2019年6月 Archives

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個人的な思い出の記録でありながらも、記録・資料データが充実していた(貴重!)。

昭和の東京 映画は名画座.jpg昭和の東京 映画は名画座1.jpg
昭和の東京 映画は名画座』帯写真:昭和館/文芸坐/佳作座

人世坐.JPG かつて東京中に数多くあった名画座について、著者の記憶を中心に上映作品や周辺の雰囲気にまで想いを巡らせて辿った本。著者はCM・映像業界で仕事をしている人であり、基本的には個人的な思い出をエッセイ風に綴ったものに、どの映画館でいつ何を観たという記録を付したものでありながらも、名画座(紹介されている名画座は82館で、そのほとんどが今は無くなっている)に関する記録・資料データが充実していて、ノスタルジーに流されがちな類書とちょっと違った、「名画座」史とも言える貴重な歴史資料にもなっているように思いました。

 著者は1949(昭和24)年生まれで、子どもの頃には家族と一緒に劇場に映画を観に行ったようですが、最初の「名画座」体験は、1965(昭和40)年に池袋の日勝地下でジュールス・ダッシン監督の「トプカピ」を観たことだとあります(それでも16歳くらいかあ。東京の子はいいなあ)。自身を「池袋の人生坐に行った最後の世代だろう」としていて(人生坐閉館は1968年)、「昭和の名画座の存在を知らない世代がこれから増えて行くのだから、知っていることを著そうと思った」とのことです。

昭和の東京 映画は名画座  池袋.jpg 名画座の劇場の外観・入口・館内などの写真や、プログラム・チラシなどの写真があるほかに、池袋や新宿、銀座など主な街の昭和49(1974)年1月1日と昭和64(1989)年1月7日の映画館マップを再構成して対比させているのが特徴的です。映画館の写真は、当時自分が撮影したものを基本として一部は高瀬進氏などから借り、地図は、東京の映画館のすべてではなく、本書で取り上げている映画館に限ったとのことですが、自身が通った映画館が中心になっているものの、オープン年月日とその時の上映作品、それまでの生い立ちやその後の経営していた興行会社の変遷、座席数などの設備、閉館の年月日とラスト上映作品などを調べていて、アマチュアでここまでやれば立派なものです。

有楽シネマ、銀座シネ・ラ・セット/ヒューマントラストシネマ有楽町(イトシアプラザ)
有楽シネマ 1991頃.jpg0銀座シネ・ラ・セット.jpg0ヒューマントラストシネマ有楽町.jpg 何となくこの辺りに映画館があったのではないかなあと思ったら、ついこの間行った映画館が、実はその昔あった映画館の跡地に建ったものだったりしたことも分かって興味深かったです。「ヒューマントラストシネマ有楽町」があるのが「有楽シネマ」(後に「銀座シネ・ラ・セット」)の跡地であったりと、周囲がすっかり変わってしまい、入居ビルそのものも建て替わっていたりするので気づきにくいけれど、考えみれば地理的には同じ場所で映画を観てたりするのだなあと。

傑作座.JPG 自分が映画館に通い始めたころにはもう潰れてしまっていた名画座も多く出ていて、銀座の今の「東劇」ではなく(東劇はロード館)、建替えられる前の東劇ビルの5階にあった名画座「傑作座」(1972(昭和47)年閉館)が紹介されていたり、また、三原橋の交差点地下にあった「銀座シネパトス」が、1988(昭和63)年までの館名だった「銀座名画座」の名で紹介されていたりもし、少しだけ世代の違いを感じますが(もちろん、建物の建て替えや、館の呼称の変遷などは詳しく記されている)、それでも時期的に自分が名画座に通った時期と重なるところも多く、館内の様子なども書かれていて懐かしかったです。池袋篇、新宿篇が充実していて、これも個人的によく映画を観に行った場所と重なるのが嬉しいです。

 それにしても、名画座のオープン年月日とその時の上映作品、閉館の年月日とラスト上映作品は、本当によく調べたものだなあと思わされます。早稲田通り沿いにあった「ACTミニシアター」などのそれはどうやって調べたのでしょうか。ACTなどの写真があればもっといいのでしょうが、それは望みすぎというもの。著者のよく行った映画館が中心であるものの、データ面でこれだけ充実していれば◎とすべきでしょう。労作だと思います。個人の思い入れは(本来はものすごく思い入れがあるのだろうが)さらっと流している分、読む側の方が逆に思い入れしやすくなっていると言えるかもしれません。

昭和49(1974)年1月1日と昭和64(1989)年1月7日の渋谷の映画館マップ
昭和の東京映画は名画座.jpeg

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「怪獣図解下図(したず)大画報」は圧巻かつ貴重。写真集『円谷英二』が最後の仕事かあ。

怪獣博士!大伴昌司.jpg怪獣博士!大伴昌司 2.jpg大伴昌.jpg 大伴昌司(1936-1973)
怪獣博士! 大伴昌司 ---「大図解」画報 (らんぷの本)

 大伴昌司(1936-1973/36歳没)は1960年代から70年代にかけて、少年雑誌の巻頭グラビアの企画・構成・レイアウトで活躍した人で、ウルトラシリーズの怪獣の詳細を設定し「大図解」でも大ブレイクしたことでも知られますが、本書はその軌跡を辿った「決定版!」であるとのことです。

「人気5大怪獣ウルトラ図解」(講談社「少年マガジン」1967(昭和42)年3月12日号/絵:遠藤昭吾)
怪獣博士!大伴昌司11.JPG 本書では、「少年マガジン」を中心とした少年雑誌で、怪獣や特撮映画、SF、恐怖文学、CM、劇画など多彩なテーマを先駆的なビジュアル構成で紹介し、多くの人に影響を与えた大伴流"大図解"の世界を、ラフスケッチや構想メモ、南村喬之や柳柊二、石原豪人、水氣隆義らの挿絵原画、当時の雑誌資料から紹介しています。

 そもそも、大伴昌司とは何者だったのか。ネットを見ると、編集者とか脚本家とか様々な肩書になっていますが、活動の幅が広すぎて一言で言い表せないかも。個人的には、少年雑誌の印象からイラストレーター的なイメージもありましたが、実はイラストレーターは彼の肩書には含まれず、最終的なイラストは本職のイラストレーターに任せ、彼はそのコンセプト図、構想図を描いていたことを改めて認識しました。

怪獣博士!大伴昌司35.jpg その彼が描いた構想図と最終的にイラストになったものの関係がよくわかるのが本書の特長で、特に本書冒頭の"ウルトラの怪獣"の構造を解き明かした「大伴昌司 怪獣図解下図大画報」は圧巻かつ貴重だと思います(ナルホド、これらは「下図(したず)」と呼ぶのか。テレビ局の原稿用紙に描いているところがスゴイ)。この人、どうしてウルトラマンが3分間しか戦えなかったり、怪獣たちが火を噴いたりするのか解き明かさないと気が済まなかったのだろうなあ。いつまでも子供の心を持ち続けていたとも言えるかと思います("秘密基地"の構造図など見ていると、こちらまで子供心が甦ってくる)。

怪獣博士!大伴昌司59.jpg 実は、ウルトラマンが地上で戦える時間を3分間としたのも、「ウルトラQ」がまだ企画段階だった時期から、企画者として円谷特技プロに関わり始めていた彼の発案だったといいます。ただし、怪獣「大図解」への細かい拘りは、怪獣図解は子供たちの夢を無くすと考える円谷英二の長男・円谷一の考怪獣博士!大伴昌司 4.jpgえと相容れず、1967年の『怪獣解剖図鑑』を巡る怪獣観の決定的相違で円谷一の怒りを買い、円谷特技プロへの出入りを禁止となったようです。本書では、円谷英二の葬儀の時、スポーツ紙の取材で「もっとたくさん人が集まるかと思ったら少なかった」という趣旨のコメントをして、それが円谷一の怒りを買って円谷プロを出入り禁止になったとありますが、伏線ときっかけとみればどちらも事実なのかも。

円谷英二 日本映画界に残した遺産 01.jpg その和解の意味を込めて作られたのが写真集『円谷英二 日本映画界に残した遺産』で、彼は、編集、レイアウトから装丁に至るまで、すべてをこの写真集に注ぎ込んだとのこと。ただし、写真集の見本が出来上がった直後、1973年1月、日本推理作家協会の新年会の席にて臓発作を起して36歳で急死しています。常に「自分は40までには死ぬのだから」と言い続けていたそうで、気管支喘息治療用の薬剤の副作用により心臓発作を起したそうですが、今で言う「過労死」に近かったのではないかと思います(円谷一も、大伴の死のわずか13日後の2月9日に41歳で急死している)。

『円谷英二 日本映画界に残した遺産』(1973/01 小学館)

 振り返ると、1966年から亡くなるまで「少年マガジン」の図解グラビアの企画構成者であり、それが高度経済成長期における未来ブームの波に乗って一世を風靡したわけで、別に円谷プロの仕事がなくても、とめどもなく溢れる才能の受け口というのはいくらでもあった人だったのだろうなあと思いました。それでも最後、写真集『円谷英二』(結局これが、彼の「最後の仕事」になったとある)に尽力したというのは、やはり円谷英二に恩義を感じていたのだろうなあ(意外と義理堅い人だった?)。

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作家のこれまでの軌跡を一望する、決定版「佐々木マキ入門」。コンパクトかつ充実の一冊。

佐々木マキ  アナーキーなナンセンス詩人.jpg佐々木マキ アナーキーなナンセンス詩人.jpg 『佐々木 マキ―アナーキーなナンセンス詩人 1.jpg
佐々木マキ: アナーキーなナンセンス詩人 (らんぷの本)』['13年]

 佐々木マキ(1946年神戸市生まれ)氏はマンガ家・絵本作家・イラストレーターということで、その作品を集めてこれまでの仕事を振り返った本書も、版元による紹介が「あるときはアヴァンギャルドなマンガ家。またあるときはキュートな絵本作家。そしてまたあるときはクールなイラストレーター...。はたして、その正体は!?」となっています(そのあと"作家のこれまでの軌跡を一望する、決定版「佐々木マキ入門」"と続く)。

IMG_3804 佐々木マキ.JPG 個人的には村上春樹氏の小説の表紙イラストなどが馴染みがあって「イラストレーター」というイメージが強いのです佐々木マキ アナーキーなナンセンス詩人 マンガ.jpgが、1966年に「ガロ」でマンガ家デビューし、「ガロ」「朝日ジャーナル」を中心に自由で実験的なマンガを立て続けに発表したことから、自分よりもう少し前の年代には、「マンガ家」の印象が強いかも。本書では、個人的には今まであまり触れることのなかったマンガ作品の数々を垣間見ることが出来て良かったです。

佐々木マキ アナーキーなナンセンス詩人01.jpg それと、全5章構成の内、第5章の資料編を除くと、第1章が「マンガの世界」、第3章が「イラストレーションの世界」となっているのに対して第2章、第4章の二章が「絵本の世界」となっていて、実際、1973年に福音館書店より『やっぱりおおかみ』で絵本デビューして以来、その仕事に占める絵本の割合がかなり大きいのだなあと改めて知りました(本人名義で刊行されている本も圧倒的に絵本が多い)。

 マンガ、絵本作品をみて、ポップアートの影響がみられるのが分かる一方、「アナーキーなナンセンス」というのも改めて感じられ、「つげ義春と並ぶ前衛漫画の代表作家」と言われるのも分かる気がしました(ネット情報によれば、マンガ家時代に「ガロ」などで描いていたマンガはシュール、ナンセンス、旅行記風、SF風のなんでもござれで、その前衛すぎる作風に、手塚治虫が「あれは狂ってる」「あの連載をすぐにやめろ、載せるべきではない」などと言ったとか)。また、それらのマンガはある種「不条理マンガ」でもあったりするものが多く、"カフカ"っぽい点で村上春樹作品と相性が良かったりもするのかなと思いました。

まよなかの台所.jpg 絵本において、初期にモーリス・センダックの『まよなかの台所』の影響を受け、そこからあのコマ割りやそこからあのコマ割りやフキダシが生まれたということを本書で知りましたが、全体を通しての何となく洒落た雰囲気というのは、やはり海外のものから吸収していただなあと(見ればすぐ分かると言われればそうだが、どことなく無国籍感が漂う)。この辺りも、ちょっと村上春樹作品に通じるところがあるかと思いました。

 これまでの仕事がよく纏まっていて、巻末の本人へのインタビューも含め充実の1冊です。つげ義春(1937年生まれ)氏はすっかり寡作になってしまい、安西水丸(1941-2014)は亡くなってしまいましたが、和田誠(1936年)氏などよりも若いです。まだまだ活躍し続けてほしい作家ですが、最近新作が少ないのが少し気になります。

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スター男優、スター女優、名優・名脇役で辿る昭和邦画史。選ばれた100本はオーソドックスか。

邦画の昭和史_3799.JPG邦画の昭和史_3798.JPG邦画の昭和史.jpg   フラガール 映画  蒼井.jpg
邦画の昭和史―スターで選ぶDVD100本 (新潮新書)』映画「フラガール」       北日本新聞 2018.10.25
長部 日出雄.jpg 昨年['18年]10月に亡くなった作家の長部日出雄(1934-2018/84歳没)が雑誌「小説新潮」の'06年1月号から'07年1月号に間歇的に5回にわたって発表したものを新書化したもの。'73年に「津軽じょんから節」で直木賞を受賞していますが、元は「週刊読売」の記者で、その後、雑誌「映画評論」編集者、映画批評家を経て作家になった人でした。個人的には『大アンケートによる洋画ベスト150』('88年/文春文庫ビジュアル版)の中での、赤瀬川準、中野翠氏との座談が印象に残っています(赤瀬川隼も1995年に「白球残映」で直木賞作家となったが、この人も2015年に83歳で亡くなった)。

 本書は全3章構成で、第1章ではスター男優を軸に(いわば男優篇)、第2章ではスター女優を軸に(いわば女優篇)、第3章では名優・名脇役を軸に(いわば名優・名脇役篇)、それぞれ昭和映画史を振り返っています。

銀嶺の果て 中.jpg 第1章「戦後のスーパスターを観るための極め付き35本」(男優篇)で取り上げているのは、三船敏郎、石原裕次郎、小林旭、高倉健、鶴田浩二、菅原文太、森繁久彌男はつらいよ・知床慕情.jpg、加山雄三、植木等、勝新太郎、市川雷蔵、渥美清らで、彼らの魅力と出演作の見所などを解説しています。この中で、昭和20年代の代表的スターを三船敏郎とし、昭和30年代は石原裕次郎、昭和40年代は高倉健、昭和50年代は渥美清としています。章末の「35本」のリストでは、その中に出演作のある12人の俳優の内、三船敏郎が9本と他を圧倒し(黒澤明監督作品8本+黒澤明脚本作品(「銀嶺の果て」)、石原裕次郎は2本、高倉健は3本、渥美清も3本入っていて、さらに渥美清+三船敏郎として、「男はつらいよ・知床慕情」を入れています(したがって最終的には三船敏郎10本、渥美清4本ということになる)。

 第2章「不世出・昭和の大女優に酔うための極め付き36本」(女優篇)で取り上げているのは、原節子、田中絹代、高峰秀子、山本富士子、久我美子、京マチ子、三原葉子、藤純子、宮下順子、松阪慶子、浅丘ルリコ、吉永小百合、岸恵子、有馬稲子、佐久間良子、夏目雅子、若尾文子などで、彼女らの魅力と出演作のエピソードや見所を解説しています(京マチ子、先月['19年5月]亡くなったなあ)。文庫化にあたり、「大女優篇に+1として、破格ではあるが」との前置きのもと書き加えられたのが「フラガール」の蒼井優で(青井優と言えば、この映画で南海キャンディーズの山崎静代と共演した縁から、今月['19年6月]南海キャン蒼井優 フラガール.jpg蒼井優 山里亮太.jpgディーズの山里亮太と結婚したなあ)、本書に出てくる中で一番若い俳優ということになりますが、著者は彼女を絶賛しています。章末の「36本」のリストでは、原節子、田中絹代、高峰秀子の3人が各4本と並び、あとは24人が各1本となっていて、男優リストが12人に対して、こちらは27人と分散度が高くなっています。

 第3章「忘れがたき名優たちの存在感を味わう30本」(名優・名脇役篇)では、一般に演技派とか名脇役と呼ばれる人たちをを取り上げていますが、滝沢修、森雅之、宇野重吉、杉村春子、伊藤雄之助、小沢栄太郎、小沢昭一、殿山泰司、木村功、岡田英次、佐藤慶などに触れられていて、やはり前の方は新劇など舞台出身者が多くなっています。章末の「30本では、滝沢修、森雅之、宇野重吉、小沢栄太郎の4人が各2本選ばれており、残り22人が各1本となっています。

乾いた花  jo.jpeg 先にも述べたように、スター男優・女優や名優・名脇役を軸に振り返る昭和映画史(殆ど「戦後史」と言っていいが)であり、『大アンケートによる洋画ベスト150』の中での対談でも感じたことですが、この人は映画の選び方が比較的オーソドックスという感じがします。したがって、エッセイ風に書かれてはいますが、映画の選び方に特段のクセは無く、まだ日本映画をあまり見ていない人が、これからどんな映画を観ればよいかを探るうえでは(所謂「観るべき映画」とは何かを知るうえでは)、大いに参考になるかと思います。と言って、100本が100本メジャーな作品ですべて占められているというわけでもなく、女優篇の「36本」の中に三原葉子の「女王蜂と大学の竜」('03年にDVD化されていたのかあ)なんていうのが入っていたり、名優編の「30本」の中には、笠智衆の「酔っぱらい天国」(こちらは「DVD未発売」になっていて、他にも何本かDVD化されていない作品が100本の中にある)や池部良の「乾いた花」(本書刊行時点で「DVD未発売」になっているが'09年にDVD化された)など入っているのが嬉しいです(加賀まりこ出演作が女優篇の「36本」の中に入っていないのは、彼女が主演したこの「乾いた花」を男優篇の方に入れたためか。「キネマ旬報助演女優賞」を受賞した「泥の河」は、田村高廣出演作として名優篇の方に組み入れられている)。

フラガール 映画0.jpgフラガール 映画s.jpg 因みに、著者が元稿に加筆までして取り上げた(そのため「100本」ではなく「101本」選んでいることになる)「フラガール」('06年/シネカノン)は、個人的にもいい映画だったと思います。プロデューサーの石原仁美氏が、常磐ハワイアンセンター創設にまつわるドキュメンタリーをテレビでたまたま見かけて映画化を構想し、当初は社長を主人公とした「プロジェクトX」のような作品の構想を抱いていたのがフラガール 映画1.jpg、取材を進める中で次第に地元の娘たちの素人フラダンスチームに惹かれていき、彼女らが横浜から招かれた講師による指導を受けながら努力を重ねてステージに立つまでの感動の物語を描くことになったとのことで、フラガールび絞ったことが予想を覆すヒット作になった要因でしょうか。主役の松雪泰子・蒼井優から台詞のないダンサー役に至るまでダンス経験のない女優をキャスティングし、全員が一からダンスのレッスンを受けて撮影に臨んだそうです。ストーリー自体は予定調和であり、みうらじゅん氏が言うところの"涙のカツアゲ映画"と言えるかもしれませんが(泣かせのパターンは「二十四の瞳」などを想起させるものだった)、著者は、この映画のモンタージュされたダンスシーンを高く評価しており、「とりわけ尋常でない練習フラガール 映画6.jpgと集中力の産物であったろう蒼井優の踊り」と、ラストの「万感の籠った笑顔」を絶賛しています。確かに多くの賞を受賞した作品で、松雪泰子・富司純子・蒼井優と女優陣がそれぞれいいですが、中でも蒼井優は映画賞を総嘗めにしました。ラストの踊りを「フラ」ではなく「タヒチアン」で締めているのも効いているし、実話をベースにしているというのも効いているし(蒼井優が演じた紀美子のモデル・豊田恵美子は実はダンス未経験者ではなく高校でダンス部のキャプテンだったなど、改変はいくつもあるとは思うが)、演出・撮影・音楽といろいろな相乗効果が働いた稀有な成功例だったように思います。

蒼井優/山崎静代(南海キャンディーズ)
フラガール 映画d.jpgフラガール 映画2.jpg「フラガール」●制作年:2006年●監督:李相日(リ・サンイル)●製作: シネカノン/ハピネット/スターダストピクチャーズ●脚本:李相日/羽原大介●撮影:山本英夫●音楽:ジェイク・シマブクロ●時間:120分●出演:松雪泰子/豊川悦司/蒼井優/山崎静代(フラガール ダンサー.jpg南海キャンディーズ)/岸部一徳/富司純子/高橋克実/寺島進/志賀勝/徳永えり/池津祥子/三宅弘城/大河内浩/菅原大吉/眞島秀和/浅川稚広/安部魔凛碧/池永亜美/栗田裕里/上野なつひ/内田晴子/田川可奈美/中浜奈美子/近江麻衣子/千代谷美穂/直林真里奈/豊川栄順/楓●公開:2006/09●配給:シネカノン(評価:★★★★☆)

内田晴子/田川可奈美/栗田裕里/豊川栄順/池永亜美

蒼井優が演じた紀美子のモデル・レイモミ豊田(小野(旧姓豊田)恵美子)/常磐ハワイアンセンター最後のステージ
レイモミ豊田.jpg  

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「絶望(名人)」という切り口からのカフカへのアプローチがユニーク。しっくりきた。

絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫).jpg絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫)2.jpg フランツ・カフカ 『変身』.JPG  カフカ.jpg Franz Kafka
絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫)』『変身 (新潮文庫)

 ユダヤ系チェコ人作家、フランツ・カフカ(1883‐1924)は、20世紀以降の文学作家に最も大きな影響を与えた作家の一人とされています。日本の作家で言えば、安部公房、倉橋由美子から村上春樹まで―といったところでしょうか。また、その代表作『変身』などは、中学生が夏休みの読書感想文の宿題の題材に選ぶような広く知られた作品である一方、専門家や或いは文豪と呼ばれた作家の間でも様々な解釈がある作品です。

 そのカフカの日記やノート、手紙から、彼の本音の言葉を集めたものが本書です。編訳者の頭木弘樹氏もまた、中学生の夏休み、読書感想文を書くための本探しに書店に行き、びっくりするほど薄い本を見つけて、その本というのが『変身』であり、それがカフカとの出会いだったとのことです。頭木氏は二十歳で難病になり、13年間の闘病生活を送ったとのことですが、そのときにカフカを熱心に読むようになった経験から、「絶望しているときには、絶望の言葉が必要」との信念を抱くようになったとのことです。

 ネガティブな自虐や愚痴が満載であることから、タイトルも"絶望名人"となっていますが、頭木氏も言うように、心が消耗して、電池切れのような状態で、今まさに死を考えているような人にとっては、よく言われる「死ぬ気になれば、なんでもできる」といった励ましよりも必要なのは、こうした、その気持ちに寄り添ってくれる言葉なのかも。カフカのこうした言葉を知って、自分の辛い気持ちをよく理解してくれていると思う人は多いような気がします。

 第1章の「将来に絶望した!」から第14章の「不眠に絶望した!」まで絶望の対象ごとに、将来、世の中、自分の体、自分の弱さ、親、学校、仕事、夢...といった具合にテーマ分けされていますが、最後の第15章だけ「病気に絶望...していない!」とそれまでと逆の表現になっているのが興味深いです(「結核はひとつの武器です」と恋人への手紙に書いている)。

 第7章の「仕事に絶望した!」のところで、自身の後の代表作となる『変身』に対して、自らの日記でひどい嫌悪を示しており、理由は、当時、出張旅行に邪魔されて、 「とても読めたものじゃない結末」「ほとんど底の底まで不完全」になってしまったからとのことのようです。カフカは、死の2年前、結核で勤務が不可能になるまで労働者傷害保険協会に勤務しており、仕事が終わってからでないと小説を書けないため、仕事は自らが専念したいと思っている文学の敵だと思っていたようです。

 カフカほどの才能があれば、仕事などさっさと辞めて職業作家になればいいような気もしますが、多くの作品を書きながらも、生前に刊行された7冊の本の内6冊はいずれも短編または短編集で(残りの1冊の『変身』のみが中編)、生前はメジャーな作家ではなかったようです。そうしたこともあって、日記に「ぼくの務めは、ぼくにとって耐えがたいもだ。なぜなら、ぼくが唯一やりたいこと、唯一の使命と思えること、つまり文学の邪魔になるからだ」と書きながらも、なかなか役所を辞める踏ん切りがつかなかったのでしょうか。

 ただ、このことについては、第5章の「親に絶望した!」のところで紹介されている父親への手紙の中で、父親の前に出ると自信が失われるとし、父親は世界を支配しているとまで書いています。そのことを父親に書き送りながら、父親の支配から抜け出せないでいるカフカ―その強烈なファーザー・コンプレックスは彼の様々な作品に反映されていることは知られていますが、彼が役所を辞められないことの一因でもあったように思われます。

 カフカには生涯における主な恋人として、フェリーツェ、ミレナ、ユーリエ、ドーラという4人の女性がいたことが知られていますが、第9章の「結婚に絶望した!」のところに恋人フェリーツェへについての日記の記述があり、「ぼくは彼女なしで生きることはできない」としながら「彼女とともに生きることもできないだろう」としています。結局フェリーツェとは二度婚約して、二度婚約破棄、その後、ユーリエともいったん婚約してこれを破棄といった具合に、結局、結婚生活に憧れながら、それにも踏み切れなかったということになります。

 カフカの生前の未発表作品の草稿の多くは、友人のマックス・ブロートに預けられていましたが、死に際して、草稿やノート類をすべて焼き捨てるようにとの遺言を残したものの、ブロートは自分の信念に従ってこれらを順次世に出し(死の翌年に『審判』(1925年)、続いて『城』(1926年)...と)、今カフカの作品が読めるのはブロートのお陰と言ってもいいくらですが、恋人たちに宛てた手紙も同じく焼き捨てるようにとの遺言していたことを本書で知りました。

 ところが本書には、フェリーツェへにの手紙とミレナへの手紙からの抜粋が相当数にわたって所収されており、カフカの婚約者だったフェリーツェはカフカと同じユダヤ人でしたが、カフカの500通の手紙を持ってスイスに亡命し(その後アメリカに渡った)、恋人のミレナは、チェコ人ながらユダヤ人援護者として捕らえられ、強制収容所で亡くなったものの、その前に手紙を友人の評論家に渡しており、カフカが婚約者や恋人に宛てた手紙を読めるのも、これまた偶然かもしれません(カフカの死を看取った最後の恋人ドーラは、遺言通りカフカの原稿の一部を焼却して後に非難されたとのことだが、頭木氏が言うように、これもまた彼女なりの誠実な行為だったのかもしれない)。

 本書の著者は一応"カフカ"となっていますが、「絶望(名人)」という切り口からカフカの本質を浮かび上がらせ、一般の読者でも読める「人生論」としてまとめ上げた編訳者のアプローチはユニークであり、かつ、個人的にはしっくりきたように思えました。

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