2019年8月 Archives

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コンビニ外国人へのインタビュー等を通じて日本の外国人労働者の実態を浮き彫りに。

コンビニ外国人.jpg コンビニ外国人2.jpg 芹澤 健介.jpg 芹澤 健介 氏
コンビニ外国人 (新潮新書)』['18年]    右下図:「東洋経済オンライン」(2018-11-19)より

特定技能2.jpg コンビニで外国人が働いている光景は今や全く珍しいものではなく、都市部などではコンビニのスタッフに占める外国人の方が日本人よりも多い店もあります。本書はそうしたコンビニで働く外国人を取材したものですが、コンビニ店員に止まらず、技能実習生、その他の奨学生、さらには在留外国人全般にわたる幅広い視野で、日本の外国人労働者の今の実態を浮き彫りにしています。

 第1章では、彼らがコンビニで働く理由を探っています。外国人のほとんどは、日本語学校や大学で学びながら原則「週28時間」の範囲で労働する私費留学生であり、中国・韓国・ベトナム・ネパール・スリランカ・ウズベキスタンなど、様々な国からやってきた人々で、とりわけベトナム人、ネパール人が急増中とのこと。ベトナムは今や日本語ブームだそうです。

 第2章では、留学生と移民と難民の違いを今一度整理し、さらに、政府の外国人受け入れ制度にどのようなものがあるかを纏め、それらを諸外国と比較しています。「移民」の定義は外国と日本で異なり、日本における「移民」の定義というのは非常に限定的なものになっていることが分ります(安倍晋三首相も「いわゆる移民政策は取らない」と今も言い続けているが、2019(平成31)年度から在留資格「特定技能1号・2号」が新設されたことにより、これまでの政府の「移民政策は取らない」という方針は名目(言葉の定義)上のものとなり、実質的には方針転換されたことになる)。

 第3章では、コンビニ外国人を取材したもので、東大院生から日本語学校生までさまざまな人たちがいます。著者が直接インタビュー取材しているため、非常にシズル感があります。

 第4章では、技能実習生の実態を報道記事などから追っています。因みに、日本はコンビニにおける外国人労働者の雇用において、「技能実習生」は対象外で、コンビニ店員の外国人労働者は「留学生のアルバイト」で賄われている状況ですが、本書にもあるように、「日本フランチャイズチェーン協会」が、外国人技能実習制度の対象として「コンビニの運営業務」を加えるよう、国に申し入れています。しかしながら、本書刊行後の'18年11月の段階で既に技能実習対象の「職種」からコンビニ業務は漏れています(新たに設けられた「特定技能」の対象として「建設業」「外食業」「介護」など14の「業種」があるが、こちらにも入っていない)。

 第5章では、「日本語学校の闇」と題して、乱立急増している留学生を対象とした日本語学校に多く見受けられるブラックな実態を追っています。結局、コンビニなどで働くには「留学生」という資格が必要で(「留学生」という東京福祉大学 外国人.jpg資格を得た上で「資格外活動」としてコンビニで働く)、その「留学生」という資格を得るがために日本語学校に入学するという方法を採るため、そこに現地のブローカー的な組織も含めた連鎖的なビジネスが発生しているのだなあと。本書には書かれていませんが、この「鎖」の一環に日本語学校どころか大学まで実態として噛んでいたと考えられることが、今年['19年]3月にあった東京福祉大学の、「1年間で700人近い留学生が除籍や退学、所在不明となった」という報道などから明らかになっています。

TBS「JNN NEWS」(2019-03-15)

 第6章では、コンビニなどで働きながら、ジャパニーズ・ドリームを思い描いて起業に向けて頑張っている外国人の若者たちを紹介、第7章では、自治体の外国人活用に向けた取り組みや、地方で地場の産業や地域活性化を支えている外国人と住民たちの共生の工夫等を紹介しています。

 書かれていることは報道などからも少なからず知っていたものもありましたが、こうして現場のインタビューを切り口に全体を俯瞰するような纏め方をした本に触れたのは、それなりに良かった思います。

 第4章の技能実習の制度も、劣悪な労働条件や(かつては3年間最低賃金の適用はなかった)、行方不明者・不法就労などこれまで多くの問題を生み出してきたし、今回の新たに「特定技能」を設けた法改正も、違法な実態があるものの元には戻せないため、法律の方をどんどん適用拡大せざるを得なくなっているというのが実情ではないでしょうか。

 さらに、本書でも「日本語学校の闇」と題された問題は、先述の通り、専門学校だけでなく大学までがこの言わば"入学金ビジネス"に参入していて、これはこれで新たな大問題だと思います。

改正入管法 外国人労働者 image1.jpg ただし、本書を読んでも感じることですが、日本における外国人労働者は増え続けるのだろなあと。今回「特定技能」の対象となった農業・漁業、建設業、外食業などをはじめ、外国人労働力無しには既に成り立たなくなっている業界があるわけだし。中国人と日本人の所得格差が小さくなり中国から人が来なくなれば、今度はべトナムからやって来るし、ベトナム人が最初は労働者として扱ってくれない日本よりも最初から労働者として扱ってもらえる台湾に流れ始めると、今度はネパールやスリランカから来るといった感じでしょうか。この流れは当面続くと個人的には思います(まだ「アフリカ」というのが残っているし)。

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「結婚が不要な」社会と「結婚したい人が結婚できない」社会が同時進行する今の日本。

結婚不要社会 (朝日新書).jpg 結婚不要社会 (朝日新書) - コピー.jpg 山田 昌弘.jpg 山田 昌弘 中央大学教授
結婚不要社会 (朝日新書)』['19年]
結婚不要社会の到来.jpg なんのための結婚か? 決定的な社会の矛盾がこの問いで明らかに―。好きな相手が経済的にふさわしいとは限らない、経済的にふさわしい相手を好きになるとも限らない、しかも結婚は個人の自由とされながら、社会は人々の結婚・出産を必要としている...。これらの矛盾が別々に追求されるとき、結婚は困難になると同時に、不要になるのである。平成を総括し、令和を予見する、結婚社会学の決定版!(「BOOK」データベースより)

 『結婚の社会学―未婚化・晩婚化はつづくのか』('96年/丸善ライブラリー)以来、20年以上にわたって結婚について研究し、その後も『「婚活」時代』('08年/ディスカヴァー携書、白河桃子氏との共著)などを世に送り出している社会学者による本です。

 著者自身は「婚活」を推進し続ける立場ですが、今日の日本社会は結婚不要社会に向かっており、且つ、この社会的トレンドは、「結婚したい人が結婚できない」という困難を克服することには残念ながら繋がっていないとしています。

 まず第1章で、結婚困難社会となった日本の現状を分析し、第2章から第6章にかけて、結婚というものを再考(第2章)、結婚の歴史を、結婚不可欠社会としての近代(第3章)、皆結婚社会としての戦後(第4章)、「結婚不要社会」となった現代(第5章)とその変遷を振り返り、同時に現代は結婚困難社会でもあるとしてその対応を探っています(第6章)。

 本書によれば、著者が『結婚の社会学』を著した'96年から'18年までの22年間の大きな変化は、結婚が「したければいつでもできる」ものから「しにくいもの」になってきているということです。その原因として、近代の結婚は、経済的安定と親密性との両方を実現する制度だったものが、若者の所得格差が大きくなったために、この両方を満たすことが難しくなったとのことです。

 日本では、事実婚や同棲が好まれないだけでなく、「貧乏な恋愛ならしたくない」という意識が強いので、結婚に踏み切れない若者が多く、こうしたことが結婚困難社会の要因となっている。一方で、パートナーがいなくても、それなりに楽しく生活できる仕組みが日本にはたくさんあり、「パラサイト・シングル」と呼ばれる、親とずっと同居する若者は多く、それなりに豊かに暮らせるし、独身女性は、女性の友達や母親と仲良しという人が多いとのことで、こうしたことが結婚不要社会の要因となっているということのようです。

 本書の中では、同じく「結婚不要社会」化が進んでいる欧米との対比が興味深かったです。著者は、欧米は、結婚は不要だけれども、幸せに生きるためには親密なパートナーが必要な社会であり、それに対して日本は、たとえ配偶者や恋人のような決まったパートナーがいなくても、なんとか幸せに生きられる社会になったというのが著者の結論です。

 その根底には、パートナーがいないとみっともないという意識(=パートナー圧力)が強い欧米と、そうしたパートナー圧力が無く、「母と二人きりで遊びに行っても恥ずかしくない」という日本人ならではの意識との違いがあるとのことです。また、日本でも離婚が増えていますが、日本では経済的な満足度が低下すると離婚し、欧米では親密性の満足度が低下すると離婚するとのこと。ただ今の日本の離婚は次第に欧米型に近づいてきているのではないかとのことです。

 著者は、日本社会と欧米社会の一番大きな違いは世間体であり、日本でも世間体や見栄によらない新しい人たちが出てきてはいるものの、それはまだ特殊ケースであって多数派になっておらず、この「どうせ結婚するなら皆に羨まれる結婚したい」といった世間体へのこだわりが、、「結婚したい人が結婚できない」状況に繋がっているとみているようです(更には、「婚活」の拡がりも、"おひとりさま"になりたくないという世間体が動機づけになっているとのこと)。

 今の日本はなぜ結婚する人が減り、少子化状態になってしまっているのか。何となくは原因が分からなくもなかったですが、本書を読んである程度すっきりしたというか、今の日本で起きていることが分りやすく整理されている本でした。

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知識のブラッシュアップだけでなく「おさらい」という意味で分かりやすい良書。

新・天文学入門 カラー版.jpg新・天文学入門 カラー版3.jpg新・天文学入門 カラー版2.jpg 天文学入門 カラー版.jpg
新・天文学入門 カラー版 (岩波ジュニア新書)』['15年]/『天文学入門―カラー版 (岩波ジュニア新書 (512))』['05年]

 わたしたち人間は、どこからやって来たのだろう。ルーツを探しに、宇宙の旅に出かけよう。地球から太陽系、天の川銀河、そして宇宙のはじまりへ。美しい写真と図版をたどりながら、惑星・恒星・銀河の成り立ちや、わたしたちと宇宙とのつながりが学べます。(裏表紙口上より)

 『天文学入門 カラー版』('05年/岩波ジュニア新書)を10年ぶりに大幅改訂したものです。初版にはあった「星・銀河とわたしたち」というサブタイトルが外れていますが、「わたしたちのつながりから宇宙をながめる」というコンセプトは継承されています。

 初版については、入門書とはいえ、近年の天文学はどうなっているのか、ある程度の予備知識がないと難しいのではないかとも思われましたが、その分、ジュニア向けに限らず、普通に大人が読んでも満足が得られる内容であったとも言え、結局、著者らによれば好評を博した(つまりよく売れた)とのことです。

 改訂版は、探査機の成果や系外惑星の発見、ダークマターやダークエネルギーなど、最新の研究を取り入れ、新しい写真・図版も多数掲載したとのことで、写真が奇麗なのと図版が分かりやすいのが本書の特徴ですが、カラー版の特性をよく活かしているように思いました。

 思えば、年を追うごとにいろいろな発見やそれに伴う天文学のトレンドの変化があるなあと。例えば、第2章の太陽系の説明のところにでてくる冥王星は本書にあるとおり、初版刊行の翌年(2006年)の国際天文学連合総会で惑星ではないと決められ、冥王星型天体(準惑星=ドワーフ・プラネット)と呼ばれるようになっています。余談ながら、ミッキーマウスのペットの犬・プルートの名前の由来にもなったように、唯一アメリカ人が発見した「惑星」でした(冥王星が「惑星」の座から陥落した当時、ディズニーは「(プルートは)白雪姫の『七人の小人(ドワーフ)』たちとともに頑張る」との声明を出した)。

 太陽系外惑星も、1995年の最初の発見から本書刊行時の2005年までの20年間で2000個以上発見されたというからスゴいことです。中には太陽系に似た太陽系外惑星系も見つかっているとして、その構成が紹介されています(ホントに似ている!)。アメリカの天体観測衛星ケプラーは、すでに3000個以上の形骸惑星候補を発見しているとのことで、この辺りは今最も新発見の続く分野かもしれません(そう言えば、ダイヤモンドが豊富に含まれている可能性がある惑星が見つかったという話や、表面に液体の水が存在し得る、或いはハビタブルゾーン内に位置していると思われる惑星が見つかったという話があったなあ。星ごとダイヤモンドだったらスゴイが、取り敢えずはダイヤより水と空気が大事か)。

 このように、宇宙そのものはそんな急には変わらないのでしょうが、人類が宇宙についての新たな知識を獲得していくスピードがなにぶん速いため、時々知識をブラッシュアップすることも大事かもしれません。本書自体も今年['19年]で刊行からもう4年経っていますが、知識のブラッシュアップだけでなく「おさらい」という意味で分かりやすい良書だと思います。

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「温泉文学論」と言うより、温泉に関係した個々の作品・作家論。さらっと読めて興味深い。

温泉文学論 (新潮新書).jpg 川村 湊.jpg 川村 湊 氏 1作家と温泉ge1.jpg 作家と温泉―お湯から生まれた27の文学 es.jpg
温泉文学論 (新潮新書)』['07年]/『作家と温泉---お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)』['11年]

 幸田露伴が問い、川端康成が追究した「温泉文学」とは何か? 夏目漱石、宮澤賢治、志賀直哉...名作には、なぜか温泉地が欠かせない。立ちのぼる湯煙の中に、情愛と別離、偏執と宿意、土俗と自然、生命と無常がにじむ。本をたずさえ、汽車を乗り継ぎ、名湯に首までつかりながら、文豪たちの創作の源泉をさぐる異色の紀行評論(「BOOK」データベースより)。

 日本の近代文学には温泉のシーンが少なからずあり、またそれ以上に、作者自身が温泉宿に籠って書き上げた作品が多いため、本書のような「温泉文学」論があってもいいかなという気がします。ただし、本書の前書きに、川端康成の「温泉文学はみんな作者が客間に座っている」という言葉が紹介されていて、著者は、川端康成が示唆した「ほんたうの温泉文学」はいまだ書かれていないということだろうとも言っています。

 本書についても、「温泉文学」論と言うより、温泉に関係した作品や作家の、個々の作品・作家論という印象でした。切り口は様々で、こうした自在な切り口の前提として、いずれも「温泉」繋がりであることがあるように思われました(「温泉」繋がりであることがその自在性を許している?)。取り上げている作品と関連する温泉は以下の通りです。

 第1章 尾崎紅葉『金色夜叉』―― 熱海(静岡)
 第2章 川端康成『雪国』―― 越後湯沢(新潟)
 第3章 松本清張『天城越え』―― 湯ヶ島(静岡)、川端康成『伊豆の踊子』--― 湯ヶ野(静岡)
 第4章 宮澤賢治『銀河鉄道の夜』―― 花巻(岩手)
 第5章 夏目漱石『満韓ところどころ』―― 熊岳城・湯崗子(中国)
 第6章 志賀直哉『城の崎にて』―― 城崎(兵庫)
 第7章 藤原審爾『秋津温泉』――奥津(岡山)
 第8章 中里介山『大菩薩峠』―― 龍神(和歌山)、白骨(長野)
 第9章 坂口安吾『黒谷村』―― 松之山(新潟)
 第10章 つげ義春『ゲンセンカン主人』―― 湯宿(群馬)

 尾崎紅葉の『金色夜叉』がアメリカの小説の翻案というか焼き直しであることは初めて知りました。川端康成の『雪国』が「R‐18指定の成人小説」であるとうのはナルホドという印象(だから「伊豆の踊子」と違って教科書に載らないのか)。松本清張の『天城越え』が川端康成の『伊豆の踊子』のパロディーとして(あるいは批判として)書かれたという論は有名です。

 宮澤賢治に関しては、『銀河鉄道の夜』のことより、宮澤賢治が花巻温泉の花壇設計に関わったことにフォーカスしています。夏目漱石は『満韓ところどころ』というややマニアック?な旅行記を取り上げていますが、著者は中国の温泉にも取材に行ったのかあ。志賀直哉の『城の崎にて』は、これぞまさに「温泉文学」と言えるか。藤原審爾の『秋津温泉』も舞台が完全に温泉であり、タイトルにもまさに「温泉」と入っているので、この2作は結構「温泉文学」の中心に近い位置づけになるかもと思ったりもします。

 各章の末尾にコラムがあり、【本】では作品の刊行、文庫情報などが、【湯】では紹介した温泉の効能などの特徴が、【汽車】では、その温泉への交通アクセスが書かれているのが親切です(温泉情報と交通アクセスはあくまで素人の記述であることを断っている)。"現場を踏む"という信条のもと、本書で紹介した温泉のうち、熱海を除いてすべて取材で行ったそうで、また、作品の方は大長編の『大菩薩峠』を除いてすべて読み直したそうです。そうした甲斐あってか、さらっと読める一方で、それなりに興味深い作品論、作家論になっているように思いました。

 本書を手にしたのは、最近、読書会で梶井基次郎の『檸檬』を取り上げた際に、梶井基次郎の「温泉文学」とも言える小品群を読み直したせいであり、ただし本書には梶井基次郎の章は無かったなあと思ったら、『作家と温泉―お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)』('11年/河出書房新社)で取り上げられていました。

作家と温泉 太宰・井伏.JPG こちらは、夏目漱石、志賀直哉、川端康成などの文豪から武田百合子、田中小実昌、つげ義春、横尾忠則ら、作家と温泉の味わい深いエピソードを紹介し、川本三郎氏、坪内祐三氏らがコラムを寄せています。何よりも「らんぷの本」の特性を活かした、お風呂でなごむ文豪たちのまったりした様を撮った写真が満載の構成となっていて、作家と温泉の繋がりの強さをシズル感をもって味わうことができます。

 表紙は井伏鱒二と太宰治ですが(この二人は師弟関係)、中身の井伏鱒二とともに風呂に入る太宰治の素っ裸(当たり前だが)の写真は貴重?(解説によれば、太宰はこの写真に写っている下腹部の盲腸の傷跡を気にしており、撮影した伊馬春部にフィルムの処分を求めたという)。宮澤賢治はやっぱり花巻の花壇設計のことが書いてあります。最終章は『温泉と文学』と同じく「つげ義春」。文学ではなく漫画ですが、温泉を語るうえで外せないといったところなのでしょう。
 
《読書MEMO》
作家と温泉_4183.JPG作家と温泉_4184.JPG作家と温泉_4185.JPG●『作家と温泉―お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)』
目次
・夏目漱石と道後温泉(愛媛県・熊本県)
・志賀直哉と城崎温泉(兵庫県)
・檀一雄と温泉事件簿(静岡県・青森県)
・吉川英治と温川温泉(青森県)
・川端康成と湯ケ島温泉(静岡県)
・折口信夫と浅間温泉(長野県)
・武田百合子と「浅草観音温泉」(東京都)
・宮沢賢治と花巻温泉(岩手県)
・山口瞳と『温泉へ行こう』(日本全国)
・坂口安吾と伊東のヌル湯(静岡県)
・谷崎潤一郎と有馬温泉(兵庫県)
・田中小実昌と寒の地獄(大分県)
・種村季弘と『温泉百話』(日本全国)
・横尾忠則と草津温泉(群馬県)
・与謝野晶子・鉄幹と法師温泉(群馬県・大分県)
・竹久夢二と温泉の女たち(日本全国)
・田宮虎彦と鉛温泉(岩手県)
・梶井基次郎と紀州湯崎温泉(和歌山県)
・川崎長太郎と入れなかった湯(千葉県)
・田山花袋と『温泉めぐり』(日本全国・朝鮮半島・中国)
・太宰治と浅虫、四万温泉(青森県・群馬県)
・井伏鱒二と下部温泉(山梨県)
・小林秀雄と美と温泉(神奈川県・大分県・長野県)
・若山牧水と土肥温泉(静岡県)
・北原白秋と船小屋温泉(福岡県)
・つげ義春と貧しい温泉宿(日本全国)

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入門書としてコンパクトに纏まっていて、それでいて内容が濃い"とんぼの本"版。

血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛.jpg 血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛ド.jpg 岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品.jpg ミラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」.jpg
血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛 (とんぼの本)』['19年]/『岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品』['13年]/『ミラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」―伝岩佐又兵衛画 (広げてわくわくシリーズ)』['13年]
岩佐又兵衛(1578-1650)自画像
岩佐又兵衛.jpg 『血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛 (とんぼの本)』('19年/新潮社)は、江戸初期、凄絶な復讐譚を長大な絵巻に仕立てる一方、当世風俗をよく描き"浮世絵の元祖"と呼ばれた謎多き絵師・岩佐又兵衛(1578-1650)の、彼の四大代表作を中心に解説した入門書です(タイトルにエロスとあるが、同じ辻唯雄氏の『浮世絵をつくった男の謎 岩佐又兵衛』('08年/文春新書)も同じ場面が表紙に使われていて、絵巻の中で一番エグい場面をアイキャッチ的に持ってきた感もある)。

 岩佐又兵衛と言えば屏風絵なども遺していますが、やはり最もよく知られているのは古浄瑠璃絵巻群の四大代表作「山中常盤物語絵巻」(12巻)、「浄瑠璃物語絵巻」(12巻)、「堀江物語絵巻」(12巻)、「小栗判官絵巻」(15巻)で、本書ではまずこの4作品についてそれぞれ、あらすじを紹介するとともに、主要な場面がどのように描かれているかを見せていきます。

 「山中常盤物語絵巻」(12巻)、「浄瑠璃物語絵巻」とも主人公は15歳の牛若丸、後の源義経で、「堀江物語絵巻」の主人公は月若、後の岩瀬太郎家村(塩谷惟純)ですが、ストーリそのものは事実ではなく、説話的な内容です。「小栗判官絵巻」の小栗判官は、説教節などでも知られていますが、同じく説教節で知られる山椒大夫などと同じく架空の人物です(しかしこうしてみると仇討ち・復讐譚が多いなあ。同じ説教節でも「信太妻(葛の葉狐)」などは安倍晴明という実在者がモデルだが、ストーリーは母親がキツネということになっていて、これもほぼ伝説と言っていい)。

 続いて「人生篇」において、美術史家で、東京大学名誉教授、前多摩美術大学学長、前MIHO MUSEUM館長であり、生涯にわたり岩佐又兵衛を研究してきた辻唯雄(のぶお)氏が、岩佐又兵衛の、信長に謀反を企てた武士を父に持ち、京・福井・江戸を渡り歩いた波乱の人生を浮き彫りにし、さらに続く「作品編」において、同じく美術史家で辻唯雄氏の弟子にあたる山下裕二氏との対談形式で、屏風絵なども含めその作品・作風を「笑い」「妖し」「秘密」「その後」の4つのキーワードで分析しています。

 入門書としてコンパクトに纏まっていて、それでいて内容が濃いという印象です。ただし、絵巻物の主要な場面を抽出しているものの全部ではないため、ストーリーが今一つ理解しにくいかもしれません。岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品3.jpg岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品2.jpgそこでお薦めなのが、『岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品』('13年/東京美術)で、大判で「山中常盤物語絵巻」(12巻)、「浄瑠璃物語絵巻」(12巻)、「堀江物語絵巻」(12巻)の全場面をカラーで見ることができます。しかも、場面ごとに解説が付され、大事な場面や絵的に重要な個所は拡大して掲載しているのがいいです。

 要するに上記の3巻は"MOA美術館所蔵"ということになりますが、この本に含まれていない(つまり"MOA美術館所蔵"ではない)「小栗判官絵巻」(15巻)は、総長が約324メートルという大作になりますミラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」_4177.JPGミラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」_4178.JPGが、『ミラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」―伝岩佐又兵衛画 (広げてわくわくシリーズ)』('11年/東京美術)でその概要を知ることができます。本の大きさは前2冊の中間ぐらいですが、キャッチ通り広げてみることができるページが多くあって楽しめます。

 岩佐又兵衛は最近ちょっとブームのようです。解説書では辻惟雄氏の『奇想の系譜』が名著とされていますが、岩佐又兵衛という人がどのような仕事をしたのかその概要と作風を掴もうとするならば、最初に辻氏の"とんぼの本"を読んで、後でここで取り上げた他の2冊を眺めるというのもいいのではないでしょうか。

血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛B.jpg

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