事件が発生し、日本中を恐怖と怒りの渦に叩き込む。落合昌夫は、その誘拐事件を担当することになり、事件と北国訛りの男とのつながりを感じ、事件解決への糸口を探る―。

 作者の作品としては、『オリンピックの身代金』『沈黙の町で』などと同系譜の犯罪ミステリで、時代背景も『オリンピックの身代金』の1年前であるし、捜査一課刑事の落合昌夫をはじめ、『オリンピックの身代金』の時と同じチームが捜査にあたります(そう言えば、高村薫の『マークスの山』から『我らが少女A』までの合田刑事シリーズ6作も、合田雄一郎は警視庁捜査一課だった)。

 『オリンピックの身代金』で、1964年東京オリンピック当時の社会を描いて、そのリアリティにおいてピカイチのものを感じましたが、今回もそれに勝るとも劣らずといったところ。しかも、読み進むうちに胸に迫ってくる緊迫感は、『オリンピックの身代金』以上であり、スケールとしては『オリンピックの身代金』の方がスケールが大きいのでしょうが、細部においてはこちらの方が上でしょうか。

 「莫迦」と蔑まれ、行き当たりばったりの行動を繰り返す宇野は、時に哀しく映りますが、朝日新聞での作者へのインタビュー記事によれば、物語で人を裁くことは決してしないのが作者のモットーだそうで、「誰でも事情があるし、こいつなら何を言うかと想像しながら書く。勧善懲悪みたいな物語は僕には書けない」と述べています。

 読んでいて、そんな宇野につい感情移入させられました(この辺りも『オリンピックの身代金』に通じるし、前言からすれば、読者をそう導くのが"作者流"なのだろう)。それだけに、彼が、幼いころの自分を使って"当たり屋"をしいていた義父に対して復讐を図る気持ちも分かる気かしたし、最後に事実がすべて明らかになった時のやるせない気持ちは、そうか、やっぱりと思いながらも、何とも言えないものでした。

 誘拐事件は、物語と同じ東京五輪前年の1963年に、4歳児が誘拐・殺害され、日本中の注目を集めた吉展(よしのぶ)ちゃん事件がモデルになっており、作者は「いまある世の中の基礎になった事件だった」と話しています。因みに、自分が大学で講義を受けた心理学の先生は、犯人の精神鑑定を依頼されたけれども断ったと授業で言っていました。理由は、鑑定結果に関わらず、死刑になることがほぼ間違いなかったからとのことでした。

 帯に「刑事たちの執念」×「容疑者の孤独」とあるように、容疑者の不遇に偏りすぎず、被害者家族の不安や哀しみと、なんとかそれを晴らそうと奮闘する刑事たちの奮闘を、うまく配分していたように思います。さらには、匿名をいいことに警察批判をする世間や、それに便乗するマスコミ報道など、「劇場型」と呼ばれる事件のハシリのころの世相を、よく伝えているように思います。

 加えて秀逸なのは、宇野寛治という、ある種の人格障害を抱えているとも言えるキャラクターの描き方で、この点においては、、『オリンピックの身代金』よりむしろ『沈黙の町で』での、特殊な人格に対する卓越した描写力が、この作品においても生かされているように思いました。

 その意味では、「刑事たちの執念」×「容疑者の孤独」の物語であると同時に、『オリンピックの身代金』×『沈黙の町で』的作品のように感じられました。傑作同士でランク付けするのはあまり意味がないかもしれないし、作者を高く評価する人の中でも、人によってランキングは当然違ってくると思いますが、個人的には、『オリンピックの身代金』よりは上で、『沈黙の町で』(実はこれ、2010年代のマイ・ベスト小説なのだが)に迫ろうというところにあると思いました。

   



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和田泰明

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This page contains a single entry by wada published on 2021年1月23日 05:15.

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