2020年1月 Archives

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シニアが最初に読む「筋トレ入門書」としてはオーソドックス。

定年筋トレ (ワニブックスPLUS新書).jpg 定年筋トレ (ワニブックスPLUS新書) 2.jpg 京都大学名誉教授 森谷敏夫1.png
定年筋トレ (ワニブックスPLUS新書)』NHK-BSプレミアム「美と若さの新常識〜カラダのヒミツ〜」"実践!おサボり筋トレ"(2018年5月15日)
京大の筋肉』['15年] 「RBG 最強の85才」('18年/米)
京大の筋肉.jpgRGB最強の85才01.jpg 60歳前後は「筋トレ適齢期」であるとともに、時間が自由に使えるようになる定年前後は、まさに「はじめどき」でもあると説いた本。シニアの運動は「ウオーキング」ばかりになりがちだが、ウオーキングばかりしていても筋肉は増えず、きちんとした知識を身につけて行えば、少々ハードな筋トレをやっても大丈夫とのことです。去年['19年]観た映画で、「RBG 最強の85才」('18年/米)という米国で最高齢の女性最高裁判事として国民的アイコンとなったRBGことルース・ベイダー・ギンズバーグを追ったドキュメンタリー映画がありましたが、その中でギンズバーグが85歳にしてパーソナルトレーナーをつけてがんがん筋トレしていたのを思い出しました。

安井友梨図1.jpg 著者は京大名誉教授であり、「京大の筋肉」のキャッチとヌード写真で一躍注目を浴びましたが(当時64歳)、個人的にどんな人か知ったのは、NHK-BSプレミアムのフットボールアワーがMCを務める「美と若さの新常識〜カラダのヒミツ〜」で"実践!おサボり筋トレ"というテーマの時にコメンテーターとして出演しているのを見たのが最初だったでしょうか。自分で実践しているので、言っていることに説得力がありました(同じ番組に出ていたフィットネスビキニの日本女王・安井友梨などにも言えることだが)。

 本書の内容も、「☓シニアの筋トレは週1で十分、◯週に6日座っていては効果はほぼ無い」「☓筋トレは毎日やるべき、◯休ませないと筋肉は育たない」といった」ように、一見常識を否定しているようで、ある程度分かっている人からすれば、極めてオーソドックスなことが書かれていると言えるのではないでしょうか。

 「筋トレをすることは脳トレになる」「筋トレ直後に20gのタンパク質を摂る」「できれば30分以内」「糖質も摂るとさらに効果的」と(過度の糖質制限には否定的な立場)。自宅でトレーニングするときは、フローリングであれば「室内用のスポーツシューズにはきかえるのがお勧めです」と親切。でも、「自重トレ」は手軽だが飽きやすいと。結局、目的に沿った適正重量を知るには(その方法が本書には分かりやすく書かれているが)、ジムに行くのが一番いいのだろうなあ。

 ジムに行く時間は「朝食を摂って数時間経った昼食前、昼食をとってて数時間経った夕方の時間帯がベター」だと。確かに、ビルダー兼インストラクターで、午前中に自分のトレーニングをして、午後に指導している人がいるなあ。一般の人は「定年後のアドバンテージを生かして、15~17時にトレーニングするのがいい」と。17時過ぎると19時頃まで仕事を終えた人がジムに来て混むためだそうです(ナルホド。自分の知っているジムで、15~17時の方が高齢者ばかりで混んでいるというケースもあったが)。

 最終章が実践編になっていて、NSCA(日本ストレングス&コンディショニング協会)のヘッドS&Cコーチ、吉田直人氏によるストレッチ、自宅筋トレ、ジム筋トレの写真入り解説が50ページ続きます。ジム筋トレの写真が少なくてアームカール(上腕二頭筋トレーニング)が無いなど物足りないですが、全体を通してシニアが最初に読む「筋トレ入門書」としてはオーソドックスであったように思います。

RGB最強の85才 2018.jpgRGB最強の85才02.jpg 冒頭に挙げた「RBG 最強の85才」は、米国では関連本が何冊も出版され、Tシャツやマグカップといったグッズまで作られるほどの知名度と人気を誇る、RBGことルース・ベイダー・ギンズバーグの若い頃から現在までを二人の女性監督が描いたドキュメンタリーで、85歳(映画製作時)で現役の最RGB最強の85才 ka-ta.jpg高裁判所判事として活躍する彼女は、ニューヨークのユダヤ系の家に生まれ、苦学の末に判司となり、1980年にカーター大統領によってコロンビア特別区巡回区連邦控訴裁判所判事に指名され、1993年にRBG 最強の85才ード.jpgはビル・クリントン大統領政権下で女性としては2人目のアメリカ最高裁判事(長官を含めて9人で構成される)に任命されています。85歳の年齢で現職にあるので保守派かというと、実はその逆で、これまでも女性やマイノリティへの差別撤廃に寄与した判決を多く出しているリベラル派です(だかRGB最強の85才 トレーニング.jpgら若者に人気がある)。映画の中でも一部解説されていますが、ドナルド・トランプは2017年1月大統領就任後、引退する連邦最高裁判事の後任として保守派の判事を次々に任命しているため、リベラル派のギンズバーグはこれ以上の連邦最高裁の保守化を食い止めるために、少なくともトランプが退陣して新たな民主党出身の大統領が現れるまでは、引退を見送ると見られているようです。現職に留まっているのには理由があり、また、職務継続のため「筋トレ」で健康を維持しているということになるかと思います(もうすぐ87歳になるなあ)。

RBG 最強の85才_0045.JPG「RBG 最強の85才」●原題:RBG●制作年:2018年●制作国:アメリカ●監督・製作:ベッツィ・ウェスト/ジュリー・コーエン●撮影:クラウディア・ラッシュク●音楽:RBG 最強の85才_0043.JPGミリアム・カトラー●時間:97分●出演:ルース・ベイダー・ギンズバーグ/ジェーン・ギンズバーグ/ジェームズ・スティーヴン・ギンズバーグ/ニナ・トテンバーグ/クララ・スペラ/グロリア・スタイネム/ブルース・マックヴィッテ/ジミー・カーター/ビル・クリントン/バラク・オバマ●日本公開:2019/05●配給:ファインフィルムズ●最初に観た場所:新宿・シネマカリテ(19-05-23)●評価:★★★★

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シニアが自立した健康生活を送るには「体幹と下半身の筋肉トレーニング」が必須と説く。

体力の正体は筋肉 (集英社新書).jpg体力の正体は筋肉.jpg 樋口 満 受賞1.jpg 
体力の正体は筋肉 (集英社新書)』第20回(2017年)「秩父宮記念スポーツ医・科学賞功労賞」表彰式

樋口 満 受賞2.jpg 今やスポーツジムのメインの利用者はシニア世代だと言われるのは、ジムにもよりますが、行ってみるとその通りだなあとも思わされます。このことは増田晶文 著『50歳を過ぎても身体が10歳若返る筋トレ』('14年/SB新書)のエントリーでも取り上げましたが、今もその傾向は続いているようです。

樋口 満 先生1.jpg樋口 満 先生2.jpg 早稲田大学スポーツ科学学術院教授で、2017年・第20回「秩父宮記念スポーツ医・科学賞功労賞」を受賞した著者による本書では、シニアにとって自立した健康な生活を送るために必須なものは「体幹と下半身の筋肉トレーニング」であると言い切っています。この"言い切り"ぶりが分かりやすいですが、体力とはなにか、体力をつけるのに筋肉はなぜ重要なのかを科学的にきちんと説明しているところはさすが専門家であり、また、誰でも簡単に自宅でもできる「ローイング」(ボート漕ぎ運動)というトレーニング法を紹介するとともに、筋肉にとって最適な食生活についても紹介しています。 

「稲士会」 第13期定期総会(講演会:早稲田大学スポーツ科学学術院・樋口満教授 「ミドル&シニア・エイジのための食楽&動楽」(2017年9月23日)

 「アンチ・エイジング」という言葉に対して、アンチ・エイジングが「抗・老化」であるのに対し。「ウィズ・エイジング」(「共・老化」)、「アクティブ・エイジング」(「脱・老化」)という言葉を紹介しており、啓発的であると思いました。年齢を重ねても、運動習慣や食生活といったライフスタイルを見直し、健康を保ち、閉じこもらずにさまざまな社会活動に参加する―それによって背活の質(QOL)を高め、自立寿命を延ばさなければならないとのことです。

 全体を通して、ものすごい"新説"が登場するわけではないですが、データに基づいて科学的に解説されており、その分、著者が「最強」と推す「ローイング」の効用にも納得してしまいます。ただし、それ一辺倒ではなく、ウォーキングやスロージョギング、スイミングなどの効用も説くとともに、効率的かつ安全に楽しむにはどうすればよいか解説しています。また、「椅子を使った筋トレ」など、自宅で手軽にできる運動も、イラスト解説しています。

 要するに、有酸素運動もレジスタンス運動(筋トレ)もどちらも大事で、「ローイング」などはその両方を兼ね添えているのだなあと。とにかく、筋肉は動かさないとすぐに委縮し、その機能も著しく低下する"怠け者(サボリ屋)"でり、使えば必ず機能が向上するだけでなく、他の臓器・器官など全身に好影響を与える"働き者(頑張り屋)"であることを改めて認識させられました。

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総数約900点。全ての作品に本人コメント付き。横尾忠則の精神史を垣間見える。

横尾忠則 全装幀集2013.jpg横尾忠則 全装幀集01.jpg   横尾忠則 全装幀集pster.jpg
横尾忠則 全装幀集

横尾忠則 全装幀集044.jpg 横尾忠則と言えば、グラフィック・デザインとイラストレーション、コラージュに始まり、1980年代初めから絵画制作、さらに写真、小説なども手掛け、幅広い分野で精力的に活動している世界的デザイナーであり、"世界的"ということで言えば、個人的には90年代に、ニューヨーク近代美術館(MoMA)内の一等地とも言える展示スペースをその作品群が占めているのを見て、そのことを痛感した次第です(因みに、横尾忠則がデザイナーから画家へ転身した契機となったのは、80年代初めにMoMA「ピカソ展」にインスパイアされたためと自身で語っている)。

 その横尾忠則が、早くから機会あるごとに手掛けてきたのがブックデザインであり、本書は、1957年から2012年までの55年にわたる装丁の仕事を、処女作を含め約900点をカラーで収録したものであり、全ての作品に本人によるコメントが付されているというのが貴重です(本書の刊行に合わせて。

横尾忠則 全装幀集020.jpg横尾忠則 全装幀集176.jpg横尾忠則 全装幀集068.jpg 寺山修司「書を捨てよ、町へ出よう」、柴錬三郎「うろつき夜太」、デビット・ラシャペル「Lachapelle Land」などの単行本・大型本の他、アートディレクターを務めた流行通信や、広告批評などの雑誌(無名に近い頃には「少年サンデー」や「話の特集」などの表紙デザインも手掛けている)、そして自著に至るまで、意匠デザインだけでなくタイポグラフィ(絵文字)までもが個性的で、しかもモダンなものから筆文字まで多彩。それらがコラージュ写真や絵画などのビジュアルとぶつかり合って、また新たな味わいを醸しています。

横尾忠則 全装幀集156.jpg こうして見ていくと、横尾忠則自身が何度もインドを訪れていて、神秘主義やスピリチュアリズムに嵌っていた時代があり、そうしたものが反映されている作品が結構あるように思いました(インドに行くことを勧めたのは三島由紀夫だった)。横尾忠則 全装幀集268.jpgそうした彼の精神史も垣間見ることができ、また、後のものになるほど絵画的要素も入ってきているように思われました。版元による紹介にも「横尾忠則装幀という名の自伝」とあります(ただ、その辺りは、年代順に並べてくれた方が分かりやすかったかもしれないが、必ずしもそうはなっていない)。

横尾忠則 全装幀集506.jpg 国書刊行会から、本書の前に『横尾忠則全ポスター』('10年)、『横尾忠則コラージュ: 1972-2012』('12年)、本書の後に『横尾忠則全版画 HANGA JUNGLE』('17年)が刊行されていて、画集『全Y字路』('15年/岩波書店)なども刊行されており、10年代以降、横尾忠則の創作活動の再整理が進んでいるようです。こうして見ると、装丁の仕事が(他人の書いた本の装丁をするわけであって)一見制約を受けそうで、実はかなり多様性に富み、横尾忠則の創作の幅の広さを感じさせるのが興味深いです(その意味で、白地の比較的シンプルな装丁にしたのは良かった)。

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絵画集と写真集。ある種のこだわりを強く持ち続けるということも、一つの偉大な才能ではないかと。

横尾忠則 全Y字路.jpg横尾忠則 Y字路.jpg
     
    
東京Y字路  .jpg
全Y字路』['15年](30.5 x 23.5 x 2 cm)/『横尾忠則 Y字路』['06年]/写真集『東京Y字路』['09年](30.2 x 23.4 x 2.6 cm)
「魂と肉体の交差」(2002)
魂と肉体の交差.jpg 2000年以降の横尾忠則の絵画作品を代表する「Y字路」シリーズの"集大成本"で(2006年にいったん『横尾忠則 Y字路』(東方出版)が刊行されている)、2000年から2015年までの間に描かれた150点の作品が年代順に掲載されています。イラストレーターとして、または美術家として、或はさらに幅広く芸術家として活動する横尾忠則氏ですが、画家としての活動の中心はやはりこの「Y字路」シリーズでしょうか。日本のY字路を描いたものでありながら、海外でも高い評価を得ているようです。

 『横尾忠則 Y字路』によれば、横尾忠則氏が「Y字路」を描き続ける契機となったのが、故郷の兵庫県西脇市を訪れた際に撮影した一枚の写真であり、少年時代に通った模型店が無くなったことを知り、その跡地をカメラに収めますが、現像された写真は懐かしい風景ではなく、夜の闇の中、フラッシュに浮かび上がる建物、その手前で二叉に分かれる道といった、郷愁から切り離された、見知らぬ夜の風景であったとのこと。そこで横尾氏は、その写真を忠実にキャンバスに写し取り、一切の「私」的な要素を排除した普遍的な絵画を試みたとのことで、それがシリーズ作品に特徴的な、2つの消失点をもつ左右対称の構図として定着し、以後の「Y字路」シリーズとなります。

「暗夜光路N市-I」(2000)/「暗夜光路N市-V」(2000)
「暗夜光路N市-I」.jpg「暗夜光路N市-V」.jpg シリーズは「暗夜光路N市-Ⅰ」からスタートし、「暗夜光路N市-Ⅴ」までが2000年の作品で、以降、2001年になって、「暗夜光路 眠れない街」「暗夜光路 赤い街」などと続き、「暗夜光路 T市のY字路」あたりから西脇市に限定しななくなっています。さらに、同年の「暗夜光路 赤い闇から」あたり「暗夜光路 眠れない街」.jpg健全な感情.jpgから、必ずしも写実性に捉われなくなっているように思われます。更に2002年からは昼間の光景も描くようになり、また、様々な画風やタッチを駆使するようになって、2012年後半になるともう当初のシンメトリックな構図は維持されていないものが多くなっています。横尾氏がこの作品集を『全Y字路』と名付けたのは、バリSee You Again.jpgエーションが極みに達したため、ここで区切りをつけるという意図もあったようです。

「暗夜光路 眠れない街」(2001)/「健全な感情」(2002)
「See You Again」(2002)

 横尾氏による様々なタッチの絵が楽しめ、さらに、一部にはモデルとなった「Y字路」の写真が付されていて、横尾氏がそれをどう"絵画化"したかが窺えるのも興味深いですが、いずれにせよ「Y字路」という一つのモチーフでこれだけの数の作品を15年間も描き続けるというのはスゴイなあと思います。ある種のこだわりを強く持ち続けるということも、一つの偉大な才能ではないかと思いました。


写真集『東京Y字路』より  
東京Y字路030.jpg東京Y字路066.jpg この作品集の6年前に『東京Y字路』('09年/国書刊行会)という横尾氏による「Y字路」を撮った写真集が刊行されていて、この写真集も東京都内(都下、島嶼部を含む)の「Y字路」を撮った写真ばかり約250点ほど収められています。東京都内だけでもこんなに「Y字路」リサーチして写真に収めているのかと驚くやら感心するやらです東京Y字路219.jpgが、東京の「Y字路」を描くようになった頃には、必ずしも一つの写真を元に写実的に描くのではなく、思い切ってデフォルメしたり、いくつかの写真のイメージをミックスさせたりすることも行っていたようです。

Y字路_0170.JPG 実際の「Y字路」を見てちょっと不思議な感覚を抱いたりすることは無きにしもあらずですが、日常生活においては、次の瞬間にはもうそんなことはどうでもよくなっているというのが普通の人ではないかと思います。でも、こうした画集や写真集(特に画集)を見ていると、改めて郷愁のようなものを覚えたり、何だか人生の岐路みたいだなあと感じたりするから不思議です。どういう思いを抱くかは人それぞれだとは思いますが、そうした思いに至らせるのは、やはり横尾忠則という人の才能の一つなのだろうなあと思います。

    

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ネタ枯れと言うより驚くことに馴れたという感じ? でも今回も楽しく読めた。

ざんねんないきもの事典4 もっと.jpg  ざんねんないきもの事典1-3.jpg
『もっとざんねんないきもの事典』・続々
おもしろい! 進化のふしぎ もっとざんねんないきもの事典』['19年]

 '16年から'18年にかけて〈正・続・続々〉と刊行されてきた人気シリーズの第4弾。ネタ切れ感は否めないような気がするとの声もありますが、読む側が慣れてきただけで、ネタ自体はまだまだ無尽にあるのではないかという気もします。今回印象に残ったのは―

ナウル共和国の経済を繁栄させた、リン鉱石の積出施設.jpgアホウドリにうんこを国にされた(24p)ナウル共和国の国土は、アホウドリが何百年もサンゴ礁のうえにうんこをしてできたもの。「リン鉱石」といううんこの残骸を売って生活しているそうです(「日経ビジネスオンライン」で読んだが、リン鉱石のお陰で医療費も学費も水道・光熱費もタダで、税金までタダ。リン鉱石採掘などの労働すらもすべて外国人労働者に任せっきりとなっているようだ。そのため、国民は怠け癖がつき、全国民の90%が肥満、30%が糖尿病という「世界一の肥満&糖尿病大国」になったとのこと)。

ナウル共和国のリン鉱石採掘

ウェルウィッチア.jpgウェルウィッチアは600年生きても、つける葉は2枚(35p)和名は「奇想天外」。砂漠に生えて600年以上生きるとのこと(ウェルウィッチアはNHK「ダーウィンが来た!」で取り上げられたことがあって、そこでは1500年以上も生きると紹介されていた。右動画でも1000年以上生きると考えられているとある)。

ウオノエは魚の舌になる.jpgウオノエは魚の舌になる(76p)魚にとりつく寄生虫で、魚の舌がなくなるまで舌の血を吸い続け、その後、舌のつけ根に体を固定し、魚の体液や血液を吸って大きくなるそうです(本書イラストで見るとそうでもないが、実写で見るとかなりキモイ)。

イシガキリュウグウウミウシ.jpgイシガキリュウグウウミウシはなかまを食べちゃう(97p)「友達を食べてみた」ぐらいの軽いノリで、仲間を丸のみにするとのこと(共食いをする生き物は結構いるけれど、食糧難の場合に限ったり、カマキリのように特別の条件下であったりすることが多く、共食いが成長のためのスタンダードとなっているのは珍しいのでは。言い換えれば「仲間が主食」ということか。確か、シリーズ第1巻で、サバクトビバッタが「主食は共食い」と紹介されていた)。

『シン・ゴジラ』第2.jpgラブカはお母さんのおなかの中で3年半もひきこもる(115p)ラブラブカ.jpgカは自分のお腹の中で子どもを育て、その期間はなんと3年半。ラブカは生きた化石とよばれるほど昔から姿を変えていないそうです(原始的な深海ざめには不思議な生態のものが多いなあ。「シン・ゴジラ」('16年/東宝)の"第二形態"のモデルがラブカだった)。
◆深海ザメ「ラブカ」捕獲後に死す 生態不明、標本にして研究へ 和歌山・串本(毎日新聞ニュース 2020年1月17日)[写真]捕獲された深海ザメ「ラブカ」=串本海中公園提供

ネコはキュウリを見るとおどろく.jpgネコはキュウリを見ると超おどろく(116p)「えさをたべているネコのうしろにキュウリをそっとおく」とどうなるかという、数年前にユーチューブでいたずら動画が話題になったそうで、動物学者は「キュウリがヘビに見えるのではないかと(因みに、この種のネコ動画はユーチューブで今でも多くみられる。ネコが驚くのは、ネコに気づかれないように後ろの方にキュウリを置いといて、ネコがたまたま気づいたといった場合に限るようだ。「幸せそうな表情できゅうりを齧るネコ」の写真もネットにあった)。

 ネタ枯れと言うより、こっちがもう驚くことに馴れたという感じ。でも、今回も楽しく読めました。

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やはり進化の不思議を考えさせるのが大きな狙いとなってるシリーズなのかと。

ざんねんないきもの事典2 続.jpg続ざんねんないきもの事典ages.jpg 続ざんねんないきもの事典ド.jpg ざんねんないきもの事典.jpg
おもしろい! 進化のふしぎ 続ざんねんないきもの事典』['17年]『ざんねんないきもの事典』['16年]

 ベストセラーとなった『ざんねんないきもの事典』('16年)の続編。個人的に印象に残ったのは―

ダウンロード.jpgハダカデバネズミには、赤ちゃんをあたためる「ふとん係」がいる(34p)地下に住むハダカデバネズミは、1000匹もの大家族で暮らし、「巣を守る係」や「食べ物をとる係」がいて、中でも変わっているのが赤ちゃんをあたためる「ふとん係」がいること。体温を一定に保つ機能が退化しているため、こうした係がいるようです(今月['20年1月]、NHK-BSプレミアム「世界のドキュメンタリー」で"長寿ネズミ 健康の秘密を解明"としてハダカデバネズミの特集(ドイツ・2017年制作)を放送していた。ハダカデバネズミが高度の社会性を有することは知られているが、近年はマウスの10倍の30年は生きるというその長寿に注目が集まっていて、全遺伝子の解析はすでに終わっており、人間の長寿に応用できないか研究が進められているようだ)。

ハシビロコウ どうぶつ王国 .jpgハシビロコウ どうぶつ王国 グッズ.jpgハシビロコウはひたすら待ちの姿勢(50p)動かないことでまわりの風景に溶け込んで、隙を狙うという戦法で、「魚が水面に顔を出すまでひたすら待つ」というもの(個人的には、行きつけのどうぶつ王国のハシビロコウが馴染み(?)だけど、時々首を振るような動きはすることがある。園内でも人気が高いらしくグッズもある)。[写真:神戸どうぶつ王国公式フェイスブックより]

マッコウクジラ.jpgマッコウクジラの頭の中は脳ではなく油でいっぱい(68p)マッコウクジラの脳の重さは約8㎏で、動物界ナンバーワン。ただし、でかい頭の中身のほとんどは「脳油」という油のかたまりで、まわりを探るために出す超音波を強化したり、浮かんだりする時の浮きぶくろの役割を果たしたりしている(シロナガスクジラのようにオキアミをすくって食べているクジラより、マッコウクジラのようにイカなどを捕食するクジラの方が、脳が発達しているようだ)。

ジャイアントチューブワーム.jpg口もおしりのあなもないハオリムシ(76p)深海の海底に生命はなぜ生まれたのか.jpg住むハオリムシは、口もおしりのあなもなく、海底から噴き出す猛毒の「硫化水素」をえらから吸収し、それを体内の微生物に分解させて栄養に変えている(この生き物は、微生物地球学者の高井研氏の『生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る』('11年/幻冬舎新書)の中でも「チューブワーム」として紹介されていた(ハオリムシは和名))。

ヨイアイオイクラゲ.jpg世界一長いクダクラゲはちびクラゲが合体しただけ(83p)世界最長の動物はクダクラゲで、全長が40mを超えるものや、触手が50mにんるものもいるが、実は小さなクラゲが集まってできた「群体」である。大きさくらべに合体した体は反則とも思われるが、そもそもわれわれの体も細胞の集合体であるので文句は言えないと(ギネスブックでも世界最長の動物は〈マヨイアイオイクラゲ〉(クダクラゲの一種)となっていて、最長で40mほどの長さとなり、ホタルのように生物発光を行うとある)。

 正編と同じく冒頭に、進化についてのコマ割り漫画などによる解説があり、ああ、やっぱり進化の不思議を考えさせるのが大きな狙いの1つとなってるシリーズなのだなあと。だから、「ざんねん」に見える面も、実は一定の合理性に裏付けられた進化の帰結(乃至は過程)なのだなあと改めて思った次第です(ある部分においては大人向け?)。

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「ざんねん」と思われた部分も実は生存競争の帰結、進化の結果であると。

ざんねんないきもの事典_5273.JPGざんねんないきもの事典.jpgおもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』['16年]

 「ざんねんないきもの」という切り口で、さままな生物の不思議を楽しめるよう解説したもの。イラスト入りで1~2ぺージの読み切りであるため、子どもにとってはとっつきやすく、また、大人が読んでも面白いということでベストセラーになりました。個人的に印象に残ったのは―

ダチョウの脳みそは目玉より小さい(26p)ダチョウは世界最大の鳥で、その卵は1.5㎏あり、その黄身は世界最大の細胞。目玉は直径5㎝、重さ60gでニワトリの卵と同じくらいの大きさ。一方の脳は40gしかなく、実際ダチョウはかなり記憶力が悪いとのこと(調べてみたら、ダチョウよりずっと小ぶりのカラスの脳は10グラムから13グラム程で、体重に対する脳の重さの指標「脳化指数」(ヒト10.0チンパンジー4.3、サルは2.0、ニワトリ0.3)がカラスの場合2.1で、サルより高いそうだ)。

オランウータン.jpgオランウータンはけんかの強さが顔に出る(37p)フランジのあるオランウータンは強そうに見えますが、若いオスがけんかに勝つと男性ホルモンが分泌され、フランジが発達するとのだとのこと。ただし、たまたまけんかに勝ってもフランジが発達してしまい、より強い相手に目をつけられたりもすることになる場合もあると。

メガネザル.jpgメガネザルは目玉が大きすぎて動かせない(52p)メガネザルの目玉は一つで脳と同じ重さがあり、頭蓋骨からはみ出すほど大きいため、きょろきょろと動かせないと。目玉が大きくなったのは、昼行性から夜行性へ進化して、たくさん光が集められる目が必要だったためで、これはこれで進化の結果と言えます。

ユカタンビワハゴロモ.jpgユカタンビワハゴロモの頭の中はからっぽ(57p)頭に見えるのはにせもので、にせものの頭は横から見るとワニの頭に見えなくもなく、鳥などが怖がるという説があるそうです。本物の頭を守るためのおとりという意見もあるが、実際はどちらの説に立っても目立った効果はないそうです。

カカポ.jpgカカポは太りすぎて飛べなくなった(71p)ニュージーランドには100万年の間、カカポの天敵となる生物がいなかったため、飛ぶための筋肉が退化し、代わりにたくさんの脂肪がついたと(NHK「ダーウィンが来た!」で取り上げられたことがあって、その際の呼称は〈フクロウオウム〉だったか〈カカポ〉だったか)。

ドウケツエビ.jpgドウケツエビはおりの中で一生をすごす(121p)カイロウドウケツという動物の中で一生をすごすのがドウケツエビ。カイロウドウケツをマイホームにしいるわけで、敵から身を守れて食事にも困らず、成長して体が大きくなると、出られなくなる(沼津港深海水族館の石垣幸二館長の 『深海生物 捕った、育てた、判った!―"世界唯一の深海水族館"館長が初めて明かす』('14年/小学館101ビジュアル新書)でも紹介されていた。雌雄1ペアだけが残って成長して出られなくなり、そのままその中で一生を送るので、カイロウドウケツ自体が諺で言う"偕老同穴"なのではなくて、ドウケツエビが"偕老同穴"なのだなあ)。

 メガネザルの項などのように、「ざんねん」と思われた部分も実は生存競争の帰結、つまり進化の結果であったりもするので(冒頭に進化とは何かをコマ割り漫画などで解説している)、本書に対し、「ざんねん」という表現はどうなのかという批判もあるようです。でも、取り敢えず関心を持つことから入って、その上で最終的には、それらが生物たちの巧妙な生き残り戦略であることの思いを馳せて欲しいというのが監修者の狙いでしょう(読者が小さい子どもだと、ちょっと難しいか)。

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テキヤの歴史と独特の慣行の実態を探る。今は多くは地元の零細業者か。

テキヤはどこからやってくるのか?2.jpgテキヤはどこからやってくるのか?.jpg      男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎ps.jpg
テキヤはどこからやってくるのか? 露店商いの近現代を辿る (光文社新書)』「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 HDリマスター版 [DVD]
2020年1月1日湊川神社
2020年01月01日湊川神社.jpg2020年1月1日湊川神社5168.JPG 初詣客で賑わう神社や祭りの縁日などで、ソース焼きそばを作ったりリンゴ飴を売ったりして、或は金魚すくいや射的などの露店商いをしている人たちは、一体どこからやったくるのかという疑問は、誰しもが抱いたことがあるのではないでしょうか。

 本書はそうした謎に包まれたテキヤの歴史を近世から現代まで探るとともに、東京の下町で「テキヤさん」と呼ばれている伝統的な露店商の、その「親分子分関係」や「なわばり」などの独特の慣行の実態を調査したものです。章立ては―
 【第一章】 露店商いの地域性
 【第二章】 近世の露店商
 【第三章】 近代化と露店 ―― 明治から第二次世界大戦まで
 【第四章】 第二次世界大戦後の混乱と露店商 ―― 敗戦後の混乱期
 【第五章】 露店商いをめぐる世相解説 ―― 1960年代以降
となっていて、第5章が東京の下町のテキヤを調査し、その「親分子分関係」や「なわばり」などについて述べた、フィールドリサーチにもなっています。

 本書によれば、テキヤには北海度・東日本、西日本、沖縄の三地域によって地域的な違いが大きく、関東地方の場合、大まかに言って近世には香具師(ヤシ)、近代になってテキヤ、その後露天商と名称が変化したらしく、香具師と呼ばれていたのは、「龍涎香」などのお香の原料を扱っていたりしたこともあったためのようです。

 映画「男はつらいよ」の「寅さん」のイメージがあって、テキヤに対して流れ者的なイメージがありますが、縁日の露店などで出店している露店には、地元の零細事業者(組合員)の露店と遠方から来た人(タビの人)の露店があり、時代や場所にもよりますが、「さきに結論を述べてしまうと、大半は近所からやってくる」のが現況のようです(要するに、地元の零細業者なのだなあ。寅さんみたいに全国中を回っていたら交通費だけでたいへんかも)。

 店を出す場所、神社の石段の上か下かなど、どこに店を出すかというのはそのナワバリの親分が仕切ります。ただ、よそ者でも許諾を得れば店が出せて、その際の自己紹介が、寅さんでもお馴染みの口上ですが、映画でやっている口上と実際の口上はかなり違うようです(フィクションでやっている口上と違って形容がほとんどなく、出身地や自分の親分は誰かといった情報を相手に効率的に伝える実務的なもの)。

 ヤクザとテキヤの関係は、ある露店商が著者に語ったところによれば、テキヤは「七割商人、三割ヤクザ」であるとのことで、これは、反社会的組織の一員になっている者が三割という意味と、気質として三割は「ならず者」だという気分が込められている、と説明されています。また、「ヤクザは極道だが、テキヤは神農道だ」と言われ、テキヤは古来、農業と薬や医学の神である「神農の神」を奉ってきたとされています(ある種"宗教集団"的でもある)。

 なかなか興味深い内容でしたが、やや論文調と言うか、修士論文でも読んでいるような堅さがり、その分(ソース焼きそばがジュージュー焼ける音のような)シズル感にやや欠ける面もあったように思います。ただ、テキヤ集団の棲み分け調査の結果を地図で示しているところは、何となく"野生動物の棲み分け"調査にも似て興味深かったです。

 因みに、ある人の調べによると、寅さんが「男はつらいよ」シリーズの中で啖呵売りしているシーンはシリーズ全49作中47作の中にあり、最も多く売っていた商品は、易本・暦本(11回)、続いて、古本(雑誌)(4回)、正月の縁起物、スニーカー、サンダル(各3回)という順になっているとのことです。

男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎.png男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎_photo.jpg この間たまたま観たシリーズ第27作「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」('81年)では、寅さんが瀬戸内海のどこかの島で一人で夏物ワンピース(俗に言うアッパッパ)を売っているシーンと(ここで初めてマドンナと出会う)、東大阪市の石切神社の参道で"バイ"しているシーンがありましたが(ここで偶然マドンナと再会する)、参道に露店を出すときはやはり、地元の親分に対して口上を述べたということになるのでしょうか。ヤクザへの連想を避けるために、そうしたシーンを山田洋次監督は敢えてシリーズでは殆ど取り扱っていない気もします(テキヤの生活が最もよく描かれているのは森崎東監督によるシリーズ第3作「男はつらいよ フーテンの寅」('70年)だと言われている)。

男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 水中花.jpg この「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」のマドンナ役は松坂慶子(撮影時28歳)で(寅さんは参道で「水中花」を売っていた)、松坂慶子はこの作品で第5回「日本アカデミー賞」最優秀主演女優賞など多数の賞を受賞しています。個人的には"演技力"より"美貌"がもたらした賞のように思われなくもないですが、この頃の松坂慶子はこの後に「道頓堀川」('82年)、「蒲田行進曲」('82年)に出演するなど、乗りに乗っていた時期ではありました。

男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎dvd.jpg男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎g_photo2.jpg「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」●制作年:1981年●監督:山田洋次●製作:島津清/佐生哲雄●脚本:山田洋次/朝間義隆●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●時間:104分●出男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 吉岡秀隆.jpg男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 mastszaka.jpg演:渥美清/松坂慶子/倍賞千恵子/三崎千恵子/太宰久雄/前田吟/下條正巳/吉岡秀隆(シリーズ初登場)/正司照江/正司花江/笑福亭松鶴/関敬六/大村崑/笠智衆/初音礼子/芦屋雁之助●公開:1981/08●配給:松竹(評価:★★★☆)男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 [DVD]
 
 
●寅さんDVDマガジンによる男はつらいよベスト18(2011)
講談社「寅さんDVDマガジン」として編集部とファンが選んだ人気18作品を刊行(ベスト18作品内での順位は不明のため、マガジン刊行順に並べている)。
刊行順 作数  作品名         マドンナ
vol.1  1  男はつらいよ         光本幸子
vol.2  17  男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け 太地喜和子
vol.3  15  男はつらいよ 寅次郎相合い傘   浅丘ルリ子
vol.4  9  男はつらいよ 柴又慕情     吉永小百合
vol.5  30  男はつらいよ 花も嵐も寅次郎  田中裕子
vol.6  11  男はつらいよ 寅次郎忘れな草    浅丘ルリ子
vol.7  32  男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎  竹下景子
vol.8  25  男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 浅丘ルリ子
vol.9  14  男はつらいよ 寅次郎子守唄   十朱幸代
vol.10  22  男はつらいよ 噂の寅次郎    大原麗子
vol.11  2  続・男はつらいよ        佐藤オリエ
vol.12  5  男はつらいよ 望郷篇      長山藍子
vol.13  7  男はつらいよ 奮闘篇        榊原るみ
vol.14  19  男はつらいよ 寅次郎と殿様     真野響子
vol.15  27  男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎  松坂慶子
vol.16  29  男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 いしだあゆみ
vol.17  38  男はつらいよ 知床慕情        竹下景子
vol.18  42  男はつらいよ ぼくの伯父さん   後藤久美子

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高倉健の"原点"と併せ、60年代から70年代にかけての"時代"を感じさせる。
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憂魂、高倉健.jpg憂魂、高倉健0.jpg
憂魂、高倉健』['09年](28.2 x 20.4 x 3.8 cm)

憂魂、高倉健11.jpg憂魂、高倉健00.jpg 1971年に刊行されたものの、版元の倒産や東映による販売差し止め等の事情により書店店頭に並ぶことのなかった写真集の38年ぶりの復刻リニューアル版で、遠藤努撮影による俳優・高倉健(1931-2014)のスチール写真を中心に、プライベート写真やスナップも含め、横尾忠則が編集した370ページあまりの写真集です。細江英公、立木義浩、森山大道、石黒健治ほか写真家の作品、横尾忠則による高倉健インタビュー・年譜なども収録されています。

『憂魂、高倉健』['71年]

 左開きの表紙の最初に7ページほど細江英公撮影の海の写真が続き、高倉健の生地の五万分の一の地図が入って、次のページから立木義浩に憂魂、高倉健12.jpgよるヌード写真5枚とその間にヘンリー・フォンダのポートレイト(インタビューによればヘンリー・フォンダは高倉健の好きな俳優)、なぜか乳牛を撮ったものなどイメージ写真が挿入されていて、次に1ページ9点、8ページにわたって、高倉健の映画撮影の際などに撮られたスナップ写真やそれに混じって横尾氏による高倉健のイラストレーションが続き、続いて12ページほどの高倉健に対する質問状形式のインタビューがあり、年譜が3ページあって、さらに高倉健の赤ちゃんの時から明治大学1年生の時までのポートレイト的な写真が続き、ここまででで60ページになります。

憂魂、高倉健02.jpg憂魂、高倉健03.jpg その後はすべてモノクロで310ページ分、各ページ断ち落としで高倉健の映画スチール、撮影現場などでのスナップ写真が続き、そのうちの7割が東映のスチールカメラマンだった遠藤努氏の撮影によるもので、残りの3割は石黒健治氏の雑誌発表の写真や新たに撮り直した写真などとなっています。ですから、ボリューム比率からすると遠藤努、石黒健治両氏による写真集と言えなくもないですが、上記の60ページまでの構成から窺えるように、また、表紙デザインなどからも窺えるように、横尾忠則氏の編集色がはっきり出ている写真集でもあります。

憂魂、高倉健1 3.jpg憂魂、高倉健04.jpg 収められているのが70年代以前の、「日本侠客伝」シリーズ('64年スタート)、「網走番外地」シリーズ('65年スタート)、「昭和残侠伝」シリーズ('65年スタート)に出まくっている頃の高倉健のスチール写真、スナップ写真が大半で(その時点ですでにネガが棄却されていたものが殆どで、プリントされた印画紙を撮り直しているため、コラージュ的な雰囲気がある)、高倉健の"原点"的なものが感じられるとともに、60年代から70年代にかけての"時代"を感じさせるものにもなっています。そのことは、それだけ高倉健という俳優が、その時代の何かを背負っていたということなのかもしれません(後の人が彼に"時"を重ねたとも言える)。

『憂魂、高倉健』['71年]
憂魂、高倉健 都市出版社1.jpg憂魂、高倉健 都市出版社2.jpg 「付録」リーフレットなどによれば、本書のオリジナル版は1971年に都市出版社から刊行され、前述の通り色々な事情があってそのオリジナル版が書店に並ぶことはなく、その一部は古書店に流通しただけだけだったとのことですが、それよりも以前に、その本の元になった『高倉健賛江』('68年/天声出版)というものがあり、こちらは、出版社に突発事故が生じ、見本数冊を作っただけで出版さえ実現しなかったとのことです。復刻リニューアル版では、函のデザインに「高倉健賛江」のカバーを使用し、本体には「憂魂、高倉健」のカバー写真を使用するなどして、「高倉健賛江」と「憂魂、高倉健」を合体させた形となっています。

 インタビューのところが、1968年と1971年で同じ質問をしてそれを対比させる形になっているのは、『高倉健賛江』編集時のインタビューと『憂魂、高倉健』編集時のインタビューということになるかと思いますが、同じ質問に対して回答が殆ど同じものもあれば、一部に答えが真逆だったりするものもあって面白かったです。個人的に興味深かったのは、「好きな自分の映画」で、1971年のインタビューで、「お正月にいった網走番外地」(どういう意味?)と、1回目の「日本侠客伝」、1回目の「昭和残侠伝」を挙げていて、やはり1回目の作品が印象深いのでしょう(1968年のインタビューでは「ジャコ万と鉄」と1回目の「昭和残侠伝」を挙げている)。「網走番外地」「日本侠客伝」「昭和残侠伝」をシリーズとして比べてどうかというと、「京都と東京スタジオに分かれてますねェ。イレズミの入っているのと入ってないのとあります。残侠伝は好きですねェ。で、やってて楽しいのは網走が楽しいです。ハイ、役柄としては、ですよ」と。

I憂魂、高倉健_5269.JPG 横尾忠則氏が全体をコラージュのように編集しているという意味で、写真集と言うより横尾氏の作品と言った方がいいくらいかもしれませんが、横尾氏自身は、「藝術」と言うより高倉ファンとしての思い入れでこの写真集を編集したように思われ、再度復刻されたことも含め、その思い入れが伝わってくる内容でした。

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高倉健が仕事を通してスタッフや周囲の人々に与える影響力の大きさを感じた。

高倉健の身終い2.jpg 高倉健の身終いs.jpg
高倉健の身終い (角川新書)』/著者が高倉健に初インタビューしたときの写真(写真/渋谷典子)[本書より]

 フリー編集者として高倉健の取材を重ねてきた著者による本では『「高倉健」という生き方』('15年/新潮新書)がありますが、本書『高倉健の身終い』の方は、タイトルからも窺えるように、前著より高倉健の活動後期のエピソードが多いでしょうか。それと、高倉健と共に映画作りに関わった人々の証言やエピソードの比重が高いように思いました。

居酒屋兆治 000.jpg 印象に残ったのは、大原麗子に取材した際の話でしょうか(57p)。彼女は、健さんと仕事して、「仕事に"お"の字を付けなくなった」とのことで、「"お仕事"っじゃなくって、"仕事"。命を賭けてやるものに"お"を付けると、なんだか甘っちょろいじゃない」と。これを「健さんの生き方から学んだ」というから、一緒に仕事した人に与える影響力がすごいなあと。大原麗子が40代、1990年代の話であるとのことで、「網走番外地 北海篇」('65年/東映)で大原麗子19歳、高倉健34歳で初共演してからのことを振り返っているのでしょうか。「居酒屋兆治」('83年/東宝)でも共演しているし(大原麗子の演じた女性は凄まじいくらい薄幸だった。その大原麗子自身も、'09年に孤独死に近い死を遂げる)、NHKドラマ「チロルの挽歌」('92年)でも共演していて(大原麗子45歳。高倉健61歳)、女優人生の節目節目で高倉健の影響を受けたのだろなあ。

映画 ホタル00.jpgホタル (映画)00.jpg 「居酒屋兆治」と同じく降旗康男の監督作である「ホタル」('01年/東映)で、健さんから著者にロケ地へのお呼びが掛かったという、山岡(高倉健)、知子(田中裕子)夫婦が二人の北海道の旅を回想するシーンで(撮影地は長野県・蓼科)、丹頂鶴の求愛ダンスを見ているうちに高倉健が急にコートやワイシャツを脱ぎ、「くわぁ、くわぁ」と鶴の鳴き声を真似て舞ったのは、あれ、脚本にない演技、つまりアドリブだったそうです(153p)。そういうことする俳優なんだと、今まで知らなかった面を知ったように思いました。

 「四十七人の刺客」('94年/東宝)で、スタッフの実際にやっているところを見なくともその丁寧な仕事ぶりをよく理解していたり(168p)、「南極物語」('83年/東宝)で、疲労が重なって犬橇を上手く扱えず撮影を妨げたスタッフに、「宿舎に帰らせろ」と怒鳴ったかと思ったら、後で手にいっぱい栄養剤を持ってそのスタッフの宿舎に行き「これ、飲め"!」と言ったりとか(175p)、大スターでありながら、映画は一人で作るものではないということがよく分かっていたのだなあと。いい作品を作るためにスタッフの仕事ぶりを理解し、励ますという、監督のように先頭に立って目立ったことをするわけではないけれど、これもある種のリーダーシップではないかと思いました(しかも、こういうの、大上段に構えたリーダーシップ以上にヒトの琴線に触れる)。

鉄道員poster (1).jpg鉄道員 02 (2).jpg 監督も偉いです。「鉄道員 (ぽっぽや)」('99年/東映)の撮影の時、佐藤乙松(高倉健)、静枝(大竹しのぶ)夫婦の子供が亡くなった時の回想シーンで、静枝が乙松に遺児を手渡す場面に違和感を感じた著者が、降旗康男監督からどうかと訊かれてその旨を伝えると、出来上がった作品では、静枝がずっと遺体を抱き続けている演技になっていたと。こうした柔軟性があるから、降旗康男監督って高倉健とも相性が良かったのだろなあ。

黒澤明2.jpg 本書には無いエピソードですが、高倉健は「居酒屋兆治」への出演準備をしていた矢先に黒澤明監督から「鉄修理(くろがねしゅり)」役で「乱」への出演を打診されていて、「でも僕が『乱』に出ちゃうと、『居酒屋兆治』がいつ撮影できるかわからなくなる。僕がとても悪くて、計算高い奴になると追い込まれて、僕は黒澤さんのところへ謝>りに行きました」と述懐しています。黒澤明映画「ホタル」監督.jpgは自ら高倉宅へ足繁く4回も通って、「困ったよ、高倉君。僕の中で鉄(くろがね)の役がこんなに膨らんでいるんですよ。僕が降旗康男君のところへ謝りに行きます」と口説いたけれども、高倉健は「いや、それをされたら降旗監督が困ると思いますから。二つを天秤にかけたら誰が考えたって、世界の黒澤作品を選ぶでしょうが僕には出来ない。本当に申し訳ない」と断ったため、黒澤明から「あなたは難しい」と言われたそうです。

 高倉健らしい話だし、役者と監督のいい関係がずっと続いた例でしょう(黒澤監督が三船敏郎の関係が途中で途絶えたり、勝新太郎と喧嘩のような別れ方をしたのとは対照的)。その降旗康男監督も、昨年['19年]5月に84歳で亡くなっており、寂しいことです。

高倉健(1931-2014、83歳没)/降旗康男監督(1934-2019、84歳没)(「ホタル」('01年)撮影現場)

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