2020年11月 Archives

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ミステリ(作家)論と文学論、個々の作品批評。安吾節が小気味よい。

IMG_20201127_045035.jpg私の探偵小説 坂口安吾2.jpg
私の探偵小説 (1978年) (角川文庫)

 推理ファンを自任し、自ら「不連続殺人事件」「復員殺人事件」「能面の秘密」などの作品を生んだ坂口安吾(1906-1955/享年49)の、推理小説に関する全エッセイを収録したもの。第一部は表題作「私の探偵小説」(昭和22年6月発表)を含むミステリ及びミステリ作家論で、第二部、第三部は主に文学論、個々の作品批評(文学賞の選評を含む)という体裁になっています。

 「推理小説は、作者と読者の知恵比べを楽しむゲームである」とし、「謎の手がかりを全部読者に知らせること」「謎を複雑にするために人間性を不当にゆがめぬこと」などのルールを説いていますが、言っていることはすごくまともだと思いました。でも、現代でも通じることを早くから言っているのはさすがと言えるかも。

シタフォードの秘密  ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg また、海外・国外の推理作家を評価していますが、海外の作家では、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーンを高く評価しており、これもまともではないでしょうか。クリスティの天分は「脅威のほかない」とし、その作品では、「『吹雪の山荘』のトリックほど非凡なものはない」と高く評価していますが、これって『シタフォードの秘密』のことだと思います(この作品、「江戸川乱歩が選んだクリスティ作品ベスト8」 に入っている)。「この二人を除くと、あとは天分が落ちるようだ」とし、むしろ、日本の推理作家で、「横溝君を世界のベストテン以上、ベストファイブにランクしうる才能であると思っている」として横溝正史を高く評価しています(以上、主に第一部「推理小説論」(昭和25年発表)より)。

 第二部、第三部では、推理作家に限らず、幅広く作家論、文学論を展開しながら、文学の本質を自由、芸術、反逆といったさまざまなテーマに絡めて論じています。また、戯作性と思想性は共存し得るとし、一方で、自然派や私小説を"綴方"と称して批判しています。さらに、国語論・敬語論・文章論も、いずれも現実の生活に即したものであるべきだという、ある種プラグマティックなものの見方が、この作家の特徴であることを改めて感じました。

志賀直哉_02.jpg 具体的には、「志賀直哉に文学の問題はない」(昭和23年発表)において、志賀直哉を、その「一生には、生死を賭したアガキや脱出などはない」とし、「位置の安定だけが、彼の問題であり」、それだけにすぎなかったとしています。夏目漱石についても、「その思惟の根は(中略)わが周囲を肯定し、それを合理化して安定をもとめる以上に深まることはなかった」と批判的ですが、表題から窺えるように、志賀直哉が最大の批判対象となっています。

志賀直哉

 また「戦後文章論」(昭和26年発表)では、漫画家の文章を評価していて、近藤日出造や清水崑、横山兄弟の皆が文章上手であると褒め、サザエさ安岡章太郎2.jpgん(長谷川町子)も「絵はあまりお上手ではないが、文章は相当うまいし、特に思いつきが卓抜だ」という評価の仕方をしているのが興味深いです。作家では、「今度の芥川賞の候補にのぼった安岡章太郎という人のが甚だ新鮮なもので」あったと。ただし、「大岡(昇平)三島(由紀夫)両所のように後世おそるべしというところがない」とも。「大岡三島両所の文章は批評家にわからぬような文章や小説ではないね」とし、「甚だしく多くの人に理解される可能性を含んでいますよ」と述べています。

安岡章太郎

 因みに、第三部に「芥川賞」の選評があり(著者は、第21回(昭和24年上半期)から通算5年半、選考委員を務めた)、田宮虎彦への授賞に反対していますが(第23回か)、「候補にあげられたことは、甚しく意外であった」とし、「その作品が不当に埋れているわけではなくて、多くの読者の目にもふれ、評者の目にもふれている」「芥川賞復活の時に、三島君まではすでに既成作家と認めて授賞しない、というのが既定の方針であったが、田宮君が授賞するとなると、三島君はむろんのこと、梅崎君でも武田君でももっと古狸の檀君でも候補にいれなければならないし、かく言う私も、候補に入れてもらわなければならない」としています。

 「堕落論」もそうですが、安吾節と言うのか、スカッと言い切っているところが小気味よいのですが、細かいところを見ていくと、それはそれでいろいろ興味深いです。

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伝記漫画の傑作。史実を追って丁寧。陰に1人の高校生の協力があった!

IMG_20201118_160831.jpg劇画ヒットラー (ちくま文庫).jpg 『劇画ヒットラー』(実業之日本社、1972年).jpg
劇画ヒットラー (ちくま文庫)』['90年]『劇画ヒットラー』(実業之日本社、1972年)

『劇画ヒットラー』2.jpg 第二次世界大戦末期のドイツ、ユダヤ人は絶滅収容所行きを逃れるために、屋根裏に隠れて生活していた。同じ頃、パリではレジスタンスの一員が逮捕され、レジスタンス内は密通者がいるのではないかと疑心暗鬼になっていた。それでもなお、ドイツ人は史上希なる独裁者となったアドルフ・ヒットラーに熱狂していた。なぜ、ヒットラーはこれほどにも強大な独裁者となりえたのだろうか―。

『劇画ヒットラー』_01.gif漫画サンデー 劇画 ヒットラー 伝.jpg 水木しげる(1922-2015/享年93)が、画家志望の青年アドルフ・ヒットラーが、いかに政治の道へ進み、独裁者から破滅へ至ったのかを描いた伝記作品。「週刊漫画サンデー」(実業之日本社)に1971(昭和46)年5月8日号から8月28日号まで連載され(連載時のタイトルは「20世紀の狂気ヒットラー」)、ヒットラーを善人とも悪人とも決めつけずに客観的かつユーモラスに描いているのが特徴で、伝記漫画の傑作とされています。

『劇画ヒットラー』_05.gif とにかく記述が史実を追って丁寧であり、「月刊漫画ガロ」(青林堂)の1970(昭和45)年10月号から1972年10月号に連載した作者初の伝記漫画で、近藤勇の生涯を描いた『星をつかみそこねる男』もそうでしたが、緻密さはそれ以上と思われます。

 執筆にあたり、構成や資料収集を手伝う協力者・山田はじめがいましたが、ヒットラーに対する彼の考え方が作者は不満で、そこに協力を申し出たのが水木漫画ファンでナチス研究に没頭していた当時高校生の後藤修一(1952-2018)で、彼は小学2年生時からヒットラーに興味を抱いた市井のドイツ近現代史研究者であり、母校の文化祭用に作成した3時間にもわたるスライド・ドキュメンタリー「アドルフ・ヒトラー」を作者に見せる機会を得、これを見て感服した作者が200点以上の資料を彼から借り受け、さらに彼が作者宅に頻繁に通い協力したことで、歴史的事実に忠実で、登場人物の複雑な人間関係を丁寧に紹介した深い内容の作品へになったとのことです。

「ヒトラー~最期の12日間~」ブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー)
ヒトラー 最期の12日間 2005.jpg0ヒトラー 最期の12日間 011.jpg 特にラストの方の臨場感は圧巻で、オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の「ヒトラー~最期の12日間~」('04年/ドイツ・オーストリア・イタリア)と比較してみるのもいいのではないでしょうか。あの映画は(個人的評価は★★★★)、ヨアヒム・フェストによる同名の研究書『ヒトラー 最期の12日間』('05年/岩波書店)、およびヒトラーの個人秘書官を務めたトラウドゥル・ユンゲの証言と回想録『私はヒトラーの秘書だった』('04年/草思社)が土台となっていましたが、戦局面で追い詰められたヒットラーの狂気を端的に描いていました。一方、この水木版は、劇画のメリットを生かし、情報量が映画を上回るものとなっているように思われ、さらに、ヒットラーのキャラクターにしても、単なる狂人としては描いていません。

 終盤部分だけでなく、ヒットラーの無名時代や彼が政界で台頭していく過程の描き方もいいです。こうしてみると、ヒットラーは、演説が禁止されていたり、政治犯として収監されていたり時期は自らの勢力を減じているけれども、演説の禁止や囚われを解かれると、すぐに遊説して各地の勢力図をヒットラー色に塗り替えていったことが分かり、その演説の力は凄かったのだなあと改めて思いました。

NHK・BS1スペシャル「独裁者ヒトラー 演説の魔力」2020年8月14日再放送
独裁者ヒトラー 演説の魔力1.jpg独裁者ヒトラー 演説の魔力2.jpg ちょうど今年['20年]の8月にNHK・BS1スペシャルで「独裁者ヒトラー 演説の魔力」という番組を放送しており、実際にヒットラー演説を聞いた人々をドイツ各地に訪ね、さらに150万語のビッグデータを分析してその人を惹きつける演説のドナルド・トランプ演説.jpg秘密を探る番組がありました。この中で驚いたのは、番組における「証言者」たる演説を聞いた人々(多くは80歳代後半乃至90歳代で、中には100歳を超える人もいた)のほとんど誰もが、当時ヒットラーの演説に気分が高揚し、好きなロックスターのライブ会場にいるような恍惚感さえ味わったことを、特に臆することなく、むしろ懐かしむように(その身振りを真似るなどして)語っていたことでした(「生演説こそが命」であるというのは、現代で言えば、先の米大統領選の候補者同士の討論会で生の公開討論を望み、リモート討論を拒否したドナルド・トランプがそれに当て嵌まるかも)。

photo_1.jpg NHKは、BSプレミアムで一昨年['18年]から再放送している「映像の世紀プレミアム」シリーズの第18集として、「ナチス狂気の集団」というのを12月12日(土)に放送するようなので(これは今年12月の放送が初放送になる)、これも観なくてはなりません(同シリーズ第9集「独裁者3人の狂気」も良かった。「映像の世紀」は過去に放映されソフト化されているものの中にも「NHKスペシャル 映像の世紀 第4集 ヒトラーの野望」などヒットラー関係の良作が多い)。

NHK・BSプレミアム「映像の世紀プレミアム」第9集「独裁者3人の狂気」2020年8月15日再放送

《読書MEMO》
●NHK BSプレミアム 2018/06/16 「映像の世紀プレミアム 第9集「独裁者 3人の"狂気"」
「 映像の世紀プレミアム  独裁者 3人の

●単行本
『劇画ヒットラー』(実業之日本社、1972年)
『ヒットラー 世紀の独裁者』(講談社、1985年4月)
『豪華愛蔵版 コミック ヒットラー』(講談社、1989年9月)
『復刻版 劇画ヒットラー』(実業之日本社、2003年2月)
『ヒットラー』(世界文化社、2005年8月)
『ヒットラー 水木しげる傑作選』(世界文化社、2012年8月)
『20世紀の狂気 ヒットラー 他』(講談社〈水木しげる漫画大全集〉、2015年11月)

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数奇な人の一生を見るよう。本当に船好きだった作者だからこその作品。

ばいかる丸 (ポニー・ブックス).jpg ばいかる丸 (ポニー・ブックス)3.jpg ばいかる丸  1965.jpg
ばいかる丸 (ポニー・ブックス)』['17年/復刻版]  『ばいかる丸 (ポニー・ブックス)』['65年]

「ポニー・ブックス(復刻版)」.jpg イラストレーター、デザイナーで、アンクルトリスの生みの親で、船の画家でもある柳原良平(1931-2015/享年84)が、「ばいかる丸」という実在の船の半生を絵本形式で描いたもの。1965年に岩崎書店より「ポニーブックス」(60年代に漫画家、イラストレーターが絵とストーリーの両方を手がけたことで話題になった絵本シリーズ)として刊行され、半世紀以上の月日を経て、2017年に復刻版として刊行されました。

ばいかる丸 (ポニー・ブックス)1.jpg 1921年(大正10年)に大阪商船の客船として生まれた「ばいかる丸」は、大連航路の人気戦でしたが、やがて大阪商船にも新しい船が多く出来たため、東亜海運という別会社に売られ、商人を満州に運ぶ船になります。ところが1937(昭和12)年に日中戦争ばいかる丸 (ポニー・ブックス)2.jpgが始まって黒塗りの病院船となり、1941(昭和16)年の太平洋戦争開戦で白塗りの国際赤十字の病院船になります。戦局が悪化すると病院船であるのに兵士を運ぼうとしましたが、1945(昭和20)年5月、大分県姫島沖で機雷に触れて船体に大穴が開き、そのまま戦争が終わってしまいます。応急処理後は瀬戸内海の笠戸島沖に係留されていましたが、やがて大阪湾で船員学校の学生の寄宿舎替わりとなり、さらに1949(昭和24)年、極洋捕鯨に買い取られ、捕鯨船に改造されます。しかし、やがて捕鯨船ももっと大型のものが多く造られたため、肉を運ぶ冷凍船に改造され、名前も「極星丸」に改名されて「今」に至っているとのことです。

ばいかる丸 (ポニー・ブックス3.jpeg こうした1隻の船の歩みを、船を主人公にして「ワタシ」という1人称で淡々と語っていますが(淡々と語られているわりには、かつて栄華を誇った「ばいかる号」が、より大きな船が現れて役割の上で隅へ追いやられるのは何となく哀しかったりする)、絵の訴求力はやはりさすがだなあと思うとともに、まるで数奇な人の一生を見るようだなあとも思いました。

 本書の初版の刊行が1965年で、作者34歳頃の作品と思われますが、1959年にサントリーを退社した後は、船や港をテーマにした作品や文章を数多く発表しており、また、漫画家として1962年3月から1966年6月まで、4コマ漫画『今日も一日』を読売新聞夕刊に連載。1968年、至誠堂より『柳原良平 船の本』を刊行しており、その少し前の作品と言うことになります。

 初版の刊行は、大阪商船と三井船舶が合併して新会社の大阪商船三井船舶株式会社(後の商船三井)になった頃ですが、復刻版の刊行を機に、版元の岩崎書店のスタッフが商船三井を訪ね、「ばいかる丸」のその後を訊いています(岩崎書店のブログ「「ばいかる丸」のその後を想う~柳原良平さんを偲んで」)。しかし、今いる社員もその辺りは手がかりが無いためよく分からなくて、廃船となり鉄屑として再利用されたのではないか、でも、他の船の一部になっている形を変えてどこかを航海していると思います!とのことです。

 そもそも船会社の方から作者にこの船をモデルに絵本を描いてほしいと依頼したこともなかったようで、本当に船好きだった作者だからこそ、自ら「ばいかる丸」という船が連航路、病院船、寄宿舎、捕鯨母船、冷凍船と改造されていく過程をここまで調べ上げて、精緻な絵とともに完成させたものと思われます。商船三井の方々も、船の所有が大阪商船から東亜海運に変わったとき、(当然、旗印は違っているが)船のデザインが変わっているところまで描き分けている点に感心されていたようです。

大阪商船に所属していた「ばいかる丸」         所属が東亜海運に変わった後。煙突の印が異なっている。
ばいかる丸 (ポニー・ブックス)68.jpg ばいかる丸 (ポニー・ブックス)681.jpg

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環境破壊等の今日的問題に早くから高い関心と危惧を抱いていたエコロジストだった。

真鍋博の植物園と昆虫記 (ちくま文庫)2.jpg真鍋博の植物園と昆虫記 (ちくま文庫).jpg 真鍋博の植物園.jpg 真鍋博の昆虫記.jpg
真鍋博の植物園と昆虫記 (ちくま文庫)』['20年]『真鍋博の植物園 (1976年)』『真鍋博の昆虫記 (1976年)

真鍋博の植物園と昆虫記72.jpg ラストレーターの真鍋博(1932-2000/68歳没)が、社会のあらゆるものを"植物"と"昆虫"に見立て、ユーモアと風刺を織り込んで描いたものです。もともとは、『真鍋博の植物園』('76年/中央公論社)と『真鍋博の昆虫記』('76年/中央公論社)として別々に刊行されたものが、40年の年月を経て、ちくま文庫に合本化し再編集されたということです。

真鍋博の植物園と昆虫記5.jpg 星新一、筒井康隆、アガサ・クリスティーなど人気作家作品の装画や装幀の仕事で知られた著者ですが、装画や装幀は作品の内容に沿って描かれるのに対し、本書は、著者自身が純粋な自らのアイデアでイラストを描き、コメントを添えています。

真鍋博の植物園と昆虫記4.jpg 見て、読んで感じるのは、70年代から80年代にかけて我々に「未来」像を提供し続けてくれた著者が、実はエコロジストであり、環境破壊等の今日の世界が直面している問題に、その当時から高い関心を寄せ、危惧を抱いていたということが窺えることです。

 本書は、イラストレーターである著者の、その膨大な仕事の中では、最もメッセージ性が高い部類のものであると思います。

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主人公はトッペイだが、本当の主人公はロックか。複雑な性質の「現代悪」を体現。

IMG_20201107_035731.jpgバンパイヤ 秋田書店 初版.jpg
『バンパイヤ (全3巻)』['68年・'72年/秋田書店・サンデーコミックス]

バンパイヤ  手塚ド.jpgバンパイヤ サンデー.jpg 「週刊少年サンデー」(小学館)及び「少年ブック」(集英社)に連載された手塚治虫の漫画作品で、普段は人間の姿をしているのに、ふとした時に異形へと変身を果たしてしまう種族・バンパイヤを描いたもの。手塚作品の特徴の一つである、メタモルフォーゼを取り上げた代表的な作品の一つです。

20190824バンパイヤ.jpgバンパイヤ 秋田書店 88年版.jpg少年サンデー バンパイヤ新連載号(1966年23号).jpg 第1部は「週刊少年サンデー」にて'66(昭和41)年6月12日号(第23号)から'67(昭和42)年5月7日号(第19号)まで連載され手塚治虫本人がこれまでになく重要な登場人物となっています。第2部は、テレビドラマ放映開始時に、「少年ブック」にて'68(昭和43)年10月号から'69(昭和44)年4月号まで連載されましたが、掲載誌の休刊により未完に終わっています(サンデーコミックス初版で全3巻、手塚治虫漫画全集、サンデーコミックス'88年版で全4巻)。

 第1部は、主人公の少年である立花特平(通称トッペイ)と、その弟チッペイ、バンパイヤを利用して世界制覇を目論む冷酷な少年・間久部緑郎(ロッIMG_20201107_035652.jpgク)を軸に、それらにトッペイの父・立花博士の助手だった女性バンパイヤで「日本バンパイヤ革命委員会」東京支部長の岩根山ルリ子なども絡んで話が展開していきますが、「間久部緑郎」の名から窺えるように、シェイクスピマクベス改版 角川文庫クラシックス.jpgアの「マクベス」がモチーフとなっています(同時にロックは、多くの手塚作品に登場するレギュラー・キャラクターでもある)。したがって、ロックは、知的な判断力を持ちながら、一方で、「マクベス」の"3人の魔女"に相当する"3人の占い師"に自分の行く末を占わせたりしています。ロックは占い師たちに、「あんたは、人間にゃやられないよ」と言われますが、これは「女から生まれた者には殺されない」と言われたマクベスと同じで、さらにロックは、「人間でないものにもやられない」と言われます(裏を返せば、「人間」でも「人間でないもの」でもない、「変身中のバンパイヤ」がロックの天敵となることになる)。

iバンパイヤ 第2部.jpg 第1部のラストでロックの野望は絶たれますが、ロック自身がが滅んだわけではなく、第2部にも彼は登場します。ここでは、江戸時代に現れた化け猫(ウェコ)の逸話や、インドの山猫少年の話(正体は人間の姿になったウェコ)など、オムニバス形式のようなエピソードを挟んで、ウェコとロックの出会いやトッペイとウェコの出会いなどがあざ縄をなうように描かれます。ただし、前述の通り、残念ながら未完に終わっています。

 気になるのは、ルリ子がロックも実は自分たちと同じバンパイヤではないかと言っていることで、おそらくそうなのでしょうが、それがどのような形で明かされるのかが未完のため分かりません。第2部に入って話を拡げ過ぎた印象もありますが、講談社版「手塚治虫漫画全集」刊行の際、最終回配本として、編集部側が「新宝島」の収録を主張したのに対し、作者は、書下ろしの話題作として「バンパイヤ」の完結編を加えることを主張したとのことなので、構想はあったのではないかと思われます(最終的には編集部に押し切られたという)。

 個人的は、やはり、第1部の印象が非常に強く、手塚治虫氏がロックを追いかけてタクシーで東京から山口県の秋吉台に行くところなどは、はらはらしながらも、タクシー代どれくらいかかったのかなあと思いながら読んだ記憶があります。第2部は、話が入り組んでいて、しかも未完であるし、やや印象が薄いでしょうか。

バンパイヤ  テレビ.jpg水谷豊.png テレビ版「バンパイヤ」('68年/フジテレビ、全26話)は、実写とアニメの合成作品で、バンパイヤの変身シーンや変身後の動物になった姿はアニメーションで描いています。トッペイ・チッペイ兄弟の兄トッペイを演じたのは水谷豊('52年生まれ)で、これが事実上のデビュー作であり、そのほかに、渡辺文雄や戸浦六宏といった俳優が出ていました。

バンパイヤ   西郷.jpgバンパイヤ 手塚コメント.jpg ただ、原作には、ロックの同郷の馴染みで、ロックにとっては唯一無二の親友にして、唯一の頭が上がらない相手でもある西郷風介というキャラクターが出てきますが、テレビ版では割愛されています。ロックの人間的一面(それが彼自身の野望の実現には障害にもなるのだが)を示す重要な役回りだったのですが...。

 秋田書店の「サンデーコミック」の表紙カバー見返しで、作者自身は、「バンパイヤは、わたしの恐怖三部作の第一作目にあたります」とし、「第一作を現代物、第二作を品を時代物、第三作を未来物に設定し、この第一作を今までの手塚マンガのカラーからぬけだす糸にしたいと思います」と述べています(因みに、第二作は時代物の「どろろ」で、第三作は直接該当する作は無いのではないかとされている。「手塚マンガのカラーからぬけだす」という意味では、岩根山ルリ子が狼に変身する場面は、手塚作品では初めて女性のヌードが描かれたものであるらしい(鳴海 丈『「萌え」の起源』('09年/PHP新書)))。また、シェイクスピアの「マクベス」が作品の骨組みであることを明かし、「マクベスに、バイタリティーにあふれた現代悪の権化を見る気がします」とも述べていて、それを仮託したのがロックこと間久部緑郎であると。作者はそれにしては第1部のラストが弱いとも自分で言っていますが、同時に、第2部でもロックは姿を見せることを予告しています。

バンパイヤ  rokku.jpg こうして見ていくと、この作品のモチーフはメタモルフォーゼで主人公はトッペイですが、本当の主人公はロックなのかもしれません。彼が具現する「現代悪」は、時に魅力的であったりもします(西郷風介には頭が上がらないといった弱みも含め)。ロックは自分の利益のために他者を利用しますが、主要な登場キャラもまた、彼を頼りにしたり利用したりするわけで、そこが作者の描く「現代悪」の複雑な側面と思われます。テレビ版「バンパイヤ」では、バンパイヤたちが人間と早々に和解し、手を組んでロックと対決するというシンプルな勧善懲悪のストーリーに改変されていて、この辺りは、手塚作品の持つ「毒」を描き切れないテレビの限界でしょうか。まあ、テレビは児童向けなので仕方がないと思いますが、言い換えれば、原作には大人でも考えさせられる要素があるということかもしれません。

ソノシート(朝日ソノラマ) 林 光(1931-2012.1.5)
バンパイヤ ソノシート.jpg林光.jpgバンパイヤ 水谷豊.png「バンパイヤ」●演出:山田健/菊地靖守●制作:疋島孝雄/西村幹雄●脚本:山浦弘靖/辻真先/藤波敏郎/久谷新/安藤豊弘/雪室俊一/中西隆三/宮下教雄/今村文人/三芳加也/石郷岡豪●音楽:司一郎/林光●原作:手塚治虫●出演:水谷豊/佐藤博/渡辺文雄/戸浦六バンパイヤ 水谷豊2.jpg宏/山本善朗/左ト全/上田吉二郎/岩下浩/平松淑美/鳳里砂/嘉手納清美/桐生かおる/市川ふさえ/館敬介/中原茂男/原泉/日高ゆりえ/本間文子/手塚治虫●放映:1968/10~1969/03(全26回)●放送局:フジテレビ

嘉手納清美(岩根山ルリ子)/「バンパイヤ」テーマソング
バンパイヤ 嘉手納清美.jpg 
原泉/日高ゆりえ/本間文子(三妖婆)     変身シーン
バンパイヤ tv 魔女.png 
戸浦六宏(熱海教授)/渡辺文雄(森村記者)
「バンパイヤ」戸浦六宏.jpg 「バンパイヤ」渡辺文雄0111.jpg

【1968・1972年コミック本[秋田書店・サンデーコミックス(全3巻)]/1979年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集(全3巻)]/1988コミック本[秋田書店・サンデーコミックス(全4巻)]/1992年コミック本[秋田書店・手塚治虫傑作選集(全2巻)]/1995年再文庫化[秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka(全3巻)]/2010年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集(全2巻)]】

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