【2987】 ○ 松本 清張 『疑惑 (1982/03 文藝春秋) ★★★★

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実際の事件に着想を得ながらもトリックは独自で、社会批判も込められた「疑惑」。

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『疑惑』['83年/文春文庫]『新装版 疑惑 (文春文庫)』['13年]「疑惑 [DVD]
疑惑 (1982年)

 富山新港湾の岸壁で、白河福太郎と当時その妻・白河(鬼塚)球磨子の乗った車が、時速40キロのスピードで海へ突っ込み、夫・福太郎が死亡する事件があった。球磨子は車から脱出し助かっていたが、保険金殺人と疑われ警察に逮捕される。新聞記者の秋谷茂一は、球磨子の過去の新宿でのホステス時代、暴力団員とつるんで詐欺・恐喝・傷害事件を起こし、北陸の資産家である福太郎と結婚後はすぐ、夫に巨額の生命保険をかけたことなどを詳細に報じた上で、球磨子を「北陸一の毒婦」と糾弾する記事を書いた。秋谷の記事を契機に他のマスコミも追随、日本中が球磨子の犯行を疑わない雰囲気になる。球磨子の弁護人も辞退が続出する中、国選弁護人の佐原卓吉が弁護人となる。球磨子の犯行を確信する秋谷は、佐原に状況を覆す力はないと高をくくっていた―。(「疑惑」)

疑惑  2.jpg 「疑惑」は「昇る足音」の題で「オール讀物」1982年2月号に掲載され、改題の上、同年3月に文藝春秋から中篇「不運な名前」を併録して発刊されたもの。野村芳太郎監督、桃井かおり・岩下志麻主演で「疑惑」('82年/松竹)として映画化されたほか、2020年までに5回テレビドラマ化されており、知る人も多いと思います。

野村 芳太郎 「疑惑」(1982/09 松竹=富士映画)★★★★

 国選弁護人の佐原が出てくるところくらいから俄然面白くなってきますが(ブレーキのトリックに行き着くプロットは上手い)、ラストはちょっと怖かったなあ(鉄パイプではなくスパナを持たせればブラックユーモアだったかもしれないが、それでは人は殺せないか)。これ、新聞記者の方にも問題があるけれど、当時でもそんな報道は許されなかったのではないかという気もします。

 ただ、1970年代後半からテレビにおいて定位置を占めるようになった「ワイドショー」における報道などは、そのキライがあったかもしれません。ワイドショーはもともと芸能ネタを扱う番組でしたが、じき社会ネタも扱うようになり、社会ネタを芸能ネタのノリで扱うことで、視聴者に親近感を持たせていたように思います。

 因みに、この小説のモデルとなったのは、1974年11月17日発生の「別府三億円保険金殺人事件」であり、これは、大分県別府市のフェリー岸壁から親子4人の乗った乗用車が海に転落した事故で、唯一生き残った父親の荒木虎美(当時47歳)が、保険金目当てで母娘3人を殺害した保険金殺人事件として、逮捕・起訴されたものです。一・二審で死刑判決後(1980年・1984年)、上告中に被告人死亡により公訴棄却となっており、この松本清張の小説は、一審判決と二審判決の間の時期に書かれたことになります。事件の翌年の1975年に、私選弁護人(当時71歳)が辞任し、国選弁護人が選任されたことなども、創作のヒントになったのでしょう。

荒木虎美.jpg この事件も、当時ワイドショーなどで取り上げられ、逮捕前の本人インタビューなどが流れました。さらに、それにとどまらず、事件の翌月12月4日には、すでにすっかり"有名人"となっていた荒木虎美を、フジテレビがワイドショー「3時のあなた」のスタジオに招いて出演させたりもし、事件の"劇場化"のハシリだったかもしれません。当時ワイドショーに出ていた推理作家の戸川昌子(1931-2016)が、キャスターに感想を訊かれて「心証はクロ」と言っていたから、テレビではそれくらいのことは言っていい時代で、その辺りは割合ユルかったのかも(その後も「三浦和義事件(ロス疑惑)」(1981-82年)、「埼玉愛犬家連続殺人事件」(1993年)、和歌山毒物カレー事件」(1998年)などで似たような取り上げられ方が繰り返された)。

 結論づけると、この小説は、モチーフは「別府三億円保険金殺人事件」を参考にしていると思ますが、トリック部分はオリジナルであり、テーマは、報道の在り方というのがひとつあるのではないでしょうか。清張作品の中でプロットがものすごく優れているという類のものではないですが、実際の事件を素材としてその時代の風潮を作品に取り込んでいる点が作者ならではという気がします。荒木虎美は、映画の製作発表直後に作者に手紙を送り、「自分の事件でも運転していたのは妻で、まさに『疑惑』の内容そのものである」などと訴えて作者の意見を求めましたが、作者は、「あくまで着想を得ただけで作品はオリジナルのフィクションであり、係争中の事件でもあるので意見は控えたい」と返答しています(社会批判を込めたつもりが、モデルがそれに便乗してきたということか)。


 1980年代初頭、北海道・月形町にある樺戸行刑資料館(現在の月形樺戸博物館)に、3人の訪問客がやって来た。一人はルポライターの安田、もう一人は福岡の元高校校長の伊田、あとの一人は、資料館二人がいるところに居合わせた女性・神岡。偶然出会った3人は、熊坂長庵の「観音図」の前で、明治時代最大の贋作事件でもある「藤田組贋札事件」の真相にせまる―。(「不運な名前」)

 併録の「不運な名前」は、「オール讀物」1981年2月号に掲載されたもので、明治時代最大の贋作事件と、その犯人とされた熊坂長庵を扱ったもので、なぜ熊坂長庵が犯人とされたのかを探っています。ドキュメンタリータッチで、ほとんど作者・松本清張が、自らの歴史考察を小説に落とし込んだような作品ですが、作者の分身と思しきルポライターの安田が推理を開陳するも、ラストで、神岡女史が実は京都の私立女子大学助教授で、当時の造幣関係者の子孫であることが明かされ、安田以上に穿った考察をしてみせるところが面白いです(実はこれが作者・松本清張の独自の推論ということになる)。因みに、現在でも博物館では、熊坂長庵事件が冤罪であったという認識は示していないそうです。

 作中の安田は、熊坂長庵が犯人と決めつけられた一要因として、江戸の大盗賊「熊坂長範」と名前が似ていることを挙げており、このことがタイトルの「不運な名前」につながっています。そして、「疑惑」の鬼塚球磨子も、略して「鬼熊」となり、"毒婦"たるに相応しい呼称になるという意味では同じく"不運な名前"であり、それでこの二編がセットになっているようです(そう言えば、「荒木虎美」というのも、何となくその類の名前である)。

北海道樺戸郡月形町・月形樺戸博物館(樺戸行刑資料館)/月形町・篠津囚人墓地/篠津囚人墓地内の熊坂長庵の墓
月形樺戸博物館.jpg 篠津囚人墓地2.jpg 篠津囚人墓地内の熊坂長庵の墓.jpg

【1983年文庫化・2013年新装版[文春文庫]】

《読書MEMO》
●「疑惑」のテレビドラマ化
・1992年「松本清張スペシャル・疑惑」(フジテレビ)いしだあゆみ(白河球磨子)・小林稔侍(佐原卓吉)
・2003年「松本清張没後10年特別企画・疑惑」(テレビ朝日)余貴美子(白河球磨子)・中村嘉葎雄(佐原卓吉)
・2009年「松本清張生誕100年特別企画・疑惑」(TBS)沢口靖子(白河球磨子)・田村正和(佐原卓吉)
・2012年「松本清張没後20年特別企画・疑惑」(フジテレビ)尾野真千子(白河球磨子)・常盤貴子(佐原千鶴)
・2019年「松本清張ドラマスペシャル・疑惑」(テレビ朝日)黒木華(白河球磨子)・米倉涼子(佐原卓子)

1992年「疑惑」(フジテレビ)いしだあゆみ(白河球磨子)・小林稔侍(佐原卓吉)/2009年「疑惑」(TBS)沢口靖子(白河球磨子)・田村正和(佐原卓吉)
松本清張スペシャル・疑惑1.jpg 松本清張生誕100年特別企画・疑惑.jpg

2012年「疑惑」(フジテレビ)常盤貴子(佐原千鶴)・尾野真千子(白河球磨子)/2019年「疑惑」(テレビ朝日)米倉涼子(佐原卓子)・黒木華(白河球磨子)
松本清張没後20年特別企画・疑惑.jpg 松本清張ドラマスペシャル・疑惑.jpg

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和田泰明

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