【2938】 ○ エドガー・アラン・ポー (中野好夫:訳) 「盗まれた手紙」―『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』 (1978/12 岩波文庫) ★★★★

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「デュパンもの」3作中で最も完成度が高いとされる作品。

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黒猫/モルグ街の殺人事件 (岩波文庫 赤 306-1)』/デジタルオーディオブック「盗まれた手紙」/[Kindle版]「新訳:盗まれた手紙

 ある秋の夕暮れ、語り手が寄宿するオーギュスト・デュパンの屋敷に、パリ市警の警視総監のG...が訪ねてくる。彼はある「珍妙な事件」に手を焼き、デュパンの助言を請いに来たのだ。それは宮殿において起きた出来事で、「さる高貴な貴婦人」が閨房で私的な手紙を読んでいるとき、ちょうどその手紙のことを知られたくない男性が入ってきたので、引き出しにしまう時間もないままテーブルの上において誤魔化していたところ、そこにさらにD...大臣が入ってきた。彼はすぐにテーブルの上の手紙の性質を察し、彼女に業務報告をした後でその手紙とよく似た手紙をテーブルに置き、帰り際に自分が置いたのでない方の手紙を持ち去った。大臣はこの女性の弱みを握ったことで宮廷内で強大な権力を得るようになり、困り果てた女性は警察に内々の捜索を依頼したのだ。手紙の性質上、それは大臣の官邸内にあるはずであり、身体調査の危険から肌身離さず持ち歩いているとは考えられない。警察は大臣の留守の間に官邸を2インチ平方単位で徹底調査し、家具はすべて一度解体、絨毯も壁紙も引き剥がし、クッションには針を入れて調べるという調査を3ヶ月続けたが、成果が上がっていなかった。事件のあらましを聞いたデュパンは「官邸を徹底的に調査することだ」とだけ助言する。一ヵ月後、再びG...が訪ねてくるが、いまだに手紙は見つかっておらず、手紙にかけられた懸賞金は莫大な額になっているという。そして「助けてくれたものには誰にでも5万フラン払おう」と言うと、デュパンは小切手を出して5万フランを要求し、サインと引き換えにあっさり件の手紙を渡す。そしてG...が狂喜して帰っていくと、デュパンは語り手に、自分が手紙を手に入れた経緯を説明し始める―。

The_Purloined_Letter.jpg エドガー・アラン・ポーの、「モルグ街の殺人」「マリー・ロジェの謎」に続き、C・オーギュスト・デュパンが登場する短編推理小説推理で、ポーの作品でデュパンが登場するのはこの3作だけです(1844年発行の「ザ・ギフト」1845年号が初出)。しばしば「デュパンもの」3作中で最も完成度が高いとされる作品であり、デュパンによるほとんど超人的な推理展開ともいえる「モルグ街の殺人」や、デュパンの推理の開陳ばかりが延々と続く「マリー・ロジェの謎」に比べれば、ずっと洗練されて、現代の推理小説に近いスタイルになっていると思います。最後のデュパンによる語り手への経緯説明が読書への「謎解き」になっているところなども、現代の推理小説と変わりません。大臣はエ得るべきものが得られたら、「謎解き」を聞かないで帰ってしまいましたが(笑)。
大臣から手紙を取り返すデュパン

第3話 The Invisible Man.jpg 後世の推理作家がしばしば用いる「隠したいものをあえて隠さないことによって相手の盲点をつく」いわゆる「盲点原理」を創案した作品であると考えられ、江戸川乱歩はこの原理を応用しているG・K・チェスタトンの「見えない男」(『ブラウン神父の童心』('82年/創元推理文庫)所収)も、おそらくポーのこの作品から着想を得たのだろうとしています。「見えない男」は、BBCによるケネス・プラナー主演の「ブラウン神父」シリーズで、2015年に第23話(シーズン3:エピソード3)「見えない男」として映像化されています。
「ブラウン神父」第23話(シーズン3:エピソード3)「見えない男」
「SHERLOCK」第4話(シーズン2:エピソード1)「ベルグレービアの醜聞」
A Scandal in Belgravia 012.jpgA Scandal in Belgravia 011.jpg また、コナン・ドイルの「ボヘミアの醜聞」は、これはもうほとんど「盗まれた手紙」を模して書かれたと言っていい設定で、ただし、江戸川乱歩は、面白さにおいても文学的価値においても「格段の違いがあり、模して及ばざるのはなはだしきものであろう」と評し、エドガー・アラン・ポーに軍配を上げています。個人的には、「ボヘミアの醜聞」も悪くないと思いますが、やはり、先にやった方がマネした方より強いのでしょうか(コナン・ドイルは、「盗まれた手紙」における貴婦人を、シャーロック・ホームズが「あの女性 (the woman)」と唯一定冠詞をつけて呼ぶ特別な存在になるほど、ホームズより能力的に優れている女性にしている)。「ボヘミアの醜聞」は、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「SHERLOCK(シャーロック)」シリーズでも、2011年に第4話(シーズン2:エピソード1)「ベルグレービアの醜聞」として映像化されています。

Edgar Allan Poe's Murder Mystery Dinner Party.jpgThe Purloined Letter.jpg この「盗まれた手紙」そのものも、米CBSのサスペンス劇場で映像化されたことはあるようですが(Suspense (1949): "The Purloined Letter"; (29 Apr. 1952))、「モルグ街の殺人」や「黒猫」のように映画化はされていないようです。因みに、最近では、米国のウェブTVでのミニシリーズのEdgar Allan Poe's Murder Mystery Dinner Party (2016)で第3話(シーズン1:エピソード3)としてドラマ化されていますが、シリーズを通してコメディ仕様になっているようです。

Edgar Allan Poe's Murder Mystery Dinner Party (2016) The Purloined Letter

 個人的感想としては、「デュパンもの」3作中でも完成度が高いのは認めますが、「モルグ街の殺人」などと比べると逆にまともすぎて、また「黒猫」などと比べるとインパクト面で少し弱かったというのが正直な印象です。前2作が★★★★☆に対して、こちらは★★★★といったところでしょうか。作者が、手紙の内容を一切明かしていないというのも(ジャック・ラカンやジャック・デリダといった哲学者がその点について論じてるが、その辺りはよく解らない)、物語的には意味深ですが、映像的には手がつけにくいのかもしれません。

【1954年再文庫化[岩波文庫(『モルグ街の殺人事件・盗まれた手紙 他一篇』(中野好夫:訳))//2009年再文庫化[新潮文庫(『黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集I ゴシック編』(巽孝之:訳))]/2010年再文庫化[中公文庫(『ポー名作集』(丸谷才一:訳))]/2016年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『アッシャー家の崩壊/黄金虫』(小川高義:訳)))]】

     
デジタルオーディオブック
 [Kindle版]



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和田泰明

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