【2977】 ○ 小津 安二郎 「早春 (1956/01 松竹) ★★★★

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夫婦の危機と再生。昭和サラリーマンの悲哀。小津にはこういう映画をもっと撮って欲しかった。

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あの頃映画 松竹DVDコレクション 「早春」」岸恵子・池部良「早春 デジタル修復版 [DVD]」池部良・淡島千景  

早春 1956 通勤.jpg 杉山正二(池部良)は蒲田から丸ビルの会杜「東亜耐火煉瓦」に電車通勤するサラリーマンで、結婚後8年の妻昌子(淡島千景)とは、子供を疫痢で失って以来互いにしっくりいかないものを感じている。毎朝同じ電車に乗り合わせることから親しくなった通勤仲間に、青木(高橋貞二)、辻(諸角啓二郎)、野村(田中春男)たち、それに「キンギョ」という綽名の金子千代(岸惠子)がいて、正二は退社後は男仲間で麻雀にふけるのが日課のようになっていた。昌子は毎日の単調を紛らわすため、荏原中早春 1956.jpg延の実家に帰り、小さなおでん屋をやっている母のしげ(浦邊粂子)に愚痴をこぼしていた。杉山は、通勤仲間で日曜に江ノ島へハイキングに出かけたのを機に千代と急接近し、千代の誘惑に屈して一夜を共にしてしまう。それが他の仲間早春 (1956年の映画)awasihima.jpgに知れて、千代は仲間に吊し上げられ、その辛さを杉山の胸に縋って訴えるが、杉山はそれを持て余す。一方、夫と千代の秘密を見破った昌子は家を出る。その日、杉山は会社の同僚で前夜に見舞ったばかりの三浦(増田順二)の早春 池部良 笠智衆 山村聰.jpg死を聞かされ、サラリーマン人生に心から希望を託していた男だっただけに、その死は杉山に暗い影を落とす。仕事面でも家庭生活でも杉山はこの機会に立ち直りたいと思い、丁度話に出た岡山県三石の工場への転勤内示を受諾し、千代との関係を清算して田舎へ行くのもいいかもしれないと考える。一方、昌子は家を出て以来、旧友の婦人記者の富永栄(中北千枝子)のアパートに同居して、杉山からの電話にさえ出ようとしない。杉山は三石の工場に単身で赴任する途中に大津に寄り、仲人の小野寺(笠智衆)を訪ね助言を得る。山に囲まれた侘しい三石に着任して幾日目かの夕方、杉山が工場から下宿に帰ると―。

早春 1956 .jpg 小津安二郎監督の1956年監督作で、当時の若者向けに撮ったと言われているそうです。サラリーマンとして自宅と会社を往復するだけの生活だった杉山(池部良)が、ちょっとしたきっかけから通勤仲間の千代(岸恵子)と関係を持ってしまう、などといったことは今でもありそうですが、密会を重ねるうちに、二人の関係が社内で噂となり、(社内不倫ではないのに)同期社員らに詰問されてしまうというのは、昭和的かもしれません(今の若者はプライバシー問題を気にしてそこまでおせっかい焼かないのでは)。そもそも、通勤仲間でハイキングに行ったのが契機になったというのにも昭和的なものを感じます。

早春 岸恵子 池部良.jpg

 この映画には、もう一人、戦後のニュータイプの女性が出てきて、それは、昌子が家を出てそのアパートに駆け込んだ旧友の婦人記者(中北千枝子)で、夫に早く死なれて一人住まいを余儀なくされながらも、経済的には自立している女性です。基本的には"伝統的"な家庭女性と思われる昌子も、彼女のバイタリティに感化されてか、家を出てもそう暗くならず、杉山からの電話も出ようとしません。

 これらに比べると、杉山の方は、前夜に見舞ったばかりの会社の同僚に死なれるなどして、そこへ妻に出奔されて終始暗い感じ。更にそこへ、会社からの地方への転勤の打診といった具合に、内憂外患の状況に。もともと、大恋愛で結婚したらしい夫婦ですが、昌子が何年か前に産んだ子が死産だったこともあり、夫婦仲が淡泊になっていたところに、杉山の不倫問題があって(千代に「奥さん、怖い?」と訊かれて「ああ、怖い」と答えているのに不倫してしまった)、これはまさに離婚の危機と言えるでしょう。

 でも、家庭のことを考えながら、仕事のことも考えなければならないのがサラリーマン。杉山は今の会社で出世コースなのか、ゴルフをやる総務部長(中村伸郎)から声をかけられる存在です。一方、違った生き方をする人物もいて、それが会社の先輩で仲人もやってもらった小野寺(笠智衆)と同期の阿合(山村聰)で早春 山村聡.jpg早春 東野英治郎2.jpg、彼は会社を辞めて今は喫茶店・バーを経営していて(常連客に定年間際の東野英治郎!)、要するに「脱サラ」したのだと思われますが、会社一筋とは違った男の生き方もこの映画では見せています。

山村聰(杉山のかつての上司・阿合豊)/東野英治郎(阿合の店の客・服部東吉)/[下右]中村伸郎(杉山の会社の総務部長)

早春 1956 中村.jpg 興味深く観ることが出来ました。不倫を扱っていますが、最後はハッピーエンドというか「雨降って地固まる」と言えるのでは(そう言えば、「風の中の牝雞」('48年)も「お茶漬の味」('52年)も「雨降って地固まる)」的映画だった)。娘が嫁にいくかいかないかといった話よりは起伏があり、小津にはこういう作品をもっと撮って欲しかった気もします。興味深く観ることが出来た理由の一つとして、当時のサラリーマン事情がよく分かる映画だったということがあります。杉山の勤務する会社が丸ビルにあるということは、当時で言えば一流会社なのでしょう。杉山に転勤の内示が出てからほどなくして、複数名の労働組合の幹部が杉山のところへ来て「(転勤命令を)受けるかどうかよく考えて」とアドバ早春 池部良 笠智衆.jpgイスするというのにも時代を感じました(内示の段階で組合に知らされているのか?)。仲人をしてもらった人に人生相談するというのもある意味昭和的かも。

笠智衆(杉山の仲人・小野寺) 

 描写がしっかりしている小津映画を観るということは、「昭和」という時代を確認することにもなると思いますが、後期の作品は、家庭内のことはよく描かれているものの、会社のことは、この人たち(主に重役たち)仕事しているの? みたいな印象もあります。そうした中で、この作品は、昭和のサラリーマン悲哀物語とも言え(もちろん今のサラリーマンに通じるところもある)、小津映画の中ではちょっと面白い位置にあるように思います。

杉村春子(杉山家の隣人・田村たま子)   三井弘次・加東大介(杉山の戦友)
早春 杉村春子.jpg 早春 加東大介 三井弘次.jpg
宮口精二(たま子の夫・精一郎)      中村伸郎(総務部長)
早春宮口精二.jpg 早春 中村伸郎.jpg
岸惠子(「キンギョ」こと金子千代)
早春 岸恵子.jpg早春 (1956年の映画).jpg「早春」●制作年:1956年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎 ●撮影:‎厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:144分●出演:池部良/淡島千景/浦辺粂子/田浦正巳/宮口精二/杉村春子/岸惠子/高橋貞二/藤乃高子/笠智衆/山村聰/三宅邦子/織田順二/長岡輝子/東野英治郎/中北千枝子/加賀不二男/田中春男/糸川和広/長谷部朋香/諸角啓二郎/荻いく子/山本和子/中村伸郎/永井達郎/三井弘次/加東大介/菅原通済/村瀬禅/杉田弘子/山田好一/川口のぶ/竹田法一/島村俊雄/谷崎純/長谷部朋香/末永功/南郷佑児/佐々木恒子/千村洋子/佐原康/稲川善一/鬼笑介/今井健太郎/松野日出夫/峰久子/鈴木康之/叶多賀子/井上正彦/千葉晃/山本多美/太田千恵子/中山淳二●公開:1956/01●配給:松竹(評価:★★★★)

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