【2961】 ○ 坂口 安吾 『私の探偵小説 (1978/05 角川文庫) ★★★★

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ミステリ(作家)論と文学論、個々の作品批評。安吾節が小気味よい。

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私の探偵小説 (1978年) (角川文庫)

 推理ファンを自任し、自ら「不連続殺人事件」「復員殺人事件」「能面の秘密」などの作品を生んだ坂口安吾(1906-1955/享年49)の、推理小説に関する全エッセイを収録したもの。第一部は表題作「私の探偵小説」(昭和22年6月発表)を含むミステリ及びミステリ作家論で、第二部、第三部は主に文学論、個々の作品批評(文学賞の選評を含む)という体裁になっています。

 「推理小説は、作者と読者の知恵比べを楽しむゲームである」とし、「謎の手がかりを全部読者に知らせること」「謎を複雑にするために人間性を不当にゆがめぬこと」などのルールを説いていますが、言っていることはすごくまともだと思いました。でも、現代でも通じることを早くから言っているのはさすがと言えるかも。

シタフォードの秘密  ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg また、海外・国外の推理作家を評価していますが、海外の作家では、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーンを高く評価しており、これもまともではないでしょうか。クリスティの天分は「脅威のほかない」とし、その作品では、「『吹雪の山荘』のトリックほど非凡なものはない」と高く評価していますが、これって『シタフォードの秘密』のことだと思います(この作品、「江戸川乱歩が選んだクリスティ作品ベスト8」 に入っている)。「この二人を除くと、あとは天分が落ちるようだ」とし、むしろ、日本の推理作家で、「横溝君を世界のベストテン以上、ベストファイブにランクしうる才能であると思っている」として横溝正史を高く評価しています(以上、主に第一部「推理小説論」(昭和25年発表)より)。

 第二部、第三部では、推理作家に限らず、幅広く作家論、文学論を展開しながら、文学の本質を自由、芸術、反逆といったさまざまなテーマに絡めて論じています。また、戯作性と思想性は共存し得るとし、一方で、自然派や私小説を"綴方"と称して批判しています。さらに、国語論・敬語論・文章論も、いずれも現実の生活に即したものであるべきだという、ある種プラグマティックなものの見方が、この作家の特徴であることを改めて感じました。

志賀直哉_02.jpg 具体的には、「志賀直哉に文学の問題はない」(昭和23年発表)において、志賀直哉を、その「一生には、生死を賭したアガキや脱出などはない」とし、「位置の安定だけが、彼の問題であり」、それだけにすぎなかったとしています。夏目漱石についても、「その思惟の根は(中略)わが周囲を肯定し、それを合理化して安定をもとめる以上に深まることはなかった」と批判的ですが、表題から窺えるように、志賀直哉が最大の批判対象となっています。

志賀直哉

 また「戦後文章論」(昭和26年発表)では、漫画家の文章を評価していて、近藤日出造や清水崑、横山兄弟の皆が文章上手であると褒め、サザエさ安岡章太郎2.jpgん(長谷川町子)も「絵はあまりお上手ではないが、文章は相当うまいし、特に思いつきが卓抜だ」という評価の仕方をしているのが興味深いです。作家では、「今度の芥川賞の候補にのぼった安岡章太郎という人のが甚だ新鮮なもので」あったと。ただし、「大岡(昇平)三島(由紀夫)両所のように後世おそるべしというところがない」とも。「大岡三島両所の文章は批評家にわからぬような文章や小説ではないね」とし、「甚だしく多くの人に理解される可能性を含んでいますよ」と述べています。

安岡章太郎

 因みに、第三部に「芥川賞」の選評があり(著者は、第21回(昭和24年上半期)から通算5年半、選考委員を務めた)、田宮虎彦への授賞に反対していますが(第23回か)、「候補にあげられたことは、甚しく意外であった」とし、「その作品が不当に埋れているわけではなくて、多くの読者の目にもふれ、評者の目にもふれている」「芥川賞復活の時に、三島君まではすでに既成作家と認めて授賞しない、というのが既定の方針であったが、田宮君が授賞するとなると、三島君はむろんのこと、梅崎君でも武田君でももっと古狸の檀君でも候補にいれなければならないし、かく言う私も、候補に入れてもらわなければならない」としています。

 「堕落論」もそうですが、安吾節と言うのか、スカッと言い切っているところが小気味よいのですが、細かいところを見ていくと、それはそれでいろいろ興味深いです。

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This page contains a single entry by wada published on 2020年11月20日 00:45.

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