【2936】 ◎ エドガー・アラン・ポー (中野好夫:訳) 「モルグ街の殺人事件」―『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』 (1978/12 岩波文庫) ★★★★☆ (○ ロバート・フローリー 「モルグ街の殺人」 (32年/米) (1932/07 大日本ユニヴァーサル社) ★★★☆)

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理詰めの推理、パートナーの存在、安楽椅子探偵、要人と知己の関係...すべての原点。

黒猫・モルグ街の殺人事件 (岩波文庫.jpg黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫).jpg モルグ街の殺人 1932.jpg Murders in the Rue Morgue 1932 0.jpg
黒猫/モルグ街の殺人事件 (岩波文庫 赤 306-1)』『黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)』「モルグ街の殺人」(1932) 主演:ベラ・ルゴシ

『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』.jpg 語り手は、ある日モンマルトルの図書館で、没落した名家の出であるC・オーギュスト・デュパンという人物と知り合う。語り手は、卓抜な観察力、分析力を持つデュパンにほれ込み、やがて場末の古びた家を借りて一緒に住む。デュパンは、ある晩、街を歩いているとき、語り手が黙考していたことをズバリと言い当てて語り手を驚かせたが、その推理過程を聞くと非常に理にかなったものであった。そんなとき、ある猟奇殺人の新聞記事が二人の目に止まる。「モルグ街」のアパートメントの4階で起こった事件で、二人暮らしの母娘が惨殺されたのだった。娘は首を絞められ暖炉の煙突に逆立ち状態で詰め込まれていた。母親は裏庭で見つかり、首をかき切られて胴から頭が取れかかっていた。部屋の中はひどく荒らされていたが、金品はそのまま。更に奇妙なことに、部屋の出入り口には鍵が掛かっており、裏の窓には釘が打ち付けられていて、人の出入りできるところがなかった。また多数の証言者が、事件のあった時刻に犯人と思しき二人の人物の声を聞いており、一方の声は「こら!」とフランス語であったが、もう一方の甲高い声については、ある者はスペイン語、ある者はイタリア語、ある者はフランス語だったと違う証言をする。この謎めいた事件に興味をそそられたデュパンは、伝手で犯行現場へ立ち入る許可をもらい、独自に調査を行う。語り手は新聞に発表された以上のことを見つけられなかったが、デュパンは現場やその周辺を精査に調べ、その帰りに新聞社に寄ったのち、警察の表面的な捜査方法を批判しながら、語り手に自分の分析を交えつつ推理過程を語りだす―。

モルグ街の殺人-Poe_rue_morgue_byam_shaw.jpg 1841年に、エドガー・アラン・ポー自身がその年に編集主幹となった「グレアムズ・マガジン」の4月号に発表された短編。推理小説・探偵小説(ポー自身は「推理物語(The tales of ratiocination)」と呼んでいた)の原型となったのは、「モルグ街の殺人」及びそれに続くポーの作品であるとされており、江戸川乱歩は、もしポーが探偵小説を発明していなければ「恐らくドイルは生まれなかったであろう。随ってチェスタトンもなく、その後の優れた作家たちも探偵小説を書かなかったか、あるいは書いたとしても、例えばディケンズなどの系統のまったく形の違ったものになっていたであろう」と述べています。

船乗りに殺害者のことについて聞きただすデュパン。バイアム・ショウによる挿絵、1909年

 オーギュスト・デュパンが理詰めの推理で、語り手が黙考していたことをズバリと言い当てて語り手を驚かせるところで、個人的に真っ先に頭に浮かんだのは、コナン・ドイルの1901年発表の長編『バスカヴィル家の犬』の冒頭で、シャーロック・ホームズが1本のステッキから持ち主のプロフィールを推理してワトスンを驚かせる導入部分であり、改めて、コナン・ドイルってアラン・ポーの系譜なのだなあと思いました(そのパートが、本題の事件解決ではなく、物語の"前振り"としてある点も似ている)。

 語り手であり、ある意味、事件解決の記録係を担う人物と同じアパートメントに住むようになるのも、ホームズとワトスンの関係に似ているし、アガサ・クリスティの「エルキュール・ポアロ」シリーズのポワロとヘイスティングスの関係にも通じるところがあります(二人組ということで言えば、かつての日本映画で言えば、黒澤明の「野良犬」や野村芳太郎 の「張込み」(原作:松本清張)のベテランと若手の組み合わせもそうなる、今で言えばテレビドラマ「相棒」か。まあ大体の"刑事もの"は二人組だが)。

 物語の前半は、新聞記事だけで犯人を推理するスタイルになっていて、いわゆる安楽椅子探偵の走りでもあり、クリスティであれば、ミス・マープルの『火曜クラブ』など、さらに、コリン・デクスターのモース主任警部シリーズで入院中のモースが130年前の未解決事件の謎を解く『オックスフォード運河の殺人』、ジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライムシリーズで全身不随のリンカーン・ライムが同じくベッドの上で事件を推理する『ボーン・コレクター』('99年)などに引き継がれているように思います。

 オーギュスト・デュパンが警察総監と知己であるというのは、シャーロック・ホームズの兄、マイクロフト・ホームズが「政府の政策全般を調整する重要なポスト」にあるというのにも繋がっているし、日本で言えば、内田康夫の「浅見光彦シリーズ」で、浅見光彦の兄・浅見陽一郎が警察庁刑事局長であったりするのも、遡ると結局、この作品に辿り着くのかもしれません。

Murders in the Rue Morgue 1932 c0.jpg この作品は、20世紀に4度映画化(TV-Mを除く)されていますが、ほとんど原作通りに作られているものは無いようです。最初の映画化作品は、「シャーロック・ホームズと大殺人事件の謎」('08年/米)というサイレtモルグ街の殺人.jpgント映画で、個人的には観てませんが、どうやら"ホームズもの"にしてしまったようです。さらに、2度目の映画化作品、ロバート・フローリー監督、シドニー・フォックス、ベラ・ルゴシ主演の「モルグ街の殺人」('32年/米)(Murders in the Rue Morgue)も改変が目立つ作りと言えます。
Leon Ames(Pierre Dupin), Sidney Fox, Bert Roach / Bela Lugosi(Dr. Mirakle)
モルグ街の殺人6.jpgMurders in the Rue Morgue 1932 1.jpeg 1845年、パリ。医学生ピエール(レオン・エイムズ)は、恋人カミーユ(シドニー・フォックス)、友人ポール(バート・ローチ)らと見世物小屋に行く。出し物は、ミラクル博士(ベラ・ルゴシ)と猿人エリック(チャールズ・ゲモラ)。ミラクル博士は進化論を発展させて、猿と人間のMurders in the Rue Morgue 1932 2.jpg雑種動物の創造を目指しており、そのために売春婦を誘拐、猿の血液を人間の静脈に注射して適性を調べていた。しかし、ことごとく実験は失敗。死んだ売春婦の死体は川に投棄した。ピエールは死体安置所(モルグ)で彼女らを検死。ミラクル博士の仕業とつきとめる。ミラクル博士は猿人が興味を示したカミーユに注目。人間には侵入不可能な密室に猿人を送り込み、カミーユを誘拐する。ピエールは警察と共にミラクル博士の元に向かう。猿人はミラクル博士を絞め殺すと、カミーユを抱いて高い屋根の上を逃走。しかし、ピエールに撃たれ、川に墜落死する―。(「モルグ街の殺人」('32年/米))

7モルグ街の殺人.jpg 最初のシーンで、主要登場人物と思われるカミーユ、ピエール、ポールの3人が、カーニバルでベリー「モルグ街の殺人」32.jpgダンスやウエスタンショのを見物していますが、やがて猿人エリックの見物となり、ベラ・ルゴシ演じるミラクル博士が人の心を持つ野獣と紹介しています。その後、博士はケンカで相打ちになった男や売春婦の女を自分の実験室に引き込んでは人と"ゴリラ"(ほとんどそう見える)との血液合成実験を繰り返した末に死体を遺棄。怪しんでモルグを訪ねたピエールが、受付係に名乗った名前が「ピエール・デュパン」であり(原作のオーギュスト・デュパンではないが)、ああ、そういうことだったのかと、彼が"探偵役"だったのかと分かった次第。

Murders in the Rue Morgue 1932 3.jpgMurders in the Rue Morgue 1932 4.jpg 夜のシーンが多いこともありますが、暗い画面で19世紀のパリ場末の怪しげな雰囲気は出ていました。ただ、マッドサイエンティストである博士の醸す雰囲気は、ロベルト・ヴィーネ監督の「カリガリ博士」('20年/独)やトッド・ブラウニング監督の「魔人ドラキュラ」('31年/米)などに近く、後半の猿人が美女を抱えて屋根伝いに逃げまくるシーンは、まさに翌年公開される「キング・コング」('33年/米)と同じで、脚本を先取りして映像化してしまったのではないかと思います(「モルグ街の殺人」が「キング・コング」に影響を与えたとも言われているが)。

Murders in the Rue Morgue 1932 c3.jpgモルグ街の殺人 [VHS].jpg 「魔人ドラキュラ」でドラキュラを演じた怪奇俳優ベラ・ルゴシが本作ではマッドサイエンティストを演じていますが、そもそもこの作品、「フランケンシュタイン」('31年/米)の企画から外されたベラ・ルゴシ(台詞のない厚いメイクの怪物役を拒否したため、怪物役は脇役俳優だったボリス・カーロフに変更された)と監督のロバート・フローリーへの補償として製作されたもので、その頃の怪奇映画のテイストがごっそり詰め込まれているように思います。ただ、ピエール・デュパンを演じたレオンMurders In The Rue Morgue (1932)図2.jpg・エイムズはこの映画が嫌いで、雑誌のインタビューで、「今でもテレビ放映で私を悩ませるひどい映画」と語Murders in the Rue Morgue (1932)s.jpgっています(確かにそうなるかも(笑))。ただ、ピエールとポールがロフト風のアパートで共同生活している様などは、後のホームズとワトソンを想起させるものがありました。ポール(共同生活における調理担当なのか、スパゲッティか何かを作っている)がやや太っているので、ロスコー・アーバックルではないですが、サイレント時代の喜劇映画の二人組の片割れがいつも太っちょなのを想起させたりもします。
 
 
「謎のモルグ街」1954年1954-4.jpg謎のモルグ街 (1954)1.jpg 3度目の映画化作品、ロイ・デル・ルース監督の「謎のモルグ街」('54年/米)(Phantom of the Rue Morgue)では、19世紀末頃のパリが舞台で、ある日、キャバレーの踊子イヴォンヌが殺され。捜査にあたったボナア謎のモルグ街 (1954)mv.jpgル警視(クロード・ドーファン)は、踊子の男関係からソルボンヌ大学の生物学者ポオル・デュパン教授(スティーヴ・フォレスト)をホシと睨む、その間にも殺人事件は続いて起こり、モデルのアルレットが惨殺され、彼女の身の回り品の中からデュパンが許婚者のジャネット(パトリシア・メディナ)に贈ったブローチがPhantom of the Rue Morgue2.pngPhantom of the Rue Morgue.jpg発見されたためデュパンへの疑惑はますます深まるも、デュパンは自らの推理により、動物園の園長(カール・マルデン)を怪しいと睨む―というもの。デュパンが大学教授になっていて、しかも容疑者となっています。踊子の殺害現場などが結構生々しいですが、オリジナルは二色メガネで観る3D映画だったそうです。
      
MURDERS IN THE RUE MORGUE 1971l300.jpgモルグ街の殺人1971 0.jpgモルグ街の殺人1971 1.jpg 4度目の映画化作品、ゴードン・ヘスラー監督の「モルグ街の殺人」('71年/米)(Murders In the Rue Morgue)は、パリ、グラン・ギニョールで、ある劇団による「モルグ街「モルグ街の殺人」1971年 2.jpgの殺人」なる舞台劇が上演されている最中、連続殺人が起こるという話になっていて、ここに出てくる猿もオランウータンではなくゴリラに近いものとなっています。ただ、事件は、原作「モルグ街の殺人」とはまったく無関係の、むしろ"オペラ座の怪人"風の事件が展開されるというストーリーで(仮面男が出てくる)、劇中劇の「モルグ街の殺人」も、美女を狙う男の首をゴリラが斧で斬り落とすというのがクライマックスと「モルグ街の殺人」('71年/米) maderin.pngいう代物。仮面男の仮面を剥いだらその下はゴリラだったというのも...(夢落ち?)。そのゴリラが、オペラ座の怪人よろしくシャンデリアにぶら下がり...と、結局「モルグ街の殺人」と「オペラ座の怪人」の掛け合わせ版を撮りたかったのか(よくわからないけれど)。ヒロインである劇団の花形女優マデリンを「バグダッド・カフェ」('87年/西独)のクリスティーネ・カウフマン(1945-2017)が演じているのが見どころくらいでしょうか。

クリスティーネ・カウフマン in「モルグ街の殺人」('71年)/「バグダッド・カフェ」('87年)
クリスティーネ・カウフマン モルグ街の殺人.jpg クリスティーネ・カウフマン バグダッド・カフェ.jpg 

モルグ街の殺人
モルグ街の殺人._AC_SY445_.jpgMurders in the Rue Morgue (1932 film).JPG「モルグ街の殺人」●原題:MURDERS IN THE RUE MORGUE●制作年:1932年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・フローリー●製作:カール・レムリ・Jr●脚本:トム・リード/デイル・ヴァン・エMurders in the Rue Morgue 1932 c1.jpgヴェリー/ジョン・ヒューストン●撮影:カール・フロイント●原作:エドガー・アラン・ポー●時間:75分●出演:ベラ・ルゴシ/シドニー・フォックス/レオン・エイムズ/ブランドン・ハースト/アルレーン・フランシス●日本公Murders in the Rue Morgue (1932)6.jpg開:1932/07●配給:大日本ユニヴァーサル社(評価:★★★☆)

シドニー・フォックスin「モルグ街の殺人」 Sidney Fox(1911-1942)
シドニー・フォックス1.jpgSidney_Fox.jpg
   
 
     
謎のモルグ街 [VHS]
謎のモルグ街.jpg「謎のモルグ街」1954年 6.jpg「謎のモルグ街」●原題:PHANTOM OF THE RUE MORGUE●制作年:1954年●制作国:アメリカ●監督:ロイ・デル・ルース●製作:ヘンリー・ブランク●脚本:ハロルド・メドフォード/ジェームズ・R・ウェッブ●撮影:J・ペヴァレル・マーレイ●音楽:デヴィ謎のモルグ街 (1954)es.jpgッド・バトルフ●原作:エドガ「謎のモルグ街」1954年7.jpgー・アラン・ポー●時間:84分●出演:クロード・ドーファン/スティーヴ・フォレスト/パトリシア・メディナ/カール・マルデン/アリン・アン・マクレリー/エリン・オブライエン=ムーア/ドロレス・ドーン/マーヴ・グリフィン●日本公開:1954/06●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★)
Patricia Medina in Phantom of the Rue Morgue (1954)
Phantom of the Rue Morgue (1954).jpg The  <br />
Murders in the Rue Morgue (1954).jpg


「モルグ街の殺人」(1971 [VHS])
モルグ街の殺人 1971 [VHS] - コピー.jpg「モルグ街の殺人」●原題:MURDERS IN THE RUE MORGUE●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:ゴードン・ヘスラー●製作:ルイス・M・ヘイワード●脚本:クリストファー・ウィッキング/ヘンリー・スレッ「モルグ街の殺人」1971年 3.jpgサー●撮影:マニュエル・ベレンガー●音楽:ワルド・デ・ロス・リオス●原作:エドガー・アラン・ポー●時間:87分●出演:ジェイソン・ロバーズ/ハーバート・ロム/クリスティーネ・カウフマン/リリー・パルマー/アドルフォ・チェリ/マリア・ペルシー/マイケル・ダン/ピーター・アーン/ロザリンド・エリオット/マーシャル・ジョーンズ/ブルック・アダムス●VHS発売:1986/04●発売元:ポニーキャニオン(評価:★★☆)


【1951年文庫化[新潮文庫(『モルグ街の殺人事件』(佐々木直次郎:訳))]/1954年再文庫化[岩波文庫(『モルグ街の殺人事件・盗まれた手紙 他一篇』(中野好夫:訳))]/1954年再文庫化[角川文庫(『モルグ街の殺人事件 他二篇』(佐々木直次郎:訳))]/1978年再文庫化[岩波文庫(『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』(中野好夫:訳))]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『黒猫/モルグ街の殺人』(小川高義:訳)))]/2009年再文庫化[新潮文庫(『モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集II ミステリ編』(巽 孝之:訳)))]

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