【2885】 ○ 藤田 覚 『遠山金四郎の時代 (2015/11 講談社学術文庫)《(1992/10 校倉書房)》 ★★★★

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水野忠邦の強硬策を骨抜きにする行政官(政治家)としての「金さん」の手腕。

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遠山金四郎の時代 (講談社学術文庫)』/「大山左衛門尉 市川左団次」豊原国周 画(幕府をはばかって役名は「大山左衛門尉」になっている)/「はやぶさ奉行」('57年)片岡千恵蔵/「遠山の金さん捕物帳」('70~'73年)中村梅之助

 時代劇などで、八代将軍・徳川吉宗の時代の町奉行・大岡越前(大岡越前守忠相)と並んで名奉行とされるのが、庶民の味方として伝説的な存在の遠山の金さんです。時代は大岡越前からやや下って十二代将軍・徳川家慶(いえよし)の時代となりますが、その遠山金四郎(遠山左衛門尉景元)の実像を探りながら、当時の幕府が抱える問題と、行政の在り方を明らかにした本です。

 第1章で、遠山の金さんこと遠山金四郎の虚像面を追っていますが、後世に創作された逸話は多いものの、名奉行であったことは間違いないようです。第2章では、当時の江戸の政策論の対立点を浮き彫りにしています。天保の改革で幕府最後の改革に挑んだ老中・水野忠邦は、幕府は財政窮乏化のなか、風紀粛正と質素倹約を旨とし、風俗取り締まりのため庶民の娯楽である寄席(浄瑠璃・小唄・講談・手品・落語などをやる小屋)の撤廃や、芝居所替(歌舞伎三座の移転)、さらに廃止まで打ち出します。これでは江戸は繁栄するどころか寂れてしまうと、水野忠邦の政策に真っ向から対立したのが北町奉行の遠山金四郎であり、庶民生活の実情を重視し、厳しい改革に反対しながら水野忠邦の政策を骨抜きにしていったとのことです。

 第3章から第7章にかけて、両者の対立点となった水野の政策とそれに対する遠山金四郎のに抵抗ついて、寄席の撤廃(第3章)、芝居処替え=歌舞伎三座の移転(第4章)、株仲間(問屋などの座、一種のカルテル)の解散(第5章)、床見世(移動できる小さな仮設店舗、屋台店)の除去(第6章)、人返しの法(江戸に流入した人口を農村へ強制的に返す法)の施行(第7章)と1つずつみていきます。そして、遠山金四郎が改革強硬派の水野忠邦に抵抗し、妥協点を探りつつその政策を骨抜きできたのは、時の将軍・徳川家慶の厚い信任がバックにあったためであることが窺えます。

 第8章で、遠山金四郎以外の近世後期の名奉行たちを振り返り、最終第9章で「遠山の金さん」の実像を改めて総括しています。これらを通して見えてくるのは、遠山金四郎が単に庶民の味方の"いい人"だったということではなく、庶民が親しんでいる娯楽を無理に彼らから奪うことによって起きる反撥(具体的には一揆など)を警戒し、より庶民に受け容れられやすい対案を水野忠邦に進言することで、苛烈な施策を穏当な施策に変換することが多かったというのが実情のようです(もちろん、庶民の生活や心情に通じていたからこそ、そうした分析や判断ができたのだろうが)。

 こうなるとほぼ「行政官(政治家)」と言っていいように思います(役職上、水野忠邦は上司ということになる)。テレビで、金さんが遠山金四郎になるのは白州の場面が主なので、「司法官(裁判官)」のイメージが強いですが、そもそも三権分立じゃない時代のことで、町奉行は江戸市内の行政・司法全般を所管していたわけで、本書を読んで改めてそのことに思い当たりました。

 つまり、水野忠邦と遠山金四郎の間には政策の違いがあり、水野忠邦の改革はあまりに過激で庶民の怨みを買ったとされ(失脚した際には暴徒化した江戸市民に邸を襲撃されている。その後老中に再任されるが、かつての勢いは失われていた)、それをソフトランディングの方向へもっていったのが遠山金四郎であり(水野が失脚した際に、前述の施策は中止されたり実効性を持つことなく終わった)、ただし、上司・水野に対してそうしたことが出来たのは、将軍・徳川家慶の遠山金四郎に対する厚い信任があったが故ということになります。 

 本書によれば、将軍・徳川家慶が遠山金四郎を信頼したのは、彼の際立った裁きを実際に見たからであり、彼が「名奉行」であったからそうなったわけで、その部分では時代劇の「遠山の金さん」像がウソということでは全然ないので、ファンは心配しなくてもよい(笑)といったところでしょうか。学術文庫ですが読みやすく(意識してそうなっている)、江戸の庶民の暮らしぶりや娯楽などもわかって興味深かったです。

英雄たちの選択 2020 遠山.jpg遠山の金さん 天保の改革に異議あり!.jpg 本書のテーマは、今年['20年]2月にHHK-BSプレミアム「英雄たちの選択」で「遠山の金さん 天保の改革に異議あり!」として扱われ放映されていますが、この番組の司会の歴史学者・磯田道史氏は、学生時代に本書の著者・藤田覚(さとる)(現:東京大学名誉教授)の講義を聴いていたと言っていたように思います(磯田氏は慶應義塾大学文学部史学科だったはずだが)。
 
中村梅之助/市川段四郎/橋 幸夫/杉 良太郎/高橋英樹/松方弘樹/松平 健
1遠山の金さんシリーズ.png 余談ですが、遠山の金さんシリーズ(テレビ朝日版)では、一番最初の中村梅之助主演の「遠山の金さん捕物帳」(1970-1973、全169話)の印象が個人的には強いですが、ほかに、市川段四郎主演の「ご存知遠山の金さん」1973-1974 、全51話)、橋幸夫主演の「ご存じ遠山の金さん」(1974-1975 、全27話)、杉良太郎主演の「遠山の金さん」(1975-1979、全131話)、高橋英樹主演の「遠山の金さん」(1982-1986、全198話)、松方弘樹主演の「名奉行 遠山の金さん/金さんVS女ねずみ」(1988-1998、全219話)、松平健主演の「遠山の金さん」(2007 、全9話)があり、話数では中村梅之助版を上回っているものもあります。ただ、調べたところでは、水野忠邦が出てくるのは、杉良太郎版「遠山の金さん」の3話(第46話・第57話・第58話)ぐらいしか見当たらず、杉良太郎版ではなんと「遠山のよき理解者」として登場しているようです。

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