【2890】 ○ 本庶 佑 『幸福感に関する生物学的随想 (2020/03 祥伝社新書) ★★★☆

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成果に至るまでに並々ならぬ「努力」と、自らがそう認めている「幸運」が窺い知れる。

幸福感に関する生物学的随想 (祥伝社新書).jpg本庶佑 ノーベル賞 授賞式.jpg  がん免疫療法とは何か (岩波新書).png
幸福感に関する生物学的随想 (祥伝社新書)』 『がん免疫療法とは何か (岩波新書)
本庶佑博士のノーベル賞受賞記念講演 2018年12月7日 カロリンスカ研究所
 2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した著者による本書は6編からなり、人間が幸福を感じる仕組みを生物学的に説いた論文「幸福感に関する生物学的随想」(1999年)と、2018年12月にストックホルムのカロリンスカ研究所で行ったノーベル賞の受賞記念講演(所謂ノーベルレクチャーと呼ばれるもので、ネットで視聴が可能)の後に正式な原稿にまとめてノーベル財団に提出した2つの英文稿の翻訳のうちの1つで、自身の半生を述べた「ひょうたんから駒を生んだ、私の幸せな人生」と、もう1つの英文稿の翻訳で、ノーベル賞の受賞理由である「免疫抑制の阻害によるがん治療法の発見」について書かれた英文稿の翻訳「獲得免疫の思いがけない幸運」、さらに、2019年1月に皇居で講書始(こうしょはじめ)の儀での講義「免疫の力でがんを治せる時代」、そして、前述の英文稿2稿から成っています(165pまでが和文稿4編で、以降264pまでが英文稿2編、内容的には実質的4編ということになる)。

 冒頭の「幸福感に関する生物学的随想」は面白かったですが、不快感を経験し克服する過程に、不安感のない幸福感が得られるとしていて、自身の生活を厳しく律して生物学の研究に打ち込む著者の姿勢が窺えたように思います(ちょっと人生訓っぽい感じもするが)。

 「ひょうたんから駒を生んだ、私の幸せな人生」は自叙伝風ですが、後半からだんだん誰とどのような研究を積み重ねてきたという学究遍歴となっており、やや専門的に。「獲得免疫の思いがけない幸運」において専門性はさらに高まり、ただし、一緒に研究したかしないかに関わらず、がん免疫療法に貢献した日本及び外国の学者の名前や業績が平等に取り上げられていて、何だかとても律儀な人だなあという印象を受けました。

講書始の儀 本庶 佑2.jpg講書始の儀 本庶 佑1.jpg 結局、最後の、平成31年の講書始の儀での講義「免疫の力でがんを治せる時代」が一番分かりよかったかも。昭仁上皇が天皇在位中に行われた最後の講書始の儀となったものですが、簡潔ながらも、聴く方もそれなりに集中力がいるかも。ただ、このがん免疫療法というのは医学界でに注目度は高まっており、注目されるだけでなく実際にトレンド的と言っていいくらい多くのがん患者の治療に応用されているようです。

オプジーボとは.gif がん免疫療法は大きく2つの種類に分かれ、1つは、がん細胞を攻撃し、免疫応答を亢進する免疫細胞を活かした治療で、アクセルを踏むような治療法と言え、もう1つは、免疫応答を抑える分子の働きを妨げることによる治療で、いわばブレーキを外すような治療法であり、オプジーボなどは後者の代表格で、がん細胞を攻撃するT細胞(PD-1)にブレーキをかける分子の働きを阻害することで、T細胞がん細胞に対する本来の攻撃性を取り戻させ、抗腫瘍効果を発揮させるということのようです。免疫のアクセルを踏むことばかりに集中するのではなく、がん細胞の免疫へのブレーキを外してやるという発想の転換がまさに〈発見〉的成果に繋がったと言えるかと思いますが、そうした成果に至るまでに並々ならぬ「努力」と、また、自らがそう認めている「幸運」があったのだなあと思いました。

(上)オプジーボとは(小野薬品ホームページより)
(下)ノーベル賞受賞記念講演をする著者(ANNニュースより)
「がんは持病レベルになる」本庶氏.jpg 著者は、「がんは持病レベルになる」とまで言い切っています。「がんの治療法を発見すればノーベル賞」という見方は一般の人の間でもずっと以前からありましたが、がん撲滅に向けて大きな進捗させる役割を果たしたという点で、まさにノーベル賞に相応しい功績です。ただ、本書について言えば、構成上、やや寄せ集め的な印象が無くもなく、論文の目的も違えば難易度も不統一なので、免疫療法についてもっと知りたいと思う人は他書に読み進むのもいいのではないでしょうか。

 岩波新書に著者の『がん免疫療法とは何か』('19年)があり、いつもならそちらを読んだかもしれませんが、ノーベル賞を受賞してからの急遽の刊行だったらしく、書下ろしと旧著からの引用が混在していて内容にダブりがあったりし、難易度的にもそう易しくないようなので、今回は「祥伝社新書」にしてみました(そう言えば、祥伝社新書の創刊第1冊が、平岩正樹医師による『抗癌剤―知らずに亡くなる年間30万人』だった。会社勤めしながら3か月間の勉強期間を経て東京大学理科三類に合格という平岩氏と、ノーベル賞をもらう人とでどちらが頭がいいかとか考えても意味ないか(笑))。

 余談ですが、著者は和装でノーベル賞授賞式に出席したことが話題となりましたが(日本人の和装は1968年に文学賞を受けた小説家の川端康成以来)、本来、ストックホルム・コンサートホールで行われる授賞式に出席する男性受賞者は、夜の正礼装である「燕尾服」がドレスコードとされるものの、「民族衣装」も公式に認められており、和装はこれに該当するようです。

ユニクロ柳井氏、京大に寄付.jpg 先月['20年6月]、京都大学が「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長から総額100億円の寄付を受けると発表、本庶佑特別教授が進める「がん免疫療法」の研究や、同じくノーベル医学生理学賞の受賞者である山中伸弥教授のiPS細胞を用いた研究に活用するとしており、柳井会長、本庶教授、山中教授の3人で記者会見に臨んでそのスリーショットが新聞に出ているくらいなので、両教授の研究分野への将来の期待の高さが窺えます。

ユニクロ柳井氏、京大に100億円寄付 本庶氏、山中氏の研究支援 - 2020年6月24日毎日新聞

 しかし、やはり、京大出身者は自然科学分野でのノーベル賞レース、強いね。

「京大ゆかりのノーベル賞受賞者は10人に 「自由な学風」が生み出す」(産経WEST 2018.10.2)
京大ゆかりのノーベル賞受賞者.jpg

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